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■オープニング本文 五行、矛陣。 数日前から、この地には何かが出没していた。 ここ矛陣では、アヤカシに関する調査・研究が行われる研究施設がある。特に、海に出現するアヤカシに関しては、ここがもっとも進んでいると言えるだろう。 そして、アヤカシにより死亡した人間たちの、死体の調査などもまた行われていた。襲ってくるアヤカシに関しても、警邏隊や陰陽師たちにより、防備は万全‥‥の筈だった。 その防備が、今回は崩される事となる。ここで、アヤカシによる殺人が発生したのだ。 事件が起こったのは、矛陣の郊外。そこにある建物の一つは、結陣などにある封陣院の下部機関の施設で、そこではアヤカシに襲われた人間や動物の死体の調査、分析、研究が行われていた。 アヤカシに襲われ、命を落とした場合。無傷の時もあれば、肉体が何らかの損傷を受けている場合もある。それに、肉体そのものを食われたら、どのような痕が残るものか、どんなアヤカシに襲われたらどういう咬傷や爪痕を残すものか、他にどんな攻撃をアヤカシは仕掛けてくるか、などなど。そういった事を、研究していたのだ。 さて、今回持ち込まれたのは、アヤカシに襲われた旅人たちの死体。二十体近くもの遺体は、漂っていた船の上で発見されたもの。矛陣へ向かうちょっとした荷物や、旅の行商人、あるいはただの旅人たちが乗り込んでいた船であるが、あと少しで岸につくところで、海上に霧が発生。そこであわてた船頭がもたついている間に、船は襲撃を受けてしまった。空から眼突鴉の群れに襲われたのだ。 ほとんどの乗客は対抗するすべも無く一方的にやられてしまったが、応戦する者たちの活躍によって半数のアヤカシは倒せた。が、それも多勢に無勢。最後には全身を突かれ殺されてしまった。 やがて矛陣の救助隊が駆けつけて弓を射かけ、アヤカシは追い払われた。 遺体は、状態を調べるためと、比較的場所も近かったため、件の施設へと運び込まれた。が、いざ調べようとした矢先。 遺体そのものが甦ったのだ。 死体に瘴気がとりつき、アヤカシと化して動き出す事はよくある。ゆえにここでは、安全と判明するまで死体でも手足を紐で縛り拘束するのが普通。幸いにも、遺体の半数近くには拘束をし終わり、動き出しても犠牲者を出さずにすんだ。 しかしそれでも、十体近くの死体には拘束が行われていなかった。拘束される直前に、船を襲った眼突鴉の残りが襲ってきたのだ。しかも間の悪いことに、その時は警邏隊や警備の者たちは席を外している状態だった。 職員たちの活躍により、眼突鴉はなんとか迎撃できた。が、その間に拘束されていなかった遺体が起き上がり、歩き出し、出て行ってしまったのだ。 アヤカシ‥‥屍人と化した旅人たちの遺体は、そのまま近くの森の中へと逃げ込んだ。その森は、アヤカシの瘴気が発生する『魔の森』とは異なる、ごく普通に木々が生え茂る場所。しかしその奥には、現在は放置された遺跡があった。 その遺跡は、さして重要ではないものらしい。石造りの建物で、元々は何かの神殿として用いられていたらしいが、今は何も残っておらず、調べる術はない。 ともかく、完全武装した警邏隊が屍人を倒さんと内部へ向かっていったが‥‥。 彼らは、戻ってこなかった。 「全員が、死体になっていました。正確には、全員がアヤカシによってやられていたのです」 矛陣からやってきた、今回の依頼者が君たちへと説明している。彼の名は、九重人。件の矛陣・封陣院の下部機関、そこの責任者である。 「警邏隊ならば、屍人程度のアヤカシなら何度も交戦していましたし、今回より不利な状況でも戦い、生還してこれた者たちばかりでした。なのに‥‥全員が殺されていたのです」 聞くところによると、戻ってこない警邏隊を心配し、警邏隊の隊員数名が赴き、確認したという。 「屍人となって逃げ出したのは十数体。それを退治せんと赴いた警邏隊は十名。しかし、警邏隊は全員が死んでおり、屍人もまた退治されずに残っていたというのです」 油断した? それも考えられるが、どうも腑に落ちない。それに、油断したにしてもなぜこうもあっさり殺されてしまったのか。 別のアヤカシか? しかし、それらしいものは何も目撃されてはいない。少なくとも今のところは。 当初は、生き残った眼突鴉の仕業かと思われたが、警邏隊の死体があった場所は室内、そして死体には嘴による突いた傷痕が全く無かった(若干の咬傷が見られたが、それは屍人の噛み付いた傷痕だろうと、発見者は言っていた)。 更に悪い事に、警邏隊の死体の何体かもまた、屍人と化してしまった。 「森に、最初から瘴気がたまっており、それがアヤカシになったのでは」という問いかけに、九重人はかぶりをふった。 「あの森は、『魔の森』と異なり、今まで瘴気が確認されてはいません。そもそも、自然発生したアヤカシは、この周辺には今まで確認されなかったのです。今になって出てきたのかもしれませんが、それにしては偶然すぎます。ともかく」 一呼吸の後、彼は言葉を続ける。 「‥‥ともかく、得体が知れないため手に負えず、警邏隊も判断を下せない状態なのです。再び隊を差し向けても、犠牲者が増えるだけかもしれないですし、だからと言ってこれ以上放置しているわけにもいきません。それに、矛陣の上層部へ願い出たところで、『お前たちは屍人程度も倒せないのか』とお叱りを受けるかもしれないですし。どうか皆さんのお力をお借りしたいと思いまして、このように参上した次第です。引き受けては、くれませんか?」 |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
リーナ・クライン(ia9109)
22歳・女・魔
宍炉(ia9724)
17歳・女・サ
ヴェスターク・グレイス(ib0048)
24歳・男・騎
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔 |
■リプレイ本文 「さて‥‥全員居るな?」 彼は、七名の仲間たちを、今回の依頼を受けた者たちへと振り返り、そして前方を向いた。 「話によると、あの遺跡‥‥あれが屍人のたむろしているという場所らしいな」 鷲尾天斗(ia0371)‥‥片目に眼帯を付けた、黒髪の志士。片方だけのまなざしを、事件の現場となった遺跡へと向けていた。 彼の隣には、小麦色の肌と橙色の瞳を持つ泰拳士が、拳を手の平に当てつつつぶやいていた。彼の名は、樹邑 鴻(ia0483)。 「気をつけなきゃあな。それにしても‥‥致命傷が無いのに死んでるなんて、胡散臭いもいいとこだぜ」 「うむ、まさしくその通りだな樹邑殿。この遺跡、そしてこの森は、言うなれば入れば最後、二度と出られぬ死者の森‥‥うぞぞぞーっ。な、何だか怖い! ぶるぶる! ‥‥あいや、これは武者震いにて」 いささか個性的な行動を見せるのは、強面の武者。志士の相馬 玄蕃助(ia0925)。 「ふう‥‥ま、武者震いはおいといて。果たして事実はどうなのか、ちょっと興味があるところです」 白銀の短髪と、青白い肌を持つ女性。風鬼(ia5399)という名のシノビ。 「なんだか、不気味だねー。一体、何がどうなってるんだろ?」 ジルベリア人の美女。巫女の彼女は、輝くような長く白みがかかった銀髪と、透き通るような白い肌を持っている。リーナ・クライン(ia9109)は、遺跡を不安そうな目で見つめていた。 「なんだっていいさ。面倒になるうちにやっつけちまえばいい事だ」 クモが出ないうちに、と小声で付け加える彼女は、宍炉(ia9724)。炎のような美しい赤毛の長髪と、健康的な小麦色の肌をした女性のサムライ。 「ふむ‥‥一体、どこにアヤカシが潜んでいるのか」 板金鎧で全身を覆った騎士。甲冑の輝きと、強そうな鉄の鈍色が、敵に回したら恐るべき、味方にしたら頼もしき雰囲気をかもし出す。ヴェスターク・グレイス(ib0048)も、リーナと同様にジルベリアから来た者。 「注意してかからねば、我々も犠牲者の後を追う事は必至。ゆめゆめ、油断しないようにせねばな」 最後に控えしは、黒の外套を纏いし男。彼は魔術師、ルヴェル・ノール(ib0363)。 八名は遺跡を前に、一歩を踏み出した。 依頼人である九重人より、聞くべき状況は全て聞いてあった。周囲には、アヤカシ、および瘴気の気配は今の今まで無かった。そして、屍人となった死体には、致命傷が無かった、と。 遺跡は、小さい‥‥とはいっても、それなりの広さはあるものだった。石造りの建物に、神殿の本堂。壁にはほとんど磨耗しているが、女性の裸体が刻まれていた。 「ふむ‥‥」 風鬼は己の感覚を研ぎ澄ませ、怪しき何か、警戒すべき何かを探らんと気を張り詰めた。 「今のところは、何も感じないですね。地上には、奴らはいないという事か」 「遺跡の中、地下に潜んでいる、か」 風鬼の言葉を聞き、鷲尾は神殿の本堂、祭壇へと眼をやった。心眼を用いて探しても、今のところはそれらしいものは見つからない。祭られているものが、今回の事件に関連しているかと思ったが‥‥。 「何も、ありませんね」リーナの言うとおり、そこは空だった。神像も、御神体らしきものも無い。 「ここが、九重人殿が言っていた、地下への入り口か? ‥‥うーむむむ、ますます不気味であるな! っと、いかんいかん。恐怖に負けるようでは実にイカンぞわし」 言いつつ、相馬は神殿の壁を見つめた。そこには浮き彫りにされた女神像の臀部、大き目の尻が刻まれている。 「おちつけ、相馬。‥‥それでは、皆。行くとしよう」相馬の隣に居た、ルヴェルが促した。 八名の開拓者たち、先陣を切るのはバトルアックスを手にした風鬼。彼女のすぐ後を、鋼鉄の鎧とショートソードで武装したヴェスターク、朱槍を持った奉拳士の樹邑が続く。 ジルベリア人二人が、前衛の三人に続いて遺跡へと入っていった。巫女のリーナと、魔術師のルヴェル。リーナは霊杖コノハナを、ルヴェルはクリスタルロッドをそれぞれ携えている。 階段を下りたそこには、開け放たれた大きな扉が、扉の向こうには暗く長い廊下が伸びていた。 ルヴェルは松明を取り出して火をつける。燃え盛る炎がもたらす光が、闇の中を進む勇気をももたらしてくれる。 長槍・羅漢を得物とする鷲尾と相馬、太刀を構える宍炉の三名は、しんがりを務めた。敵は前からやってくるとは限らない。後ろから不意打ちを食らわぬように、後方へと注意を向ける。幸い内部は広いため、槍を振り回すには十分な空間があった。 魔物に飲み込まれるような錯覚を覚えつつ、彼らは静かに内部へと入っていった。 「‥‥!」 しばらく経ち。 廊下を進む風鬼は、先刻から感じ取っていた。誰かの、もしくは何かのいる気配を。 階段を下りると扉があり、扉の向こうには廊下があった。廊下の先には、両開きの扉が見える。が、それは開け放たれていた。 その先から、何かの音が聞こえてくる。足を引きずって歩く時の、足音のような音が。 「みんな、聞こえるかい? ‥‥いるよ、何かが」 宍炉が、自分に言い聞かせるように言った。全員が、得物を握り締め‥‥何かに対しての戦闘態勢を取る。 そして、部屋に入ったその時‥‥。半ば予想通りの光景に、全員が戦慄した。 地下神殿は巨大な円形の部屋で、四方のうち三方には扉があった。開拓者たちが入ったのは、そのうちの一つ、東側の扉から。 南と西にはそれぞれ扉がついており、北側には祭壇らしきくぼみがある。 そして、部屋の中には。うめき声を上げる、動く屍がそこに居たのだ。 ルヴェルの松明の明かりが、屍人の群れを照らし出していた。 生きた屍が、両手を広げ、つかみかからんと迫ってくる。その身体には、確かに目立った外傷はない。が、うめき声を上げているそいつらのまなざしは、まさに死体そのもののおぞましき気配をも内包していた。普通の人間、いや、少しは心得のある人間であっても、その気配には気圧されるだろう。 だが、それに気圧される開拓者たちではない。恐怖を感じ取った彼らは、それを戦うための力へと変換する。リーナがそれを鼓舞せんと、神楽舞を舞った。攻勢を高める、巫女の舞を。 「行くぜ! 骨法起承拳!」樹邑が、朱槍で一番に切り込んでいった。 奉拳士の少年が放った槍の穂先は、命無き動く死体の心臓を貫き通した。穂先はそのまま、死した身体を切り裂き、動く死体を動かぬ死体へと戻していった。 続き、風鬼、ヴェスタークが切りかかる。 バトルアックスの鋭き刃が、右横方向から迫った死人へと叩き込まれる。腐肉の破片を散らばらせ、風鬼は屍人を切り飛ばした。 ヴェスタークは、左横から迫る二体の屍人に対処していた。そいつらはつかみかかり、騎士の肉体に噛り付き引っ掻こうとするも、全てが鋼鉄の鎧に阻まれ、無駄に終わっていた。 「はっ!」 逆に、そいつらへと剣で切りつける。オーラをまとった彼の攻撃により、また二体の屍人が倒され、地下神殿の石床の上に崩れ落ちた。 後方からも、数体の屍人が襲い掛かってくる。が、後衛を務める三名も、手練の開拓者。鷲尾は、自身の槍・羅漢を脇に構え、迫り来る屍人へと振るった。 「死に損ない、お前らに構っているほど暇じゃあないんでな」 槍を空気そのものを薙ぐように、屍人そのものを薙ぎ払う。屍人の胴体部へと羅漢の太い柄が食い込み、打ち据え、殴り飛ばした! 奇妙に胴体をよじり、屍人は床へ叩きつけられ動かなくなった。 「ぬうっ! とっとと地獄に戻れっ!」 強面の志士もまた、槍を振り回し、槍の切っ先を突き出した。鋭き切っ先が屍人の額を貫き、後方へと吹っ飛ばす。頭部を破壊され、そいつもまた事切れた。 「はぁーっ!」 美しき女傑も、負けじと太刀を振るった。宍炉が振り下ろした一刀は、屍人の肩口から腰まで振り下ろされる。よろめいたそいつは、静かに倒れ、再び元の死体へと戻っていった。 「新手だ! 来るぞ!」 「‥‥‥?」 更に迫り来る、屍人の姿。それを認めたルヴェルは警告の声を上げるが、風鬼はそれに対し奇妙な表情を浮かべた。そして宍炉が吼え、突撃する。 「私にまかせな!」 構えた太刀の鋭き切っ先が、数体の屍人へと切り込まれる。濁った空気の中、一体の屍人が倒れた。 が、後ろから迫ってくるのを悟る。一体が後方から、いきなり殴りかかってきたのだ。 「ぐっ‥‥このおっ!」 返す刀で、後方の屍人を叩き斬る。女傑のサムライの刃は、屍人二体を葬り去ったのだ。 屍人を葬り、安堵したその時‥‥更なる怖気が、一行を強襲した。 「屍人は雑魚で、最初に船に乗っていた時点で死体に瘴気が入っていた。それを操る黒幕的なアヤカシが、屍人の中に居るに違いない」 それは確かに当たっていた。確かに、屍人は簡単に、あっけないくらいに簡単に、片付ける事ができた。 が、半分は間違いだと気づいた。屍人の中に、それはいなかったのだ。 今まで隠れていたそいつが、徐々に姿を現しつつあった。霧が向かいの扉から流れ込みはじめ、次第に立ち込めてきたのだ。壁を、もしくは互いを背中にして、開拓者たちはそれを迎え撃たんとする。 「‥‥さて、そろそろ死者の宴も酣。そろそろ終らせようか」 鷲尾が、挑戦的にして、挑発的につぶやき‥‥力を込めた一閃を、霧へと放った。 「精霊剣」は、霧の一部を切り裂いた。が、霧の奥にある真の本体を倒すには至らない。 風鬼が、探る。超越聴覚を用いて、自分たちが狙い、破壊すべき敵はどこにいるのかを探し出そうとしていた。 「‥‥そこか、火遁っ!」 続いて、炎による攻撃。濃くなってくる霧の内部へと、炎による一撃が炸裂する。 とたんに、恐ろしげなうめきめいた声が響く。 「フローズ!」 ルヴェルが唱えた呪文は、何かを捕らえた。 「気功波!」 さらに、樹邑の放った気による攻撃が、「何か」への痛手を更に増やしていた。 それとともに、霧の内部から徐々に形が現れ、姿を徐々に現し始めた。それが、今回の黒幕である事を、開拓者たちは感覚で理解した。 空中に浮かぶ、おぞましき目玉の怪物。それは、苦しげなうめきをあげていた。 「ファイアーボール!」 「食らって、くたばれ! 幻葬っ!」 ルヴェルの放った火球と、鷲尾が放った槍の一撃が、空中に浮かんでいたそれを殲滅した。 「つまり、こういうことか?」と、宍炉。 現場を調べ終わった彼らは、アヤカシの行動と発見から、結論付けた。 当初、船の内部に潜んでいたのが先刻戦った吸血霧。そいつは海上の時点で、霧に紛れて船の内部に潜んでいた。 そして、船に乗っていた者たちは吸血霧により死亡し、その纏う瘴気の影響からか彼らは、屍人に。 船が岸に上げられ、吸血霧はここ、遺跡へとやってきて潜んだ。 その後。屍人たちも、この遺跡に集まってしまった。と。 「不幸中の幸いにして、ここにアヤカシが住み着く前に、退治できたってわけですね」リーナが、総括するように言った。 なんにしても、どうやらここにはアヤカシはもう居ないようだ。任務は終わったと見てもよかろう。 事件の後。神殿は再び無人となり、朽ちるままに放置されている。 が、寒い日には。時折自然に「霧」が発生していた。 |