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■オープニング本文 「親分、完成しましたっ!」 「よし後は試験だけだなっ!」 やけに熱い言葉が交わされる工房。いったい何屋なのか。鍛冶屋にも見えないし、ただの木工職人にも思えない。 だが何かを作っている音が毎日聞こえる。木材や鉄鋼が運び込まれる。 別に迷惑を掛けるわけでもないので近所の者は不思議に思いながらも、深くは考えない。 完成品を前に有澤 範内(ありさわ はんない)は髭面に満悦の笑みを浮かべる。 この男、かつて飛空船の製作にも携わった事があるという噂がある。 からくり好きが高じて‥‥妙な仕掛けばかり施そうとする癖から、疎外されたとかそうでないとか。 近所のちょっとした修繕の用事にも気軽に応じてくれ、弟子の面倒見も良く腕も悪くない。 親方でなく親分と呼ばれるのは、その山賊めいた風貌から付いた呼び名か。 「子供の玩具を考案しようと思ったのだが‥‥面白い物が出来たな」 「どうせ作るんなら大きい物はやりがいがあるっすね」 無邪気に笑う弟子。範内の息子のようにも見えるが、別に血は繋がっているわけではない。 元々近所の洟垂れ坊主だったが、工房に出入りするうちに親分の夢に惹かれ居座っている。 そう、いつの日か自分達だけで作った仕掛け満載の飛空船を大空に浮かべる。 空を飛ばす動力源になるような大型高品質の宝珠を入手するなど、夢のまた夢だが。 で、今彼らの目の前にある物は‥‥。 鉄板で補強された大柄な男すら入れそうな程の大きな樽が五つ。それぞれ脇に八つの妙な穴が開き脇に文字が描かれている。 「この穴に木剣を差すと、ひとつだけ当たりで内側の底板に仕掛けた火薬が炸裂するというわけだ」 仕掛け自体は焙烙玉の応用と言える。底板だけを上方に吹っ飛ばすという指向性にはずいぶん苦労したが。その指向性も確率は非常に怪しい。 「人形じゃなく人間を飛ばすってなると加減が難しいっすねぇ」 何を物騒な物を作っているんだ。商売をする気は無い。彼らは完全に趣味で作っている。 「理論上は充分にいけるはずだ。まぁ実際試験をしてみないとわからんがな」 作業台の上には昨日まで様々な図案や計算が散らかっていたのだが。 範内が苦心したそれは‥‥昨日弟子が要らない雑紙と間違えて夕食の焚きつけにしてしまった。 全く同じ物をまた作れるかは定かではない。何せ新しい仕掛けを考え始めたら前の事などすっぱり忘れてしまう範内だ。 過ぎた事は気にしない。それより目の前のこれを動かしてみたい欲求に胸は一杯である。 「飛び過ぎたら大怪我っすよねぇ」 「大丈夫だ。やってくれそうな者達に心当たりがある」 報酬さえ用意すれば危険を承知で引き受けてくれて、そして尚且つ少々の事では命に関わるような怪我をしない者。そう、開拓者! というわけで、君達は奇天烈な職人達の妙な実験に付き合わされる事となる。 |
■参加者一覧 / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 犬神・彼方(ia0218) / 柚乃(ia0638) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 酒々井 統真(ia0893) / 暁 露蝶(ia1020) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 大蔵南洋(ia1246) / 露草(ia1350) / 水津(ia2177) / ルオウ(ia2445) / 赤マント(ia3521) / 御凪 祥(ia5285) / 設楽 万理(ia5443) / 景倉 恭冶(ia6030) / からす(ia6525) / 九条 乙女(ia6990) / 浅井 灰音(ia7439) / 瀧鷲 漸(ia8176) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 趙 彩虹(ia8292) / ルーティア(ia8760) / 和奏(ia8807) / 夏 麗華(ia9430) |
■リプレイ本文 「これはまた‥‥」 空き地に設置した怪しげな大樽。肩にちょこんと綿毛の白兎を乗せた鬼啼里 鎮璃(ia0871)が口を開けて絶句する。 こんな物を作ってしまう人が居るんだなぁ。 「これが空を飛ぶのですか?」 小首をかしげて和奏(ia8807)が樽が飛ぶものと勘違いしながら感心している。 「なんという知り合いだらけ状態なんでしょう」 開拓者の世間も意外と狭いものだ。見知った顔に挨拶して歩く白い着ぐるみ。 いやまるごととらさん姿で登場した趙 彩虹(ia8292)。 「笑うしかないよなぁ」 天ヶ瀬 焔騎(ia8250)も知らない顔の方が少ない。物好きが多いものだと自分を棚に上げて苦笑する。 「えんきの樽に当たったら遠慮なく飛ばしますねっ」 「おお!なんかかっこいいなそれ!」 これで空を飛ぶのか〜。どれだけ飛ぶのか、どうやって動くのかと好奇心一杯の眼差しのルオウ(ia2445)。 樽を触りまくりながら有澤 範内を質問攻めにする。範内も苦心したからくりを嬉しげに説明する。 「ね、ね、すごいよね。やっぱり空を飛ぶのは浪漫だよね!」 空を飛ぶとあっては居ても立ってもいられない。天河 ふしぎ(ia1037)が目をキラキラさせながら全身ではしゃいでいる。 しばらくそうしていたが、にやにやとその様子を眺めている仲間にはたと気付いてハッと顔を紅くして背ける。 「べっ、別に珍しくなんか無いんだからなっ!」 「さすがは冒険心溢れる開拓者達だ。樽が足りないほど志願してくれるとはありがたい!」 五人しか飛べない処へ手を挙げたのが八人。 「すまないが公平にくじ引きで決めさせて貰うよ」 紙に五枚だけ当たりと書いて作った即席のくじに一斉に手を伸ばし、胸をわくわくさせながら開く志願者達。 落選して残念‥‥だがふしぎが飛ぶとあって気を取りなおして剣を差す側で遊ぶ気満々になった赤マント(ia3521)。 ふしぎで遊ぶ。ふしぎと、ではないらしい。 「焔の魔女は今日は空を飛ぶのですよ。火薬の衝撃、それを味わずにはここに来た甲斐がないのです」 火種を次から次へと宙に浮かべては眼鏡に炎の照りを反射させてケタケタ笑う水津(ia2177)。 「‥‥だ、だってまゆ一人じゃ運びきれなかったんですもん」 龍は一見すると力持ちに見えがちだが‥‥案外と人間一人乗せて飛ぶ程度の運搬力しかない。 幾重にも重ねられた布団を背中に積まれてよろよろと礼野 真夢紀(ia1144)の後ろを低空飛行してきた鈴麗。集合場所へ着くなり伸びてしまった。 何処へ落ちるか不安だからと、ご近所中に声を掛けて手当たり次第に布団を借りてきたのだ。 「これだけあったら周囲に敷き詰められますよね」 自分の樽の所だけですから、充分に。 「この地点、もうちょっと右‥‥。そっちの布団はもう少し樽側に寄せてくれ!」 綿密な計算によって出されたという着地予定地点。その計算の式は記録した紙を喪失した為、もし間違っていたとしても誰もわからない。 ●酒々井樽 「人が吹っ飛ぶ遊びたぁスリルっつーもんがあってぇ楽しめそぉだぁな!」 「発想としちゃ面白いが人間飛ばす意味あんのか、これ‥‥」 身軽にひょいと背丈よりもある樽の中に納まる酒々井 統真(ia0893)。入ってしまえばもう後はどうとでもなれとしか言いようがないが。 「おい、やけに見知った顔がこの樽に集中してるのは気のせいか」 憮然として尋ねる姿に犬神・彼方(ia0218)がニッカリと白い歯を見せて笑う。 「統真が樽に入るってぇ言うんなら親として俺が、愛情をたっぷり込めぇて刺してやらなきゃ、な!」 最初は仁の穴か義の穴か。やはりこの文字がいいよなぁうん。 容赦なくぶっすりと笑顔で木剣を差し込む。いきなりは飛ばなかったか。 「統真さ〜ん、後方三回転捻りでお願いしますね。期待してますよ〜☆」 待ち時間にじっとしてると身体が冷えてしまいそう。徳利ごと燗にかけた甘酒を懐に持ってきた暁 露蝶(ia1020)。 傍には揺らめく姿の瑞香がふよふよと漂っているが本物の炎と違って暖かくはない。 「あ、ちょうど飲み頃」 陶器に残る温もりを楽しみながら封を開ける。ん〜美味しい☆ 自分の順番が来るまで飲み物片手に気楽な観戦だ。 「私は‥‥『礼』にしようかな」 「それで飛んだらてめぇの気持ちをどう解釈したらいいんだ」 「さあ?ご想像にお任せしてみるよ」 剣を構えた浅井 灰音(ia7439)が掛け声と一緒に差し込む。 「さてと。それじゃ統真さん。覚悟はいいかな?せーのっ!」 カチリ。掛け金が外れるような音はしたが何も変化はない。 「ふむ‥‥残念」 「もし飛んだら‥‥ごめんなさいっ!」 思い切って『悌』の剣をざくっと差し込む露草(ia1350)。 爆発音と共に底板が上に載せた統真ごと射出される。かなり真上に近い角度。放り出された空中から自由落下へと切り替わる不思議な感覚。 身に付けた陣羽織が空気を一瞬だけはらみ、軽いはずの底板の方が先に落ちてゆく。 「ご期待に応えましてっ!」 高い身体能力を活かして体勢を勢いに合わせ華麗なる宙返りで空中漫遊演舞。 陣羽織が翻って翼のように広がる。さらし一丁の鍛えられた上半身が青空を背景に捻られる。 一回転、二回転、よし、次で着地だ。 「あ、ほんとにやっちゃってる‥‥」 「どんな壁でも叩いて砕く!どんな敵でも殴って倒す!どんな‥‥って、うわ、ああぁ〜!!」 格好良く台詞を決めながらいざ布団の上に着地だと誰もが思った、その時であった。 残念だね、そういう時に限って突風って吹くものだ。不思議と。 陣羽織にたっぷりと吹き込んだ風が、小柄な統真を枯れた木の葉と一緒に再度空中へと舞い上げる。 「し、酒々井さん!?」 何もない地面の上にどさりと。全身が砕けそうな激痛に身動きが取れない。 駆け寄った露草が治療の術を施す。回復できる者が居て良かった。ようやく息を胸いっぱいに吸い込む。 頑張った統真の頭を彼方がわしわしと撫でる。 「さて、後は罰ゲーム‥‥範内さんは何も言ってなかったけど、するのですか?」 露蝶の問い。 「そぉいや、依頼に書いてなかったかなぁ。てっきり罰ゲームはお約束に入ってたとぉ思ってたが」 「‥‥俺が今決めた。する」 彼方の胡坐をかいた膝に頭を預けた統真が呟く。 「露草、治療してもらってなんだが‥‥ま、お約束だ今日一日着てくれ」 青色の視線が既に同じ物を着て別の樽で楽しげに遊んでいる彩虹の方へと向かう。 あれと同じ。 (ちょっと恥ずかしいかも‥‥) と思いながらも、まるごととらさんを着ますと受け取った。 「着替えに行くったって場所もぉ無いからな。掛け布団を幕代わりにそこで着替えたらぁいいんじゃないか」 そういえばこの樽、よく見たら飛ばされた統真以外は全員女性だね。幕を張って周囲の視線から隠す露蝶と灰音。 ごそごそとその陰で着替える。 「着替え終わりました」 ご開帳。こ、ここはひとつ‥‥。 「がお〜☆」 今年の縁起物の着ぐるみを着て両手もろ上げ、吠え真似をしてみる露草。自分でやっておきながら照れまくりである。 ●二人乗りの樽 「空飛べるのかー。どうやって飛ぶんだろーな。わくわく☆」 って籤から外れてしまった。がっくりと落胆するルーティア(ia8760)。 「二人入っちゃダメなのか?」 焔騎の問いに範内が頭の天辺から爪先までルーティアの全身を眺めて顎に手を当てる。 山賊面の恐持て、真剣な目で観察されるとちょっと怖い。 「ちんまいから入れそうだな」 背が伸びないの一応気にしているのに‥‥! 食べ盛りだが一向に身長には反映されないようだ。 「意外と胸はあるんだな」 何処を見ている。無造作な範内の言葉に顔を紅くして厚そうに見える胸板に正拳突きを入れる。 「げほっ‥‥ごほっ‥‥失礼。俺は志体持ちじゃないから、そういうツッコミは勘弁してくれ‥‥」 つい開拓者同士のような気分で殴ってしまった。 「いやこちらこそ悪かった。で、二人で入ってもいいのだな?」 「うむ。実験の記録資料が増やせるから歓迎だ。二人分だと一体どのようになるか、俺も興味がある」 「ああ、そうだ布団」 忘れる所だった。どのぐらい高く上がるか知らないが、そのまま落ちたらいくらなんでも痛すぎる。 「本当にここに落ちるんだろうな」 誤差を考えて人数分の布団を少し広めに敷いて。三枚重ねくらいにしておけば地面に落ちるよりマシだろう。 「二人分だと重量も違うし計算が全く変わるからなぁ。ま、覚悟はしててくれ」 範内が豪快に笑う。おい、笑ってないで計算し直してくれよ。そんな気はないらしい。 「ワンピースを持ってきたからな。俺とルーティアさんを飛ばした奴は罰ゲームでこれ着て青汁一気な!」 ひらりと投げられた女物の衣装を御凪 祥(ia5285)が受け取る。その静かな視線が焔騎の顔に向かう。 「天ヶ瀬、そういう趣味だったのか?」 「俺が着る為に買ったわけじゃないぞ。たまたま貰ったんだ!」 「しかし最初は子供への遊具を目指して作っていたとは思えないわねぇ」 『義』の木剣を手に取った設楽 万理(ia5443)。何を間違って人間を飛ばすような玩具になってしまったのやら。 「では差しますね」 カチリ。 他の組の方から聞こえてきた爆発音。 統真の身体が物見櫓よりも高そうな位置までぶっ飛んでいる。 「うそ、あんなに飛ぶのっ」 焔騎の袖をがしりと掴み、ルーティアが身体を硬直させる。 「あ、着地失敗した」 「うわぁぁ〜」 治療され介抱されているその様子を見て涙目になる。入るって言わなければ良かった。 「楽しみだな」 思い入れがある字だからと『智』の剣を選んだ祥。 焔騎の事だ、いざとなれば庇って自分が下に落ちるだろう。なら遠慮は要らない。 木剣が新たに差し込まれる度にルーティアの顔が強張ってゆく。焔騎はクールな顔を装っているが、実際は心臓がかなり速く打っているのでしがみ付いているとよく聞こえる。 「では次いきま〜す」 白いとらさんが差し込んだ一本。 爆発が来た! 「速いよ、速いよ、ちょっ、ぎゃ〜!!」 やはり二人分、綺麗には高く飛ばなかった。体重の偏りもあって斜め方向に低くまっすぐ飛んでゆく。地面が近い分だけ余計に怖いとも言う。 全然見当違いの方向、ルオウ組が敷いた布団へと一直線。真夢紀が運び込んだお陰で広く敷かれていて助かった。 ルーティアを庇って背中から滑り込む焔騎。たくさんの布団を巻き込んで、立木に雪山のごとく吹き溜まって停止する。 「ふ〜、結構な迫力だったな」 「べ、別にこれくらい怖くなんかなかったぞ!」 強がりを言っているが、息を吐く焔騎の腕に抱かれながら既に堪えきれずぽろぽろと涙が零れ落ちている。 「それじゃ、罰ゲームのワンピース」 女の子に当たってしまったから別に罰ゲームにもならないが。でも彩虹がものすごく渋々という顔をしている。 「‥‥とらさんから着替えますね、仕方なく」 仕方なくっですよ!そんなに、まるごととらさんを着ていたいのか。 とらさんの中身は下着。その場で脱ぐわけにもいかないので着替える場所を探し求めてワンピースを手に歩いていく。 「とりあえず茶でも飲んで落ち着こうか」 ひとまずは休憩だ。後片付けは実験が全部終わってからでいいだろう。 まだ身体をぶるぶると震わせてしゃくっているルーティアの背中を万理が撫でて一緒に歩いている。 「差す前に終わって残念だったな、景倉」 景倉 恭冶(ia6030)にさりげなく、どろっと青く濁った汁の入った湯呑を祥が手渡す。 「いや俺、飛ばしてないし!普通の茶をくれよ」 ●ルオウ樽 「礼野さん、何をなさっているのですか?」 そこら辺の石を運んでは一箇所に積み上げている真夢紀の姿を不思議に思った和奏。 「実験中にお腹空いたらと思いまして、ごった煮でも作ろうかな〜と」 「鍋料理ですと!私も喜び勇んでお手伝いさせて頂きまする。力仕事は男児にお任せあれ!」 食べ物と聞こえた瞬間にものすごい反射速度で振り返った九条 乙女(ia6990)。積み重ねていた布団を放り出して爽快な笑顔で手伝いを申し出る。 一番上にずいぶんと可愛い黒猫柄の布団が置いてあるが‥‥それは乙女愛用の寝床である。 「あ、干飯もありましたので雑炊にしてみました。肉もたくさん入っているからちょっと量多いかしら」 「大丈夫、全部平らげますぞ」 頼もしげに胸を張って叩く。食べ物に関しての乙女の判断というのは、他の人の分とかそういう勘定は入っていないようだ。 「俺の分も取っておいてくれよな!」 樽の中からルオウが手を振る。 七本の木剣が順番に差し込まれ、残る一本で確実という所まで来た。 「なんとなく仁と信の文字を選びましたけど‥‥飛ぶ剣って決めてあるんですかね」 「おっし。サムライのルオウ、空を飛んでくるぜ!」 「では僭越ながら自分が」 最後の一本、構えたのは和奏だ。 「もし生きて戻れたら、空の旅の感想を聞かせて下され」 手には何故か黒いワンピースと箒。乙女の謎の要求に、ルオウはとりあえず面白そうなら何でもいいさと気にせず受け取る。 戦闘服の上にワンピースを着ようと腰まで履いてから袖を通そうとしていた、その時。 間合い何それ? 溜めの動作も無く、ごく自然体なので誰も気付いて止める暇が無かった。のほほんと動いた和奏の手にした木剣が樽の腹に潜り込む。 「まだ準備がっ!!」 服を着ている途中という受身も何も態勢を整えようがない状態で吹っ飛んでいったルオウ。 「ルオウ殿〜っ!」 全力ダッシュで乙女がそれを追う。 追いつけるか‥‥追いついたっ! 地面を蹴り、空中で同じくらいの体格の少年をキャッチ‥‥したと思ったら、もず落としぃ!? 頭を下に乙女の体重を加えて急降下。 「ちょっと待て、首からは危険すぎる!」 とっさの身のこなしで肩から布団に落下する事となったが、乙女の重量を布団のへこみだけでは吸収できず結構な衝撃。 下敷きになった箒がぼっきり二つに折れている。 「うむ、布団の上にうまく誘導できましたな」 満足げに笑顔で頷く乙女。いやそれは誘導って言わないと思います。見守っていた他の樽の面々から一斉にツッコミが入る。 一般人なら死にかねない危険極まる行為だが、相手は幸いにも開拓者の面々の中でも人一倍丈夫な少年。 「袖が絡まってたから手首まで変に捻っちまったぜ」 第一の衝撃をくらった肩は痛いわ。背中で箒をへし折った分は痛いわ。乙女を受け止めた腹は痛いわ。 あちこちの痛みに顔をしかめてはいるが、命に別状はないようである。 「明日の仕事に支障があるといけませんから‥‥」 真夢紀がすかさず神風恩寵で治療したので、その痛みも消えた。 ●水津樽 「ちょっと、なんでこの樽にきょぬーが集まるですかっ!!」 瀧鷲 漸(ia8176)と夏 麗華(ia9430)が水津の樽になったのは別にわざとではない。 柚乃(ia0638)については身長では勝っているのにやはり胸廻りは確実に負けている‥‥。 「ええぃ私を飛ばした人には怪しい薬を飲ませてあげるのです‥‥くっ、宿敵殿以外にも世の中敵は多いのです‥‥」 黒一点の鎮璃は樽の近くに敷布を用意してのほほんと茶を点てている。傍に侍るは猫又の結珠と兎の林檎。 「景倉を飛ばしたかったんだがな」 残念と呟きながらも、思い切り刺す気に満ちた漸。 「火はちょっとの間我慢してくださいね。引火したら大変ですから〜」 火種でうっかり樽が爆発したら、自分はともかく結珠さんと林檎さんが巻き込まれては大変。 「私が最初ですね。いざ‥‥お覚悟!」 大人びた外見からは意外に幼い声で柚乃が『礼』の剣を上段に構える。真剣な表情に気迫を漂わせて水津を見つめる。 「柚乃さん、柚乃さん」 「はい?」 「剣を脇の穴に差すんですよ」 鎮璃が指差す先を見て勘違いに気が付く。何をするつもりだったんだ。 「こう‥‥ですか?」 カチリ。無事何事もなく差し込まれ、水津がほっと息をつく。 「二番、いっきま〜すっ!」 ものすごく離れた場所から『孝』と書かれた木剣を投げる麗華。 「そ、それは危ないのです〜」 樽の腹にがつんと当たった衝撃に頭を引っ込めていた水津が冷や汗を垂らす。 「慣れない武器での投擲はやはり難しいですね」 持参した大型機械弓になんとか装填できないものかと頭をひねる。弩とは形も大きさも違う、無理かな〜。 「待て待て、それは樽が壊れるぞ」 大鎧すら軽々と貫く破壊力と言われる危険な代物だ。そんな物で撃ったら‥‥漸が冷静に止める。 「仕方ありません」 カチリ。普通に差し込んだ手応えに樽は静かに微動だにしない。 さくさくとまず四人一周したが意外と中々飛ばない。まさか不発って事はないだろうな‥‥。 そんな予感のまま最後の一本まできてしまった。 「あらら、僕ですか。結珠さん、林檎さん、危ないから下がっていてくださいね〜」 『忠』の剣を握った鎮璃が呼吸を整える。飛ぶのは確実だ‥‥心の準備をして。 「水津さん‥‥お空の旅ですね。いってらっしゃいませ」 ひらひらと笑顔で振られる着物の袖。お星様期待してます、と柚乃は野点の茶を嗜みながら派手に飛ぶのを見送る気である。 カチリ。 「‥‥‥‥」 飛ばないようで。遠くから様子を観察していた範内ががっくりと膝をつく。 「発射がダメでも軌道の実験を‥‥では着火なのですっ」 いや自分が火を付けたいだけでは。木剣を差す穴の近くに火種を作り、幾つめかが浮かんだ時に案の定火薬が反応した。 「わはははは〜、炎の力は偉大なのですっ!」 宙に弧を描きながら無数の火の粉を周囲に散らす水津。落下の軌道は計算通りというところで無事布団の山への着地。 「うぐ練力を使いすぎたです‥‥」 「仕掛け不良か‥‥ふむ、これはよくよく確認せんといかんな」 水津が布団に突っ伏したままなのも意に介さず、範内が結果を紙に書き留める。 ●天河樽 「出番までお茶でもいかがかな」 「は、かたじけなく戴く」 背筋を伸ばして優雅とはまた違う実直な雰囲気で、正座した大蔵南洋(ia1246)がまるでそれが決められた角度であるかのように一分の隙もない動作で茶を喫する。 赤マントと水鏡 絵梨乃(ia0191)はさっそくと樽に入り込むふしぎを茶化している。 「それにしても『ふしぎの樽』って何か素材入れたら新しい道具が生まれてきそうな響きだね!」 カチリ。ふしぎに心の準備もさせず、笑いかけながら差し込んだ木剣。 「ちょ、ちょっと差すなら言ってよ!」 「ボクの番だね。さぁて、今どんな心境かな?」 「話しながら飛ばそうったってそうはいかないんだからなっ!」 さすがに二度は通用しないか。それでも差し込まれた瞬間は非常にドキドキした。 「おや私の番か」 一振りの木剣。もう一振りは連れの地衝に持たせている。 「地衝、構え」 「えっどっち!?」 からす(ia6525)と地衝の持つ剣に対応する穴はちょうど正対している。 後ろから差されて飛ぶのも心臓に悪いんだけど! 「突撃」 その言葉に土偶の方を向く。 「では、ふしぎ殿。覚悟」 笑いを含んだ声。差し込まれたのはからすの持った木剣だ。地衝は樽の直前まで駆け寄った状態で待機している。 何事も起きず脱力するふしぎ。次はどう見ても堅物のサムライ、真面目そうだから普通にやってくれるよね。 生真面目には違いなかった。 玩具と言っても良いような木剣を白刃のごとき迫力で、二刀の構えで立つ南洋。 気の陽炎がまるで背後に揺らめくかのような鬼気迫る雰囲気。 「万が一の時は御容赦の程を」 険しい眼光が鎧の隙を測るかのようにねめられる。 一瞬雲間に太陽が隠れ、その凶悪にも見える顔相が不吉に暗くなる。 (当たりを仕込むなら、やはり日のあたる目立つ箇所か?はたまた裏をかき影の部分か?) 思案を巡らせながら、ぐるりと樽の周囲を摺り足で観察する。その雰囲気に見ていた者も無言でなりゆきを見守る。 (いきなり差されるより余計に怖いんだけどっ‥‥!) 南洋が位置を変える度にふしぎも向きを変える。お願い、普通に差してっ。 (いや、どちらもあざとい。‥‥つい刺し入れたくなる茫洋とした箇所こそが本命であろう!) 「イザ」 太陽が顔を出すと同時に、ぐるりぐるりと樽を中心に回っていた南洋の足袋が地面を蹴って一気に迫る。左手から繰り出された木剣が樽の腹に突き刺さった! カチリ。 静寂の時間が流れ、一斉に吐息が洩れる。ふしぎの頬がひくりと震える。 一礼して下がるその背中に木枯らしが吹き抜ける。なんという真剣勝負。 新作玩具の戯れの実験台といえども、一切の手抜きはしない南洋であった。 二巡目。 ふしぎを飛ばす事が叶わなかった赤マントが敷き布団を一枚抱えて佇んでいる。 絵梨乃の剣も飛ばなかった。何故か掛け布団を一枚持ってきて抱える。赤マントと目を合わせて声を出さずに小さく笑う。 果し合いの立会人のごとく茣蓙に正座して凝視する南洋。 (大蔵氏に振袖‥‥見たいような怖いような) そう思いながら差したからすの剣。爆発音と共にふしぎが樽から発射された。 「わっ、わわわわぁ‥‥そこ、どいて、どいて!」 雑談していた他の樽の面々がその声に反射的に避ける。その中を走り抜ける二陣の風。 放物線を描いたふしぎより一歩先に落下地点へと到着する。 敷き布団を用意して、どさりと落ちたふしぎに掛け布団を載せる。見事な連携。 「えっ、痛くない‥‥?」 というかきちんと寝かされてる。自分の姿に恥ずかしくなり顔を真っ赤に染めて布団に潜った。 これって囲んで見守る参加者達の晒し者である。 「天河殿、遅れたが枕をお持ちした」 冷静に駆け寄ってきた南洋のトドメに一同の間に大爆笑が沸いた。 ●おまけ樽 「やあ、お疲れ」 からすと鎮璃が合同で振る舞う茶席。各樽毎に分かれていた一同が集って、騒いだ後の一服を楽しんでいる。 「素晴らしい実験記録が取れたよ。やはり開拓者はさすがだな、助かったありがとう」 今度はどんな物を作るんだと、ルオウとふしぎが傍に侍って記録を覗き込みながら範内を質問攻めにしている。 「ぜひ俺も弟子にしてくれよ!」 「それは頼もしいな。この技術は色々と応用が効くと思うぞ」 頼むからその技術をまともな方向に使ってください。そう思った者は黙って茶を飲んでいた。 「では青汁一気いきますっ」 あまりの苦さに眉をしかめながらも飲み干してほっと息を吐く彩虹。 傍らにとらさんの抜け殻。まだ温もりも残っていて心地よいのか鎮璃の連れがそのふかふかの上に寝そべっている。 「口直しにこれをどうぞ」 中身は秘密だけど。からすの差し出した茶が口に残った渋みを消し去ってくれた。 「修繕の道具はあるか?」 樽の中に入り込み、仕掛けを興味深そうに覗き込んでいた漸が範内を呼ぶ。 さきほど不発だった原因はよく調べれば簡単にわかるようなものであった。 昔は鍛冶を生業としていたので掛け金の歪みくらいなら道具さえあれば治せると見込んだ。 「ああ、この狭いとこでは邪魔だなっ」 硝煙臭い樽の中で胸が邪魔で手元が見えにくかったがそれでも器用に修繕をする。 受け取った予備の火薬を詰め込み直し、もう一度この樽を稼働できる状態にしてしまった。 さあ再チャレンジ!? 「景倉」 頬を煤に汚して爽やかな微笑みを浮かべる漸。 「お、俺ぇ!?」 友人達から集中する熱い期待の眼差し。 恭冶の肩をぽんと叩いた焔騎が持参したメイド服を掲げている。それを着ろと、無言の笑顔。 「鏡割りの時の話題で笑った腹いせでは、無いぞ?」 言いながらも目は全然笑っていない。祥も同じような唇だけの笑顔を無言で浮かべて、恭冶がそれを着る事を要求している。 「恭ちゃん、やるよね?飛んだらちゃんと受け止めてあげますから‥‥布団がですが」 早くもやる気満々で木剣を両手に構えた彩虹。 そこには『信』の文字。信じてますよ、皆の期待に応えてくれるって。 「どうせなら‥‥うん、よく似合う、くくっ」 唇の周囲にくるりと墨で一筆一周。そう泥棒髭。すかさず背を向けた祥が肩を揺らして笑いを噛み殺す。 「みんなで一斉に刺しちゃいましょうよ〜」 「ちょっと待て〜っお前ら〜!!」 「せ〜のっ☆」 心の準備をする間もなく爆発音と共に神楽郊外の青空に輝いた一番星。 「ああ、流れ星にはお願い事をしないといけませんね」 掌を合わせてむにゃむにゃと拝む和奏。一同も真似をする。いや皆さんそれは、合掌しているように見えますが‥‥。 予定地点の布団の山に見事に落下した恭冶へと笑いながら駆け寄る実験参加者達。 そこには気絶した黒髭メイドさんが大の字になっていましたとさ。 |