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■オープニング本文 村がある。 住民全員が、化け物の村が。 そう言い残し、彼は‥‥濁屋の店員は、息を引き取った。 「濁屋」は、人形を扱っている商店。 濁屋の主人、偽瑠。彼は少し前までは、儲けるためには手段を選ばない人間だった。 そのため、敵も多く‥‥そこから、人形に関するちょっとした事件が起きた。 それが解決した後、心機一転と新たな客層を開拓すべく、遠くの村や町へと出向いていた。血なまぐさい事からは離れ、人の心を癒し、幸せな気持ちにさせるという「人形本来の魅力」を押し出したやり方で売っていこうとしたのだ。 その甲斐あって、新たな客層ができつつあった。五行の結陣に改めて本店を出したのち、三陣や矛陣へとも足を延ばし、確実に商店の数を増やし、劇的にではないものの売り上げも増えつつあったのだ。 偽瑠は養子の亜貴とともに、毎日忙しく働いていた。 が、ある日。 希望とともに待ち望んでいた報告が、絶望に変わるのを偽瑠は知った。 五行の北へ、武天を通り、石鏡の南側に出て、そこから石鏡の都市、安雲へと向かっていった隊商が、戻ってくるはずなのだ。 一度商談を取りまとめた店員によると、先方との話し合いはほぼうまくいき、後はこちらが作った人形を持っていき、納めるのみ。 そしてその金で、向こうの人形や、その他事業拡大のためにと石鏡の人形や名産などを仕入れ、戻ってくる。そのはずだった。 戻ってきたのは、ただ一人。それもぼろぼろの様相になった、店員が一人だけだった。 「誰か! すぐに手当てしてやれ! ‥‥おい、どうした? 何があった? 他の皆は? 商品は?」 「‥‥やられ、ました。荷物ごと‥‥」 偽瑠の問いかけに、彼は苦しい息でそう答えるのみ。 「盗賊か? それとも、過去の事で恨みを持った奴らの仕業か?」 その質問には、かぶりを振る。 「村‥‥泊まった、時に‥‥アヤカシに、襲われて‥‥商品も‥‥‥」 苦しい息の中、彼はいくつかの問いに答えた。 そして‥‥そのまま死んだ。 「‥‥名は、甚六といいます。そやつは、商店に入りたての若者でしてな。やる気に満ち溢れておりました」 ギルド。 偽瑠、そして亜貴が、依頼に赴いていた。 「‥‥父の言う通り、彼は商人としてようやく一歩を踏み出したところだったんです」 亜貴もまた、残念そうな顔で訴えかける。 二人の話を要約すると、以下の通り。 隊商を率いての帰り道。甚六は山道で迷ってしまい、そのまま日が暮れてしまった。難儀していたところ、行きの時には見かけなかった村を発見。 これ幸いとそこに赴いたところ、村の人々は快く迎えてくれた。村でいちばん大きな屋敷に通され、そこで眠っていたところ。 夜中に、突然何かの襲撃を受けてしまった。助けを呼ぶも、誰も来ない。自分以外の仲間はどうなったか? わからない。そこまでの余裕はなかった。 命からがら逃げだし、気が付くと偽瑠のもとに。 「体の傷からして、何か大量の人間、またはそれに類した何かに掴みかかられた痕跡がありました。その‥‥村とやらで何かあったのでしょう」 偽瑠が言う。苦虫をかみつぶしたかのような、苦渋の表情を浮かべつつ。 「ご存じかもしれませんが、わしはつい最近まであまり褒められた事をやってはおりませんでした。このような仕打ちは、当然かもしれません。ですが‥‥」 一息おいて、彼は話し続ける。 「ですが、わし個人はともかく、甚六には何も罪はありません。なので、わしはこの村に赴き、調査し、犯人を突き止めたいと思っておりました、ですが‥‥」 それは適わないだろう。なぜなら彼は、杖が手放せない身体なのだ。 少し前のちょっとした事件で、彼は負傷し死にかけた。助かったものの、その際の後遺症で足に傷が残り、彼は杖無しでは歩けない身体に。 「ですが、父はこの通りの身体なので‥‥私が代わりに行きます」 亜貴が、偽瑠に続いて言った。 「みなさんには、私の護衛と、調査の手伝いをお願いしたいのです。少なくとも‥‥商品は村に置きっぱなしのはず。彼が最後に命を懸けて仕入れた商品を、そのまま放置する事はできません。なにより‥‥」 養父と同じような表情を、亜貴は浮かべていた。 「‥‥何より、甚六さんが殺された‥‥私はそう確信しています‥‥のなら、その理由を知らないままでいるのは、あまりに悔しいです。だから、はっきりさせたいんです。私の‥‥婚約者を殺したのが、何者なのかを」 娘のその様子を横目で見つつ、偽瑠は報酬を出した。 「わしは危ないからと娘を止めたのですが、聞く耳を持ちませんで。どうか皆さんにお願いしたい。娘の、亜貴の護衛と、調査の手伝いとをお願いしたい。おそらくは、今後に敵討ちを頼む事もあるだろうが‥‥今回は、あくまで娘の護衛を優先してもらいたく」 そして、娘の安全が脅かされたらすぐに撤退するようにと、偽瑠は付け加える。 「父様! 私はそんな事を‥‥!」 「やめんか! ‥‥お前は一度、本当に死にかけた。これ以上‥‥わしより先に死ぬことは許さん。いいな?」 しかし、村の場所はわかるのだろうか? 「それは心配ありません。甚六さんが手にしていた地図が、ここにあります」 最初に石鏡へと向かう際に、甚六が持って行ったものらしい。あちこちに書き込みがなされており、帰りに間違えたらしい場所の事も書き加えられている。 「これを参照すれば、村の大体の位置は把握できます。みなさん、どうか‥‥お願いします」 そう言いつつ、二人は君たちに対して頭を下げた。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫 |
■リプレイ本文 「よう、また会ったね〜」 「あれから、いかがですか?」 偽瑠へと、二人の開拓者が挨拶する。 「おお、不破 颯(ib0495)殿に、鳳珠(ib3369)殿。その節はお世話になりました」 偽瑠の後ろから、亜貴も頭を下げた。 「また、皆さんのお力をお貸しください。他の皆さんも、よろしくお願いします」 「ン、よろしくナ」もふらの面をかぶるは、梢・飛鈴(ia0034)。 「用心棒役、ね‥‥楽しませて貰えるなら、何でもいーけど?」面倒くさそうな口調は、鴇ノ宮 風葉(ia0799)。 「私たちが、亜貴さんをお守りします。まずは、調査を行い、どのような事態なのかを確かめなければ」 鴇ノ宮と異なり、やる気を見せているのは赤き髪と蒼き瞳の志士、ルエラ・ファールバルト(ia9645)。 「ん。で、とりあえずは調査対象の村は、こう呼びませんか」 ペケ(ia5365)、豊満な体つきのシノビの女性が提案した。 その名は‥‥。 『恐怖村』 かくして、準備を整え、亜貴を含め皆は旅立った。 「ふ〜ん‥‥」 行く先々でペケが調べたところ‥‥村の存在を知っている人間は半々といったところであった。 『近づいてはいないが、遠くから見た』という類の話ならば、それなりに聞いた。しかし、実際にその近くに赴き、詳細を知った者はいなかったのだ。 「迷い込んだ旅の人はいたけど、なんとなく怪しいからと近づかなかった‥‥。近づいた人間は、例外なく村に取り込まれたって事かしら?」 ペケの情報に、ルエラが険しい顔で考える。 「ま‥‥確実な事は一つだけ言えるナ」と、梢。 「‥‥村人と接触するのは、できるだけ避けた方がよさそうダ」 「‥‥っは」 そして鴇ノ宮は、退屈そうに鼻を鳴らすのみだった。 「ま、退屈しのぎになるんなら、何だっていいけどね。誰が死のうがいなくなろうが‥‥あによ?」 「‥‥いえ、別に」 亜貴の視線を感じた鴇ノ宮だが、彼女はそれに何も答えなかった。 そして、大まかな地図をもとに、森の中を進み‥‥。 一行は、ようやく道を発見した。「村」に通じる道を。 「‥‥道は、あるにはあるようですが‥‥」鳳珠がつぶやく。 それは普通の獣道程度で、人の出入りがある「村」のそれにしては、あまりに足りない。 「‥‥まったく、厄介そうな村だナ。調べれば調べるほど、厄介さを実感するネ」 黒く塗った外套を着こみ、梢は偵察に備えていた。 ここから先の行動は、二手に分かれ、調査と護衛に。 調査班は昼間に、村人に気づかれないように周辺を調査。 護衛班は、亜貴の護衛。亜貴の身の安全を守る事を優先し、同じく調査。 そして、夜間にこっそりと侵入し、内部を調査。 今回は、盗まれただろう仕入れた商品を見つけ出し、可能ならば持ち帰ってほしいと言われているものの‥‥おそらくは無理だろう。荷車数台分の荷物を、村人に気づかれず持ち帰るのは不可能に近い。 森の中を進んでいくうちに、次第に霞がかかってきた。視界がきかないとは言わないが、周囲の景色はうすぼんやりとしか見えてこない。 さらに悪い事に‥‥靄は今以上に濃くはならないものの、薄れもしない。視界はなんとか確保できるが、樹に昇り、村の全景を確認する事はできそうにもない。 「‥‥梢さんじゃないですけど‥‥本当に厄介になってきましたね‥‥」鳳珠が、弱気な口調で呟く。 そして、さらに数刻歩き‥‥発見した。薄靄に包まれた、村を。 村のすぐ近く。とある大木の根元。そこで、調査班の不破、ルエラ、梢が戻ってきた。 「‥‥で、どうだったのよ」 事態がより面倒になったためか、忌々しげな口調で鴇ノ宮が訊ねる。 「‥‥正直、駄目だったナ。この霞のせいで、ここからじゃ村の地理は詳しく見えなかっタ」 「ええ。村には外堀がなかったけど、高い塀が周りを囲ってて‥‥地上からじゃ、入り込むのは難しそうよ」 梢とルエラに続き、不破もかぶりを振った。 「ただ、堀を一周回ってみたところ。壊れかかった小さな扉があるにはあった。夜になったら、そこからなんとか入り込めるとは思うよ〜」 「‥‥それで、村の中の様子は、どうだったんですか? 村人の様子は?」 今度は、ペケが訊ねる。 「ん、ああ。樹の上から見た限りでは、靄がかかってて良くは見えなかった」 「人影とかは?」と、鴇ノ宮。 「人影らしきものは見えたな〜。で、堀の外を歩き回り、接近してくる人影があったんで、『埋伏り』でやり過ごしたね〜」 「ひょっとして、それはアヤカシでしょうか?」 亜貴の言葉に、不破とルエラは顔を見合わせ、神妙な顔つきになった。 「‥‥おそらくは」 ルエラがうなずきつつ、それに答える。 「私も樹上で、心眼『集』を用いて村全体を見通しましたが‥‥村人と思わしき影に、アヤカシらしき反応を感知しました」 「同じく俺も、『鏡弦』で調べてみたが‥‥村の内部には、アヤカシと思われる存在が居るのはまちがい無さそうだな〜。それも、中心に行けばいくほど、強いね〜」と、不破。 「‥‥なら、後は夜になって‥‥内部に入り調べるだけですか‥‥」 ペケの言葉に、亜貴はぴくりと反応した。 「‥‥甚六さんを殺した奴が、この中にいるのよね‥‥ごめんなさい、大丈夫よ」 涙ぐむ亜貴の様子を見て、皆は若干の不安を覚えた。冷静を装っていても、彼女にとってはつらい事には間違いない。何も起こらなければ良いが。 夜。 日が暮れても、霞は一向に収まる気配を見せなかった。月が出ているものの、その光も霞み、闇夜でないが視界は良くない。 そんな中を、開拓者たちは先刻に不破が見つけた扉を破り、静かに中に入り込んだ。 「‥‥なんだか、静かすぎますね」 ペケが周囲を見回しながら、囁き声で感想を述べる。確かにそうだ。 いや‥‥それだけではない。村には小屋が並んでいるが‥‥灯りらしい灯りがほとんど付いていない。眠るには時間的にまだ早すぎるし、いくら灯りの燃料を節約するにしても、度が過ぎている。 「‥‥いけ好かない村ねえ。面倒だけど、それ以上に気に入らないわ」 鴇ノ宮の言葉通り、何もかもが不吉な前兆であるかのよう。いや、村の人の気配はあるのにこの状況は、奇妙を通りこし、異常ですらあった。 「‥‥少なくとも、埋めたり、隠していたりする様子は見当たらないですね。小屋や建物の中かもしれないですけど‥‥」 が、家屋や小屋はすべて、雨戸をしっかり締め切っていた。中に入り込むのは容易だろうが‥‥。 「‥‥確実に、中にいます。アヤカシの気配を感知しました」 鳳珠が、瘴索結界の結果を告げた。 忍び足で、村の内部を進む。 今のところ、周囲の家屋からは誰も出てこない。 そして、人の気配がない建物に、注意深く入り込んで調べてみるも‥‥中にはほとんど何もなかった。 空だったのだ。商品どころか、生活物資すらなかった。 そうこうしているうちに‥‥村の中心部へ、屋敷へとたどり着く。 その建物は、まるで村そのものの主であるかのように、強い存在感を漂わせて建っていた。見たところ廃墟にも見えるが、破損している個所は無い。 「‥‥何かがあるとすると、この中かナ?」 梢が、内部に入り込もうと試みたが。 だしぬけに、正面玄関、ないしはその脇にある小さな扉が開き‥‥中から人が出てきた。 「‥‥ひっ!」 それは、若い女性‥‥いや、少女だった。 屋敷に奉公しているのだろうか、薄汚れた、粗末な服を着ている。 整った顔は可憐さすら感じられたが、やつれ、頬がこけた様子からして、おそらくは主人に相当こき使われているにちがいない。 「い、いや! 助けて!」 武装した開拓者たちを見て、襲われると思ったのか。少女は泣き出し、腰を抜かした。 「‥‥うっ‥‥ううっ‥‥」 少女は、ようやく落ち着きを見せた。だが、怯えきった口調と恐怖に震えている様子からして、彼女が普段どんな扱いをされているのかは、容易に予想できた。 「あなたは誰? この村は、一体なんなの?」 ペケの問いかけに、少女は静かに口を開いた。 「‥‥わ、わたしは‥‥木葉‥‥と言います」 だが、それだけ喋ると、また体を震わせた。まるで誰かに聞かれるのを、恐れているかのよう。 「ひょっとして、あなたは誘拐されたの? それで、無理やり働かされているとか?」意気込みつつ、亜貴は木葉へと詰め寄った。 「え‥‥ええ‥‥はい‥‥」 「‥‥とりあえず、ここから逃げた方がいいんじゃあないカ? 安全なところで、詳しい話を聞かせてもらおうカ」 だが、梢の言葉に木葉は悲しげな顔で、首を横に振った。 「‥‥ここから一人で‥‥逃げる、わけには‥‥‥」 「まさか‥‥誰か人質にされてるの? だから逃げられないとか?」 亜貴の問いかけに、彼女はうなずく。 「わかったわ。この屋敷の主が、無理やりこの村に引きとめて、自分のために働かせてるのね‥‥きっと、荷物も奪ったのもそいつね。なんて奴!」 憤る亜貴とは対照的に、関心なさげな口調で鴇ノ宮は口を開いた。 「……ま、これ以上面倒になる前に、逃げるかどうにかしたほうが‥‥」 いいんじゃないか。それを言おうとした瞬間。 先刻の扉が開き、たくましい両腕が木葉を屋敷内に引きずり込んだ。 扉は締まり、そして‥‥周囲の家屋の扉が開き‥‥幽鬼めいた様相の村人たちが、そこから現れた。 「‥‥‥!」 全員、円形になり身構える。 ふと、屋敷の門が開き‥‥そこに、面を付けた数人の男の姿が。その手には剣や弓、槍などを持っている。 「さぁて、っと‥‥依頼主サマがどれだけ貴重な開拓者を護衛につけたか、とくと御見せしますか」 退屈から逃れられそうだ。期待とともに、鴇ノ宮はにやりと凶悪に微笑んだ。 「背拳!」 梢は瞬脚で動き、背拳で必殺の一撃を叩き込む。だが、強烈な拳の一撃がめり込んでも、村人たちに堪えた様子は無い。 「‥‥どういう事‥‥でしょうっ!?」 ペケもまた、奔刃術にて襲い掛かる村人たちをあしらっては、攻撃を加えていた。だが、結果は梢と同じ。 「‥‥ならば‥‥はーっ!」 拳でなく剣で、ルエラが切り付けた。ルエラの降魔刀‥‥白梅香を込めた刃が村人にみね打ちをくらわしたところ、予想していた反応が。 「‥‥瘴気! 間違いないです、この村人たちは皆、アヤカシです!」 「はぁーん‥‥なら、あたしの出番ね。ほら、邪魔だからとっとと退いて」 剣をふるう亜貴や、他の開拓者たちを退かせると‥‥鴇ノ宮は術を、強力な術を唱える。手には呪殺符「兇骨」、そして霊杖「カドゥケウス」。 「‥‥出でよ!『黄泉より這い出る者』!」 呼び出した「それ」が、鴇ノ宮の命とともに目標に‥‥ひときわ大柄な、首領格の村人へと放たれる。攻撃が決まり、そいつは血反吐を吐いてのたうち回り‥‥やがて、倒れて霧散した。 その攻撃が決まるとともに、不破と鳳珠は亜貴を連れ、先刻の小さな門へと走る。 「亜貴さん、木葉さんを助けたいのはやまやまですが、今は逃げるのが先決です。さあ、早く!」 不破が即射にて、矢を射り活路を開き、その後ろに鳳珠と亜貴、そして梢とルエラ。 「風葉さん、早く!」 ルエラの言葉に、鴇ノ宮は聞く耳を持たない。 「あによ、もっと遊ばせなさいって!‥‥さあみんな、もっと近づきなさいな」 仲間たちが十分に距離を取り、そしてアヤカシと化した村人の集団を引きつけ‥‥鴇ノ宮は更なる攻撃を放つ! 「喰らって、くたばりな! 『トルネード・キリク』!」 鴇ノ宮の周囲に、強烈な風が吹き荒れた。それは竜巻となり、竜巻は真空の刃を生み出し、周囲の村人‥‥の姿をとったアヤカシを、容赦なく、熾烈に切り刻む。 ずたずたに切り刻まれたアヤカシが周囲に倒れ、鴇ノ宮は味わった。退屈をぶっとばした、勝利の味を。 だが、それはほんのわずかの時間。 「なっ‥‥!」 いきなりどこからか、矢が放たれたのだ。 とっさに、鴇ノ宮はそれをかわす。が、続けて放たれた二本目の矢が、彼女の背中に突き刺さった‥‥深々と。 振り向くと、屋敷の門から‥‥あの開かれた門から、仮面をかぶった武装した者たちの方角から、三本目の矢が放たれる。あの仮面の男たちの誰かか? だが、誰が撃ち込んだのかは、霞によって判然としない。太ももを貫かれ、激痛と共に鴇ノ宮は倒れこんだ。 「くっ!」 「鴇ノ宮さん!?」 鳳珠が叫び、皆もそれに続く。 助けに行かなければ。だが、この距離からは遠すぎる。 さらに放たれた、正面からの四本目の矢。それが、鴇ノ宮にとどめを‥‥。 差さなかった。 「‥‥?」 それは、彼女の頬をかすり、後ろへと飛んで行ったのだ。 矢が「当たらなかった」のではない。わざと矢を「当てなかった」。鴇ノ宮は、直感でそれを悟った。 動けないこの状態で、的を外すなどあるわけがない。 『‥‥貴重な開拓者? ふん、笑わせてくれる』 ふいに、どこからか声が響いてきた。 それは、他者を見下し、嘲笑する声、傲慢さそのものが音になったような重厚な声。 『大口を叩くが、所詮は口だけの雑魚か。退屈にもほどがある』 「‥‥あんですって‥‥?」 痛みに動けない鴇ノ宮だが、彼女は今、怒りを感じていた。言うに事欠いて、このあたしが退屈だって!? 「ふざけるな! このあたしを‥‥誰だと思ってんの!」 『誰かだと? 無様な負け犬の事など、知りたくもない』 そして『声』は、耳障りな嘲りの笑い声を響かせる。 その笑い声とともに、周囲の村人たちが襲い掛かる。これまでか‥‥! だが、爆発が彼女を救った。 より正確には、瞬脚でかけつけた梢が、炮烙玉で鴇ノ宮を助けたのだ。 さらに追いすがるアヤカシの群れを、ペケは煙遁の術にて目をくらます。霞と共にさらに視界を遮り、逃げるための時間が稼がれた。 その隙に、二人によって運ばれ‥‥鴇ノ宮はようやく、村の外へ逃れ出る事ができたのだ。 「‥‥閃癒をかけました、もう大丈夫です」 村から、更に離れた場所、安全な場所にて。鳳珠は鴇ノ宮の矢傷を治療した。 肉体の傷は治ったものの‥‥鴇ノ宮はまだ痛みを覚えていた。味合わされた、屈辱の痛みを。 「あの‥‥大丈夫ですか?」 「え? ああ、大丈夫に決まってるじゃない。はっ、あんな奴にてこずるなんて、ちょっと油断したわ‥‥」 亜貴の言葉に、苦々しい顔で彼女は答えた。 「‥‥ともかく、確実に言えるのは一つだね〜」 不破の言葉が、霞む森の中に響いた。 「‥‥近いうちに、あの屋敷の主。奴と‥‥対決しなきゃあならないだろうさ」 帰還した一行は、濁屋にて事の次第を偽瑠に述べた。 偽瑠は、『亜貴を守る事が第一。荷物の事は気にするな』と言ったが。 同時に、こうも述べた。 「‥‥その、屋敷の主とやらが、甚六や、皆の仇に違いあるまい。おそらくは、仇討を近いうちに依頼する事になるでしょうな。その時になったら、よろしくお頼みしますぞ」 |