鍋と一句で年忘れ
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/03 16:23



■オープニング本文

「野崎殿がこちらにいらっしゃるとは珍しいですな」
「もう商売の方は隠居した身だしのう。国内ならたまに動こうが、遠出となるといい加減おっくうになってきたわい」
「これはこれは、昔は可愛い娘の噂を聞けば仕事にかこつけて何処にでも現れた野崎殿の言葉とは思えませぬな」
「彩堂殿は変わらないようじゃな。舌が相変わらず滑らかに回る」
「ま、蜜柑でもどうですかな。上物ですぞ。茶の方は今、娘が」
 道楽者のおっさんと爺が二人揃って炬燵で蜜柑を剥く。二人とも商売で成功し成し遂げた似た者同士。
 片や無類の珍し物好きの奇矯。片や無類の女好きのこれまた奇矯。
 北面は米問屋のご隠居、野崎 士座衛門(のざき しざえもん)が神楽の都を訪れるのは久々であった。
 神楽の都にて子供の玩具から骨董まで好みで仕入れた万雑貨を商う彩堂屋とは、昔からの知己。
「お茶が入りましたのね」
「おお、魅麻ちゃんや。何年ぶりかな。相変わらずちっこくて可愛いのう」
「ちっこいは余計ですの。それと脚は触らないでくださいですのね」
 さりげなく伸ばされた手をさらりと避け、香ばしいほうじ茶の入った湯呑を置いて正座する娘。
 彩堂 魅麻(さいどう みま)、今日はギルドの仕事はお休みで家でゆっくりとしていた。
 子供の頃からこの助平爺の事は知っている。
 炬燵に入れば爪先でつついて遊ぶに決まっているから、そうはさせない。
「正座した時の膝小僧がたまらんのう」
 気が変わった。やっぱり、炬燵に入る事にした。
 真冬だろうと丈の短い袴を履くのが好きで、家でもそうしているのだが。まったく。

「魅麻ちゃんもどうかの。お友達なんか連れて」
「何の話をしていましたですの?」
「忘年会じゃ」
「ぼーねんかい?」
「神楽へ来たついでじゃ、せっかくだから開拓者と親交を深めたいしのう。特に可愛い子ちゃんと」
「開拓者には芸達者も多いし、楽しそうだから。ひとつ催そうかなと」
「要するにお二人が楽しみたいだけですのね」
「そう言うな。開拓者を招いて、金はわしらが出そうというのだ」
「国の危急の際にも、随分と頑張って貰ったしの。まあそう大勢は呼べぬが」
「座敷を貸し切って、飲めや歌えやの無礼講。たまにはそんなのもいいだろう」
「……二人ともいつだって無礼講な気がするですのけど」
「何か言ったかのう魅麻ちゃん。最近、耳が遠くなってのう」
「わしも年かな」
「いやいやいや、彩堂殿みたいな若い壮健な方が何をおっしゃる」
「心だけなら今でも若者のつもりですがな。髪も少し白い物が出てきたし」
「ろまんすぐれー、とかいう奴じゃな」
 魅麻はもう黙って蜜柑を食べる事にした。ダメだこの二人、相手にしたら疲れる。

 適当に聞き流していたが、結局は魅麻が依頼文を書いてギルドに持っていく事になった。
「友達……かぁ」
 幾つかの顔が浮かぶ。
 とりあえずアキラは呼ぼうか。女装させて爺のお酌でも。
 ただ酒が飲めると誘えば文句を言いながらもほいほいやってくるだろう。
 それと蝋燭屋の有加と。彼女も商売屋の娘、神楽の都に暮す開拓者とは顔を合わす機会も多い。
 誰が来ても楽しめるだろう。

 年忘れの会。
 忙しない年の瀬、一時だけでも楽しく面倒な事は全部忘れて過ごして。
 囲炉裏が幾つも並ぶ座敷。鍋やおでんを囲んで。温かな酒や茶を傾けて。
 ただ皆で楽しめればいい。

「お父様、これ何ですの」
「余興のひとつだ。下の句を作って持ち寄って貰えば面白いかなと思って」
「……変なのも混じってるの気のせいですの?」
「気のせいだ」
「…………気のせいですの?」
「うむ」

『霜踏みの 師走の空に 星流れ』
『肩寄せて 頬染む君と 時過ごす』
『一迅の 風の賜物 ぱんちらに』

 正直、依頼の貼り紙に記したくなかった。二句は馬鹿親父にしては上出来だと思うが。
 最後の一句、気のせいとか。気のせいとか!
 だが絶対書けというから仕方なく。せめて自分で書いて欲しかった。
「はぁ……」
 魅麻は憂鬱で早くこの貼り紙を剥がしたくてしょうがなかった。
 この字……終わった後も記録に綴られるのに。
 溜め息を吐く。
「お酒を飲んで忘れたくもなる……ですのね」


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 和奏(ia8807) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 燕 一華(ib0718) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 衝甲(ic0216


■リプレイ本文

「こんばんは。わぁ、これだけ囲炉裏があると広いけど暖かいですね」
「お寒い中ようこそですの。お荷物たくさん、もしかして?」
「ええ。自由鍋もあると聞きましたから、お出汁とかまぼこを」
「こちら甘味を持って参りましたの。よろしければ皆様で」
 一番乗りでちょっと早めにやってきたのは柚乃(ia0638)と礼野 真夢紀(ia1144)。
 彼女達をエスコートしてきたのはシルフィリア・オーク(ib0350)。真夢紀とはよくレシピを交換する仲で、ジルベリア菓子には造詣が深い。持ち込んだ甘味も、昼間二人でアレンジを楽しみながら作った品だ。
「まぁ、素敵なお姿でいらして下さいましたのね」
「パーティだからね。そういえばそちらのお嬢様は初めましてかな」
「有加?」
「あ、あ、ごめんなさい。つい見惚れてしまいました」
 海のような装飾が施されたコートを脱いだ姿はジルベリア男性の礼装。しかしシャツは大きく鳩尾付近まで開放され大きな胸が谷間を強調している。
 大胆な衣装に同性でも視線が釘付けになって、顔を赤らめてしまう。
「ははっ。後でよろしければ葡萄酒でもご一緒に如何かな」
 優雅に手を差し伸べる姿は様になっている。
「み、魅麻?グラスとかあったかしら」
「うちの店から持ってこさせればいいですの。たぶん置いてるから。アキラ!」
「はぁ?俺が!?待ておい、この格好で取りに行くのかよ」
「おやおや、男女逆転だね。そちらこそよく似合ってる」
 白粉に紅もあしらって、女物の艶やかな着物に身を包んだ細面の青年。小柄ではないが、シルフィリアと対峙すれば充分に華奢。
「てめぇ、男装するなら胸元もきちっとだな、その」
「あいにくと全部留めるような作りは窮屈でね」
「そりゃ……うん、そうだな」
 たじたじな様子を楽しみ、さてと荷物を抱える。
「これは重いからあたいが運ぶよ。茶碗蒸しという奴か?プリンにその器を利用してみたんだ」
「ええ、車座でも食べやすいように。器のまま匙でいけますから」
「まゆちゃんはよくこういう工夫が思いつくよね。運ぶのも崩れる心配しなくて良かったし」
「ご同行願えて助かりました。おはぎとか芋羊羹とかどっしりした物ばかり作っちゃったので」
「さっくりした物がお好みの御仁にはクッキーも用意してきたよ」

「ところでお席は決まっているのですか?」
「座布団を敷いてる場所なら何処でもいいですのね」
 囲炉裏が複数あって、それぞれ別の趣向を凝らした鍋が掛けられているから、たぶん飲んだり食べたりしてる間に複数楽しもうと思ったら皆動くでしょうし。
「あ、張り紙からちょっと予定が変わって、お父様の友達にも来て貰う事になりましたの」
 少しおじさま率が高くなるけど、あっちはあっちで好き勝手にすると思うから気にしないでね。
「鍋は大勢の方がたくさん作れて楽しめますからね♪」
「シルフィリアさん、その格好で助平爺には近付かない方がいいですのね」
「爺様にはちょっと刺激が強すぎるかな?」

「あ、いけねぇ」
「どうしました隊長さん?」
「まて、その隊長さんってのは帰ってきたんだからやめてくれ。戦場でならともかくこんな所で呼ばれたらこそばゆい」
「はいはい天ヶ瀬さん」
「焔騎でいいって。気楽な席なんだから」
「では焔騎さんで。それでどうされたんですか?はっとした顔して」
「何だっけ」
「いけねぇ……って仰ってましたよ」
 どこまでもおっとりとした和奏(ia8807)にテンポを外されて赤毛を掻き上げる男、天ヶ瀬 焔騎(ia8250)。
 小隊『焔風』で共に各地を駆け回った気心の知れた仲。
「ああ……句を考えてくるのすっかり忘れてたんだよ。今思い出した」
「それでしたら。私はつい三つも作ってしまいましたので、おひとつ如何です?」
「わりぃな、助かるわ。俺は別に恥掻いてもいいが、ギルドで人集めた彩堂さんの顔潰しちまう事になるからな」
「あの方もお父様もそのような事気にされないとは思いますが。はい、どうぞ」
「さすが雅の育ちって文だな。これ上の句はどれになるんだ?」
「さあ?お好みで」
「おまえ、さあって……ま、いいやノリで何とかさせる志士、天ヶ瀬だ!」
 指定の店前で楚々と裾を抑えて早駆するアキラと擦れ違う。
「おや見た事ない別嬪さんが通り過ぎていきましたねぇ」
「どれ?ほー、ああいうのが好みか。動きからして開拓者だな、きっと」
「逢う方皆お綺麗ですから優劣を付けられませんよ」
 色だの恋だのにとことん無頓着な和奏が相変わらずのすっとぼけた返事。
 無骨とはまた違うのだがこいつも変わらないなぁとつい笑ってしまう。
「何かおかしかったですか?」
「いや気にすんな和奏さんらしい答えだ」
 背中をばしんと張って咽るのに更に大笑いし、暖簾をくぐる。

「よう。そこで会ったんだ。頼もしい新顔だ」
「泰拳士の衝甲です。歴戦の先輩達と盃を交わせるなんて嬉しい限り。宜しく頼みます」
 修羅の村から都に出てきたばかりだという筋骨隆々な巨漢の青年、衝甲(ic0216)。
 並んだ羅喉丸(ia0347)が小柄にも見えてしまう程。
「わぁ、握手で握りつぶされてしまいそうですねぇ。初めまして」
「よく食いそうだな。健啖っぷりも開拓者の資質だぜ」
「そうだったのか?」
「いや適当に言った。羅喉丸も今日はがっつり飲むんだろ?」
「はは、どっかの祭でもたらふく飲んだけどな。今日は修羅と飲み比べってのも面白そうだ」
「やめとけやめとけ。絶対負けるから」
「飲んでみるまで判りませんよ。俺も村では酔い潰れる事ありましたからね」
 自分はまだまだ駆け出しという想いもあって腰が低いが、気さくに言葉を交わし相好が緩む。
「陽州の酒はきついからなぁ。北面の大吟醸なんてたぶん水だぜ?」

「さっそく賑わっておるのう」
「笑顔咲く宴に一輪添えに。お邪魔しま〜すっ!」
 名は燕なれど旅烏といった二人。一人は本当に烏そのものだが。
 小隊『飛燕』でも一緒の芸人、燕 一華(ib0718)と音羽屋 烏水(ib9423)。
 二人とも格好そのものがトレードマーク。
 三度笠の下には元気一杯の顔、一華。今日は大きな風呂敷包みを背負っての登場。
「こっちはお鍋の具。こっちは後でのお楽しみ!」
「席は何処がいいかの。ちぃと羽触れ合う事あるかもしれぬがご容赦を」
「おお、めんこいのが更に増えたのう。嫌じゃなければ私の横はどうかな」
 商人髷のおじさま達が花が一人欲しいと烏水に向かって手を振る。
「わしは男じゃが?」
「男も女も関係ないわ。色好みなのはほらあちらの御仁。うちの孫も神威の血を引いていて」
「ほうほう、お幾つなのじゃ。それはまだ酒宴の席には早いかもしれぬの」
 自分の家は芸事の一門だから物心つく前から大人の中で堅苦しい挨拶から何から仕込まれたが。
 宴あらば挨拶口上やら。脚がしびれても抜け出せなくてのう。
「伝統を抱える家は大変だの。うちら商家といっても新興だから礼法なんてさっぱり」
「そうか。自由な気風は羨ましい限りじゃ。婿殿を神威から迎えるのも父御の理解あってじゃものな」
「今頃その義父が居なくて家で羽を伸ばしておるだろうよ。たまに外に出てやらんとな」
「あ、一華様〜。お鍋の具はこちらですよ〜。これで開拓者は全員ですかしら?」
「は〜い。ボク、野菜と巾着持ってきたけど。大丈夫?具材被ってないかな?」
「お野菜!持ってきてなかったからちょうど良かったですっ」


「真夢紀さん気合が入ってますね〜。割烹着持参ですか」
 長い髪を束ねてきたのもその為。白い割烹着を纏い、おたまを手にした真夢紀は小さな鍋奉行。
「柚乃さんのお出汁、これは鰹節とも煮干ともまた少し風味が違いますね」
「判りますか。同じ干したお魚なんですけど、馴染みの方から教えて貰って♪」
 他にも色々と。柚乃特製の調合。
「魚介が多いからお酒で臭みを飛ばして全体は味噌で整えようと思うのですけど」
「そうですね。魚出汁の風味があんまり前に出ちゃうと。あ、そろそろ煮立ったから蓋開けて」
「鍋高くする?」
「いえ小柴がそろそろ燃え尽きるし、薪を崩せばちょうどいい加減かと」
「っと、立つと囲炉裏の近くは結構煙いね〜」
「天井が高いからすぐ抜けていきますよ」
「明るかったら上の方は真っ白なんだろうなぁ。こんなに一斉に囲炉裏を焚いたら」
「おっと此処は若いの揃いですね。酒より茶瓶持ってきた方が良かったかな」
 北面の酒処の紋が入った大徳利を携えてやってきた衝甲。座って見上げるとまた更に威容が。
「ボク先に飲んじゃうと手元危なくなっちゃうかな〜。でも最初は乾杯交わしたいよね」
「盃ひとつで回っちゃいますか。お猪口舐めるくらいならどうです」
「うん、いただきます。柚乃さんはお酒いけるんだっけ?」
「嗜む程度にでしたら♪」
「女子の嗜むは結構怖いからな〜。っとそのにっこりが凶器ですよ」
「どんなにアヤカシには強くても娘さんの笑顔に負けるのが男って奴ですか」
「一華さん、その年でもう達観ですか。やっぱり荒波に揉まれた年季が違うなあ」
「人情芝居には定番ですからね。そういう役が似合うには衝甲さん舞台映えしますよ」
「無骨もんだから大根役者で客に座布団投げられちまいますよ。じゃ、一献」

「無礼講じゃ無礼講。シルフィリアちゅわ〜ん。シアちゃんって呼んでもええかの。っとと何処連れてくんじゃ魅麻ちゃん」
「はいはい、手の届く距離に居たら何するか判りませんからね。アキラ、野崎のお爺ちゃんに酌お願い!」
「焔騎さんのお顔を見てますと、鼻の下が伸びるという比喩が判る気がしました」
「俺の顔見つめるより、そっちのが眺めいいぞ和奏さん。断じて俺が見たかった訳ではなくほら、女性は見られて輝くというじゃないか」
 とびきり妖艶な笑みを浮かべて葡萄酒のグラスを掲げるシルフィリアに、高々と乾杯を返してぐいと干す焔騎。
「うん、飲む時の喉元ってのも色気を出すポイントだな。アキラさんも化けてる時は気を使うのか」
「必要な場ではな。別にてめえら相手に色気出してもしょうがねえし」
「出されても、その反応に困りますね。この通り朴念仁ですから粋な褒め方の練習はした方がいいのかもしれませんが」
「その人形みたいな綺麗な顔で女を口八丁で説けるようになったら怖過ぎるぞ」
「面白いから、やってみろよ。俺、協力するぜ?」
「や、やめてくださいよ……私にはとてもそんな」
「呼ばれたから俺あっち行くわ。ところで和奏さん似合いそうだから、俺と服を取替えねえか?」
 仕草こそは淑やかにしてるものの、焔騎や和奏の傍でほとんど地に戻って飲み食いしていたアキラ。
「謹んでお断りします。いってらっしゃいませ」
 にこやかに涼しい顔で見送る和奏であった。

「さあて、さて。盛り上がってきた所で芸一番!残り僅かなこの年も、来る年も。皆さんが笑顔で迎えられますように!」
「取り出したりますは、紅梅鮮やかな舞傘。一華が魅せますぞ。何でも回しますわい。さあさあご注目」
 べべん、べん。
 脇で三味線を弾くは烏水。声張り上げた口上が耳目を集める。
 べべんべべんと弦の音に合わせ傘が回り、梅の花が縞になり巡る。
「よっ、はっ!」
 まずは鞠。
「うさぎ、とら、もふら、りゅう!はい、何でも回ります。お次は三個同時!とりゃっ!」
「他に回して欲しい物があれば、この一華。何でも回しますぞ。さあ一声ありますかな」
 べべん。
「ぱんてぃ回……んぐ……もぐもぐ」
「いいお酒は甘い物も合いますね野崎殿」
「まゆちゃんの可愛い小さなお手々で作った羊羹となれば味も更に格別じゃの、うむ」
 べべべべん。
「おう、ちょうど空いた徳利があるぞ。これはどうだ?」
「羅喉丸さんから、徳利が来ましたぞい。さあ割れ物が来ました。どうする!」
「いっきま〜す。無事に回せて再び舞台に梅が咲きましたら御喝采!」
 最後はぽんと跳ね上げて閉じた傘を片手に徳利を抱え。見栄を切った後に梅の花をパンっと。
「おお、見事なもんじゃな!」
「さっきからあんまり食べてないだろ。こっち来て一緒に鍋を囲まんか?」
「全部回るよ!せっかく来たんだから美味しいお鍋も味わいたいよね」
「ほれ三味線置いて、若いんだから肉もしっかりと食べなさい」
「遠慮せぬぞ!猪鹿鳥とは洒落の効いた鍋じゃのう。どれ賞味をば」

「彩堂さんも座ったらどうだ。依頼では色々とありがとう」
 顔を見れば山喰という懸念を思い出してしまうのは。この席に相応しくないと頭より払おうとする。
 受付に居れば言葉も交わすが、互いに忙しない身。ゆっくりと膝を交えるのは随分久しぶりになる。
「あれから……随分と時が経ちましたのね」
「何も進展はないか。あ、いや。今日は鍋と酒を楽しむ日だったな……すまん」
 酒は飲めるんだったか。ああ、実際の年は。って女性にそれは失礼か。
「あんまり強くはないですけど。羅喉丸さんは上戸ですのね、お注ぎしますの」
「ちょっと笑い上戸の節はあるけどな。いい酒でも安酒でも酔っ払えるのは幸せな時間だ」
 酔ってはいても会話の端々に依頼の話が出てしまうのは、それが日常の大半を占めているからか。
 山喰の話を避けようと意識はしても、一番の共通の話題というとどうしてもそれに向いてしまう。
 瘴気の香る黒い花。それを採取してそれきりであった。事は内密に進められギルドの表には出てこない。
 ギルド内部の担当者として魅麻はほぼ全てを耳にしているはずだが。
「もう少しですのね。研究の内容はまだ明らかにする段階でないですけど、こちらから攻めに転ずる手札が」
 唇を引き結んだその表情に羅喉丸は重々しく頷いた。その時は頼りにしてくれよ。
 巣穴から繰り出してくる下っ端だけを相手にしていても埒が明かないのは体験を以って知っている。
 弓弦童子のように打って出てくるのを待つのは、武器を持たぬ民をも巻き込む大騒動となろう。
 しかし雌伏する大アヤカシを、あえて寝た子を起こすのは。
 各地で事件に追われ、新たな儀の騒ぎも治め。人は幾ら居ても足りない。
 強大な力を持つアヤカシが他にも活発に蠢いている中で、良い手札が布石されるのなら時を待とう。
「皆様を死地に送るような事は絶対に致しませんの」
「ああ、信じてるよ。いけね、しんみりしちまったな。彩堂さん嫌いな物はないか?」
「あ、自分でよそいますの」
「気にするなって。準備に働いただろ?ゆっくり座ってなって」
「あれ?牡蠣?帆立?」
「海鮮鍋になったようだな。料理好きが来ると踏んで空鍋用意したんだろ。さすが判ってるな」
「催しがある度にいつも美味しい物作ってくださいますから。闇鍋にならなくて良かったですの」
「面子次第では有り得るからなあ。何でも放り込むの」
「昔聞いた話では、醤油色に染まった式神人形が沈んでいたとか。虫や炭が入っていたとか」
「げ、食べられる物だけにして欲しいよなあ」
「ですよね、このもふらさまかまぼこみたいのとか」
「ふわふわ感がよく出てるよな」
「崩れない加減に柔らかくするの難しそうですのね」
「普通は店屋でももっと固めに作ってるものな」
「その方が煮崩れしないし。売り物は使い勝手の良さも大事ですから」
「商売人の娘らしいな。彩堂屋は婿取って継ぐのか?」
「う〜ん、紙に埋もれてるのが性に合ってますのね」

「へえ男なんだ。でも俺別にどっちでも関係ないかな」
「待て待て、関係あるだろが」
「脱がさなきゃ見た目は別嬪な姐さんだし。年の頃も釣り合うし、いいと思うけど」
 女装アキラの細腰を抱いて上機嫌に口説く衝甲。初詣の予定は?
 大掃除も重い物があるなら、ほら細腕で大変だろう。声掛けてくれれば喜んで手伝いに。
 最初は女だと勘違いして普通に口説いてたのだが。
 途中で判明した所で路線変更するかと思えば、気にしないと来た。酒の所為もあろう。
「酒好きなら気が合うしな。遠慮しながら飲むより一緒に盃交わせるなんて楽しいじゃないか」
「その勢いで一緒に飲んだら破産しないか?喰いっぷりもいいし」
「都でこんなに飲み喰いするのは初めてかな。身ひとつで出てきたから財布も軽いからなぁ……」
「俺みたいに酒で財布いつも空とかはやめておけよ」
「心配してくれるんだ、その優しい気遣いも。心に響く素敵な点だね」
「お、羅喉丸さんが呼んでるぞ」
 余興に、衝甲を相手に見立て酔拳の型を披露する羅喉丸。
 受ける相手も泰拳の基礎ができてるから構えが不規則な動きを引き立てる。
「さすがだな。目の前で茶碗を骨法起承拳で砕かれても動じなかったな」
「先達の腕を信頼してますからね。間近で破壊力を堪能できて良かったですよ」

「毒物以外なら気合で食べる志士、天ヶ瀬だ!」
「あれ……海鮮ダメなんでしたっけ?肉や豆腐もありますよ」
 もち巾着をはふはふ幸せな顔で堪能しながら和奏が言うが、眼鏡をずいと上げ焔騎は挑戦する。
「好き嫌いをしては食べ物に申し訳ない」
「食べれない物って好き嫌いに入るんでしょうか……」
「無理をせずに良いのじゃぞ。まぁ肉は最後はわしが戴いたが」
「これを食せば全鍋制覇!」
「あら、まだこれからお饂飩が入りますよ?醤油砂糖系ですと締めにいいですよね」
「それも食べる、勿論!」
「だったら無理せずに……あ、衝甲さん鍋は如何かの?」
「まだ余裕で入るかな」
 さらっと海鮮の椀は南瓜プリンの器に摩り替えられた。無理はいくない。

「烏水クン、一緒に演奏しませんか?即興で一度やってみたくて♪」
 鈴輪をシャランと鳴らす柚乃。即興でないとできない事をやってみたい。せっかくだから。
「曲は何がいいのやら」
「何でも♪精霊様と一緒に演奏するから、そういう曲だったらいいかな」
「ふむ、じゃあ武勇の曲辺りかの。子守唄や囀りでは大変な事になりそうじゃし」
 戦いにて稀有な活躍を魅せた者を歌に載せ、撥が激しく弦を弾き奏でる。
「心躍るな。明日からまた年の瀬まで奮うのに良い選曲か」
「一段とまた精霊の力が。沸き立ってる感じがしますね」
 鈴輪の音色が三味線と添い、組み合わせが唯一無二で変幻自在な幻想交響楽団を構成する。
 吟遊詩人同士だからできる精霊をも巻き込んだ共鳴。音色は互いに補い合い絡み合う。


「宴もたけなわという所で皆の一句を聞こうかな。余興と思ったが忘れる所だったわ」
「開拓者殿達の余興で存分に満足したしのう」
「作らせておいて、これだからもう……」

「霜踏みの 師走の空に 星流れ 嚮後馳せしも 今忘るなく……一華」
 流れ星といえば願掛けだけど、それだけで終わるんじゃなくって。
 今、空に誓い願った事柄を叶える為に。その想いを胸に常に置いてもっと精進する。
 そんな意味を込めて。

「霜踏みの 師走の空に 星流れ 故郷の空との 相似を探す……真夢紀」
 空は何処までも。海の向こう、儀の向こう、果てしなく繋がっているから。
 星の流れを追っていくと、故郷で見上げたのと同じ形を見つけたりして。
 離れ離れでもそこに居る人達と繋がっているんだなと。嬉しくなったり。

「霜踏みの 師走の空に 星流れ 新たな年に 想いをはせる……羅喉丸」
 流れてゆく先は、まだ知らぬ誰かとの出逢いがあるのか。
 どのような未来が待ち受けていようと、ひたすらに真っ直ぐ突き進む。
 新たな年に向かい駆け抜けていった星。想いは遠く。

「霜踏みの 師走の空に 星流れ 懐軽く 金流れけり……衝甲」
 師走の寒さって身に堪えるよな。何かと出費も多いし。
 俺、開拓者になったばかりで都で年の瀬を迎える支度も初で。
 並べると何だか恥ずかしいけど、正直に気持ちを詠んでみた。

「霜踏みの 師走の空に 星流れ 待ち人想い 急ぐ足音……柚乃」
 温かな人の想いがそこに待っている。馳せる心の鼓動。
 冷たい土の上を急ぎ交う人々の足音に、想いが重なる。
 雑踏の中に描かれる情景。

「霜踏みの 師走の空に 星流れ 行く年の瀬に 萌す黎明……和奏」
 年の瀬に去りゆく背を重ね。その先には明るい芽の萌しを。
 背筋を伸ばした視線の先は、前を見据えて。初日に面を向け。
 凍て付き星降る夜の先には訪れる、昇る陽光の温かな空。

「ちと待て。わしが締めというのは問題がある、その、だな」
 破廉恥なのはいかんぞいと思ったが。やはりこう誰も詠まぬというのは。
 しかしまぁ、他の者の句は見事なおのじゃな。
「一迅の 風の賜物 ぱんちらに 和む正体 色分熊か……烏水」
「うむ、判っておるのう。さすが老成した喋りをする男児じゃ」
「い、いや判ってるというの違うのじゃが……」
 手を叩いて喜ぶ御老体には苦笑いで返すしかない。
 捻ったつもりだったが、それもまた。まあいいか。

「俺、先でもいいかなシルフィリアさん」
 自分で作った句じゃないから。やはり締めというのはどうも。
「ああ、構わないよ」
「肩寄せて 頬染む君と 時過ごす 紡ぐ想いに さ、さちのぞ……あれ?」
「少々当てた字ですが、こいねがう、ですよ」
「や、やっぱり自分で詠んでくれ。悪いな、俺結局浮かばなくってさ」
「魅麻さんに詠んで戴くというのは如何ですか」
「和奏さんの作ですのに、良いですの?」
「ええ、私はもう一句詠ませて戴きましたから」

「肩寄せて 頬染む君と 時過ごす 紡ぐ想いに 幸希う」
「ほう、彩堂さん真っ赤だな。誰か想い浮かぶ人が居たかな?」
「何だとう、今すぐ紹介し」
「まあまあ、お父さん。この場は押さえて」
「羅喉丸クンまさか君が。さっき二人で話し込んでいたし、ぐほっ、んぐ。おはぎは美味いが詰め込む物ではないぞ魅麻」
「手近にあったからつい。誰も居ないですのねっ。焔騎さん余計な事言わないですの!」
「え、悪いの俺なの?共犯、羅喉丸さんじゃね?」
「俺は単に空気を読んだだけだぞ、なあ衝甲さん」
「止めるには俺は間に囲炉裏がありますからね、位置が悪い」

「肩寄せて 頬染む君と 時過ごす 熱き口づけ 明日への絆……シルフィリア」
 葡萄酒に潤った唇から投げキッス。
「決めたな」
「最後になったからね。御嬢さん、頬が薔薇色に染まっているよ。そんな美味しそうにしてると狼が現れるよ」
 有加の頬をつんと突付くシルフィリア。
「え、あはは……飲み過ぎたかな。そろそろ私もお茶漬けにでも」
「御用意できてますよ。沢庵に梅干に菜の漬物。お好みでどうぞ」
「真夢紀さん、さすがだなあ。手馴れてるよね」
「こういうのが楽しいですから♪」

「ふぅ……美味いなあ。和奏、色々と有難うな」
「私、食べてるばかりで何もしていませんよ?」
「いやこの席じゃなくて、今年一年というか、今まで全部というか……いて、格好良く決めさせろよ彩堂さん」
「何処か居なくなっちゃうみたいな言い方するからですの」
「そんなつもりなくてただの礼だったんだけどな……」
「これからも頼りにしてますよ、隊長さん……あ、じゃなくて焔騎さん」
「来年もよろしくな」