【浄土】礎を胸に抱きて
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/05 10:43



■オープニング本文

 斜命山脈に広がる魔の森。それは北面と東房を隔てる境。
 人の容易に立ち入れぬ地形もさながら、両国の関係に生じていた溝が不本意にも魔の増長を許していた。
 此度、両国が手を携えて魔の森の奥へと退いたアヤカシにこちらから攻め立てようではないかという腹。
 既に蔓延ってしまった魔を払うのは容易とは思わぬ。だが強敵、弓弦童子を失った彼らを攻めるなら今しかなかった。
 再び勢力を取り戻し、悪夢が降り注ぐ前に。

「桐生原さま、始めていいんですかい」
「うむ。よくこれだけ数を揃えてくれたな。まだ何処でも人手は足りないじゃろうに」
 毛皮の袖無しを羽織った山男の頭が、柄にもなく畏まって二本差しに黒羽織姿の老体に伺いを立てている。
 斜命山脈の裾野。魔よりも人の領域に近く、入念な下調べで安全と踏んだ区域。
 作戦に応召する軍勢の収容には朝日山城があるが、足掛かりとするにはひとつの点でしかない。
 いたちごっこを避け広い範囲を同時に事を進める為には、簡易な拠点の建設が求められていた。
 人の気配を嗅ぎ付けて繰り出してくるアヤカシ達から身を守り、迅速かつ効率よく進める為に。
 それには多くの木材を要する。だが備蓄は各地の修繕や再建に費やされ資材は新たに生み出す必要があった。
「よお〜し、お役人さまのお許しが出た。皆、作業始め〜い」
 応、と重なる野太い声が力強い。国の為に、戦う兵達の為に、それよりも自分達の為に。
 斬った張ったに縁はなくとも役に立ちたいと志願して率いられてきた作業員達である。士気は高い。
 そこかしこで、斧を打つ音、鋸を引く音。倒れる木々のざわめきが騒然と入り混じる。

「手伝わなくていいんですか」
 護衛の依頼を受けて桐生原の傍に控えていた開拓者が声を掛ける。
「この人数が散っておるからの。魔の域から離れているとはいえ、いつ襲撃があるや判らぬ」
 巡回していざという時に備えていて欲しい。
 小さな集落ならば村人総出に匹敵しようという人数。
 山仕事には慣れていても戦いの心得などない彼らの安全を保障するのは僅かな開拓者。
 ご老体は身のこなしから察するに、戦いの員数に含まない方がいいだろう。
 平時なら奉行所の奥で帳面を手繰っているのが似合いそうな役人。実際その通りの御役目なのだが。
 国の司る普請を担い、修繕の優先順位に頭を悩ませ潤沢ならぬ予算の工面に顔を顰めているのが彼の刻まれた皺の一本一本である。
 大事な御役目を言い付かったと気張ったが、勇み過ぎて早くも衰えた足腰を痛めていた。
 沽券に賭けて背筋を張っているが、若いのに任せて留守番していれば良かったと若干後悔もしている。
 わしの事は気にせんでいいから、巡回を頼む。と開拓者の姿が木々の合間に隠れた所で深い息を吐く。
(いやはや、老いたもんじゃのう。……もっと早くにこの仕儀になっておったら)

 キィーッ。キィーッ。
 山猿の声が響く。ケモノか。数が多く近い。
 山脈にはアヤカシだけでなく獰猛なケモノも数多く生息する。
 人の気配を嗅ぎ付けて美味い餌にありつこうと下ってきたか。たかが猿といえ勝ると踏んだら容赦なく襲ってくる。
(これだけの人数が居たら、おそらく様子見だけで帰るじゃろうが……)

 耳障りな甲高い声が増えて高まってゆく。お互いに呼びかけ合ってるようにも聴こえる。
 作業を見守りながら警戒に身を固くする開拓者の視界をそれが過ぎった。

 大きさは人間の大人程。四肢に長く伸びた白く鋭い爪。背中に生えた鳥のような翼。
「羽猿!」
 作業員達はどうせ猿だろう、こんな大勢相手に襲っては来ないだろうとまだ散って熱心に自分の役割を続けている。
 すぐに集めて開拓者が守れる範囲に退避して貰わねば。この人数で守らなければならないのだ。


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
雲母(ia6295
20歳・女・陰
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
霧咲 水奏(ia9145
28歳・女・弓
利穏(ia9760
14歳・男・陰
リンカ・ティニーブルー(ib0345
25歳・女・弓


■リプレイ本文

 幾度目の弓弦を弾いたであろう。
 研ぎ澄ませた心に鎌倉衆の技術の粋が込められた『弦月』があたいにそれを正しく伝えてくれた。
 リンカ・ティニーブルー(ib0345)の白い指先が呼子笛を摘まみ、艶やかな唇が強く吐息を送り込む。
 山裾の木漏れ日を駆け抜ける涼やかな甲高い音色。長く長く。危険な存在が接近する可能性あり。注意されたし。
 斜命山脈に蔓延る魔の森の方角より。まだ姿も数も確認できぬ。こちらの存在を察知して向かってくるとは限らぬ。
 先手を打って出るには人数が足らぬ。作業している者達をいつでも守れる距離に居なければ。
 離れた時のもしも。ほんの僅かな可能性でも。
 魔の森はそこに或るのだから。根を絶やさず枝葉を払ったとて奴らは次々とやってくるかもしれない。
 この人数では鉄壁となってあげる事はできない。もしも手が追いつかず無防備な場所に廻り込まれたら。
(今此処で。この人達を守ってあげられるのは、あたい達しか居ないんだからね……)
 魔の領域から元の自然を取り戻そうとする人々の絆。彼らの働く笑顔は何と美しい事だろう。

「ふむ……来るか。少しくらいは楽しめる相手だといいんだがなぁ」
 煙管を咥えた唇を不敵な笑みの形に歪め、左手の指を一本一本ゆっくりと折り拳を作る雲母(ia6295)。
 右手は開いたまま自然体。歴戦の傷により肩から先の感覚は薄いが彼女の戦い方に支障はない。
 笛の音は事前に打ち合わせて作業員も意味を知っているはずだが、気に留める様子もなく自分達の仕事に没頭している。
「私が付いてるのだからな。信頼は当然だな」
 退避させねばならぬ程に危険が迫れば別の合図がされる事になっている。はぐれアヤカシの数匹程度なら作業を中断させる必要もない。
 些細なちょっかいなど傍にも寄せずに叩き払ってしまえる自信はある。

 ケモノ……?アヤカシ……?餌のありそうな気配を嗅ぎ付けて集まってきた猿かとも考えられたが。
「こいつらはただの猿じゃありやせん、アヤカシっす!」
 目を凝らしていた以心 伝助(ia9077)の声に、倒した木の枝を鉈で削ぎ落としていた作業員達の手が止まる。
 こちらの様子を伺っている羽猿達は呼び掛け合うのみでまだ襲い掛かっては来ない。
(更に仲間を呼んでるんでやすか……?)
 危急の笛を鳴らすが、同じ音色が彼方此方で。こっちだけではない。周辺に配置された哨戒線全部が。
 ならば応援は望めない。目の前に来た分は全て一人で片付けねばならぬという事になる。
 退避を促したのが合図であるかのように羽猿達が一斉に木々から飛び立つ。

 擦れ違い様斬りつける刀。手応えだけを頼りに振り返る事なく作業員の背中を追う羽猿の翼を薙ぐ。
 その背中を蹴り、宙で姿勢を翻して更に一匹に悲鳴を上げさせ。着地した肩に熱い衝撃。視界の先に伝助の血を得た鉈が転がる。
 作業員が置いていった斧だ。それが幾つも伝助を狙い。跳躍した彼の足元で硬い音を立ててぶつかり合う。
 再びの着地を狙って群がる羽猿を真空の刃が乱れ襲う。巻き込まれた枝葉が木の葉隠れのごとく伝助の姿を覆う。
(あっし一人で食い止められる数じゃないっすね)
 不味い、作業員が襲われてしまう。
 だが奴らの大半が進路を変えた。

 魂を振り絞るような利穏(ia9760)の雄叫び。それでも進路を変えぬ奴らに伝助の韋駄天の脚が追い縋る。
 荒い吐息。不浄の返り血が伝助を染める。白く長い鉤爪が腕の肉を抉る。
「以心さんっ!」
「あっしの事は気にしないで逃げるでやんす!早く!」
 この数なら一人でも。外へなら避けもするが内へ突破しようとする羽猿には肉も斬らせる覚悟で立ちはだかる。
 これまで幾多もの戦いを駆け抜けてきた。もっと痛い思いもしてきた。巡る志体の力に恵まれて常人を超えて鍛えられた肉体。
 大丈夫、これくらいで倒れはしない。脚さえやられなければ利穏の方へ向かった羽猿達と戦う余力もある。

「みんなに手出しは、絶対させないんだからなっ!」
 素早く霊剣を手首を結びつけた天河 ふしぎ(ia1037)。羽猿と認識した瞬間から作業員にも道具を手放さないよう呼び掛けた。
 その分だけ逃げるのは遅れる。ふしぎの背中に一団を護る形となった。渦巻く風を霊剣から解き放ち、羽猿を薙ぎ払う。
 しかし散開して迫る羽猿の全てから護るのは難しく。犠牲も出る。
 特に自分の投げた手裏剣が使われた事には怒りに頬を染めるふしぎ。
「その道具は、人を傷つける為にあるんじゃないんだからなっ!」
 負傷した仲間を担ぐ作業員達に、菊池 志郎(ia5584)や柚月(ia0063)を頼るよう指示し。自ら荒れ狂う風となって羽猿に立ち向かう。

「桐生原様、ここの守りを。作業員を集めますから要となる方に居て戴かないと。ここで指揮をお願いします」
 すわ襲撃と自ら出ようと刀を抜いた桐生原を柔らかに押し留め、駆ける志郎。彼に出て貰っても恐らくは太刀打ちできまい。
 責任者という立場を思い出させ、血気に逸る気持ちを下げて貰った。足腰はともかく頭の働きは鈍っていない。
 志郎の意をすぐに呑んでくれた。
 異変が始まって広域の作業場は混乱に満ちている。
 外辺で開拓者が戦っているから、きっと大丈夫と判断を過てる者も居る。
 リンカの言っていた焙烙玉の爆音も聞こえる。外辺に出ていた全員から危急の知らせもあった。
 これは『ちょっとした襲撃』の範疇を遥かに超えていると志郎の勘は告げていた。突破された最悪の場合の動きをすべきであろう。

 実際、哨戒転じて防衛線は大きく後退していた。必死に避難する作業員と耐える開拓者の間が僅かな差でしかない程に。
「大丈夫っ?慌てないでこっちに集まって!」
 こんな時でも、いやこんな時だから。擦れ違い様に見せる柚月の華やかな笑顔が人の心を励ます。
 何にも心配は要らない。大丈夫だからね。ボクも怪我なんかしたりしないよ。根拠や理屈を必要とせずそう思わせてくれる。そんな笑顔。
「来させナイんだカラ!」
 しつこく追い掛けてきた羽猿を空間の歪みに捉えて捻りあげる。
 さすがにここまですり抜けて突破してくるのはまばらだ。木々の合間を縫うのを好むとはいえ、翼はその身体をそびえる樹木の更に上方へ運ぶに充分な力があり。天頂方向から襲来を試みる個体もあったが、防衛線が互いを補い合える円陣まで狭まる頃合いにはすぐさまに射落とされた。
 静かな水面の表情で、押し寄せる羽猿を射抜き続ける霧咲 水奏(ia9145)。絶え間なき矢雨が正確無比に、空にある者は翼を、武器を持つ者は腕を。威嚇の金切り声で牙を剥く個体が今、眉間に鏃を受けてどうと倒れた。
「ここは人の明日を築く為の場所。アヤカシらに荒らさせは致しませぬっ!」
 魔の森を払い、人の地を取り戻す。それは人間として開拓としてのみならず水奏個人にも深い意味を持つ行動であった。
 森そのものが生活と密接していた理穴に住まう武家の出自。作業員達が故郷の村人と脳裏で重なり。霧咲家の本懐ーー亡き祖父の語る温かくも厳かな声が、聞こえた気がした。

「さて。ここまで弄んでくれたからには貴様らには思い知って貰わんとな」
 眼帯は外すまでもなかろう。迸る青い閃光。暴れ龍の化身となって襲い来る群れに飛び込む雲母。
 利穏と呼吸を合わせたリンカの放つ矢が纏う衝撃波が一角を破る。その脇を駆ける影、伝助。下がった柚月の舞が皆の勇猛を助け。
 これ以上、勝ち目が全く見えないと悟った羽猿達が引き上げ始める。相当数の骸が、荒れ果てた作業場に転がり。そして瘴気となりて消えていった。

「他に怪我をなさっている方はいらっしゃいませんか」
 精霊の力を借りた治療。大勢を治療して尚、志郎は一人一人声を掛けて回っていた。
「安全を確認していますから、まだもう少し休んでいてくださいね」
(皆様、豪胆ですね。先程の襲撃の動揺が過ぎれば、もう仕事の再開を望んでいる……)
 志郎とは別に人々の間を巡る柚月の笛の音色にも癒しの力が込められていた。
 静かな単奏だけど飄とした囃子の音色。
(お客さんたくさんで怪我人も出ちゃったケド。でも、うん。誰のイノチも無事でよかった!)

「材木の方はほとんど被害は無いようで御座いまするな」
 矢や散らばった物資の後片付けに歩きながら検分する水奏。羽猿の鉤爪や投げた武器で傷物になったのも多少はあるが。
 自分達の戦闘にかけてはできる限り被害の及ばぬように心掛けていた。
 多勢への応酬だった事もあり、それも皆無にする事は叶わなかったが。人の命が優先である。

「奴らも好き放題投げたな。何、道具のひとつやふたつ、また作ればいい話だろう」
 アヤカシの戻って来ない事を確かめて、疲れた身体を幹に預け煙管をふかす。一休みしたらまた哨戒の再開だ。
「爺さん、今日中に終わるのかこれは」
「き、雲母さん。桐生原さまですよっ」
 ざっかけない雲母の態度に慌てて取り繕う利穏。彼は桐生原と被害の状況を纏め計画修正の算段を手伝っていた。
 作業員の士気は高いまま保たれている。元々アヤカシの襲撃があるかもしれない事は計画に組み込まれていた。その為の護衛である。
 治療も済ませ、再度の襲撃に耐えうるだけの余力も残されている。大幅な修正は必要なかろう。
「爺さんで構わぬよ。おぬしらの上司ではないしの」
 しかしお強い……奉行所仕えの桐生原は北面を襲った先の大規模襲撃を目の当たりにする事は無かったが、頼もしさを新たにしていた。

 作業に支障をきたさない為の片付けを終えて祈りの紐輪に指を当て、瞳を閉じるリンカ。
(絶やす事なく紡がれる絆。これからも加護をお願いする。どうか人々の笑顔の為に……)
「さ、みんな頑張ろうね!おじーちゃん、ボクもまた哨戒に行ってくるよ!」
「うむ。しっかり頼むぞ。お嬢ちゃん」
 くすりと水奏が笑う。女子に間違えて御座いまするか。難儀ですな。
「あ、うん。はは……行ってくるね!ふしぎさ〜ん、一緒に行こっ」