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■オープニング本文 「つまらない知り合いがいてな。博打にのめりこんで仕事もしない、ろくでもない男なんだが」 一軒の提灯居酒屋で醤油樽に腰掛けて管を巻く男。横にたまたま相席してしまった開拓者はちびちびと酒を舐める。 「あいつはなぁ‥‥俺のダチの息子なんだ。ダチは何年も前に死んじまったけどな」 幾十年も昔、まだ若者だった頃に同じ村から神楽へとやってきた二人は助け合いながらお互いの生業を見つけて営んだ。 問わず語りに一人、話し続ける男。 「ダチは真面目にこつこつとやっていて、いい奴だったんだがなぁ。倅が本当にどうにもならん男で」 都はずれにある古びた一軒家だが手入れも全くされず、畑だった場所も荒れ果てている有り様だという。 今は兄妹二人で暮らしているが、妹が働きに出た金を兄が全て博打に使ってしまうらしい。 「今度は妹さんを質草代わりに遊郭へ売り飛ばそうとしてやがるらしい」 カンッ。空になった酒杯が勢いがつき過ぎて卓の板と高い音を奏でる。親父さん、もう一杯。 「駄目兄貴さえ居なければ普通に暮らせるはずの働き者のいい娘さんなのに、何てことしやがる気なんだか」 新たに注がれた酒をぐいと呑み、男は酒臭い熱い息を吐く。 「それで妹さんを、田舎に居る古い知り合いに預けようと思うんだが。ちょっと手荒なんだが頼まれてくれないかね」 普通に連れ出してもいいのだが、それでは連れ戻しに来るかもしれない。その事を懸念する彼は、妹を狂言誘拐して男を呼び出し、反省させた上で、娘さんを知り合いの村まで送り届けて欲しい、と述べた。 そこまで聞いてしまった開拓者は、笑って聞き流すべきか迷った。 「なに、俺の名前は出したって構わねぇ。誰も怪我させたりするわけじゃないからな」 男の名前は富岳(ふがく)。兄妹の名は沖久(おきひさ)と沙知(さち)という。 富岳の案では 夜半二人が就寝する頃に押し入って沙知を連れ出し、沖久を軽めに縛って夜明け前に一本松まで一人で来いと脅しつける。 そこでお灸を据え、沙知を説得して田舎の村まで護送する。 ずいぶんと手荒な案だ。 まあ明日まで待ってくれませんかと開拓者は苦笑いして暇を告げた。 仲間を集めて考えてみます、と。誰も怪我をさせず、依頼の容易さに比べれば、それなりの報酬もある。アヤカシを退治するよりは割のいい仕事だ。 「ただなぁ‥‥ずいぶんと乱暴な案なことで。ま、こちとら懐も寒いんでね、やりますか」 |
■参加者一覧
南風原 薫(ia0258)
17歳・男・泰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
萩 伊右衛門(ia6557)
24歳・男・シ
宗久(ia8011)
32歳・男・弓
瑠枷(ia8559)
15歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●序 誰の家とかはこの物語には関係ないのだから割愛しよう。何の変哲も無い民家。閉め切った雨戸の隙間から行灯の明かりが漏れる。 茶碗の中を賽子が転がる涼やかな音色。秋の虫の声にかき消されるような密やかな音。 「博打ってぇのは運だけじゃねぇんだから、下手が繰り返してどうなるもんでもねぇのに、ねぇ。」 ただの手遊びに振られる賽の目。南風原 薫(ia0258)の掌から転がるその小さな玩具は大ぶりな単眼を揃えて天井を見上げる。 唇に浮かぶ軽薄な笑み。額にはらりと垂れる黒髪が遊び人風に見せているが、その瞳は澄み渡り堕落した影は映していない。 「いよ、いい腕してるねぇ。はは、賭博に嵌って身を破滅させるなんてアレだよね。何とかと何とかは何とかって奴だ」 頬を歪めるような独特の笑い方。腹に巻いたさらし、裸の肩に掛けるように羽織った黒い外套。大柄な身体に短く刈った髪。それこそ本物の博徒と見えそうな宗久(ia8011)。懐に忍ばせた白鞘があまりにも似合っている。凄みを利かせる柄かと思えばそうでもない。戦場では笑いながら弓を撃つ。 「妹くんが可哀想だ。これは何とかしてあげたいね、別に俺が普段後衛で敵を殴れないから腹いせにこの依頼を選んだわけじゃないよ、ホントだよ?――」 べらべらと喋り続ける様は人によっては不快な表情を示すかもしれない。 襖が静かに開けられて瑠枷(ia8559)がその身体を滑り込ませる。元気の溢れる少年っぽくなりがちな仕草を闇に溶け込む衣装に合わせて忍びらしく振る舞おうと畏まる。 「富岳さんに沙知さん宛ての手紙を書いてきて貰ったよ」 「それと件の家の間取りを聞いてきた。昔よく出入りしていた頃の記憶を辿って貰ったが、おそらく正確な絵図になったと思う」 後ろからこれも忍び装束の萩 伊右衛門(ia6557)が隙間風のように静かなる気配で皆の集まる居室に身体を滑り込ませる。広げた簡易な絵図にはだいたいの間取りと家の周辺の構図が描かれている。 「裏庭の方はここと同じ障子に雨戸だけだから侵入も逃走も問題はない。一応表も押さえておいた方がいいと思うがな。玄関はしんばり棒くらいはしているだろうから、無理に破るんでなければ出口にしか使えないだろう。土間あたりは余計な物が置いてある可能性もあるし下駄を蹴るかもしれないしな、足元に注意が必要だ」 淡々と説明を行なう伊右衛門。絵図を見て他の者は口々にその日の動きを確認する。 「賊を装うんだから、土足でお邪魔するのはしょうがないやね。畑を突っ切る事になるわけか」 「一緒の部屋か別の部屋に寝てるかはわからないな。部屋は三間ある。そう広くはないが、ふたつ布団並べて敷くくらいはできるだろう」 「どちらを担当するかは先に決めておかないとな。騒がれない為に二人同時に素早く抑えたほうがいい」 「わたくしは沙知様の身柄を確保する役目に回りますね。突然見知らぬ殿方が押し入ってはさぞかし怖い事でしょう。できれば優しく扱えるよう‥‥」 この度の紅一点、秦拳士の秋桜(ia2482)。勝手な遊びの末の金策、よりによって今まで尽くしてきた妹を売り飛ばすだなんて‥‥表情は静かながらも不届きな男への怒りがその眉に険を添える。 「事が終わったら兄御殿にはきつい灸をすえてあげねば気が済みませんわ」 「進行は富岳の筋書き通りでいいって事やね、ほな明日に備えてゆっくり休みましょか」 琴月・志乃(ia3253)の言葉に皆は頷き、寝る為の支度を始める。男達はこのままこの部屋に雑魚寝だ。奥の部屋へと秋桜が下がる。 「擦り合せはこんなものかね。茶番はぶっつけ本番しかないし、心配配っちゃ心配だがぁ‥‥まぁ平気だろう、さ」 最後にまた涼やかな音。やがて行灯は吹き消され、民家は闇に閉ざされる。 ●襲撃 月明かりの夜。 「雨戸は脱出時まで開け放った方が動きやすいな」 「まず私が先に侵入し、雨戸を開ける」 そこですかさず他の者が家へ上がり込み、事を行なう。手順の最終確認をして開拓者達は頷き合う。 宵も深まった都の外れ、夜空に高く銀色の輝きを見せる月以外に彼らを見守る者は居ない。 寝静まり灯も消えた民家からは物音も聞こえない。 先行する伊右衛門が壁伝いに足音を忍ばせて裏手に回る。他の者も影となり後を追う。 雨戸に手を掛けて小さな頷き。 ガタン。 真っ先に飛び込んだ瑠枷が布団の胸の辺りを押さえ込み、飛び起き掛けた男の口を手で塞ぐ。荒縄と手拭いを取り出した宗久がその体躯で男を威圧する。 それを通り過ぎて三人は奥の部屋を仕切る襖を開けて妹の確保に回る。一歩遅れて上がり込んだ伊右衛門が押さえ込む瑠枷を手伝い、宗久が手際よく手にした道具で拘束する。 (後で自分で解けるように手加減して縛るってもの面倒なもんだね、いっそがっちりふん縛ってしまいたいが) 「一時間後に一本松まで、一人で、来てね。来なかったり誰かに話したりしたら‥‥わかるよね」 「博打遊びもたいがいにせんといかんなぁ。私も遊ばないとは言わないよ。だが少しは我が身の丈も考えないと‥‥」 歪んだ笑いを浮かべる大男に、八の字眉を眼前に迫らせ意図的に語尾を濁らせる黒い男。 男は言われるがままにガクガクと首を縦に振る。これは溜めた借金に業を煮やした債鬼だろうか。博打遊びは好きでも度胸は全く無い。冷たい汗が寝巻きを濡らす。 伊右衛門はつい握り締めた拳を眺めてゆっくりと開いて降ろす。正直このような情けない男など殴ってやりたい気もするが、依頼にはそこまでは含まれていない。痛めつけるのはやりすぎだろう。肩を竦めて男の死角へ立ち、奥へ向かった者達の手際を見やる。その間も宗久は男に何やら耳打ちを続けている。首筋を掴むと身体がひどく震えているのがよくわかる。 いつの間にか消えた瑠枷は庭へ降り立ち、表玄関へと回り込み身を潜め周囲が異変に気が付かないままであるか見張りを行なう。 手拭いで覆面をした南風原は布団に身を起こした娘の顔にダガーを近付け、人差し指を立ててその顔を覗き込む。恐怖に見開いた目が洩れ入る月の光を照り返す。 「色々失礼しますが、少しの間我慢してくださいね、っと」 腕や脚を痛めぬよう柔らかな布を使い拘束し、その上から荒縄でぐるぐる巻きにして見た目はたいそうな感じにする。 南風原の合図に伊右衛門が頷く。 「じゃ妹さんは預かったぜ。兄貴が助けに来ないと、さてどうなるかねぇ」 一見乱暴に、しかし実際は痛めつける事なく沙知を押しやり民家を引き上げる一行。縄巻きにされた男が寝間でじたばたと暴れる。もごもごと何か叫ぼうとしているが、猿轡がそれを邪魔する。 ●兄と妹 はずれの一本松に提灯の明かりが人の影に合わせて揺れ動く。 「さてと、来るかな」 「これで来なかったら本当に駄目兄貴だな」 「沙知殿ごめんなさいね。これは富岳殿に頼まれた芝居なんです。博打に溺れる沖久殿をどうにか更正させてあげたいと、ちょっと手荒ですが良い薬になるはずです」 ここで瑠枷が依頼人より預かった手紙を差し出す。沙知は後ろ手に縛られて持つ事はできないので開いた手紙を近付け提灯で文字を照らす。確かに見覚えのある富岳の字である。 落ち着きを取り戻した沙知は読み終えると睫を伏せる。気丈らしくこの事態にも取り乱す様子は見せない。 「まぁ縄はそろそろ解いてもいいやな。落ち着いたかい?兄さんはきっと来るから安心して待ってな」 「沖久殿の悪癖を治す為には貴女の覚悟も必要となるのです」 秋桜が正面に立ち、沙知の伏せた瞳をまっすぐに見つめる。 兄を支えるは兄を想うが為とは察するが、唯側に居て尽くすが支えではない。慣れは甘えに変わり、堕落を招く。その通りに招いてしまったのが今の事態。 懇々と語る秋桜。沙知はその瞳を開き静かに見返す。噛んだ唇は何も言い返さない。 家事をやる事が当たり前。世話をするのが当たり前。何もかも妹に世話されるのが当たり前と自堕落な生活を送ってきた沖久。それでは駄目な人間のままに終わる。 突き放し、叱る事も優しさだ。沖久の為には厳しいと思える事もそれは優しさになる。 「沙知様。ここは、心を鬼にされて、沖久殿の元を離れてみては如何でしょう。今生の別れではないのです。時が経ち逢う折には、きっと立派な殿方に成長しておりましょうぞ。大丈夫、わたくしにお任せ下さいませ」 思う所を全て秋桜が代弁してくれた。志乃は沙知の表情の変化を見やる。きっと責任感の強い娘なのだろう、今聞いた言葉を心の中で噛み砕いているかのように見える。 「わかりました」 兄が、それで真人間に戻ってくれるのなら。沙知は旅立つ意を決する。 「ふぅん、来たんだ。兄妹愛だね。優しいなぁ羨ましいなぁ嫉妬しちゃうなぁ」 嫌味たらしい口調で宗久が、一人おどおどとやってきた沖久を一本松の手前で迎える。ここからは暗くて松の周りの様子は見えない。木陰に明かりの揺らめくのが見えるだけだ。何人が待ち受けているのかそれすらもわからない。 「さ、沙知、妹を返してくれ!なんだよ、賊じゃないのか?何が目的なんだ?」 乱れた髪に寝巻きに草履。本当に不器用で縄を解くのに時間が掛かったのかもしれない。それとも妹が心配なあまり上着を羽織る余裕すらも無かったか。じっとりと汗に濡れた寝巻き一枚では夜冷えに歯の根もかち合わない。 背を向けた男の後をもつれながらも必死の足取りで追う沖久。 待ち受ける者達は殺伐とした雰囲気も無い。沙知も縄を解かれ、手を胸に合わせて立っている。 「何時までたっても甘えててさぁ、甘すぎて胸焼けを起こしそうだ」 吐き捨てた宗久が道を譲る。 「つまらねぇ茶番だが、お前さんが来たって事はやった甲斐があったってもんだ」 へなへなと沖久がその場に崩れ落ちて座り込む。沙知の目がそれを真っ直ぐに見つめている。 「ここはひしと抱き合うのが定石かと思ったんやけど、情けないなぁ」 ほら、と肩を叩き、沖久の身体を押しやる志乃。 「もうこれに懲りて博打なんかに手を出さん事やな」 富岳に頼まれたこの依頼、身を持ち直すまでまた悪心を起こさぬよう妹を田舎へ預ける事、それを聞いて沖久は悔いの涙を零す。自分の身を心配してこのような芝居を打ってくれたのか。見ず知らずの者が。沙知を攫われて初めて自分がこれからしてしまおうと思っていた事の非道に思い至る。掛け替えのない身内であるはずの自分が同じような事をしようとしていたのだ。いや違うか、しかし結局は妹を売るというのは最後にはそういう事になる。自分のしでかした不始末の為に大切な物を手放そうとしていたのだ。 「沙知、ごめんな‥‥」 ひれ伏してその足元に土下座する沖久に沙知はその手を差し伸べる。その表情は昨日までとは違い大人びていた。 「じゃ一旦帰りますか。その格好じゃ風邪ひいてしまうよ」 ●旅路 「皆様、この度は私達の為にこんなご迷惑を掛けまして‥‥すみませんでした」 「いやいやこちらこそ依頼とはいえ怖い思いさせてすまへんな」 富岳の知り合いだという男の迎えを受け、ここまで送ってきてくれた開拓者達に深々と頭を下げる沙知。志乃が頭を掻いて笑顔で返す。 「迷惑なんて、掛けたというのは兄貴だけだしな」 そう言った宗久の背中を秋桜が小突く。 「帰った後も少々考えがございますから、沖久殿の事はご心配なく」 とびきりの笑顔で微笑む秋桜。瑠枷も胸を叩く。さて何を考えているのやら。 「あの戻りましたらこれを兄さんに‥‥」 旅中に差してきた簪。紅いとんぼ玉が付いただけの質素なありふれた品だが。 「子供の頃の誕生日に兄さんが奉公先のお給金で買ってくれたんです。覚えていないかもしれないけれど。また都に戻る時まで兄さんに持っていて貰いたいのです」 「昔は妹想いの優しい兄ちゃんだったんやな。博打なんかに溺れたのが間違いやったんや。真面目に働いて身を持ち直せば、きっとすぐに迎えにきてまた一緒に暮らせるで」 「これを質に入れたりなんかしたら、わたくし達が承知致しませんわ」 長閑な野道。片手で賽を弄ぶ南風原が空を見上げる。 「さぁて、少しは頭を冷やしてくれているかねぇ」 「後は心掛け次第」 もうこれ以上は自分の為す事は無いと、伊右衛門は帰途の路中で同行を辞す。依頼は終わった。 軽く手を挙げ、言葉少なに何処へともなく歩いてゆく。神楽へ戻る前に何処かにでも立ち寄るのだろうか。 「神楽へ帰る奴はどうせ道中一緒や。ほなのんびり行こうか」 長槍を肩に掛けて志乃が再び歩き出す。さてお次はどんな依頼が待っているのか。再びまた顔を合わすのかもしれない開拓者の都に住まう仲間達。 ●後日 「ほらほら来年は種蒔くんだろ。地道に働くんなら畑仕事もしないとな!」 年少の瑠枷にびしりと言われて沖久は情けない顔で荒れた畑の根掘りをする。 「カタギさんが博打なんかに嵌るのは良くないぜ、ほらそんなへっぴり腰じゃ痛めちまうよ?」 どうせやるなら仕置完了と染め抜いた褌一丁で、怠けたら樹に吊るすくらいしてやろうかとも言ったが、さすがにそこまではと富岳にも笑われた。前職も放逐されて地道な商売人に戻るのは難しいが、富岳の紹介で仕出屋の下働きからやり直す事が決まった。 「金が無いなら自給自足、これ基本だぜ」 「沙知殿も居ないのだから家事も全部自分でしませんとね」 縁側では水桶と雑巾を支度した秋桜がにこにこと待ち受ける。しばらくは様子を見に来ようか。手にした扇子を見て沖久の顔が引き攣る。そう、昨夜も夕食の終わる頃にやってきて、乱雑に投げ出したままの食器を見て盛大に溜息をつかれた。弛んでる手際がなっていない、ほらまだ汚れてます!とびしばしと叩き容赦がない。借金取りが来ても居留守を使う事は許されない。 「あらあらまた違う方ですか。いえ、わたくしはこの家の者じゃありませんよ、沖久殿にきびきび働いて借金を払ってもらうべく監視に来ているのです。これからちゃんと返せますからもう少し待ってくださいませね」 微笑む女中姿の秋桜の笑顔は柔らかいが何故か有無を言わせぬ圧倒感がある。恐持ての借金取りも雰囲気に呑まれて頷いて帰る。 「か、返してくれるんならいいんだよ。またそのうち来るからな、金を揃えておけよ!」 さてさて沖久の更正はしっかりと見守られるようだ。この度の物語はここで終わりにしよう。 きっと彼はこれから心を入れ替えて、身を粉にして働くはず。 |