|
■オープニング本文 五行。 武天との境界線近くに、緑林村という村がある。 かつては、山の幸でそれなりに栄えた町だったが、今は当時ほどの活気はない。が、店も公的機関もそれなりに整っており、住むには悪くはない。さらに、闇陣からはそう遠くはない場所に位置しており、有事にはすぐに駆けつけてくれる利点もあった。 が、闇陣から引退した一人の女性がここに居を構える事を決めた時、今回の事件が発生した。 金剛は、引退するには早いと言われていた。彼女は闇陣の防衛軍の一警備隊隊長に着任してはいたが、引退するには確かにまだ年若い。が、巨大なアヤカシと戦い撃退したものの、杖が無ければ歩けない身体になってしまった。 しかし、警備隊を辞めた後で、そして足が効かずともやるべきこと、やりたいことは多くあった。それを行うのも悪くないだろう。 しかし、問題が一つ。友人の黄河は孤児院に勤めていた。が、その孤児院は経営が苦しく、行き詰っていた。 さらに悪いことに、火事が起こり、孤児院は消失。子供たちは住む家を失い、途方に暮れていた。 「どうしよう、金剛。ワタシ‥‥この子たちを放ってはおけないよ」 「そうは言ってもねえ。私もこの有様だし、無い袖は振れないし」 子供は三十人。加えて、そのうち十人以上はまだ五歳にもなってない。金剛の家は狭いし、黄河も同様。そして当然、生活費もかかる。退職金は出たものの、今後の事を考えると心もとない。 が、そこで金剛は思い出した。緑林村の実家にうち捨てられた屋敷があるのを。 かつて金剛の母親は、緑林村の村長の娘だった。が、駆け落ちして結陣に向かい、そこで結婚。金剛を生んだ。 十歳で両親と死に別れる前、金剛は良く聞かされていた。緑林村には実家があり、そこには大きな屋敷がある、と。黄河にその事を話した金剛は、緑林村へと向かう事にした。 あれから何十年も経っているが、ひょっとしたら何か力になるかもしれない。そう期待しつつ。 「‥‥まいったわね、これは」 屋敷を見た一声が、それだった。 緑林村に行き、屋敷の場所を聞いてそこに赴くのは難しくは無かった。また、既に実家の人間たちは一人残らず他界しており、所有権は孫‥‥すなわち、金剛にある。 「あの屋敷に住みたい? そりゃ別に構わんが、おそらく住みたくなくなるぞ」 現在の村長のその言葉、その理由がようやく分かった。 なぜなら屋敷は、荒れ放題だったのだ。屋敷自体は非常に重厚なつくりで、傷みはほとんど認められない。 が、家の外に密生している木々や雑草は、取り除くのにはまさに一苦労しそうだ。数十人の人間を雇い、数日かけなければだめだろう。 「でも‥‥ここなら理想的よ! 食糧は自分たちで畑を耕したり、近くの川で魚釣りしたりして捕れば良いんだし」 なにより、屋敷は大きい。孤児院にするにはちょうどいい。 「なら‥‥やりましょうか。まずは大掃除から!」 杖を突きながら、金剛は掃除の計画を立てた。 しかし。計画はそう簡単にはうまく行かないだろう。 金剛は、すぐにその事を思い知った。 すぐに屋敷内に入ってみた金剛だが、内部はそう痛みはない。分厚く積もっている埃や、あちこちの汚れは、手を入れれば何とかなりそうだ。 「‥‥?」 玄関広間にて、金剛は気配を感じた。殺気めいた何か。危険な何かの気配を。先刻より、漂う埃や塵の臭いに辟易していた金剛だが‥‥それらとは異なる臭い、心に食い込むような悪臭が漂ってきたのだ。 家の奥から。 「金剛、どうしたの?」 「‥‥わからない。黄河、ちょっと、奥の方を調べてくるわ」 黄河にそう言って、金剛は家の奥へと進んだ。 瘴気。 現役時代にも、アヤカシとは何度か相対し、戦ってきた。その時に感じ取った気配と、今漂ってくるこれは同じだ。 思わず金剛は、腰に下げた剣の柄に手をやった。杖が無いと歩く事に難儀するが、それでも鬼程度のアヤカシなら討ち取れる。 注意深く、金剛は家の奥へと進んでいった。 廊下を進むにつれ、杖を突く時の音が響く。幸い床板は腐っていない様子。しかし‥‥腐敗臭ではない瘴気のような悪臭は更に強くなってきている。 玄関先の広間から廊下を進み、大広間に突き当たる。そこからは更に奥へと続く、大きな扉があった。 「‥‥こっちは、台所ね」 もう一つの扉は、開いている。そこから中を見ると、どうやら図書室のようだ。 しかし‥‥中に存在するのは書物だけではあるまい。先刻からの強烈な気配が、ますます強まっている。 そして、ゆっくりとだが‥‥気配が動き、近づいてくるのを感じていた。 それだけでない。まるで心の中に、何かが囁いているような。そんな幻聴めいた何かが聞こえてきたのだ。 まずい。このままここに居続けたら、あきらかにまずい! 「‥‥!?」 「黄河!」 すぐにその場を逃れ、金剛は玄関へと戻った。が、黄河の姿が見えない。 「金剛!」 外から、黄河の声が響く。すぐに杖を突きつつ飛び出すと‥‥黄河が恐ろしい存在に襲われていたのを見た。 「黄河! 今助ける!」 木々が伸び放題の庭から、長い蔦が伸びていたのだ。それは黄河に巻き付いていたが‥‥金剛に切り捨てられ、彼女は事なきを得た。 切られた蔦は、蛇のようにくねり‥‥霧散した。間違いない、アヤカシだ! 「黄河! 早く、逃げるわよ!」 新たな蔦が、さっきよりもっと多く、長く伸びてくるのを見て、金剛は叫んだ。 「‥‥という事があって、こうやって逃げ延びた次第です」 ギルドにて、金剛と黄河とが応接室にて、君たちへと依頼内容を伝えていた。 「間違いなく、あの屋敷には何かが潜んでいます。それが何かは分かりませんが‥‥あんなものが潜んでいる屋敷では、孤児院などできません」 そう言いつつ、彼女たちは報酬を取り出した。 「最悪、屋敷を燃やしても構いませんが‥‥それは、あくまでも最後の手段にしてください。もう、私も、黄河も、子供たちも‥‥住める場所と言ったらあそこしかないんです」 「ワタシたちの依頼は、あの屋敷に潜んでいるアヤカシを全て退治して、あそこを安全な場所にしてほしいという事です。どうか、引き受けてはくれませんか?」 そう言って、二人は君たちに頭を下げ、依頼した。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ |
■リプレイ本文 「こりゃ、思ってた以上にでかいな」 巴 渓(ia1334)の第一声通り、屋敷は大きかった。 「確かにこいつぁ、『まいったね』と言いたくなるもんだ」 「ええ。アヤカシ退治が終わっても、どこから掃除始めるべきか。それも一仕事よ」渓へ、案内した金剛が言葉をかける。 「‥‥でも、今のところアヤカシは感じないですね」カンタータ(ia0489)の視線が、あちこちをさまよう。瘴気は感じられるものの、どうも‥‥妙だ。 「で? お友達が襲われたってのは、あの辺りで?」 今回の参加者で、唯一の男性。不破 颯(ib0495)の視線の先は、庭の入口付近。 「ええ。それで、庭園の方はほとんど見て回れなかったので、どういうつくりになっているかはわかりません。屋敷は村長さんがくれた絵図面がありますが」 「大丈夫、これだけ揃えられれば十分です」 犬耳を持つ令嬢、礼儀正しさと育ちの良さと、清楚さを持つ美少女がその言葉に答えた。志士の彼女は杉野 九寿重(ib3226)。 「ンフフッ‥‥。まあ、私に任せなさぁい。すぐに‥‥アヤカシを昇天させてあげるわよォ。んふ」 逆に、色々な意味で危険な雰囲気を漂わせているのは、豊か‥‥という言葉では表しきれないほどの胸を持つ女性。妖艶なその佇まいは、周囲の空気も色香に変化させる力があるかのよう。着衣もそれに似合いの、露出度が多いもの。 セシリア=L=モルゲン(ib5665)は、唇をぺろり‥‥と舐めつつ、艶めかしい仕草で屋敷と庭とをねめつけていた。 「‥‥さて、それでは」 弓を携えた、海神 雪音(ib1498)が、言葉少なに促した。 「‥‥行きましょう」 金剛を外に残し、開拓者たちは探索を開始した。 薄暗い内部は埃が積もっており、誰か、または何かが潜んでいる様には見えない。 一つだけ足跡があったが、それは金剛のもの。杖と片足を引きずった跡とが残っているのを、カンタータの「夜光虫」が放つ光によって見えたのだ。 「‥‥『鏡弦』では、玄関広間にゃあアヤカシらしいもんは見つからねえ。となると‥‥」 「奥、ですね」 渓の言葉に、九寿重が付け加える。邸内の淀みは、目に見えるほどに濃く重々しい。 とっとときれいにして、子供が住める場所にしないとな。両腕の赤龍鱗を打ち合わせつつ、渓はまだ見ぬ敵への闘志を燃やしていた。 立てた作戦は、まず全員で邸内の図書室へ向かい調査。 もしそこでアヤカシを発見したら、退治。その後、二班に分かれて邸内の探索。邸内の安全が確認されたら、次に庭へ。 「とは言っても‥‥ちょっと厄介かも」 カンタータが、ため息をつく。 「ですねぇ。まさか‥‥」 自分の携えた弓‥‥「レンチボーン」で『鏡弦』をかけた不破は、不安を感じる事しきりだった。 「まさか『屋敷の内部』よりも、『庭』から漂う瘴気の方が、若干強めだったとは、ねぇ」 そして、おそらくは潜むアヤカシも、庭のそれらの方が多いだろう。そう思うと、不安が大きくなるのを認めざるを得ない。 「んっふっふ、まずお仕置きするのは、図書室に隠れてる子になりそうねぇ。見つけ出して、ビシビシと痛い目に合わせてあげるわねぇ。楽しみだわぁ」 血茨の鞭を手にしたセリシアは、己が加虐嗜好を口にしていた。すぐにでも得物の鞭で、敵アヤカシを打ち据えたいと思っている様子。 それを聞きつつ、名刀「ソメイヨシノ」を携えた九寿重は、若干の不安を覚えていた。 雪音は、動じた様子を見せていない。その手には長弓「ウィリアム」。 五人の美女美少女と、一人の弓術師。彼らは注意深く、館の奥へと歩を進めていった。 「‥‥いる、な」 「‥‥います、ね」 不破に雪音。 「鏡弦」を使える者すべてが、それの存在に、瘴気に反応していた。 図書室へと続く扉。開いたままの扉の中から‥‥強烈な気配が漂い出てきたのだ。 「‥‥ンフッフ、そうねぇ‥‥」 『暗視』をかけたセシリアの目にも、映っていた。 「‥‥もやもやとしたものが、内部を漂ってるわぁ。奥の方へ向かったわよぉ」 色気過剰なジプシーの言葉で、開拓者たちは実感した。間違いない、「何か」がいる! 「‥‥見えます! アヤカシが‥‥図書室の中心部に!」 セシリアの言葉を裏付けるかのように、九寿重の声が凛と響いた。 輝く蝶の群れが、光を提供し周囲を照らす。カンタータの「夜光虫」に続き、開拓者たちは一歩、部屋の中に入っていった。 渓の両腕は、構えられていた。図書室は広い。孤児院になったら、ここは子供たちにとって良い場所になるだろう。勉強部屋かお遊戯室のような。 本棚の本は、多くがぼろぼろに。新たに本を入れるにしても、まずは片づけないと。 「‥‥?」 いや、片づけるべきは、この邸内か? むしろ‥‥「自分たち」こそが、片づけられるべきじゃないのか? そもそも、この中に入り込んで、内部を荒らす自分たちは何様のつもりか? 渓の脳裏に、なぜかそんな囁きが聞こえる‥‥気がする。それは波がさざめくように、微かなもの。だが、次第次第に大きく、はっきりとしてくる。 「‥‥っ! 来るなら‥‥来てみろッ!」 頭を振り、渓はその囁きを追い払った。そして、目前の「敵」へ、はっきりとした眼差しを向ける。 もやもやした何か‥‥それはまさしく、瘴気の塊。だが、それは次第に形をとりつつ、宙を総べるようにして接近してくる。 図書館に漂う、黒煙めいた瘴気の塊。それが二つ、渦となって室内を旋回する。次第に瘴気は形を取り始め、人めいた頭を形作り、死人のようなうつろな腕と胴体とがそれに続く。 声なき叫びとともに、形をとった「それ」‥‥地縛霊は、悪夢の形相と共に、開拓者へと手を伸ばし‥‥襲来し、襲撃した! 「はっ!」 まず放たれたのは、不破と雪音の矢。だが当然ながら、実体の無い相手に放った矢など、突き抜けるだけ。 だが、牽制はできた。その牽制を無駄にせず‥‥渓が駆け出す。 「『気功拳』!」 気力が込められた渓の拳が、瘴気の塊である地縛霊へと叩き込まれる。悪夢の形相が苦悶のそれに代わり、地縛霊の一体が消滅。 残るもう片方も、同じく襲い掛からんと広がり‥‥包み込まんとした。 「ンフフッ‥‥なら、これはどうかしらぁ‥‥『蛇神』ッ!」 しかし、その幽鬼めいた化け物の攻撃もそこまで。後方へと一歩下がったセシリアが、術を放つ。 召喚されたのは、大蛇の式。非実体のアヤカシをも倒せる蛇を呼び出し、敵へと叩き込んだのだ。 セシリアは、感じた。声なき「そいつ」が、悔しげな呻きとともに消滅したのを。それを思うと、加虐心が刺激され、ぞくぞくする。 「ン〜〜〜フフフッ‥‥たまらないわぁ、こたえられないわぁ‥‥アヤカシを打ち据える悦び、いいわいいわぁ」 「‥‥ふぅっ‥‥」 それを横目に、渓は油断なく周囲を見回す。確かに、もやもやとした黒い霧の塊、『気配』は、消えた。あまりにあっけなく。 だが、別の『気配』は健在。そしてそれは、消えることなく漂い続けている。 「‥‥この部屋の瘴気は‥‥薄れているようだが‥‥」 拳を握りしめたまま、渓は周囲を見回す。 まだ、いる。この部屋以外のどこかに、邸内のどこかに、そいつらはいる。 「まあいい、ならば探し出すまでだ! みんな、打ち合わせ通りにな!」 呼子笛の音が響き、「そいつら」の存在を一階へと知らしめる。 雪音が吹き終わるとともに、既に九寿重とセシリアとは敵へと切り込んでいた。後に、渓ら三人も二階へと上がってくる事だろう。 三人づつに分かれた開拓者たちは、それぞれ二階と一階とを調査し、他にアヤカシがいないかを調査していた。 「まさか‥‥『食器』がアヤカシとはねっ!」 九寿重の剣が、迫りくる食器の群れへと切り込み。 「んふふっ‥‥鞭でビシバシできるなら、なんだって歓迎よぉっ!」 セシリアの鞭が、転がり来る陶器の群れを次々に薙ぎ払う。 生前の屋敷の当主の趣味だろう。二階、多くの陶器が飾られている部屋があった。そこを発見したところ、襲撃を受けたのだ。 「‥‥ふんっ」 が、雪音が矢を放ち、カンタータらが駆け付けた頃には、陶器のアヤカシ‥‥イタンキプンキは、ほぼ掃討されていた。 「‥‥さて、と」 ここからが勝負。九寿重と渓は、来るべき戦いに用心し、警戒しつつ庭を切り開き進んでいた。その後ろを、不破に雪音、セシリアにカンタータと続く。 イタンキプンキを倒したのち、時間をかけて邸内を探した。が、アヤカシはそれ以上出ず、瘴気もまた感じられず。 なので、セシリアが『ナディエ』を使って、屋根まで上がり、庭を見渡したところ‥‥。 「ンフフ‥‥いい眺めねェ‥‥」 やはり、見つからなかった。どうやら、じかに庭を歩き回らないと駄目の様だ。 かくして、開拓者たちは密生した草木を切り開くようにして、先を進んでいた。 「‥‥前方‥‥何かいます‥‥!」 屋敷に来てから、何度目かの『鏡弦』。雪音が指摘した先には、植物のアヤカシ‥‥足斬草の存在が見て取れた。が、大した相手では無い。衝撃刃を放つも、開拓者たちにとっては痛くもかゆくもない攻撃。それらもまた、剣や鞭で薙ぎ払われる事で退治されつつあった。 「‥‥大した相手じゃあねーな。だが‥‥」 「出て来ませんね。黄河さんを襲った『蔦』ってのが」 渓と九寿重が、不安を口にする。先刻から足斬草を切り払ってはきたものの、肝心の「蔦」が出てこない。不破と雪音の『鏡弦』で、ある程度どのあたりにアヤカシが居るかまでは判明しており、それらを倒したものの‥‥。 その全てが、足斬草ばかり。蔦を持つ植物のアヤカシとやらは、一向に見つからない。 「‥‥やはり、風柳の一種なんでしょうか?」 自分の考えを、カンタータはつぶやいた。蔦は実は触手で、アヤカシはどこからか漂ってきたのでは、と。 「でも。それでしたら黄河さんを襲った時に、空から追いかけて来るのでは? それに、空をそれらしいものが漂っていたら、目撃しているはずですし」と、九寿重。 「まあ、あの二人が見逃してたって可能性もあるがねぇ〜。だが‥‥ん?」 不破が、雪音に続き言葉を述べようとした、その時。 すぐ近くを、何かが動いた。何かが、例えば蛇が地を這い進む時のような、そんな音が響いたのだ。 しかし、それは「蛇」ではない。なぜなら‥‥先刻から、この庭で動くものは、アヤカシ以外見なかったからだ。普通の動物はおろか、虫一匹見かけない。ならば当然、蛇などではあるはずがない。 その事を、開拓者たちは重々承知。そして、為すべきことも重々承知。円になり、六人は周囲を警戒した。 「音」は、徐々に近づいている。 「おや? おいでなすったかねぇ?」 ヘラリと笑みつつ、油断なく不破はつぶやく。 「‥‥来ます」 雪音の言葉とともに‥‥「それ」が、目前に出現した。 「それ」は、蔦。 そして、蔦の本隊が、草木の生える藪の向こうに見て取れた。木の幹にしがみついている、醜悪で巨大な袋。袋の口周辺部から生えているのが、蔦の基部。 夜叉カズラ。それがそいつの名。 おぞましきその袋は、かなりたくさんある様子。 「こちらからも来ます!」 九寿重の言葉通り、反対方向からも「蔦」が接近していた。周囲を囲った多数の蔦は、本物の蛇よろしく鎌首をもたげ、うねっている。 その数、十や二十ではない。一つの「袋」から3〜4本の蔦が生えているとしても、この様子では袋の総数はかなりあると見てよかろう。 蔦の群れは刹那、うねりを止め‥‥次の瞬間。 一斉に、襲い掛かってきた。 開拓者らは、すぐにすべき事を理解し、それを実行した。 不破と、『鷲の目』で強化された雪音。二人の弓から放たれた矢が、空を切り蔦へと突き刺さる。 続き、九寿重の剣と、セシリアの鞭とが、蔦を薙いだ。 「‥‥いくぜぇ! アヤカシ野郎!」 すかさず、蔦の包囲網を渓は突破する。運足とともに駆け出し、本体へ、おぞましい袋へと接近する。 「‥‥効くかよっ!」 背拳で、背後に迫った蔦を一蹴。そのまま、本体へと拳の一撃をめり込ませた。植物の汁と共に、瘴気の濃い悪臭とが散布され、一体の夜叉カズラは倒れた。 だが、すぐ近くの夜叉カズラが、渓へと襲撃。彼女の全身を蔦にて縛り上げる。 「しまっ‥‥た!」 蔦を引きちぎるがおっつかず、彼女は宙に浮かんだ。運ばれる先は、大きく口を開けた夜叉カズラの袋の口。 「渓さん! ‥‥『雷閃』!」 カンタータが、雷の一撃を放つ。雷光で構成された蛇は、蔦の蛇どもの基部に、夜叉カズラの本体へと直撃。二体目の夜叉カズラもまた破裂し果てた。 「ありがとよ! 助かったぜ!」 「ンフフッ‥‥私も負けられないわねェ‥‥熟した乙女の色付く力、受けて‥‥みなさァァァいッ! 『蛇神』ッ!」 まるで自身が、蛇の化身と化したかのように。セシリアは巨大な蛇の式を召喚。夜叉カズラへと襲い掛からせた。 が、新たな蔦が開拓者へ、雪音へと巻き付く。 「‥‥ふんっ!」 『山猟撃』‥‥素早い武装の変更と、それによる攻撃の御業。弓をカッツバルゲルへと即座に持ち替えた彼女は、その刃の一閃で蔦を切断。それとともに、本体が群棲しているのを発見した。 「‥‥見切った!」 その本体へと、不破が新たなる矢を打ち込む。どすっ‥‥という小気味の良い音とともに、また一体の夜叉カズラが引導を渡された。 「‥‥どうやら、見えて来ましたね。あと少しです」 九寿重の言葉通り、蔦の数は減り、夜叉カズラの本体もまた露わに。絶望を超えた戦いの雄叫びが響き、数刻後‥‥。 庭からは、アヤカシの姿は消えていた。 「夜叉カズラは、十体見つかりました。けど、足斬草も含めて全ては退治しましたからご安心を」 九寿重が、金剛へと報告する。庭でのアヤカシを掃討後‥‥全員、かなり疲労困憊はしたが、怪しいものや新たなアヤカシの存在が無い事を確認し、ようやく仕事が終わった事を確信した。 「邸内も、念のためもう一度調べましたが‥‥」 「‥‥瘴気も、アヤカシも、見つかりませんでした。ご安心を」 カンタータに続き、雪音が言う。淡々とした口調の彼女だが、さすがに疲労しているらしい事が、言葉の節々から聞いて取れた。 「‥‥安心して、良いんですね? あの屋敷と庭に、子供を住まわせたり遊ばせる事が出来るようになった、と?」 金剛の問いかけに、不破がへらりと笑いつつうなずく。 「ま、掃除が大変でしょうがねぇ」 「ンフフッ‥‥虐め殺すべきアヤカシがまた出てきたら、また私が殺ってあげるわねェ‥‥」 セシリアの言葉に、ちょっと引く金剛。が、そんな彼女に渓は請け合った。 「ま、もう心配はないぜ。あとは、あんたら次第だ。孤児院の経営、がんばってな」 その後。金剛と黄河は時間をかけて屋敷と庭とを清掃し整備し、孤児院を作り上げた。 住むところに困らなくなった彼女たちは、力を合わせて日々を生きていった、という。 |