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■オープニング本文 「楼港が爆破されるだって!?」 余所者たるシノビの身内争いが続けられる中で、狐妖姫の陰謀に巻き込まれ野盗やアヤカシの襲撃にまで面するという不幸に見舞われた都――楼港――。 ようやく落ち着いて生活を取り戻すかと思われた今になって、またもこの都は狂乱に飲み込まれる。 「街を吹っ飛ばすくらい凄い物だとか」 「自棄になった北條流とかいうのが街を破壊するらしいぞ」 「いや諏訪流だってよ。俺達ごと敵対する奴を殺っちまうそうだ」 「死にたくない。早く逃げなきゃっ」 「もう嫌よ‥‥助けて」 「こそこそ動くシノビめ。何考えてやがんだ」 「殺られる前に追い出せ」 街を飛び交う恐れ慄く声。惑う声。悲鳴。怒声。 「居たぞシノビだ!」 「‥‥!?」 何処の流派だと尋ねもせず、手当たり次第にシノビらしき者を袋叩きにする暴徒と化した住民達。 中には勘違いで襲われる一般人まであった。 情報収集を続けて事態を静観していた寒河の里のシノビも犠牲となる。 この街に派遣されていたのは志体の無い者が半数以上という構成。零細の里の限界である。そのような者達だったので囲まれれば武器を持った一般人も脅威となる。大怪我を負う者が続出して命からがら楼港の一角に隠れ潜む事となった。 「李雲殿に連絡しろ!」 経験の不足した者だけでは事態にどう対処していいかも判らなかった。 隊長不在。しかし人材の足りぬ里を長らく放置するわけにはいかなかった。里を空けていた間には足りぬ手配もあり、配下に後の状況の監視を任せて一度は帰省していた寒河李雲だったが、急報を受けて再び楼港に舞い戻る。 街に流布する爆発物の噂。陰殻の秘密主義が噂に信憑性をもたらしている。それはどのような物なのか。誰が何の目的なのか。話す人によって内容は様々である。 「どういう事だ‥‥」 陰殻は北條流に与する寒河の里と言えども、噂はともかく実在については初めて耳にした話である。 都が滅びるかという大騒動も収まり、大勢集結した開拓者達も去った後に再度勃発した混乱。 途方に暮れる者も居れば、都から逃げ出そうと荷物を纏める者もいる。 暴徒と化した住民がシノビに激しい敵意を向け、我が身を守るシノビもやむを得なければその手を血に染める。 企てているのは諏訪だ。いや北條だ。様々に飛び交う噂が立場を異にするシノビ達の間をも疑心暗鬼に陥れている。 誰かが意図的に悪意を込めた噂を流している。狙いは‥‥。 「狐妖姫がまだ‥‥っ」 あの女が影で笑っている。この混乱が続けば、精鋭に囲まれている慕容王の守りも手薄になりかねない。 賭け仕合の期日は今や目前に迫っている。犬神も朧谷も意固地に張り合い、極限まで高まった緊迫に精神的にも追い詰められている。仕合なくして始末をつける事はもはや不可能になっていた。 このような状況にあっても賭け仕合が終わるまで、各里のシノビ達は楼港に逗留し思惑が交差した争いに明け暮れている。 誰もが疑い合う中、頼りになるのは。 全ての里としがらみが無い者‥‥。 路地を急ぐ李雲の目が誰かを探す。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
星鈴(ia0087)
18歳・女・志
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
箕祭 晄(ia5324)
21歳・男・砲
神凪瑞姫(ia5328)
20歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●翻弄される楼港 街の空気に苛々が振り撒かれている。見えない粉塵のように、ひとつひとつは小さいが一度火が付けばどんな連鎖が起こるかわからない。 「狐妖姫め‥‥」 滝月 玲(ia1409)の唇から漏れた名に含まれた響きが開拓者の胸の内を代弁する。怒り、苦さ、そして何だろう。 このような感情を抱く事もあらゆる負を望む彼女の思惑の上に乗っているのだろうか。 (あれだけ布石を打って何度も砕かれていながら、今またひとつの街をここまで煽動する手並み‥‥) 呆れるような感服。斎 朧(ia3446)はこれ以上好きにはさせないと手首の鎖をそっと握り締める。 「よしケン!お前の力の見せ所だぞぉ!」 相棒の謙次郎の白いふさふさの背中を優しく撫でる箕祭 晄(ia5324)。自慢の鼻は噂の元を嗅ぎつけられるか。 「先に上空から様子を見ておくか」 明るいうちは酒場や遊郭に向かっても人は少ないだろう。久我・御言(ia8629)の言葉に焔 龍牙(ia0904)と玲もそれぞれの相棒の元へと向かう。 街は平静さを欠いているが商業はそれでもまだ続けられている。判らぬ未来よりただ今を生きる。刹那的な心か諦めか、空からは人々の心の内までは見えない。 自警の巡回か‥‥あり合わせの武器を持って徘徊する集団も幾らかある。外来の客相手の商売が多い街だ、表通りではさすがに礼儀を持って歩いているようだが。 街の上を舞う蒼隼、秋葉、瓏羽。 上からは見えない物影から過ぎ去って行く龍を見上げる女があった。埃避けの市女笠の下から紅鮮やかな形の良い唇が笑っている。髪は結われて笠の中に仕舞われている。 (あらあら、まだ開拓者が動き回っている事‥‥) 前回は途中で野次馬――彼女にとってはそのようなもの――の邪魔が入って興が削がれた。ちょっとからかってやっても良いかもしれない。裏から騒ぎを眺めているのも楽しいものだが、怒りの形相を鑑賞しその感情を真正面から受けるのは楽しいものだ。 (軽く歓迎の宴でも支度しておこうかしらねぇ――) 「瑞姫、一緒ん仕事するンは初めてやな。別の班だけど後でな」 星鈴(ia0087)が顔を合わせた友人に笑顔を見せる。 巫女装束に眼鏡、今この街を苛立たせている元凶と呼ばれる――それも事実を構成する一部ではあるかもしれないが――シノビである神凪瑞姫(ia5328)は修行によって身に付いた所作が端々に現れないか柔和な笑みを浮かべながら内心は緊張を崩さない。 育て養ってくれた里は離れたが‥‥全ての日常から統制されたあの日々に見に付いたものはそう離れるものではない。 自然体を装って温和に空を眺めている寒河 李雲は何の悩みもないように見える。 内の苦悩はあるのだろうが、瑞姫のように重く抱きかかえているのとは違う。今まで失ったものは、捨ててきたものは――。 (私は愛が深すぎるのかな) 紅色の髪をした癒えぬ傷を肌に刻んだ少女をふと見やる。血に染まった掟より大切な存在。 ●噂を追って壱 犬猫連れで買い食いをして歩く陽気に見える二人。桜花が面倒臭げに不機嫌に歩いている。 「ほら干物を土産に買ってやるから、仕事するのじゃ」 神町・桜(ia0020)がその頭をぺしりと叩く。 「相変わらず面倒な事に我を巻き込むな。あんな若造達と話して収穫があるとは思えんが」 仕方ないと不満を隠さずに桜花はそこらの路地裏に居る猫へと走り寄る。腹いせに威嚇して逃げられたりしながらも。 「単に気晴らしに追いかけっこしてくるだけかもしれんの」 「ん〜なんだかこうして歩いてると動物好きのカップルみたいだな♪」 晄の軽口に桜は適当に笑って返す。明らかに冗談とわかる口調だから他愛ない会話だ。 「そんな事ばっかり言って後で彼女に怒られても知らんがの」 紅髪の長身の少年が爽やかに走ってくる。玲だ。 「よ、もう何か食べたのか?」 「軽くおやつに茶屋で団子をな〜まだ全然入るぞ〜」 「それじゃ駄菓子とかどうだ。子供ってのは結構噂を色々聞いてるもんだからなっ」 率先して屋台へ向かった玲が大量の練り水飴を買って店主を喜ばせる。それを見た子供達が群がってくる。 「お兄ちゃんが面白いもの作ってやるぞ」 路端で即席の飴細工を施して子供達から話を聞く。武器を携えた開拓者の出で立ちに不安な顔をしていた親子連れも子供に引っ張られて寄ってくる。 「短期間にほんと色んな話が出回ってるんだな」 「大丈夫だぞぉ。お兄ちゃん達がそんな事は誰にもさせないからな〜どんと任せとけ!」 優しく子供の頭を撫でて安心させる晄。桜花が戻ってきたが子供達にいじり回されると即座に逃げ出して何処か行ってしまった。 「後でまた文句を言われるのう」 御言が空から偵察している間に梢・飛鈴(ia0034)は瑞姫、朧と連れ立って陽も高い花街を散策する。 この刻限は見慣れない娘三人が連れ立って歩いていても誰の目も引かない。他の街にはない規模の遊郭に興味本位で眺めに来る外来者はそう珍しくはない。 華やかな装いを売りにする店はその日その日に入用な物も様々ある。新調する飾りを傷つけないよう運び込む職人達。小間物雑貨の飛び込み売りも入れば馴染みの業者が食材を納入していたりする。 「あの秦国風の店気になるアルな。ちょっと覗いてみるカ」 色彩の使い方から立ち並ぶ店の中で目立って見える。小さな狐鈴がちょこまかと飛鈴の後をついてゆく。頭にもふらの面を乗せて和やかな親子連れの観光客のようだ。 秦風の戦闘服に袍を纏った飛鈴の姿にあらと店の者達が営業ではない笑顔を見せる。狐鈴の愛らしい姿に手を休めて気さくに雑談に応じてくれる。 「ふむ、噂話を順番に辿っていけば良さそうアルな。その人はどこの店の子アルか?」 噂の真相をあきらかにしてすぐに安心して暮らせるようにするからと、協力的な娘達に手を振り次の店を目指す。 「あの、よろしいですか」 とびきり高級そうな店から出てきた商人に朧は声を掛けてみる。 「ああ、その噂か‥‥」 商人は顔をしかめる。街の治安が悪くなって上等な店は客もしばらく遊びは自重というのか寄り付きが減り従って仕入れも減っている。いい迷惑だよ、全く。 当たり障り無く話を終わらせ、玉響にその後を付けさせる。まだ何件か寄るらしいから噂話から何か仕入れられるかもしれない。 アヤカシの気配がないかと探るが、それは何も反応がないようだ。 瑞姫も黒疾風を連れて聞き込みに回る。犬好きの娘などは積極的に噂話をこの件に限らずお喋りしてくれる。聞き役に徹して穏やかに微笑む。 「玉響には宿に戻るように言ってありますから、私は一度戻りますね」 「ほなよろしゅうな、璃凛、焔」 戻ってきて龍を宿に預けた焔と合流して星鈴と芦屋 璃凛(ia0303)は酒場が立ち並ぶ路地を歩く。足元には一匹の猫又。後ろからはのそのそともふらさまが歩く。 「んー、触ってもいいかな」 撫でたくてうずうずしていたらしい星鈴が璃凛の許可を求めて相棒の冥夜の頭を撫でる。ちらりと璃凛の顔を見上げたが頷いたので素直に目を閉じて撫でられるままに喉を鳴らす。 「猫同伴はお店には入れないよね。冥夜、猫達から聞き込みよろしく」 飲食店があれば野良猫も居たりする。もしかしたら飼い猫もいるかもしれない。自由行動を言い渡された冥夜はぐいと尻尾を立てて背中を伸ばすと、路地裏に消える。 人の入りが良さげな店を見つけ、御飯がてら酒を注文。大衆的で相席自由、誰かが興味深い話をすれば別の誰かが乗る。情報収集には良いか。 「おぅ、でっかいのがきたな。もふらさまも酒飲むのか〜、どうだ一緒にこっちで」 既に出来上がった陽気な男が空席を探す一行に声を掛けた。 「雲剣て酒呑めるんかな〜。おっちゃんありがと、うちんもふら全然触っても構わへんで」 席は他にも空いてたので焔はそちらに座る。 「よ!元気か、例の話を聞いたか?」 気さくに酒を勧めながら街でもっぱら話題の噂を舌の上に乗せる。 「誰から聞いたんだその話」 時々ふっと店の品書きなどを眺めるような視線を送りながら心眼での警戒を忘れない。 璃凛は星鈴の隣で小鉢をつつきながら酒は唇を濡らすだけ。 「ん、おごってくれるんか‥‥うぅ、あんま得意やないんよ」 頬を軽く酒気で朱に染めた星鈴。二人でお喋りで噂好きな娘といった風情で気のいい客から噂の出元に繋がる情報はないかそれとなく話を振る。 腹も満たしてほろ酔い気分といった態、形だけで実際は酒など酔いが回るほど呑んでいないのだがそんな三人と一匹が暗い路地に差し掛かった時、柄の悪い男達が立ちはだかる。 「お前らはどこのシノビだ。俺らの町でこそこそと何をしようとしてやがるっ」 呼子笛を吹こうとした璃凛を焔が手で制す。 「騒ぎにせずに冥夜を走らせたほうがいい」 いつの間にか合流して足元に纏わりついていた猫又。 自分だけ飯を食べていないと文句を言いたかったが猫のフリを命ぜられたままの人前なので、にゃーにゃーと抗議の声を上げていた。 「冥夜行ってきて。宿わかるよね」 いったい何の用なのと懐から符を指先に取る。相手も武器を構えているので刀を抜いても良いが一般人相手にそこまで必要ないだろう。 星鈴は一応槍を握りなおしたが、焔はそのまま徒手のまま佇んでいる。さて‥‥。 「ただの酒を飲みにきた開拓者やけど。そっちこそ噂の無差別にシノビ狩りをしてるとかゆう乱暴な輩んか?」 男達は怒る様子も怯む様子も無い。暗くて細かい表情はわからないが、なんだか覇気のない顔をしている。 (ひっかかったアヤカシの手先というところやけど‥‥どう見ても一般人やしなぁ‥‥) 鮮やかな技を披露するまでもなく交差は一瞬で終わる。路地にぐったりと伸びる男達。危ないから武器だけは取り上げる。 「正気取り戻してくれんと情報聞き出すといっても無理か。手立てもないから一旦戻ろう‥‥気付かれたら狐妖姫に逃げられるかもしれん」 念の為気配を探ったが近くには生命は感じられない。手下が勝手に動いただけなのか。 ぼーっと様子を眺めていた雲剣が大欠伸をして口の端に残った酒を舐める。 さてどの遊郭にしけこんで話を聞こうか。ぶらりと歩いていた御言の元に白い犬が駆け寄ってくる。 「ん、箕祭の‥‥ケンだったか?」 首に手紙が結わえられている。至急宿に戻られたし。御言は肩をすくめて道を引き返す。 「よし宿まで運動だ。ケン一緒に走るか」 内心の緊迫は感じさせず。犬好きの男が花の誘惑より愛する相棒に負けて家路を急ぐ。そう、周囲には見えただろうか。 玉響が携えてきた情報。商人があれから話した相手の中に急いで何処かへ向かった者が居たので追い掛けた。仕舞屋のような趣の瀟洒な構えをした家。何かの連絡だったのか入ってまもなく出てきた。 それ以上は知らないよ、と玉響は欠伸をして毛繕いをする。充分働いたよ、ああ疲れた。そのまま畳の上に丸くなり眠りこける。 「連絡の中継地点かもしれないが、早く押さえた方が良いな‥‥狐妖姫が好みそうな場所だ。仮の拠点にしてる可能性も無いとは言えない」 まだ宿には全員が戻ってはいないが、李雲が後から一緒に追うと言う。 「玉響、まだ仕事がありますよ。ああ、動かないなら置いていきます」 脚の速い飛鈴と早駆を使う瑞姫が先行する。その後を他の者が続く。 更けた夜、李雲が人目の少ない最適なルートを示してくれたので見咎められず目的の場所へと密やかに急ぐ。 休む間もなかった桜花がぶつぶつと桜に文句を言いながら駆ける。 ●狐妖姫との戦い 洩れる明かり。まだ誰かここに居る。近付いた事を悟られてはならない。他の者が追い付くまで飛鈴と瑞姫が身を潜めて監視する。狐鈴も幼子のような見た目の割に本気を出せば並の大人の脚より余裕で速い。飛鈴の陰に控えている。 玲、星鈴、焔、桜と桜花、晄、朧、璃凛と冥夜と続々と到着する。御言、謙次郎、李雲もすぐに追い付いた。謙次郎は晄に駆け寄り耳をピンと立てた。 「中に三人‥‥四人‥‥なんだ?反応が妙なのが‥‥」 玲が困惑した表情を浮かべる。心眼によって見える気配がおぼろげなのがひとつ。 焔が頷き玲と共に玄関の引き戸に手を伸ばす。錠は掛けられていない。 誰も居ない。内の障子が閉ざされほのかな灯りが透けている。それを開く――。 「あら、お待ちしてたのよ。私の顔見たかったのでしょう?」 揺らめく蝋燭の明かりの奥で豪奢に身を飾って微笑む妖艶な女。薄く炎の色に染まった髪を掻き上げて狐妖姫が血のような真紅に濡れた唇を開いた。 「狐妖姫!年貢の納め時だ!覚悟しろ――」 抜いた刀を両手に握り締め、焔が声を張り上げる。 「気をつけろ。他にも居る」 改めて心眼を使った御言が警告する。 その言葉に暗い部屋の隅から姿を現したのは、猫又、土偶、そして‥‥もふらさま? (何故だ‥‥目の前に居るのに‥‥) 狐妖姫の気配が映らない。探索の術にも打ち勝ってしまうというのか‥‥? 「う、うわああっ!!!」 術に掛けられ錯乱した御言の槍が近くに居た飛鈴に全力で振るわれる。それを機にアヤカシ達が一斉に動き出した。 「しっかりするアル!」 味方相手にまともに攻撃を当てる訳にはいかない。回避に専念する飛鈴。 李雲が組みつき御言を羽交い絞めにする。その背中を美しく飾られた小太刀で狐妖姫が切り裂く。苦痛に顔を歪めながらも李雲は御言を抱えて下がる。 「たまにはこういうのも愉快かしらね」 舞のような動きで煌びやかな着物の袖を靡かせながら扇の代わりに小太刀で弧を描いて開拓者を寄せ付けない狐妖姫。武器も‥‥扱えるのか。 先の遭遇で術や素手を使ったと報告があったのは武器を持つのは気が向かなかったそれだけなのか。 刀と円盾を構えた土偶の攻撃は激しい。受け流そうとした星鈴が深い傷を負う。 「背中預けるで、璃凛。代わりにうちはあんたん盾んなったる!」 夥しい血を流しながらも気迫で星鈴は土偶を睨む。 璃凛の式が飛び、冥夜が鎌鼬を放つ。盾に阻まれる隙間をかいくぐり爪骨を振るうがその硬い身体には効かずに跳ね飛ばされ壁へと叩き付けられる。 「冥夜!」 賊刀を手に式の力を込めて土偶に飛び込む。だが璃凛も手痛い反撃を受けて血飛沫を上げる。その一瞬の隙に踏み出た星鈴の槍が命中して土偶の身体の一部を砕く。 瑞姫の心の中に炎が燃える。手裏剣を投げるよりも先に無意識に床を蹴って刀を土偶に打ち込む。三人と一匹それでやっと勝ち目か。 朧の身体が淡く輝き、満ち溢れる光が血に濡れた者達を包み込む。 「すまない‥‥」 術の効果から逃れた御言が歯噛みする。 もふらに似て非なるアヤカシ、他よりも強くなさげとはいえ晄と謙次郎だけで相手している。果敢に牙を剥き晄へ寄せ付けまいとする謙次郎。力任せの攻撃を浴びて苦しそうだ。 槍を握りなおし援護に入る御言。李雲は狐妖姫にからかわれるように翻弄されている玲と焔そして飛鈴の方へ。術を使う暇を与えないのが精一杯だ。 謙次郎の隙をついたもふらモドキが晄へと突進する。 回避は――間に合わない。跳ね飛ばされ床に叩き付けられる晄。衝撃で倒れた蝋燭の炎が床を焦がす。 御言の槍が厚い被毛を貫く。謙次郎が爪を振るい、その喉首を狙って喰らいつく。その体重を生かして潰そうとするアヤカシ。 「ケン!無理するなっ!」 蝋燭を踏み消した晄の矢が次々とその図体に突き刺さる。それでも足りずに肩からアヤカシに体当たりさせて謙次郎を救う。ぐったりと動かないが呼吸はしている。 振り向いた晄の瞳の色に朧が頷く。癒しの光が躊躇なく放たれて部屋は一瞬だけ眩く照らされる。御言がその間にアヤカシを骸へと変えた。 猫又。桜花とは比較にならない残忍な獰猛さ。そして禍々しい気。姿は似ていても瘴気に取り込まれて別の生き物となっている。 幻惑の術に打ち勝った桜が作り出した歪みに猫又の体躯が捻られる。跳躍するしなやかな体躯に浴びせかけられる閃光。瞳孔を細めた猫又の爪が桜花の皮鎧に血を飛び散らせる。 「とにかく撃ち続けるんだにゃっ」 自らを囮にして桜が連発する歪みに猫又を消耗させる。小さな体躯が何度も捻られ耳を塞ぎたくなるような悲痛な声を上げさせる。その悲鳴はそう普通の猫のようで‥‥。 小さな獣が幾度も交差して、悲鳴を上げるのが桜花かアヤカシか判らなくなる。 真空の刃が桜の身に無数の傷を刻む、だがそれが最後の攻撃となった。 「うち、決めたんだ強くなるって姉さんと親の敵を討つってさ。そしたら壁もなくなるはずかなって思うんだ」 「判った、ここに来てから辛い思いばかりさせてしまったしな」 血に汚れた身体をお互いに庇い合う璃凛と瑞姫。冥夜の翻弄、符と手裏剣による牽制。星鈴だけでは支えきれず代わる代わるに土偶の攻撃を受けて致命傷を避ける。 瑞姫が鎖分銅に持ち替えて身構える。呪縛符に動きを鈍らせた土偶、その刀を持った腕に鎖を巻きつけ隙を作る。星鈴の刀が禍々しい命に最後の一撃を放った。 がしゃりと土偶が床板に崩れ落ちる。 術を奔放に使い分ける狐妖姫。浴びせられる錯乱、同士討ちの刃で玲と焔は不本意な血を流した。朧と狐鈴はただひたすらに精霊の力で皆の命を繋ぐ。 密着した飛鈴を振り払い李雲を呪いの言葉で苦しませる狐妖姫に一瞬の隙ができた。 呪縛から我に返った玲の刀から放たれた衝撃が仰け反ったその頬を切る。 「焔龍の炎力を舐めるな」 焔の刀がそ肩口から袈裟切りに浅くは無い炎の精霊力を伴った傷を与える。 盛大な甲高い悲鳴が狐妖姫の唇から迸る。 やったのか――と思う間すらなく頭を内側から割りそうな痛みが全員を襲う。 「遊びはこれで御仕舞いよ」 艶かしく白い頬を伝う細い血の筋。甲で拭ってそれを見た狐妖姫の瞳が怒りに釣り上がる。 切り裂かれた胸元に醜く焼けた傷痕。乱れた髪と吐息。憎しみが凝縮して叩き付けられる。 街中に響き渡るかのような悲鳴に人の気配が集い始めている。忌々しそうに柳眉をしかめるが、その唇は何故か綻ぶ。 「殺すのは今度にしてあげるわ」 ――身体が動かない。強力な呪縛。ひらりと袖を翻して外の闇に消える狐妖姫。 追いかけようとした一行を夜道で阻んだのは‥‥正気を失った人々。憑依された者、操られた者。隣人と思っていた者に襲われ恐怖に怯える人々。 その混乱に揉まれる中で、狐妖姫を追う事は叶わなかった。 「済まない璃凛‥‥」 抱き寄せた瑞姫の頬に零れた滴が、璃凛の身体に落ちて血と混ざり溶ける。 (‥‥きっとうち強くなってみせるから) 無言でそのまま身を任せている璃凛。 その様子を最後に到着した雲剣がじっと見守っていた。 ●騒ぎの結末 またも陰で狐妖姫の手が蠢いていた。昨夜の騒ぎもあり、街の混乱の回収に忙しない一日だった。 ギルドの責任者に会わせてもらうよう掛け合い、街の有力者達への働きかけを願い出た。 傷も完全に癒えぬ身体を酷使して街の中を駆け回る。 「現状わしらが出来そうなところというとこの程度じゃしのぉ‥‥」 人心はまだ落ち着いたとは言い難い。逃した狐妖姫、今度は何を仕掛けてくるのか――。 |