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■オープニング本文 そこは、単なる廃墟だった。 石造りの建物で、薄暗い森の中に立つそれは、取り立てて何か謂れがあるものではない。元は、とある金持ちが作った別荘兼宝物庫の小屋。しかし金持ちは宝物や金を溜め込むと同時に、金を浪費することも大好きだった。 次第に金は無くなり、ためた宝物も無くなり、最後には自分自身の命すらも無くしてしまった。 金持ちが唯一残したのは、孫。彼女はほとんど金持ちから捨てられた生活をしており、存在すら最近になるまで知らなかった。だがそのため、彼女自身は真っ直ぐな性格に成長し、真っ当な仕事と生活をしている。彼女‥‥真麻知は、石鏡の警邏隊に入り、世の秩序と、罪なき人々を守るように頑張っていた。 「まったく、あんな悪辣な連中は逃がしちゃいけないよ。悪い事をしたんなら裁かれなくっちゃ、筋が通らないわ」 などと言いつつ、真麻知らは周辺を探していた。 彼女らの隊は、この周辺を捜索するように命令されている。そして今追っているのは、石鏡でちょっと前に起こった事件の残り香。 とある慈善家の経営していた孤児院。しかしそれは、孤児院に見せかけ子供を食い物にしていた悪魔の隠れ蓑だった。 色々とあってその悪事が暴かれ、現在は首謀者を含め、全員が捕まっている。 が、その手下連中が逃げ出したのだ。首謀者は厳重な場所に投獄しているものの、手下までは気が回らなかった。手下のひとりは、他に投獄されていた取るに足らない犯罪者二人と結託。その結果脱獄に成功し、現在逃走中。 しかし、このあたりで脱獄犯が目撃されたと、行商や旅人連中から情報が寄せられた。 かくして、真麻知たちは向かったのだが‥‥。 そこに存在した、とてつもないもの。それに翻弄される事に。 「‥‥霧、いや‥‥煙?」 進むにつれ、妙な臭いとともに、周辺の視界が徐々に悪化してきた。息苦しさを覚え、真麻知は咳き込む。 かの逃亡犯たちは街道にて、中古の武器を取り扱う商人から、荷車ごと武器と金とを奪い逃走した‥‥と、警邏隊本部に報告が入っていた。そして、その荷車の轍の跡を発見し、真麻知らはそれを追いかけていたのだ。 だが、次第に周囲に煙が漂い始め、それは徐々に濃くなり、視界を遮りつつある。 そしてこの先には、石造りの小屋が、真麻知のろくでなしの祖父が残した廃墟があるはずだ。 「なんだか、ちょっと気に入らんな」 同僚が、ぽつりとつぶやいた。 彼の言う通り、煙とともに、どこかいやな気分、いやな雰囲気もまた、周囲には漂っている。 この煙も、普通のそれではない。逃亡犯たちが暖を取るためにと焚火をたいたのかもしれないが、それにしては煙の量が多すぎる。 ならば火事か? だが、その割にはやけに静か。野火による火災でこれだけの煙が発生したのなら、既に炎と熱とが確認されるはず。 が、それらは無い。むしろ煙がこれだけ漂っているのに、肌寒さすら感じる。 この煙の出どころは? そして、本当にこの先に、逃亡犯はいるのか? やがて、煙の中にうっすらと、かの小屋の輪郭が見えてきた。加えてその手前には、轍を付けた荷車が。中身は、あちこちにぶちまけられている。 煙はどうやら、小屋の周辺にとくに漂っている様子。しかし、この煙の量はお世辞にも「普通」とは言えないほどの量。真麻知は、先刻から感じていたいやな予感が、ますます激しくなるのを実感していた。 加えて、この「臭い」‥‥いや、「匂い」。 何か香ばしい、しかしどこか鼻につく匂いが、真麻知の鼻孔奥へと入り込んでくる。焚火や火事の時に漂う、きな臭いその匂いとはわけが違う。 「‥‥げほっ」 なんだか、この煙を吸っていたら気が滅入る。そもそもここまで入り込んだというのに、追っていた犯罪者連中は影も形もない。期待外れか、間違っていたのかと思うと、さらに気が重くなる。 そんな事を思う真麻知の前に、白い顔が見えた。 「!」 それに向けて、真麻知は携えていた槍を向ける。が、その顔は煙が偶然形作っただけのようで、すぐに掻き消えた。 「気のせい‥‥よね」 最近忙しくて、疲れが取れないせいだ。そう思って視線を移したら。 そこには、死者の顔が。 屋敷の壁、それに半身をもたれかけて、人が死んでいたのだ。 「どうした、真麻知!」 同僚が彼女に呼ばれ、駆けつける。 「これを! ‥‥色黒で、ひげ面ですね。間違いなく、逃亡犯の面相です」 「血だらけだな。血の乾き具合や体温からして、死んでそれほど経っていない。俺たちが来る直前までは生きていたろう」 「傷の様子からして、仲間割れをした‥‥とは思えませんね。全身に棘で突きを喰らったような傷跡が見られます」 ふと、壁の近くに誰かが倒れているのが見つかった。それはまぎれもなく、他の逃亡犯。煙のため、見つけられなかったのだ。それもまた、死んでいた。 「‥‥どうやら、ここで何かに出くわし、そいつと一戦交えたんだろう。一体、何と‥‥」 同僚が言えたのは、そこまでだった。 逃亡犯が戦った、そして命を奪われた「何か」。それが彼に襲い掛かったのだ! 「‥‥彼を襲ったのは、巨大なハサミでした。それが後ろから、煙に紛れて近づき、胴体を挟んだんです」 ギルド、応接室にて。傷だらけの真麻知が悔しげな口調で依頼内容を口にしていた。 後ろから襲ってきたのは、巨大な甲虫。鬼クワガタと呼ばれる、アヤカシの甲虫だったのだ。 それが数匹、彼の胴体を挟み込み、もみあいになった。そのまま煙の中に消えたので、真麻知は助けようと後を追ったが。 いきなり横から、強烈な一撃を喰らったのだ。そのため、彼を追うどころではなくなった。 「私を襲ったのは、巨大なカブトムシでした。鬼クワガタのみならず、鬼カブトもそこにはいたんです。一〜二匹程度ならば、やっつけてやろうと思いましたが‥‥見たところ、五匹以上いるのが見えました」 それに、なぜか心が折れる。傷を負ったためもあろうが、妙に闘志が沸かないのだ。 何かまずい、何かやばい。それを直感で悟った真麻知に、さらなる鬼カブトの群れが襲い掛かり‥‥彼女の全身を角で突き、切り苛んだ。手の槍は折れ、武器もなくなった。なんとか気力を振り絞り、腰の短刀を抜いて切り付け、体からもぎなはし‥‥こうして逃れてきた。という。 「同僚の風間さんは、おそらく生きてはいないでしょう。そして、逃亡犯たちも‥‥。けれど、あの場所に、あの小屋には、『何か』が潜んでいる。それも、恐ろしい『何か』が! 私の直感ですが、あれは逃亡犯以上に、何やら恐ろしい存在じゃあないかと思います」 そう言って、彼女は報酬を差し出した。 「甲虫のアヤカシもそうですが、あの煙も怪しいです。何かが‥‥あの煙を出しているのかも。ともかく‥‥危険な『何か』を、みなさんで胎児してください。お願いします」 |
■参加者一覧
和奏(ia8807)
17歳・男・志
日依朶 美織(ib8043)
13歳・男・シ
イデア・シュウ(ib9551)
20歳・女・騎
マストゥーレフ(ib9746)
14歳・男・吟
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
桃李 泉華(ic0104)
15歳・女・巫
島野 夏帆(ic0468)
17歳・女・シ
錘(ic0801)
16歳・女・サ |
■リプレイ本文 「ここが‥‥」 どうやら、目的地に着いたらしい。志士、和奏(ia8807)は目前のその様子を見て、気を引き締めた。 森の中に続く、広めの道。その果てにある石でできた建物は、確かに濃い煙におおわれている。一体どうなっているのか。誰が、あるいは何が、この煙を発生させているのか。 「改めて見ても、奇妙な煙ですね。もしもあの煙自体がアヤカシ、あるいはアヤカシを引き寄せる何かだったら‥‥」 事は一刻を争う。巫女装束の美少女‥‥の姿をした少年シノビ、日依朶 美織(ib8043)はつぶやいた。 「あの煙の奥に、何かが住んでいる‥‥ふふっ、楽しみですね」 和奏と美織の心配そうな顔とは対照的に、イデア・シュウ(ib9551)、エルフの美少女騎士は、戦いを前にして高揚しているかのようだった。 「ん〜、これはこれは、ずいぶんと物々しい様子だねぇ。アヤカシがいる気配、聞こえないかなぁ?」 イデアの隣の少女が、煙の方へと耳を傾けていた。少女に見える彼は、吟遊詩人。名前はマストゥーレフ(ib9746)、年齢は自称二十歳過ぎ。 「ここからでは遠すぎて、何も見えないし、何も聞こえない‥‥。動くものの気配も、今のところ無さそうです。鏡弦でも、はっきりはわかりません」 鋭い視線を向ける弓術師、彼女の名は篠崎早矢(ic0072)。 「ふう‥‥改めて見ても、この煙はほんま、かなんなぁ‥‥。まあ、真麻知って言うたかな? あんなかいらしい女の子から頼まれたんや。あんじょう気張らな!」 桃李 泉華(ic0104)、色白な修羅の美女が、美しい髪を弄りつつ決意を口にした。 「まー、まずは実際に見てみないことにはね。本当に『何か』あるのかしら?」 狼獣人のシノビ少女、島野 夏帆(ic0468)は、気楽な様子で言葉を口にする。 「それを慎重に……見極めていきましょう」 夏帆に続き、サムライの少女、錘(ic0801)が、あまり感情を感じさせない口調で言った。 集まった開拓者たちは8人。しかし、「煙」の中には、それ以上のアヤカシがいるかもしれない。 まだ煙がほとんど漂っていないこの場所で、開拓者たちはすうっ‥‥と深呼吸し。 決意したかのように、一歩を踏み出した。 「‥‥心眼でも、アヤカシは見えないか」 和奏が、心眼「集」を用いて探索する。が、煙の中はもちろん、煙の外にも、アヤカシらしき存在は確認できない。 「‥‥こちらも、今のところは何も聞こえません」 「ん〜、私の超越聴覚でも、同じく聞こえないねえ。今は近くにいないのかな?」 美織とマストゥーレフもまた、同じように何も聞き取れていない様子。 この場所は、煙がとくに濃い部分との境目付近。おそらくは、ここから先が本丸だろう。 「‥‥罠、仕掛け終えてきました」 早矢が戻ってきた。罠伏りを用い、アヤカシに仕掛ける罠を設置してきたのだ。 「見たところ、アヤカシの姿は見当たりませんでした」 「なら、そろそろ『怪の遠吠え』で、おびき出したら?」 「せやな、夏帆さんの言う通りやね。そろそろ頃合いちゃうかな」 夏帆と桃季とが、煙を見つつ言った。確かに煙は立ち込めており、晴れる気配を見せない。そして風もまた吹かず、煙はその場に停滞し続けている。 まるで、煙自体が意志を持っているかのよう。煙が開拓者たちを、嘲笑っているかのよう。 「‥‥?」 「瘴索結界でも、反応はあるんやけど、ちょいとはっきりせんしなあ‥‥錘さん、どないしました?」 「‥‥今、煙のあのあたりに‥‥顔が」 「顔?」 錘が指摘したところへ、桃季は視線を向けた。確かにそこには「顔」があった。煙の模様が、人の顔を形作っていたのだ。 が、それは一瞬。まるで嘲笑うかのように「顔」は歪み、そして崩れて消えた。 「‥‥ほんま、嫌な煙。強風でも吹いたらえぇんに」 「なら桃季さん、吹かせてみましょうか?」 「できるん? ならとっととお願いするわ」 桃季、そして他の皆が下がり、和奏は刀「鬼神丸」を上段に構えた。練力が集中し、刀の刃へと、力がたまっていく。 「‥‥‥『瞬風波』!」 刃が振り下ろされると同時に、強烈な風の刃が放たれる。 風の刃は、そのまま文字通り空を切り、そして煙を切り‥‥中心の石の小屋へとぶつかり、その表面を軽く削った。それに伴い、煙もまた吹き飛んだ。 が、風で煙が消えたところには、「虫」も、「アヤカシ」も、見られなかった。 唯一見えたのは、人間の死体‥‥まちがいなく、真麻知が見つけた逃亡犯の死体だろう。それを良く見ようとしたが、煙がたちまち立ち込めて‥‥すぐに見えなくなった。 「‥‥怪しいですね、この煙」 その立ち込める様子を見て、美織は怪しさを禁じ得なかった。明らかに、動きが自然なそれじゃない。 「‥‥ねー、そろそろ『怪の遠吠え』を使っちゃおうよー」 「そうだね〜‥‥っと、その前に」 夏帆の言葉を聞いたマストゥーレフは、周囲を見回した。 どうやら、視界内にはアヤカシは見当たらない。ならば、やるしかないだろう。 フルート「ヒーリングミスト」を取り出した彼は、それに口をつけ‥‥奏で始めた。 音楽が終わり、静寂が戻ってくる。 だが、その静寂もまた、すぐに破られる事に。 森の奥、煙の立ち込めていない方向から、何かが接近する音が聞こえてきたのだ。それは微かに、カチカチという「音」を出している。そして「音」は、徐々に大きく、近くなっている。 「何が‥‥!?」 全員が武器を構え、円形になって立つ。 煙のある側と、ない側。その両方から、何かが近づいてくる。挟撃されたのか。 全員とも、冷や汗が体を流れるのを感じた。 「!」 煙のない側。そこから現れたのは、長い体を有した巨大なる「虫」。 一瞬、大蛇に見えたそれは、体の下側に無数の節足を有していた。それをせわしなく動かし、鎧を着こんだような甲殻の長い体を支えて移動している。胴体部分は見切れぬほどに長く、その頭部だけでも、開拓者たちの胴体より大きい。 「大百足!」 錘が、そいつの名を呼んだ。 それだけではない。大百足を首領とするように、その後方から巨大な甲虫が数匹ついてきたのだ。 「くっ! 鬼カブト! こんな時に!」 早矢が強弓「十人張」に矢をつがえ、放つ。大百足の甲殻の隙間に突き刺さるが、一本程度ではさしたる痛手にはなっていない様子。そいつは怒ったように、地面を蛇行した。 「しまった!」 早矢の矢を頭部に受けないようにと、大百足はその胴体を長く伸ばし‥‥開拓者たちの退路を断ってしまったのだ。このままでは、煙の内部に入り込むしかない。 鎌首を掲げ、おぞましき牙を向け、大百足の顎が迫る。 「くっ、逃げろ!」 イデアが叫び、それとともに‥‥8人全員が煙の中に転がり込んだ。 煙の内部は、取り立てて何も異変など無かった。煙たく、息がしづらい。が、少なくとも毒はなさそうだ。 「‥‥これは一体‥‥?」 しかし、和奏は困惑していた。 体が、だるい。何やら、心も重い。ろくに疲労するような事などやってないのに、なぜか体中がだるく感じられる。 「これは‥‥この煙、なんですのん!」 桃李もまた、力が抜けるのを感じている。 「ちょ、ちょっと‥‥なによこれ! ‥‥早く、外に‥‥」 逃れようとした夏帆だが、すぐ近くの地面に、大百足の顎が食い込んだ。 「煙の外に向かうのは、危険って事!? くっ‥‥!」 イデアはめまいと戦いながら、煙の奥へと進んでいく。どうやら、視界が利かないのは大百足らも同じようだ。 だが、イデアは聞いた。煙の中から、また新たな「音」を聞いた。こちらはカサカサというような、何かが地面を高速で走る音。 「くっ‥‥どうやら‥‥ちょっとばかしまずい展開みたいだねぇ〜」 マストゥーレフがつぶやいた。 「どうやら‥‥この煙! 間違いない、煙羅煙羅‥‥ッ!」 美織もまた、確信とともにつぶやく。そして、煙羅煙羅の「煙」。この中に長時間居続けると‥‥。 練力を、失う。否、奪われ続ける! 「そうか、気が滅入るっていうのは‥‥こういう事か! くそっ、体が‥‥重い‥‥!」 鎧を着こんだ早矢は、その鎧の重さを全身に感じていた。周囲の白い煙の中に、はっきりと顔が浮かび上がったのが見える。醜いその顔は、あからさまに嘲りの表情を浮かべていた。 「‥‥! 来た!」 その嘲りを受けたかのごとく、目前に数匹の鬼クワガタが出現した。大顎を鳴らし、挟み込んで殺そうとする、邪悪の昆虫。 「‥‥ふん!」 だが、錘がその前に雄々しく立ちはだかる。 示現を用い、彼女はソイルアックス、大地の聖霊の加護を受けた戦闘斧を構え、鬼クワガタへと叩きこんだ。重い斧の刃が甲殻を貫き、食い込み、鬼クワガタの一匹が沈黙した。 「お次は、自分だ!」 続き、騎士剣グラムを携えたイデアが、二匹目の鬼クワガタへとその刃を叩き込んだ。固い甲殻を貫かれ、二匹目も引導を渡される。 「直撃、させる!」 三匹目に、早矢の弓から放たれた矢が命中。深く突き刺さったそいつもまた、動きを止め、霧散していった。 だが、煙はその間も容赦なく、開拓者たちの練力を奪い続ける。 「はあっ、はあっ、はあっ‥‥なんとか、しなくちゃ!」 苦無「烏」を手にして、美織は小屋へと向かい始めた。煙羅煙羅、ないしはその本体を! 石造りの小屋の内部は、荒れ放題。そしてその中には、遺体となった風間の姿があった。 「間違いない‥‥この煙で練力を失い、それがもとで死んだんやな!」 桃李がその体を改めると、致命傷に至るほどの傷は無い。 「外に‥‥あった‥‥逃亡犯たちの遺体も、同じだった‥‥ね〜‥‥」 「ちょっと、マストゥーレフ? 後で治療師たるさかい、あんじょう気張りぃ!」 しかし、先刻に「騎士の魂」を皆にかけ、ただでさえ減っている練力が、さらに減っているのだ。気張れと言っても限界がある。その事を承知していた桃李だが、それでも気張らなければ始まらない、生き残れない。 「このっ! ‥‥くっ!」 そして夏帆は生き残るため、錘とともに戦っていた。が、新たに現れた鬼カブトの角は大きく、破城鎚のように頑丈。夏帆の武器、流星錘「稲見星」では歯が立たない。 「けれど! こうしたらどうよ!」 鬼カブトの角へと、夏帆は流星錘の細長い紐を巻き付けた。鬼カブトの動きは封じられなかったが、鈍らせることには成功。が、倒したわけではない。 「そのまま‥‥はっ!」 鈍った鬼カブトの、甲殻の継ぎ目部分。錘がそこへと、斧の重い刃を叩き付ける。鬼カブトの頭部が切断され、霧散した。 「へへっ‥‥やった‥‥けど、もう‥‥限界、かも‥‥」 夏帆が、膝をついた。練力が尽き、とうとう生命そのものも削られていくのを彼女は悟ったのだ。 「こちらも‥‥」 それは、錘もまた同様。練力が尽くと、疲労が彼女に襲い掛かり、苦しめる。 そして、小屋の外では。鬼カブトを引き連れた大百足と、早矢、和奏、イデアの戦いが続いていた。 煙のせいで、視界がきかない。それは開拓者たちのみならず、百足の方も同様のようだ。大あごの強力な一撃を何度も放つが、そのたびに牙は狙いを外す。 「‥‥もう一度! 『瞬風波』!」 烈風の一刀を、和奏は放った。先刻同様に、風の刃が煙を切り裂き、わずかな煙の切れ目を作り出す。そして烈風はたまたま煙に隠れていた鬼カブトとクワガタとに命中し、二体の虫を地獄に落とした。 が、もう放てるだけの力は残っていないだろうと、和奏は自覚していた。煙羅煙羅の煙で、自分たちは練力を減らされたのだ。これ以上、その余裕は残されていないだろう。 「バーストアロー!」 早矢の矢が、大百足へと放たれる。それは命中した。が、やはり頭部にではない。腹部の甲殻の継ぎ目に当たり、深く食い込むも‥‥致命傷ではなかった。 「くっ‥‥目が、霞む‥‥!」 膝を折る早矢。そしてそれとともに、煙の切れ目が元に戻り、またも煙が元の通りに。 煙羅煙羅の嘲りの笑い顔が、あちこちに浮かんでは消えていった。 「どこに、消えた? どこに、隠れてる?」 美織が、暗視とともに小屋内部を探索する。残された時間はわずか。 そのわずかな時間が、好機を生んでくれるようにと美織は祈る。祈って探索する。 「! そこっ!」 ガラクタに混ざり、琥珀色の玉がそこにはあった。それは発見された事を慌てるかのように、転がって逃れようとする。 「逃がさない! はっ!」 投擲された苦無が「玉」に命中し、そして‥‥砕けた。 「!?」 白い煙、ないしはその煙が作り出す嘲り笑い。 それらが、いきなり苦悶の表情に変化すると‥‥はじけて、消えていった。 だが、まだ煙そのものは晴れない。そしてその中を、大百足と、残された最後の鬼カブト、クワガタの群れが進撃する。 それに向け、和奏は‥‥紙でできた粗末な球に火をつけ、それを投げつけた。 焙烙玉は、地面に転がると‥‥爆発した。そして爆風は、周囲の煙をも吹き飛ばし、もう集まることは無かった。 更に、爆発は煙に潜んでいた鬼カブトとクワガタ、大百足とにも痛手を。 体の一部を吹っ飛ばされた大百足は、それに焦ったのか、あるいは混乱したのか。煙が立ち込める場所から森の内部へと、逃走したのだ。 が、そこで大百足は終わった。逃れた先には、早矢が罠伏りで仕掛けた罠が、大百足を待ち構えていたのだ。 スピアトラップの槍が放たれる。それは、大百足を串刺しにさせ‥‥果てた。 「‥‥ふぃー、ひどい目に逢ったわー」 練力が尽き、生命力までもを煙により奪われた夏帆は、符水を飲む事でその命を回復した。 錘も同様に、桃李の閃癒により、体力を回復している。 「かたじけない」 「どういたしまして。‥‥ふう、まったく。ひどい目にあいましたなあ」 桃李の言う通り、煙による練力の大量消費。そのため、中には完全に練力を失ってしまった者も。 イデアもまた、練力を失って久しいが、それに堪える事無く微笑んでいる。 「でも、勝ちました。煙の奥に住まう者、実は、その煙そのものが危険でした、か。ふふっ、戦いがいがありました」 煙は、徐々に晴れていく。そして数刻後。それはきれいさっぱり、無くなった。 そしてそれとともに、今回の事件の犠牲者達、ないしはその遺体もまた、露わになった。 「生きてさえいれば、‥‥それで、良いのです」 イデアは再び、つぶやいていた。 その後、警邏隊は開拓者らの報告を受け、風間の遺体、そして逃亡犯の遺体を回収。それぞれ丁重に葬られた。 あの石造りの小屋に、何らかの理由で煙羅煙羅が入り込み、煙を発生。その煙の作用で虫アヤカシが呼び寄せられ、その中に今回の犠牲者は入り込んでしまったのだろう。そう結論付けられた。 そして真麻知は時折、そこに思いをはせた。あの時に助けてくれなければ、自分はどうなっていただろうか、と。 その小屋は今も無人のまま、ひっそりと建っている。 |