ようこそ大迷路
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/02 04:34



■オープニング本文

 できれば暖かい格好で来てください。
 その一筆から始まる案内状。どうやら壮大な雪遊びの催しらしい。
「いやあ、子供の頃から夢だったんだ。いいじゃないか、大人になってからやったって」
 真っ当に作れば土地やら資材やらで、銭がやたらとかかる。
 取り壊すのも何だし、かといって維持するとなればまたやたらと銭がかかる。
「雪なら降りさえすれば幾らでもあるし、終わったら均しておけば春には勝手に消えるしな!」
「あなたと遂に実現できるだなんて」
 男の傍には寄り添う愛しの妻。そして青い髪をツインテールに結んだ小柄な女性の姿。
 彼らに人手集めの相談を受けた開拓者ギルド職員の彩堂 魅麻である。
 予算の範囲内で実現できるか。安全で広い場所を確保できるか。
 細かい点は一緒になって色々と詰めた。
「去年はいい稼ぎだったんだ。人手を集めてパァーっと派手に。おまえと約束していた夢を叶える日が来たんだ」
「ほんと楽しみ。魅麻ちゃん悪いわね、手伝って貰って」
「私も楽しみですの」
「少しと言わず、大いに楽しんでくれよ!もちろん、参加するんだろ?」
「そのつもりですけど。本当に派手にやって大丈夫ですのね?」
「俺もかかぁも志体は無いが心配ないんだろ?」
「依頼人の安全が第一なのは皆様ちゃんと心得てますから」
「開拓者の本気を目の前で見れる方が嬉しいわぁ」
「なっ。だから遠慮せず派手にやってくれ!」

 雪の大迷路を。
 幼馴染同士の夫婦の子供の頃からの夢であった。

 まず作るとこからなのだが、ただ壁を作るのでは面白くない。
 仕掛けを作ったり、途中で滑り台なんかあってもいい。
 完成したら、それを使って皆で遊ぶ!

 それだけ。
「更に面白くしたいから、借り物競走なんてどうだ」
 迷路の途中に芋判と札を用意してだな。
「構想としては、だな。中央を高台にしてーー」
 星形の中央を含めて六つの領域に分けて、製作する。
 北に出口、北東、北西、南東、南西に入口。
「出口の先には、かまくらとこたつだな!」
「いいわね、それ」
「芋判は六つ。全部回って集めて」
「借り物はそれぞれの参加者が持ってるから、それも探さないといけないわね。うん、楽しそう」
「作るのと遊ぶのは別の日だな。そう簡単には全部の条件を満たして上がりにはなれないぞ」
「出口で確かめる人も必要かしら」

 開拓者のやる事は。
 まず、雪の大迷路を作る。
 六つの領域に分かれて。自由な発想で。
 休憩所を設けたって構わない。
 芋判の絵は、領域ごとに区別できればいいから好きな物にして貰っていい。
 そして借り物競走の品物と札を用意する。
 札は迷路に入る前にそれぞれに配られる。誰でも持ってそうな物が当たればラッキーかもしれない。

 そして、遊ぶ!
 合図の狼煙が上がったら、雪の大迷路に突撃。
 どれだけ派手に暴れても、汚い手を使っても許容範囲。
 壁を壊そうが乗り越えようが。好きにしていい。
 ただし、夫妻は一般人なので同行者は彼らの保護に気を使う必要がある。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807


■リプレイ本文

 また夜のうちに新たに降り積もった雪が、なだらかな土地を一面と白銀とまだ芽吹かぬ木々だけの世界に塗り潰している。
「この景色ですと、しゃがむだけで誰が何処に行ったか判らなくなってしまいそうですね〜」
 額に上げたゴーグルに、大きな指の無い二股の手袋を翳して、のんびりとした声を挙げる和奏(ia8807)。
 首元はしっかりと白く艶やかな、もちろん温かな水鳥の羽毛で作られたマフラーに守られている。
「あまり都から遠く離れる理由もありませんし、この辺りまで来れば雪の量も充分でしょう」
「災い転じて福と為す。このところの大雪が幸いかな」
 微笑む菊池 志郎(ia5584)の後ろでからす(ia6525)が空に語るように呟く。
 お陰で都の商売人は右へ左への大騒ぎだったようだが。危険も少ない精霊門も設えられた大里の近くでこれほどの雪を望めるのは、今を置いて他に中々ないだろうという機会。
「一郎さん、壱さん。さっそく始めるかい?」
 衆目一番の大男、羅喉丸(ia0347)。夢を叶える人の応援とあって胸熱く主催者の二人に積極的に声を掛け、道中も語らってきた。
「ええ。皆さんお忙しいのに私達の夢の為に此処まで御徒労戴いてありがとうございます」
「是非是非派手にやってくんなせいっ!魅麻ちゃんも仕事があるのにありがとな!」
「人手が集まって良かったですの。さ、まずは担当場所の割り振りですのね」
 受付の仕事もこなす彩堂 魅麻にとって顔馴染みたる百戦錬磨の常連の他にもギルドに籍を置く普段は顔も見ぬ男女が幾人か参加している。
「中央は私が行きますのね。北東はからす様……お一人で大丈夫ですの?」
「問題ないよ」
 むしろ単独の方が思い通りに作れるので人数の少ない場所をと予め所望していた。
 打ち合わせの際に他とは異なる作り方をするから、雪が厚い部分がいいと言っていた望み通りの配置。
「北西は志郎様、まとめて戴けますか」
「ええ、こちらの方々ですね。よろしくお願い致します」
「南西は、羅喉丸様。南東は和奏様、それぞれまとめお願い致しますの」
「承知。皆、楽しい迷路作ろうな!」
「かしこまりました。ところであの〜」
 首を傾げる和奏に集まる注目。
「先日から疑問なのですが、迷路って何ですか〜?」
 一同ずっこける。沈着なからすさえもこれには苦笑。どうやら打ち合わせの間もよく判らないまま話に加わっていたらしい。
 そこが和奏らしいのだが。
「大丈夫さあ、皆で作った設計図通りになっていれば必ず迷路になっているから心配要らねえ!」
 肩を陽気に叩く一郎の言葉は答えになっていないが。それはそれで合っている。
「なるほど、出来上がったらそれが迷路なのですね〜」

●趣向を凝らし
「彩堂殿、中央との接合部は此処でよろしいかな」
 まずは横穴を掘る起点。入口は現在地点から見て反対側になるからこちらから進めるのが順当だろうとの判断。
「低くなるから、滑り台か階段で繋げればいいですの?」
「滑り台の方が面白いかな。登るのに工夫が必要なくらいツルツルに」
 間違って埋めないように。私も空気穴には用心するが。
 掘り進める前の下準備として駆鎧を起動して乗り込む。まずは充分な強度と密度の雪作り。
 計算した領域の分だけ正確に。その周囲からも雪を積み増して。
 固くすればする程に掘るのが大変にはなるが、担当地域の全面を横穴の洞窟迷路とする為、天井崩落の憂慮だけは避けたい。
 吹き抜けを予定している箇所は先に駆鎧で作業した。労力は効率的に。
 後で暗幕を張る部分もあるので、駆鎧で掘れる部分はそう少ない訳でもない。どうせ掘った雪を出す穴があちこちに必要なのだ。
 遠くまで運ぶ無駄は省きたい。
(故意の破壊に対する配慮は……しなくていいとの事だったな)
 一郎の当初案では派手にドンパチやってくれよという話だったので、その危険もあったが。
 話し合いの結果、集まった面子でそこまでしたいというのも居なかった事から割と穏やかに遊ぶ案に落ち着いた。
 せっかくだから当日は近所の子供を呼んではどうですかと志郎の提案に壱が賛同したのもあった。
 休み休み、しかし着実に横穴掘りの作業に勤しむ。壁は水を塗り夜間に固まるのを期待し、掘り抜いた雪は先に開けておいた横穴や縦穴に放る。
 さすがに一日作業とは行かないが、さて他の領域の進み具合はどんなものか。

「向こう側が見える壁の高さはこのぐらいですかね〜」
「和奏さんの背、高いですからっ。僕だと全然そっち見えないですよ!」
「あれ?そういえばそうですね」
「頭ひとつ分削ってくださいよぉ。そうそう僕の顔が見えるくらい」
 大先輩のはずだが、新米開拓者に言われるがまま。何となく言われた事をその通りにやる方が性に合っている。
 すいすいと手際良く、設計図も見直さなくていいくらいに頭に入ってる和奏だから指揮に向いてそうなものだが。
「この高さならお子さんでも跳ねれば見えそうですね。あ、でも低いと乗り越えられそう?」
「やっぱり高くします?」
「一箇所くらいはそんな場所があってもいいかなと。見つけたら、そのお子さん得意気になれますよね」
 身体が抜けられないくらいの穴を低い所にというのもいいですね。と思い付きで新たな工夫を別の箇所に。。
「板は用意してきましたけど……扉にするにはそのまま埋めても開きませんし……はて」
 鍵を付けるからには開かないと意味が無い。ああ、そうか枠を埋めればいいのか。それに蝶番を付けて。
「器用っすね〜、大工仕事も出来ちゃうんですか。でも錠前と蝶番同じ方向に付けたら取っ手が無いと開けられないんじゃ」
「……あ」
「取っ手も付けます?」
「近道は両側から協力しないと開けられないというのはどうでしょうか」
 鍵の配置は明日かな。本物も偽物も氷漬けにしないと。
 後は鏡や透き通った壁の仕掛けを作って。
(……と手が結構冷たくなってきましたね。そろそろ休憩の時間にした方がいいのかな)

「あなた、上の方お願い」
「おう。よーし羅喉丸さん、次は何処に張るんだい」
 設えた雪の壁にこちらはたくさんの大きな布を張っている。
 人伝手に譲って貰ったり安く買い集めてきた古布は色も柄も様々。
 反故した着物なら厚さも大きさも充分で、隠された通路も一目ではそれと気付かなれない工夫。
 夫妻にも制作から心より楽しんで貰えて何よりだ。
「二人とも休憩がてら、高台に行って眺めてきたらどうかな。まだ未完成だがきっといい景色が望めると思うな」
 自分は丸一日身体を動かし続けても平気と思うが、普段鍛えている訳でもない彼らへの気遣いも忘れない。
 それに叶えられる長年の夢を、途中の移ろいも含め味わって感慨に浸る時間は何度あったっていいだろう。
「姿が見えたら俺も手を振るよ」

 志郎は通路の複雑さよりも、遊びの仕掛けに力を入れている。
 雪に突き立てて頭だけを出すた木杭に釘を打ち。丈夫な釣り糸で丁寧にひとつずつ網を結わえる。
 どれだけ乱雑な扱いを受けても簡単には解けぬよう。子供の体重くらいなら上で跳ねてもびくともせぬよう。
 中を這って進むのが正しい順路だが、自由闊達な発想でどのような遊び方をされてもいいように。
 ただし安全さは細心の注意をもって保障してやりたい。不意に外れた網がどのような事故を齎すとも判らない。
「杭を覆う雪はたくさん盛ってくださいね。網が動けば固くても簡単に崩れてしまいますから」
 ひとつひとつの小山が網の下を這い進む視界を遮って、その先がどうなってるか見ぬ先に一喜一憂するのも興。
 何処に繋がっているのか抜け出た先は壁に隔てられた別々の道。
 行きつ戻りつ頭を突き合わせてきゃあきゃあと高い声を上げる子供達の姿を想像して笑みが浮かんでしまう。
 壁は壁で、極端に狭い横歩きでようやく通り抜けられるような通路も。
「あれ?休憩ですか志郎さん。雪だるまなんか作っちゃって」
「これも仕掛けのひとつですよ。何度も行き止まるうちに無愛想な壁ばかりじゃ長い迷路も飽きるでしょうし。間違う楽しみも、ね」
 福笑いみたいに何ともおどけた顔を木っ端で作って、雪だるまに個性を光らせる。
「さあて、迷路の中で何人のだるまさんに会えたかな?たくさん隠れてたんだぞ〜、っと」
「いいな〜、それ。俺も作ってこよっと」
「本当は通れちゃう道の真ん中で通せんぼ、というのも面白いですよね」

●存分に満喫する
「おはようございます。おや、お子様方もたくさんいらっしゃって。これは賑やかになりそうですね」
「和奏様も子供に戻ってはしゃいで下さいですの」
「えっと……私はこのように広い場所で大勢と駆け回った事が無かったもので。皆さんはこんな風に遊ばれたのですか」
 それなりの格やしきたりに包まれた家で、珠よ玉よと育てられたお座敷育ち。大人が見守る中で行儀良く用意された遊びを嗜んだ幼少期。
「俺は田舎育ちだからなあ。雪が降ればやっぱり同じ年頃の奴らとやんちゃ放題だったかな?」
「でも羅喉丸さんの事だから、きっと面倒見の良い兄貴分だったのでしょうね」
「さあ、どうだか」
 誰にも頼られるような義侠に憧れ目指したのも、その幼き頃に遭遇したひとつの出来事からだった。
 あの開拓者――羅喉丸が今も理想と心に追う泰拳士――に助けられる前と後の自分ではたぶん違ったのだろう。

 各々工夫を凝らした迷路も仕上がり、さて遊ぶ当日となった朝。
 志郎が誘い引き連れてきた町場の子供達がむくむくに着膨れてはしゃいでいる。
「ねー、お兄ちゃんよーいどんはまだ?早く中に入りたいよっ」
「洞窟みたいな場所もあるって楽しみ!真っ暗なのかな」
「え〜、私暗いとこやだよ〜。怖いもん」
 はてさて、光源は用意しておいたが。出てくる頃には泣きべそをかいてる子もいるかもしれないか。
 まあ長い事迷って出て来ないようなら迎えに行ってやろうと、子供達の顔を眺めるからす。
 一郎と壱は……二人で今から手を睦まじげに握っているのを見る限り、却って無粋になりそうだ。
 崩落等の危険な兆候さえなければ子供達の動向に気を遣うくらいで後は問題なさそうだ。

「借り物競争の札は皆さん貰いましたか?開拓者はたくさん集めなければなりませんよ」
 子供達や一郎達には一枚ずつ。開拓者の持ち分は最大で十枚になった者も居る。
 公平に、開拓者のそれぞれの力量に応じて。魅麻がギルドの記録から割り振ってある。
「からすさんは、えーと」
「私は今回は監視役だよ」
 全体を俯瞰するのも楽しみ方のひとつである。駒でも指し手でもない第三者の視点。
 迷路に挑む各々が双六の駒自身であり賽の目を振る遊び手でもある中で、全く別の立場となるが、それも興のうち。
(何もなければ、ゆるりと高みで人間観察。さてどのような動きになるかな)
 合図に使う色狼煙を携えて、迷路中央に設えられた物見台に向かう。
 見晴らしは大変良いが……風が出ればちと寒そうだと懸念。まあ堪えられなければ動けば良かろう。
 と、魅麻は何も言ってなかったが焚火の用意がしてあった。言い忘れたのかもしれない。
 狼煙を上げたらそのまま暖に使えという事か。
 ぐるりと見渡し、全員が各所定の開始地点に着いているのを見て、からすは火口を手にした。

「さあ、始めの合図が上がりましたよ」
 志郎のその言葉を待ち侘びていた子供達が我先にと元気良く駆け出してゆく。
「お兄ちゃん、ほら早く〜」
「はいはい、今行きますよ。おや灯りが置いてあります、中は暗いのかな?」
 先に行ったやんちゃ者達の悲鳴とも歓声とも付かぬ甲高い声がくぐもり響いてくる。
「その札、何て書いてあるのかな?」
「ん〜と……お兄ちゃん読んで!」
「桜絵のしおり、おや、俺の持ち物じゃないですか。はいこれ、出口まで落とさないようにね」
 他の子供達は何が当たったのかな。簡単な物だといいけれど。
 自分の札は、緑茶……これはからすさんが持ってそうかな。呼子笛は誰でも持ってそうだけど、俺も持ってますね。
 梅花香……これは誰だろう。心眼の巻物、筆記用具、マフラー、虎の面、数珠、チョコレート。
 九つといっても、半分位は既に携帯している。開拓者の持ち物は小物となれば似通うという事か。
「面は羅喉丸以外に持ってるの見掛けなかったかな。何処かで擦れ違った時にでも借りましょう」
 雪洞は規模の割には分岐が多い。先に行った子が戻ってきて、鉢合わせする。
 明るさに惹かれて行ってみれば行き止まりというのが何箇所も。
 もしかしてと吹き抜けの壁を蹴り登ってみたが、そこは迷路の屋根の上。
 してやられたな、と再び雪洞の中へ戻り挑む。
「あった、判子があったよ〜」
「え〜、何処〜?」
 子供達の声が色んな方向から飛び交うが、さて。
「こっちかな、行ってみましょう」
 傍を離れない子の手を引き、こっちこっち、違うってばこっちと飛び交う声を辿る志郎。

「目に見える道が全てに非ず……ですか、意味深ですねえ」
 入口に立てられた看板を声に出して読んでみて、傍からはぼうっとしてるようにも見えるが思慮に耽る和奏。
 通路は布が張ってあったり、普通の雪壁であったり。
 布越しの感触は冷たく固い雪氷。
(目を閉じて歩いたら……まあ壁に鼻をぶつけますよね)
 お約束通りの行動をしてしまうのも本人は至って大真面目である。
 布、そういえば布といえば借り物に布という文字が無かっただろうか。
「無地の白布。意外と無地に見えて模様が入ったのとか多いですね。進めばあるでしょうか」
 雪壁かと思ったら白布なんて事は……やはり雪ですよね。うん。
 考えながら右に左にと進み、時には立ち止まりのんびりと布の紋様を楽しむ。
「すっかり日に褪せてはいますが、なかなか渋い色合いの着流しで」
 と布の向こう側から人が現れて双方が鼻先を突き合わせ。
「な、何してるんすか和奏さん?」
「はあ、なるほど。見える道が全てに非ず……ですねえ」
 驚きも見せず納得した様子で感嘆する和奏は迷路遊びの奥深さに想いを馳せていた。
「そんな呑気にしてたら日が暮れちまいやすよ?」
「あ」
 ひょいと伸びた腕が青年を待ったと掴む。ちょっと何するんすかと惑う彼の腰の物には鞘に白布が巻いてある。
「大事な物とは思いますが、借り物のひとつが無地の白布でして。お貸し願いませんでしょうか」
 相手が駆け出しのひよっこであろうと物腰はとても丁寧。つい止める為に手が伸びてしまった事を詫び。
「ところでこの向こうには何があるんでしょうか」
「何って。芋判探してるんならそっちにあるっすけど」
 白布を渡した後も気になったのか、擦れ違い進む和奏の背を彼は見送っていた。
 大先輩だけど、その何か浮世離れした調子が心配になったのかもしれない。

「ほう、見えるけど辿り着けない壁の向こうか。面白いな」
 規則が変更になり危険は案じる必要ないとはいえ、身体能力に自信がある節でもない夫婦には難しい箇所もあろうかと。
 一郎、壱と共に迷路を進む羅喉丸。
 自分の力なら壁を越えようと思えば越えられなくもないが、あえて此処は正攻法で楽しみたく思う。
「他にもどんな仕掛けがあるのやら」
 借り物のお題は数はあれど他愛も無い物ばかり。進むうちに声を掛け合って大体が手元に集う。
 一度高台に出て、次に向かうは坂の下に小山が並び網が張られている領域。
「縄もあるが伝って登ってくる人も居るし。よし俺が先に滑り下りて二人を受け止めるよ」
 事も無げに爽やかに笑うと、うっかり下の人間を蹴り踏まぬよう見定め羅喉丸は一息で坂に身を滑らす。
「ようし、今だ。いいぞ!二人一度で大丈夫だ!」
 妻を腕に抱いて上に乗せて滑り下りる一郎の脚を卦を放つがごとく大きな両の掌でがっしりと受け止める。
「すげえ力だなあ」
「手合わせとなれば場合によって本気の蹴りを受ける事もあるから、このくらいお安い御用さ」
 網の下を潜るのは大きな図体にはなかなか。
 此処では子供達の方がすいすい進めるというのも考えられているなと関心する。
 全体を通して誰もが有利不利なく平等に楽しめるようになっている。

「茶か、ふむ……今日は陽香を用意している。所望ならば薔薇のハーブティも出せるが」
 茶葉に菓子、器は杯に盃に湯呑にと取り揃えているが。借り物の具に供されている。
「まあ一杯、というのはまた別の機会に。健闘を祈る」
 日も暮れる頃合いまで人の迷い遊ぶ姿を眺め、万事無事に終わりが近付く。
 色狼煙が再び空に昇り、判や借り物が足らぬ者もそろそろ急げと時を告げる。
 雪洞の中に惑う者には伝わらぬだろうから、さて手燭でも携えて助け舟と行くか。

「皆様のお陰で一生の夢が叶いましたわ」
 梅に桜に、身体のあちこちに、大抵は両の腕に愛らしい紋様を飾った面々に甘酒を手渡してゆく壱。
 一郎も大人子供分け隔てなく迷路遊びに参加してくれた皆に感謝の意を伝えて歩く。
「こんなに大層な仕掛けの迷路を作って貰ってなあ。俺らどうやって恩を返したやら」
「返す必要なんてないさ。俺らも存分に楽しませて貰ったからな。それに」
 夢が叶った人の輝く顔が目の前にある嬉しさ。羅喉丸は手を握りその想いを伝えた。