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■オープニング本文 ●寒河の里 「日の出拝みか‥‥それも良いな」 なんとか無事迎えられる新年。陰殻も色々あって激動に呑まれた。寒河の里も例外ではない。理穴の合戦にも派兵し、楼港での騒動にも巻き込まれた。 酒をぐいと呷り、筋骨隆々としたシノビに見えないシノビ、寒河の上忍にこの度昇格した多羅 仁汪は重々しく頷く。 精鋭の損耗もあって寒河の陣容は大分様変わりしている。経験の少ない若手や志体の無い者がほとんどを占める中で、戦闘力のあるシノビは貴重である。 「中々無い機会だから開拓者と連れ立って行きたいかなと思うのだが。先年は戦いに継ぐ戦い、たまに癒しの行を共にするのも良いかと」 久々の里帰りとなった寒河 李雲。二人分の酒を注ぎ足して穏やかに微笑む。若造と言える外観だが里シノビの実働を担う指導者。厳しい顔を見せる事も多いが、その必要がなければ元々は柔和な性質である。 開拓者達との接触は彼の考えに大きな変化を齎した。開かれた陰殻‥‥それを夢見るのは分不相応であろうか。 未だ以って陰殻の大半は閉鎖的な闇に包まれたままではあるが、少しずつ人の出入りは活発になっている。里単位では開放的な所も幾つか出始めている。 「蓮納山の山頂などどうか」 「あの山には確か隠し湯があったな‥‥」 「うむ。日の出を拝み心を清め湯に浸かり身体を癒す。今年一年頑張れる糧となろう」 「わかった。ただし遊びだけで行くわけにはいかん、寒中の修行も兼ねるぞ」 「無論」 「やはり真冬の修行と言ったら褌一丁‥‥ん、どうした李雲殿」 腹ごなしがてら全身の屈伸運動をする仁汪の言葉に李雲は固まる。酒気を含んだ汗の臭いが我に返らせる。 「い、いや構わんのだが‥‥。という事は男だけ集めれば良いのだな」 「女でも構わんではないか。シノビの女子たるもの任務とあらば惜しみなく肌を晒して当然」 連れていくのは開拓者であって里のシノビではないのだが‥‥。李雲はさて何と言って依頼したものかと考え込む。 「了解した。ひとまずは長の許可を戴いてこよう」 少し外の寒気にでも当たって落ち着こうか。立ち上がった李雲は汗を流し続ける仁汪に暇を告げて、長の住まう質素な屋敷へと足を運ぶ。 里に人を入れぬならば。根来から蓮納山へ向かう道中は里の中心へ近付かぬとも行けるだろう。途中の小屋を使えば山へは登れる。隠し湯の辺りにも確か小屋が建てられていたはずだ。いざという時の山越えの拠点でもあるので里の周辺には寒河の者だけが知る忍び小屋が木々に隠れるように建てられている。中には半地下に作り土中を掘って離れた箇所に入口を設けた物もあるが、そこは決して外部の者には晒さないようにと長は念を押す。 「‥‥と、そこの小屋は良いのですね」 「お前がそうしたいのなら構わん。何かあったらまた、どうせ開拓者を使うのだろう」 「仰せの通り」 最近の李雲の動向には放任の長である。次代の寒河は李雲のもの。やりたいようにやらせてみれば良いではないか。 つまらぬシノビ同士の争いに終止符を打つのは外から入ってくる新しい風なのかもしれない。 その時に我らが時代を越えて生き延びる為には‥‥腹の底ではそれでも里の誇りと計算を忘れぬ長であった。 ●蓮納山道中 「隠し湯のある辺りまでは通常の登山を行なう」 外套に身を包み、先頭を歩いて雪をゆっくりと踏みしめて細い道を作ってゆく李雲と仁汪。筋肉質ながら美丈夫といった雰囲気を持つ優男と筋骨隆々と汗臭い逞しさを持つ大漢の背中は対照的だ。 「着いたら荷物はそこに置いて夜明けに褌一丁で山頂に向かうからな。覚悟しとけよ」 「女人はさらしを着用して良いからな‥‥というか着用してくれ」 豪快な笑顔で楽しそうに言う仁汪に、諦めた口調で李雲が言葉を添える。なるべく後ろは見ない。開拓者の顔を見るのが怖い。 (私の提案ではないからな‥‥) 全力で李雲の背中が物語っている。女性は苦手ではないが色香には免疫が無くて戸惑う。ちなみに温泉は小さく混浴だがその事は頭から抜けているようだ。 ギャア!グェェ! 不穏な鳴き声が山中に響く。 「アヤカシか‥‥?」 「今隠れてしまったが鳥の影が見えたな。一羽はずいぶんと大きいように見えた」 足を止めた李雲が後ろを振り返り、開拓者達の瞳を覗く。切れ長の瞳は冷たく任務の顔となっている。 「遭遇すれば倒す。構わぬな」 誰も恐れてなんかいない。むしろやる気に満ち溢れている。アヤカシとの遭遇なんか恐れて開拓者などやっていられるか。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
雪ノ下 真沙羅(ia0224)
18歳・女・志
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●アヤカシ撃退 バサリバサリと不穏な複数の羽音が獲物の気配を嗅ぎつけたのか近付いてくる。針葉樹の葉が邪魔になり、接触間際まで姿を捕捉するのは難しいと思える。 「‥‥では、あの鳥を落として先へ行くとするか」 静かに弓を握り直し矢に手を伸ばす神鷹 弦一郎(ia5349)。 射撃の要となる者達の射線を遮らぬよう、刀を抜き木陰に近い位置へ寄った御凪 祥(ia5285)が、石突を根に打ち付けて反対の手に物見槍を構える。 どの方向から周り込んで来るかわからない。互いの位置に死角は無いか。若獅(ia5248)が薄い笑みを浮かべて殺気を放つ川那辺 由愛(ia0068)の傍に陣取り、弦一郎を表情を固くした雪ノ下 真沙羅(ia0224)が守る。 「出たね、アヤカシ」 斬り心地はいまいちかなぁ。刀で刻みに駆け寄りたいところだが相手は鳥。懐から飛苦無を取り出した野乃原・那美(ia5377)。梢・飛鈴(ia0034)も同じ得物を手にする。 木々の間から射していた光が翳った。一斉に取り囲むようにして樹木の間を急降下する怪鳥の群れ。 待ち構えた由愛の瞳が黒髪の奥で紅く爛々と光る。 「我が呼び掛けに応じて形と成れ。瘴気喰らう蜘蛛よ来れ!」 振りかざした符から禍々しい蜘蛛の姿をした式が飛び出して怪鳥の翼に喰らいつく。失速して態勢を崩したそこへ若獅の放った気功波が命中する。 雪を蹴り、弧を描くように走る後ろから連発される式。苦しみに悶え逃れようと木陰に墜落した怪鳥が再び羽ばたくのを突き出した片手から放たれる波動で阻止する。 怒りの鳴き声を上げる怪鳥も満身創痍で地に堕ちては相手ではない。若獅は拳の連打で容赦無くその命を終わらせた。 二人一体の連携交差する動きで怪鳥を翻弄する寒河 李雲と多羅 仁汪。離れれば李雲が手裏剣を放ち近付けば仁汪が刀で傷つける。振り回される怪鳥の動きが次第に鈍る。 李雲の火遁に巻き込まれた怪鳥が叫びを上げた首を仁汪が跳ね飛ばす。生暖かい血飛沫が李雲を濡らすが顔色ひとつ変えず落ちた胴体を蹴り、敵が動かぬ骸となった事を確認して相棒に頷く。 第一矢をかわされた弦一郎が間髪を入れず即座に第二矢を放つ。方向転換の間に合わなかった怪鳥に突き刺さる。真沙羅が駆け寄る間、上空へ逃れぬよう放たれる牽制の矢に怪鳥は一度地に降り立つ。 両手に構えた刀に炎を宿し、怯えた様にも見える潤んだ瞳に真沙羅は必殺の決意を込めた。怪鳥が鋭い鉤爪で攻勢に出るが、長い緑髪を一房斬り掠めただけで逃れる。 反転したところを弦一郎の矢が遮る。次の交差では真沙羅の刀が怪鳥を捉えた。傷つけられた翼から飛び散った羽根が雪の上に撒かれた。 飛べなくなれば後は近接戦闘を得意とする者だけでいける。那美が早駆を駆使して援護に回っているのが見えた。 行き掛けに見たはずの大怪鳥は遮る木々が大きな図体では邪魔なのか降下してこない‥‥弦一郎の瞳が空を睨む。 「こっちへ来い。俺が相手やあ!」 木々の間を抜け真っ直ぐに滑空して怪鳥が景倉 恭冶(ia6030)を狙う。二羽が恭冶の声に惹き付けられたが、そちらは飛鈴が駆け寄る。足元が滑り歩が届かないと思ったので飛苦無を先に投げて注意を逸らそうと試みる。不敵に笑う恭冶の双刀が振り下ろされ衝撃波が雪煙を巻き上げて突進する。視界が白霧に包まれる。見届ける暇も無く、脇から来た怪鳥の迎撃を務める。 「一羽は任せるアル」 降り掛かる雪の粉で三つ編みの黒髪をキラキラと輝かせた飛鈴が飛手で迎え撃つ。だが一人ずつでは埒が明かない。あえて一羽に無防備な姿勢を取った恭冶が二の腕を抉られながら飛鈴の相手する怪鳥を切り裂き二人掛かりで仕留める。じゃらりと重い音を立てる鎖に紅い血が滴る。 「お次、行くぜい」 顔に十文字に走った傷痕が、自らの身を盾にする事も厭わない戦法を物語っている。例え肉を斬らせても敵は確実に仕留める。もう一羽も二人で相手だ。無骨なまでの力技と翻弄する秦拳で怪鳥をアヤカシ自身の鮮血に染まった雪の上に叩き伏せる。 待ち構えた祥を襲う怪鳥。突き出した槍はかわされ小さく舌打ちをして脇に飛ぶ。正面の幹への衝突を避け、怪鳥が不自然な態勢での回避行動を取った。繰り出した刀が羽根を掠めた。 単独で仕留めるのは難しいか。遠距離の援護と連携して素早く敵を屠る者達の姿を見て迎撃を中心にして消耗を抑える。味方が寄った時に反撃に転じて最後は自らの槍で地面に縫い止めた。 地形に邪魔されて上空から様子を伺っていたが、単独では勝ち目が無いかと旋回して飛び去ろうとする大怪鳥。 「逃しはしないわよ」 ありったけの斬撃符と魂喰を連発で叩き付ける由愛。その顔には恍惚の笑みが浮かんでいる。 失速して高度を下げた大怪鳥に弦一郎の二本同時につがえた矢が撃ち込まれる。地表近くに引き摺り下ろされた大怪鳥を開拓者達が囲む。反撃の暇をほとんど与えない程の一斉攻撃。 巨体が切り刻まれ骨を砕かれる。 「瘴気にすら還さない。跡形もなく喰われて消えなさい。あははは!」 過剰とも言えるくらい容赦なき由愛の式を受けて、アヤカシは飛散した。 ●蓮納山の隠し湯 「わ〜い。かっくし湯だ♪」 木陰に建てられた粗末な小屋の横でもうもうと昇る湯気。戦いで身体を酷使し寒い山中を歩いてきたので今すぐ入りたい気分である。 「女人が先に入るといい。仁汪殿、火を焚いておいてくれないか。小屋に薬が置いてあるはずだから私は景倉殿の治療を先にしよう」 浴びた血は布で拭っただけで頬に跡をこびり付かせた李雲が微笑んで恭冶の腕を取る。きつく縛っただけの二の腕にまだ乾かない血が滲んでいる。 小屋にある薪柴だけでは足りなさそうなので弦一郎と祥は仁汪を手伝って焚火の支度をする。 「さて誰から入るアルか?」 「わ‥‥私は後で‥‥いいです‥‥どうぞお先に」 「じゃボクは真沙羅さんと由愛さんと一緒♪」 那美が由愛の腕をがしっと掴む。 仕舞ってあった茣蓙を雪の上に敷いて囲いも無い湯の傍で衣服を脱ぐ。焚火は小屋の入口側なので一応そこを挟んでいる限りは遮られてはいる。 「聞いてた通り狭いアル。広げて皆で入りたい気もするアルが」 「下手に動かしたら崩れるかもしれないしな。せっかく作ってあるんだしこのまま交代でいいっか」 二人だけなので割とゆったり浸かれる。ちょっと熱めの湯加減、頭は寒気に冷やされて心地よい。 「覗きにくるような戯けは居ないアルな」 「真面目そうな奴ばかりだから心配ないんじゃないか。しかし湯の周りがこれじゃ寒いな、上がったらこっちも焚火するか」 髪まで濡らしたら風邪を引きそうだ。若獅はそのままだが飛鈴は手拭で長い髪を纏めてその上にさっきまで被っていたもふらの面をちょこんと置いている。 恥じらいもなく一気にぽんぽんと脱ぎ捨て飛沫を上げて温泉に飛び込む那美。 「熱っ、でも気持ちいい〜」 手拭一枚で全然隠しきれてない身体を、それでも懸命に隠そうとして真沙羅が恥ずかしさに真っ赤になりながら湯に足を入れる。 「お風呂は裸の付き合いだよ〜手拭で隠しちゃ無粋、無粋♪」 押さえていた手拭をあっさりと那美に奪われてしまって慌てて湯に身を沈める真沙羅。 自分と見比べ嫉妬と羨望の眼差しを向けた由愛が溜息を付く。ええい、それより温泉だわっ。荷物から酒徳利と銚子を取り出して湯まで持ち込む。 注いだ後の徳利は栓をして傍の雪に置き、キンと冷えた酒を楽しみながらこれぞ極楽と熱い湯の感触を味わう。 那美の視線が由愛と真沙羅の胸を交互に見比べている。向かい合う三人の脚が互いの尻に当たるほどの至近距離、濁っていない水面下はよく見通せる。 「真沙羅さんて本当に大きいね〜。それに比べて‥‥由愛さん可哀想♪」 むにゅむにゅ。突然伸びた手に胸を揉まれて由愛がぷちんとキレる。手を払い除けて飛沫を上げて立った姿は、生まれたままに丸見えである。 「ち、小さくて悪かったわねぇぇぇ!?」 こ、これがあたしにも在ればっ。瞬間的に理性がぶっ飛んで伸ばされた手は違う方向にゆく。 「そ、そんなっ‥‥きゃぁ〜ん!」 「何かあったんかっ」 小屋表の焚火にあたり囲んだ茣蓙の上で酒を飲み交わしていた男性陣。聞こえた派手な水音と悲鳴に恭冶が立ち上がり走った。弦一郎と視線があった李雲は苦笑いを浮かべて酒を口に運ぶ。先に聞こえた由愛の叫びから状況はだいたい察しが付く。大声を出せば丸聞こえである。 「いやっ、だめですぅっ。そ、そんな目で見られましても‥‥わ、私だって、こんなに大きくなんてなりたくありませんでしたのに」 真沙羅の胸を鷲掴みにしている由愛。面白がって止めない那美。焚火にあたっていた若獅と飛鈴は呆気に取られた顔で見ている。 「悲鳴が聞こえたけど、大丈夫‥‥か?」 颯爽と現れた恭冶に十個の瞳から痛い視線が降り注がれる。温泉で繰り広げられた狂態はばっちり恭冶の目に飛び込んだ。 さっきより盛大な悲鳴が日も沈みかけた山中に響き渡る。雪玉が次々と女性達から投げつけられる。 「うわ、ちょっ。誤解やで。悲鳴が聞こえたから来ただけや〜」 雪まみれになりながらの退散である。 「あははは〜。つい奪いたくなっちゃったわ」 我に返って取り繕ったように笑う由愛。胸を抱えて俯いた真沙羅の全身はこの上ない程に朱に染まっている。 そのまま女性陣は先に仮眠、開拓者男性陣が風呂に窮屈に身体を沈めている間、若獅がふらりと焚火の傍に座る。 「なんだ、寝ないのか」 「仁汪と李雲と少し話してみたいと思ってさ」 男同士は焚火にあたる間少しは歓談していたようだが、若獅は道中も修行と黙々と前を行く二人とは話す機会が無かった。仁汪の雰囲気が何処か育ててくれた人に似ていて、ちょっと懐かしくなる。小さな頃からずっと厳しい修行を積んできて、シノビの里で育った二人もきっと同じような物だったのだろう。炎に照らされた瞳にあの頃が映る。 「何かあったら開拓者も頼ってくれよな‥‥一人じゃねーから」 言おうと思っていた事が上手く言葉にならない。一族を束ねるというのは俺には想像できないくらい大変なんだろうけど‥‥。排他的なシノビの里で責任を持つ立場の李雲だがこうして開拓者を仲間のように扱ってくれる。使い捨ての駒ではなく絆を大切にしてくれている。 ぽつりぽつりと言葉は少なかったが、二人も胸の内を開いて語ってくれた。 (開拓者が未来を切り開く希望か‥‥俺達も頑張らなきゃな) ●御来光参拝 「ん〜皆いい身体してるわね」 男性の前じゃ恥ずかしい‥‥と言っても昨夜、恭冶に裸を見られている。開き直って堂々と胸を張った紅いさらしに赤褌姿の由愛。白銀の風景によく映えている。 長い前髪に隠れて視線の先は判らないが、遠慮無く褌一丁となった男性陣の肉体美を鑑賞している。 「さ、さらしが‥‥足りなかった、です‥‥」 若獅に手を引かれて顔を真っ赤にして出てくる真沙羅。隠す物があまりにも大きすぎて‥‥さらしというよりまるで包帯を巻いただけのように見える。 「み、身のこなしには‥‥自信、ありませんので‥‥後から、登らせてもらいます、ね」 「大丈夫だよ、俺と一緒に登ろう。手が冷えるからこのまま繋いで行こうか」 若獅が猫のように金色に光る瞳を細めてにっこりと微笑む。服を着ている時は少年のように見えたが、すらりと均整がとれた筋肉に包まれた身体は女性らしい曲線を描いている。 夜明け前の山頂付近は息が凍りつくほど寒い。 李雲は女性達に背中を向けて準備運動で身体をほぐしている。この状態で過ごすだけでも心身の鍛錬になりそうだ。祥も倣って身体を動かして寒さに馴染ませる。 これだけは、ともふらの面を外す事を断った飛鈴が跳ねるように楽しげに李雲の傍に駆け寄る。裸足で踏む雪がとても冷たいが修行と思えば気にならない。 「どうしたアルか?あたしも一緒に運動して良いアルかな?」 わざわざ李雲の前に行って、裸同然の姿を見せ付けるかのように両手両足を惜しみなく開く。照れを隠して顔を背ける仕草に転がるような笑い声を上げる。 「ん〜この肌に突き刺さる感が心地よいナ」 大きな声を上げてうんと伸びをする。李雲が期待通りの反応を示して可笑しい。 「む〜、何か履いてるっていうのも変」 普段は下着など身に着けない那美。違和感を感じながら登る後姿が危なっかしい。足取りではなく、いまいち締め具合が甘い褌が。 肉体の駆使を得意とする秦拳士とシノビは素手で軽やかに岩壁を掴んで登る。 「修行の成果、か‥‥」 冷たい岩肌に指先を掛けて祥が見上げる。 降ろされた縄を使い、残った者も問題無く崖の上に行けた。不安げだった真沙羅も若獅と仁汪に上下から支えられて何とか登れた。狭いが身を寄せ合って日の出を待つ。 「もう空がだいぶ明るくなったね」 群青の空を薄めてゆく陽光の片鱗が雪化粧を施した山々の稜線を輝かせている。 「‥‥絶景だな」 次第に光に溢れ美しく広がる景色に弦一郎が目を細める。連なる水墨画のような稜線の陰から姿を現す太陽。 「あ、初日の出!お祈り、お祈り」 (今年もいっぱい人が斬れますように♪) 那美が可愛らしい顔で物騒な事を祈っている。 「んふ、願いが叶うといいね〜」 「そうね‥‥今年こそねっ」 拳を力いっぱい握り締めた由愛の視線は真沙羅の胸元に熱く注がれていた。 「頼む、翔。位置を代わってくれ」 狭い岩場で隣に佇んでいれば裸の腕と腕が触れる。腕以外も触れる。嫌でも視界に飛び込む真沙羅のさらしから溢れんばかりな――いや既に溢れている、ほとんど隠れていない――ふくらみはは眼福なのだが身体は拒否反応を起こしている。必死な頭の懇願なんぞ全く聞いてくれない。 「仕方ないな」 友人の窮状に苦笑いした祥が恭冶の肩に手を掛けて位置を入れ替わろうとする。 「あ、あの‥‥こちらと‥‥代わりましょうか?」 代わりたい理由が自分の所為だとは思わず、向きを変えて恭冶の顔を見上げて尋ねようとした真沙羅。首だけ向ければ良かったものを上体が顔に続いて捻られる。 ボフッ。 予期せぬ柔らかくも重い衝撃に体勢を崩した恭冶が慌てる。硬直した身体は上手く動かずに足が虚空を踏む。 『あっ』 皆が上げた声は恭冶へ向けられたものだったか。それとも‥‥衝突の衝撃で解けてひらひらと風に乗って飛んでいってしまった純白のさらしか‥‥。 「う、うわぁぁ〜」 眩しい陽光が降り注ぐ中を雪煙を上げて豪快に滑落する恭冶の脳裏に日の出に願おうと思っていた言葉が駆け抜ける。今年こそ女性アレルギーが治りますように! |