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■オープニング本文 ●或る役人の日記より 山喰は雌伏している。 他の大アヤカシが動こうとも今まで、僅かに様子見の尖兵を送るのみであった。 現在に至っても他のアヤカシの動きに呼応する気配も無い。 状況を覆せないまでの絶対的な戦力を確保するまで、ひたすら兵力の養育増強に努めているのではないか。 冥越の悪夢再来を画策して。 あれは八禍の力が揃っていた。幾つか亡き今。 それ以上の兵力で絶対の恐怖をもたらす腹積もりか。女王ある限り奴らは生まれ増え続ける。 もしも、そうならば。 奴が自ら巨大な姿を人間の前に現す時には既に手遅れという可能性もある。 その前に阻止をする為には。 こちらから打ってでねばならない。 その手段を我々は得たのだ――と私は考えている。 ●研究の成果 とある小さな砦跡。長年の政情変化によって建てられた当初の意義も失い、へまをしでかしようもない左遷先に使われていたのを数々のたらい回しの末に貰い受けた。 うんざりさせられたのはともかくとして、求めていた条件は満たしていた。 瘴気を取り扱うのだから、万が一を考えて人里からは離れてなくてはならない。 しかし研究者の衣食住と安全は確保する必要があるし、何より朝廷の目の届く場所でなくては困る。 名ばかりはたくさん連なっていても。結局朝廷の肩書きで走り回るのは自分一人と溜め息を吐くそんな日々が報われる時がやってきた。 やっと。研究の成果である宝珠の試作品が完成した。 山喰にこちらから手を打つ第一歩が。 「彩堂さん、それから開拓者の皆さん。足をお運び頂いてありがとうございます」 ギルド職員の仕着せである紺の羽織に巫女袴姿の幼く見える女性、彩堂 魅麻(さいどう みま)の後ろには唇を引き結んだ開拓者の姿が並ぶ。 「まだ危険とも聞いたのですけれど……」 「鍛えられた志体に頼るところがまだ大きいですからね。説明は歩きながらしましょう」 自然に漂う瘴気の影響を避ける為に、測る術者、回収する術者が常に誰か巡回し。清浄な領域が人工的に周囲に設けられている。 実際に研究に費やしてる空間は砦の中央のほんの僅かな部分だ。 瘴気の専門家、宝珠の専門家等、そして信頼できる補助者が。朝廷と開拓者ギルドの伝手を駆使して学究に時を費やす者が少数精鋭で集められていた。 「瘴気が完全に取り除かれた状態では黒い花は朽ちて消えてしまうのです」 山喰が好むと思われる芳香は濃度と比例し、密生と同じだけの香りを発するには香水と同じように精製しなければならない。 だが、精製すればそれだけ瘴気も密を増し、他への影響が懸念される。 「副次的に魔の森に近い現象を確認できましたよ。通常の瘴気では他の生物への直接的影響は小さいのですが、この花の瘴気は濃度を上げると近くにある生物をねじ曲げ変質させる」 克明な記録が取られるなり、安全を考えてその証拠は焼却処分してしまった。万が一、これが悪用され新たな魔の森の萌芽となるのを危惧した声を受けて。 打ち切るべきだとの意見も上がり紛糾した時期もあった。研究続行の裁可が下るまでの苛立たしい時間。 「その間は理論を詰める事しかお願いできなかった。外ではアヤカシが跋扈し、民が傷付き命が失われているというのに」 研究はより慎重をもって行なうべしと、言われるまでもない墨書きに無駄に並ぶ朱印の数々。 それでも再開は為された。越えるべき課題は山とあった。 「一般的な式のように符や器物への封印では、心許なかった。手中で扱える分量では意味を為さぬ程度の効果しか発現しない」 性質を打ち消さないまま、より強固な封印物。宝珠ならばどうだろうか。幾多もの実験の末、たったひとつだけ。 黒花の瘴気を封印と解放、それを人の意志で制御できる性質を持つ宝珠が現れた。 「ただし、膨大な練力を消費して、ね」 その宝珠が持つ精霊力だけでは賄いきれない。今も保管の為だけに宝珠へ誰かが常に接触していなければならない。 「不完全な器だけれど、それでも前進したと私は思います。それ自体が希少である宝珠の中でも、特定の瘴気と完全に同調する物は簡単には見つからない」 たった一個だけ。これからまたひとつ、ふたつと見つかる保証はない。あらゆる方面に手を尽くして、入手を目指してはいるが。 「小さな物でも、もっと数があれば組み合わせる事で改良や増強は可能だと研究者達は申しております」 けれど今の段階では、これが最大の手を尽くした結果。 「今の状態でも扱えるだけの能力を持つ開拓者は、居ますのね」 「奴らに手を打つ為に、早過ぎる事はないと思います」 「制御しきれない場合はどうなるんですの?」 「精製された黒い花の瘴気を濾過せず垂れ流す事になりますね。周囲を汚染しかねない危険な瘴気を」 その時は躊躇せず破壊して下さい。宝珠を破壊し速やかに黒花の瘴気を回収するなりで完全に取り除けば消滅します。 貴重な宝珠ですが、一から全てをやり直しになるとしても、そうなれば仕方がありません。 「それでも用いる価値が」 「これは外部にはまだ内緒ですよ。あくまで仮説ですから。女王がもしも、眷族と同じ性質を持つとしたら。研究者が提唱する完成系が実現したとしたら」 我々人間が選んだ戦場で、幾重にも包囲網を敷いた罠の中に、大アヤカシを呼び寄せ黒花の誘惑に縛る事ができたなら。もしもできたなら。 それは夢想に、妄想に過ぎないのかもしれないが。 ●始める第一歩 『黒花の宝珠』これが研究者の仮説通りの効果を発揮するなら。 奴らの襲撃を待たず、周囲への影響を懸念せぬ場所で誘き出し始末する事が可能か。 「危険な役割をお願いする事になりますが。どうか儀の未来の為に」 魔の森探索により、新たに発見された山喰の巣がある。 そこへ赴き、ただ討伐するだけでなく宝珠の効果を確かめて欲しい。 宝珠に念を込め起動すると、黒花の芳香が放たれる。 ただ放たれる訳ではない。その芳香は指向性を持つように宝珠の能力が発揮される。 光に寄せられる蛾のごとく。山喰の眷属は誘導されてくれるだろうか。 そして、我々はそれを制御しきれるだろうか。 これが我々の目指す先に役立てる物になるのか、確かめて欲しい。 |
■参加者一覧
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
真名(ib1222)
17歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
破軍(ib8103)
19歳・男・サ
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
沙羅・ジョーンズ(ic0041)
23歳・女・砲 |
■リプレイ本文 「最も効率の良い道程は、まず待ち時間なしで精霊門を通過できる刻限を目掛けて出発。通過後はそのまま夜明けを待たずに魔の森へ」 静月千歳(ia0048)の指先が、天儀を示した白地図の上を滑る。 「そうすると現地に到着して活動するのがだいたい昼日中の頃合になるって訳だな。休憩は入れない方がいいんだろ?」 「でも全くというのは無理がありますね。出立前に睡眠と食事は充分に摂っておくとして、精霊門の前後を合わせれば丸々半日は行軍に費やすのですから」 「魔の森に近付く前に簡単な糧食と水で小休止、は必要か。ああ、薬は備えてきたが腹持ちの事はすっかり頭から抜けていたな」 うっかりしていたと頬をぽりぽりと掻く黎乃壬弥(ia3249)に、心配は要らないと菊池 志郎(ia5584)が柔和な微笑みを浮かべた。 なりゆき次第では野営の覚悟もしていたので、色々と備えていた志郎である。食事も一回分なら皆の腹を満たすには足りる。 砦内で軽い仮眠を取り、太陽も山の端に掛かる頃。 「これが『黒花の宝珠』ね……」 掌に載せた途端、身体中の気がざわりと騒ぎ出す感覚に真名(ib1222)は息を呑んだ。 「大丈夫?そんなに……凄いの?」 大粒の瞳に気遣う色を漂わせて見上げるリィムナ・ピサレット(ib5201)に小さく頷く。 「持つと感じるわ。触れた掌を漏斗に私の身体中から力を吸い寄せていくのを。私だけじゃなく周囲に漂う力も集めているのを」 興味深い。見た目は何の変哲もない黒く澄んだ宝珠。世に幾多も存在する名高き武具装具に付された物とたいして違わないのに。 「封印の為だけにこれだけの力を費やしているなんて、解き放ったらどれだけの力を発揮するのか楽しみだわ」 アヤカシの習性を逆手に取る特性を殺さずに人の手に余らない際。それを求めて研究を重ねた智者達に自分の身を重ねて夢想してみる。 (見てきたもの、感じてきたもの、私達に託してくれた役割きっと果たしてくるから……) ●道中のひととき (これが如何程役に立つか、でございますね) 「どうした。そんな恐々覗き込んで怖気付いてるのかチビ助」 「……何の御用で御座いましょう?名も覚えれぬ鳥頭様。魔の森に遠足でも行くような顔してらっしゃいますが」 まだ見ぬ初手合わせのアヤカシにどうせ心浮き立っているのだろうと、察していてはいても憎まれ口を叩いてみる月雲 左京(ib8108)。 破軍(ib8103)にチビ助呼ばわりされるのはいつもの事。振り返った鼻先に巻き寿司を突き出されて身を引いた。 「食え。いざ立ち会ったら身体張るのは俺達の役割だ。殿で腹空かせて脚もつれさせたら置いてくぞ」 「ありがとうございます。そちらこそ戦いに興奮して無駄に体力消耗させないでくださいませね」 ふん、と鼻先であしらい破軍は水を口元に運び会話を一方的に打ち切った。 左京の視線の先で千歳は目を閉じ、宝珠を掌に載せ瞑想しているかのごとく動かない。休憩を終え出発を告げられるまでこのままのつもりだ。 頭の中では着いた後の事を巡らせている。先程まで所持していた真名は随行の魅麻と何事か小声で囁き、意見を書き留めている。 「先の話だが……人間が魔の森作り出しちまいかねない、ってか。よくこんなやばい代物作れたな」 「不心得な人間にもし扱われたら。それが研究にずっと付き纏っている問題ですの」 壬弥が水を向けても魅麻も研究の詳細は知らない様子。どうせ小難しい話されたところで理解できるとも思わないが。 世の中には駆鎧や飛空船を造れる人間やら、人妖を創れる人間やら。それに一生を捧げ究める者達が居て。 これも叡智を重ねた成果か。正直手を触れてみた感想は薄気味悪いとも。少なくとも自分の知の及ぶところではないと割り切った。 ●宝珠の性質は如何に 「人魂は阻害要因さえ無ければ40m位まで私の制御下で飛ばせるわ」 「俺の結界も限界は同じ位ですね。先の調査で発見された巣穴の位置が正確だと良いのですが」 実験にはそれなりの距離を保ちたい。まずは志郎が瘴気の濃度を探るが魔の森の中では濃淡の差はあれ全体が濃い霞に包まれているかのよう。 「黒い花も群生していれば個体のような反応をしそうですしね。余計なアヤカシが居るかもしれません。申し訳ございませんが真名さん視認をお願いできませんか」 「そうね。菊池さん、さっき静月さんも言ってたけど宝珠を持ったら術は使わない方がいいわ。これすごく気の流れに敏感だから」 宝珠は千歳から発動を担う志郎の手に移る。 真名の手にした符の睡蓮の花から飛び立つように小鳥が姿を現し森の奥へと羽ばたき。黒い瞳に二重映しの歪んだ木々が過ぎ去ってゆく。 二挺の銃を携えた沙羅・ジョーンズ(ic0041)が不測の事態に備え、木々の間の射線を幾通りも心に描き湿った土を踏み締める。 如何な方角でもステップひとつで魅麻を背に庇える位置取り。白戦要員達の動きも予測しながら。 鳥の進みに従いながら共に慎重に隊列の歩を進める。 「発見。今巣穴らしき塚から出た一隊が十匹近く右手の方角に向かって行ったわ。見つかるといけないから離れた」 「小隊単位の巡回でしょう。巣穴の中はその何倍か居るのではないかと思います」 過去にも同様の魔の森に巣食う山喰眷属の調査に参加した事のある千歳の経験に裏付けられた言葉。 音は発していたか。形はどうであったか。際立った個体は居なかったか。真名に細かく尋ねる。 「見た目が同じだから能力も同じとは限りませんが。特に目立って違うという事はなさそうですね」 「巣穴よりはそっちを狙った方が無難だな。全部来たとして十体に満たないなら撃破可能だろう?」 「実験に余力があれば、更に巣穴も試してみてもいいかもしれない。そこは宝珠担当のご意見に従うわ」 「無理は禁物だよっ。あたしも交代できる備えはしてるけど」 隊長が誰って事もないけど宝珠持ちに進退の決断は任せたと射撃の任だけに念を集中する沙羅。 両親の故郷、冥越を襲ったかの大物を目指した緒端の実験。この機会の中で出来うる限りの成功は望みたい。 所持者の莫大な消耗を強い、なおかつ代わりの存在しない貴重な物。幾度も試すリスクは抑えるに越した事はない。 「近過ぎても遠過ぎても。さて俺がどれだけこの宝珠の力を引き出せるやら」 眷属達が移動している方角の真横からなら効果の程がはっきりするだろうか。 突き出した腕。掌に載せた宝珠。つい握り締めたくなるが、宝珠そのものの変化も確かめる為に胸の高さに掲げる。 (さあ、力を見せてください。皆さんの苦労と希望が込められた力を……!) それは飛空船や竜の背で空の高みから急降下する感覚にも似ているだろうか。血の気ならぬ気の流れが目まぐるしく、地を固く踏み締めた。 宝珠は輝くでもなく熱を帯びるでもなく。甘い花の濃厚な芳香だけを強烈に放つ。 「うっ、結構きついな」 「指向性といってもあたしらの身体にも染み付きそうなくらい強烈な匂いね。長く嗅いだら胸が悪くなりそう」 「あれ、収まってきた」 (止まれ!) 志郎の念に応じて、芳香は消えた。人や辺りの植物が纏った残り香だけが幽かに漂う。 「すみません、一度瘴気を回収して戴けますか」 唇からようやく言葉を紡げた志郎。制御している間は喋る余裕すらなかったのだ。 真名と千歳が真言を呟き、地より瘴気を吸い取ると幽かな芳香も消えていった。 「初回は感覚を掴むのに精一杯でした。何ていうか、発動した途端に手綱を千切って暴れだそうとするというか」 「私達の制御を超える?」 「うーん、次は大丈夫だと思いますけどね。念の強さと比例するかと考えてましたが、最初に一気に絞ってあげないと」 「アヤカシの傍でやってたら大変だったな今頃」 壬弥の視線の先ではリィムナが地に伏して耳を当てている。変化はない大丈夫だよ、と頷いて返す。 位置を動く時は道標を結ぶのを担いながら、辺りの音の変化に気を配っている。特に地中の動きに警戒を。 「ではもう一度発動します」 深呼吸した志郎が再び姿勢を正し念を宝珠に注ぐ。 今度は辺りが濃厚な香りに包まれる事はなく、傍らには道で擦れ違った女性の香水が鼻先をくすぐるような強さの匂い。 志郎と宝珠の前に手を翳した真名が試しに鼻先に持っていって眉を顰める。 「ちゃんと収束されているわ。問題は何処まで届くかの確認ね、小動物じゃ失神してしまいそうね」 「俺とチビ助で出よう。あんたがそれをさっきの鳥で追っていれば状況を捕捉できるだろ。やばそうなら知らせてくれ、全力で引き返す」 そのまま眷属と刃を交えたい気持ちもあるが、勝手な行動は自分に戒めなくてはならない。あくまで目的は実験だ。 フルートを仕舞い、首飾りを取り出したリィムナ。破軍達も既に戻ってきている。 限界を感じた志郎から宝珠発動の役割を引き継ぐ。 芳香を維持できる時間と伸ばせる距離、両方を勘案しなければいけない。問題は山喰の眷属が食い付くかどうか。 「余力を残さないなら結構いけそうだけど。撃退する分を考えたら30m位から引っ張ってくるのが妥当かなあ」 「奴らが巣穴と連絡取れない距離までは引き離した方がいいね。問題は速攻で知らせられた場合だけど」 「可能性あるよね。集団で行動する習性みたいだし」 匂いを感じた途端、やかましい程にアヤカシ達は身体を鳴らした。 宝珠の発動を止めてもこちらへと向かってくる。後続の増援がたくさん来ると真名が知らせる。 「情報を持ち帰るのが最優先。駆除は二の次です」 「増援との距離差は?奴らを別の方角に誘導できないのか」 「銃弾に匂いを付けられたらいいんだけどね」 硬い、といっても熟練の開拓者に掛かれば甲の隙間より深く刃を突き立てるのはさほど困難ではなかった。 「ふん……本命の前の予行練習には丁度いい……こっちだ、うらあああっ!」 跳躍し獣のごとく雄叫びを上げる破軍。その口の端に尖った牙が覗き、頬の傷に赤みが差す。 甲を蹴り、節に深く食い込んだ刃を力任せに引き抜き。迸る体液を浴びるのも構わず次の一撃。 真紅の刃が幾度も突き立てられ、幾つもの脚を薙ぎ斬る。 「前しか見えぬのですか?猪突猛進も程々になさいませ」 荒ぶる破軍の背を守るように位置取り、魔刀を振るう左京。こちらも紅、光る刃が振るわれる。 「千歳、宝珠を頼むねっ。あたしは奴らを追い払う!」 後続にもありったけの術と弾丸を注ぎ牽制し圧倒的な火力で撤退を促す。 一挙に前衛と後続の頭を蹴散らされた山喰の眷属達に動きが見えた。 後ろの方に居る個体がリィムナの音色に負けじと顎を摺り耳障りな高音を鳴らすと隊列が潮を引くように森の奥へと下がる。 「深追いは無用。あたしらも撤退するわよ!」 その言葉の直後、着弾した魔砲が遠くで閃光と爆音を撒き散らした。余波の風が森の歪んだ木の葉を散らす。 近場でも炸裂音。こちらは真名が地を転がすように放った焙烙玉。反射的に大爪を振り下ろした山喰の眼前で炸裂した。 ●次なる道への標 怪我の手当てをできる程に落ち着いたのは、魔の森を遠く離れてからだった。 重ねる実験で宝珠に吸い尽くされた志郎に代わり、魅麻が傷の治療を務める。 消耗が激しい物は丸薬を幾つも飲み下し。沙羅は回復に効があるという豆を齧り、仲間にも分け与えた。 「後は帰るだけだからこのぐらいでいいかしらね。砦まで着けばゆっくり休めばいいわ」 とはいえ帰途も強行軍である。戻るなり宝珠を砦の技術者達に預け、汚れた身体を湯で拭うと倒れるように眠った。 様々に書き取られた記録は実験を担った者の口伝も交えて整理される。 「単なる巣穴の殲滅なら、もう少し力比べに興じれたのだがな……。奴らは十匹単位の連携なら恐れるに足らんというのが正直な所か」 「何を仰います、突出し過ぎでございましたよ。破軍様、数を相手するにはこちらも連携を取るが大事と思われますが」 実験を優先した故、その場凌ぎの後手に回った感は致し方ない。そうせざるを得なかった。 遠隔の初撃に有効打となる沙羅の発砲も効果を確認するまで待つ必要があった。 「山喰は篭って外に出てこないアヤカシですからね。釣り上げる手が無ければ、根本を断つにはどれだけ犠牲が必要になるやら」 失う訳にはいきませんね。アヤカシはこの関わりが深い芳香の元へと一目散に押し寄せてきました。同族に即座に呼び掛けて。 「ああ。だが釣り上げたら盾の役割は重責だな。囮をやるにも押し寄せ方が今回の程度で済むとは思えんからなあ」 宝珠の効果を俺達がこの目で見た限りじゃ、こりゃあのデカブツ呼ぼうと思ったら配下全部と対峙しなきゃならねえってな。 記録によると山ひとつ呑み込んだって軍勢だろ?ま、新しい物の実験に付き合うってのは好奇心を満たされたがな。 「俺は最初の発動に携わらせて貰いましたけど、そうですね今後の扱う方の為にコツは伝授できると思います」 予備知識も無いので今回は宝珠の暴れ具合を把握するのに随分消耗しましたけどね。研究畑の方々が理論に徹したのは正解だと思います。 下手に扱ったなら、身の気を使い尽くされて収束すらもままならぬ事態も憂慮されるかと。 一度発動したら収束して割と安定した状態に戻るまでは一人が担う必要がありますね。 人の意思で誘導するのではなく、所持者の役目は第一が抑制。一点に緩みを与えるとまっすぐに迸る。 穏やかに晴れた無風の日だったが、芳香は天候の影響は多く受けると思われた。もし雨ならば距離は望めぬだろう。 「運んでいる間は、早く手を振りほどいて走り出したい幼子をあやしながら歩いてる感覚だったわね、生き物じゃないのに」 でも常にお腹を空かせて求めて。……何だか一種のアヤカシみたいね。 「瘴気の花の精が凝縮されているのだし、うっかり負の感情とか注いだりしたらアヤカシに育たないか心配よね」 「うわあ〜、もしかしてむかつくっ!とか嫌だ〜っ!とか宝珠持ってる時に考えたらやばいの!?」 (……では、私みたいな者は触れない方が良いのかもしれませんね) 真名の言葉を聞いてリィムナの上げた声に、左京はふと遠く暗く己の過去を見つめる。 私が刃を振るう理由……生きる理由……。 「里を滅ぼした野郎だろうが何だろうが俺はアヤカシを狩る。それだけだ」 伝えるべき情報は報告したと背中を向けて去る破軍が擦れ違い様に投げ捨てるように呟いた。 |