新風の目覚め
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/11 20:06



■オープニング本文

「修行が足らん!」
 長の振り下ろした竹刀が土埃を上げる。風圧で長く伸ばされた白髪が舞う。
 ここは陰殻の何処かにある名も知られぬ氏族。村一番と期待していた七史が『開拓者になるんだ!』と言って飛び出してから幾年。逸材は現れない。いつまでも弱小氏族と侮られる事に我慢がならない長は不甲斐なさに憤懣を募らせていた。
「磨かざれば玉も顕れず。石も磨けば玉となる。しかし石ばかりで鍛錬を積んでも成果が上がらん」
 くどくどと長の訓示が続き、石ばかりと評されたシノビ達は頭を垂れて静かに拝聴を続ける。
 開拓者には七史のようなものがゴロゴロしている。お前達は弛んでいる。秀でた者が居ないからといっていつまでも横並びでは、お前達は何も成長しはしない。嘆かわしい。
 ああ、爺さんまたこの話だよ・・・・と畏まる姿勢を取りながらも、どうも本気で聞いている者がいる気配はない。
 だが今日はまだ続きがあるようだ。ここで大きく息を吸い込んだ長の唇から新しい言葉が発せられた。
「ここで少し刺激となる強者達を呼んで演習をしてみようと思う。数人相手に全滅等という情けない結果を見せるお前等ではないな?」
 村の天才児と呼ばれた七史を知る者は、その埋められない実力差というものをかつて思い知らされて萎縮していた。二番手の地位に甘んじていた男は頭を抑える邪魔者が居なくなって気ままに優越感に浸っていた。そのような弛んだ者達を手本として育つ次世代は、それを踏み越えようという覇気を持たない。適当にやっていればいいやという空気が村のシノビには蔓延していた。
 ここはひとつ、活を入れなければならない。
「ギルドに依頼を出す時点でわしが詳細を発表する。醜態を見せぬよう皆励むようにな」

 さてさて長が出した演習の案とは。
 全員組分けの色布の鉢巻を着用。大怪我を負うか演習が終わるまで決してはずさない事。鉢巻が取れた時点で脱落と見なす。
 赤、青、黒、白の四組に分け、離れた地点に集合し、呼子の合図にて開始する。
 これは実戦と考え、死なぬ程度であればどのような武器や術を使っても構わない。
 長直属の熟練忍者四名が判定要員として鑑札を持って混じっているので不正者は記録し、懲罰を下す。
 四人衆は別に攻撃しても構わないが返り討ちは存分に覚悟する事。
 日没までに残った者は演習成功。呼子の合図で集合する事。
 鉢巻を多く奪い取った組には褒賞を与える。
 開拓者組の赤布を奪った者には高得点を加算する。

 村から少し離れたほどよい場所にアヤカシが時には沸く事もある森がある。
 せいぜい出ても鬼一匹程度なので、いざとなれば開拓者を呼ぶまでもなく村内の志体を持つ者達で始末してきた。
 常々氏族の修行に利用する場所のひとつなので罠が随所に張られたままになっている。心得が無い者には危険な為、一般の村民は出入りを禁止されている。今回の演習の舞台もそこだ。

「しばらく使っていないからアヤカシの一匹くらいは出るかもしれないのう。そんな雑魚にむざむざ喰われるような間抜けは一人も居ないと思うが。森の地形を利用する訓練は今までにもやっておるな、全ての感覚を研ぎ澄まし、技を駆使して指令を遂行するのじゃ。わかっとるな氏族の名誉を担うのはお前等である、恥ずかしい結果を残すでないぞ」


■参加者一覧
八重・桜(ia0656
21歳・女・巫
衛島 雫(ia1241
23歳・女・サ
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
蒼零(ia3027
18歳・男・志
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
神凪瑞姫(ia5328
20歳・女・シ
隠神(ia5645
19歳・男・シ
まろん(ia5654
20歳・女・サ


■リプレイ本文

●陰殻の隠れ里
 案内人と称す一人のシノビが一行を案内した。
 森の近くにぽつりと建てられた一軒の小さな家。何かの折々に使用しているのであろうが、掃除が行き届かず雑然としてる。機密重視という事だろうか、ここまで民家の近くは全く通らなかった。朝餉の煙さえ見かけない。
 村の者とは接触禁止とは聞いていたが、人っ子一人姿を見せず彼らの様子を伺う機会も無かった。一応は長の激が効いているらしい。
「開始は昼時。時間になったら拙者がまた迎えに参る。それまでここで待機願う」
 道中も無口だった男は最小限の指示だけを発し、音も無く屋敷を去ろうとして‥‥入り口に放置されていた桶を蹴っていった。

(これが同業者だというのか‥‥?)
 シノビらしい振る舞いを常に心掛ける隠神(ia5645)は初っ端から見せられた呆れた姿に眉根を寄せた。
「確かに、聞き及んだように緩んでいるようですね」
 神凪瑞姫(ia5328)が第一印象をぽつりと漏らす。同じシノビとして幼少から厳しい修行を生き抜いてきた彼女には信じられないような光景であった。
「さてそれでは時間もある事だし、作戦を確認して詰めておこうか」
 具足に身を固めたサムライ、衛島 雫(ia1241)が静かに口を開く。
「はい!ガッチリと作戦を立てて進んで、シノビさんたちが頑張るようにビシビシ鍛えてやるです!」
 元気溢れる返事で力強く答えたのは、巫女の八重・桜(ia0656)。生来のんびり屋でそう率先して動くほうではないが、怠けるのとは別物である。それはそれ、これはこれとプリプリ怒りを露にしている。
(向上心を無くしたら、人間はどんどんダメになっていくものだ)
 刀の手入れを怠らず、蒼零(ia3027)が真剣な眼差しで会話に加わる。
「緊張感が足らぬだけで、腕が無い訳じゃない。格下と侮って痛い目を見るような真似はしないようにな」
 囮作戦としてそのような演技はするが、相手は紛いなりにも本職。実戦そのままに相手せねば失礼に当たるだろう。真剣さが伝われば彼らの心を揺さぶるに違いないと衛島は気を引き締める。
 その言葉にまろん(ia5654)が小さく頷いた。
「忍者の森ちゅうことは、なんぞ仕掛けがあると思った方がええんちゃうか?」
 地図があれば‥‥と斉藤晃(ia3071)は思ったが、そこまで親切に用意はしてくれなかったようだ。開拓者達も本気でやれという事であろう。
「罠の種類や配置もそうだが、足場や視界の悪さがどの程度かも現地入りしないと分からん訳だ」
 巴 渓(ia1334)が首を振る。仲間とあまり集合しすぎて動いても、一網打尽にされるかもしれない。ただ平坦な広い森としか知らされず、地の利は訓練で既に熟知しているであろう相手方にある。 
「シノビが不自然な移動をしたら、そこは罠だろうな」
「落とし穴があると思わせて飛び越えたら吊り縄の罠があったりしよるからの」
 罠を見つけた時の対処、囮作戦の入念な確認。時は全て演習の準備に費やされた。
「合言葉は『ひよこ』それを忘れないように」

 案内人が戻ってきて手渡された赤い鉢巻。それぞれの額に演習参加者の証として巻かれる。
 衛島は気を身体に流し込み、ぐいと鉢巻を額にきつく結ぶ。これならちょっと手を掛けたくらいでは奪い捕るのも難しいであろう。
「これは鉢金の上に巻くのか?」
「それでは捕られやすいだろう。しかし下に巻くのも少々卑怯だからな‥‥結び目を下に掛けるようにしたらいいだろう」
「渓‥‥似合ってるな」
 巴の格好は元々が黒に緋の組み合わせ。鉢金の上から鉢巻というのは些か不格好だが、飛手や外套と色が揃い、あまり違和感がない。
「騎馬戦と隠れん坊を足したものってとこやろか?やるからにはがんばるで」

●軟弱シノビVS開拓者
 顔合わせ、といっても里のシノビ達は森に合わせて揃いの暗い緑色をした典型的な忍び装束姿。顔も覆面で隠していて、これといった特徴は三色に分かれた鉢巻しかない。
 しかしその露になっている目の部分だけ見ても、やれやれ演習か‥‥という倦怠した雰囲気が見て取れる。覇気は微塵も感じられない。しっかりと身を固めた開拓者達の装備に、そんな格好で森の中を走れるのかという猜疑的な視線を向ける者も居る。多少熟練と言えるのはそれぞれの組に少し離れて立っている判定員くらいのようだ。彼らは少なくとも無表情自然体に立っているように見せかけるくらいの事はできるらしい。
「皆揃って腑抜けた顔だ。この仕事は楽勝だな」
 衛島が嘲笑い、その言葉に他の者も同調する。
 未熟なシノビ達はムッと怒りを簡単に誘われる。いかにも戦慣れた風貌とはいえ、初対面にそんな事を言われれば頭に血が昇る。実戦の経験がなんだ、こちらには地の利があり、里のシノビ同士連携の訓練も積んでいる。寄せ集めの開拓者達が何を言うか。舌打ちやざわめき。早くも平常心を失っている者がいる。
 その情けない姿に、長が苛立ちを抑えきれずに竹刀を地に叩きつける。
「日頃の鍛錬を忘れるな。散れ。呼子の合図で演習開始じゃ!」

 散開。判定員が頷き、各組を森の中の開始地点へと誘導する。赤組も判定員に続きぞろぞろと足を踏み入れる。本人は巧みに誘導してるつもりだろうが、目線、動き、彼の行動でいくつかの罠らしき場所は開拓者達の簡単に知るところとなった。
(判定員の腕もたいした事はない。さっきの叢‥‥右の樹上‥‥割とあちこちに張っているようだな)
 天頂にある太陽から木漏れ日が差していて、視界は悪くない。
 付き添っていた判定員がゆっくりと離れ合図の呼子を吹く。離れた各方から同じように合図の音が鳴り響く。

「ああ、やってられねぇなあ。なんじゃあの腑抜けた姿、神楽からここまでわざわざ出て来たというのに、やる気も全然起きへん」
「全くだ。刀を構えるのも惜しいわ。こんな鎧も着てきて‥‥真面目にやるだけ骨折り損だな」
「雫、てめぇ確か酒を持ってきてなかったか。こうかったるいと酒でも飲まんとやってられんわ」
「これか?」
 斉藤の言葉に腰に下げた瓢箪を衛島がひょいと掲げる。実際に入ってるのは水であるが、さも美味そうに口をつけてから差し出す。
「いいもん持ってるやんか。わしにもちょいと飲ませてくれや」
 黙々と罠がないか慎重に調べ進む先陣を尻目に瓢箪を呷り、あれはひどい、どれもダメだと騒ぎ立てるサムライ二人。前方で罠を調べる隠神も苛立ちを隠そうとせず、叢を音を立てて乱暴に掻き分ける。
「大声を出さないでください!」
 押し殺したようで、しっかりと周囲に響くような声で神凪が叱責する。
「こんな所で酒盛りとは、見上げた根性ですね」
「根性?あのような者など鍛えるだけ無駄無駄!酒を飲んで何が悪い」
「私達はギルドの依頼で来ているのです。このような醜態は報告せねばならないですね」
 瓢箪を取り上げようとした神凪の手を叩き払い、頬に血を昇らせた衛島が忍び装束を纏った身体を張り飛ばした。
「貴様、手を挙げるとはいい度胸だな」
 喧嘩を始めた仲間達に、隠神も我慢がならぬという表情で歩み戻り、悪びれた様子のない衛島と斉藤を怒鳴りつける。
「いい加減にせぬか!依頼に不真面目に当たるのがサムライの流儀だというのか?」
「なんだと?だいたいな、てめぇらシノビみたいなこそこそしとるやつらは嫌いなんや!」
 大柄な斉藤が威圧的にぐいと詰め寄り隠神の胸倉を掴む。

 その時すっと周囲に風が動くのを感じた。来るか‥‥!?
「我もまだ『ひよこ』とは言え、こんな不真面目なサムライごときに遅れはとるものか!」
 隠神の捨て台詞に開拓者達の目が真剣に輝く。殴りあう構えと見せかけ、四人は同時に身を低くする。
 離れて様子を伺っていた八重がゆっくりと弓を構え、蒼零は音を立てぬように刀を鞘から抜く。いつでも飛び出せるよう巴が地を踏みしめる。
 同時に囮組へと八方から飛来する手裏剣。しかし予期していた四人は獲物や盾を巧妙に使い、鋭い音を立て弾き返す。
「うかつな攻撃は即ち、自らの居場所を示す事」
 小さく呟く蒼零の双刃が慌てて身を翻そうとした男の背中を十文字に切り裂く。巴の掌から気の波動が迸り、八重の放つ矢が木陰に隠れ損ねた男の肩に突き刺さる。
 サムライとシノビが周囲に飛び出す必要もなく、次々と里シノビ達が戦闘不能にさせられてゆく。
「青組全滅か。あっけない」
「貴様らの手柄じゃない。サムライはやはり働かぬようだな」
 倒れた者から鉢巻を奪う衛島に神凪が棘のある言葉で突っかかる。
「ふん!てめぇらシノビもただ蹲ってるだけだったやんけ」
 まだ他の里シノビが隠れていやしないかと、演技を続けて斉藤が毒付いた。

 再び慎重に移動する森は静まり、一向に里シノビ達が仕掛けてくる気配もない。
「本当にやる気なさそうですね」
 つまらなさげにまろんが足元の土を蹴る。
「しっ‥‥黙って」
 立ち止まった蒼零が瞳を意識を研ぎ澄まし、辺りを伺う。周囲の木立を越え、押し殺した息遣い、潜む体温‥‥知覚の網を伸ばすように気配を探る。見えていない左目が蒼さを増す。
「居た‥‥!」
 蒼零の唇が動き、巴が息を呑み拳を握り締める。
 木に隠れ、叢に潜むようにして‥‥休んでいる黒鉢巻の里シノビ達。本当にやる気がないようだ。周囲に張られた鳴子がなったら動く腹積もりのようだが、慎重に罠を見極めて進んできた一行には通用しなかった。
 接近戦の武器を構えた者が慎重に罠を跨ぐ。八重がゆっくりと弓を引き絞り、懐から十字手裏剣を取り出した神凪が気を練り狙いを定める。
 飛び道具が空気を裂くと同時に六つの影が獣のように跳躍し、敵へと迫る。
 勝負は瞬時に着いた。八つの黒い鉢巻はたちまち開拓者達の手に握られた。
 同時に動く風。
「味方を囮‥‥一応は考えたみたいだな」
 風圧で枯れた木の葉を巻き散らし殺到する白鉢巻姿のシノビ達。打ち合わせがなっていたのか、それぞれに別の開拓者を狙い打ちに一気に押し迫る。

 巴は飛び込んで来る敵に練力を込めた脚を高く振り上げる。相手の迫る速度に大振りにこそなったがそれでも手応えはあり、吹き飛ばされたシノビの身体が立木の幹へと激突する。伸びなかった相手がそれでも立ち上がってきたところを飛手の一撃で沈める。
 衛島と斉藤が背中合わせに武器を振るい、迫る敵に返り討ちを浴びせ、叩き伏せる。
 伸べられた手を半身に上体を逸らせ髪の毛一筋届かぬ際どさで身をかわす。右手の長脇差を横薙ぎに払い、布を裂く手応えが微かに伝わる。反対の手に握られた刀の切っ先を突き付けて、左頬に刻まれた禍々しい刺青が蒼零の唇にゆっくりと浮かべられた冷笑を飾る。
「ほら、来いよ‥‥相手してやる」
 瞬速の影が交差し、詰まったような呻きが漏れる。一人のシノビが腹を押さえて苦悶の表情で膝を叢に崩す。その額からは白い鉢巻が消え、油断無く距離を取って構える隠神の手に握られていた。どうやら隠神が擦れ違い様に叩き込んだ手甲を避け切れず、早駆の交差で倍増した威力をまともに喰らったようである。自らの技で痛撃を増幅させたのだから、苦悶の中に悔しさの表情も混じり入る。
 神凪の振るった刀が鉢巻をスッパリと断ち、額から血を滲ませた男が呆然と立ち尽くす。
「うわわわっ。危ないです〜」
 おっとりした言葉に似合わず滑るように不可思議な歩みで後退した八重が弓を放り捨てる。しめたりと短刀を突き込んできた腕を手刀で払い、腕の下を潜り抜けて相手と位置を逆転する。
 そこへ巴が駆けつけ、手を掛けると同時に蹴り飛ばし、鉢巻を強引に毟り取る。

 既に数の優位も消えた。圧倒的な開拓者達の気迫に戦意を喪失した残留者達は遁走を計る。
(奴らを罠へ追い込んでみよう)
 ちらりと目を合わせた一行の思惑が無言の内に一致する。
 弓を拾った八重が行先へ放つ矢によって逃走の軌道を収束してゆく。足音を忍ばせた隠神と神凪が、罠を特定している地点へと先回りする。残りの五人は声を立て、騒がしく追い込んで次第に罠の方へと寄るように詰め寄った。
 待ち構えた隠神と神凪の姿に惑い、自ら罠へと踏み入れてしまう里シノビ達。足を捕られた者を押さえ鉢巻を奪うのは容易であった。
 開拓者達の手に集まった二十四本の鉢巻。それを見届けた判定員が呼子を甲高く鳴らす。応じた笛音が先ほどまでにシノビを蹴散らした辺りから響いてくる。
「演習終了!」

●目覚めたものは
 広いからという理由だけで選ばれた廃屋のような屋敷。ここもぽつりと建っていて、村人の気配もない。どうやら長は徹底して共同体の全容は明かさないようだ。
「ほら、しっかりと働かんか!全滅なんぞしおって情けない。ほれそこ!磨きが足りん!客人に失礼であるぞ!料理も早く出さんか!」
 日も暮れ、演習でボロ雑巾のようになった身体を引き摺るシノビ達が、長に叱咤され、屋敷内で懸命に働いている。手当てを受け、包帯姿で疼く傷に歯を食いしばる者もいる。

「開拓者殿はお寛ぎなされ、さ、まずは一献」
 まるでひれ伏すかのように姿勢を低く、銚子を捧げるのは先ほどまで判定員として同行していたシノビ達。無傷と言えるのは彼らだけだ。彼らも見事な演習ぶりを目の当たりにし、敬服萎縮した様子で接待をする。
「そう固くならなくていいで。おっさんは疲れた。皆で打ち上げしようや」
 遠慮なく盃を飲み干した斉藤が、寛いだ様子で柔和に語りかける。
「そちらの者達も演習で疲れたであろう。掃除はもう良いから、こっちへ来て一緒に酒を飲んだらどうだ。手を合わせた同士、語らう事もあろう」
「お腹が空きました。お肉とか食べたいです〜」
 板間に敷かれた藁茣蓙にぺたりと腰を下ろした八重の声に、奥でたった今焼きあがったばかりの肉を盛った皿を掲げた里シノビが慌てて飛んでくる。
 支度を終えた者達が方々に開拓者を囲み、屋敷の広間内を車座が埋める。
 畏怖の目、尊敬の目、この度の演習で得る事もあったのか輝く目。素顔に戻った彼らは純朴そのものだった。
「決して鍛錬を怠らぬ事でなければいずれ命を落とすそれだけのこと」
 もし対峙した相手が殺すつもりで動いていれば、今日全ての者は命が無かった。神凪の言葉に、真剣に頷く者達がいる。村の外の様子や開拓者の生活等、積極的に質問する者も出てくる。隅で不貞腐れていた現在の里一番を自負していた男も、次第に興味を惹かれたのか談義に沸く酒宴の輪に加わった。どの段階でやられたのか定かではないが、諸肌脱ぎにした上半身に血を滲ませた包帯を巻いている。
「ふう‥‥だが、こちらに取っても良い経験になった」
 酒をちびりと舐め、目を細める蒼零。
 異例とも言える開拓者と里の合同演習は、お互いに実のある成果を上げたようだ。これから幾多の戦いを駆け抜ける者達。語らいは尽きる事無く、屋敷内は活気で満ち溢れていた。