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■オープニング本文 「おやっさん〜、追加で二十本よろしく!」 「勝邦の最上等なのを売ってくれないかい。うちの店で労いの席を設けるんだ」 大アヤカシ撃退の報は、ここ北面の首都仁生も緋赤・紅の率いた瑞鳳隊の奮闘に誇りを新たにし沸く声が上がる。 そんな中、しめやかに亡き友に弔いの杯を捧げた者もいただろう。炎羅との決戦に挑んだ際には一部隊としての体を残さぬ程の激しい戦い、死傷者もずいぶんと出した。 合戦への遠征の為、国内の生産米は兵糧の供給に優先された。幸い今年の農産は不作になる事もなく米不足も杞憂に終わったのだが、全てが満ちていたわけではない。 造り酒屋『北之峻』もそんな憂いが表れた店のひとつだった。国の志士達の勇猛さを愛する店主が、兵糧米を応援して供出に積極的に協力していたのだ。 「酒が飛ぶように売れるのはいいが、原料の在庫も怪しくなってきたな」 「親方、勝邦用の米が急いで運んで来ないと品不足になるかもしれませんぜ」 酒造りに勤しむ杜氏達からそんな声が上がるようになった。『勝邦』とはこの店自慢の蔵出し酒に名付けられた銘柄である。豊潤な香りが高く辛口の風合いが個性を持ち、都の志士や庶民に地元の銘柄のひとつとして親しまれている。少数限定で北之峻の店頭でしか販売しない搾り立ての生酒と特製酒饅頭は風味もまた違い、愛好家が朝から並び瞬時に売り切れる。 ちょっとした需要に沸く今に品揃えを切らすような事態になれば非常に不本意である。売上どうこうより自分達の作った自慢の酒をいつも以上に味わってもらえる機会なのだ。 「うーむ、急いで仕入れてこないとならんなぁ」 日々の仕事が忙しく、使いに行く暇のある者も居ない。そこで開拓者へと依頼が伝えられた。 北之峻御用達の上質な酒米を供給する北面国内のとある村。そこには違う憂いの顔があった。 在庫に問題があるわけではない。頼まれれば運ぶだけの米はある。 納屋に敷かれた藁の上に伏した二体のもふらさま。 普段は外で放し飼いにしているのだが、気持ちよく月夜に寝ている処を襲われたのだという。 突然身体を齧られた際の悲痛な鳴き声に、村人達は寝ぼけまなこで何事かと駆けつけた。 もふもふと怒りの声を上げて威嚇し暴れるもふらさまに小さな犯人達の影は一目散に逃げ散り、まだぬかるむ田んぼの中に消えた。 「蛙‥‥?」 その鳴き声、逃げ去る影は紛れもなく蛙であった。だが普通の蛙はもふらさまを齧るはずなどない。 アヤカシ‥‥だとしたら村人達の手には余るし、村に広がるまだ収穫後のぬかるみを残す田んぼを捜索するのは骨が折れそうだ。泥の中からいきなり飛び掛られたらと思うと、近寄る事もままならない。 出歩く昼は警戒して夜はしっかりと戸締りしているので被害は今のとこ増えてはいないが、このままでは問題である。 そこへ使いに訪れた開拓者。なんと都合のいい事であろう。 「礼金は出しますから退治してくんなせぇ」 幸い米を届ければ追加の買い付け金がこれから入るという事で村の懐は痛くない。輸送の際には村から一人付いていくので、金が入ればその場で礼金を支払うと約束をする。 普段村人達に愛され可愛がられているもふらさま達は齧られて弱った精霊力よりも精神的打撃が大きかったのか、食も進まず意気消沈としている。 動く気力が沸かないようだ。食べないからといっても元々身体の維持ヘ精霊力から成っているので衰弱するわけではないが。開拓者達が近づいても鼻を摺り寄せるだけで立ち上がる様子はない。のそりと藁の上に寝そべって転がっている。 普段から輸送をもふらさまの力に頼っている村では、米俵をふんだんに積んだ荷車を引いて都に向かうのは困難である。開拓者全員で引いて押して歩けば、まぁ運べない事もないだろうが相当に疲れるであろう。たいそうな重量だ。 なんとかもふらさまを慰めて、奮起して荷車を引いていって欲しいのだが‥‥。 |
■参加者一覧
右意 次郎(ia1072)
26歳・男・志
榊 志竜(ia5403)
21歳・男・志
摩喉羅伽 将頴(ia5459)
33歳・男・シ
小鳥遊 郭之丞(ia5560)
20歳・女・志
難波江 紅葉(ia6029)
22歳・女・巫
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫
瑞乃(ia7470)
13歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●困 「依頼、増えてしまいましたね」 たかだか蛙‥‥といってもアヤカシ相手だ。早急に退治せねば禍根を残すかもしれない。 それよりも、もふらさま。愛らしく癒しを醸し出すもふらさまが、齧られた。 「お米運ぶの困ってるって‥‥それよりも、もふらさまのが重要だよ!アヤカシ許すまじっ」 瞳に炎を宿して拳を握り締め闘志を燃やすのは瑞乃(ia7470)。それはもうメラメラと、プリプリと。振り回す拳が摩喉羅伽 将頴(ia5459)の顔を掠めそうになる。 「まあまあ、抑えて‥‥なっ」 景倉 恭冶(ia6030)がその頭をぽふぽふと叩く。長身故、瑞乃の頭頂がちょうどよい位置にある。 「神の御遣いたるもふらさまを齧るとは不届きにも程がある。御社の守護を務める家の者として見過ごすわけにはいかぬ。べ、別にそれだけだぞ‥‥」 落ち込み伏せるもふらさまの身体を撫で、唇を噛み締めながら、声が次第に小さくなる小鳥遊 郭之丞(ia5560)。 もふっ。柔らかい手触りに思わず顔がほころびそうになる。もふっもふっ。 「必ず齧られた仇はとってくるぞ‥‥」 郭之丞の胸の葛藤などは知らず榊 志竜(ia5403)が横からそっとその被毛に覆われた奇妙な面の鼻筋を撫でる。 「可哀想にな‥‥少し待っていて下さい」 あまりに元気を無くしたこの様子は気になるが、いつまでもこうして撫でていても事態は解決はしない。 名残惜しそうに視線を残す者も居たが、一行は納屋を離れてアヤカシの捜索へと向かった。 「蛙は今時冬眠ではないでござろうか‥‥?」 「アヤカシも眠ってくれたらいいんだけどな」 季節はずれだなと首を傾げる摩喉羅伽に右意 次郎(ia1072)が単衣の裾を端折り、泥地の戦いに備えながら応える。 ●泥 「見通しはいいけど相手は小さいしなあ、心眼で包囲でもしていきますかね」 見渡す限りの泥田。もう少し早い時期に来ていたら一面黄金色に輝いて綺麗であっただろう。 あぜ道を散策するかのように散り、広がる田を眺めやる。心を研ぎ澄まし、潜む生物の気配を捉えられないかと目を凝らす。 榊の沈着な黒い瞳。それより少し薄い色素の右意の柔らかい茶を帯びた瞳。空の輝きが映り込んだ郭之丞の青き瞳。それぞれが泥に潜むアヤカシを見つけようと気配を伺う。 「広すぎるな‥‥」 縦横に走るあぜ。好き勝手な方向に引かれ、田は各々いびつな形をしている。区切られたひとつを見るだけでも少々の力を浪費する事になるが、これをひとつひとつ見る事になるのか。視界は広いが心眼の技で探知できる範囲は案外と狭い。 「酒の為なら泥の中なんか、平気さね」 裾をたくし上げた難波江 紅葉(ia6029)が足袋が汚れるのも構わず、泥の中へと足を踏み入れる。 「酒不足は命の危機、私が酒を呑めなきゃ只の不良巫女さね。‥‥それだけはなりたくないねぇ」 ここに植えられて実った穂がやがて運ばれて美味い酒になる。その酒が目当てで神楽からはるばるやってきたのだから、この依頼の解決は大事である。 「さぁて、どこから炙りだしてやろうかな」 潜り込んだ痕跡はないかと足元の周囲を丹念に見回す。撥ねる泥が剥き出しになった白い脚を汚すが、そんな事は構いやしない。 単衣姿になり身軽な格好をした景倉が素足で土を踏み締めて道の上から待ち構える。アヤカシが見つかればいつでも飛び込む構えだ。抜き身の刀身が陽射しを照り返し、その居場所を仲間達に明確に示している。 「いい天気ですね〜。これだと泥の中が気持ち良くてなかなか出てこないのでしょうか」 泥除けに、と持参した番傘を手に綾羽(ia6653)が景倉の側に控える。 もふらさまの為‥‥とこの後の交流を期待して頬が緩みかけるが、その念を振り払うかのように髪を揺らす。酒の為に一心に泥に積極的に突入した紅葉を見て気を引き締める。 「ところで‥‥今回、期待してますから、ね?」 そうにっこりと見上げられた摩喉羅伽はその邪気ない表情に違うものも見えたような気がした。期待‥‥期待とはどのような方向でござろうか。今日は何故か懇意にしている同じ荘の住人が四人も集まっている。日頃の行いがどうあるのか、違うものも期待されているような気もしてならない。 「さてさて、まずはどの程度の物か‥‥」 摩喉羅伽がそろりと足を踏み入れようとしたその時。 「居た!難波江、その足元の近くだ!」 「えっ‥‥きゃっ!?」 思わず体重を移動した綾羽の足場が脆く崩れて身体のバランスを崩しそうになる。その腕がぶつかり、摩喉羅伽が予想せぬ勢いで泥に落ちてしまった。お陰で綾羽は無事その場に留まる。端の方はずいぶんと崩れやすくなっているようだ。草も浅く根を張っているがそろそろ枯れかけて弱くなっているのかもしれない。 「なんのこれしき!」 泥だらけになった姿ではあるがすぐに立ち直り幅広の剣を構え、どこから飛び出してくるか‥‥と真面目な面持ちで紅葉を護ろうと慎重に進む。 「この辺ねぇ」 ついと上がった紅葉の手の示す先に小さな炎が立ち昇る。炙り出すつもりだが退治は任せようと、後ろにゆっくりと下がり摩喉羅伽と位置を交代する。景倉も田の中に足を踏み入れて進む間に土中から飛び出した蛙が怒りともつかぬ鳴き声を上げる。仲間の声に釣られたか他の蛙もあちこちから姿を現した。 綾羽が足元を気にしつつ、あぜ道の上で優雅に舞う。特殊な塗装を施した扇子がひらりひらりと弧を描き、送り出された精霊の力が景倉の身体を包み込む。 「ちっ。散らばってるな‥‥」 「拙者が囮になるでござる」 足場の踏み込み加減を把握した摩喉羅伽が蛙の姿をしたアヤカシ達の方へと飛び込み、泥を撥ねるのも厭わずそのまま駆け抜ける。飛び掛る蛙はファルシオンを振り回して払う。明確な目標を得たアヤカシ達はやっきになって追うが貧弱な力は摩喉羅伽を傷つけるに至らない。追うのに懸命なアヤカシが一直線上に並んだように見えた。 「横に飛べ!」 景倉の合図に、仲間を信じて横に大きく飛び込んで泥に伏した瞬間に両の刃から放たれた衝撃波が泥土を豪快に巻き上げて突き進む。余波で撥ねかかる泥があぜ道に上がった紅葉の元へも達したが様子を見守っていた綾羽が傘を開き二人の身体を護る。 衝撃波に呑み込まれたアヤカシが宙を舞い泥へと落下して叩き付けられて動きを鈍らせる。更に泥を盛大に被り面相もわからなくなった摩喉羅伽が近くにあるものを剣の餌食とし、波を追うように突き進んだ景倉も残るアヤカシを討ち取る。二人が次々と弱ったアヤカシを討つ間にも綾羽の作り出した歪みに一匹が身体を捻られ、あっさりとこの場の掃討は終った。 「皆、無事でござるな?」 怪我は全くないが泥魔人と化した摩喉羅伽が白い歯を見せて笑う。 「あちらさんも見つけたみたいだぜ」 そこまでではないもののアヤカシを討つうちに泥を浴びた景倉が手を眉上にかざし、遠方の様子を見やる。 榊と郭之丞に挟まれるように位置を特定された蛙達。 郭之丞が射掛けた矢を合図に、瑞乃もその辺りへ威嚇の矢を放つ。 「いくら当たりにくくても、居る以上は当たるんだからっ」 構えた上体を安定させようと脚を広げるが、道は狭くて踏ん張りが効かせにくい。ちょっと逡巡したが、衣を脱ぎ置き、田の中へと踏み込む。秋風が剥き出しになった肩を冷やす。 「いくら当たりにくくても、居る以上は当たるんだからっ」 泥にやや沈んだ足先は温かい。しっかりと足場を確保し、身体の揺れない事を確認すると次々と矢を蛙へと射込む。 外れる矢も多いが、当たる矢もある。 「‥‥私一人が足を引っ張るわけにもいかぬ」 裾をたくし上げる事に恥じらいと抵抗を感じていた郭之丞も意を決して踏み込む。持ち替えた薙刀を果敢に振るい、神の御遣いを傷つけた不届き者、蛙アヤカシ達を容赦無く切り払う。泥と一緒に飛び掛ろうが篭手払で避け、攻める勢いを崩さぬまま薙刀の餌食とする。 榊の炎を纏わせた物見槍が泥に突き立つ。かわした蛙が反撃を試みるが外套に払われて噛み付きをしくじる。細めた瞳が次の動きを狙い、地面すれすれを炎の残像を残して薙ぐ。飛んで着地した瞬間、それこそ狙ったものだ。素早く踏み出した足が思ったよりも沈むが、穂先はその小さな身体を貫いた。 「これで終わりか‥‥?」 取り逃したアヤカシが居らぬか警戒しながら、最初に放った郭之丞が矢を回収する。 瑞乃が放った矢も榊が手伝い、村の田に危険物を残さぬよう全てを引き抜き、あぜ道へと集める。夢中に抜くうちに瑞乃の長い髪が泥に触れて汚れている。 最初に声を上げた右意も紅葉達の場所は援護の必要もないと判断し、別の見つけたアヤカシを討ち一人で掃討を終えていた。手に下げた業物が泥と血に汚れ、その美しい波紋を隠している。 「どうやらもう、この辺りからはいなくなったみたいだ」 「お、おとーさん?」 「その泥だらけの御仁は家主殿ですか‥‥」 おとーさんって誰?と辺りを見回す者達に瑞乃が慌てて説明する。郭之丞に家主とも呼ばれるその人は摩喉羅伽の事を指しているようだ。田に踏み込んだ者は皆泥だらけであるが、彼だけは並大抵とは思えぬ泥の引っ被り方をしたらしい。はっきりいって知人でもこれでは誰だかわからない。この面々の男連中の間ではさほどでもないが大柄な部類に入る体格、おそらく忍び装束と思われる格好。乾きかけた泥がぽろりぽろりと落ちるその姿は凄まじい。 「近くに川がありますし、この姿で村に踏み込んでは迷惑が掛かりますね。洗い流してから報告に参りましょうか」 外套を脱いだ榊が促す。川の水は冷たいが、まぁちゃんと拭けば風邪を引く事はあるまい。 「髪にまで泥ついちゃってる‥‥もういいや、入っちゃえ!」 いきなり恥じらいもなく全部脱ぎ出そうとする瑞乃を慌てて郭之丞が止める。 「俺達はあっちの方で洗うから心配なく」 苦笑いした榊が男性陣を促し、木立の反対側へと行く。 顔や手足を洗うだけで終えた郭之丞が見張りに立ったが、不届き者はさすがに居なかったようだ。 寒中の荒行のごとく褌一丁になった摩喉羅伽が川に飛び込み、その身を清めた。その水音がざぶざぶと響き、綾羽が笑いを漏らす。 「ふぅ。かなり冷たいがさっぱりしたでござるな!」 「村に戻れば着替えを借りれるでしょう」 泥だらけの装束はさすがにこのままでは着れないので榊が外套を貸してやり、一行は村人達の元へと向かう。 ●愛 「ありがたや、ありがたや」 「それより、もふらさま〜!」 暖を取って休むよう誘われて村の家々に招かれた者達と別れて、もふらさまが気になる者は再び納屋へと戻る。 傷を確認したが失われた精霊力はある程度は日にちの過ぎるうちに自己治癒したのか、その跡は見つからない。 「蛙は退治してきましたよ、元気を出してください‥‥」 優しく撫でる榊の手が心地良いのか、もふらさまはゆったりとまどろんでいる。横に座った綾羽も撫でながら、母が寝る子をあやすようにゆっくりと語りかける。心地良いのかごろりと転がって二人の身体に寄り掛かり、もふっとした感触が柔らかに反発する。牛並みに大きな身体、まともに寄り掛かっては危険だがその辺は加減を心得ているのか厚い被毛が乗っかる程度に留まっている。べろりと手を舐める舌が生暖かい。 「もふらさま一緒に遊ぼ〜?」 もう一体に飛び込んだ瑞乃。抱きっと勢いよくしがみ付いても大人しいもふらさまは嫌がる様子を見せない。 「い、依頼にも含まれておる故」 ああ、もふらさま何とお労しや。元気を出して貰う為に私がもふもふする事は何ら不自然ではないはず。 瑞乃に負けない勢いでもふっとその大きな身体に飛び込む郭之丞。こ、この感触‥‥。ぬいぐるみでは味わえない生き物の温もりを交えたもふもふ。ちょっと勢いに驚いたもふらさまが立ち上がるが嫌なわけではないようだ。近くにあった瑞乃の顔をべろりと舐める。両頬も舐め上げて顔中よだれだらけだ。 「ん、顔を舐めるのが好きなのか‥‥?」 にじり寄って回り込んだ郭之丞の顔も唇、鼻、おでこまで舐め上げる。頭を撫でると身体にも負けず劣らず被毛がもふもふしてて心地良い。撫でられたもふらさまも目を閉じて心地良さそうにしている。 二人で毛繕いを始めれば為されるがまま、次はこっちもやってと寝返りをうってご満悦の様子。 「ふふ、楽しそうですね」 榊と綾羽も同じように始めれば、こちらもまたごろごろと転がり気に召した様子。 瑞乃が差し出したお手玉には関心を示さなかったようだが、四人が立ち上がるとなんともふらさまも立ち上がった。 随分と気に入ったらしい。離れるのが名残惜しいようだ。 「今日はもう暗くなっちゃったから、また明日来るからね!」 「ここで寝てもいいのでは‥‥?」 「それ名案!」 では私が頼んできます、と榊が村人に伺いを立てに行く間も三人はもふらさまとのひとときを楽しんだ。 結局もふらさまの納屋に全員泊まり込み、もふらさまに寄り掛かって眠った一行。 一行に懐いて元気を取り戻したもふらさまが並んで荷車を引き、右意と景倉が一応は取り付けられた手綱を取る。 少しでも楽にと榊が後ろを押し、元気になったからと瑞乃は米俵の上によじ登る。 「転げ落ちたら拙者が受け止めるでござる」 荷崩れの警戒は摩喉羅伽。綾羽と郭之丞はもふらさまの励まし役だ。 「これで酒が飲めるねぇ」 紅葉がそののっそりした輸送隊の後をついてゆく。 ●酒 のんびりともふらさまの足取りで到着した仁生は北之峻。喜ぶ依頼人にお願いした搾り立ての生酒を宿に持ち帰り、舌鼓を打つ紅葉。 「あ〜、やっぱり一仕事した後の酒は格別だねぇ」 くーっと威勢よく杯を傾け、艶っぽい息を吐く。甲で口を拭う姿がまた様になっている。 「あ、あたしも舐めてみていいかなぁ」 まだ瑞乃に酒は早いと郭之丞が窘めるが、朗らかに笑う紅葉が杯に酒を注ぐ。 「まあまあ、今日ぐらいはいいじゃないのさね。無事仕事を終えた祝いさ」 芳醇な濃い香りがその滴と一緒に舌の上に転がる。甘酒のような飲み口のようで結構酒度はきつい。 「もふらさま元気になって‥‥よかったぁ‥‥ふわぁ」 そのまま紅葉の膝に頭を落として眠り込んでしまう瑞乃を見て、また笑う。 「こっちも美味しいのに寝ちゃったねぇ。ほら食べちまうよ?」 人気の酒饅頭。こちらも美味。景倉が酒の供をして紅葉と一緒に杯を傾ける。自分はザルを通り越してワクだから勿体無いと辞退する榊にも杯を勧め、しなやかな手つきで注ぐ。その頬はほんのりと赤みを帯び、腰まで垂らした紅色の髪を照り返してるかのようにも見える。 「楽しく飲めりゃいいの、酒は明日への活力」 逆さに振った徳利を放り、最後の一滴まで飲み干して瑞乃の頭を撫でながら優しく微笑んだ。 |