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■オープニング本文 ●熱き砂塵 エルズィジャン・オアシスを中心とする戦いが始まった。 アヤカシはオアシス――もっと言えば、オアシスにあった遺跡の内部から出土したという「何か」を狙っている。 王宮軍と遊牧民強硬派の確執も強く、足並みも中々揃わない状況が続いている。もちろん、アヤカシはそれを喜びこそすれ遠慮する理由などはなく、魔の森から次々と援軍を繰り出しているという。 おそらくは、激しく苦しい戦いになるだろう。 しかし、何も主戦力同士の大規模な野戦ばかりが戦いの全てではない。熱き砂塵の吹きすさぶその向こう、合戦の影でもまた静かな戦いが繰り広げられようとしていた。 ●奔走尽きる (あと少しで集落があるというのに……くっ、このまま進めば巻き込んでしまうではないか) アヤカシ船に追われ、自慢の推進力を飛ばしに飛ばして砂塵を巻き上げながら突き進んできた走砂船。 運が良ければこのまま振りきれるかと、期待はした。 別のアヤカシとの遭遇で既に戦力は疲弊していた。乗船している戦闘要員の大半が手負いである。 治療担当も力を使い尽くして、憔悴した顔で重傷者に付き添っている。 奴らに飛行部隊は居ないのだろう。追ってくるばかりで攻撃はまだ仕掛けてこない。 船にさえ追いつかれなければ何とかなる。距離さえこのまま稼ぎ続けられれば。 味方の走砂船と合流すれば反撃に転じる事も可能だ。 だが、知る限りではこの辺りの哨戒に回されているのは自分達一隻。 砂漠は広く、多く動員されているとはいえ限られた数の船がカバーできる範囲は点と線でしかない。 振り切る方向を誤ったかと今更悔いても仕方がない。 「前方に人影あり!」 「おいおいおい、こんな時に通行人か!?巻き込むなよ!右舷全速転回!……仕方ねぇ、総員戦闘を覚悟しろ」 「覚悟なんて最初からしてるってんだい。こうなったら気力で立ち向かうさ」 「動ける奴は全員配置に付けい。集落に奴らを近付けるな!」 「人影の装備は見えたか」 「この辺の住民には見えなかった。応援の開拓者かもしれないっすね」 「……だと、ありがてぇな。いいか、集落には絶対に奴らを近付けさせるんじゃねぇぞ!」 近くの集落の護衛に配備された開拓者のうちより出された偵察の一隊。それが君達だった。 任務は集落の安全を確保する事。近くに潜んでいるアヤカシが居ないか様子見に徒歩で巡回に出たところ。 地平とまで遠くはないが、駆けるにも遥かな距離。 最初は砂嵐かと思った。しかし、よく見れば巻き上がる砂塵の中に大きな船型の影がふたつ。 追う船。追われる船。 追うのは味方か敵か。どちらにせよ苦戦しているなら一刻も早く加勢しなければ。 乾いた砂に足を取られながらも、駆けた。 追われる船が転回した事で双方の距離は迫っていた。 全長13m程の小型船の甲板に武装したアル=カマルの民の姿。 追ってきた船に見せた側面にバリスタと思われる矢先が装填されている。しかし第一撃は硬い角に当たり弾かれた。 大型船に見えたモノは、砂虫と甲龍を足して船の形にむりやり捏ねたような不恰好な生物とも無機物ともつかぬ姿。こちらは高さこそ変わらないが全長は30mを超えていた。 強靭な鱗に似た外殻の平たい背に、鎧を纏った骸骨、ボロ布を纏った骸骨、剥き出しの骸骨が犇いて静謐に虚ろな眼窩を周囲に向けている。 一体がこちらを見た、だろうか。黄ばんだ指先を上げた。 船型のアヤカシはそんな事にお構いなく、首頭の水平に伸びた大きな一角で貫かんと全速力のまま小型船に向かって進む。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ルーンワース(ib0092)
20歳・男・魔
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
凍也(ib8625)
17歳・男・サ |
■リプレイ本文 固い木を打ち砕く轟音。衝撃で甲板に出た戦士達が熱く乾いた砂上に叩きつけられる。悔しさと吐き捨てる怒号が苦悶の呻き声と交じり合う。 「船が……っ!中にまだ人が居るんじゃないのか!」 「稚空!早く助けに、行かないと!酷い……」 「桜!俺の傍から離れるな。船までの道、切り開いてやるからなっ!」 邪魔立てする骨アヤカシのなまくら剣を一閃で弾き飛ばし、黒木 桜(ib6086)の華奢な身体を抱き寄せるように庇い、駆ける羽紫 稚空(ib6914)。 桜一人で船へと辿り着き乗り込むなんて、無茶だ。それなら俺も一緒に行く。 「何とか止めてくれよ……任せたぜ、みんな」 獲物へ突き立てた角を勢いのままに、メリメリと接合点をきしませながら船の姿をした巨体を力任せに押し続けるアヤカシ。 捉えられた小型船は舵も失い一体化したまま砂の上を滑ってゆく。 連携もあったものではない、かと思えば。船型アヤカシの上から同じように振り落とされた骨達は何事も無かったかのごとく平然と武器を手に傍に感じた生ける存在へと攻撃に掛かる。周囲に存在する生ける者を全て衝動のままに破壊する、それ以外の目的も状況も我関せずとでも声なき声で告げるかのよう。 船上から狙いの定かな矢が鋭く、戦意高揚に精霊達の力を集わせて舞う笹倉 靖(ib6125)の頭巾を掠めた。 「あっぶねぇなぁー。凍也、ちょっとの間は俺の護衛も頼むよ。あいつらフラフラじゃないか、助けに行かねぇと」 羅喉丸(ia0347)と鉄龍(ib3794)がアヤカシ船に直接乗り込んで止める動きに出た。残る者は。 ルーンワース(ib0092)が精霊の矢を連続で射掛け船の気を逸らし惹こうと。熾弦(ib7860)の奏でる狂想曲が作り出した僅かな隙。 このままでは砂上に散った乗組員達が骨の群れの餌食になるか巨体に轢き潰される。あんまり前に出て来られても困るが、動けないまま放ってはおけない。 凛と鬼気を放つアタトナイに惹き寄せられたくなる気持ちを静かに抑え、愉悦の魔刀を守りの為に振るい、救助へと向かう靖に添って動く凍也(ib8625)。 刃の意思が彼を突き動かそうとする、いやそれは己の欲望か、刃はあくまでモノでしかない。だが腕が、柄を握る腕が、逸り立てる。 (僕は刃だ……だが意味なく朽ちる事は求めてない。楽しみの時間はまだ先……) 周りの流れを乱す程に、僕は狂ってはいないし過信もしていない。それは意味の無い事。任ぜられた役割を果たした上で……斬る。 「思ったより堪えた様子はない、か」 しかし関心を惹く事には成功したか。角を引き抜く為に後退し、転回した船型アヤカシは自分の方へと矛先を向ける。 射程ぎりぎりで主戦場より離れたルーンワースは孤立していた。あえて、望んでその位置を自分に課した。 張る罠には誰も巻き込む訳にはいかない。砂塵へ向かって駆ける間に皆に告げた作戦を実行するつもりだ。 奴がなかなか走砂船より離れなかったので、算の手順は違ってしまったが。 船上に残ったアヤカシ達は闖入者の撃退に夢中で砂上に佇むルーンワースは意識の外にあるようだ。 罠の上へ上手く乗せるには、奴の矛先の延長線上に居なければならない。 (他に攻撃手段を持たない相手なら、動きを止めれば奴本体は……) もしも奴が集落の存在に気が付いたならば、ここで何とかしなければ振り切られたら。 (好きにさせる訳にはいかない) 杖を高々と上げて、再び精霊の矢を撃ち込む。たいして効きはしないのは判っている。皆への合図だ。 俺は此処に居る。罠は此処に在る。 「おい、アンタらここまで持ち堪えたのは褒めるべきだが、ちぃと後ろに下がって貰えるかね」 「なんだって、おい。余所者が何をっ!」 「……ありがとよ。まぁそう言わずに片付けを手伝わせてくれや。ほれ、ケシュ。口から泡飛ばしてる場合じゃねえぞ」 言葉だけを額面通りに受け取るなら腹も立つ言い草と気色ばむ戦士を年長の男がしゃくった顎で骨共を指す。 「兄さん、礼も文句も後でだ」 「あいよ。これ以上助けてやる暇ねぇもしれないから無理すんなよっ」 「笹倉さん、船へ向かってもいいかな」 「ああ。凍也、アンタも変わり者だなぁ。こんな骨共斬るのそんなに楽しいか?」 「あはは……斬れるモノなら何でも。あっけなく斬れてしまうなら、価値がありませんけどね……」 弱そうな、という侮りは消えていたが瞳の愉悦の色は変わらず輝く。手応えは確かなのに、ふむ自らの技量とはこの程度か。 斬る相手は動かぬ人形でも力を持たぬ存在でもない。瘴気によって並みの人以上の力で蠢くモノ。戦いの勘を重ねたモノ。 だが先の手を打たれても返す刃は斬の重さが違う。美しく紫に輝く刃は凍也の腕を介してその力を存分に振るう。 受けた古ぼけた刃を剛の動きで圧す。砂塵にまみれた骨が軋む感触。邪魔が入る。一対一でこの感触を楽しめたらいいのに。 斬る。 「君達はもういい……飽きたよ。斬れるかどうか、存在価値なんてそれだけだ……」 倦んだ表情で弾く。袖に溢れた血を無感動に見下ろす。 「初陣とは思えねえ戦い方だなぁ。しっかし俺達二人で斬り抜けるのは無謀だね。アイツら二人で乗り込んじまったから早く援護には行きたいんだが」 適度に連携してくる敵ほど始末に負えないものはねぇな。互いの安全なんて俄然無視ってのは逆に動きの予測が付けずらいわ。 船アヤカシも振り落とされた骨アヤカシも好き勝手に動いている結果。俺達は今、目の前に居るこいつら蹴散らさないと動きが取れないときた。 アイツらとは羅喉丸と鉄龍の事である。 下に居た熾弦は引き付けたアヤカシをまるで先程までの走砂船みたいに避け逃げ、結局こちらに合流。 砂上に戦い舞う戦士達の布陣の要となり、鼓舞に徹している。その貫禄は元から彼らの指揮官であったかのように絵となり納まっている。 本心としては誤算だが、自分のこの位置は今或る状況では気概だけで立ち向かう戦士達を護る為には無闇に動いてはいけないだろう。 心の逡巡を微塵たりとも顔には表さぬ熾弦。 (いや……むしろ私が引き付けてしまった所為か) 応戦を選ばせてしまった責任の一端を悔やむ想いが過ぎるが、頭の一振りで白銀に輝く髪より散った砂埃と共に払う。 「陣形を崩さず、耐えてください。敵は数を減らしつつありますから、乗り切れますよ」 沈着な唇から紡がれる明るい声色。 決して状況は軽くない。彼らは最初から疲弊している分、気を落とせば劣勢が見る間に堰を切るだろう。 健闘している今を維持すれば維持し続ければ、仲間が誘うはずの転機を掴めるはずだ。それまで。 「ったく。ここからならよじ登れるか。桜、俺の肩を使って先に甲板に上がれ。危ねえから上がったらすぐ壁に張り付くんだぞ」 「はい、でもあの……稚空は」 稚空の頭よりひとつ高いが指を掛けられる場所はある。逆傾斜だが、体格に比べ膂力のある稚空なら岩登りの要領で無理やり登れなくもないだろう。 「俺は一人で上がれる。桜の事は絶対護るから心配すんな。ほれ汚れるのなんて構わねえ」 頼りがいのある逞しい背中。意を決して彼の背に登り、甲板に手を掛ける。 「いいか、立つぞ」 人間一人、それが桜だと思えば羽のように軽く思える。彼女の履物がしっかりと肩の位置についたら、ぐいと足を踏ん張り背筋を伸ばす。 僅かな時に羽は甲板へと舞った。 「俺も今上がるからなっ」 桜の腕が今度は稚空を助ける。 「……すぐ壁のとこまで行けって言っただろ」 「でも」 「嬉しいけどな。さ、行くぞ。入口は……開いてるな」 血に汚れた甲板を痛ましい目で見る桜。稚空の腕を掴んだままだった指を解き、声ならぬ声、吐息の感じられる中へと向かう。 倒れている人々の姿は、船腹の無惨に裂けた空洞より入る光が容赦なく照らしていた。 (これは……酷いです。すぐに治療をっ) 握り締めた杖の先端が色を変化させて精霊の力が集わせる。花束を投げた時のような弧線を描いて見えぬ力が躍る。 「動かないで。頭を強く打ってるようです。アヤカシは離れましたから、私達にお任せください」 「バ、バリスタを……」 「そんな身体じゃ力入らないだろうがっ。俺が撃ってやる。一人で操作できるんだな、これ?」 痛む身体を堪えて動こうとする男を押し留めて、機構に近付く稚空。 機械弓が大きくなっただけの単純な構造だ。縄が伸びきったまま落ちてしまってるのでまずは全部巻き上げなければいけないが。 「船が動かないんじゃ使えるか判らねえけどな。一撃で止めれるような奴じゃなさそうだし。脱出は無理そうか、桜」 「肋も砕けている様子ですので、とてもまだ運ぶのは……」 最も重傷の一人。声ならぬ空気を振り絞るような苦悶の振り絞る吐息。 精霊の力で血は止まり、呼吸は楽になっているようだが。できれば動かさないであげたい。祈るように更に力を送る。 「そちらの方も意識取り戻されましたね。良かった……」 「すまない。本当なら僕が治療役なんだが」 「貴方も精霊の力を操れるのですか。でしたらこれを、使ってください。早くこの人を助けましょう」 懐から取り出した梵露丸を包みのまま差し出して。遠慮なく使ってくださいと優しい笑顔を向ける。 「おい、お前ら外に行った方が助けになるだろ。後はこいつに任せて……いいぞ、行って」 「僕が診ます」 壁にもたれたままぶっきらぼうに言う射手の男。顎で示された梵露丸を受け取った男は深く頷く。 「僕達三人だけの為に貴女達を留めておく事はできません。この人の言う通りですよ。助けてくれてありがとう」 「稚空?」 「まぁ言う通りだな。無理すんなよ?こっちには決して……アヤカシ来させないからなっ」 俺は剣を振るう為に行くのは当然として、桜は。ここに居た方が安全か、それとも一緒に居た方が安心か。 「桜。ここから外は見えるな。桜から見える場所で必ず戦うから。待っててくれ、行ってくる!」 心の底からとびきりの自信に溢れた笑顔を桜に向けて。稚空は船腹から砂の中へと飛び出し駆けていった。 岩で造られたような強靭な甲をよじ登った鉄龍。錆びた刀を持つ細腕を掴み軋む引き寄せ、位置を入れ替わる勢いを利用して船体へと叩き付け指を離した。 少なくとも掴み上げた腕は折れたはずだ。見向きなどしない。肩当を打つ新たなる衝撃。腕を狙った刃だったが僅かな動きで軌道を守られた部分で受けた。 登りきる直前、一手先に甲板へと到達した羅喉丸が踏み放った衝撃波が船体を震わせる。 船型アヤカシに堪えたかは判らぬが、それで船上の立ち位置は確保できた。満載だった甲板は既に立ち回れる程の空間がある。衝撃に膝を付いたアヤカシも立ち上がる。 甲板の態を為した背は滑らかな平坦で、側面程の強靭さは無さそうに見える。が、踏む感触はやはり固い。方向転換の動きは思ってたよりは緩慢。 精霊の矢が射込まれる軌跡。 (ルーンワースさんだな……気を逸らすのは成功したか。罠の衝撃に落とされないよう気をつけないとな) 「アタトナイは俺がやる。残りを頼む!」 深紅の魔剣を抜き放ち、身を低くして突撃する鉄龍。生傷が増える事など厭わない。眼帯に覆われぬ片目はアタトナイの無貌だけを見据え進路上のモノは全て肩で弾き飛ばす。 到達するまでに幾つ刃を受けただろう。精神を直接苛む攻撃もあった。だが心燃える戦いへと掻き立てられる想いは折れない。 自分が単独で突っ込むという事は共に乗り込んだ羅喉丸をも単独にし危険に晒すという事でもあるが、彼の強さも信頼していた。 むしろ傍に味方のない方が容赦ない攻撃を叩き込めるだろう彼なら。 矢を放つ同胞を護るように鉄龍と対峙する盾と槍を構えたアタトナイ。鋭い一撃をあえて胸甲で受け、肩上へと穂先を流して刃を低く振るう。 飛び散る火花。アタトナイもまた鉄龍の動きを盾で封じた。三体の連携。即ちアタトナイの攻撃は全て鉄龍に向けられる事となり。 (望む所だ。俺が戦ってる間奴らは他へ攻撃できない。守りきってみせるからな) 崩震脚で牽制しつつ構えを変えて練力を身体に巡らせて、仕寄ったアヤカシを巻き込み肩から倒れるように船体へと衝撃を浴びせる羅喉丸。 起き上がると同時にまた脚を深く踏み、船体が別の大きな衝撃に捉われ揺れ動き一瞬身体が宙に浮いた。流れる風と光が止まった。 ルーンワースが呼び出した鋼鉄の壁がアヤカシの移動を阻む。壊して進むか避ける為に旋回するか。直進しか能のない巨体の舵が惑う。 俊敏な開拓者達が集うには充分な隙であった。 殲滅、そしてただひたすらの破壊。 「まぁ……固かったな。本当にただのデカブツって感じではあったが」 満身創痍になった仲間達に治療を施して靖が息を吐く。 「全員、健闘したな、無事で良かったよ、どうだ一杯」 羅喉丸が掲げた岩清水は、砂と熱い空気に乾いた皆の喉を美酒にも勝る味で潤した。 喜びに士気を上げた乗組員達はすぐに船の周囲に取り掛かり、それをまた助け。 「回復したとはいえ無理はなさらないでくださいね」 船が無事集落に辿り着くまで付き添おう。開拓者が見守る中で砂散る骨、巨大な残骸は蜃気楼のように消えていった。 |