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■オープニング本文 冥越に近い陰殻の山奥。山岳地域には人が簡単には踏み入れられない地域もある。増してそこに至る地表は魔の森に覆われている。 古い文献にある、そこにしか咲かない花。冬も近付く今の季節しか見られないという。雪に覆われれば消えてしまう儚い花。 草本学者の如月 雄然は非常に興味をそそられていた。 食べるにも困るような道楽の類になる職業だが、彼には応援してくれている後援者がいる。 身体が弱く普段は屋敷から出る事もない北面に住まう貴族の一員だが、彼の研究に大変興味を示しささやかながら生活に必要な援助を差し伸べている。 時折屋敷に招かれては話し相手として重宝され、この希少な花の話もその折に語られた。 「庭では土地が合わず朽ちてしまうのだろうな‥‥一輪で良い、ぜひ見てみたいものだが‥‥」 出入りの薬師に調合して貰った薬湯を静かに口に含み、端正な面持ちの男は呟く。質素な風合いながら上等の絹に身を包まれてる。 庭を眺めようと目をやったが、寒気は身体に毒と家人に窘められ、障子は閉ざされたままだ。炭を焚いた火鉢が側に置かれ、季節の変わり目が男の身体を害さぬよう暖を与えていた。 「できましたら私も見とうございます。されど、歩いていけるような場所ではない故」 正座して男と対面する雄然が残念げに首を振る。 「開拓者‥‥」 「はい」 「開拓者ならできるのではないか。彼らなら龍に乗り、必要とあらば空を舞う事もできるという」 男の唇が一旦閉ざされ、そして再び静かに開かれる。 「空からなら誰の人目にも立たず行けるのではないか。人里もない場所だ、お許しも出よう‥‥」 火箸で炭を突き崩す男の横顔が自嘲に翳る。 「このような我が侭‥‥父上が知ったらお許しにならないであろうな」 「庭に出る事もなかなかに叶わぬ御身、そのぐらいの事は望みを通しても良いのではないですか」 後援者の望みを煽って自分の望みも叶えようとする浅ましい思いに雄然も自嘲の苦笑いを浮かべる。 幾日か後。雄然は後援者の許可を取り、開拓者ギルドへと依頼の打診をする。 食うや食わずやという身を構わぬなりに不相応な報酬金を携えた男に北面のギルド窓口の職員は怪訝な顔をした。 依頼の請負人募集に必要のない情報は秘する事を前提に‥‥と語られた事情に職員は納得する。 「神楽のギルドに話を回しますね。あちらの方が人員がおりますから、適任は募れるでしょう。出発はここで問題ないですよ」 密やかに夜明けに飛び立ち、人里を避けて目的の山に向かう龍。その背に乗る開拓者の手には雄然手書きの曖昧な地図。目印となる大まかな地形は全て文献によるものだ。 目的の地に近付いた所で彼らは突然の嵐に合う。荒れる暴風の中、飛べたものではない。 緊急避難した見知らぬ山中。嵐をやり過ごすまで、ここで過ごす事になる。 龍を雨から守るような地形は見つかるだろうか。雷鳴が真っ暗な空に轟き、時折空を切り裂く。どうやってこの災難を乗り切ろうか‥‥。 まずは叩き付けるこの雨をしのがねば。このままでは身体が冷え切ってしまう。 |
■参加者一覧
星鈴(ia0087)
18歳・女・志
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
薙塚 冬馬(ia0398)
17歳・男・志
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
天寿院 源三(ia0866)
17歳・女・志
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
千見寺 葎(ia5851)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●嵐空 近付き過ぎて諸共墜落なんて事にならないよう気遣いながら、声の届きそうな位置まで弓志峰 直羽(ia1884)は龍を駆って寄り添う。 「天凱、あんまり揺らさないでくれよ」 優しく撫でた首筋は冷たい。重厚な体躯は風を受けて流し、不安を感じさせる事なく安定した飛行を見せている。 それを見た先頭の星鈴(ia0087)は愛騎に隣を飛ぶ甲龍と速度を合わせるよう指示を出す。 「星鈴ちゃん、このままだと嵐に突っ込んじゃうぜ!一度降りて天候をやり過ごした方が‥‥!」 空を飛びながらの会話。風が強くて大きな声を出さなければ隣にも届かない。これ以上近付けば翼が触れてしまうかもしれず声は自然に怒鳴るかに近くなる。 異性に気軽に声を返すのが苦手な星鈴は頷いてまた前を向く。眼下に広がる山並み、降りれそうな場所はあるか。 「まぁとりあえずは一度降りんと駄目やな‥‥」 星鈴は笠に手を掛けて前方を見やり呟いた。 「‥‥!」 吹き付ける突風。星鈴の龍、風剣がまともに受ける気流に飛行の軌道を乱し、慌てて両手で手綱を握り締める。急激な態勢のぶれに内腿が強張って龍の腹を強く締める。 直羽の駆る天凱が傍を離れて、自身も安定を失わぬよう風に耐える。 「風剣、あの山にとりあえず降りるで」 龍は頷くかのように首を低く下げて滑空する。 先頭の駿龍の体躯にたなびく無数の白い羽根。豪雨に遮られた視界にそれは灯火のように目印となった。後ろをゆく龍は二手に分かれて騎乗者の指示に従いその後を追う。 薙塚 冬馬(ia0398)と千見寺 葎(ia5851)の駿龍が空中で交差してその位置を交代する。出発前に定めてあった緊急時の編成、それぞれに星鈴と直羽の龍を先頭に新たな組へと分かれる。開拓者も龍もこうした編隊を組んでの飛行はまだ慣れていない、だが見事な連携を取りその隊列を乱さずに降下する。後ろの龍が間違いなく続いている事を呼子笛の音が知らせる。 暗雲に翳りゆく空に鏃のごとき整った美しき編隊。避難できそうな山へと急ぐ龍の影。空の鈍色を映すかのように秋も終わる大地はその色を喪う。 響く雷鳴。避ける間もなく叩き付ける雨が空を舞う一行を襲う。大粒の滴が滑らかな皮に弾かれ、背に乗る者の外套を濡らした。 龍の降り立てそうな開けた岩場。大きな岩がごろごろと転がっている間を雨が勢いよく川のように流れ落ちてゆく。 「早く雨宿りできる場所見つけないとあかんな。風絶、雨が冷たいけどちょっと待っててな」 芦屋 璃凛(ia0303)が蝙蝠の姿に宿した式を飛ばし、暗くて地形もよくわからない山を探る。風絶は探索に意識を集中する相棒を気遣い、その翼を広げて降り注ぐ雨や強風を遮る。 その身を持って風を断つ、そう名付けられた彼に相応しく。外套に包まれた璃凛の小さな身体を守るように寄り添って静かに待つ。 切り立った崖の下、岩棚の陰になる良さげな場所を見つけ声を上げようとしたその時に蝙蝠は風に煽られた。岩壁へと叩き付けられそうになった視界に悲鳴を飲み込む。が、式を保てる時間は瞬く間に過ぎてその感覚は消えて胸を撫で下ろす。 「この下なら何とかなりそうみたい。そっちへ移動しよ」 ●崖下 「星鈴、そう言えば風剣と風絶が一緒になるなんて初めてだよね」 少しは身体が暖まるだろうか。荷物にあった甘酒を皆に配って、星鈴の傍に腰を下ろす璃凛。互いの龍は開拓者達を守るべく崖下の外に近い方に座っているが、距離を保ち初対面の同 胞の様子を伺っている。だがこのままでは雨に濡れる‥‥張り出した岩棚の下は四人と四匹を詰め込むには狭い。 「こないに龍がおるんは珍しいな。‥‥うちん子大丈夫やろか?」 一歩引いて少し緊張した様子を見せている風剣。星鈴はそちらの方を眺めて甘酒を口に含む。麹の濃い香りが、雨に全ての気配を絶たれた中で鼻腔をくすぐる。 「そうやなぁ‥‥うちらは仕事で一緒んなる事は結構あったけど。初めてやね」 気のなさげに佇む風剣に興味を示したのか、風絶が首を伸ばして鳴き声を上げる。交わされる声。立ち上がり嫌がるのかと思えば、気に召したのか互いの匂いを嗅ぎ冷えきった体躯を寄せる。 こちらも鳴き声を上げた夜刀が漆黒の体躯から首を伸ばす。喉元の白い筋が雷光で照らされて一瞬眩く輝く。真紅の体躯に黒い翼を広げた緋鼓が威嚇して払うそぶりを見せるが、寄り合った方がこの状況は得策と思ったのか大人しくなり、やはりこちらも互いに体躯を寄せる。 夜刀が穏やかな目を閉じて足元の岩に首を降ろして休める。ぎゅうぎゅう詰めになった龍の姿が何だか心を和ませる。 「あらら、寄り添ってるし」 「‥‥なんや、仲ようなったみたいやな」 何だか嬉しいな。微笑む璃凛の脳裏に風絶との想い出がよぎる。龍の額に十文字に刻まれた今も残る傷痕。温厚な彼が璃凛の命を守る為に果敢に負った勲章。 (あの時、風絶が護ってくれなかったら‥‥勝手に動いてごめんね) 今日も全く知らぬ山中に嵐で閉じ込められる羽目になったけれど、相棒が傍に居てくれて頼もしい。穏やかに絶対の安心感を与えてくれる。 (これからも迷惑を掛けるかもしれないけど‥‥信頼してるからね) 他の龍と気を許したのか風絶は目を閉じて互いの温もりにまどろんでいる。 「星鈴〜、こっちも寄り添おうよ、ねぇってばぁ」 相棒に負けじと甘い猫なで声をだして沈着な金色の瞳を同じ方向へ向けていた親友に迫る。今までも幾つか依頼を共にした生真面目な志士。星鈴は頬をうっすら紅く染めてぴったりと身体を密着してくる娘に軽い手刀を入れる。 「‥‥何言うとんねん」 人と馴れ合うのは苦手だ。でもこうして心を分かち合える友が傍に居るのは嬉しい。喜びを表現するのが不器用なだけだ‥‥星鈴は預けられる温もりの重みに照れながらもそれを避けない。 「ちょっと、久しぶりだってのに二人だけで寄り添ってずるいよ!緋鼓まで、もぅ」 こちらも甘酒を手に、外套に包んだ身体を二人にぐいと寄せる玖堂 真影(ia0490)。防寒対策はしていても火を焚くわけにもいかない山中は冷える。 「薙塚さんも‥‥一緒にくっつこうよ」 「いや女の子ばかりの所に‥‥でもいいのかい?」 とは言っても離れて座るだけの場所はない。龍の体躯をもう少し奥へ寄せる為にも人は寄り添う必要がある。 「失礼するよ」 冬馬も長身の身体を、どうやら仲良しらしい三人の元へ寄せる。 「夜刀、もう少しこっちへおいで。濡れるだろ?」 目を開いた夜刀が少し寄れば、緋鼓もそれに従い人の傍に体躯を詰める。首を伸ばして届く距離になった真影に頬を寄せる。 「ありがと、緋鼓。もっと近くていいよ‥‥そっか濡れるから気を使ってくれるのね」 龍をすっぽりと包むように纏った猪の毛皮が雨をたっぷりと含んで重そうだ。雨が止んだら乾かしてあげよう‥‥。 「もう日は暮れたのかな?」 「止んだらお日様が差したらいいね」 「食料あんま持ってこんかったけど‥‥腹は膨れるからこれで皆でしのごうな」 手持ちの食料を分け合うが、龍の背にはあまり多くの荷物は積めないので余分と言えるほどの量はない。龍の大きな体躯では満足には足りなさそうだ。それでも状況を察してか与えられた食物をゆっくりと噛み締めると静かに佇む。 「体力維持、少し寝ちゃおうか」 「あっちの組もきっと大丈夫よね」 ●木陰 木々の密生する辺りを仮の宿に定めたもうひとつの組。シノビの修行で暗闇を見通せる葎の誘導で身を寄せる場所を確保する。木の葉を叩き付ける雨音がバタバタと森を騒がせる。 「この雨じゃ、狩りは無理かな‥‥」 動物達もきっと穴倉の中に潜んで嵐の過ぎるのを待っている事だろう。龍がのっそりと現れても驚く鳴き声も聞こえない。 「洞窟‥‥小さくて皆で入るのは無理そうですが、火を焚く位ならできますかね」 「上に生えてる木がちょうど屋根になってるから‥‥この辺りで休む事にしましょう」 なるべく濡れてなさそうな枝を選び、洞窟へと運び込む。その間、相棒達が翼を傘にそれぞれの運ぶ作業を守ってくれる。高い枝を口で折って落としてくれたりもしたが木の葉に溜まった水が盛大に直羽の三度笠に降り掛かる。 「ありがとう、って天凱冷たいよっ」 しっかりと水気を切ってから、積んだ枝の上に載せる。どれぐらいの時間焚けばよいかわからないが、このぐらいあれば何とかなるだろうか。 「少々荒っぽいですが、皆さん下がっていてくださいね」 身体に炎を纏った葎がその身を寄せてしっかりと着火した事を確かめてから飛び退く。すぐ後ろで見守っていた白嬰の薄墨色の体躯にぽすりと受け止められる。 「火傷、しなかったですか?」 君の方こそ、とでも言うように白嬰は喉を鳴らして応える。その藍の瞳を見つめ葎は透明な微笑みを浮かべて首筋へと手を伸ばす。 「自分で点けた火に焼かれるほど間抜けではないよ」 浅い洞窟からもうもうと立ちこめる煙。傍には寄れないがそれでも火の気は暖かさを与える。それぞれに近くの木陰へと身を寄せる。 龍と一緒に‥‥はちょっと難しいか。それでも天寿院 源三(ia0866)は相棒のぽんたの体躯を懸命に拭く。 「拭いたら少しは暖かい?」 頷くぽんたの双角骨が振られ天寿院の身体をかすめそうになる。 「ちょ、ちょっと危ないってば。一応戦闘用の装備なんですからねっ」 双眸をきょとんとさせて小首をかしげる龍。この格好で天寿院に甘えては危ないという事は理解したようだ。残念げに甘えた柔らかい声を上げる。携帯した岩清水で喉を潤し、欲しがるぽんたに梅干を食べさせる。 「あ、梅干は丸呑みしちゃ駄目ですよ〜。もう、後でお腹壊しても知りませんよ?」 その姿を別の木陰で見守っていた葎がほのぼのした光景に微笑みを漏らす。ちょうどこちらも手にしていたのは梅干だ。このような時、口中を手軽に潤すには助かる。 「夏蝶ちゃん、体調とか大丈夫かい?」 同じ木陰に身を寄せた直羽と楊・夏蝶(ia5341)。相棒は相棒同士で別の木陰に寄り添って雨を避けている。 「うん平気。大変だけどたまにこういうのも面白くていいわね」 仕事は確実にという信条の夏蝶だが、仕事に付き物のスリルは存分に味わう性分。嵐に閉じ込められた夜も満喫せずにはいられない。 「龍の背で俺達は乗っていただけだが、風のせいか結構消耗したな。明日もあるんだからしっかり休んどけよ」 青の瞳が細められ柔和に笑う。炎も雨の糸に遮られた暗闇の中で夏蝶も微笑みを返す。 「ねぇねぇ龍の傍で休もうよ」 「狭いぜ?」 「つぶされたりしないから大丈夫。ね、あっち行こ」 濡れるのも構わず夏蝶は直羽の手を引いて、花蓮と天凱の待つ木陰へと移動する。 「ほら、くっつけば暖かいよ」 冷たい皮の下に熱い血の流れる龍の体躯。二匹の龍の胸元に収まるかのごとく腰を下ろし二人は相棒の温もりを感じる。 「そうだ、夏蝶ちゃんの龍、花蓮だっけ。二人の話、聞かせてくれない?俺さ、そうゆうの聞くの好きなんだ」 「どうせならお互いの龍自慢でもしようよ。直羽の子のことも聞かせてよ」 そう、今回の花の依頼も‥‥綺麗なのや可愛いものが好きな夏蝶。花蓮も相棒と一緒で好奇心旺盛。少し私よりは落ち着いている‥‥かな?花が好きなの。山頂に咲いてるっていう花、一緒に見れたら嬉しいなと思って。 とりとめもなく続く話。お互いの相棒がより身近に感じられた。 「そろそろ寝るか‥‥身体冷やすなよ?」 直羽とおやすみと言い交わし花蓮に寄り掛かって抱きつくように眠りに落ちる夏蝶。見届けた直羽は天凱の胸を撫でる。 「今日はお疲れさん、相棒。明日も長く飛ぶけど一緒に頑張ろうな」 遠く遠く更に山の向こうまでも、どこまでも天凱と二人で飛ぶ夢を見る。滝のように落ちる雨、いや地の水‥‥途方もない断崖から眼下の雲へと轟々と落ちてゆく‥‥。 (そうお前と一緒なら、天儀の果てでも怖くはないんだ‥‥) ●雨後 眩しい陽射し。いつの間に夜が明けたやら、山は生命の息吹を取り戻して輝いている。 「鳥の声も聞こえるし狩りができるかな」 龍達も腹が空いたと鳴き声を上げる。 「白嬰、僕が用意してくるからここで待っててくださいね」 「やあ、そっちも無事に避難できたみたいだね」 合流した一行は共に食料を探索すべく木立の中を歩く。連日最低限の休憩だけで飛び続けた龍達はまだまどろみの中だ。また飛ぶ前にしっかりと休ませておこう。 「お腹空かせてるから、たくさん獲らないとね」 「夜刀、まだ起きなくていいんだぞ。仲間と一緒に寝てろよ」 そう言う冬馬だが、夜刀は相棒について行きたいようだ。大きな体躯に似合わぬ甘えた声で擦り寄る。 「しょうがないな‥‥足元気をつけろよ。雨で崩れやすくなってるかもしれない」 水を汲めそうな場所‥‥元々川であったと思わしき谷間。昨夜の雨で増水して勢いよく流れているが、濁ってはいない。上流にほとんど土が無いせいであろう。岩場を洗うように山を下っている。 「‥‥うわっ」 油断していないつもりが一緒に居る夜刀の動きに気をとられてか、体重を乗せて踏み出した足元が崩れる。 増水した川、落ちれば流されてしまう。間一髪、傍に控えてくれた夜刀が外套を咥えてくれてぶらさがる。脚の下は深い水‥‥。外套が腕から抜けそうになるが、夜刀の首にしっかりとしがみつき安全な足場へと戻された。 「すまない。助かった」 冷や汗が背中を伝う。あのまま落ちていれば、どうなったかわからない。 「お前がついてきてくれて良かったよ」 喉を鳴らす夜刀が少しだけ自慢げに胸を膨らませる。 「食べれそうな果実もあったで」 少し熟しすぎてなくもないが、甘い果汁が喉を潤し、実は腹に収まる。 葎と真影が仕留めてきた兎や鳥を龍達は生のまま美味そうに食べる。 「まだ‥‥足りないかな?」 「僕達の分まで食べてしまいましたね」 苦笑いする葎。でも相棒が食欲を満たしてくれているのだから嬉しい。もう一度狩りに行こうか。 「あんまり喰いすぎると飛べなくなるで〜」 お手玉を放って場を和ませながら、龍の食欲を見て笑う璃凛。 「うちも手伝うわ。風絶、他の子の分まで喰いすぎるなや」 幸いにして獲物には不足しない。開拓者の食べる分まで充分に確保できた。 「少し休んだら、飛びましょうか」 ●群生 昨日は見えなかった眼下に連なる連峰。裾野に広がる森。これがアヤカシに呑まれた魔の森だなんて‥‥高空からでは何もない平穏な森に見える。その中は様々な悲劇に呑まれているとしても。 「緋鼓、変なの見かけても突っ込まないでよ。今回は花を取りに行くんだからね。ほらほら前に出すぎ!」 元気の有り余る炎龍を牽制し、宥める真影。うっかりすると前を飛ぶ風絶を抜いてしまいそうだ。 「この辺ですかね‥‥ぽんちゃん、少し高度を下げてください」 山頂付近って抽象的‥‥。 「あら、意外と目立ちますね」 「う〜ん、綺麗〜。これ見れるだけでも来てよかったね花蓮」 目的の山は近付けばすぐにわかるほど際立っていた。雪とは違う蒼白い輝きを魅せる山頂。 「これ全部その花なのかな?踏み潰さないように降りようね」 木々や土のある所だけでなく岩肌にも張り付くように花は大群となり咲き誇っている。花弁は小さく華奢だが、細く鋭い花びらは凛と放射状にその存在を誇示している。 「岩肌に咲いてるのね‥まるで雫みたい‥あたしなら『岩雫』って付けるかな!」 「でも岩の方は砕かないと根までは無理だね‥‥」 「突き崩すような物は持ってこなかったし、土の方に咲いてる奴を持っていこうか」 そちらなら易しい。なるべく傷つけずに持って帰れそうだ。 「土もできるだけ一緒に持っていこう。その方が長持ちすると思う」 「植え替えれるように、余分に一袋土を持っていきますね」 出発前に借り出してきた麻袋と円匙。岩の窪みに残る雨水に布を浸し、根ごと採集した花を慎重に仕舞う。 「これだけたくさん咲いてるから、少し多めに持っていっても大丈夫みたいね」 小分けにした麻袋を輸送を受け持つ三人が抱える。帰りも何があるかわからない。非常時には戦える者と花を守る者に分かれるつもりだ。 「この景色丸ごとの方が何倍も綺麗だけど、確かに龍じゃなきゃここまで来れなかったな〜。でもひとつひとつでもすごく綺麗だね。如月サン、見て喜んでくれっかな」 「学者さんだから育ってる環境も教えてあげた方がいいよね。他の山とどう違うのかわからないけど、書いて行きましょう」 もし人里でも咲く事ができたなら。種が取れて来年も見られたらいい。こんなに綺麗なんだから。 「そしたらそこにも見に行こうね」 ここまで良く飛んでくれたね。頑張ってくれた花蓮を撫でて夏蝶は持ち帰った後を夢見る。 「ぽんちゃん、重いですか?雄然様が待っていますから頑張ってくださいね。後でね、お肉買ってあげますから」 小袋とはいえ、濡れた土は少々の重量がある。龍は大きな体躯の割には運搬に適しているわけではない。が、甲冑を着込んで乗る重さに比べればマシだろう。肉と聞いて翼に力が入るぽんた。 「ほらほら頑張ってください」 時々龍の休憩の為に地に降り立ちながら、帰路を急ぐ。休憩中はできるだけ花を陽に当て、飛ぶ間は風にきつく晒されぬよう身をもって袋を庇う。 「無事、到着〜」 「初めて依頼で飛んだから、何だか嬉しいよ」 璃凛が風絶の長い首を抱きしめる。帰途は好天に恵まれ、人里を避けた旅ながらも平穏に過ぎた。 舞い戻った北面の首都。開拓者ギルドの近くには龍も繋留できる大きな宿が立ち並ぶ。 知らせを聞いた依頼人の如月 雄然は開拓者の無事を労い、美しき花の色に目を輝かせる。 「ありがとうございます。このようにたくさん‥‥」 大事にします、とそっと壊れ物を扱うかのように麻袋を受け取る。 「どうぞゆっくりこの都でお休みください。ではさっそく私は、この花をとある方の御屋敷に運びたいと思います。追ってその方からもお礼を言付かるかもしれません」 ●花庭 「どうぞこちらへ。屋敷の方のご好意により皆様をお招きして良いと」 北面貴族の屋敷が立ち並ぶ静かな一角。裏木戸から庭へとそれだけではあるが、そっと開拓者達は迎え入れられた。 落ち葉ひとつなく掃き清められた庭石を辿ると、屋敷の主が丹精したと思われる秋の草花が楚々と散りばめられている。 その中に一際輝く花。嵐を超えて龍達と共に見つけたあの白く可憐な花。萎れる事もなく凛と咲いている。 「花蓮も一緒だったら喜びそうね」 屋敷町へ龍を連れてくるのは遠慮願う‥‥との事で、相棒は今頃宿の庭でのんびりと日向ぼっこの最中だ。夏蝶は戻ったら話してやろうと花々を丹念に眺めた。 「皆様が考えてくださった名前をたいそう喜ばれておいででした。直接お会いする事はこの度叶いませんが、こちらの屋敷の方より書を預かっております」 雄然が携えた風呂敷包みの中には質素な箱。その中には流麗な墨跡で花の名が半紙に一枚ずつ丁寧に書かれていた。 『蒼雪草』『岩雫』『如月』『不知璃』『透雪花』『雪綺羅々』 「どれも美しい名だと‥‥如月は暦でも使われる言葉ではありますが私の姓とも同じですので少々照れ臭くございますね。そしてこちらが一番お気に召されたようです」 最後に取り出された一枚の紙。 『空水鏡』 「龍の背から見た空、その空の陽を浴びて蒼白く花が輝き照らす頂きの幻想‥‥目を閉じれば名を唱えれば情景が浮かぶようだと」 愛しげに花を見つめ微笑む。この花は来年もここに咲いてくれるのだろうか。 そう、また咲いたなら今日は姿を見せない方も蒼白く儚い花の命を祝って静かな茶会でも催してくれるかもしれない。少しでも永らえる為、この花、空水鏡を研究せねば。 |