次郎、しっかりしなさい
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/01 06:42



■オープニング本文

 開拓者ギルドより引き受けた依頼自体は、いとも順調に片付いたと言える。

 村の働き手達が次々と流行り病に倒れてしまい、畑に実った農作物の収穫、保存加工もままならぬ。
 更には老朽化した家屋が今冬を耐えるには辛い状況。さてさて。
 そこは頼りになる開拓者。一人の死者も出す事なく、甲斐甲斐しい働きにより危機は救われた。
 残った問題は受け取るはずの報酬である。
 有事の為にと蓄えて備えていた金子が、どさくさに紛れて持ち出されて無くなっていたのだ。

「あんの馬鹿息子が……何て事だ、恩人の皆様に申し訳ない」
 遡る事、まだ鮮やかな紅葉が絢爛と山の木々を彩っていた季節。
 村長宅の不肖の次男坊が、急におふくろの顔が見たくなってと里帰りをしていた。
 昔からヤマっ気が強く、おらあ都で一旗上げるだと出て行ってから幾年。こざっぱりとした身なり。
 神楽で龍を使った宅配の仕事を営んでいると嘘臭い説明もはいはいと聞き流し、とりあえず無事な顔を見せてくれただけでも良しと諸手で歓待した。
 村民の信任を受けた蓄えである床下の甕の存在は、子供の頃より知っていたはずだ。皆の大切な財産というのも判っていたはずだ。
「これはお役人様への書状でございます。もし見つけてとっ捕まえたら、盗っ人として突き出してやって下せえ」
 盗まれた金子は全て開拓者に渡すはずだったもの。既に使い込んでいたなら、この先わしらが少しずつでもギルドさんに払いますんで。
 涙をほろほろと零しながら、節くれだった皺の多い手が書状と共に重ねられた。

 帰路に着くものの、さてその馬鹿息子を見つけ出さない事には無報酬同然である。
 いやもしかしたらギルドは払ってくれるかもしれないが、そうなればギルドが損をするか決して豊かとは言い難い純朴な村に負債が被るか。

 派手に染めた髪は田舎では目立つが、神楽の都に潜り込めば世界中から集う人々の海に紛れてたいした特徴になるとも思えない。
 次郎という名前もありきたりだし、偽名を使っているかもしれない。見つけるのは難しいか。
 と、思いきや。

 当の本人らしき人物が、殴る蹴るの暴行を受けた痕跡も明らかに素っ裸で草むらに投げ捨てられていた。
 周囲には衣服も荷物も何ひとつ無く。踏み荒らされた地面の様子は複数の人間が暴行に関わったように見える。
 意識は無いが生きてはいるか。ほとんど虫の息に近い酷い有り様。
 よくよく見れば、刀剣の峰打ちに近い痣もひとつ混じっている。切り傷や刺し傷は無いようだが。
 進むも戻るも人里からは結構離れている。
 行きずりの集団に偶然此処で身包み剥がされたのか、それとも近くに賊の根城でも存在しているのか。
 推定しようにも材料が無い。まずは介抱して、事情を聞くのが先決か……。


■参加者一覧
静月千歳(ia0048
22歳・女・陰
霧咲 水奏(ia9145
28歳・女・弓
リア・コーンウォール(ib2667
20歳・女・騎
アナ・ダールストレーム(ib8823
35歳・女・志
佐長 火弦(ib9439
17歳・女・サ
若佐 大輔(ic0433
25歳・男・武


■リプレイ本文

「替えのお着物ないですから……とりあえず、あの、こちらでも」
 「道端に誰か倒れている!」と思い駆け寄ってみれば、そこで見たのは成人男性の素っ裸。
 若佐 大輔(ic0433)の背中に隠れてしまった佐長 火弦(ib9439)がすっと差し出したのは、茣蓙と荒縄である。
 大輔を除けば女性ばかりという一行であったが、他の者は割合平然とした顔をしている。まぁ情けとして、見たくもない部分は隠してやる事は存分に同意だ。
「酷く痛めつけられてござりまするな。薬草だけの手当てでは心許ないかもしれませぬ。若佐殿、術を願えますかな」
「ああ、もちろんですよ。それにしてもこの顔立ちと髪型、もしかして……」
 草を揉みしだく独特の匂い。打ち身や擦過傷の苦痛が少しでも和らぐよう即席の膏をこさえる霧咲 水奏(ia9145)。
 印を結ぶ大輔の念に呼応して、倒れた男の内で精霊の力が強さを増してゆく。自然を超えた速度での肉体の自己回復を促す術式。
「間違いないと思うけど。お兄さんと似ているわ」
 アナ・ダールストレーム(ib8823)が頷く。
 村長の長男は流行病いで床に伏していたので、ちょうどこうやって覗き込む形で顔を何度も見ている。
「随分前に村を出たと聞いたが、反省して戻ってきたのか?」
 首を傾げるリア・コーンウォール(ib2667)。
「だとしても、明らかに無一文ですけどね」
 リアに答えて呟く静月千歳(ia0048)。本人の意思で最初から無くなっているのか、それとも何者かに服と一緒に奪われたのか。

「ちょ、ちょっと待って!? 俺が悪いの? アイタタタっ」
「そのお金は、皆さんが大事に大事にっ、苦労して貯めたお金なんですよ!?」
 ぐぐっと拳を握り締めて怒る火弦の姿に、怖いというより可愛らしいのもあって、かえってタジタジになる行き倒れ男……もとい次郎。
 本人確認はもちろん、お金の事を聞く前に済ませた。まさか探されてるとも知らずに、助けてくれた開拓者に素直に喋ってくれた。
 盗賊に襲われたというが、詳細を一から聞いてみれば、自分から喧嘩を売って返り討ちにされたという絵に描いたような自業自得であった。
 「今はないよりはましでしょ?」とアナが貸してくれた服を着ているが、見るからに寒々しい。物理的にも美観的にも。
 ひらひらの腰布から除く毛脛。胸元なんて開放的すぎて、本来女性の胸形を覆う布からは、貧相な胸板が丸出しだ。
 背が高く均整のとれた筋肉の持ち主であるアナの持ち物だから、全く鍛えた形跡も無い次郎の身体を覆うには事足りてはいる。
 茣蓙巻きとどちらがいいか悩ましいあたりであるが、冷たい視線に囲まれて「こちらを。はい、着ます」と選んだ。
 尚、荒縄は改めて違う形で結び直した。茣蓙を固定する為ではなく馬鹿者を縛り上げる為に。その先端はリアの拳の中にしっかりと。

「それにしても、親のお金を持ちだして、何に使うつもりだったんですか?」
「そのう、纏まった金を納めないとちょっとマズい状況でして」
「どのような状況ですか」
「一身上の都合じゃダメっすかねぇ」
「……リアさん?」
「はいよ」
「イタタっ。す、すみません。話します。話すから引き摺らないで!」

 呆れた理由。
 そこそこいい雰囲気になっていた女に高価な贈り物をねだられ、景気のいい友人に前借りをして気を引き続けた。
 そろそろ返してくれよ、そうしたら色々お膳立てしてやるからと言われ、浮かれた気分で村から金を持ち出した。
 ところが戻ってみれば居ない間に女はその友人といい仲になっており、詫びに借金は帳消しにしてやるよと。
 友人に一杯食わされた訳だが、金は払わずに済んだ事だしと、とぼとぼと村に戻る途中であった。 
 またそっと戻しておけば、家族もきっと気付かないだろうと。
 村が大変な事になっていたとは、今ここで開拓者から聞くまで全然知らなかった。

「説教は金子を取り戻した後にござりまするが、次郎殿?」
「は、はい」
「あまりに大口叩くようであれば、今一度賊に立ち向かって頂きまする故、努々迂闊なことはなさらぬよう」
 静かな水面のような佇まいに殺気も放たず紡がれた言葉。しかし、水奏の目は笑っていない。


「足跡を隠した様子もないですし、辿っていけば発見は容易でしょう。近くの集落に尋ねるにも今から向かっては日が暮れてしまいますしね」
「むぅ。そうだな。奴らは釣りの帰りと言っていたか」
「ええ、ですからそんなに遠くは無いと思います」
 近隣で情報収集を、とも考えたが。
 千歳の指し示した足跡を辿った方が早そうだ。駄目なら出直しを兼ねて聞き込めばいい。
「あの……俺も行くの? この格好で?」
「相手の顔を知る、貴方にも同行して貰いたいのだが? 心配せずとも良い、身は護る」
 安全の為にと左脇をリア、右脇を水奏に位置を固められ、とぼとぼと歩く次郎。
「この先は余計な事を喋らないようにな」

「腹減っ……むが」
 辺りを憚らぬ胴間声を上げようとした次郎の口すかさずリアは掌で塞ぐ。
 微かな風に乗って炊事の香ばしい匂いが運ばれてきている。夕餉の支度か。
「様子が伺える位置まで近付いたら、先に人数を確認しておきたい」
「さすれば一端、息を潜めて待つ事になりまするな」
「しっかり観察してから、堂々と話し合いに近付くという事でいいのかしら」
 交わされる囁き声。耳を澄ませ、辺りへの警戒は怠らない。
「次郎には悪いけど、この先は。交渉には準備も大事だからね」
 大輔が布切れを懐より取り出して、そう簡単には自力で外れぬようしっかりと猿轡を咬ます。


 森陰の洞窟前で煮炊きしている様子を、そっと遠目に伺う。
 一応見張りは居るようだ。他の者は寛いで雑談に興じている。全部で十一、大人の男ばかり。
 明るいうちから洞窟に篭る事も無いだろうが、何か用事で中に居る者もあるかもしれない。
 中の大きさは判らないが、鍋の大きさからいって大体の人数は見える範囲で合っているだろう。  
 武器を携えているのは僅か三人。刀を腰に佩いた男、あれが先生か。
「こちらに気付く様子が無ければ、食事が終わる頃に出ようか」
 穏便に交渉に応じてくれるなら、邪魔をする事もない。我々に敵意は無いのだから。

 姿を現した時こそ緊迫した剣呑な空気に包まれたが、敵意を感じさせず、そして力量差のある事も見取ると彼らはあっさりと談話に応じた。

「この人が皆さんに無礼を働いて、お怒りになったのはよくわかります。でも、でもそのお金は村の方々が少しずつ貯めて大事にしていたものなんですっ」
 つい言葉に力が入ってしまったので、火弦は一息。胸に手を当て気持ちを鎮める。
 そしてそれは自分達が村のお手伝いをした事の報酬として戴く事になった経緯を細やかに伝えた。
 老いも若きも病の為に満足に動けず、収穫や冬支度もままならぬ状況。六人で看病や飯の支度から家屋の修繕までこなしてきた事。
 つつがなく皆が年の瀬を健やかに迎えられる段となり、いざ報酬を貰うはずが、先に里帰りしていた次郎によって台無しになっていた事。
 次郎の老いた父や母の様子。馬鹿をしでかした息子の始末に断腸の想いで伝えられた彼らの言葉。
 野趣溢れた相ながら分別を感じる眼差しを持つ親父の唇から、相槌の代わりに都度低い唸り声が洩れる。
「子分共がそいつのような事をしでかしたら、俺も同じように言うだろうなあ……先生、どうよ」
 じっと腕組みをしながら、開拓者の挙動を観察していた男は、ちらと一瞬だけ視線だけを親父に向けて、火弦の真剣な瞳を見る。
 そしてまた逸らし、漠然とした、何処を見ているか容易には判らぬ眼差しに戻った。
「捨ておけばいいのに。貴様らが取り返して、その労は誰が報酬が払うのだ。その男か?」
「もちろんです」
「むがふぉっ、むがぐががっ」
 何を言ってるか判らぬまでも不本意そうな背後の声に、火弦の目尻がきりりと吊り上がったが一瞬で意思の力で戻される。
 足元に転がっていた、握って投げつけるには程よさそうな頃合の石ころを複数掴み取り、向ける表情は極上の微笑み。
 両脇に佇むリアと水奏は一瞬固唾を呑んだ。こういう清楚めいたお嬢さん程、キレたら怖いものだ。
 血を見るような投げ方をするなら、流石に払うべきか。
 しかし火弦は微笑んだまま掌の中で弄び、ぱらぱらと砕けた欠片が地に落ちる。
「反省の色が無いようですね」
 目を見開いて蒼ざめる次郎とは違い、その様子を二人の男らは感嘆と呆れと苦笑いの混じったような奇妙な表情で眺めていた。
「まあ、そっちは俺らには関係ない事だな。後でゆっくりとやってくんな」
 再び会話は親父が主導権を取り戻し、一刀差しの男は黙り込む。
「で、タダで情に訴えて取り返そう。さもなくば実力行使って了見か」
 そちらさん全員がいっぱしの開拓者として腕前じゃ確かに束になっても敵わなそうだが、それじゃあ賊とやり方が変わりねえよ。
 確かに侮辱された慰藉料としちゃ取り過ぎなのは認めるが、はいそうですかと全部揃えて返すのは納得がいかん。
「ただ金子を返せ、では貴方達も納得はできないだろうというのはわかる。だから、食べ物を用意してきた。釣り合わないとは思うが、これで返しては貰えないだろうか?」
 それまでは後ろに立ち交渉の様子を見守ってきたリアが、相手の言葉の流れに乗って弁当の包みを開く。
 六人分の握り飯。報酬を払えず落胆する村人達に、可能な事で気持ちを少しでも軽くして貰おうと頼んだ品だ。
 自分達の道程分の食料に不安は無かったのだが、後で休憩の折にでも広げようと携えていた。素朴な白米の中には具と共に彼らの真心が込められている。
「もしよろしかったらこれも如何かしら。こちらでは割と珍しいものかなと思いまして」
 アナが持ち歩いていた各儀の小品の数々を取り出す。
 チョコレートにアル・カマルの都市部で好まれる飲み物の粉末。落ち着きある柑橘フレーバーの利いた紅茶のセットにジャムの小瓶。希儀のお土産として喜ばれる綺麗な石の欠片達。
 おおっ、と素直な喜びのどよめきが周囲で控えていた男達の口から洩れる。しばらく森に篭って暮らしていれば、見かける機会も無かったのだろう。
「その茶みたいな黒い粉は湯だけで同じように飲めるのか? どんな味がするんだ? 石は要らねえが、嗜好品は嬉しいな。わかってるじゃねえか」
 子分達の反応を見て、気をよくしたらしい親父。白米も森の中じゃ手に入らないからなあと、気に召した様子。
「そちらさんが受け取る報酬だったな。おい、金の袋を持って来い。中身はまだ全く手を付けてないから確認してくんな」
「ありがとう。事情を理解して戴いて深く感謝する」
「なあに。そちらさんに含むところはこちとら何にもねえんだ。ここまで金を追いかけてきてご苦労さんだったな」
 
「次郎さん、きちんと謝罪をしてくださいね。水奏さん猿轡を外してあげてくださいますか」
「承知でござりまする」
 ぷはあっとだらしなく一息吐くが、すかさず千歳の冷ややかな視線を浴びて慌てて背筋を伸ばす次郎。
 ドレス一丁の情け無い姿でそのまま崩れるように地に膝を折り、頭をぶつける勢いで土下座する。 
「す、すみませんでしたぁっ!」


 旅路は長くなるが再度村へと舞い戻り、元の服装に戻らせ再度捕縛した次郎の身柄を生家へと連れた一行。
 同じ過ちを繰り返さぬよう、どれだけ人を悲しませたかを道中とくと説き。
 涙する両親と引き合わせ、村の一人一人に謝らせた後、役所には突き出さず我々預かりとする事を約束して帰路を辿る。
「自分のために泣いてくれる親がいる事自体、幸せな事なんだぞ。二度と泣かせるなよ」
「心を入れ替え真っ当に働くのでござりまするぞ。山っ気のある者に向いた丁度よい仕事もある事でしょう」
 ギルド預かりの身柄となれば、開拓者ならずとも探索の人手など手伝う事は幾らでも耳にするでありましょう。
「私達の仕事料も払って戴きませんとね。これは村の方々のお手伝いをした報酬であって、今回の交渉はあくまで別口ですからね?」
 今ここで耳を揃えてとはいいませんが、きちんと働いて払ってくださいと千歳が釘を刺す。

「……火弦?」
「はい、兄様」
「石を砕くのに素手はダメだ。綺麗な手に傷がついてしまうだろう?」
「つい……怒ってますか、兄様?」
「いや怒ってはいないよ。ただ……あんまり心配させるな」
 ふいと顔を背けた大輔を、火弦だけは不思議そうに、他の者は微笑ましく眺めていた。
 全く機微を判っていない次郎だけは大欠伸をしていたが。