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■オープニング本文 「こう、冷え込んでくると鍋をつつきながら酒をキュッといきたいねぇ」 「飲み過ぎですよ。いくら依頼が済んで景気がいいからって」 神楽内のとある長屋。お気楽開拓者の天満と風見はのんびりと食後の酒を楽しみながら雑談に興じる。 「しかしいつもいつもお前と顔突き合わせて飲むのも飽きたな・・・・そこら辺の仲間呼んで宴会とかどうだ」 「飽きる顔ですみませんね。まぁいいでしょう・・・・」 「鍋と言っても色々ありますが、どのようなものがいいですかね」 「闇鍋!」 「・・・・」 「闇鍋は宴会の浪漫だろう!?心配するな、俺は変な物は入れん・・・・俺も食うんだからな」 「狐、猟師、庄屋・・・・だったっけ?あの手を出し合って勝負する奴。あれで服を一枚ずつ脱いでいくとか」 「狐拳ですね、脱ぐのもいいですがハリセンと座布団でも用意してというのも乙で。ただ野郎が集まって脱いでも・・・・逆に女人が居ても可哀想ですし。それに寒いですよ。もしくは苦い汁一気ぐらいで済ませましょうよ」 「・・・・お前、鬼だな」 「酒一気だと貴方が楽しいだけじゃないですか」 「いや酒だ。勝ったら飲めるのがいいか。そうだ脱がすのが駄目なら着せていくというのはどうだ」 「ふむ、それならいいでしょう。ハリセンと座布団は数を用意するのが面倒ですしね」 「しかし長屋だと狭すぎますね。どこでやるつもりです?」 「その辺の空き地でいいんじゃねぇか。幾つか焚き火でもして」 「線香花火でも持っていったら良いかもしれませんね。少々寒いかもしれませんが澄んだ秋の夜空の下というのも風情が。その分は私が出しましょう」 「酒代は俺が出すから心配するな」 段取りは嬉々として風見が案を決めてゆく。面倒な計画は任せて天満はごろりと横になり、すぐに鼾をかき始めた。 前に依頼で懇意になった問屋があるから、大鍋やら食器やらは色々貸してもらいに行こう。 まずは昼の内に天満と風見が空き地に会場の設営をする。日没頃に集合。 各自鍋に持ち寄った物を入れて貰い、焚き火に点火。 煮えるまでの時間で茣蓙の上で狐拳大会。総当り戦で一回勝ち抜く毎に盃一杯の酒。または何かを着せる。お面でも羽織でも良い。何か物を持たせてもいい。 鍋の番は風見を中心に行ない蓋付のどんぶりに盛って、各自好きなどんぶりを持っていってもらう。 「汁はまぁ醤油でいいですかね。当日、手伝ってくれる人も居ると助かるんですが‥‥」 「とりあえず愉快に騒げればいいさな!」 |
■参加者一覧 / 天津疾也(ia0019) / 斎賀・東雲(ia0101) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454) / 橘 琉璃(ia0472) / ダイフク・チャン(ia0634) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 巴 渓(ia1334) / 嵩山 薫(ia1747) / 剣桜花(ia1851) / 橘 琉架(ia2058) / 水津(ia2177) / 九法 慧介(ia2194) / ルオウ(ia2445) / 斉藤晃(ia3071) / 赤マント(ia3521) / 嵩山 咲希(ia4095) / 奏音(ia5213) / ペケ(ia5365) / 設楽 万理(ia5443) / 藍 舞(ia6207) / からす(ia6525) / 趙 彩虹(ia8292) / 紅明(ia8335) / 濃愛(ia8505) |
■リプレイ本文 ●怪しい開幕 日もとっぷりと暮れ始める神楽の町はずれ。皆で鍋で宴会しようぜ!という呼び掛けに結構な数の開拓者が集まる事になった。 闇に溶けるような黒い肌と小柄な身体。しかしとても目立つ黄の外套。藍 舞(ia6207)は一番乗りで会場となる空き地を訪れた。 「手伝う人間も必要だと思ってね」 他にも早く来た紅明(ia8335)が軽く頭を下げる。薪集めには手が必要となるので、申し出はありがたく受け入れる。 「火の管理は任せるです‥‥」 焔の魔女を自負する水津(ia2177)、焚火がたくさんとあっては心が躍る。早くも火を点けたくてうずうずしている。 「鍋の準備が整ってから点火ですからね〜ちょっと待ってくださいね」 参加者の持ち寄った物はなるべく暗闇に紛れて鍋に投下する。集まってからせいので入れても良いのだが風見には一応思惑があるようだ。 「おう、結構集まってきたな〜」 大勢で酒を飲んで騒げるとあって天満は上機嫌だ。薪集めを指揮するだけで鍋の方は関知しない。 続々と空き地を訪れる参加者。 「はいはい、鍋の食材はこちらへ〜。どんどん入れていきましょう」 朗らかに手を叩くはこの度の闇鍋を取り仕切る風見。わざと暗がりを選んだ一角に鍋が並ぶ。右、真ん中、左と適当な指示を出してるようだが、さすがに全部が異様な出汁に囚われるのは‥‥とそれなりには見極めている。もちろん参加者にはそんな腹の底は見せず無作為に選んでいるかのように見える。 ゴキブリを模した漆黒の仮面と戦闘服を着て上機嫌に歩いてきた剣桜花(ia1851)を見た時には、それでも顔が引き攣った。誰がどう見ても嫌な予感をそそる。 「はい、右の鍋に入れてくださいね」 ちゃっぽーん。 何を落としたのかその手元までは闇に呑まれて見えない。いや見えなくて良かったか。軽やかに豊かな胸を揺らして去ってゆく女。 鍋ひとつはこれで危険物確定と風見の脳裏に記録された。こめかみを冷や汗が伝う。 「つ、次の方〜」 どぽん。 一体何を入れた。ものすごく重い物が沈められた音がした。黒髪の長身の男が立ち去る。 とぷん。ぶくぶくぶくぶく‥‥。 視界によぎる紅一色。颯爽と暗闇に消えた全身の紅。誰だ‥‥不穏な気泡がまだ火に掛けぬ鍋に浮いた。 とぽとぽとぽ‥‥。 「お母様、何を入れたのです?」 小首をかしげる嵩山 咲希(ia4095)に嵩山 薫(ia1747)は唇に指を当てる。 「大人の秘密よ」 開拓者同士の食事会と聞いて連れられてきたのだが、どうも妙な雰囲気だ。想像していた物とは違ったらしい。母の唇がやけににんまりしているのが気になる。 笑顔を浮かべる風見の額を汗が伝う。真ん中の鍋も何かやばそうだ。 まな板持参で下調理を担当する紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)。よく暗闇の中で手を切らないものだ。 さすがに鮭や鱈を丸ごと放り込むのはどうなのか、明らかにそれは‥‥という食材を持ち込んだ者はそちらに誘導される。どう考えてもどんぶりに収まらないだろう。つまりどんぶりに入る大きさなら風見は見ないふりをしているという事でもある。本来闇鍋なら全部そのまま放り込むべきだろうが、そこは都合というものもあるので紗耶香の手伝いは大変重宝された。ダイフク・チャン(ia0634)が楽しみにわくわくしながら、それを傍で見ている。 「ずいぶん人が集まったんですね、楽しくなりそうです」 「そうね兄様、賑やかになりそうだわ」 華奢な二人連れ。揃いの背丈に長い黒髪。双子の橘 琉璃(ia0472)と橘 琉架(ia2058)だ。似ているかどうかは薄布の頭巾を被った方は顔がよく見えずわからない。連れと同じ顔なら美人は間違いないだろう。 兄の琉璃がはたと立ち止まる。 「そういえば鍋の具を持ってくるんでした」 「あら忘れてきたの?それは大事と言われてたじゃないの」 妹の琉架がくすくすと笑いを漏らす。気が付いたダイフクが明るい声を上げる。 「ん、忘れたのかみゃ。大丈夫、あたいがお魚ふたつ持ってきたから、ひとつは琉璃さんの分にするみゃ」 「というより大物を持ってきた方もいますから、ちゃんと皆さんにあたりますよ〜」 食べれる物ばかりとは限らないが。おそらく。 「お待たせしました、始めますよ〜」 「わはは〜燃えるです燃えるですよ〜!」 各所に集められた薪に次々に点火していく水津。眼鏡が燃え盛る炎を照り返す。魅惑の炎を満足げに眺める。 「あら水津殿、ごきげんよう。先日の依頼以来ですねぇ、少しは胸膨らみました?」 いきなりの言い草。聞き覚えのある声に振り返るとそこには剣桜花が自信に溢れた格好で立っている。 「わたくしは見ての通りはちきれそうで困ってるんですよ〜」 露出的な衣装から零れそうな胸。わざと揺らしている。水津の柳眉が上がる。 「ゴ、ゴキブリ女には負けないのです!な、なんですその格好は‥‥この場にあってないと思うです」 「別に雅な茶会でもあるまいし服装は自由よ?ま、あなたは胸を強調した服は着れないでしょうからね、残念ね」 ほほほと嫌味な高笑いを残して剣桜花は狐拳大会に参加すべく賑やぐ茣蓙へと向かう。 ●楽しく狐拳 風見、紗耶香、九法 慧介(ia2194)が鍋の様子を見る間に大茣蓙では狐拳大会が始まる。 「さあて、酒だ!仮装だ!楽しい狐拳大会が始まるで〜」 ノリノリで実況を担当するのは天津疾也(ia0019)。ぜひ盛り上げ役をと自ら名乗り出た。 「こういう馬鹿騒ぎは見逃せれへんで。じゃあ俺は解説な」 雪だるまの人形を肩に乗せた男、斎賀・東雲(ia0101)も立ち上がる。 「一回戦、天河 ふしぎ(ia1037)対赤マント(ia3521)〜。おぉっと二人共、大きな風呂敷包み持参で一体何を持ってきた!?」 「これは着せ合いやね。さあ何を着せるのか」 膝に手を置いて構えて静かに座る赤マント。何が来るか見切ろうと集中する天河。天満の合図の手が上がると同時に両者の手が同時に動く。 鉄砲を構えた型と狐耳の型。赤マントがにっこり笑う。天河が頬を染めて俯く。 負けは負けだ覚悟を決めて‥‥天河は胸元のリボンを解こうとする。 「変な期待するなっ、僕は男なんだからなっ!」 え、っと何をしようとしてるのか一瞬黙り込む観衆。 「脱ぐんじゃなくて着るんだよ」 誰かの優しいツッコミに更に顔を真っ赤にさせる。本当に勘違いしていたようだ。 「ぷぷっ、これ大きいから服の上から着れるはず。絶対似合うと思うなぁ〜」 赤マントが風呂敷から取り出したのは可愛い花柄の寝巻き。しかもジルベリア風。 羞恥の紅が今度は屈辱の紅に変わる。 「お、男なのに‥‥」 しかしとても似合っている。 「さて次は謎のG戦闘員対小さな陰陽師!」 「どっちを応援するか、好みで大きく分かれるとこやね」 奇矯ながら限りなく胸を強調した色香に対するは、清楚なワンピースに身を包んだ小さな少女。薄着がちょっと肌寒そうだが、相手は剣桜花だ。何を着せられるかはもう見え見えである。 「勘と〜運なら〜負けないの〜」 奏音(ia5213)の言葉に観衆はお願いだ勝ってくれと固唾を呑む。 「貴方は段々Gが好きにな〜る好きにな〜る‥‥」 庄屋対庄屋。安堵の吐息が漏れる。 「貴方は‥‥」 剣桜花が暗示の言葉を続けようとする前に天満の手が下る。 猟師対狐。秦音の握り締めて突き出された小さな拳に歓声が上がる。 「では剣桜花さんの〜持ってきた物を〜着て欲しいです〜」 といっても彼女が用意してきた物は今着用してるのと同じ。二重に着てもあまり見てくれは変わらない。ただ後ろから見てもG仮面、両面G仮面、ちょっと怖い。 「Gを知らしめる為ならこの程度!」 そう勝負が続くうちにG着用は増えてゆく。一匹見かければ‥‥。 「狐拳で私に挑むその浅はかさ、すぐに後悔させてあげてよ?」 掛かっているのはただ酒。薫の目は真剣である。対するは琉璃、こちらも酒目当てでの参加である。 「ふふ‥‥ただ酒ほど美味しいものは、ありませんよ」 合図に応じた琉璃の一瞬の動き。泰拳士の修行で得た動体視力を上げる技を使用して見切る薫。 「お母様‥‥流派秘伝の技をこんなくだらない事に使わないで下さいよ‥‥」 観戦していた咲希が呆れた声を上げる。勝ちは勝ちと盃酒を干す薫はそのぼやきもどこ吹く風。 「さ、お次の相手はどなたかしら?」 動きがバレバレ過ぎて負け続けるペケ(ia5365)。三重にも着せられれば窮屈である。 猟師で行くぞっと最初から握り締めた拳。そこからフェイントに繋ぐような狡猾さは無い。 斉藤晃(ia3071)との対戦もまた負けた。 「むにぃ〜、狐拳って難しいです〜」 「勝っても負けても無礼講や。楽しめればいいんや、ま、呑め呑め」 勝者に与えられた盃を気前良く差し出す斉藤。 「え、飲んでもいいんですか〜ありがとうございます〜」 ぐいと呷った酒が臓腑によく回る。ペケの顔が真っ赤に染まる。 「はぁ〜良く効くですね〜。あ〜何だか暑いです。そっか、こんなに着てるからですね〜もう駄目です〜」 花柄の寝巻きを脱ぐ。セーラー服を脱ぐ。Gな戦闘服を脱ぐ。脱ぐ、脱ぐ、脱ぐ。 「おいおい、どこまで脱ぐんや」 「狐拳はコリゴリ‥‥って、斉藤さん変な顔してどうしたのですか?」 呆れた視線を辿ると、もうこれ以上一枚でも脱いだら‥‥という領域にまで達していた。 「きゃ〜!」 「惜しかったな〜」 「いや充分に眼福だったと思うで」 実況と解説もこの時は言葉少なになっていたのは口より目の方が大事だったからだ。 「あっちに確か救護班がいたなぁ。ほれ、こんな格好のまま倒れてたら風邪ひくで」 撃沈したペケは脱いだ服に包まれて斉藤に担がれていった。 「なんか最後におもろい事になったけど、狐拳大会はこれにて終了〜」 「優勝は誰って事もないけど‥‥圧倒的に強かったのは嵩山薫やね」 「さ〜鍋の方もそろそろ出来る頃合やで。お楽しみの闇鍋、さあこぞってどんぶりを貰いに行こうや!」 「誰に何が当たるか、楽しみや!」 ●鍋の明暗 「う〜ん、いい匂いに出来上がりましたね〜」 醤油色に染まった大根おろしが鍋の表面を覆っている。汁が醤油と決まっていたので綺麗な雪見にはならなかったが魚や野菜の匂いも加わり、鍋らしい雰囲気になっている。漂う美味しそうな匂いが『普通の』鍋を楽しみにしていた面々の鼻腔をくすぐり期待感を抱かせる。水津が時々様子を見に来るが紗耶香の指示で火加減は絶妙である。暖と明かりの焚火の方はずいぶんと盛大に燃やされているようだが。 何ともいえぬ匂いに好奇心を押さえられず、お玉で少々味見をしてみる慧介。何とも言いがたい味だが不味くはない。薬臭いような酒臭いような‥‥色々な物が混じっている。だけど割といけるかもしれないぞ、これは。 風見は‥‥鍋の蓋すら開ける気が無かった。こつこつと固い物が鍋の中で揺られて転がっているような音がする。自分にこの鍋の具が当たりませんように‥‥それだけは天儀中の精霊に祈りたい気分だ。 「お酒を飲みすぎる人が居たら救護‥‥と思いましたけど、皆さん強いみたいね」 喧騒から離れた場所に茶席を設けて佇むからす(ia6525)。 「全勝したとしても十二杯、うわばみ連中には足りないくらいだわ」 いつのまにか訪れた舞が緑茶を啜っている。狐拳の時には何気に酒も飲んでいたはずだが。黄色い外套を着ていたはずのその姿は狐の着ぐるみに変わっている。 「救護班はここかいな。ほれ、一人倒れたから頼むわ」 斉藤に担ぎこまれてきたペケ。茣蓙の上に寝かされてようやっと裸同然の格好から服を着せられる。 「やあ、お疲れ。お茶はどうかな?」 覗き込んだからすにペケは目を開くが、羞恥で余計に目が回ったのかまだ動けない。舞がそのふかふかの着ぐるみの膝に頭を乗せてやる。 「眠っちゃった方が楽かな‥‥これ飲んで休むといいよ」 ほんの少し煎じ薬のような匂いのする茶。でも薬と違って飲み難い味ではない。 「あ、ありがとうございます〜」 身を支えられてほどよく冷まされた茶をすすり、またこてんと転がるペケ。舞の膝の上ですやすやと気持ちよさそうな寝息をたてはじめる。 「ねぇ、それ何入ってるの?」 「秘密だ」 舞の問いにからすはにこりと笑う。明日の朝にはすっきりしているはずだよ。 「まいぽん狐が似合いますね〜。あ、からす様こんばんは」 恥ずかしいからと庄屋ばかりで膝に手をついていたのだが、意外とそれなりの勝ちを得た趙 彩虹(ia8292)。後半は読まれたのか酒を飲まれてばかりだったが、それでもほろ酔い加減に陽気になっている。 「嵩山様が本気で勝ち進んでおりましたね‥‥」 「いやあれはほぼ反則に近いでしょ」 「まぁ天満様が何も言いませんでしたからね〜たぶん何でもありだったのでしょう」 「ところで、さいぽんは闇鍋何が当たった?」 「子持ち鱈です〜。よかった。食べ物だし美味しいし〜これ雪見なんですかね、大根おろしともぴったりです」 「雪見もどきなら同じ鍋に当たったね。誰が入れたのか知らないけど気が利いてるわ。うちは白菜、結構まともな物持ってくる人いたみたいね」 「私はすいとんね、同じく雪見系のようで。どうやらここは運の良い組みたいね‥‥蛸は誰に当たったのかな」 「うちの芥子入りの練り物もね」 舞もからすも引きは良かったようだ。舞の言葉に薫が背後に立ち影が落ちる。側には娘の咲希を連れている。 「芥子は私よ‥‥せっかくのほろ酔いが飛ぶところだったわ」 「私の食べたお団子は少し甘酒のような香りがしました。身体が少しぽかぽかします」 「それはきっと私の入れた秦国秘伝の栄養剤のせいよ。血の巡りが良くなるわ‥‥害は無いから大丈夫よ」 大人の殿方にはそれ以上の効用があるらしいが。それは宴会が終わって帰ってからのそれぞれのお楽しみ。 「咲希をお願いするわ、私はまだちょっと飲んでくるから」 「お母様、まだ飲まれる気なのですか!」 「ただ酒は飲まなきゃ、損々」 ふらりと向かう先では有志が持ち込んだ樽酒で盛り上がっている。 「ふぅ、さあて全員に配り終わったみたいだし俺も食べようかな」 残り物には福があるか。よそい終わった鍋の始末を手伝っていたので最後になってしまった慧介。 「油揚げか、汁吸い過ぎた感はあるけど、なかなか良い引きかな?」 じゅっと口中に溢れる‥‥何とも言えない味。さきほど味見したあの鍋ではない。すると‥‥? 「か、考えちゃいかん!」 もぐもぐ。 「‥‥」 降参して良いだろうか。見回すと誰もが歓談に夢中で幸いこちらを見ている物はいない。植物には味じゃないよね、どんな物だって肥やしにはなるよね。一人そう納得して暗い木陰で油揚げと汁にサヨナラを告げる。 「さ、口直しに茶でも飲みに行こうかな〜」 風に呑み、月に呑み、そして盛大な焚火の元で鍋を肴に酒を呷るのも悪くない。 「これは当たりかの?」 箸につまんだ鮭の切り身を美味しそうに頬張る斉藤。汁には野菜の出汁も効いている。 「茸か‥‥毒って事はないですよね」 毒も食用も見た目はそっくりな事がある。きっと大丈夫と信じて笑顔で頬張る濃愛(ia8505)。 「うんうん、よく茸汁に入っている味です。良かった当たりですね」 横にでんと置いた樽酒。濃愛が担いで持ってきた物だ。入れ替わり立ち代わり誰かが酒を酌みに来る。 「私の茸はあなたに当たったんですね。もう季節も終わりでしたが、先日山へ茸狩りへ行ってきたのですよ。籠一杯に持ってきたから鍋にたくさん入っているはずですよ。すごく良く似た毒茸もあるんですけど‥‥大丈夫です、山で育って二十年の私が見立ててきたんですから!」 自信たっぷりに笑顔で語る設楽 万理(ia5443)。あんまり自信ありげに話されると却って心配になるが。おかわりする時には茸には気をつけよう。 万理はといえば鱈の身が当たって淑やかに美味しそうに食べている。 「これ、何の肉かな?とりあえず美味いが」 淡白だが下味もついていて食べやすい。東雲は何だか良くわからない物体ながらも味わって食べる。 「見た感じ蛙か蛇って感じやけどなぁ。こっちは見たまんま蒟蒻や」 疾也には無難な物が当たったようだ。 「ま、暖まるし。とりあえず美味いで」 「菊の花か‥‥酢の物ならわかるが、鍋の具としてはちょっとな」 「あ、入れたの俺、俺〜。今の季節にぴったりかと思って」 巴 渓(ia1334)の呟きに元気良く答えたのはルオウ(ia2445)。 「って俺‥‥これ何」 どんぶりの蓋を開けると中には小さなどんぶり、その蓋を開けると『当たり』と書かれた小さな木札。 「まさか汁だけ飲めって事?」 「ふっ、当たりか‥‥やられたみたいだな。汁はやめといた方がいいぞ、何を入れた出汁か怪しいからな。気にしないでおかわりを貰って来いよ」 「そっか、じゃ行ってくる!」 気を取り直して立ち上がろうとしたルオウの肩を渓がぽんと叩く。 「それと。料理に菊を入れる時は、萼は外して花びらだけにするんだ。飾りなら別だけどな」 「そうなんだ、ありがとね、兄さん!風見さ〜ん、おかわり〜」 元気の良いサムライは笑顔を残して駆け出していった。 「兄さん‥‥ね、まぁいいか」 苦笑しながら盃に口をつける渓。殺伐さとは縁を切れない開拓者暮らし。このように当たり前の日常を楽しめるのは贅沢‥‥と想いを馳せ、酒を味わう。掟だの何だのといったつまらないしがらみから解放される夜は大切だ。 「ただ生きてる事だけでも感謝って奴だ‥‥生かされているだけの人生より、前向きに生きるのは大事だぜ」 平和な夜に乾杯。干した盃にまた徳利から澄んだ液体を注ぐ。はぜる炎の欠片を反射してその穏やかな水面が輝く。 「こんな楽しい夜もいいよな」 さて何が入っているかな。蓋を開けた赤マントは瞬速でその蓋をまた閉めた。その頬はひくついている。 「容疑者は一人しか居ない」 何が入っていたかは察するべし。とびきり最悪のアレだ。G仮面のあの女が入れたに違いない。 「剣‥‥桜‥‥花〜〜!」 「うみゃ〜、蛸の足が入ってたみゃ〜」 大好きな魚を持ってきたものの自分には当たらなかったダイフク。一緒に座っていた紅明が自分のどんぶりを差し出す。 「私は鰤が当たったよ、交換しようか?」 「え、いいのかみゃ?」 「蛸の足も美味しそうだし。どうぞ」 ん、なかなか噛み切れない‥‥。塊でしっかり茹で上がった蛸の足はなかなか難物のようだ。噛めば噛むほど沁みた出汁の味が出るが、いつ終わるとも果てない。 「紗耶香さんは何が当たったみゃ?」 「これは鰯のつみれですね〜。香味野菜や調味料も混ぜられてて、しっかりと下ごしらえされてとても美味しいです。どなたが作られたんでしょうね?」 拳より大きいくらいの食べ応えのあるつみれ。これは料理の心得がある者が作ったに違いない。ぜひ会ったら料理談義でもしてみたいものだと紗耶香はほくほく顔で食べる。もしかしたら今宵一番の大当たりかもしれない。 「紅明さん、少しお酒を飲まれて顎を休めたらどうです?」 「そうだね‥‥美味しいには美味しいがなかなか手ごわい」 「あたいもお酒飲むみゃ〜」 顔色も変えずに結構飲む紗耶香に付き合い、紅明も盃を空ける。熱い汁をふうふうと吹いていたダイフクも一緒になって飲む。 「徳利ひとつ‥‥貰って帰ってもいいかな。後で仲間の墓に報告しに行きたいんだ」 良い想い出、独り占めにしては勿体無い。アヤカシが居なければ今頃一緒に‥‥。帰ったら酒でも供えて語ろう。 「誰よ、式神人形なんか入れたの」 どんぶりの蓋を開けた琉架は絶句する。やけに重いと思ったら‥‥。醤油色に染まった人形が沈んでいる。食べれるわけがない。 「兄様、そちらは何が入っていました?」 「じゃがいもですよ。皮ままですが、ほどよく炊けてて美味しそうですね」 「じゃあ、半分こにしましょ」 仲睦まじくひとつのどんぶりをつつく兄妹。離れた所に置かれた器の底で式神人形だけがぽつんと取り残されている。 ●終宴 まだ酒を飲み月夜の宴を楽しむ者もいる。騒ぎ疲れて帰る者もいる。後片付けに勤しむ者もいる。 「腹ごなしにまったり花火というのもなかなか乙やんなぁ」 東雲と紅明はのんびりと線香花火のはじける小さな灯を楽しむ。 「少し変わった色の出る花火も持ってきたよ」 光につられて興じる者が増え、焚火も燃え尽きようとしてる空き地がほのかに彩られる。 「さてさて、無事に終わったみたいだね」 離れて樹上で茶をすすり地上の遊びを眺めやるからす。 どの具がゴキブリと一緒に入っていた物なのかは風見の胸の内に仕舞われている。盛り付けた時に確かにそれは存在していた。知らない方が幸せだ、うん。 「お前少し仕組んだだろ‥‥」 「最初の具の放り込む時だけね。そりゃ全部がひどい味だと最悪の宴会ですからね。だから、鍋みっつにしたんですよ。また闇鍋やりますか?」 「次は食べ物限定でな‥‥」 天満のどんぶりに当たったのは炭。おかわりで鮭の切り身が当たらなければ寂しいとこだった。風見は麩が当たったらしい。 その鍋に入っていた炭、浄化してくれてたんですよ?一緒に入っていたアレの出汁を‥‥気休め程度には。 |