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■オープニング本文 蔵。 古きものを仕舞い込み、いつしか忘れ去られる事もある場所。そして、そのような場所には何かが住み着く事もしばし。 時として、その住み着く何かは、危険な何か、恐るべき何かである事も往々にして存在する。少なくとも、彼、小元太はそれを実感していた。 石鏡は伊堂に近い場所。そこに伊堂より派遣された、調査員たちがいた。小元太もその一人。正確には、調査員見習い。 伊堂の周辺には、未発見の遺跡や、過去に一部の人間が持ち出し、それを仕舞い込んだ蔵などが多く存在している。過去に伊堂から盗んだり譲り受けたりした品物が、その中には保管されている。調査員は、それらがどうなっているか調査し、確認し、可能ならば回収することが仕事。 そして今、小元太は先輩たちとともに蔵の前に居た。 「いいか小元太、遺物回収の時に気をつけなきゃあならない事、何かわかるか」 「ええと‥‥周囲にアヤカシがいないか、気を付ける‥‥でしょうか?」 「まあ、間違ってはいないな。だが、不正解でないにしろ不十分だ」 火愕の言葉に、小元太はしゅんとなる。というか、自分にとって上司であり師匠でもある火愕から、十分と言われた事は今まで皆無。そして、不十分と言われるたびに己の未熟さを痛感させられ、小元太は複雑な気持ちを禁じ得ない。 「アヤカシだけじゃあない、それも含めて周囲に危険が無いか、異常がないか、自分が入り込んで安全か、安心か。そういった事にすべて気を使え、という事だ。ひょっとしたら罠があるかもしれないし、危険な場所かもしれない。何か『違和感』を感じ取ったら、見た目安心で安全そうでも警戒を怠るな‥‥って事だ」 要は、アヤカシ以外にも気をつけろって事だと、笑いながら火愕は付け加える。 調査員は五名、見習いを入れて六名。発見した蔵は、十数はあるだろう。乱立しているその様は、小さな村のよう。なんでも、地下道を掘って互いの蔵と行き来できるようにしてあるという。さらに、その地下道にもいくつか骨董を置いているとも。 それは過去に財を成した成金商人が、金にあかして作ったもの。その中に、趣味の骨董収集で入手した骨董品が多く仕舞われていたのだが、その目録の中に伊堂から失われた遺物がいくつかあったのだ。その多くが儀礼用の食器や神具やらといったものだが、金銭的にはもちろん、学術的にも重要なもの。件の商人は他の国へと向かっている最中にアヤカシの群れに襲われ死亡したため、持ち主不在の状態が続いていた。かくして、伊堂の調査員がここに派遣され‥‥回収することに。 「遺族からは許可をもらってるし、支払うものも支払った。この中にあるものは遺物以外は全てがらくたの骨董だそうだ。さ、回収するぞ」 火愕につき従い、小元太は回収を始めた。他の四人も、二名づつに分かれ、それぞれの蔵へと入っていった。 王族が使っていた酒器と杯を回収したところ、小元太は何かを感じ取った。 「‥‥小元太、何か臭わないか?」 「あ、はい。なんだか‥‥」 先刻から漂っている、蔵の内部のカビ臭さやこもったほこりの臭い。それらには辟易していたが、それとは違う臭いが漂ってきたのだ。 「‥‥これは、苔‥‥それに、血?」 それらの臭いを感じ取ったとともに、それが聞こえてきた。 鼠めいた、甲高い獣の悲鳴、いや、鳴き声めいた咆哮が。飛び出し駆けつけようとした小元太だが、火愕にそれを止められる。 「‥‥きな臭い?」 火事の時のような、何かが燃える、焦げるような臭い。それらが伝わってくる。おそらくは犯人はアヤカシだろう、それはまず間違いない。 が、どうも何かが気になる。鼠めいた声が聞こえてきた事から、それがどんなアヤカシかは想像がつき予想できるが。 「!?」 火愕と小元太が受け持っている蔵の奥、地下道に続く扉からも、そのアヤカシどもの声が。 ちゅう。 書き記すなら、そう表現されるだろう。それが、一つや二つではなく、十数、事によると数十は聞こえてくる。危険な雰囲気が、ますます強まった。 「‥‥人喰鼠、か。あの程度の数なら、僕でも倒せる。けど‥‥」 火愕の言葉には嘘はない。彼は武器もそれなりに扱えるし、弱いアヤカシならば十分に渡り合える腕前を持っている。十匹程度の人喰鼠なら、戦って勝てる。 ‥‥が、それは他の調査員たちも同様。小元太以外は、武術を体得している。なのに、なぜ『他の調査員たちがこちらにやってきて、警告しないのか?』 『違和感』が苛むのを、小元太は感じ取っていた。ただの簡単な回収任務かと思いきや、非常に危険な事態に面している。そして危険は徐々に接近し、確実に自分たちに牙を突き立てんとしている。 蔵の奥、黴臭い影の中に、蠢く何かの気配。それは徐々に形をとり、足音とともに接近してくる。 「‥‥小元太、外の様子は?」 火愕が、腰に差した剣を抜いた。 「‥‥でかい鼠が、一匹‥‥いや、二匹。他の蔵から、ぞくぞく出てきますよ」 「よし、僕に合わせて、そうっと外に向かうぞ‥‥」 だが、火愕と小元太が扉に向かう途中で、目前の闇が‥‥駆け出した。 「‥‥そこから先は、死にもの狂いで全速力でした。敵は予想通り、アヤカシ‥‥人喰鼠の群れでしたよ。もちろん、護身用の刀で切り付けながら逃げましたけどね」 だが、火愕は奇妙な『違和感』が消えなかったという。 「一つ。僕以外の調査員だけど、みんな弱いアヤカシ相手なら十分に渡り合えるだけの力を持ってた。人喰鼠程度なら、切り捨てられる程度にね。なのに‥‥『僕と小元太以外、全員が蔵から逃げてこなかった』」 ギルドの応接室で、小元太とともに訪ねてきた火愕は、当時の状況を述べていた。 「二つ。確かにあの時、『きな臭さ』を感じた。人喰鼠だったら、かみついて攻撃するもの。鼠じゃないとしたら、調査員の誰かが火を起こした? その可能性もあるけど、だとしたらなぜ? ‥‥原因がはっきりしないのが、どうも引っかかるんです」 そして、もう一つ。 「三つ。仮に内部でどうして『やられてしまったのか』。僕らは戦士じゃあない、自分の手に負えない相手だと判断したら、すぐ逃げるようにしているし、そういう訓練を受けている。けど、『誰一人としてそうしなかった』。‥‥このあたりが腑に落ちない。もしも鼠じゃあない手ごわいアヤカシが出てきたら、すぐに逃げる。僕もそうするし、みんなもそうする。けど、『そうしなかった』‥‥どうしてだろう?」 火愕が述べたのち、小元太は報酬を差し出した。 「あの、伊堂に戻りこの事を伝えたら、正式に開拓者ギルドに依頼する事になりまして。どうか皆さん、受けてはいただけませんか?」 「おそらく、ほかの調査員はあの様子だと皆殺されているでしょう。ならば、殺したアヤカシを討っていただきたい。僕が現地まで案内しますので、どうかよろしくお願いします」 そういって、火愕は頭を下げた。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
周藤・雫(ia0685)
17歳・女・志
天原 大地(ia5586)
22歳・男・サ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 蔵。 開拓者たちは全景を見渡せる場所にて、そこがどういう場所かを観察していた。 「あれが‥‥」 柊沢 霞澄(ia0067)は、乱立する蔵へと視線を向け、感嘆したかのように目を見開いた。大小様々な蔵が乱立しており、さながらでたらめに墓石を立てた墓場のよう。 「火愕さんに聞いた話では、作った成金商人が、ため込んだ宝物を取られないようにと、人を雇って地下に通路を色々と作ったとの事ですね」 二刀流の志士にして少女、此花 咲(ia9853)。 「ふん、配置図に間違いはなさそうだな。しっかし、不便なとこに建てやがったなあ」 アルバルク(ib6635)、ジルベリアからの流れ者のつぶやきに、天原 大地(ia5586)も同意する。 「同感だねェ、蔵ってだけで狭苦しく埃ッポそうだしよォ、とっとと終わらせたいとこだぜェ」 赤髪赤眼のたくましいサムライも、うんざりしたような顔で一瞥した。 「さ、仕事仕事。骨董には興味はないけど、引き受けたからにはしっかりと協力しないとね」 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)、少女の姿の陰陽師が促し、周藤・雫(ia0685)もそれにうなずく。 「ええ。それにしても‥‥」 恐らくアヤカシは、鼠だけではないのだろうと雫は考えていた。 出発前、火愕と小元太より聞くべきこと、確認すべき事は確認していた。蔵には数字が記されており、火愕らは丸十一番の蔵、その内部の、地下へと続く通路の中で鼠の気配を感じた、という。 ほかの者たちは、四角六番、三角五番の蔵から調査を始め、最後にそれぞれ四角十五番、三角十七番まで調べる予定だった、と。 ほかの調査員四名が、どういう末路をたどったかは定かではない。が、愉快な結果ではないだろう事は、皆覚悟をしていた。 「……行きましょう」 雫が促し、皆は歩き出した。 「‥‥ちっ、ここも外れかよォ‥‥!」 天原が、うんざりした口調と表情で吐き捨てるようにつぶやく。 開拓者たちがまず試みたのは、蔵の扉を開け放ち、そこから内部の鼠の群れを外へと誘いだす。外に出たところで、攻撃を加え一網打尽に‥‥という作戦。 しかし、その試みはうまくいっていなかった。天原は松明を用いて奥をのぞいたり、気配を感じてそれに手裏剣を投げつけるも、それはただの鼠だったり、蔵内部に残されていた像だったりと、勘違いの空振りばかりが続いていたのだ。 「わーりィ、上手いコト来てくれネェわ。イケズな野郎だァ」 「‥‥咆哮でも、来ないしね。警戒してるのかしら?」 気疲れしたように、リーゼロッテがぼやく。 「みなさん、ちょっと」 次の蔵に向かおうとした。その時、雫が皆を呼びとめた。 「‥‥また、死体です。こちらは‥‥」 残された着衣の一部が、『凍って』いたのだ。 「‥‥なんだろうね、これ? こちらは、氷? いったいどんなアヤカシが、こんな事をできるんだろう?」 「‥‥‥‥」 咲が疑問を口にするが、誰もその疑問の答えを口に出来なかった。 疑問を抱いたまま、次の蔵に。そして‥‥。 「‥‥これは、火とは違うな」 アルバルクが、発見した死体にカンテラをかざす。まさにその通り、残った着衣は焦げていたが、その焦げ方が炎のそれとは違うものだったのだ。 「雷に直撃されたような、そんな感じね」 「ああ、そうだなリーゼロッテ。しっかし‥‥わけがわからなくなってきたぜ」 きな臭いという証言から、炎を放つアヤカシか? そう思っていたら、残された死体には電撃、氷結の痕跡が発見された。アルバルクはもちろん、他の皆もわけがわからないと首をひねるしかなかった。 「‥‥ったくよォ、わっかんねェぜちっくしょォ!」忌々しげに、天原が蔵の壁を殴る。 「‥‥アヤカシが、数種類居るって事?」 雫が推論を述べるも、もしそうだとしたら‥‥かなり危険な状況に、自分たちは居る事に他ならない。 少しだけ、ほんの少しだけ、皆の背中に冷たいものが走った。 「‥‥!」 霞澄は「感じ取った」。 先刻よりかけていた瘴索結界に、反応があったのだ。それとともに、蔵の内部へと心眼を向けていた咲が‥‥己の得物の柄へと手を伸ばす。 「‥‥みなさん、来ます!」 それだけ言えば、言いたいことは十分に伝わる。蔵の入り口から離れ、全員が戦闘態勢をとった。 蔵の内部より響く鳴き声。それはまぎれもなく、鼠のそれ。しかも一匹や二匹ではなく、かなりの数 「ハッハァ! おいでなすったァッ!」 天原が、豪快な叫びとともに絶望を打ち破る。刀「翠礁」を抜き放ち、不敵な笑みとともに身構えた。 アルバルクもまた、片手にシャムシール「アル・カマル」を、片手にダマスクスブレードを握り、二刀流で身構える。 「ここならば‥‥十分に刀を振えますね」 霊刀「虹煌」を、鞘に納めたまま、咲は待ち構えた。抜刀し、切り裂くべき敵が来るのを。 「‥‥さあ、来なさい!」 同じく雫も、納刀状態で刀「長曽禰虎徹」を持ち、蔵へと視線を向けた。そのまなざしの鋭さは、得物の刃に勝るとも劣らぬかのよう。 リーゼロッテと霞澄は、後方に下がっている。が、リーゼロッテはいつでも呪文を‥‥予想外の出来事が発生したら、アークブラストを放てるようにしていた。 鼠の声と、無数とも思える足音とともに‥‥「そいつら」が、現れた。 一匹一匹は小さく無力でも、群れで迫りくる様子を見ると‥‥まるで、群れと言う一つの巨大な獣のよう。 群獣と言う名の一匹、一つの群れが、具現化した悪夢のように蔵から吐き出される。 「‥‥『雪折』ッ!」 襲いかかった鼠の群れと、抜刀された雫の刃とがぶつかり合う。アヤカシの肉体と、鋼の刃。どちらが勝つかは瞭然。 斬、という音とともに、数匹の鼠がなで斬りされた。 「‥‥はっ!」 気合一閃、抜刀とともに咲の刃が、鼠の群れへと食い込み、切り裂き、切り捨てる。鼠の断末魔の悲鳴が、途切れることなく響き渡った。 「オラオラオラ! ネズ公ども、もっともっともっっっっとかかってきやがれぇやァ!」 天原の怒号と攻撃とが、人喰い鼠の放つ闇へと切り込み、砕き、払っていく。 「思ったよりかは多いが‥‥楽勝だな」 曲刀が、アルバルクの手の中で踊る。ステップを踏むたびに、曲刀が一匹、また一匹と人喰い鼠を地獄へ送り返す。 リーゼロッテと霞澄は、安堵した。自分たちの出番は、どうやら無さそうだ。 「‥‥」 いや、本当にそうだろうか? 霞澄は、胸中に再び不安が渦巻くのを実感しつつあった。 うまく行き過ぎている。だからこそ、違和感がぬぐえない。調査員たちもまた、同じ事を思ったはずだ。人喰い鼠以外のアヤカシが出てはこないかと霞澄、そしてリーゼロッテは周囲に目を光らせていたが、それらしい存在の姿は見られない。 「‥‥いったい、どこに?」 やがて、鼠の群れが後退し始めた。 「どうしたィ、アソんでくンなきゃ寂しいじゃねェかァ!? もっとアソぼうぜェ!」 天原が追随しようとした、次の瞬間。 「!?」 いきなり天原は、否、天原を中心とした四人は、『どこからか放たれた火炎を浴びた』。 「「「なっ‥‥!?」」」 何が起こったのか。全員が理解できなかった。なぜなら、何が天原に炎を吹き付けたのか‥‥。 『火炎を放った存在の姿』が、その場に全く『存在しなかった』のだ。 「‥‥霞澄さん、見た?」 「‥‥いいえ!」 リーゼロッテと霞澄は、その火炎の射程に居なかった。 だが、代わりに実感した。不安が実体を得て、自分たちに襲いかかった事実を。 「‥‥ああ、ありがとな。お前らは‥‥無事かい? ならイイさ」 まともに炎を食らった天原だが、その火傷も全快し、感謝の言葉を述べていた。 「こちらも、大丈夫です」 「‥‥大事ない」 「こっちも‥‥あまり大丈夫じゃあないが、大丈夫だ」 咲に雫、アルバルク。他の皆も同じようだ。霞澄の閃癒により、受けた痛手の回復は為された。 しかし、何が火炎を吹き付けたのか。その謎解きは為されていない。 「ありのまま、起こった事を述べるわ。『炎を吹き付けた何か』は、蔵の中から、それも『人喰い鼠の群れの中心』から、炎を吹き付けていた。そして‥‥それらしいアヤカシの姿は、『影も形も無かった』」 リーゼロッテの言葉が、重々しく響く。 先刻に火炎を受け、皆が倒れた直後。残っていた人喰い鼠の群れに、リーゼロッテは浄炎を放ったのだ。 その結果、残りのほとんどの鼠を倒せたものの‥‥片耳の人喰い鼠を含めた数匹が蔵の奥、おそらくは地下通路の中へと逃げ帰ったとの事だ。 そして、その間も。炎を放ったアヤカシの姿はなかった。人喰い鼠以外に、アヤカシの存在は無かったのだ。 「‥‥どういう事?」 それを聞いた雫は、己の予想外の事態に戦慄を覚えていた。 予想していたのは、「蔵そのものがアヤカシ」「蔵内部の何かに擬態したアヤカシ」「気体状のアヤカシ」。 しかし、今受けた攻撃を鑑みると。対峙しているのは、『予想のどれとも異なるアヤカシ』。それを認めざるを得なかった。 「みなさん‥‥」 霞澄の言葉が、開拓者たちの次の行動を決めた。 「‥‥地下に、向かいましょう‥‥」 丸十一番の蔵、ないしはその地下へと続く扉から、開拓者たちは内部へと進む。 先頭は、たいまつを持った天原。その隣に角灯を持ったアルバルク。 続き、雫と咲。リーゼロッテと霞澄がしんがりを務める。 「地下通路の地図は、完全ではないです‥‥」 「まかしときな。大体わかればなんとかなるぜェ?」 霞澄の言葉に、自信とともに返答する天原。暗闇の中に切り込んでいくように、開拓者たちは中を進んでいく。だが、霞澄は不安を禁じ得なかった。 先刻の事から‥‥まるで、何かを見落としているような。そんな不安がなぜか胸を苛む。 加護結界をかけているため、今のところはたいていのアヤカシに対しては防御策となっているだろう。 しかし、この内部は瘴気が強い。瘴索結界を地上に居る時から何度かかけているものの‥‥瘴気が強いのか、何か根源があるのか、アヤカシらしき存在を、はっきり索敵できないでいる。 「‥‥!」 しかし、呪文が功を奏した。この反応は、間違いない。アヤカシだ! 「‥‥いますよ。間違いないです」 雫が、そして咲が、その心眼で確かめる。地図によると、開拓者たちの目前にあるのは、一種の大きな倉庫。通路に比べて、多少左右の幅が広くなっただけとはいえ、部屋の一種になっている事は間違いない。 そして、その一角には。カビや苔、キノコらしきものががらくたの表面に密生しており、混然とした状況を作り出していた。 それに対し‥‥リーゼロッテの呪文が、電撃という形をとって放たれる! 「『アークブラスト』!」 苔の塊‥‥に擬態していたアヤカシ、苔鼠の群れは、その直撃を受けてほとんどが即死し霧散していった。 だが、生き残りの数匹が甲高い声で叫び、それとともに更なる奥から、更に多くの人喰い鼠が群れとなり迫る。 「くっ、敵はいったいどこに‥‥?」 雫は刀を振いつつ、隙あらば先刻の敵に桔梗を放とうと狙うものの‥‥それらしい敵の姿は見当たらない。角灯や松明があるものの、地上以上に光源が無い地下では、なおの事敵を見極めるのは難しい。 「何か、何かを見落としているはず‥‥!」 咲もまた、襲いくる人喰い鼠に注意を向けつつ戦っていた。今この場所がかなり広いため、二刀の小太刀に持ち替えずに済むのは良かった。が、その敵がどこにいるのか。それはまだ判然としない。 「!? ‥‥来るか!」 再び、見えざる敵からの攻撃が放たれ‥‥それが、アルバルクに襲いかかる! 十字硬陣をかけていたため、直撃は免れたものの‥‥彼はその攻撃の恐ろしさを垣間見た。しかも、その攻撃は「火炎」ではなかった。 「‥‥ふん、今度は『氷』ってわけか」 アルバルクに放たれたのは、身を切る冷たい氷の一撃。彼の衣服と鎧に、白い霜がかかる。 だが、氷結を受けただけの価値はあった。彼が戦っていたのは、三匹程度の人喰い鼠。そして、そのすぐ後ろには‥‥「何もない、ただの壁」 「‥‥なるほど、読めて来たぜ!」 アル・カマルとダマスクスを構え、アルバルクは踏み込んだ。アル・ディバインとダナブ・アサドの加護を受け、右手の曲刀が一匹を、左手のそれもう一匹を切り捨てる。 残るちっぽけな人喰い鼠は、おびえたようにちょろちょろと逃げるが‥‥アルバルクはそれを見逃さなかった。 「天原、その鼠をぶっ潰せ!」 「おうさァ!」 反射的に、手裏剣を放つ天原。が、その人喰い鼠は「不自然なくらいに素早く動き」、手裏剣の一撃を回避した。 そのまま、彼の手の届かない場所に降り立ち、逃走を試みる‥‥が、そこには雫が待ち構えていた。 「『桔梗』!」 彼女が放った刀剣の斬撃が、練力とともにカマイタチを放つ! それがその人喰い鼠を捕え‥‥真っ二つに切り裂いた。 「‥‥こういう、事! すでに私たちは‥‥『目標のアヤカシと相対』してたわけねっ!」 雫は、自分の予想が半分当たっていた事を理解した。 「何かに擬態していた」事までは合っていた。が、「擬態していた何かが、人喰い鼠そのもの」だったのだ。調査員たちは、人喰い鼠と思って、この下衆な鼠に不意打ちを食らったに違いない。火炎や氷結を放ったのも、おそらく能力の一環なのだろう。 まだ数匹の人喰い鼠が、周囲をかこっている。そして霞澄は、まだ「違和感」が途絶えていないのを感じ取っている。 「!」 刹那。 火炎が、倉庫の片隅、片耳の人喰い鼠‥‥に成りすました下衆鼠‥‥から放たれた。 が、もはやからくりは判明した。下衆鼠の火炎を、開拓者たちは転がって回避し‥‥一番近くの雫が、再び桔梗を放つ。 それを素早くかわした下衆鼠だが、その先には天原の翡翠の刃が待ち構えていた。 「往生しやがれィ! こンのド畜生がァ!」 「そのような事が‥‥」 火愕と小元太は、開拓者たちの報告を聞いてうなだれた。 「違和感の正体が、そのようなアヤカシだったとは‥‥まだまだ知らない事があるものです」 そして、知ってさえいれば、仲間たちを助けられたかも‥‥と、火愕は無念そうに付け加えた。 二匹の鼠を殺したのち、開拓者たちは残りの人喰い鼠も一掃した。そして、通路内を捜索し‥‥。結果、アヤカシ殲滅を確認して引き上げてきたのだった。 「‥‥少し、蔵の中のものを壊してしまい、すいません‥‥」 霞澄が謝罪するも、気にするなと火愕は返した。 「いいえ。どんなに重要な骨董でも、人の命には代えられません。あなた方のおかげで、少なくともあの蔵で命が失われる事は無いでしょう。‥‥ありがとう、ございました」 火愕と小元太が、頭を下げ、感謝の意を表した。 そして、その後。二人により、その蔵から遺物の回収は滞りなく行われた。 蔵は今も、無人のままである。 |