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■オープニング本文 石鏡・伊堂。 神殿都市であるこの北側へと進むと、理穴の国境へとたどり着く。そして、北東へと向かうと、そこは冥越や陰穀の国境がある。 が、そこに赴くものはほとんど居ない。なぜなら、理穴の国境前には魔の森が広がり、冥越や陰穀の国境には山脈がそびえ、来るものを拒むようなつくりになっていたからだ。 そのため、こちらからの行路から国に入る事はあまり行われていない。特に冥越は、入国しても魔の森が広がっているため、危険であった。 さて、陰穀の国境にそびえる山脈。その裾野にはいくつかの村が点在していた。 場所はちょうど、三位湖の東。伊堂と安雲、どちらから行っても同じくらいの距離。 そこには、山の尾根に村があった。比較的新しい村で、そこの産物は、切り出した石を彫った石像や、石を磨き上げて作った石器など。 それを持って、月に一度か二度ほど、麓の村へ売りに下る。村では行商人や商店がそれを買い上げ、そしてそこから食料や日用品などを買い揃える。 いつしか、山肌のその村は「山石村」と呼ばれるようになった。 今月、山石村からの行商を、下石村(こちらもまた、誰と無くそう呼ばれるように)の商人たちは待っていた。今月の行商は、今日か明日のはず。いつもこのくらいに来るというのに、今月は来ない。 「? いったいどうしたんだ?」 そう思って、下石村、ないしはそこの商人の何人かが、様子を見に行ってみた。 山石村は、山の急な尾根に直接設けられていた。そこでは、小さな小屋をこしらえたり、山肌に開いた洞窟などを利用し、住居としていた。住むのには厳しい場所だが、仕事をするにはちょうどいい場所。 だが、その仕事を行う者たち、すなわち村人たちの姿はない。その代わりにあるのは、おびただしい血痕。 捜索隊は、村をくまなく探し、やがて‥‥わずかな遺体と、それ以上にわずかな生存者を発見した。 「一体、何が起きたんだ?」 生存者は、全部で三名。しかしそのうち二人は、何も喋らないうちに帰らぬ人に。 そして残る一人もまた、命の火が消えかかっていた。 「‥‥空から、飛ぶ鳥‥‥いや、違う‥‥毒を持つ‥‥」 苦しそうに、咳き込む。 「鳥? 空を飛ぶ? そいつにやられたのか?」 問いただすが、かぶりをふった。 「‥‥め‥‥目玉‥‥近づいただけで、毒に‥‥」 そこまで言ったとたん、その青年は事切れた。 青年の死を見届け、捜索隊の若者は無念とともに、彼の死を悼んだ。 だが、死を悼む暇は無かった。空から、死を与える集団が舞い降りてきたのだ。 それは真っ先に、捜索隊へと襲い掛かった! 「‥‥こうして、俺は逃げ帰ってきました。あれは間違いなく、アヤカシです!」 無念そうな口調で、商人の若者‥‥高良は言った。 「死んだのは、俺の親友‥‥那水といいます。あいつの石細工は、いつも高値で売れました。俺はいつもそれをうらやみ、あいつのような技術を持てればとその腕前に嫉妬したものです。ですが‥‥もう、それすらもできません」 高良は、那水の遺体だけでもなんとか運ぼうとした。が、それも叶わなかった。空から数多くのアヤカシが、高良たちに襲い掛かってきたのだ。 それは、怪鳥の群れだった。巨大な鳥のアヤカシが。群れを為して襲い掛かってきたのだ。捜索隊の数名が、突き殺され、新たな犠牲者になってしまった。 「村の人たちを殺したのは、あいつらに違いないです。どうか皆様で、あいつらを殺してください!」 開拓者ギルドにて、彼は懇願した。空を飛ぶアヤカシが相手、それもたくさん。 しかし残念ながら、あまり多数の開拓者を雇う事は出来なさそうだ。下石村は山石村の石細工を捌く以外、小さな畑を耕し、わずかばかりの作物を作るくらいしか産業は無かった。 そして、以前から安雲近くの村が村民たちを受け入れようという話も来ていた。いい機会だからと、村の人々はほとんど全員がそれに従い、下石村から引っ越す準備を進めていた。 「高良。お前さんの気持ちは分かる。だがな、あいつらと戦って怪我するより、あいつらから離れて新しい生活を始める方が良くはないか? 那水だって、お前さんが怪我をするのを見たくはなかろうて」 そうだ。下石村には子供や老人も居る。危険に巻き込むのは良くないことだってわかっている。村人たちも、彼らなりに山石村の人々の死を悼んでいる事も、十分承知のうえだ。 もとより、この村はそんなに豊かではない。だから開拓者を雇い、アヤカシを退治するだけの金もそんなに工面はできなかった。 が、高良は工面した。自分の財産を売り払い、なんとか金を用意していた。 「‥‥どうか、俺の友人を殺したアヤカシを、地獄に送ってやってください。そうでもしなければ、あまりにも悔しくて‥‥」 あとは、言葉が続かなかった。 敵は、空を飛ぶ。ならば、それに対応できる策も練らなくてはなるまい。 高良が差し出した金を前にして、君たちは思案した。この空飛ぶアヤカシを倒す方法を。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
久万 玄斎(ia0759)
70歳・男・泰
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
深凪 悠里(ia5376)
19歳・男・シ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓 |
■リプレイ本文 龍の翼が羽ばたく様子を見て、高良は驚きを禁じえなかった。 ひと羽ばたきごとに、風が舞いあたりのものを吹き飛ばす。亜雲に比較的近い村‥‥下石村の人々を受け入れる事になっている、中石村。その郊外にて、高良、そして下石村村長は、開拓者たちを待っていた。 今度のアヤカシは、空を飛ぶ。それゆえ、空を飛ぶ龍にまたがった者たちが参加する。そう聞いていたものの、やはり実際に見てみると、驚きとともに畏怖を覚えてしまう。 龍は全部で六頭、三種類。甲殻に身を包んだ甲龍が三頭、細身でしなやかな体躯の駿龍が二頭、燃える炎のような猛々しさを感じさせる炎龍が一頭。 「あんたが、高良かい?」甲龍に乗ってやってきた男が、鞍より降りて近づくと、ぶっきらぼうに問いかけてきた。 「俺は風雅 哲心(ia0135)、今回あんたの依頼を受けた者だ」 彼に続き、他の五人もそれぞれの龍より降りて、高良へと歩み寄ってきた。 「どこかに、龍をつなぐ場所はないか? そこから、状況を説明してもらおう」 数時間後。 六頭の龍が、再び空を舞っていた。今度は山肌へと飛翔している。 「あれが、山石村か‥‥あまり広い村じゃないな」 先行するは、哲心と純白の甲龍・極光牙。その後ろを、開拓者たちが騎乗した龍が続き飛ぶ。 「ホッホッ、さてと‥‥アヤカシはどこかのう?」駿龍・壮一郎に乗った好々爺、久万 玄斎(ia0759)。 「今のところは、姿を見せてないようねぇ‥‥。やえやれ、ちょっとばかり面倒だわ」甲龍・木蓮を相棒とする妖艶なる陰陽師、橘 楓子(ia4243)。 「ふん! さあ来るがいいアヤカシども、すぐに地獄に叩き落してくれよう!」猛き炎龍・赤石に騎乗した巌なるサムライ、鬼島貫徹(ia0694)。 「鳥のアヤカシもだけど、『目玉』のアヤカシも、今のところは見当たらないな‥‥」藤色の体毛を、鱗の間から生やしている甲龍・一釵。その背に乗った、蒼き瞳の美少年にして銀髪のシノビ、深凪 悠里(ia5376)。 「村の中に潜んでいる‥‥というわけでもなさそうですね」甲龍・山紫に乗っている、白き髪と緑の眼を持つ弓術師の美少女、コルリス・フェネストラ(ia9657)。 翼を羽ばたかせつつ、龍は風を切り空を飛ぶ。開拓者たちは風を頬に受けつつ、村とその周辺地域へと視線を向け、怪しい点が無いものかと調べ続けていた。 何も、見つからない。あるものを除いては。 所々におびただしい血痕と、倒れて動かない人影。可能な限り接近して見てみたら、それは突き殺されて放置された人の死体だった。 ずたずたにされたその状態から、その犯人は人間でない事は見て明らか。 「‥‥アヤカシの仕業、だな」 言うまでもない事を、哲心は口にした。 開拓者たちは、作戦を立てていた。二人一組となり、内二組が鳥アヤカシの応戦、一組が目玉アヤカシの調査を行うというもの。残念ながら村は貧しく、持ち合わせも無かったために、解毒剤はもらえなかった。そのため、目玉アヤカシに関しては更なる注意を要すという事となった。 哲心と楓子、鬼島とコルリス。この二組が鳥アヤカシに対応。 玄斎の壮一郎と、悠里の一釵、駿龍と甲龍が『目玉』のアヤカシ探索にと散開した。他の四人は、周辺を巡航し、鳥アヤカシの出現を待った。 すでに、目下には村はない。岩肌と、わずかな植物が生えているのみの荒涼とした山肌と尾根。人はおろか、動物すらも見当たらない。 が、しばらく空を飛びまわっていた、その時。 「! 来ました! アヤカシです!」 山紫に乗ったコルリスが、いち早くそれを発見した。 「! 来おったか! 来るがいいアヤカシ、俺が全て叩き落してくれるわ!」 それを聞き鼻息荒く、鬼島は己が倒すべき獲物を見据え言った。赤石もまた、同意するように鼻を鳴らす。 彼らの視線の先。そこには、悪夢の群れが舞っていた。 山の尾根、そこからまさにそいつらは、雲霞のように沸いて出てきた。それが、こちらへ‥‥開拓者たちへと向かい飛んでくる。 アヤカシ特有の、瘴気そのものを具現化しているような殺気と怖気。それらを身にまとった、邪悪が形となったねじくれた鳥。 その鳥ども‥‥怪鳥が、しわがれた鳴き声とともに翼を羽ばたかせ飛翔していた。 それを見た楓子は、まず嘆息した。 「ふう‥‥。案外早く見つかったわね。ま、面倒じゃあないから別にいいんだけど」 それに、戦う事そのものは嫌いじゃあないしね。そう心の中でつぶやき、ぺろりと唇をなめる。 背中に彼女を乗せた木蓮もまた、それに合わせて唸っていた。 「さて‥‥いっちょやるとするか」 哲心が目を閉じ、眼を開く。 「いくぜ、極光牙。お前の甲殻の堅さ、奴らに思い知らせてやろう」 名を呼ばれた甲龍が、咆哮した。力強い翼の羽ばたきとともに、四頭の龍と四人の開拓者は、怪鳥の群れへと突撃した! 恐ろしげな風貌の鳥が、先制攻撃をかけようと空を切りつつ接近してくる。細長く、鋭く、そして凶悪な嘴が、龍と開拓者を突かんと襲い掛かってきた。 が、戦いの口火を切ったのは開拓者たち。楓子の符が振るわれ、霊力を有する砲撃となりて放たれた! 「『霊魂砲』!」 怪鳥の一つに命中し、明らかにそいつを混乱させた。文字通りきりきり舞いしたアヤカシは、無様な姿で落下し、地面へと叩きつけられる。 そいつが霧散し、消滅していくのを確認したかったが、すぐさま別方向から別の怪鳥が迫り来た。甲高い声で、鋭い嘴と、鋭い爪とを用い、楓子と木蓮とを傷つけようと接近する。 だが、その先にはもう一頭の甲龍・極光牙と、哲心とが居た。 極光牙の咆哮とともに、珠刀・阿見の刀身から烈風の刃が放たれる。 「食らいな、『桔梗突』!」 風の刃は、文字通り空を切り、怪鳥のいやらしく羽ばたく翼、ないしはその片方を切断した。片翼となったそいつもまた、飛行能力を失いそのまま地面へと落下するはめに。 「風花!」 山紫に跨るコルリスは、手にした弓にて矢を掃射し、空飛ぶアヤカシへと鋭い矢を打ち込んでいる。向ってきた怪鳥が、再び矢による一撃を食らい、そのまま落下し果てた。 「さあ来い、この抜け作どもが!」 別の空域では、赤石に乗った鬼島が、弩を構えて吼えていた。その表情はまさに赤鬼そのもの、憤怒の顔が赤く染まり、気迫だけで敵を倒せるかのよう。 弩から、矢が放たれた。矢は、コルリスの放ったそれに劣らぬ勢いで怪鳥へと突き刺さる。長い射程の攻撃方法を持たないアヤカシが、また一匹倒され落下した。 山岳地帯の空中は、まさに戦場と化していた。そして、そこからそう遠くない地点にて。 『目玉』が、空を舞い始めていた。 低空を、若干速度を落としつつ。 玄斎と悠里とは、山肌の一部へと探索の眼を向けていた。 「無いのう‥‥」 「無いな‥‥」 岩石が転がる一帯、その上空を行く二人、そして二頭だったが、目当ての『目玉』と思われる存在は未だに見つからない。そして、そいつが隠れていそうな場所も。 いいかげんあきらめようかと、半ば思ったその時。 洞窟を、発見した。 洞窟は、山と山、岩の塊に囲まれた場所にあった。かなり大きく開口しているものの、岩で周辺を覆われているために、地上からは気づきにくい場所にある。 そして、その内部から。ひらりと舞って出てきたものがいた。 「ふむ? あれは‥‥」 いつでも逃げられるようにと、壮一郎を旋回させつつ『そのもの』を玄斎は見ていた。 それは最初、巨大なコウモリか、でなければ鳥めいた何かと思っていた。 しかし、現実は甘くない。いや、ある意味甘い展開ではあるが、この状況を見たら甘いとは言えないだろう。 翼長がかなりあるそれは、翼を持って空を舞う存在。しかし、その翼からは、絶えず毒が撒き散らかされている。澱んだ空気をまとって現れたそれは、巨大な数匹の、『蛾』の姿をしたアヤカシ。 そいつらは、確かに蛾だった。が、通常の蛾と異なるのは、そいつがかなり巨大であり、邪悪な雰囲気を纏っていること。 そいつらは、磁石に引き寄せられる鉄のように、玄斎の方へと接近しつつあった。 「はーっ!」 悠里は雷火手裏剣を、そいつへと投げつける。たちまちのうちに一羽の大きな蛾へと命中、アヤカシがまたももう一匹倒され、消滅した。 当初、それを最初に見たとしたら。確かに誰もが連想する事だろう、巨大な『目玉』を。 そいつには、眼球など付いていない。しかし、あまりにも大きく強い目印であるために、それには『目玉が付いている』と誤解してしまうのだ。 それは、巨大な蛾のアヤカシ、大毒蛾だった。そして、その翼の表面には、まるで巨大な獣のそれのような顔、ないしは目玉の模様が描かれていたのだ。 「『水遁』! くっ、これはまた‥‥」 悠里は更に、強烈な水流を発生させてそいつらへとぶっつける。それにより、彼らの翼に描かれた目玉の模様が流された。悠里の術により翼の模様を、燐粉を流され、更には水流により打撃を受けたのだ。 しかし、アヤカシは数匹いた。そいつら全部が出てくると、悠里は対処し切れなかった。 接近してきたアヤカシを、すんでのところでかわす哲心。そして、極光牙。 「! ‥‥っ、守りの型がこの極光牙の真骨頂だ。手前ぇらの攻撃なんぞ簡単に食らうかよ」 怪鳥の爪の一撃は、極光牙の尻尾の端を引っ掛けたに過ぎなかった。それもまた、硬質化した極光牙の鱗には通用しない。 逆に、龍の爪が振るわれる。と、また一羽の怪鳥が餌食になり、落ちていくはめとなった。 「ほら、とっとと地獄へと堕ちてお行き! 『斬撃符』!」 楓子の符が、再び炸裂した。その強烈な威力の前には、またも新たなアヤカシが血祭りにあげられた。 「ふん! 群れた程度でどうにかなると思うたか、このアヤカシどもがあ!」 赤鬼の名に恥じぬ猛々しさを、鬼島は隠そうともしない。彼の弩による獅子奮迅の活躍の前には、アヤカシの攻撃など無意味だった。 コルリスの矢が、最後の一羽へと放たれ、命中する。矢は怪鳥の眉間を貫き、沈黙させ、墜落させた。 全ての怪鳥が、撃墜された。一同がそう思った、次の瞬間。 『目玉』が、玄斎と悠里に連れられ、姿を現していた。 「お出ましか‥‥。これ以上の犠牲者を出さないためにも、落とさせてもらうぜ」 それに対し、哲心は不敵に言い放った。 「すまんのう、やつらを発見し追いかけさせたが、これまでじゃ。あとは頼むぞい」と、さっさと安全な場所へと逃げ込む玄斎 そして、悠里が言い放つ。 「『水遁』! 下手に接近したら、こいつの毒にやられる! 注意するんだ」 が、注意は行きわたらなかった。別方向に向った大毒蛾が、危険な位置まで接近してきたのだ。 「ぐっ!」 そいつのいやらしい翼と爪で、哲心は一撃を食らってしまった。燐粉が自身をおおい、爪に切り裂かれた場所が血ににじむ。 別の大毒蛾もまた、更なる攻撃を仕掛けんと迫り来る。 まずい、やられる‥‥! 哲心が、そう思ったそのとき。 「来い! こちらだ、この化け物が!」 鬼島が、吼えた。吼えて、自身へと蛾を呼び寄せたのだ。 そして赤石が、猛々しい炎龍が、口の中に何かを貯める。それが炎である事は、その直後にわかった。 「やれい、赤石! こやつらを叩き潰し、焼き払え!」 主人の命をうけ、赤石の口から強烈な炎が吐きだされた! 何かが燃える嫌な悪臭を充満させ、またも数匹の大毒蛾が消し炭へと変わっていった。 「鬼島、恩に着る! よし、こいつで決めさせてもらうぜ。星竜の牙、その身に刻め!」 残るアヤカシ、大毒蛾は二匹。うち一匹を倒さんと、哲心は極光牙を突撃させた。 「赤石! お前の炎でアヤカシを焼き尽くせ!」 鬼島もまた、同じく赤石を突撃させた。 二体のアヤカシ、巨大な翼長の大毒蛾。邪悪な毒である燐粉が、翼よりどんどん舞っている。 それに構わず、哲心は必殺の一撃をぶちかました。 「くらえ! 『星竜光牙斬』!」 一撃必殺、その攻撃は目玉模様の大毒蛾を粉砕した。 「止めだ! 受けてみよ!」 赤石の口から、再び炎が放たれた。それは大毒蛾を完全に包み込み、焼き尽くしていった。 「本当に、ありがとうございました。なんとお礼を言えばいいか」 高良が、何度も礼を述べる。 『目玉』とは、つまり。「大毒蛾」の事だったのだ。死する直前、那水が見た目玉とは、あの大毒蛾の翼の模様にまちがいない。戦いのあとに調査した開拓者たちは、そう結論付けた。 哲心は、見知らぬ巫女へと礼を述べていた。最初に蛾から攻撃を受けた時、傷を負い、同時にやはり毒を吸い込んでしまっていたのだ。傷は楓子の治癒符で回復できたものの、解毒まではできなかった。 「まったく。村長の娘がたまたま帰ってきてくれなかったら、えらい事になっていただろうねえ」楓子がひとりつぶやく。 開拓者たちが村に戻ってきた頃。村長の娘もまた帰宅していた。彼女は巫女として修行に出ていたが、村の近くでアヤカシの騒動があると聞いて急遽戻ったのだという。彼女のおかげで解毒を施され、哲心は全快できたのだ。 そして言うまでも無く、那水もまた、接近した際にあの大毒蛾の毒にやられたのだろう。 「洞窟の中も調べてみたが、あまり深くなく、それほど脅威になるとは思われてなかったらしいの」と、玄斎が付け加える。 ともかくこれで、この依頼は終了した。 「‥‥もう二度と、こんな事は起こらないで欲しいですね」コルリスが、祈るように静かにつぶやいた。 「よくやったよ、一釵」 村の郊外、龍を休ませている場所にて、悠里は藤色の毛を撫でてやっていた。彼はそれをしつつ、この事件の前に無くなった人々の事を考えていた。 山石村の遺体は、すでに回収されている。後に荼毘に付すとのことだ。 これで、また新たな悲しみが起こらなければ良い。そう思う悠里、そして一行だった。 かつて、人が住んでいた山石村。今では、住む者は誰も居ない。 |