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■オープニング本文 「風の向きが悪いな……しかし」 始まった魔の森焼き討ち。巣食うアヤカシを森より火で追い、なおかつ奴らの帰る場所を失くす。 他の方面でも次々と作戦が展開されているはずだ。だが、その連絡が上手く行っていなかった。 開拓者を引き連れて、山に分け入ったは抜擢されたばかりという若い将。経験も浅く不測の事態に惑っていた。 炎の攻勢が思ったより激しい。先程より突如吹き荒れ始めた風のせいだ。 むせる程の煙が漂ってくる。 我々の役目は、火に追われてきたアヤカシを此処で食い止める事。これ以上は下がれぬ。 際限なく炎が山裾まで覆う事のなきよう、後方では既に延焼を防ぐ為の線が引かれている。 その作業は遅れ、まだ引き揚げてないのだ。彼らはまだ訓練も浅い新兵達で前線投入には心許なかった。 しかし消火線の構築に人手は多く必要で、一番安全な役割に彼らを配備したのだが。 焼き討ちは既に始まってしまった。 炊煙を合図の色狼煙と間違えた馬鹿者に歯噛みする。 その馬鹿者の顔はよく知っている。こないだまでの彼の上司だ。家柄だけが取り得の無能な男。 彼にアヤカシと正面から対峙する一番危険な場所を任せて、この方面の総指揮として手柄は自分の物。 判ってはいたが。それでもいいと思ってたが。 あの男に正直開拓者の指揮が務まると思えない。邪魔なだけだろう。 任せておけばいい細かい箇所まで指示して混乱させるか、失笑を買って無視されるか。 北面志士の恥である。 こちらの準備が整って新兵達をもっと下がらせてから始める手筈だったのだ。 まだ下がらせる事ができない。消火線の構築が終わっていないのだから。 傍に控えさせていた伝令を走らせて、急げ終わったらこちらの指示を仰がず速やかに退けと。もう伝わっただろうか。 戻ってくるなと言った。恐らく彼では太刀打ちできまい。此処は魔の領域。現れる奴らは強い。 自分はどうか。若い将、菱村 正有希(ひしむら まさゆき)は自問した。 胆力は自信がある。槍の腕も隊対抗の仕合では必ず名の挙がる程には捌きに定評がある。命を賭ける実戦も幾つか潜り抜けてきた。 しかし今までは命令に従い、我武者羅にしていれば良かったのだと振り返る。 共に立つ開拓者の顔を順に見やる。彼らは要請に応えて自ら志願してきたのだ。国の兵よりも危険な場所に。 それは自信の表れなのだろうが。 「アヤカシを一匹たりとも、ここより後方には通さぬ。火に巻かれるぎりぎりまで戦うが良いか」 だが命は大事にしろよ。風に煽られた生暖かい熱気が顔に吹き掛かる。 奴らが来た――。 翼を背に生やした猿。地を這う禍々しく甲を光らせた大蟻。全身に大量の角を持つ素早い鬼。 燃え盛る火炎の球。あれは、自爆霊か。厄介な。 魔の森に巣食っていた混成。このようなモノ達が隠れ潜んでいたのか。 「いざ、参る!」 |
■参加者一覧
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
緋炎 龍牙(ia0190)
26歳・男・サ
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
空(ia1704)
33歳・男・砂
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
リカルド・ソルダート(ib6873)
20歳・男・砲 |
■リプレイ本文 「ッヒヒ。てめぇらが突っ込んでくるってのはお見通してなもんよォ!」 愉悦にも見える不敵な笑みを浮かべ、機械弓と一体となった腕を突き出す空(ia1704)。 太矢の軌跡を追うように迸る衝撃波が全速力でこちら目掛けて飛んでくる自爆霊へと繰り出される。 察知して後方で散開した羽猿どもを巻き込めないのは、忌々しいが。 静月千歳(ia0048)の式、リカルド・ソルダート(ib6873)の弾丸、宮鷺 カヅキ(ib4230)の飛礫。羅喉丸(ia0347)と菊池 志郎(ia5584)の掌より放たれた気。 それでも尚瀕死などという概念を持たず、自ら燃ゆる爆弾たる身体を武器に接近して飛散する六体の自爆霊。 視界が瞬時白閃に覆われて粉塵と自然の破片を巻き込んだ剛風が、襲い掛かる。 孤立を避けた布陣とはいえ、カンタータ(ia0489)の咄嗟に張った結界呪符だけで防ぎきれる規模ではなく。 「……やってくれるね」 烏合と舐めていたつもりはないけど、最大火力をいきなり捨てるやり方……。そして味方なんておかまいなしで自分の身の安全を最優先する羽猿。 熱風と雑片に嬲られて存在を高らかに主張する古傷の痛みに奥歯を噛み締め、アルティア・L・ナイン(ia1273)の隻眼が前方を睨んだ。 「菱村殿、もう少しだけ下がろう。これでは後続と接触する前に俺達が火に巻かれる」 膝を折らぬ気概は認めるが、同じだけ衝撃を受け止めた菱村はやはり苦しそうだ。と見てとる羅喉丸。 「気休めだが。カンタータ殿、できるだけ奴らが撒菱の上を通るようにしてくれ」 「ええ、もちろんですよ。タイミングはお任せあれ。志郎さん回復の方頼みましたよ〜」 ●距離五十に迫る 「ここまで多いと……まるで害虫のようだね」 そう呟いた言葉を最後に、緋炎 龍牙(ia0190)の表情は仄暗い瞳に凶暴な飢えを揺らめかせた血華舞う騒乱を求める男のものへと変貌していた。 焦げる大地、立ち昇る炎を映した硝子の下に浮かぶ笑みは、まるで愉悦の形。しかしその胸に滾るは身体を嬲る風より熱きアヤカシへの憎悪。 抜き放たれた長い刀身が切り裂く相手を待ち受ける。 「斯様におっては厄介よの」 祝福の矢の長い射程を活かし、逃げる羽猿を一匹ずつ確実に仕留めに掛かる椿鬼 蜜鈴(ib6311)。 大蟻を盾にしようとする動きには、呆れて苦笑いするしかない。 大蟻達が隊列を変えている。微かに聞こえる不快な音。 「やはり指令を出して統率を取っているようですが……どうも以前に見たモノと姿は同じですが違う気がしませんか、羅喉丸さん」 「ああ、奴らは大抵術で攻撃されると弱いはずだが。そういうのに強い個体も居るのか、だとするとそれを前に組み直しているように見えるが」 千歳の問いに羅喉丸が顔を顰める。山喰との交戦豊富な二人が皆へ伝えた弱点が、通じない可能性が出てきた。 「……厄介だな」 「この動きで露呈した点もありますよ。蜜鈴さんの聖矢に布陣を変えた事によって、守られている個体はそれに弱いと教えてくれたようなものです」 「当たってもあまり効いておらぬようじゃのう。鬼も猿もあの大蟻達を盾にしよって出てこぬわ」 しかし打つ手を緩める訳にもいかぬ。自爆霊が早々に退場したお陰で距離が詰まるまでは蜜鈴の手だけが一方的に奴らを牽制できる。 アヤカシ達も手を打ってこないのを見ると、この距離で有効な攻撃手段を持たないのだろう。 後ろは燃え盛る火の手に呑まれた森。アヤカシ達も不本意だろうがこちらに進むしかない。が、距離を量って進軍の速度を考えているよう。 それなりの知能を持つなら、ある程度迫ってから物量を活かした全速力での強行突破。となるだろうか。 アヤカシが人間と同じ思考を辿るとも思えないが。山喰については軍律に似た集団行動を取るのが常なので個体の特徴さえ先に掴めれば動きが読み易い。 問題は鬼か。山喰の眷族を盾にして迫り、その後如何様な動きを取るか。 「蟻も鬼も、炎なんてお構い無しですね。こちらは熱くて大変だと言うのに」 「それでも実体で存在するアヤカシ。直接焼かれるのには敵わんのだろう。こうして追い出されてきた訳だから」 巣の方はどうなっているのか。土深い深奥まで完全に焼き払うのはこのやり方では無理だろう。 ――だいたい。巣のヌシらしき大物の姿がないではないか。広大な同じ魔の森の東房側で見た奴と同じ規模なら今見える数では足りない。 たまたま表層近くに居た奴らだけが追い出されてきた可能性もある。巡回に出ていた部隊だけなのかもしれない。 (帰ったら警戒と調査を依頼しておくべきだな) いったいこの儀の地底に奴らはどれほど蔓延っているのだろう。 「隊長格、どれか判りますか」 俺が一回だけ見た山喰の眷族は、それと姿で判るような特徴がありましたけど。皆同じに見えますね。志郎が二人に問う。 「掴めませんね。ここからではどれが指揮を取っているのか判断できません。恐らくは展開を変える際に何かの号令を発すると思うのですが」 「集団の何処に陣取るかも個体の性格次第なんだろうしな。その点は人間の軍隊と変わらんのかもな」 「羽猿の方が単純ですね。同じ集団行動でも統率なんて無い好き勝手で」 「こうして見ると、そういう意味では大蟻が気の毒になってくるな。あちらも無能な味方に厄介を背負わされて、か」 口数の少ないリカルドが呟いた。黙って待つ事に張りつめ切れそうな程の緊張の糸も、こうして言葉を放てば律を整え直せる。 無能な味方に悩まされてるのは相手も同じと思えば、まだマシかとも思える。状況に変わりはないが。 アヤカシに同情する心など一切無いが。まぁ、そうでも考えれば少しはフェアってものじゃないか。 ●距離二十から零 炎を恐れるなかれ。如何な火勢より恐ろしきは護るべき只人の死と識れ――。 ただこちらへ進むより手を選べなかったアヤカシ。相手も距離を測っていたのであろう、隊列から飛び出す影。 黒衣が翻され、『朧月』の名を冠した短刀が迫り来る炎の煌きを映した刹那、蜜鈴の腕先から純白の嵐が繰り出された。 それは炎を瞬時忘れさせるかの光景。打ち克つかに思わせぶりな冷たく鋭い霧粒はアヤカシを襲い瞬く間に世界と別れを告げる。 硬く重い衝撃が刃を通して腕の筋肉に伝わる。繰り出される角に覆われた拳。頭突き。狙い来るやはり多角に覆われた肩。 長身を無駄なく翻し、逆手の苦無が動きを受け止め。自由となったシャムシールを剛皮へと喰い込ませ、引く。 軌跡を追う血飛沫が降り掛かるのも厭わず、次の容赦なき攻撃へと移る龍牙。彼の位置はその流麗な動きにも関わらず変わっていない。 脳天への刺突を薙ぎ払う動きへと躊躇なく変え、足元の脇を抜けようとした四つんばいの鬼を斬る。返す刃。 「次から次へと……ごみ虫共め。ここで地の染みとなりて散るがいい!」 手当たり次第、消耗などお構いなしの気概で、気功を放ちながらとても二腕二脚とも思えぬ勢いで無数の技を繰り出す羅喉丸。 ひしゃげているのがアヤカシの身体か、自分の脚甲か。考えている余裕もない。 ただ気を配るのは味方の趨勢。常に援護へ回れる立ち位置を意識し。身体をぶつける戦いは引き受ける。 自分の影には千歳が居る。山喰相手の戦い方は安心して任せられる。術に弱い固体を集中的に切り裂いていた。 「小隊長はあれですね。どうやら術に耐性のある個体のようです。……ですが、それだけ」 「ああ。指揮というか金切り声を上げてるだけっぽいな。たいした統率じゃない」 音の調子を言葉のように聞き分けれる訳ではないが。奴らの合図も何となくは違いを肌で感じる程度に馴染んできた。幾度もの戦いで。 「蜜鈴さん、リカルドさん。羽猿の始末を優先で頼みますよ〜」 式に雷撃を命じながらも、アヤカシ達の進路を阻む壁の布陣に腐心を続けるカンタータ。 時折、地に軽く手を触れ吸収するは場に溢れる瘴気。補給源は豊富とはいえ戦いながらでは忙しくてしょうがない。 だがこの限定的な線と点に戦いの場を集中させ維持し続ける事が、この戦局を左右する彼女の大きな役割。 カンタータの布陣した結界に、アヤカシは気付かぬままに導かれていた。 羅喉丸が用意した撒菱は、鬼や大蟻は気にも留めていないようだが。 羽猿共は足元を気にし、されど木々に登れば格好の標的となる事を悟り。翼での突破を試みるに至った。 「──動かずとも、受け流す」 僕に出来るのはこれくらいしかない。だけど、だからこそ。 倒すよりも突破されない事を念頭に。僕は一人で戦っているんじゃない。 誇りに満ちた顔は凛と。騎士の剣がアルティアの掌で、腕の一部となって戦場に舞う。 「──剣は信念のもとに」 「ったくよォ。いい加減に瘴気に還ッてくんねェか」 赤い刀身がアルティアの背後から翻弄され大きく振り被ったアヤカシを貫く。 「空君」 「ちっと下がるぜェ。てめぇがあんまり頑張ってたんじゃ、あいつらも下がれねェじゃないか」 顎をしゃくった先で踏ん張っているのは菱村とカヅキ。じりじりと後退してはいるが、こちらに合わせ戦線を維持している。 「まったくヤな風だ。さっさと帰れと言わんばかりにこっちに向かってびゅうびゅうと吹きやがる」 「そろそろ時間の方が限界かな。殿は僕が務めるよ」 「炎は生き物なのだと知人が言っていましたが……ある意味アヤカシよりも難敵ですね」 敵を屠りながら呟くカヅキに菱村が申し訳なく眉尻を下げる。視線は迫る敵を見据え槍を振るいながら。 「すまないな。このような事に巻き込んでしまって」 「きみの所為ではないですから謝る必要はありません。別働隊の不手際ですからね……まぁ」 面倒な事にはしてくれたが。すべき事は結局変わりはしないのだが。溜め息も吐きたくなる。 人の命を何だと思っているのだろう。ここに居る男はかつてそいつの部下だったというじゃないか。 功を焦って、それが人の上に立つ者のする事か。自覚を持てぬなら、大人しく後ろで座っていればいい。 殲滅、最後の火蓋。 「さぁ火に入る虫の如く、焼き尽くされるが良い……フフ、フハハハッ!!」 龍牙の咆哮、いや哄笑が轟く。来るなら来い、これで最後だ。味方も固まって布陣する。後は――退く道を残すのみ。 只、一匹すら残さなかった。瘴気と炎の宴。形あるものは破壊し尽くされ。 ●無より先へ 「菱村様、やりましたね。さあ早く」 吐く息荒く我を忘れかけた菱村の背中を抱き、促す志郎。彼も疲弊していた。 「全員無事です。さあ後は後方の皆様の元へ無事帰還するのがお役目ですよ」 後方の新兵達が不安な顔で待っているだろう。彼らの作業は無事滞りなく終わっただろうか。 この火勢が計画の線に留まらなければ、人が今懸命に生き恵みを受ける域までも害を及ぼしてしまう。 ――蜜鈴がおまけに放った焙烙玉が景気よく背後で弾けた。 創痍に汚れ顔を煤けさせた勇士達の帰還に沸き立つ若者達の表情が、嬉しかった。 走り続けた疲労に心地良く、大地に膝を折ってもいい気分。しかしこのくらい何でもなかったさと平然と手を挙げ笑みを見せる。 「……今だから言おうか。自信なんて無かったよ。ただ、剣を振るい何かを為せる戦場があるから僕は此処に来ただけさ」 己が望んで赴いた戦場。菱村君、僕は君と何も変わらないよ。 「無能な上司なんて何処にでも居るものだからな、気にする事はない」 憮然と言うリカルド。 「はは、はっきり仰いますね。その通りでご迷惑をお掛けしてしまいました」 「できれば迷惑料を、とも言いたいところですが。いえ冗談ですけどね」 そう言いながらも真顔の千歳。後で件の上司に直接顔を合わせたなら冗談ではなく言ってやりたい。その時は灸を据えてもいいだろう。 「おんしも上司に恵まれぬ男よな。じゃが、おんしの様な男は嫌いでは無い」 蜜鈴に妖艶に微笑まれては、返す言葉も浮かばないという様子。真面目な男よのう。 阿呆の尻拭いなぞしとうなかったが、まあよかろうて。 炎が迫ってきたが、消火線の構築は終わっていて火の手の趨勢はそこまでだった。ここよりは人の営みの領域。 手当てを受けながらいつまでも消えぬ、いつ消えるか判らぬ炎を眺める。 これでアヤカシの勢いが少しは――変わってくれればいいのだが。 |