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■オープニング本文 五行。 山脈の麓に、街道があり、街道に隣接した場所には、森があった。 その森には、小屋があった。かつては誰かが住んでいただろう住居、しかし今は、誰も住み着かない廃墟。 打ち捨てられていたこの小屋だが、ある時二人組の旅人がここに一晩の宿を求めた。二人は泥棒で、半日ほど前に一仕事を終わらせていた。結陣の郊外に建つ、とある商人の屋敷に押し入ったのだ。 彼らは金を手に入れ、さらに金目のものを物色。飾ってある刀をも奪い、逃走した。 当然、被害者の閉海商会の会長、閉海万全はこれを追った。あの刀は、行方不明の息子の持ち物。息子が亡くなっていたとしたら、唯一の形見になる。他のものはともかく、あれを失いたくは無い。 かくして、万全は店の若い者たちに泥棒二人を追わせた。この仕事を請け負った店の若者たちは、泥棒兄弟が街道から、森の近くまで逃げ込んだことを突き止めた。 「ああ、その二人なら、森の中に入っていったのを見たぜ」 近くに住む村人が、二人を追う若衆へと情報を与えた。確かに、二人組の泥棒、なにかが詰まった袋とともに、特徴的な刀を背負った二人の姿を見たというのだ。 若衆は、その言葉に従って街道沿いの森へと向っていった。 「そろそろ、暗くなってきたな」 若衆の頭、左今が周囲を見て言葉を漏らした。一番近くの村には、一時ほどかかる。戻らない事には、野宿するしかない。 もっとも、野宿するのは非常に危険。森から出てくるアヤカシに、夜寝ている間に襲われるかもしれない。 戻ろうかと思ったその時、 「左今さん、これを」 若衆の一人が、足跡を見つけた。それは、森の中へと続いていた。 夕暮れになり、次第に薄暗くなってくる。 そこで一行は、松明を手に森の中へと入っていった。森の入り口あたりまでなら、なんとか探せるだろうと考えたのだ。 が、一時ほど森の中へ進んだ、その時。 前方に、何かが見えた。それは、かの森の中の小屋。そして小屋の前には、誰かが横たわっていた。 駆け寄ると、間違いない。泥棒の弟の方だった。その周辺には、盗まれた品物のいくつかと、貨幣が散乱している。 左今らは近づくが、顔をしかめた。 「これは‥‥!?」 泥棒は、虫の息だった。 一足遅かったようだ。泥棒に致命傷を負わせたのは、アヤカシで間違いなかろう。しかしそれは、かなり凶暴であろう事は容易に想像できた。 泥棒は、体中をずたずたに切り裂かれていたのだ。その傷痕は少なくとも、獣の爪のようなそれではない。匕首を持った大人数が、周囲からめちゃくちゃに切りつけたような、そんな印象を受ける。 「おい、どうした? 何があった?」 が、泥棒はそれに答えられなかった。‥‥ほんのわずかしか。 「あ‥‥兄貴が襲われ、森から逃げて‥‥」 それだけ伝えると、彼は事切れた。 「‥‥刀は兄が持ってるのか? それとも‥‥」 「左今さん!」 左今が考えをめぐらせていると、若衆の一人が呼び止めた。 「どうした?」 「最初は暗くて分らなかったんですが、これを見て下さい。アヤカシに追われてきたのでしょうか?」 そこにあったのは、足跡。間違いなく、この泥棒のものだろう。 「おそらくはな。しかし‥‥」 だとしても、どのようなアヤカシか。少なくとも泥棒の傷の様子から、尋常なものとは思えない。 足跡は、森の奥から続いていた。森の奥は、暗くて良く見えない。日がほとんど落ちつつある今、森の暗闇そのものも悪意をもって迫るかのよう。 少しだけ、調べてみよう。そう決意し、左今は中へ入り込むことにした。 森の中は、瘴気の嫌な気配がますます強まっていくかのよう。実際、嫌な気配と雰囲気が、左今らを取り巻いている。本能が、「逃げろ」と何度も警告を発しているが、彼は無理してそれを抑えていた。 旦那様の大事にしなさってる剣。できる事なら、それを早く取り戻したい。それに、自分に何か起こっても、森の外で待っている仲間が旦那様に伝える事だろう。同行を願い出てきた二人の部下とともに、彼は奥へと歩いていく。 「いてっ‥‥!」 「どうした?」 「いえ、枝か木の葉に引っ掛けたみたいで」 部下の腕が、大きく切れている。周囲を見ると、下生えが多くなっている。 周囲は湿った空気が充満し、草木が腐る時のにおいとともに不快感を漂わせていた。 雑草の類が元気良く伸びている様は、得体の知れない何者かが侵食しつつあるようで、自然に生える野生植物の美しさなど微塵も感じられない。 「いてっ!」 「痛っ!」 もう一人の部下とともに、左今もまた何かに切りつけられた。血が滴る。 何に引っ掛けた? そう思って周囲に松明を投げかけるが、何も無い。いよいよ周囲が暗くなってきたためか、下生えの雑草やらなにやらが茂っている他、動物らしきものは何も見当たらない。 枝か葉に引っ掛けたか。そう思ったその時。 森の奥から、何かの足音が聞こえてきた。それはカサカサと、積み重なった枯葉を踏む音を立てている。そしてそれは、次第に近づいてきている。 「‥‥ッ! まただ!」 部下が、また何かに切りつけられたらしい。 まずい。よくは分らないが、この場にいるのは物凄く危険だ。このままここに立っていると、確実に殺される。正体の分らぬ、何かに! 「逃げろ! すぐに逃げるんだ!」 「‥‥と、このような事がありまして」 ギルドの応接室で、左今は君たちに話していた。 「私と部下二人は、すぐに逃げおおせることが出来ました。ですが、この通りです」 左今の身体は、包帯で覆われていた。まるで四方から大勢に切りつけられたような、そんな傷を負っていたのだ。 「暗かったですが、傷を負った時には、周囲には何も見当たりませんでした。動物のような影は、何一つ見なかったんです。ひょっとしたら、すごく素早いのか、あるいは透明だったのか。それとも、小さくて見逃してしまったのかも。ともかく」 一息をついて、彼は言葉を続ける。 「刀のために、これ以上誰かが傷つくのは忍びないと、旦那様はおっしゃいまして。それで、自分が勝手にこうやって、ギルドの皆さんにお願いに上がった次第です。あの森の中に泥棒が逃げ込み、その泥棒が刀を持っている事は間違いないんです」 彼らはその後に、泥棒が森へ向かうまでを調べた。が、その結果。少なくとも「森以外のどこかに隠した」というのは無いらしい。 おそらく、兄弟二人は盗品を持ったままで森の奥へ向った。しかし森の中で何事かが起こり、盗品を持った弟は、森の入り口近くまで逃げたものの、そこで力尽きた。 兄は刀と盗品の半分を持ったまま、おそらく森の奥で死亡しているのだろう。‥‥アヤカシに襲われて。 「自分の恩人である旦那様が落ち込んでいるのを、もう見たくは無いんです。けど自分は、森の奥に入り込むことは出来ません。どうか、皆さんのお力をお貸し下さい」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
ジョン・D(ia5360)
53歳・男・弓
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
早乙女梓馬(ia5627)
21歳・男・弓
炎鷲(ia6468)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 カサッ。 森の中。積もった落ち葉を踏むたびに、カサカサした足音が響く。 時間はまだ昼すぎ。昼なお暗い森林の内部は、密生した木々の枝が日光をさえぎり、怖気からくる寒気をさらに増加させている。すぐにでも、アヤカシが現れては襲い掛かりそうな「雰囲気」が、強く漂っていた。 だが当初は、近くにアヤカシはいない。少なくとも、知りえた限りでは近くにはアヤカシはいない事は明白だった。目前には、「小屋」がある。その周囲にアヤカシがいるかどうか、確たる事はいまだ不明であった。 さらに加え、泥棒兄と、彼が持っているだろう刀を見つけなければならない。泥棒は青色の衣に、紅色の帯を締めていると聞いている。 「柊沢様、いかがでしょう?」青き瞳と銀髪を持つ弓術師、ジョン・D(ia5360)が、丁寧な口調で少女へ言葉をかけた。 「わかりません‥‥。何か、不穏な空気は感じるんですが‥‥」 問いかけられた、可憐なる少女。白き肌の巫女・柊沢 霞澄(ia0067)は、小屋の周辺にアヤカシの気配が無いものかと集中していた。が、今のところは何も見つけられずに終わっていた。 小屋は確かに、廃墟と化している。かつては人が住んでいただろうその建物。今は木材が腐り、床板には穴が開き、鼠や虫などがうごめくのが見える。 外も内も、正直言って長居したいとは思わないし、思わせない雰囲気がかもされているのだ。 だがその分、盗品を隠す場所としてはもってこいだろう。鬼啼里 鎮璃(ia0871)は、先刻から手にしていた鉈をもてあそびつつ、森の奥へと視線を移した。 依頼人の左今が、目に見えぬ何かに傷つけられたのはどこだったろう。少なくとも、それがアヤカシの能力だとすると。こちらとしては倒すのに困難な相手であることには違いない。森の奥へは、いくつか獣道が出来ている。そのどこから入ればいいか分らなかったが、行かねばならない。 愛用の弓「朏」を手にした美しき弓術師、設楽 万理(ia5443)もまた、若干の躊躇を覚えていた。それを数秒で引っ込めると、彼女は弓に矢をつがえて、いつでも放てるようにと身構える。 「それでは、そろそろ行くとしましょうか」 「‥‥ああ」 志士・炎鷲(ia6468)が声をかけ、弓術師・早乙女梓馬(ia5627)が視線を森の奥へと向ける。 早乙女の、鏃の切っ先もかくやの鋭い視線と視力が、森の奥へと突き刺さる。木々が生い茂る、昼なお暗い森の中。果たしてあの中には、どんなアヤカシが潜んでいるのだろう。 さらに気を引き締め、皆は森の奥へと歩を進めていった。 枯葉を踏みつつ、一行は森の奥へ、奥へと進んでいく。抜け目無く、注意深く、彼らの目は見えない物をも見通さんとするように、耳は聞こえないものすらも聞きつけようとするかのように、用心しつつ木々の間を前進する。 漂う不気味な雰囲気が、皆の心をくじけさせようと侵食するかのよう。木々や植物がかもし出す生命感よりも、得体の知れない何かが潜む嫌な予感の方が強く、さらに皆の心を滅入らせる。密生した下生えの植物が彼らの前進を拒んでおり、鉈で切り開くのも一苦労。 中央に柊沢、その周囲に炎鷲、早乙女、鬼啼里、設楽、ジョン・Dが、囲うようにしている。これならば、いきなり襲撃を受けたとしても誰かが対処できるはずだ。 左今は、できるだけの事を話してはくれた。そして、小屋から森の奥へ続く道はいくつか獣道が伸びているものの、あの時はどこをどのように入って、どう進んだかはちょっと覚えていない‥‥との事だった。 『なにせ暗かったし、ちょっと焦ってもいたもので。うかつでした』 そこで開拓者たちは、適当な獣道を選び、そこから森の奥へと進んでいった。 ゆっくりと、油断する事無く、しかし着実に、森の中を一歩ずつ進む一行。枯れ草や枯葉を踏んでカサカサ言う音が、耳を苛むように響く。」 日も若干傾き始め、かなり森の奥へと入り込んだ時。 「しっ! ‥‥静かに」 不意に、炎鷲が皆をさえぎった。 前方には、曲がりくねった道が。そして、その先には。誰か、あるいは何かが立っている。 薄暗いために、それがどのような姿形をしているかはわからない。だが、それを見て、二つの事実が判明した。 ひとつは、それは人型をしている事。 ひとつは、それは人ではないこと。なぜならその人影は、不自然な方向に頭が曲がっているのだ。首の骨が折れ、それをそのまま放置したかのように。それでいて、それは立ち、よろよろと歩いている。 「!」 開拓者たちは、すぐに戦闘態勢をとった。見たところ、数は一体。しかし、あれが泥棒兄である可能性もある。 また、仮にあれが敵だとしたら。見えざる攻撃を放ち、いつの間にか切りつけられていた‥‥という、依頼人の言葉を思い出し、周囲へと目を向けて用心する。 周辺は、下生えが多かった。進む際には、鬼啼里が鉈で下生えを切り開き、歩く道を作り出しはしたものの、やはりあまり効果はなかった。 風が吹き、開拓者たちをあざけるかのように草木の葉が揺れている。木々の枝の隙間からは日光が差し込み、地面を照らしていた。とはいえ、本日は曇天ゆえ少々薄暗くはあったが。 薄暗い中。三人の弓術師が、弓を構えて接近するそれに、怪しき人影へと鏃を向けた。 「‥‥?」 設楽、早乙女、そしてジョン・D。三人の弓術師は、用心していた。いや、用心しながらも困惑していた。 「あいつ、泥棒? なのに助けを求めない、どういうこと?」設楽が、疑惑のつぶやきを口にする。 「野郎‥‥あいつは敵か? それとも、用心してやがるのか?」早乙女が、鋭い視線をさらに鋭くして用心する。 「それとも‥‥他にアヤカシが潜んでいるのでしょうか?」ジョン・Dが、周辺へと目をやる。 用心していた「見えざる攻撃」を、そいつは仕掛けてこない。 「あ、あの‥‥!」 その身体から、ほのかに光を放った柊沢。彼女の言葉が、困惑をさらに強める。 「今、瘴索結界をかけましたが‥‥この周辺にアヤカシがいます‥‥! それも、いっぱい‥‥!」 「!」 周辺を見渡した。が、見たところそれらしい存在の姿は、影も形もない。 「どういう、事? 目の前のあいつがアヤカシってこと?」 設楽が、視線を周囲に向ける。 「多数いるということは‥‥どこかに、隠れているのでしょうか?」 ジョン・Dもまた、矢を周辺に向けた。藪かどこかに、隠れていそうな場所にとりあえず矢を打ち込む。 しかし、手ごたえは無い。 「草は生えてるが、隠れている場所はねえ‥‥いったいなんだってんだ?」 早乙女もまた、眼差しを周辺の草木へと向ける。確かに草が生えてはいるが、人や獣が隠れられるほどには茂っていない。隠れていたら、見つけられる程度には隙間はある。 「おい霞澄! 本当にアヤカシは回りにいるんだろうな! 間違ってねえんだろうな?」 「‥‥間違いじゃ、ないです‥‥! あの、歩いているのもそう‥‥そして、周りにもいっぱい‥‥動かず、じっとしています‥‥!」 苛立ちを隠さずに声を荒げる早乙女に、柊沢は答えた。その声は小さく、少々弱々しい口調ではあったが、はっきりと確信のある答え。 実際、彼女の瘴索結界は、周辺に多くのアヤカシが存在している事を感知できたのだ。すぐそばに、それもかなりの数がたたずんでいる。 なのにそれは、どこにもいない。どこにも見えない。 唯一、獣道の先に立つ人影のみが、実体として存在して見えている。そのアヤカシはゆっくりと、しかし確実に接近しつつあった。 「! ‥‥痛っ!」 設楽が、痛みを覚えた。 何か、刃で切りつけられたかのような痛み。はたしてそれは、自分の二の腕に付けられた傷からの痛みだった。 傷は浅いものの、確かに何かに切りつけられたかのような傷痕。 「‥‥みんな、注意して! 何かに切られたわ!」 気配もなにもなく、何かを飛ばしてきた様子も無い。少なくとも、あの目前の人影‥‥アヤカシ・屍人からは、何も攻撃を仕掛けてはいない。 敵は透明なのか? いや、それにしても気配を全く感じさせないのも腑に落ちない。攻撃できるほど近くにいるのなら、いくら透明であっても気配くらいは感じてもいいはずだ、 唯一、風に揺られている近くの草の葉が、その血によって濡れているのみ。 見えざるアヤカシへと攻撃せんと、三人の弓術師は周囲の草むらへと矢を放つ。が、やはり手ごたえは無い。 早乙女の心に、焦燥感が出始めた。 「闇雲に攻撃するのでは駄目だ。必ずや突破口はあるはず‥‥!」 そうだ、墨の入った袋がある。あれを使うか? 早乙女は墨の入った袋を、そしてジョン・Dもまた、灰入りお手玉と水とを取り出そうとする。少なくとも、相手が透明だとしたらこれで色を付けられ、そしてどこに攻撃すべきかも分るだろう。 が、二人はそれぞれ、仲間二人に止められた。 「早乙女さん、そいつは使わなくても良さそうです」 「ジョン・Dさん、どうやら、主役のアヤカシはあの人影じゃあなく、こいつらですよ!」 鬼啼里が鉈から持ち替えた長槍を横に薙ぎ、炎鷲が携えた珠刀「阿見」で近くの草を刈る。 とたんに、長く伸びた葉の一部が刈り取られ、そして霧散した。 「なっ、なんだと!?」 「そう言う事‥‥でしたか!」 早乙女は驚愕し、ジョン・Dは納得した。 そして、それらのアヤカシに切り付けられた設楽は、自分に切りつけた存在の正体を悟った。 「透明なんかじゃなく、私たちが既にアヤカシに近づいていたってわけね!」 下生えにまぎれて群生していた、刃状の長い葉を持つ植物。 実はそれ自体が、アヤカシだったのだ。鬼啼里と炎鷲は心眼で周囲を見回し、それを発見していた。 「どうやら、泥団子は使う必要無さそうですね」炎鷲もまた、用意した物が使う必要無いと知り、小さくつぶやいた。 ここにきて、開拓者たちはアヤカシの正体を知った。 足音の主は、目前のあの屍人だろう。よろよろと歩いているのを見て、普通ならばそちらに目を奪われる。 だが、切りつけたアヤカシはこちら。植物のアヤカシ、足斬草だったのだ。 下生えにまぎれて群生しているそれらの草は、剣の刃もかくやの長い葉で切り付け、滴る獲物の血を吸い取るというアヤカシ。左今が透明だと誤解したのも、当然だろう。他の草木とそれと、区別がつかなかったのだ。加えて、周囲が薄暗ければ、何も無いところで透明な何かに切りつけられたと思っても無理も無い。 左今らは、すぐに逃げたために命を落とさずにすんだ。しかし、開拓者たちは逃げるわけにはいかない。 「‥‥痛っ! また!」 「ちいっ!」 設楽に、再び痛みが襲い掛かった。同時に、早乙女の二の腕にも切り傷が出来る。 今度の攻撃は見えなかった。が、長い葉から衝撃刃が放たれた事は見て取れた。葉が動き、真空の刃で開拓者たちに切りつけたのを目撃したのだ。早乙女は腕の楯で深手は食らわなかったが、それも時間の問題だ。 足斬草が、さらに攻撃してきた。その数がどのくらいあるかはわからないが、少なくとも十から二十近くはあるだろう。少なくとも、この場に留まって攻撃するのは消耗戦となり、こちらが先に倒れる可能性が高い。 前には屍人が一体。左右には多数の足斬草。どうすべきか、後退するか? 否! 六名の開拓者たちは、即座に状況を把握し、そしてすべき行動に着手した。 このまま前進し、あの屍人に攻撃をしかける! そして、刀を探しだす! 大急ぎで、足斬草の射程距離から逃れた開拓者たち。彼ら全員が前進し、目前のアヤカシへ、屍人へと接近した。 最初に仕掛けたのは、三人の弓術師。彼らが放った矢が、腐りかけた身体に突き刺さる。 間髪いれず、鬼啼里の槍が、歩く死体に深く突き刺されば炎鷲の刃が屍人の首を切断した! 首を失った屍人は、そのまま倒れ、身体は風化し塵と化していった。 「これは‥‥!?」 残った屍人の衣を見た柊沢が、そこからある事に気がついた。 青色の衣に、紅色の帯。 そこから、導き出される結論はただひとつ。 「‥‥もう既に、亡くなっていたんですね‥‥」 柊沢の言葉を嘲笑するかのように、後方の下生えにまぎれて生えている足斬草の群れが、鋭い刃状の葉を揺らせていた。 「皆さん、あれを!」鬼啼里が、木を指差した。 足斬草の群れから逃れた一行は、さらに森の奥へと進んだ。 地面には、屍人の足跡がついていた。それを逆にたどると、やがて大きな木へとたどり着いたのだ。 木は、二抱えほどの太さがあり、幹には大きな穴が穿たれている。そしてその洞からは、折れた槍や剣の柄が伸びていた。どうやら中には、様々な武器や物品が入れられているようだ。 さらに大木の幹には、血痕が付いていた。すでに乾いているが、それでも凄惨だったろう状況は容易に想像できる。 「‥‥おそらくは、泥棒兄のものでしょう。足斬草の群れに切りつけられてここに逃げるも、事切れ、その遺体に瘴気が宿り、今しがた戦った屍人となってしまったのでは」 ジョン・Dの言葉に、炎鷲が続いて言う。 「でしょうね。このあたりはどうも嫌な雰囲気が漂っています。アヤカシも、おそらくは‥‥」 「ああ。だがとりあえずは‥‥」木の洞に手を突っ込んでいた早乙女が、何かを掴んで引っ張り出した。 「当初の目的は果たしたぜ。依頼人の探してた刀だ」 朱色の鮮やかな鞘に、見事なつくりの鍔。納められた刀身も、冷ややかな氷のようなそれ。まさに、左今が話してくれたとおりの特徴。 「銘は無いが、確かにいい品のようですね。さてと、それじゃあ戻るとしましょう」 運が良ければ、あのアヤカシに遭遇しないだろうしねと、鬼啼里は付け加えた。 開拓者一行は、心眼を用いて遠回りをし、ようやく森の出口へとたどり着いた。 負った傷は、柊沢が神風恩寵を用いて癒す。そして、待っていた左今と合流し、彼らは刀を返したのだった。 「陽光の下に出ると、終わったという実感が沸きますね」 ジョン・Dが空を見上げつつ言った。いつの間にか曇り空が晴れて、日光が地面を照らしている。 「あの、泥棒の弟さんは‥‥?」 柊沢の質問に、左今は答えた。 「ああ、それならここです。自業自得とは思いますが、放置しておくのも酷ですからね」 そう言って促した先には、盛り土があった。墓標代わりに、太い木の枝が立てられている。 柊沢はその隣に、先刻に倒した屍人の衣、ないしはその切れ端を埋めた。 「‥‥少なくとも、彼らもこれ以上、悪事は働けないでしょう。どうか安らかに」 ジョン・Dが、皆の言葉を代弁した。しばしの沈黙と黙祷の後、一行はそこを後にした。 その後。刀は閉海の元へと返され、彼は再び元気を取り戻したという。 「皆様のおかげです。本当に、ありがとうございました」 左今の礼を受け、刀を取り戻して良かったと思う開拓者たちであった。 |