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■オープニング本文 面白半分に引き裂かれた遺骸。白髪交じりの黒髪の男と紅髪を束ねた若い剣客。虚ろに開かれた目はもう何処も見ていない。 無造作に河原に捨てられていたそれを無表情に眺めていた男は差し掛かる人の気配を感じて素早く闇に消える。 「やはりアヤカシ‥‥」 宿に戻った男、寒河 李雲は一人冷たい部屋の空気に向かって呟く。火鉢の炭は出掛けた時のままに燃え尽き乾いた灰となっている。 腕を組み目を閉じたまま、しばし黙考する。 国の争いの裏で胸に引っ掛かっていたわだかまり。何者か裏で糸引く者の関与。狐妖姫が関わっていると開拓者ギルドに知れたのは最近の事。 楼港のギルドは現在寒河の配下が常時監視している。何か動きがあれば周知される前に伝わってくる。 少ない手の者を最大限に使い密かに情報収集を進め、暗躍する女狐の尻尾の先に触れかけて辿り着いたのがこれだ。 遊郭に潜む、美しい女の化粧をしたアヤカシ。 狐妖姫本人か、それともその手下か。 件の女は今動かない。都の混乱に乗じて姿を眩ます前に始末できたなら。 遊郭に直接乗り込むとなれば、無関係の者を巻き込む可能性がある。通常に営業している店だ、全員がアヤカシという事はないだろう。 少人数でできれば片を付けたいが‥‥。もし本人となれば果たして太刀打ちできるのであろうか。 そのような中、海上よりアヤカシの軍勢。南からは野盗団。慌しい知らせに街は混乱に陥り出した。 狐妖姫の所在は依然として不明である。捜索の令がギルドより打ち出されている。 このような非常下で客足は遠のき、遊郭は軒並み店を閉じて遊女達は恐ろしさに怯えながら篭もっている。 彼女達は逃げるような先もないのだ。この街から出られないのなら何処に居ても同じ事。 勝手に動くなと里の長の声が脳裏に描かれる。 今回連れてきているのは情報収集に長けた者だけだ。戦えるのは李雲一人しか居ない。 「手下と賭けるか」 佳泉姫と名乗る遊郭の女主。手に負えなければ死に体を為さず一度退いて応援を頼めばいいだけの事。開拓者はそこら中に走り回っている。 自分も動く必要は無い。だが開拓者や一般人を危険に巻き込むと判っていて黙って動かないのは嫌だ。 「生きて戻ったら‥‥叱責されるな」 苦笑が胸から込み上げる。 |
■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043)
23歳・男・陰
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
橋澄 朱鷺子(ia6844)
23歳・女・弓 |
■リプレイ本文 「よぉ、李雲のおっちゃん久し振り〜!」 アヤカシの潜む本拠へと突入するという緊張を感じさせず明るい笑顔で歯をきらりと零すルオウ(ia2445)。集まった中でも一番の実力者だがそれを露とも感じさせない小柄な体躯の少年。長大な斬馬刀を抱えて大きな胸を張って佇む橋澄 朱鷺子(ia6844)の方に圧倒的な迫力がある。 おっちゃんと呼ばれてもルオウになら仕方ないかと寒河 李雲は苦笑を漏らす。理穴の戦場で出会い共に切り抜けて、その無邪気さの下に潜む力強さは心得ている。 「まったくこの手の依頼が絶えないのは困ったものですが。準備はよろしいのですね、姉様」 朱鷺子が姉様と声を掛けたのは同じ弓術師の雲母(ia6295)。こちらも今回は身長より遥かに長いランスで白兵戦を挑む構えでの参戦である。 「配置を決めれば後は突入するのみだ。寒河、貴様の部下には店の周囲を固めて貰っても良いのだな」 何かあれば呼子笛を鳴らさせるようにはする‥‥戦いの訓練は足りぬので無理はさせないつもりだが。李雲は静かに頷く。 「決行は夜か?店の営業が始まるあたりが一番人が揃っていて間違いなさそうだが‥‥」 黒一色に身を包んだ志士、千王寺 焔(ia1839)が言葉を発し、控えめに影に居た鈴木 透子(ia5664)が同意する。 水月(ia2566)は反対意見があるのか珠々(ia5322)の裾をくいと引く。 「この度の混乱で店は営業していないのでしたよね。私は暗い中でも充分に動けますが‥‥」 改めて事前に仕入れていた情報を確認する。シノビは珠々一人。李雲も、ではあるがそれでも夜陰に乗じる行動は心もとない。屋内の灯りを頼りにしなくても昼間なら建物の造りに慣れていないこちらでも不利は少ないのではないか。 じっと意外に強い視線で一同を見上げる水月。 「できたら明るいうちに」 言葉は少ないが水月の発言は重要である。アヤカシか人か、誤殺が避けがたい今回の状況では巫女の持つ能力が大きな役割を果たす。 「水月さんがそう仰るなら」 できれば犠牲は最小で済ませたい。突入した後の事態を呑み込んだ透子が納得して焔を見上げる。 「そうだな。そうしよう」 「情報はこれ以上取れないのか?相手の顔形もこっちはわからないわけだが」 「難しいな‥‥開拓者が街に溢れている今動けば相手を刺激するだろう。来ると判れば警戒するだけなら良いが店の者を皆殺しにして逃げられてはな‥‥」 「出入口はそれぞれ固めて、突入した者は一階と二階を分断。人手が足りませんね、寒河さんやはり配下を貸して戴けませんか。階段の封鎖に必要です」 透子の請願に李雲は一瞬表情を曇らせる。逡巡の計算が胸を駆け巡る。危険に晒す開拓者当人からの要請だ‥‥やむを得ないか。 それぞれの動きを予め打ち合わせて、後は臨機応変に連携を。そして。 「わかっていますよ、犠牲は少なくですね」 正直彼らがどうなろうと知った事ではないが。内心面倒と思いながらもそんな事は表には微塵も見せず、檄征 令琳(ia0043)が微笑む。 「よし決まりだな。行って叩き斬ってやるぜ!ところでさ、遊郭って何だ?」 ルオウの言葉にこけそうになる一同。ここに来てその言葉か。令琳がその肩をぽんと叩く。 「知る必要はないですよ。行くのは唯のアヤカシの棲家です」 ●玄関〜表階段 「手を打たれる前に突入する」 表と裏から一気に襲撃を掛ける一行。突然の物々しい姿に一階に居た女性達が甲高い悲鳴を上げる。 先頭を切った焔とルオウが刀を抜き放ち、その後ろを水月がぴったりと添う。 李雲から借り受けた配下に刀を抜かせ、大きな声を張り上げる透子。 「アヤカシがいます。怪我をしたくない人は階段から離れて!」 悲鳴を上げて惑う娘、腰を抜かす娘、階段を駆け上がろうとする娘。乱れ飛ぶ声の中で紛れも無く異様な呪声が脳裏に叩き付けられる。 「ぐぉ‥‥」 狙い撃ちにされた寒河配下のシノビが苦悶の声を上げて動きを鈍らせる。 「しまった‥‥下がらせろ」 経験を積んでいない者の抵抗力では耐え難いほどの力を持っているようだ。彼らではこの場は役不足のようである。 確かに耳には届いたが焔の鍛えられた強靭な精神には利かない。ルオウもこれしきなんのといった表情をしている。 微かに身体に光を帯びる水月。瘴気はこの建物内に満ちている。その中でも人の形に宿ったアヤカシの瘴気は至近では見分けがつくほどに濃い。 怯えた顔を装って楽しんでいる者もいるのか。 「ルオウは水月を連れて上がってくれ‥‥鈴木、あんたは援護を頼む」 アヤカシに憑依されて同化してしまった者はやむを得ぬ。 「刃を人に向けるというのは、いつになっても慣れるものではないな。しかし…」 苦く吐き捨てる言葉。感情を押し込めた焔の瞳には、しかし惑う色はない。駆け上がる水月の背中を掴もうと手を伸ばす娘の背中を袈裟切りに鮮血で染める。 「ここで既に三体か‥‥もしや半数はやられているのか」 大所帯の全てがアヤカシ化していれば苦戦する。しかし無辜の者を盾にしてくる事を考えればどちらが良いのか。鮮血に染まった身体を貫き、焔は振り返る。 入口で待ち構えるつもりであった雲母が店内に足を踏み入れる。地縛霊を設置した令琳は裏へと回り込む為に一度離れた。 アヤカシと判明した立ち向かう娘には顔色を変える事なく身を翻してランスを突き込み、足蹴にする。 「屋内で振り回すというのも厄介だな」 幸い玄関は広く、長柄の武器を使っても動きは妨げられない。 透子はその間に動けなくなった娘達を荒縄で縛り上げる。恐怖に泣き出している者もいるが今はまだこのままにしておこう。佳泉姫が人間同士の殺し合いを好むというのなら‥‥この恐怖を糧に満足して油断する可能性も考えておきたい。 「隠れている者が居ないか捜索するぞ」 焔の足元には美しい娘の骸が転がっていた。憑依はされていても肉体は娘の物‥‥無謀にも受け止めようとした指は掌から千切れかけている。呪いの声さえ効かぬ焔には太刀打ちできる敵ではなかった。使えぬ身体に業を煮やしたアヤカシが自らの存在と共に道連れを望んだが、哀れな娘の身体を損傷しただけに留まっていた。飛散して浴びた鮮血が焔の紅い瞳の下を娘が乗り移った涙であるかのように伝い顎に滴る。 控え部屋で半裸のまま震える娘。襖を勢い良く叩き開いた雲母の姿を見て声にならない悲鳴を上げる。 「あっ‥‥あっ‥‥ぅ」 震える顎で何か言おうとするが歯の根が噛み合わない。血に濡れたランスに視点が釘付けになっている。 「ふん、難儀な事だがこれも仕事なんだ。私はやりたくないのだがなぁ」 室内に艶やかな帯紐や着物は各種溢れている。 「手持ちの縄では足りないので勘弁して貰おうか」 切り裂いた着物を縄代わりに娘の服も直させないまま縛り上げる。全身を蜂の巣のようにきつく縛る仕草は何故か上機嫌な雲母である。 豊かな白い胸が強調されるかのような妙な縛り方だが束縛は確実だ。手足も繋ぐかのように拘束する。 「下手に隠れていてはアヤカシに殺されるぞ‥‥命が助かりたければ出てこい」 厠に居合せて隠れていた娘も心眼で見逃さずに補足する。鞘に収めた刀をいつでも抜けるよう気を緩めぬまま、扉を開けた娘の手首を握り瞳を覗く。見立ては確信を持てはしないが操られているような瞳とは思えない。‥‥が、油断はこちらの命取りとなる。 「悪いが‥‥謝罪は後でゆっくりな」 迸る刀。峰打ちに娘は瞬時に沈む。後ろで控えていた透子が手早く縛り上げて、玄関へと引き摺る。 「表はこれで片付いたか」 ●裏口〜裏階段 念の為に朱鷺子を待機させ、珠々は李雲と一緒に裏口から侵入を試みる。 目だけ露になった覆面、手拭に隠された口元はきつく結ばれている。互いの瞳を一瞥し確認すると珠々が血糊を撒く間に李雲が脇差を構えて周辺警戒の援護をする。表方向から聞こえてくる盛大な悲鳴。猶予は無い。暗闇に備えた珠々の視界に飛び出した影。判別できるような状況ではない、すかさず駆け寄り勢いを殺さず脇差の柄を打ち込む。それだけでは意識を失わせるに至らなかったので更に打ち据えて、荒縄を懐から取り出そうとする。その間に後ろから出てきた小女が悲鳴を上げようと息を呑むが、李雲の放った飛苦無が服を裂いて板戸に縫い付ける。小女の唇が恐怖というよりは怒りに歪むのを二人は見逃さなかった。気絶させた娘から手を離し飛び退く珠々。 「くっ‥‥」 頭蓋に響き渡る禍々しい声に一瞬眉根を寄せる。打ち据えたはずの娘も崩れた襟元から赤い打撲痕を覗かせてよろりと立ち上がった。暗闇を見通す二人のシノビにはその唇の端が吊り上っているのが見える。薄暗く狭い通廊に武器を構え向かいあった処に、背にした側の台所から悲鳴や足音が押し寄せてきた。 「橋澄さんお願いします!」 手裏剣を放つと同時にやってくる第二撃。板戸から袖を引き千切った小女へ向かって、利き手の脇差を構えて珠々が飛び込む。至近戦闘になれば身体能力に優れるこちらのもの。まだ幼さの残る娘に身を宿したアヤカシは絶叫を上げる。李雲もまた二度と起き上がる事無いよう立ち上がったアヤカシを討っていた。 斬馬刀を構えて立ちはだかる朱鷺子の姿に逃げ惑う娘達の悲鳴は最高潮に達する。 「動かないで下さい」 裏口の罠の支度も終えた令琳が朱鷺子の肩越しに声を放つ。 「動いた者、抵抗する者はアヤカシとみなし、手加減は出来ません」 淡々と丁寧に紡がれた言葉が騒乱を鎮める。誰しも自分の命が惜しい。互いの袖を掴みこの狂気の沙汰で正気を保とうと存在を確かめ合う。 正直このような場所は好きではない‥‥と軽蔑の眼差しを送っていた令琳だが、よく見ると台所から逃げてきた者達は質素ななりの小女ばかりであった。食うに困ってか騙されてか、いずれにしろこの店が潰れてしまえば彼女達は何処か他へ行くしかないだろう。面倒だなという視線を送って鼻を鳴らす。 「まとめて玄関に行って貰いましょうか。始末が済むまで大人しくしていて下さいよ」 盛大な物音が裏階段から聞こえる。封鎖を行なったのか。 一階の見張りに雲母と朱鷺子を残し、令琳も二階へ皆の後を追う。 ●遊郭二階 水月の指示を受けて的確に敵を無力化してゆくルオウ。志体を持たない人間に憑依した者ばかりなので肉体的能力は大した事はないものの精神攻撃が容赦なく襲ってくるので消耗は激しい。次々と味方が上がってくるまでに何とか持ち応える。後ろの水月を庇ったままでは中々前に進めない。 「俺が相手になってやるから、かかってこい!」 呪声の集中砲火がルオウを襲う。水月の手から放たれた優しい風が身体を包み込み活力を与えて支える。 「木偶人形なんかにやられてたまっかよ!」 引きつけた相手の中にはアヤカシと断定できない者も居る。可能な限り傷つけないよう刀は牽制に使い十手で叩き払う。別方向から上がってきた珠々と李雲の姿に、敵の気が逸れる。後ろからも一階の制圧を終えた者達が上がってくる。 バンッ。 力強く開けられた襖の向こう。一部の隙も無く豪奢な身なりに着飾った女が広間の奥で悠然と微笑む。 入口近くに控えていた用心棒然とした男達が長柄の棒を振るい、進路を塞ぐ。待ち構えていたのか。生気の無い表情をした娘達も口の端だけを釣り上げて笑って出迎える。 「あらあら乱暴ですわねぇ‥‥お客様?」 「逃げられると思うなよ。お前はここで討たれる」 焔が冷たく言い放つ。 「問答無用」 透子が放った龍の幻影にも女は悠然と微笑んだままだ。用心棒が身構えて棒を引いた隙に一斉に開拓者達は広間へと飛び込む。人数比で言えば互角というあたりか。 窓の前へ移動した珠々が手裏剣を放つ。 「全員‥‥アヤカシです」 水月の視界には一層濃く瘴気が立ち込めている。一番豪奢な身なりをして悠然と立つ女が佳泉姫で間違いないだろう。アヤカシそのものといった瘴気の塊である。 遅れて入った令琳が地縛霊を設置して退路を絶つ。 「佳泉姫?クックック、姫などと大層な名前を付けて、ゴミクズめが。貴方などゴミ姫で充分ですよ」 キッと柳眉を上げた佳泉姫が懐から刃を抜く。人間に近い感情も少しは持ち合わせているのか。令琳の罵りに、やっておしまいと言わんべく刃を空に振るう。 「その顔だって作り物でしょう?本当は私達に顔も見せられないような、醜悪な顔をしているのでしょうね」 焔とルオウが用心棒を片付ける間に、令琳と透子は手下の遊女達に容赦なく式を飛ばす。 李雲の援護を受けた珠々が佳泉姫を攻撃するが、致命打にはそう簡単には至らない。 外で待機していた李雲配下に階下の見張りを任せた雲母と朱鷺子が乗り込んでくるに至って形勢は開拓者有利となった。 切り払い瞬時に鞘に収められた焔の刀が目にも留まらぬうちに再び用心棒の胸に突き刺さる。振り下ろされた棒は焔の脇を掠め、畳に叩きつけられたままその手が離れ転がる。半瞬遅れて持ち主も畳を紅く染めて倒れる。 「こいつでどうだぁっ!」 ルオウの放つ衝撃波がもう一人の用心棒の身体を拭き飛ばし、他のアヤカシも巻き込んで床の間にあった壷を粉々に砕く。 ただ一人となり取り囲まれた佳泉姫がそれでも高らかに笑い声を上げ続ける。 「充分楽しませて貰ったわ。お前達がここで暴れても妖狐姫様は止められないわ。さあさ、苦しめ苦しめ‥‥」 言い終えぬうちに佳泉姫の身体は無残に切り裂かれる。高笑いと共に飛散した衝撃が至近に武器を振るった開拓者達を襲う。耳にはその声の残響が残る。 眉間に皺を寄せる焔。鮮血と狂乱に荒れ果てた惨状が容赦なく窓から差し込む陽に照らされている。 「残られた遊女達の手当てを先に済ませましょう‥‥片付けはそれからです」 ふっと息をつく透子。被害は最小限に抑えたはずだ。李雲も骸となった遊女達の姿を見つめながら頷く。半数近くが既にアヤカシ化していたか。もっと早く手を打てなかった事は悔やまれる。 「まぁこんなものでしょう。それではいくとしましょうか姉様」 返り血を拭い、朱鷺子は煙管を咥えたまま表情を変えず佇む雲母に声を掛ける。 「たまには朱鷺子と一緒にいちゃつきたいからなぁ」 腰を抱き頬を寄せる。血の匂いがする。後始末は任せて良いか。他の者は既に階下に降りていた。 この店は主を失い、もう営業する事はないだろう。残された娘達はさてどのように身を振るのか‥‥ひとまずは、この楼港の戦乱が終わってからだ。 |