ごはんがおいしい祭
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/30 18:12



■オープニング本文

 収穫も盛りが過ぎ、村が一番賑やかになる日がもうすぐやってくる。
 畑の豊饒と皆が元気に過ごせた事を感謝して、無礼講の村祭りの日。めいめい手作りの仮装姿で、朝から晩まで飲めや歌えやの大騒ぎ。
 高所から脱穀を終えた稲藁の山へと飛び降りながら愛を叫ぶ催し物は、毎年一組は新しい伴侶達が生まれるのが名物である。
 参加資格は村の内外を問わず、村祭りの日に供される飲食物は全部タダ!という大盤振る舞いだが、慣例の礼儀として皆何か、自作の一品を持ち込んでくる。
 牧歌的な風景に異国の珍しい料理や各地の郷土料理が並ぶ様は、村の誰もが自慢する秋の風物詩。
 無論、村の産物である米や野菜を使った地元の人達が作った愛情たっぷりの家庭料理も忘れてはならない。

 おらが嫁の味噌汁は天下逸品の味だわさ。いやうちの母ちゃんが作った芋煮が最高に決まってるべ。
 末娘が小さな手で作ったお握りが涙が出るほど美味い。婆ちゃんの漬物の味を今年も味わってくんろ。
 男の料理だって負けてないぞ、いや実は俺が家で一番手先が器用なんだよ。どぶろくなら爺ちゃんの作った奴が最高さ。
 次男が大きくなったら都に板前の修業に行きたいなんて言っててねぇ。もう楽しみで仕方ないんですよ。

 絵入りのチラシが開拓者ギルドなど人の多く集まる場所に持ち込まれ宣伝された。
「村の人に頼まれましてねぇ。すみませんが目立つとこに貼ってあげてくださいよ」
 日がな畑仕事で、冬も出稼ぎや手仕事で忙しく。
 主要な街道に近い訳でもなく、日用品を運ぶ馴染みの行商や刃砥ぎの旅職人くらいしか訪れる者は滅多にない。
 外の世界と交流する機会もあまりない村人には、外から大勢の人達がやってくるのが楽しみでしょうがないのだ。

 祭りの為に組まれた高い櫓。例年なら、せいぜい村の家屋の高さと同じ程度しかないのだが。
 それでは刺激が足りないという志体持ちの皆様のご要望にお応えして。
 もっと高いとこから跳んじゃいましょうよ!と。
 上級者向けの更に高い櫓も、通常の高さの櫓の隣に組まれた。
 下にたっぷりと稲藁が積み敷かれているとはいえ、見下ろせば脚が震えるかもしれない。
 危険なので、ここから跳ぶのは志体持ちの十歳以上に限らせて戴く。怪我は自己責任。
 子供でも一人前の開拓者なら、自分で責任は取れるだろうとの主催者の判断である。
 治療の心得のある者にはご協力戴く事もあるかもしれないが。
 稲藁のない場所には跳ばないように、とは申し込みの際には説明される。
 何故か愛を叫ぶ者が多いが、別に跳ぶ時に叫ぶ内容は決まっている訳ではない。
 ただ、何か叫んだ方が盛り上がるので、何となく誰もが叫ぶのが慣例になっている。

 櫓の周囲には、たくさんの台が並び、料理や飲み物が供される。
 好きな物を皿に取って、お喋りを楽しみながら過ごす。
 立ち話をしながら食べる者も居れば、茣蓙を敷いてまったりと過ごす者も居る。
 大酒を喰らって青空の下に大の字に転がろうが、誰も気にも留めない。

 誰かが音楽を奏でれば、自然と踊る輪も生まれる。歌う者も現れる。
 夕暮れ頃には村人も旅人も一緒になって手を取り合って陽気に踊っている。
 誰もが楽しい時間を過ごし疲れ、自然に人の姿が消えてゆくまで祭りは続くのだ。


■参加者一覧
/ 劉 天藍(ia0293) / 羅喉丸(ia0347) / 真亡・雫(ia0432) / 柚乃(ia0638) / 紫焔 遊羽(ia1017) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 平野 譲治(ia5226) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / 猫宮 京香(ib0927) / 无(ib1198) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / 果林(ib6406) / パニージェ(ib6627) / スレダ(ib6629) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) / オリヴィエ・フェイユ(ib9978) / 赳(ib9992


■リプレイ本文

「此処を借りていいのかな」
 荒い石積みの即席竈が並ぶ一帯。重そうな背負子を慎重に地面へと下ろす明王院 浄炎(ib0347)。
 中には昨日のうちに大鍋一杯作られた礼野 真夢紀(ia1144)謹製カレーが積まれている。
 筋骨隆々の巨躯を熊皮のコートに包み、頭に乗る熊耳が愛らしくて厳しさを打ち消し柔和な気性を引き立てていた。
 妻の明王院 未楡(ib0349)も犬耳に合わせた明るい色合いのコート。更にふわふわの尻尾付き。
 ちなみに真夢紀は白猫の面を斜めに髪へ載せて、獣耳。人に化けた動物という意匠で三人共揃えている。
 未楡の初案は違ったのだが、秋口の気候を理由に妻の柔肌の露出を控えめながら止めた。
 それほど強い拘りも無かったようで、わんこ姿にご満悦の様子で良かった。
 二人が料理談義に花咲かせながら荷支度を解いている傍らで、大きな背中を丸くして熾した火の加減を調節する。

「ほら、そちらへ行ったら危ないですよ。火や刃物を使ってますからね」
 女物のスカートを翻らせて、やんちゃ盛りな村の子供達を追い駆けてきたオリヴィエ・フェイユ(ib9978)。
 仮装でしょ?という言葉を都合良く使いこなした姉に遊ばれて、化粧までも丹念に施されて。
 似合い過ぎて仮装してきたのか逆に問われ、ボクは男です!と力一杯主張して妙に関心して首を振られた。
 お嬢さんとかお姉さんと呼ばれる度に断固として主張していたら、何だかそれが此処での挨拶と化していた。
「物語は好きですか?お母さん達の支度が済むまでボクが本を読んであげましょう」
 各地から集めた童話が収録された書物を幾冊か持ってきた。最初はどれからがいいかな。
 お姉さんらしき子が弟達に指図して木箱と茣蓙を持ってこさせるのを見て、自分の子供の頃を連想する。
「お人形さんみたいな綺麗な服、汚しちゃ嫌だから」
 そういう女の子は小さくなった着物をミニワンピース風に仕立て直した可愛らしい格好。
 ボタンの代わりにどんぐりが縫い付けられている。頭にも木の実を繋ぎ合わせたティアラ。
 腰を下ろした膝の上に彼女を乗せて本を開くと、期待に満ちた瞳の群れがもう待ち遠しく見上げている。
 森に迷い込んだお姫様を助ける動物達の話にしようか。そう、これもお姫様がどんぐりを拾って……。
「小さな森に兎の兄弟が住んでいました。お兄さんは走るのが早く、だけど跳び比べでは弟がいつも――」

「紫江留っていうの。よろしくねぇん♪」
 胸には詰め物。念入りに仕上げてきた腕や脚はもちろんの事、つるつるの腋。化粧もばっちり。
 肩出しの泰国風ドレスに身を包んだ村雨 紫狼(ia9073)。深紅の衣装にピンクのかつらは目立つ。
 多少体格は逞しいかもしれないが、これぐらいの女はよく居るって。
 初対面で顔割れしていない村のおっさん達に色気を振り撒いて歩き、いやぁ後でバラした時が楽しみだな!
 しかし視覚的衝撃はまだ上が居て、彼らの視線を奪っていた。
 彼の女装とは方向性が全く異なる。女性らしく見せようなんて考えは微塵も感じさせない。
 そう、ラグナ・グラウシード(ib8459)はなりきり魔女セットなる品を、全くなりきらない身に付け方で。
 堂々たる歩みで、酒瓶を片手に。たぶん衣装以外は威風堂々たる修羅。
 いやそれだけではない。背中に負われたうさぎのぬいぐるみもおかしい。似合ってない。
 でもうさぎは彼に言わせると仮装の一部ではないらしい。
 仮装の一部だと思わせて欲しい、村人達はそう思った事だろうが彼は全く意に介していない。
 それより。
「……ふ、ふふふ」
 祭、それは男女が睦まじく非日常の時間を共有できるお手頃な空間である。
 あっちもこっちも!睦まじげで楽しげなカップルが!
 なのに私は一人で南瓜のフルコースを頬張っている。でもすごく美味いから料理に罪はない。
 料理の傍に置かれた札には、劉 天藍(ia0293)様ご提供と書かれていた。

「あは〜、雫くんその格好似あってますよ〜。可愛くて♪」
 ラグナの憎悪と羨望が入り混じった視線の先、猫宮 京香(ib0927)は恋人の手を握っていた。
 恥ずかしげに顔を俯かせているのは女物の旗袍を着た真亡・雫(ia0432)。
 京香の方は男装と衣装を逆転させているが、男物を纏っても彼女は可愛らしい。
 自分は周囲にどんな風に見えているのだろうか。女装?それとも女性?
「結構手の込んだ料理が多いですね。私も一人旅が多かったので料理は一応出来るのですけど……」
「野趣溢れた感じが、この空の下によく合ってますよ。ほら喜んでかぶりついてる方が」

 もきゅもきゅごっくんと満面の幸せ顔で頬張っているプレシア・ベルティーニ(ib3541)の姿。
 肉の塊を平らげスープも大盃で干して置いたかと思いきや、周囲の勧めるままに受け取った両手一杯の各種串焼きを口へと運んで賞味する。
 後ろに垂れた九尾から本物の一本だけが威勢よく振られ、遠目にもご機嫌っぷりが明らかだ。
「おっまつっり♪おっまつっり〜♪」
 歩けば次々と料理を誰かから差し出されるが、プレシアの消費速度もよく噛んでる癖に半端じゃなかった。
 何処へ移動しても人が居れば食べ物が与えられる。それは次第に甘い物へと変わっていって。
「お菓子くれなきゃご飯食べちゃうぞ?だっけ?」
 何かこういう祭り別の地方でもあったよね。何処だっけと思いながら、人が賑やかに集まってる方へ惹かれて歩いてゆく。

「行かなくていいの?」
「ここで天河様と美味しい物を食べて色んな話してるのが楽しいですから」
 気が付けばお互いの身の上をたくさん話していた。自分の事を話してた方が多かったかも。
「美味しい、果林は料理の天才だね」
 果林(ib6406)の作ってきたケーキをどれよりも一番美味しそうに食べてくれる天河 ふしぎ(ia1037)。
 いい雇い主に恵まれて良かった。
 今日は空賊王とその部下という姿に扮して。
 明るいラインの引かれた大きな襟。胸元できゅっと結んだスカーフ。そして動きやすい腿まで露に短く作られたズボン。
 自分がこの姿をしているのを誇らしく思う。
「気に入ってくださって、嬉しいです」
 季節の栗を使ったケーキは雑味を除いて滑らかな舌触りのクリームを作るとこから始めて。
 時間と手間が掛かるけど、気合を入れて作った甲斐があった。焼き加減も今回は大成功だったと思う。
「天河様の卵焼きも、ふわふわ」
「ははっ。実はこれ自信を持って作れるほぼ唯一の料理なんだよね」
 天儀に戻ったのは十年ぶり。あまりいい思い出は無かった。辛い事や悲しい事が続いて。
 ジルベリア人の優しい貴族の夫妻に拾われて、新しい名を与えられ家族の一員みたいに慈しまれ。
 そして得た幸福も、儚く壊れてしまった。
 主様の遺言通り、生き延びて幸せを探して……再び故郷の地を踏んだ。
 どうしていいか判らない私に、この方は希望に満ちた道を指し示してくれる。
「色々大変だったみたいだけど、これからはずっと僕が側にいるんだからなっ!」

●まずは跳躍
「さあさあ皆様ご喝采。今年もやってきました度胸試し!今年は特別高く組んだ櫓、猛者よ空を舞え!」
「一番乗り、猫又と南瓜の精が一緒にダイブしまぁ〜すっ!」
 ほどよく祭も盛り上がってきた頃合で、見世物が始まる。
 最初に手を挙げたのは、ほろ酔いに気分もいい具合に舞い上がった弖志峰 直羽(ia1884)。
 櫓の上で待っていた係員役の若い男が声を張り上げて、挑戦者の名前を紹介する。
「天ちゃん、ほらほら前に出てみんなに手を振って」
「……え。あ、あぁ」
 直羽に付き合って跳ぶのは構わないけど、何を言えばいいんだ?何か叫べとか言ってたような。
 陽気な直羽は見物人の拍手喝采に応え、満面に浮かべた笑顔。ぎこちなく笑顔を作って手を振る天藍。
「じゃ、行こう♪お祭り最高〜、皆大好き〜♪」
 どーんと遠慮なく突き落とされ、楽しい祭を感謝ですと生真面目な言葉を言ったか言わずか一直線に落下。
 高く積まれた藁の山に泳いだ上体から突っ込んでゆく。酔ってるのに無茶な。
「ありゃー顔が藁屑だらけになっちゃったね。刺さんなかった?大丈夫?」
「帽子じゃなくて南瓜の被り物にすれば良かったか。料理した残りはランタンの材料に作ってしまったが」
 そのランタンは村の子供にあげてしまったので、今頃は会場の何処にあるやら。
 何ともないよと顔を撫で回して、まだ張り付いていた屑を拭う。
(皆大好き……か、どうせなら彼女宛に何か言えばいいのに)
 そう言ってやろうかと思ったが、考えてみたら俺も同じだ。彼女に……か。
 今日は男同士で連れ立ってきたが、天藍も最近になって彼女持ちになった身。
 連れてきたら言ったかな、いや……恥ずかしいかな。大切な人の姿を浮かべて一人照れていた。
「天ちゃん今さ、彼女の事を考えてたでしょ〜♪判るよ〜顔で♪」
「おい……こんなとこで大声で。と、次の人が飛ぶから避けないと」

(くっ、先程の南瓜はりあじゅうの味だったのか……!)
 黒い情念が渦巻く胸を更に掻き回されたラグナは口直しと、異様な存在感を主張する巨大な稲荷寿司に挑み掛かる。
 いったい何枚油揚げを貼り付けているのか。端の一角に挑戦しただけでお腹いっぱいだ。

「あれ、これって跳ぶ人の列だったんですか」
 村人と雑談を交わしながら歩いていたら、いつのまにか櫓参加者の列に加わっていた。
 とりあえず手に取った料理は腹に片付けてごちそうさまですと、皿を預けて。
 いってらっしゃいと何となく周囲の空気に流されるままに、梯子を登った和奏(ia8807)。
 結構高いですね〜とぼんやりしているようで……ぼんやりしている。
 別に怖いという事もないけれど。屋根より更に高いとはいえ藁も厚く積んであるし。
 仮装も特に考えては来なかったので、村の女性に着せ替え人形にさせられて舞台役者のような裃姿。
(餅か豆でも撒くみたいですよね。そうだ、持ってきた菓子でも撒きましょう)
「この村に福がたくさん訪れますように」
 配りやすいように小分けしておひねり風に包んでおいたのが幸い。思いつきでやったが、洒落た趣向と村人達は喜んでいる。
 跳び降りる動作は無造作そのもの。
 よく判らないけど皆に労いの言葉と共に肩を叩かれて、またご馳走の波へと呑まれていく。

 少し飲み過ぎかなと思いつつも。料理も酒も美味くて村人達と交わす乾杯も楽しく。
 だが足元はまだまだ大丈夫。よし、俺も櫓に挑もう。何だか楽しそうではないか。
 どすんと槍の石突を地面に突き立て、泰国の鎧武者姿で豪快な高笑いと共に現れた羅喉丸(ia0347)。
 兜から足先まで泰国で好んで演題に使われる英傑に扮した姿に、やんやの喝采。
「槍は櫓の上に置いてくるから心配ない。さあこの姿で跳ぶぞ、ふははははっ!」
 衆目注視の中でやあやあ我こそはと名乗りを上げるのは、気分がいいものだな。
 狭い櫓の上で演舞を決めて、傍らの男に槍を預けるとえいやあと勢い良く跳び下りる。
 飲み過ぎて判断を誤ったと後日しきりに反省した点は、いくら柔らかい上とはいえ甲冑姿で挑むのは無茶だったという事。
 重量が有り過ぎて藁の山を突き破り、したたか地面に身体を打ちつけてしまった。
 それでも藁が衝撃をかなり和らげてくれたので大怪我はせずに済んだ。
 大丈夫だ、たいした事ないと笑い続けているので、見物人達も安堵の息を吐く。さすが開拓者だ丈夫だねぇ。
 裏手でこっそり手当てを受けていたけど、気にしちゃいけない。治療した方も酔っ払いだったから。
 ちなみに先程の歌舞き猫又と南瓜の二人連れである。
 そのまま意気投合して、空徳利を枕に仲良く潰れるまで男同士で陽気に酌を汲み交わす宴へと突入した模様。

●くちづけ
「その、えと……お誘いしてもろて、おおきにな?」
 もじもじと手にした魔女の帽子を弄り回し、傍らで美酒を優雅に煽るパニージェ(ib6627)を上目遣いに見る紫焔 遊羽(ia1017)。
(吸血鬼の格好似合うてはるなぁ……)
 堂々巡りの思考から、ぽんと飛び出てきた感想に自分で驚き。困惑をぶつけられた帽子は文句が言えたら言いたかったに違いない。
 綾地の布がぎゅっと握り締められて。そこに大きな手が伸びてきて慌てて身を引く。びくりと。
「帽子を幾ら捏ね回しても食えないぞ?」
 愛しい笑顔が、遮る物無くそこに広がっている。
 あかん、胸元が見えてまう。この格好失敗だったやろか。ぱにさん、はしたない女なんて思わんやろか。
 開き過ぎ、と自分では思うデザインのドレスの両肩を抱くように腕で覆う遊羽。顔が火照ってしまいそう。
 どうしよ、お酒でも飲んでたら酔いの所為と誤魔化せるのに。
 固く閉ざした唇にザラッとした物が当たり、檸檬の香りが鼻腔を擽って、我に返る。
「焼き菓子は嫌いか?どれ美味いかどうか先に俺が味見してやろう」
 パニージェの指先が摘まんだクッキーだった。遊羽の唇に触れたそれを無造作に自分の口元に運ぶ。
「ぱにさん!?」
「……どうした。ほら美味いぞ、林檎の香りが付けられたのもある」

「何……してるんだい?」
 後ろから囁かれ、驚愕のパントマイムを踊る人型猫又、もといスレダ(ib6629)。
 それが友人の鞍馬 雪斗(ia5470)だと認識して安心し、へなへなと木陰に寄り掛かる。
「いつから後ろに居たですか」
「今さっき見つけたばかりだよ。不審な影を見つけたから何事かと思ったら」
 無声に近い囁き声を交わす、木陰の向こうには。甘々しいようでもどかしい関係の男女。
 お互い好意を持っているのが傍から見てもはっきりしているのに。
(パニ兄様、そこでぐいと強引に。ああー紫焔さんそれじゃ拒絶する仕草に受け取られても仕方ねーです)

「ぱにさん、その…挨拶で頬に口付けるのはあかんのやで……?」
「……頬に?お前にしかしないが、駄目か?」
 大事に思ってる遊羽だから。キャラバンの面々も同じくらい大事にしているし、親しい者にだけは笑うけれど。
 これは、お前一人だけだ。微かに酒の香りが残る吐息。酔って言ってるんじゃないぞ。俺の目をちゃんと見てくれ。
 互いに吸い込まれるように瞳を合わせたまま、ゆっくりと顔が接近し。

 どしーん。
「やや、すまぬ!」
 迷い迷ってようやく櫓から飛び降りる決心が出来た!と善は急げ熱い気持ちが冷めぬうちにと一直線に向かおうとした音羽屋 烏水(ib9423)。
 思い立った地点からその進路上に居たスレダを弾き飛ばす勢いで激突。
 雪斗はひらりとかわしたが、パニージェと遊羽の進展に全意識を集中していたスレダは完全な不意打ちに唇を噛んでいる。
 もう少しだった、というかこの格好で無様に転がってる姿を知人達に見られてる事に。悔しくて顔を上げたくない。

●村人と共に
 気になる家庭ごとに違う味の秘訣を尋ねていて、その老婆の孫が出るというので一緒に低い方の櫓を見物する柚乃(ia0638)。
 老婆も珍しい味に目がないらしく、毎年開かれるこの祭で異国の料理にも造詣が深く話は尽きない。
 器に少しずつ取り分けて種類豊富に並べた料理を二人で味の感想を交わしながら、箸を運ぶ有意義な時間。
 ご馳走と聞いてついてきちゃったもふらの八曜丸は、腹がくちくなってまどろむふわふわの小山になっている。
「楽しみですね、お孫さんが今年初挑戦ですか」
「去年もやりたいって倅と登ったんだけど、いざ上に立ったら大泣きしちゃってねぇ」
 普段は屋根に登っただけで大目玉を喰らっているやんちゃ坊主達がここぞとばかりに大人に混じって跳んでいる。
「あら今年は凛々しい顔してること。衣装は倅が小さい頃、私が作ってやった物なんですよ」
 少し色褪せてはいるが柿渋色に染めた忍び装束。一文字に引き結んだ小さな口元。
 格好よく空中で一回転……の真似。訓練を積んだ訳でもないのにそんな事したら落下地点が。
「危ないっ!」
 何とか藁の上には落ちたが勢いよく転げて土の上でわんわんと泣く。
 一番に駆けよった柚乃が何処か怪我していないか検分すると、膝が破けて赤く擦り剥けてた肌が覗いている。
「痛いの飛んでけ〜っていう歌、柚乃……白猫さんが歌ってあげるからね」
 手首の鈴輪から澄んだ音色を響かせて、男の子の傍で精霊の唄を口ずさむ。
 しきりに謝る両親を宥め、子供と一緒に祖母の元へと。特製の果実ジュースに泣いた子がもう笑っている。
「もう誰に似たんだか食いしん坊で」
「せっかくですからご一緒に如何ですか。大人向けには果実酒も色々持ってきてますの」
「戴きなさいな。柚乃さんの果実酒は試しておかないと損ですよ。私も作って来年出そうかしら」
「母さんったら……それじゃ戴きます」
「おまえ、人並み以上に食べるんだから料理自分で好きなの選んで持ってきなさい。ついでに八曜丸ちゃんのおやつもね」
「あ、八曜丸の分は柚乃が取ってきます」
「いいのいいの、柚乃ちゃんはお客様なんだから。私と一緒にのんびりしましょ」
「おやつもふ?」
 耳聡くむくりと起き上がる八曜丸。
「ねぇ、僕もふらさんの上に座っていい?ふわふわで気持ちよさそう」
「こらっ!失礼な事言わないの!」

「幼子まで頑張ってるなれば、男子たる者……負ける訳にはっ」
 決心したのに、やはりいざとなると櫓の高さに怯み右往左往と時間を浪費していた烏水。
 烏の羽持つ身であるが、実は高い所が苦手である。
 まだ決め兼ねてる間に、自分より年下と思われる男子が先に登っていった。

「これから魅せるはいりゅーじょんなりっ!目を瞑っている暇はないぜよ!」
 燕尾服に濃紺のマントを翻し。つばの広い尖がり帽子。手にしたステッキを高々と掲げ朗々と前口上を謳いあげる平野 譲治(ia5226)。
 遊ぶなら全力を尽くして遊ぶのだ。
 喋る間にも次々と迫力ある大龍の式を繰り出して、夢のひとときを演出する。
 跳ぶ瞬間には朱雀に似た羽色の小鳥が舞い上がり、落ちたと思ったら黒い壁が出現。
 壁の頂点に着地した瞬間に蹴り、瞬時に消えた壁の下から今度は龍が牙の並ぶ口を大きく開けて待つ。
 幻影とはいえ、大きな悲鳴があちこちから上がる。しかし何ともない姿で譲治が藁の上でステッキを大きく振っている。
「皆っ!楽しんだなりかっ!?これはおいらからの贈り物なのだっ!一人百鬼夜行ぜよっ♪」
 手の込んだ芝居に、驚き過ぎて頬張った料理を丸呑みしてしまい目を白黒させている者もいるが。

 食べかけだった餃子を口の中から胃の腑へと送り込んで、ついでにそれと合う少し甘みが入った強い酒も傾けて味わってから。
 見た物を手帳へと書きとめる无(ib1198)。狐の道化師姿の傍らにはいつも通り管狐のナイが居る。
 祭の時間を主の力が保つ限り満喫している。子供達がたくさんいる場所で実体となって過ごすのは心地良い。
 狐連れの狐というのも妙な物だが。
「さて、記事の華に先程愛の告白を成功させた村の人にも話を伺いたいとこですが」
 二人の世界に入っちゃってて、邪魔しちゃいけませんね。誰に聞くのがいいかな。そこの人、ちょっとお話いいですか。
 まずは一献?はいはい喜んでお相伴に。つまみも?これは玉菜と卵を混ぜて焼いてあるんですね。うん、いい塩加減。
 ほう、女性の方がずっと年上で。ふむふむ。畑仕事をしている時に差し入れてくれた握り飯と漬物の味に惚れたと。
「ところでこの風習はいつから始まったんですか。何かきっかけでも……」

●そして日暮れ
「くぅ、わしは飛ぶぞ。飛ばずして何が烏天狗じゃっ!」
 結局ぺしゃりとあまり格好よい跳躍にはならなかった。
「うぅ……やはり三味線弾いてる方がわしには合っておるのぅ」
 ちょうど歩みを向けた先には、興の乗るままに村の謡曲を歌い踊る人達が。
 そちらの輪に加わろう。節に合わせて烏水の撥がべべんと小気味よい合いの手。
「はぁ〜、よいさあ。それから、ほい」
 簡単な節を即座に覚えた雪斗の軽やかな声。
 目笊を手に収穫を模した動作で、踊っている着ぐるみスレダの姿も混じっていた。
(踊るって誘われたと思ったら、こんな踊りでやがりますか!?)
「雫くん、次の曲は夫婦踊りだって。せっかくですし一緒に踊りましょうか〜?」
 雫の手を引いて輪の中心に進みでる京香。形は決まってないらしい。
 老若の男女が気ままに手を繋いで、柔らかな音色に合わせて身体を揺り動かしている。
 相手を見つけられず寂しそうにしていた少女にどうですかご一緒にと、雪斗がにこやかに誘う。
 雪斗の巧みなリードでジルベリアの舞踏会のように踊る姿に、周囲も真似を始め。
「私もあんな風に踊ってみたいわ」
 妻が羨ましそうに見たのは、小柄な伴侶を抱きかかえて高等な魅せ技を披露する村の大男。
 何処で覚えてきたんだ、そんな踊り。
「う、うむ。未楡が望むのなら。だが裾は乱れないようにしてくれよ」

 ラグナが叫び、飛び降りた時は誰も見ていなかった。叫んだ内容?まぁ、いいじゃないか。
 打ちひしがれた心に染み渡る。心を鎮めるさわやかな、けれど不思議に甘い香りが心地良い。
 銀狼の森の茶、というらしい。
「ゆっくりするといい」
 静かに一人、喧騒の外れの一角に茶席を設けていたからす(ia6525)。今日は黒狐に扮装している。
「茶との相性は食べてみてからのお楽しみだが、良ければお試しあれ」
 すいと押した皿には四つ子の肉饅頭が並ぶ。
「とりっく、あんど、とりーと」
 中身はちょっとした悪戯心が加えられている。三つは普通だが。
 遠慮なく、と一つを手に取り。がっぷりといくラグナ。咀嚼しながら俯き肩を震わせた。
(おや?これは激辛唐辛子が当たったかな)
 辛味消しにいい、まろやかな味の茶を淹れてやろうかと支度するからすの耳に沸々と笑う声が聞こえる。
 極甘南瓜味。ラグナが認定したりあじゅうの味、南瓜。それがべたべたの恋人のように甘い。
「うあああああっ、りあじゅう共め滅びろおおおお」
 少々ご乱心気味に叫ぶ男に、調合を変えた。おやすみ、ゆっくりと。毛布も被せてあげよう。