もこもこ
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/25 03:01



■オープニング本文

 それは最初、村のはずれに現れた。
 到底野犬には見えぬ、純白に輝くふわふわの毛並に包まれた小さな体。
 可愛らしいつぶらな黒の瞳。ピンと立った両耳。甲高くも決して耳障りではない、きゃんっという鳴き声。
 何処となくジルベリア系を思わせる雰囲気を纏った、貴族の邸宅が似合いそうな小型の成犬である。
 天儀、それも陰殻、山岳地帯にある辺鄙な村に現れたから違和感は半端ではない。

 第一に見間違いではないかと思った。
 第二に忍犬かと思った。相棒の人間がその辺に居るのではないか。

 この辺りにあるシノビの里は野盗に近い暮らしの奴らだから、近寄ってはいけないと大人は言う。
 縄張りにさえ踏み入らなければ襲われる事もないが。お互いに必要のない限り関わらないという不文律。
 細々と痩せた土地の農耕で暮らす村では、飢饉の度に志体持ちの幼子を口減らしに捨ててきた歴史がある。
 志体持ちなら、きっとシノビの里で拾ってくれる。何処かの地に送られて自力で逞しく生きていける。
 そうして捨ててきた後ろ暗さと、捨てられた者達の心奥に押し込めてきた気持ちと。
 刻まれてきた深い溝は、口減らしをしなくなった今もまだ里と村との交流を閉ざしていた。

 そんな事はさておき。
 純白の小型犬は、小首を傾げもう一度、きゃんっと。
 木の実摘みをしていた子供達に自己の存在を伝える。とても嬉しそうに。

 くぅーん。
「ゴンゾウ!そっち行っちゃダメっ!」
 大人の言い付けは守らなきゃ。声を上げた時はそう思っていた。
 村の一員として名付けられ可愛がられている薄茶の巻き尾の犬。首輪も縄も無い。
 人懐こく大人しい。木の実摘みなどに出掛ける子供達の傍に番犬よろしく付き添うのが日課。
 子供達に近付く動物には唸り声を上げるのが常だが、様子が違った。
 甘え声を出して、尾を愛想良く振りながら見知らぬ小型犬に近付いていく。

 もこっ。
 小型犬が突然膨らんだかに見えた。純白のふわふわの毛玉が大きく広がる。
 ゴンゾウの姿が包まれて見えなくなる。
 触りたい。ふわふわもこもこと戯れたい。子供達の心は、そんな想いに満たされた。
 それがアヤカシが操った心と意識する事もないまま。

 もこもこ。ふわふわ。もこもこ。
 次第に大きくなっていく純白の毛玉は、家屋をも呑み込む大きさになっていた。
 魅了の術に掛かった老若男女の村人達や犬同様野放しで飼っていた家禽までも巻き込んで。
 もこもこ。ふわふわ。もこもこ。
 呑み込まれた生物はもこもこの毛玉に埋もれ一様に幸福に満ちた表情をしている。
 元がなんであったか、小型犬の姿は既に巨大なもこもこの毛玉の中に隠れて判らない。
 もこもこは生物という糧を得て更に広がり続ける。
 もこもこ。ふわふわ。もこもこ。

 村の異変を悟ったシノビの里から、様子を見に行った者達も巻き込まれ。
 正直、村がどうなろうと知った事ではないが。放置すれば、こっちまで害が及ぶ。
 でも、これ……どうするんだ。手に負えないぞ。素知らぬ顔を決め込むにしても。
「厄介事を引き受けてくれる場所があるだろう、ほれ」
 仕方がないと遣いが走った。伝言を介して開拓者ギルドまで通報が入った時。
 何が起きてるのかさっぱり掴めなかった。

『よく判らないが、もこもこした毛玉が近くの村を覆っている』

 遣いは名乗らず、頼まれた善意の第三者もギルドの係員に説明に困る。
「いや、俺。伝えてくれよって頼まれただけだし。頼むなり逃げ去っちまったんだ」
 様子を見に行ってくれとしか言いようがない。
 一応、緊急の調査依頼と係員も手配はしたが。

 依頼を引き受けた開拓者も何の事やらと雲を掴む状態で出発する。
 そして、着いた時には遠目にもすぐ判る、杉の背さえ越えた純白のもこもこ山。
 もう村付近一帯が純白のふわふわもこもこした毛玉に覆われていた。
 唖然とするしかない光景。

 ……何これ。


■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
ティアラ(ib3826
22歳・女・砲
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
闇野 ハヤテ(ib6970
20歳・男・砲
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

「馬鹿にしてるんですかこの依頼」
 急いで行けと言われて向かったものの。要領を得ない説明に、とりあえずはぼやきたくもなった。
「行ってみない事には判らないですから。そう言わず神の思し召しのままに私達敬虔なる僕は……って、うわ」
 にこやかに説諭を始めたエルディン・バウアー(ib0066)は唐突に立ち止まったティアラ(ib3826)にぶつかり、たたらを踏む。
「どうしたのですかティアラ」
「……も、もこもこした毛玉が近くの村を覆っている」
「ええ、そういう話でしたが。わ〜お、気持ち良さそうですねぇ」
 絶句したティアラの頭上から暢気な声が降る。
「まぁ♪羊毛の山のようですわ〜。これが、問題の場所かしら?」
 手をかざし、こちらも緊迫感の全く無い声を上げるシータル・ラートリー(ib4533) 。
 その後ろで闇野 ハヤテ(ib6970) があんぐりと口を開けている。が、すぐに気を取り直し首を振る。
「確かに……はい、もこもこですね」
 そうとしか言いようがない。こんもりと木立より高く膨らんだ白いもこもこの山。
「何だあれは……人を喰らうアヤカシの類か!?くっ、手強そうだな、うさみたん!」
「いやその、他人の趣味にどうこういうつもりもないが。ぬいぐるみに話しかけるのは……」
 ラグナ・グラウシード(ib8459)のような如何にも屈強な戦士然とした大の男がそうしている姿は異様である。
 何故この男は、仕事に大きな、そしてファンシーなうさぎのぬいぐるみを背負ってくるのだろう。
 別に構わないのだが、どうも目の当たりにしていると己の心を律する力を問われてる気がする。
「アヤカシか……確かに。もこもこだから判り難いが、これ全部瘴気と考えると途方もないな」
 それ自らが瞳にも見える不可思議なカッティングが施された片眼鏡で風景を見透かす竜哉(ia8037)。
 この辺りはまだ精霊の力が働いているが、もこもこの方角には瘴気が澱んでいる。
 流れはない。
「何だか判りませんが。とりあえず村の危機ですわね♪」
 愛用のスカーフをぎゅっと固く結び直し、駆け出すシータル。
「ティアラ、ほら行きますよ」
「あ……は、はい!」
 エルディンに名前を呼ばれるまで、ティアラは圧倒されるもこもこな光景に茫然自失としていた。
(神よ、私は間違っておりました。罪無き民が危機に晒されている事も思い至らずに酷い言葉を……)

●ひたすらもこもこ
「位置的にはこのもこもこの辺りに村があるはずだな。呑まれたか」
「人の声もありませんね」
「ラグナ殿!そんな無造作に!」
「危険だな……この感覚。気をつけるんだ、うさみたん」
 綿毛のようなもこもこの端をちぎって手にしたラグナ。この胸に湧き上がる感覚は何なのだ。
 背中に手を回しぬいぐるみの手を握る。何か違う。こうじゃない。
(うさみたんの感触で物足りないだと?そんなはずはないっ!)
「ふんわりとして肌触りが良い。ほのかな温かさ。包まれたくなるような優しい心地よさ」
「埋もれてみたくなりますね、布団みたいで」
「いや、騙されるんじゃない。これはアヤカシの罠だ。瘴気を放っているんだぞ」
「しかし突入するしかないんじゃないですかね。外からじゃ何も見えませんよ」
 心を擽られる。微かながら揺さぶられる。そこにただならぬ気配を感じぬ訳ではない。
「アヤカシの力なんでしょうかね、これ」
「微かだけどな。何か妙な意思を感じる。俺であり俺でないような」
「切り離すと消える。これは普通の物質ではないのは確かだな」
 むやみやたらに振り回せる状況ではないと大剣を抜かず、携えてきた別の小剣の身を抜くラグナ。
「何があるか判らないから、皆で一緒に動いた方が良さそうですね」
「神父様、離れないでくださいよ。あなたが一番何処へ突っ走るか心配です」
「信用ないですね〜。何でしたら手を握りましょうか子供の頃みたいに」
「謹んで固くお断りさせて戴きます」
「村人の位置が掴めない状態で飛び道具は使えないからね。ボクが背後に備えて最後尾になるよ」
「俺は一応ナイフも持ってきているから、横を守りますよ」
 長い銃身を持つ『天衝』は一寸先は闇ならぬもこもこに埋もれるのであれば勝手が悪い。
「じゃ、エルディンとティアラが真ん中で……いいかな?」
「四方援護致しますよ」

 村がそこにあるらしい、程度の情報しかない。
 闇雲に進むのは気が進まないが、他に方策がない。
 まずは原因が有りそうな可能性の高い中心部を目指す事にした。
 ラグナの身体から立ち昇るオーラ。輝く剣が何の抵抗もなくもこもこを切り払い進む。
 エルディンの呼んだ幻の火球が辺りを照らすが、ふわもこに遮られてさほど視界は広がらない。
 密度は次第に濃く。突き進んできた分だけが人間の通れる大きさに切り取られて、もこもこな洞窟のよう。
 暖かな色を照り返すもこもこが余計に気持ち良さげに魅惑する。
「村人か?」
 地面に伏して、ではなくもこもこの中に埋もれるようにして人が倒れていた。
「気持ち良さそうに寝息を立てているな」
「もしもし?もしもし?……起きませんね」
「いい夢を見ているのか幸せそうな顔していますが」
「でも血の気が引いているような気がしないでも」
「どうしましょう外まで担いで運びましょうか。通ってきた部分なら俺一人で簡単に往復できると思いますけど」
「外へ出せば起きるかな?」
「判らないな、もこもこの外はおそらく安全だとは思うが……気をつけてくれよ」
「ハヤテ殿が戻られるまで待機しますか?」
「いや、感じるだろうこの妙な感覚。あまり長くもこもこの中に居るのは不安だ」
 このままもこもこに飛び込んで埋もれて、満喫したい誘惑。
 打ち克つにまだ己の意志が勝っているが、いつまでも耐えられる自信があるかというと。
 そう、もこもこの奥に進むにつれて誘惑は強くなっている気がする。
 寒気を遮る心地よい温もり。極上のふんわりとした肌触り。固すぎぬ弾力。
(いやいや、騙されるんじゃない。これはアヤカシの罠だ。)
 そうだ、もう一度眼鏡を透かして見ろ。全部瘴気じゃないか。もふらさまみたいに精霊の気なんてこれっぽっちもない。
「前に進むぞ」

「ティアラ?」
「もこもこ……ふわふわ……神の用意されたもう極上の寝床……」
 ぼふっ。横のもこ壁にめりこむように彼女は両腕を開いて飛び込んだ。
「ボクも……もこもこ〜」
「シータル!惑わされるな!ほ、ほら、うさみたんの手を握っても構わないぞ」
「そんなの要らないよ〜。えへへ、もこもこ〜」
「何だってえええっ!?私の、私のうさみたんよりもこもこが上だなんて!?そんなはずは絶対にないっ」
 誘惑は次第に強烈になっていた。
(……やばい、俺も寝ちまいそう)
「え、あのハヤテ殿。何で銃を構えようとしてるんですかっ。こんな視界で撃ったら危ないですよ!?」
「いや……眠くて……大丈夫、地面に向けて撃ちますから。弾も込めてないですし」
 パァーンッ。火薬の弾けた匂いが立ち込め、威勢のいい音はもこもこに吸収された。
 が、近距離に居た面々にはそれなりに強烈である。目を醒ますにはいい音であった。
「うぁ。神父様、何をやってるんですかぁぁっ!」
 もふもふに筆を突っ込みティアラの埋もれた頬に猫ヒゲを。
 その程度のつもりであったがいきなり起きたので鼻の上を横切って墨一文字。
「ぷっ。ぐふぉ……あの蹴りには少し加減を……」
「今の音は効いた〜。え、何……ボク落書きされたの!?」
「……さあな」
 しれっと濁す竜哉。先に起きたから未遂であった。筆を懐に仕舞い直す。

「もっふら〜♪もっふら〜♪もふらは〜キュート〜♪もふらが大好き〜♪どんどんゆこう〜♪」
「余計に誘惑されそうな歌、やめてください」
「いやあ、だって歌ってないと脱いで素肌で堪能したい誘惑が。ああなんて気持ちいいのでしょう」
「同じような事を考えた村人が居るようだな」
「これ運ぶんですか?どう見ても全裸のおっさんですけど」
「ボクには重くて無理かな……」
「ハヤテ殿♪」
「あ〜はいはい、俺……ですよね運ぶの。服その辺にないですか」
 道中老若男女、動物分け隔てなく。一直線に進むだけの間だからそれほどの数ではないが。
 他に埋もれてる者達も早く何とかしてあげたい。

 きゃんっ!くぅ〜ん、くぅ〜ん。
 愛らしい小犬の鼻面。しかしそのふわふわの毛は周囲と一体化している。根元はこいつのようだ。
「繋がっている?」
 ぐいと手近なもこもこを引っ張るラグナ。小犬は同じ方向に引っ張られ哀れっぽい鳴き声をあげる。
 前脚を掻くが空回りしている。周囲のもこもこの重量が本体に勝っている。何とも間抜けだ。
「ボクが今助けだ……ったぁ……えっと、ありがと」
「しっかりするんだ」
 惑わされ小犬に飛び込もうとしたシータルを勢いよく張り飛ばしたラグナ。
 背中が頼もしいがそこにあるのはうさぎのぬいぐるみと締りがない。
「愛らしい姿で惑わすアヤカシですか。瘴気に還りなさい」
 自身の胸のときめきを抑え、凛とした声を張るエルディン。
「神父様……」
「ティアラ、大丈夫ですか」
「ええ」
 この痺れは貴方が撃ったホーリーアローでしょうけど。私はまた惑いに捉われていたのですね。
「瘴気の元凶を断つ」
 勝負はほとんど瞬時に着いたも同然であった。最期は塩となって崩れおちるアヤカシの姿。
 辺り一体を包んでいたもこもこもアヤカシの消滅と共に塵となって風に散っていった。

●余談
 晴れてみればありふれた寒風に吹かれる農村の光景であった。
 弱った身体に寒風で悪い病を呼び込まぬよう、手近な建物に村人を運び手当てを施す。
 森に入っていた子供達も見つけ、まだすやすやと眠る幼い顔に安堵の微笑みを漏らす。
(すごい……幸せな顔して眠ってるなぁ。永眠するかもしれなかったってのに)

「良かった。スカーフに落書きされてたらどうしようかと思いましたわ♪」
「ところで神父様」
「はい、何でしょう」
 どげしっ。
「はうあっ!?」
「助けて戴きありがとうございました。顔に墨とかホーリーアローとか」
「どういたし……まして」
「……」
「ラグナ、名残惜しいのか」
「あの、もふもふした感触。アヤカシでなければ……私の家で飼ってやったのに」
「判ったから、そのぬいぐるみ抱き締めるのは今はやめてくれないか」
 せめて、その。村を出てからに。