不明の襲撃獣
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: ショート
EX :危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/27 21:02



■オープニング本文

 五行。
 結陣から北西に位置する、とある村。
 そこでは、ここ最近アヤカシが出現していた。
 
「簡単な依頼よ。アヤカシが出てきたから、退治してほしい‥‥っていうだけのね」
 村長の中年女性・摩乱が、ギルドを訪ねていた。
「うちの村は、とりたてて特徴があるわけじゃあないわ。畑があって家があって、ごく普通の平凡な村。といっても、アヤカシが出ても弱いやつならやっつけられる自信があるわ」
 では、なぜアヤカシ退治を?
「どういうアヤカシが出たのか、わからないからよ。強いのか弱いのか、獣みたいなやつか、それともそうでないのか。相手がどんなやつかわかっていたら、対処のしようもあるけどね。ともかく、話を聞いてもらいましょうか」

 その村は、俗に小休村といった。結陣から北西に向かえば、陸路で武天や石鏡へとたどり着く。村はちょうどその中間部に存在しており、行き来する旅人が途中で一休みするのにちょうどよかった。
 それを見こして、村では旅籠や茶店が多く、莫大とは言わずともそれなりに潤っていた。
 
 さて、ある日。
 摩乱のもとに警邏から話が来た。
「村の人間が、アヤカシらしきものに殺されたらしい」と。
 摩乱が向かってみると、暗がりの中。そこには茶店で働いていた若者が倒れていた。
 外傷は見当たらない。が、奇妙な事に‥‥。
「あまりに血の気がないんですよ。こいつ」と、警邏。
 見たところ、確かに蒼白すぎる。いや‥‥血の気が無いどころか、体内に血液が残っていない。
 被害者は、亜象。健康そのものな若者だったが、ここ数日はやつれていたと、証言があった。
「別に、仕事はそんなにきついわけじゃあなかったですし、そもそも亜象も健康には自信がありましたからね」と、茶店の主人。
 これで、五人目。なのにどんなアヤカシが出たのか定かではないのだ。
「江本、奥之、そして宇助に伊湖。これも、前に襲ったアヤカシの仕業じゃないですか?」
「けど、おかしいわね」と、摩乱は疑問を口にした。
「伊湖は、農家だったでしょ? で、いきなり襲い掛かってきたケダモノ‥‥おそらく、アヤカシだろうけど、そいつに襲われて死んだのよね? 見たところ、亜象の身体にはひどい怪我や傷は見当たらないわ」
「まさか、精神的に強い衝撃を受けて? 亜象は臆病でしたからね」
「それも、あるかもしれないけど‥‥」
 そうでない、かもしれない。
 確かに、村の郊外に広がる畑。そこに獣のアヤカシがこのところ何頭か現れては襲い掛かると聞いてはいた。が、そいつが犯人だったら、こんな死に方をするだろうか?
 それに、宇助の身体には火傷があった。死因ではないようだったが、そのあたりが気になる。
「アヤカシは、二種類いるわね。畑に出る獣みたいなやつに、亜象を殺したやつ。おそらくは‥‥」
 いろいろと考えていたところに、息せき切って駆け込む別の警邏が。
「大変です! アヤカシが現れました!」

 駆けつけると、村の郊外。そこを2〜3匹の猪が駆けまわっていた。そいつらは家畜を、そして犬にも体当たりしては牙で突き上げる。
 数頭の牛や馬、そして犬を血祭りに上げた猪どもは、その死体を穢すかのように踏みしだき、牙で引き裂く。
 が、摩乱や警邏隊を認めると、標的を変更し‥‥向かってきた!

「その場は、遠かったのでなんとか逃げられました。ですが、アヤカシには一矢報えずです」
 悔しそうに、摩乱が言う。
「少なくとも、あの猪どもが犯人でしょう。ですが、あいつら以外のアヤカシもいるものと、私たちは考えています。ひょっとしたら、皆さまを混乱させるだけかもしれませんが‥‥」
 摩乱は、自分なりの推理を書きつけた、紙切れを何枚か差し出した。

『一人目、江本。農民、畑で倒れていた。体にひどい傷痕。獣の牙によるものか? これが死因と思われる』
『二人目、奥之。商人、しかし元傭兵。血の気が無かった。古傷があったが、それと別に火傷の痕もあり。山奥で木の影で倒れていた。山菜取りに助けられるが直後に亡くなる。外傷は古傷と火傷以外に、猪の牙らしきものがあり』
『三人目、宇助。職人。あまり外を出歩かない。猪に襲われたと、警邏の元へ傷だらけでやってきて死亡。山にほど近い畑へ、修理した農具を持って行った際に襲われた? 身体には奥之同様に、火傷の痕があった』
『四人目、伊湖。大工。同じくあまり外を出歩かない。猪に襲われ死亡。農民の家の扉を修理していた際に、猪に襲われたと証言がある』
『五人目、亜象。茶店の店員。暗がりの中で、血の気が無くなった状態で死んでいた。気が弱いが、身体は頑強』

「これは、今までの犠牲者の遺体を調べて、私が独自に書き付けたものです。何か手助けになればよいのですが。ともかく‥‥」
 摩乱は、報酬を差し出しつつ、依頼した。
「このままでは、被害者たちが浮かばれません。どうか皆さま、仇を取って無念を晴らしてください。お願いします」


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
深山 千草(ia0889
28歳・女・志
和奏(ia8807
17歳・男・志
贋龍(ia9407
18歳・男・志
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
ハシ(ib7320
24歳・男・吟


■リプレイ本文

 小休村。
 その公民館‥‥という名の小さ目な屋敷。
 村の公的な活動や会議を行うための施設。その一室にて摩乱は、開拓者たちを迎え入れた。
「ではみなさん。ええと‥‥」
「ああ、自己紹介がまだだったっけね。あたしは鴇ノ宮 風葉(ia0799)。陰陽師よ」
 元気そうな黒髪と、黒い瞳の少女がまず自己紹介。ローブで身を包み、杖を手にしている姿は、陰陽師というより魔術師みたいだと摩乱は思った。
「私は、深山 千草(ia0889)。志士として開拓者の末席を汚しております」
 鎧姿の大人の女性が、次に挨拶。優雅にして華麗な振舞いに、摩乱は感心した。
「次‥‥いいですか? 自分は和奏(ia8807)といいます。ええと‥‥がんばります」
 彼を見た摩乱は、人形のような端正な顔付だが、どこかぼんやりしている‥‥という印象を受けた。
「僕も志士です。名は、贋龍(ia9407)。僕に出来る事を、全力で行いたいと思います」
 こちらもまた、礼儀正しい。旅の客に少なくない無礼な者たちとは正反対だと理解し、摩乱は好感を覚えた。
「鉄龍(ib3794)。騎士だ。よろしく」
 こちらは、口より戦いで己の存在を示す類の人間らしい。左目の眼帯と身体より立ち上る闘気めいた雰囲気から、彼が臆病とは縁のない男とだと見て取れる。摩乱は頼もしさを感じ取った。
「うふふっ、あたしはハシ(ib7320)。吟遊詩人よぉ〜。よろしくね♪」
 布の塊のような服から響くは、女性っぽい口調の男の声。開拓者には変わった趣味を持つ者もいると、握手しつつ摩乱は面食らった。
気合を入れるように、風葉が言い放つ。
「さーって、と。血生臭い舞踏会と参りますか!」

 情報収集。
 全てにおいて、「情報」を得て、そこから「対策」を練る。それはあらゆる戦い、事件、困難に対する行動として当然必須な行為。開拓者たちもそれにならい、村中を探っていた。
風葉と千草は現場へと赴き、それぞれ瘴索結界と心眼とで調査していた。
「‥‥この辺りには、瘴気は無いわね」
「‥‥心眼でも、見当たりません」
 四人目の犠牲者、伊湖の倒れていた現場。そこでの調査は空振りに終わっていた。
 五人目の亜象も同様。猪のアヤカシの足跡は見られたものの、それ以外には何の痕跡も見られない。今現在、亜像の倒れていた茶店とその周辺は、立ち入り禁止になっていた。
「‥‥? ねえ、風葉ちゃん。何もない事に気づいた?」
「え? ‥‥あー、なるほど。千草、そういう事ね。確かにちょっと、臭うかな」
 千草が言い出した違和感に、風葉は気づいた。
 亜象の倒れていた現場。そこには、「何もない」のだ。亜象自身と、亜象を助け起こした者たちの足跡。それらしか「無い」。
 つまり‥‥犯人のアヤカシ(と、半ば彼女たちは確信していた)の足跡やら痕跡やらが、全く見当たらない。これほどおかしな事があろうか。
「これの犯人は、猪なんかじゃあない‥‥って事か」
「ええ。手がかりが無い事が、手がかり。一歩前進したわね」
 だが、二人ともすぐに顔をこわばらせた。
 一瞬だけだが、心眼が闇の中に何かを見つけた。そして瘴索結界も、はっきりと示したのだ。
 アヤカシの反応を。

 千草が風葉に相槌を打っている頃。
 遺体を保管している小屋にて、贋龍と和奏とが見分に赴いていた。
「どうです?」
「ええと‥‥ちょっと待ってください‥‥」
 死した当時の傷を見分していくうち、和奏は発見した。
「‥‥傷痕、ありました。牙のものと思われるものと、火傷の痕。それに‥‥針のような、小さな穴です」
「火傷の痕は‥‥腕や胸、背中か。酸のような腐食する火傷とは違うみたいですね」と、贋龍。
「何か、火を吐く、または火を放つタイプのアヤカシ‥‥?」
「それに‥‥失血死した人の身体についていた、小さな穴‥‥」
 猪以外のアヤカシが、存在する。それはまず間違いないだろう。

 一通り調査を終えて戻ってきた鉄龍とハシは、「収穫なし」の結果を皆に伝えていた。
「でも、こっちは収穫大だったよ。アヤカシはまず間違いなく‥‥」
「『三種類』出現しているとみて間違いないと思います」
 風葉が言葉を発し、千草が言葉を結んだ。
「三種類、ですって?」
「猪の奴が一つめだとすると、二つめの三つめはなんだ?」
 ハシと鉄龍が疑問を口にして、
「まだ遺体を調べただけですが、二つめは『火炎を放つもの』、三つめは‥‥」
「‥‥ええと、多分ですけど‥‥『血を吸うもの』じゃあないかと」
 贋龍と和奏が、予想をもって返答した。

「‥‥ふぅん。つまりはこういう事ね。火傷の痕は火によるもので、失血死した犠牲者には小さな傷跡があっただけで、他に外傷は無かったと」
「三者三様の死因があるのなら、犯人であるアヤカシも三種。確かにそういう推理が成り立つな」
 ハシと鉄龍が、感心したように相槌を打つ。
「村の人たちに聞き込みをしましたけど、亡くなった時には周囲に火気は無く、空を飛ぶような何かは見たことが無いそうです。ただ‥‥」
「遠くからだけど、赤い獣が、山の奥に逃げ込んだところを見た人がいてね。聞いてみたら『異様な姿をしてた』ってさ」
 今度は、千草が言葉を発し、風葉が言葉を結ぶ。
「となると‥‥山間の森林も調べてみる必要がありそうですね」と、贋龍。
「よし、ならすぐに‥‥」
鉄龍の言葉が終わらぬうち、皆立ち上がった。
「猪のアヤカシ」、そして「赤い獣」。そいつらをまずは討つべく、皆は立ち上がった。

「‥‥それじゃあみんな。行くわよ」
 ハシの言葉に、皆は視線で返答し‥‥近くの小屋に隠れた。
 村人たちにも、近づかないようにと伝えてある。ここの休作地と、給水池に隣接する空き地。アヤカシを迎え撃つ場所としては丁度いい。
 適当な場所に座り込んだハシは、「激情の炎」の名を持つリュートを奏で始めた。
 弦が弾かれ、音楽を奏で始める。紡ぎ出される旋律に乗せられる歌は、
「愛をこめて‥‥♪ 『ばーかばーか』」
 ‥‥アヤカシを愚弄する内容。それは遠吠え、アヤカシにとっては遠吠え、仲間を呼び、仲間に何かを伝えるための遠吠え、もしくはその偽物。
「怪の遠吠え」の範囲内に、目当てとするアヤカシが居てくれることを願い、ハシは歌った、紡いだ、演奏し続けた。
 数刻が経過した頃。
「‥‥?」
 ハシの視線の先、山の奥、森林内部より‥‥動く「そいつら」の姿があった。それは徐々に、確実に接近してくる。
「あれは‥‥赤い獣、の方かしら」
 然り。小さめの馬、または鹿程度大きさの獣で、体色は炎のように赤い。半ば跳ねるようにして、木々の間を駆け抜けている。その姿は、巨大なネズミ‥‥または、ウサギを思わせるもの。だが、ウサギにしては余りに醜く、凶悪で、歪んでいる。そいつら三匹は山から出てくると‥‥ハシを認めて甲高く鳴いた。
「ふ〜ん、なるほどねえ。『酸』じゃあなく、『火』による火傷って事がこれで理解できたわ」赤い巨大ウサギが枯れ木を踏みしだくと、煙を出してくすぶり始めているのが見えた。赤きアヤカシ‥‥火兎は、ハシめがけて駆け出した!

 空き地の給水池、そのすぐ近くに立つ小屋の前まで後退したハシは、小屋を背にして挑むように言い放った。
「さ〜てウサギちゃん、アタシを燃やせるものなら燃やしてみせなさぁい♪」
 侮辱するようなその口調に、火兎は燃やしてやるとばかりに迫る。体の表面から火の粉が湧きあがり、吟遊詩人のエルフを焼き焦がさんと‥‥そいつらは火の矢を放ってきた。
「‥‥ここからは、僕たちが相手だ!」
 が、突進するその化け物どもに対し、小屋から開拓者が飛び出し、アヤカシどもの前に立ちはだかった。火兎は、驚いたかのようにたたらを踏む。
 二刀流の贋龍。その横に、降魔刀とペンタグラムシールドを携えた鉄龍。後方に、滅刀「朱天」を抜いた千草。後は、霊杖「カドゥケウス」を手にした風葉、鞘に入れたままの刀「鬼神丸」を握る和奏が控える。
「‥‥いきますよ」
 贋龍の刃が、火兎へと宣戦布告するかのようにきらめいた。

 小さな炎が、火兎の一体から放たれた。が、贋龍と鉄龍の鎧の表面を焦がしただけにとどまる。盾で、あるいは切り払いで、鉄龍は炎の攻撃を弾き飛ばし‥‥構えた刃の攻撃とともに踏み込んだ。
 火兎の片耳がそぎ落とされた。痛みに吠えるそいつに、贋龍が両腕の降魔刀を用い、さらなる斬撃を叩き込む。
 一撃が喉笛を切り裂き、二撃が延髄から首を叩き切る。断末魔の悲鳴とともに、一匹目の火兎が屠られた。
 二匹目の火兎が襲うは、千草と和奏。が、千草が「朱天」で、滅刀の鋭い切っ先を向け‥‥空気も切り捨てんとばかりに、刃の一閃を打ち込んだ。
 張りつめた戦場の空気とともに、響くは斬撃音。ほぼ半身を切り捨てられ、二匹目も果てた。
 が、三匹目は仲間の敵を討たんと、全身の赤色を炎そのものへと変えた。跳ね回る巨大な火の玉と化した火兎は、すさまじい勢いで体当たりを仕掛けてくる。
「うっわっ! あにすんのよ!」
 小屋を背にしていた風葉は、ギリギリのところでそれを回避した。が、炎の塊と化した火兎に体当たりされ、小屋は完全に炎上。ばらばらになってしまった。
「来るぞ! 散らばれ!」
 鉄龍が吠える。それとともに、火兎は開拓者の一人を目標として、火の玉と化し猛進した。
「‥‥狙いは、私!?」
 どうやら、千草を狙うつもりらしい。がむしゃらに突っ込んでくる。
「‥‥ならば!」
 彼女は決意し、立ち止まった。火兎がそこに突撃し、炎と主に焼き尽くそうとする。
 寸前、千草は突進を横に交わした。火兎が代わりに突撃したのは、貯水池。
 全身の炎が消え、水中でじたばたともがき‥‥陸へと上がる。が、それと同時に突き出された刃が、三匹目の兎を葬った。

 霧散していく火兎の姿を見届けると、新たなる敵に対して心を入れ替える。
「来るよ! 今度は猪ヤローだ!」
 風葉の言うとおり、火兎の現れた場所から別のアヤカシが、土埃を上げつつ地を踏み突進してくる。
 豚にしてはたくましく、猪にしては禍々しいその姿。まさに、猪のアヤカシに他ならない。
 地響きとともに、巨大な化猪が、開拓者へと向かいつつある。思った以上に、走る速度が速い。口元から延びる二本の牙は、短い槍を携えているかのよう。
 その一頭が、和奏に狙いを定めて突進してきた。一瞬驚愕の表情を浮かべた彼だが、すぐに引き締まった顔つきに。
 そして、迎え撃たんと身構え、鞘に入ったままの剣、ないしはその柄に手をかけた。
 猪が接近する。鋭い一対の牙が、開拓者たちを突き刺し餌食にせんと向かいくる。凶悪なまなざしが、突き刺さるかのように和奏へと向けられている。
 突進を受ける直前。和奏は体をひねりつつその突撃をかわし‥‥構えていた剣の刀身を、鞘から解き放った。
「‥‥『雪折』!」
 切っ先が弧を描き、刃の軌跡が宙を切る。
 それは猪の胴体から首を切り飛ばし、猪の突進を止め、淀んだその生命をも奪い、霧散させたのだ。
 そして、驚いたかのように残り二体の猪も、その様子を見てたたらを踏んだ。
 その隙を、贋龍は見逃さない。
「‥‥おっ‥‥と。別にただ遊んでた訳じゃあ無いんですよね、僕も」
 猪に立ち直る隙を与えず、贋龍が更なる斬撃を猪へと叩き込んだ。
「滾らん! 貴様程度の雑魚では、俺の血は滾らんわ!」
 自身の闘気を叫びとともにほとばしらせるかのように、鉄龍が三匹目へと一撃。
 二匹目と三匹目の化猪が、一匹目の後を追うのもすぐの事だった。

「‥‥終わった、わね」
「ええ。でも風葉ちゃん‥‥」
「あによ千草さん? ‥‥ああ、そうだったわね。まだ一つ、残ってたっけ」
 火兎と化猪。それらを葬り去った開拓者たちは、一息を入れていた。
「牙の痕」は「化猪」、「火傷の痕」は「火兎」。
 残る一つ、「吸血の痕」の犯人であるアヤカシを倒さねばならない。それを実行せねば。

 それは、闇の中で佇んでいた。
 暗闇の中にただ一体で隠れ住み、間抜けな人間が来たら体にとりつき、その血を吸う。
 影の中に隠れ、影とともに人に近づき、そいつに取りつく。そして、吸い終わったら闇の中に紛れ込み逃げる。
 影の中に潜んでいれば、見つかる事は無い。なぜならそれ自身もまた、影だから。影のごとく黒いから。影の中にある影に、誰が気づこう。
 しかし、今回ばかりは「影の中の影」にせざるを得ない。集まる人間をだまし続け、血をすいつづけるそいつにとっては、この状況を逃すわけにはいかない。
 そいつは、またも影に不用意に近づいてきた人間に忍び寄ると‥‥襲い掛かった。

「‥‥出てきた!」
 茶店に人はいない。すでに皆避難している。そして、店側の人間からは許可をもらっている。
 先刻探していた時に、千草と風葉は気づいていた。引き揚げようと思っていた矢先に、一瞬だけ瘴索結界が感知していたのだ。化猪と火兎を退治したのち、二人は仲間たちとともに再びここを訪ね、そして確信した。
「吸血の痕」をつけたアヤカシが、ここに潜んでいる事を。
 黒い影から抜け出た、黒い「何か」。それは禍々しい様相で他者に取りつき、その命を吸い取ってしまうもの。亜像や奥之は、こいつに取りつかれ血を吸われたのだ。
 アヤカシ、「うしろがみ」は、隠れる場所を探しており、何時しかそれを手に入れた。茶店の影の中に潜み、近づいてきた人間に取りつき吸血していたのだ。
 だが、今回は事情が違う。襲おうとした相手は、実はアヤカシを狩る実力を持つ開拓者。「うしろがみ」は、狩る側ではなく、狩られる側になっていた。
「うしろがみ」おびき寄せ、飛び出したそれを発見した開拓者たちは、必殺の一撃をともにお見舞いしていた。
「吸血の傷痕」を被害者に残した者。それは、黒く浮遊する黒い不定型な塊。風葉と千草はその「うしろがみ」が、茶店の暗がりに潜んでいたことまで調べていた。
 黒いそいつ‥‥すなわち「うしろがみ」に必殺の一撃を与え、ようやく風葉と千草、そして開拓者たちは実感した。
 倒すべきアヤカシを、倒したと。

「これで、亡くなった五人も浮かばれるでしょう。ありがとうございました」
 魔乱が礼を述べる。
 今までの犠牲者‥‥一人目、江本と四人目、伊湖。彼らは猪による「牙」で、
 三人目の宇助は、火兎の「火」で、
 二人目の奥之、五人目の亜像は、「うしろがみ」による「吸血」で。
 三様の死因で、それぞれの犠牲者は亡くなっていた。
「これらが、全て一緒に出現していたから‥‥ややこしい事になってしまったのでしょうね」
 だが、事件は解決したが、亡くなった人々が戻ってくるわけではない。
 この悲劇、二度と起こってほしくは無い。それを実感する開拓者たちだった。