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■オープニング本文 岩場の不安定な瓦礫の上を、飛び交う小さな黒い影。 警告、威嚇、敵意。それは人の言葉とは異なるものの意思を明確に伝える声音を喉より発していた。 それは知らぬ者の耳には悲鳴の叫びにも似た響き。 海側より激しく迸る水柱が、半歩避け遅れたその一体を叩き。 ぐったりと硬い岩に寄り掛かって動かぬ姿は、黒い毛皮を纏った狐のようであった。 そう、この人の耳にはギャアーッ!ギャアーッ!と耳障りにも聞こえる声は、確かに野生の狐が放つものにも似ている。 だが通常の狐が、こうも果敢にアヤカシへと挑み掛かっているであろうか。 仲間がやられても怯む事なく。 他の個体が水柱を放った元へ囲うように鋭い牙を閃かせて飛び掛る。 激しい飛沫の間に、蠢く大蛇の首が見えた。 果敢に挑む小さなケモノ達を小うるさいと言わんばかりに、牙を突き立てられた首を大きく振り。 別の首がケモノの背中を噛み、どちらのものとも知れぬ鮮血に濡れて……そしてまた水に洗われる。 大蛇達はその長い首の根元でひとつの胴体へと繋がっていた。全長は浅瀬に沈めた分も含め幾らか判らぬが。 優に3mは超えているであろう事は想像がつく。 仔を運ぶ親のように、深く傷付いた仲間の首根を噛み力を振り絞り下がった一匹のケモノ。 突如として現れた、見たことのない生き物の姿に。仲間を足元に横たえ。 たった一匹でありながら勇敢に牙を剥く。 人間達の前に。 ◆ 辿り着いた廃港を後に、海岸線の調査を任せられた開拓者。 浜辺をしばらく歩くうちに、高い崖に阻まれ。 大きく迂回して上から行くか、それとも狭い崖下を縫って一列で歩くかの選択を強いられた。 迂回して一体何処に出るのか未知の土地。まずは進めるだけ進んでみようかと。 それでどうにも進めぬようなら素直に戻ってくればよい。 もしかしたらすぐに広い場所に出るかもしれないのだし。 確かに崖下を抜けると、すぐに見晴らしの良い地形に出た。 どうやら先程の場所は岬の先端であったらしい。 波打ち際の僅かな部分は砂浜、この辺は岩場が崖上まで続いているが壁という程ではない。 崩れやすい場所に注意して選びながら足を運べば、それ程苦労もせずに登れそうだ。 其処へ地形の影から現れた生き物の姿。 同じような体格の傷付いた仲間を連れた黒い小さな狐が自分達へ威嚇の牙を向いている。 その向こう、地形の影となっている一帯から聞こえる数々の叫び。激しく水を打つ音。 これは――。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
アルセリオン(ib6163)
29歳・男・巫
月雪 霞(ib8255)
24歳・女・吟
吉祥 紅緒(ib9962)
16歳・男・武
来那・ブルーリバー(ic0076)
34歳・男・騎
トラファ(ic0090)
22歳・女・弓 |
■リプレイ本文 「トラちゃん見て見てっ!狐さんだよぉ」 牙を剥く姿なんてお構いなしに無邪気な歓声を上げてトラファ(ic0090)の外套を引く吉祥 紅緒(ib9962)。 「紅ね、黒い狐さんなんて初めて見るの〜。可愛いよねっ」 「可愛い……のかなぁ?」 「……トラちゃん、食べちゃダメだよ?」 「ん〜。狐は食べないよぉ?食えても肉少なそうだしな」 「無闇に刺激するなよ、おまえら。向こうで何かやり合ってる音の方が問題だ。向かうぞ」 「ああ、声からしてこいつの仲間だろうが。早く確認した方がいいだろう」 伝わってくる不穏な気配にむしろ笑みを浮かべて足早に向かおうとする来那・ブルーリバー(ic0076)。 羅喉丸(ia0347)も頷き、調査の隊を組んだ仲間達を促す。 「そうですね行きましょう。……アル、その子は助かりそうですか」 水際の空の色に溶けてしまいそうな儚い姿の女性。月雪 霞(ib8255)。 穏やかに包み込む風を呼び、瀕死の狐へと遣わしたアルセリオン(ib6163)が妻の顔を振り返り、小さく微笑む。 「拒絶されなくて良かった。まだ動けないだろうが、仲間が一緒だからいざとなれば逃げられるだろう」 紅緒達には早く離れろと促す。威嚇されているのだから、これ以上は干渉してやるな。 「あなた達の縄張りに勝手にお邪魔してごめんなさい……どうかお許しくださいね」 言葉は通じないだろうとは思うが、それでも想いを唇に乗せる霞。 長い鼻梁の奥にある聡明そうな瞳をまっすぐに見据えて。そして身を翻す。 ●水際の三様 「厄介な地形で戦ってやがるな」 一目でアヤカシと判る三本首の怪物。対するは黒い小さな狐達。地の利はどちらにあるとも言えない。 岩場の斜面が水際まで続き、海面にも大きな岩が幾つも頭を突き出している。 アヤカシは胴体を波間に沈めて全容は明らかでないが、その獰猛な首だけで充分な脅威だ。 「水深は問題なさそうだが、浸かると逃げ場がねえからやめといた方がいいな」 周囲の岩を利用して応戦した方が都合がいい。 「出てくのは、自分と羅喉丸か?右と左に分かれれば、充分立ち回れるな」 「ああ、反対側を頼む。狐達がどう動くか判らないが」 「あいつら壁を張れるような身体じゃねえだろ。変な位置に飛び込まなきゃいいけどな」 武骨な大剣を鞘から引き抜き、海上の岩場へと足元を選びながらアヤカシの傍へ向かう来那。 羅喉丸はその速さを活かし跳び交う黒い影の間を抜け、同時に迫れるよう同じく海上の岩場へと。 水柱の一本が背後を掠める。狐の悲痛な絶叫が重なる。 「貴様の相手は俺だ!」 呼び掛けと共に繰り出された衝撃波にもたげられる首。 不安定な狭い足場に居る獲物へと俊敏に伸びてきたそれを拳で逸らす。 海中に落ちそうになった態勢を立て直しに、別の岩へと後退する。 「狐さぁ〜ん。この子退治しちゃいたいから、頭ひとつお願いできるかなぁ〜?」 って薄情!みんなして離れるのぉ!?一緒に戦うんじゃないの!? 「むぅ〜。紅も前に出るけどぉ〜。みんなで協力して倒した方が楽だと思うんだけどっ」 ケモノ達と同じように軽々と岩の上を駆ける紅緒。 届きそうな場所まで達した所で、宝珠より精霊を具現させてアヤカシへと襲い掛からせ。首の届かぬ位置まで離脱。 「そっち、ダメぇっ!」 小賢しく動き回る相手より、という事か。全く異なる方向へと迸る水柱。 紅緒の合図があり次第、狙い撃ちやすい場所から攻撃を放とうと位置を探し動いていたトラファが。 逃れられずに叩き付けられて、歯を食い縛る。 「霞、できるだけ下がれる位置まで登ってくれないか。濡れていない場所があればそこまで……」 トラファの苦痛を少しでも和らげようと優しい風を送り込み、自分はその場より前に出ようとするアルセリオン。 「この辺りに濡れてない場所はないですから……ごめんなさい、アル」 戦う人達に奏での届くこの位置で私は。 柔らかな音色を響かせる弦を辿る指先は毅然と力強く。迷いのない運び。 ハープを演奏中は動けぬから遠方まで攻撃の及ぶアヤカシにとって格好の標的となるであろうが。 狐達は逃亡は図らぬが、物理的手段しか持たぬ故、羅喉丸と来那が接近を挑んだ事で散発的な攻撃になっていた。 先程までのように犠牲を厭わぬ戦い方から、隙を見ては数匹が飛び出して牙を向けるという手法に。 水柱を警戒して常に動き続けなければならぬのだから、体力的な限界もあろう。 迸る距離は途中岩肌に砕かれなければ、崖上にも達する程にある。 短音を刻み複雑な音階が十本の指先で躍り続ける激しい旋律が波音を掻き消して響き渡る戦場。 「おらおらぁっ、他所に気を逸らしてる暇なんて与えねえぜ!」 己に喰らいつかれようが、太い首に深く重く刃を叩き込み。潮の香りと血の臭いが鼻腔を満たす。 波に洗われる足場をしっかりと踏み締めて。研ぎ澄ませた一撃が、瞬間、首の動きを留めさせる。 「結構今のはきつかっただろが。甘く見るなよ」 大物相手。首一本といえどもそれなりにきついが、気分は高揚している。 大剣そのものが持つ重量に加えて来那の鍛え上げた腕が両断する勢いを込めても、奴は巧みにそれを削ぐ動きをしてくる。 ただ踏破して地形を調査するだけの楽な仕事も悪くないが。 そう、それも嫌いじゃない。 だが、いざ目まぐるしく変化する状況に直感と思考の境界も曖昧な、気を緩めれば命が飛びかねない時の刻み。 危機を排して打ち破った時の気分は代え難い物がある。 自分の持てる力を最も余さず駆使して達成できるのが戦いの場。 (腕が鳴るってもんだぜ) 確実に傷を与えているが、その裂痕は僅かずつではあるが塞がろうと試みている。とはいえ、アヤカシの側も水際より進めず。 徐々に疲弊するがまま開拓者とケモノ相手に決め手を欠いていた。 三本の首がそれぞれに動くのに忙しければ、水柱の放たれる頻度もまばらになる。 呼吸を整える時間のできた狐達が再び高い鳴き声を上げて、整然と意志疎通のとれた波状攻撃に転じる。 開拓者の攻撃に気をとられている瞬間を狙って水に飛び込み、胴への攻撃を試みるモノも居た。 一部は紅緒の動きに合わせ、共に動き回るモノも。 後方で機械弓を用いるトラファや、一所に留まりハープを奏で続ける霞と同じ射線に入らぬよう考えて指揮されているのが見てとれた。 「狐さん大丈夫?もうちょっとだから!がんばって……こら!余所見しちゃダメだよ。紅だけを見ててくれなきゃっ」 後ろの言葉はアヤカシに向けたもの。傍に居た狐が牙の餌食になったのを自らの腕を捻じ込んで奪い返す。 痛い。お肌が。そんな言葉を飲み込んで、傷付いた狐の身体を抱きかかえて転がる。 「トラちゃんっ!」 間一髪、トラファの放った矢に牽制され再び喰らいつかんとしたアヤカシの首が動きを変える。 立ち上がりながら指先で結ぶ印。腕の中の狐に生気が蘇る。振りほどく力に嬉しいような寂しいような。 「来那さん!」 羅喉丸の掛けた声。そして小さく呟く自分への言葉。 「動け、奴よりも速く」 折りよくアルセリオンの創り出した歪みが中央の首を捉える。 水に落ちても構わぬと喰い込ませた刃を逃れようとする首へ深く押し込む来那。 羅喉丸の繰り出す連打。息も継がず更に連打を一点に集中させ。 「逃がすものかっ」 堪らず後方の海中へ退こうとしたアヤカシに尚も拳を繰ろうとするが、至近から叩き付けられた水の塊に阻まれた。 手負いのヒュドラは最後の力を振り絞って阻む者を払い逃れると、沖の深みへと没した。 ●風の奏で 戦いの最中は、途中より共闘者への気遣いを見せた狐達であったが。 一団となりて崖上に集合し、開拓者達を静かに見下ろす。治療を施した狐も群れに紛れて今は区別も付かない。 「去れという意味だろうな。何もしなければ向こうも何もしない、か。僕達も闖入者である事に変わりはない」 「ま、しょうがないな」 「一曲だけ……宜しいでしょうか。もしかしたら刺激をしてしまうのかもしれませんが」 「反応次第かな。敵意を煽るようなら諦めて立ち去ろう」 「……では」 彼らの住まう、この大地を渡る風を思わせる奏で。即興であるが、素敵な土地であるとの想いを込めて。 願わくば、彼らに良き奏でが降り注ぎます事を……。 霞の演奏が止むまでの間、誰もが無言で狐達を見上げていた。狐達も見下ろしていた。 通う視線の中に、彼らが何を想うかは見えない。 「一緒に戦えて良かったよ。また次に会えたら、今度は一緒に遊ぼうね?」 無邪気に手を振る紅緒。今はまだ何も返ってこない。 「次に会う時には、何か変わっていればいいんだがな」 「別にやりあってもいいが、そんときゃ皆殺しにするぜぇ?」 これは来那なりの敬意を表した挨拶。不必要な争いを好まない思慮深さを彼らに感じる。 水際を元来た道へと引き返す開拓者。無理に押し進まなければならない切迫は今の任務に無い。 見た事、体験した事を戻って余さず語ればいいだけだ。 それからどうするか、考えればいい。 |