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■オープニング本文 どんどんどん。 「ん、なんだべか。こんな時間に‥‥」 どんどんどん。 「今開けるから、ちょっと待ってくれや」 よっこらせとしんばり棒を外して、外から吹き込む寒風に首をすぼめる村人。 曇りの夜は真っ暗で何も見えない。村は皆寝静まっている時間帯だ。 「灯りを今つけるから、中に入ってな‥‥」 カチカチと皿の油に火をつけようとする背中に迫る異様な気配。振り向く間もなく村人は打ち据えられて昏倒する。 戸も開け放したままで冷え切った屋内。夜明けの寒さに震えて目を覚ます。 「いったい何が‥‥」 荒らされた様子もなく村人は首を傾げる。別に盗られるような物も元々持ち合わせていない。 「お、おい。お前さんの家にも来たか!?」 村が何だか騒々しくなっている。隣人が飛び込んできて口から泡を飛ばす。 「来たって何がさ。おぉ、寒っ。いきなり殴られて何が何だかわからないべ」 とにかく火だ、火。囲炉裏に火をくべてまずは暖を取ろうとする。 「お前さんの鏡餅は無事か?」 「はぁ?」 「鏡餅だ、鏡餅」 確かに昨年の暮れにこさえた餅に榊の葉を飾って、少しでも正月らしくしようと棚に供えていたが‥‥。 「無くなってるな」 鏡餅泥棒が現れたっていうのか。そんな物を盗っていったいどうするのか。ひもじければ他に何かあるだろうに。 どうやら村中が同じ被害にあったらしい。 「そんなに飢えてるなら、殴らんでも汁粉くらいこさえてやるのになぁ」 何が起こったかもよくわからず首筋を撫でてぼやく。訪ねてきた隣人も同じ被害に遭ったが、全くだと頷く。 ずぅぅぅーーーん。 「な、なんだぁ!?」 近くに雷が落ちたかと思うような重い地響きが粗末な作りの家を揺るがす。 転がるように家を出て、辺りを見回す。雷が落ちるような天候ではない。 「あ、あ、あれを見ろ!」 誰かが指差した先。 ずぅん。ずうん。土埃を上げて寒風吹き荒ぶ中を村に迫るモノ。 手足がにょっきりと生えているが。子供が落書きしたような愛嬌のある顔をしているが。 「も、も、も、も、餅ぃぃぃぃっ!?」 その姿は見紛う事なく、巨大な鏡餅である。頭にちんまりと、これは普通の大きさの蜜柑を一個乗せている。 「あれはアヤカシじゃあっ。早く誰か開拓者を呼べ〜!」 持ち去られた時は乾いてひびも入っていたはずだが。湯気を立てて歩くアヤカシの姿は柔らかそうで搗き立てほやほやの餅のように思える。 村人達の怯え逃げ惑う姿に鏡餅アヤカシはにんまりと笑い、村の広場にどっかりと腰を下ろす。外側は別にベタベタしていないようだ。 「とりあえず隣村まで逃げろ!」 着の身着のままで逃げ散る村人達をアヤカシは追ってはこない。恐怖を喰らったところで今は満腹したのか。 このまま放っておけば飢えて人間を探しにやってくるだろう。その前に‥‥退治せねば。 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
露草(ia1350)
17歳・女・陰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰 |
■リプレイ本文 餅は餅屋、アヤカシは開拓者。さてそれではお餅なアヤカシには‥‥? 開拓者ギルドから依頼を受けて、問題の村へと到着した面々。 何かいい仕事は無いかな〜と手持ち無沙汰に新年の空気もまだ残る開拓者ギルドを覗いたペケ(ia5365)。声を掛けた受付に何故かこの仕事を強く勧められた。 「そんなに私もっちりしてますかね?」 いや、そういう理由で勧めないと思うのだが。 「ん〜」 むにっ。アルティア・L・ナイン(ia1273)が失礼するねと手拝を切ってペケの頬を指で突つく。綾羽(ia6653)も神妙な顔をして、むにむにっと反対の頬の感触を確かめる。 綾羽の視線は何となく下方へと移る。この寒い中、大きく開いた忍び装束の胸元。割と背丈の高い綾羽の視点から見ると覗き込めてしまう。網の上の餅のようにぷっくりと膨らんだ‥‥。 (突ついたら破裂してしぼむって事はないですよね〜) 思わず指が伸びそうになるが、それは失礼だと慌ててその手を引っ込めて一人赤面する。 (この子よりあっちの方が) もち肌と言えば‥‥と振り向いたアルティアの視線に浅井 灰音(ia7439)が眉を吊り上げて形式的に慇懃な微笑みで返す。 「なにかな?アルティアさん」 「いいや、何にも」 「あれ、これって鏡開きの依頼じゃなかったんですか?」 地面に立てたら柄が肩の高さまでになる木槌――杭打ち等に使われる掛矢だ――を担いだ趙 彩虹(ia8292)が首を傾げる。 背中の辺りで結った長い銀色の髪がそれに伴ってかくりと垂れる。 「ん、まぁ間違ってないと思いますよ。相手は餅アヤカシ、それではひとつ正月も終わりですし鏡開きと行きましょうかねぇ」 大薙刀を演舞のごとくブンと風を鳴らして素振りした紅鶸(ia0006)が笑顔で気合を入れる。 どどん。きゅ。ずどど〜ん。 ないすばでぃ?な鏡餅そのものなアヤカシ。注連縄でも巻き付ければ相撲取りという雰囲気か。家一軒と並ぶほどの巨体は近くに寄ると相当な圧迫感がある。その重さを支える脚は太く短く、もっちりと白い力こぶが浮かぶ腕は板戸くらいなら簡単に突き破りそうな破壊力を秘めているようにも見える。 だがちょこんと飾り帽子のように乗せた蜜柑といい、上段の中心に浮かぶ子供が落書きしたかのような愛嬌のある顔といい‥‥アヤカシ一体に村を占拠された深刻な事態なはずなのに、見える光景は何とも気の抜けるものだ。 そろそろ腹も減ってきたかなと立ち上がったアヤカシ。寒気に少しだけ強張った体躯をほぐし始める。軽く上体を傾けて浮かんだ脚をどすんと下ろせば土埃が舞い上がる。反対側もどすん。遠目に見れば、四股を踏んでいるかのように見える。 ひび割れひとつなく柔らかな曲線を描く滑らかな白い肌。粉をまぶしたわけでもないだろうに、その表面は不思議とスベスベしている。 腰の刀剣と見比べて逡巡するアルティア。刀だとくっつくよね。それに触りたいような。いやでも。ん〜やはり。 牽制の飛苦無。彩虹の手から放たれる円月輪。弓や霊魂砲など皆警戒して接触を避けている。 「やっぱり行ってみようかな〜」 アルティアの漆黒の瞳が好奇心に満ち溢れて輝きを増す。 弾力を伴って沈み込む拳。効いたのか効かないのか感触では掴めない。手刀を入れてみたり掌底を叩き込んだりしながら、攻撃というより実際は餅肌っぷりを楽しんでいる。 肉弾戦しか能の無いアヤカシのようだ。全てを避けられたわけではないが、妙な術を使われるよりは回避のしようがある。 追撃を振り払って至近距離から逃れ、入れ替わるように紅鶸が前に出てアヤカシの相手を務める。 子供のように無邪気な表情でアルティアが灰音に駆け寄る。嬉しげに伸ばされた両手がまるで抱きつくかのような動作で衣服の隙間から腹へと手を潜り込ませようとする。 思わず手放した弓が地面に投げ出された。阻止しようとする手と触ろうとする手の攻防。ついにアルティアの手が灰音の頬をむにゅっと摘んだ。 (んむ、柔らかいし張りもある──良い肌だ♪) 灰音の目が笑っていない。しかし意に介さず、今度は腕を掴み高々と持ち上げるアルティア。満足の笑みを浮かべている。 「もち肌度勝負、灰音くんがうぃな〜」 「そんなことをしている暇があるなら、少しは集中して貰いたいね」 掴まれた腕を振り払って、拳骨を腹に叩き込む灰音。アヤカシと戦闘中に何をやってるんだ。本気で呆れた表情を見せて弓を拾って構え直す。 後ろ側に回り込もうとしたペケがある物を道端に発見する。よしっ。 「ええぃ、なぐり餅めっ。ちょっとでも動いたらコレを犬の糞に落としますよ!」 何を思ったかペケが突然に懐から出してかざしたのは‥‥鏡餅。掌に乗っかるような大きさの極普通の鏡餅である。 アヤカシはいったい何を思っただろう。振り向いた愛嬌のある表情は変わらない。 でも鏡餅には興味を示したようである。腕がぐいと伸びてペケの手にした鏡餅を奪いにかかる。他方から攻撃を受けてもペヶだけを狙って拳を繰り出す。 鏡餅だけは渡さないっと変な避け方をしていたら尻餅をついたペケ。手から離れた鏡餅がその太腿の間に落下して挟まる。 アヤカシがずんずんと迫り来る。その量感に圧倒され立ち上がる事ができない。 「こ、こっち来ないでっ。この鏡餅だけは今は勘弁して〜!」 ペケの手から雷光が走るが表面を僅かに焼いただけで意向に介さず迫り続けるアヤカシ。ちょっと焦げた匂いが香ばしい。 「てめぇの相手はそっちじゃないぜ!」 仲間を守るように咆哮を響かせる紅鶸。 上段から繰り出された右腕が柔らかな餅といった伸びを見せ予想していた間合いを超えて紅鶸を襲う。薙刀の柄で受け止めた衝撃は体格に応じて重く、踏み締めた下駄の歯が土を削って筋を残す。 弧を描くように続けて繰り出される左腕。彩虹の放った気功波がその軌道を弾き、直撃を免れさせる。 露草(ia1350)の手から現れた凍てつく冷気を纏った式が足を狙う。冷やして固めれば攻撃しやすくなるか。霜が一瞬その表面を包み込み脚の動きが阻害される。 アヤカシが倒れ掛かるように紅鶸に覆い被さる。押し潰そうという意図に逃れる時間は無かった。 迫る巨躯に反射的に大薙刀を突き出すが、腹に喰い込む柔らかい手応えに武器が沈み込んでしまう。そして手元どころか紅鶸の身体まで。重量感のある丸い巨躯を支えきれず転がったアヤカシの下敷きになってしまった。 「ぐっ、苦しい‥‥」 ほかほかの生温かく柔らかな圧迫。新咲 香澄(ia6036)が霊魂砲を撃ち込むがダメージは着実に与えているものの避けさせるには至らない。 「斬撃符で削ったくらいじゃ‥‥無理だよね」 「体当たりで退けさせましょう」 転がす為の支点。脇腹の方に回り込んだ露草が氷柱を連発し、冷気で固めた表皮の面積を広げてゆく。 綾羽は舞い続ける身体を休める事無くひたすら精霊の加護を祈り、灰音は味方を撃たぬよう控えていた弓を構え狙いを定めていた。 真正面に無防備に晒されている頭頂部の蜜柑、今なら間違いなく射止められる気がする。右目を閉じてその的を見据える。 「‥‥狙ってみる価値はあるかな」 皆が飛び込む前に。 プスッ。 間の抜けた音を立てて、蜜柑の中心を貫いて突き立てられた矢。白い大円、中円、中央に位置する小さな橙の円。まるで演武の的が色違いでそこに置かれているかのようだ。蜜柑以外はこの距離では外すのが難しい程に大きいが。 「効果‥‥なしか残念」 何の為に載せているのだろう‥‥アヤカシに意味を問うても仕方がないか。 一斉に息を合わせ、冷気で固めた箇所へ肩から飛び込んでゆくアルティア、彩虹、ペケ。 アヤカシの丸い身体がごろりと転がる。 「きゃあっ。あ〜れ〜〜〜」 運悪く絡めとられアヤカシと一緒になって、何の曲芸かというような勢いで両脚をVの字に開いて半回転していくペケ。氷柱に固められたはずだったが、どうやら外れた場所に体当たりしてしまったようだ。 散々攻撃した後だけに餅肌はあちこち傷付いている。中のべとべとした部分が動く度に表面にはみ出していたのが曲者である。 接着部分を削り取るように香澄が斬撃符を飛ばしペケは下敷きになる前に難を逃れた。 「あ〜もう目が回るかと思いました〜」 「なんでしょう、苦しいのに温かくて妙な安心感がありました‥‥」 そのまま身を委ねて花畑を見そうな気分になっていたので危なかった。ぐったりと、しかしウットリとした表情を浮かべ上体を起こした紅鶸。綾羽が駆け寄り治癒を施す。肩を支えた手から真摯な優しさが伝わってきた。 ぎこちなく立ち上がったアヤカシ。腹に紅鶸の大薙刀を喰い込ませ頭頂部の蜜柑は真っ直ぐ天頂を向いた矢羽根で飾られている。 「さてと返してくださいよ‥‥っと!」 気合を入れた蹴りを放つと共に両手に力を込めて絡め取られた大薙刀を奪い返す。引き抜いた刃には柔らかい餅がべっとりと貼り付いている。時間が経てば瘴気となって跡形も無くなるのだろうが、すぐには刃は使えそうにない。棒術のように長柄を利用して殴った方が効率がいいか。 力を合わせて脚部へ集中する攻撃。次第に広がってゆく冷やし固められた表皮。 「さて真面目に行くとしようか」 アルティアの瞳が真剣さを帯び、引き締めた表情に獰猛なまでの笑みが浮かぶ。 「今が切り札を切るタイミングかな。さあ、これで終わりにするよアルティアさん!」 紅色を増して輝く灰音の瞳を見つめアルティアが力強く頷く。アヤカシに視線を戻し、その動きの隙を狙う灰音。 「‥‥見えた、そこだ!」 灰音の言葉に両手の剣を開き脚を踏み出して身構えるアルティア。無駄の無いしなやかな筋肉を静止させたその構えは飛び掛かる直前の猛獣のようだ。 「行くぞアヤカシ!我らが一撃は風よりも速く、鉄をも穿つと知れ!」 綾羽の扇子がひらりひらりと風を切って動かされ、軽やかな舞から精霊の力がその身体に送り込まれ漲らせる。 「戦乙女の名誉に誓い、暗雲の闇を払う稲妻のように迸り貫く。蒼光の北弓!」 矢をつがえる灰音の指先から迸るように精霊の力が蒼白い燐光となって弓を包み込んでゆく。 「我が名の如く、ただ一陣の暴風のように駆け抜け斬り刻む。紅風の秦剣!」 アルティアの全身に練気が満ち溢れ、肉体を血潮が駆け巡り紅潮した腕が双手の剣を固く握り締める。 『異なる界を一心に結び、悪しき瘴気を薙ぎ払わん――訣!』 ジルベリアに憧れ生まれ育った天儀の鍛錬と融合した武と秦国が編み出した技法が今一体となって振るわれる。 灰音とアルティアの声音が唱和し、紅蓮に染まった身体がアヤカシの巨躯へと飛び込む。懐に入った獲物に振り下ろされる腕を潜り抜け、アルティアの握り締めた珠刀が冷え固まり鎧のごとくなった餅の表皮を砕き散らして一息の間に縦横無尽に切り刻む。 開かれた四筋の深い傷痕を更に抉るかのように灰音の放った燐光を帯びた矢が柔らかみを帯びた内部に深々と突き刺さる。 精霊の力がアヤカシの瘴気を苛み、愛嬌のあった顔が歪む。アヤカシは苦悶の咆哮を上げて腕を空に突き上げる。 その動きを止めたアヤカシに彩虹が両手に掛矢を持ち替えて大きく跳躍してその固い表皮を駆け上がる。 「この一撃で‥‥割りますっ!」 息を大きく吸い込み、覚醒させた練気が急速にその身体を消耗させる。頭頂部に振り下ろされる渾身の一撃。 亀裂がアヤカシの全身を走り抜け、瘴気の拘束力を失った物体は砕け散る。掛矢を振るった態勢そのままで足場を失った彩虹がどさりと広場の土に落ちる。香澄が逸早く駆け寄って彩虹を助け起こして強く抱き締めた。 「ホンちゃん、さっすが〜。狙い通りだったね」 「あたたた‥‥さすがにあの高さから落ちたら身体がバラバラになりそうです」 屋根の上から落ちたような物である。鍛え上げられて優れた開拓者の身体でなければ命にも関わりかねない衝撃だ。彩虹も今は動けず香澄にその身体を預けている。 「お見事な鏡開きでした」 綾羽が呼んだ風の精霊がふわりと彩虹を包んで癒す。痛みが爽やかな風に浚われて静かに引いてゆく。 「動けますか?」 「綾羽様ありがとうございます。目出度く締められた‥‥のかな?村の方々にも見せられたら良かったですよね」 砕け散った餅の欠片は既に瘴気の固まりとなっていたのか風化しつつある。矢に貫かれた蜜柑だけがひとつ、ぽつりと寂しげに村の広場に転がっている。 「不思議なものですね、あれほど美味そ‥‥いや、はっきりと認識できたのに瘴気だったなんて」 「ねぇ、もう一度鏡餅を作り直そうよ」 恐らくは食べられてしまったのだろう消えた鏡餅。アヤカシ退治だけで依頼は完遂となるが、これだけで帰るのは何か足りなかった。 「鏡開きをして、そのお餅を焼いて食べれば一年無病息災とか申しますし」 それにきっと子供達も楽しみにしていたはず。普段は目にする機会のない開拓者に纏わり付いてはしゃぐ姿に露草は微笑む。 隣村まで退治を告げに行き、村人と共に再びこの村へと戻ってきた開拓者達。 「新年仕切り直しと行きましょうか」 広場に人々の顔が集う。餅搗きからやり直しましょうと紅鶸が声を掛けて積極的に一緒になって臼や杵を運んでくる。 「お店から色々持ってきたんで、用意してくるね!」 香澄が駆けてゆく。土埃にまみれたりしないように民家の玄関を借りて避難させていた物があったのだ。どうやら普段働いている店から甘味の材料を色々持ってきていたらしい。 「さあ、始めるか。こらそこ。ちゃんと並ばないと餅つきをやらせないよ?」 僕が先だい!ずるい横入りした!と他愛のない喧嘩を始めた子供を両抱きにして笑う灰音。 「やっぱりお餅は食べる物。それじゃ行くよ〜」 小さな体を抱えるように後ろから一緒に杵を持つアルティア。大人達は我が子が開拓者と餅搗きをするのを嬉しそうに眺めている。災い転じて例年では味わえない楽しみを村は得た。 腕捲りをした露草が柔らかく湯気を立てる餅を裏返す。 「今から作ったのも鏡餅と言うんか?」 「大丈夫ですよ。もう一度お供えし直したら、しっかり鏡餅になりますから」 別に段々に重ねた塊である必要は無い。気持ちだけでいいのだ。露草に神妙な顔で尋ねた子供は良かった〜と大げさな安堵を見せる。 小豆餡にずんだ餡、胡麻をまぶした物、単純に焼いて醤油を塗っただけの物もあれば、汁粉に入れて饗された物もある。 村の社へ一晩供えて村総出で手を合わせた餅を下げて是非にと開拓者が請願されて彩虹の掛矢を八人で握って割る。乾燥は足りないがそれを見越して供え用に特別に作ったので見事に開かれて末広がりの目出度い次第となった。 その後は村の家々に招待されて、賑々しい鏡開きの宴。 「いい年になりますように」 ぽつりぽつりと灯りが消えてゆく。お腹がくちくなった開拓者も村人と共に満足の眠りに付いた。 |