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■オープニング本文 石鏡の国境付近。 そこで、その事件は起きた。 陰殻の国境が存在する山脈。 それを臨む、山脈の麓にある小さな村。 そこは森に隣接しており、そして森を臨む場所には、監視小屋が建てられていた。 監視小屋には、小さな塔が屋根にすえつけられている。そこからは、森から何かが近づいたら、すぐに見る事ができた。 この監視小屋のあるおかげで、森から出てきたならず者たちや獣、そしてアヤカシを発見するのに役立っていた。 すぐ後ろには、三位湖の豊かな水源。国境を臨むとはいえ、この周辺地域におけるアヤカシによる脅威は、それほど深刻なものではなかった。 今回の事件が起こるまでは。 その村へと、今日もまた新米の兵士の一隊が訪れた。国境警備の交代要員としてやってきたのだ。時間はちょうど夕飯時、うまい夕飯にありつけるだろうと思っていた矢先の事。 「‥‥なんだ、これは?」 兵士たちの一声が、それだった。 夕食どきなのに、村には人影が全く無かったのだ。 三名の新兵、そして彼らを率いる古強者兵・日向。 四人は、村を捜索し始めた。が、彼らが発見できたのは、村に何者も存在しないという事実のみ。 建物は、大きな何かが押し入ったかのように破られており、まだ新しい鮮血の痕跡がある。その血を流したと思われる、村人の姿はそこにはない。それに加えて、引きずるような跡が、床、そして地面には残されていた。 「‥‥乾いているが、それほど時間は経っていないな」 ひとりごちた彼は、部下を一人連れて、監視小屋へと向う事にした。 「いいか、絶対に一人になるな。二人で、ここで待っていろ。それから、もしも俺たちが戻らず何かやばいと思ったなら、すぐに逃げるんだ。いいな?」 それだけ伝え、彼は武器を手にして向かっていった。 監視小屋も、やはり同じような有様だった。 爪痕や、押し入ったような状況。まず間違いなく、巨大な獣かそれに該当するものが押し入り、殺戮したに違いあるまい。 「隊長、見てください。これを!」 外には、やはり引きずった跡が。それだけでなく、足跡もあった。 「‥‥一匹じゃない、複数いる事は間違いなさそうだな」 少なくとも二〜三匹くらいはいるだろう。いや、それ以上いるかもしれない。 「戻るぞ。ここはアヤカシに襲われたに違いあるまい」 だが、村に戻ったちょうどその頃。 悲鳴が、聞こえた。 「まさか! おい、お前は俺たちが乗ってきた馬のところで待て!」 部下を一人、馬をつないでいた場所にやり、日向は残る二人の姿を求めて走った。 部下の槍が、そこには落ちていた。それは、叩き折られている。 それだけではなく、目前の地面にはまだ新しい血痕が。そしてそれは、目前の大きな屋敷へと続いている。先刻、まだ調べていなかった場所だ。 そこは、宿屋だった。兵士たちを宿泊させるために用意された、それなりの大きさを持つ宿。ここに来れば、寝床と食事にはありつける。 もっとも、それは兵士には限らないようだが。 血痕を追い、日向は階段で二階へと向った。それとともに、「匂い」と「音」とが、彼へと漂って来たのだ。 漂ってくるは、「血」の匂い、そして「腐臭」。明らかに、死体が漂わせる匂いに他ならない。 聞こえてくるのは、「咀嚼音」。 それは、獣がしとめた獲物へと噛み付き、肉を切り取る時の音そのもの。 静かに、できるだけ静かに、日向は階段を上った。 その先に存在した光景、それは地獄であり、悪夢。空間そのものが、おぞましい何かに浸食され、穢され、澱まされたかのような心地悪さがそこにはあった。 そこには、三つの存在があった。 積み上げられた、死体の山。 それの成れの果てである、腐肉がこびりついた骨。 そして死体に食らい付いている、獣の姿。 「逃げろ! すぐに逃げるんだ!」 日向は、決して臆病者ではない。だが、あの光景を見たとたんに動転し、気がついたら逃げていたのだ。 後ろを振り返らなかった。背中からの気配で知っていたからだ。‥‥狼めいた、あのおぞましき獣が、自分を追っている事を。 そいつ、いや、そいつらは貪っていた。まだ新しい死体を、すなわち、自分の部下二人の死体を。 恐怖が彼を支配し、逃走しろと本能が叫ぶ。だが、彼が夕闇に見たのは。 ずたずたにされた、残る一人の姿。三匹の「それ」が、彼に食らいつき、肉をむさぼっていたのだ。 一匹は喉笛へと噛み付き、その鮮血をうまそうに味わっていた。 残る二匹は、腕や足を引きちぎり、それを堪能していた。 馬は、と思ったが、それもどうなったかはすぐに判明した。‥‥既に、死体となっていたのだ。 やがて、その獣たち‥‥アヤカシたちは、新たな獲物を見つけると、襲い掛かってきた! 「‥‥と、これがあらましだ」 神楽。 開拓者ギルド。 応接室にて、担当者が君たちへと説明している。 あれから日向は、槍を手にしてそのアヤカシと戦いを繰り広げた。が、多勢に無勢。夕闇の中に浮かぶ牙の前に槍は折られ、剣は砕かれた。 なんとか湖に飛び込み、泳ぎ、気がついたら近くの村の猟師に助けられていたのだ。 そして、この事件を解決してくれないかと、開拓者ギルドへと連絡した次第。 「村の場所は、後で知らせよう。村の見取り図なども、探せばあるはずだ。ただし、問題は‥‥」彼は、言いよどんだ。 「問題は、このアヤカシがどんなやつらで、どのくらいの数がいるか、という事だな。日向の話によると、大きさは野犬か狼を一回り大きくした程度らしいが。それでも、その姿は狼以上に醜いらしい。で、何匹いるかまでは数え切れなかったそうだ」 「ともかく」と、言葉を続ける。 「正攻法で戦いを挑んでも倒せるだろうが、全部で何匹いるかが問題になると思われる。この仕事を引き受けてくれるなら、十分に注意の上行ってもらいたい。引き受けてくれるかな?」 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰 |
■リプレイ本文 まだ、太陽が高い。昼飯時ならば煙が上がり、昼食の良いにおいが漂い出てくるもの。しかし、目前の村において漂い出てくるのは、死のにおい。廃墟に漂う空虚なる雰囲気が、周辺を汚染するかのように漂い出ていた。 陽光が降り注ぐも、村を照らし出せてはいない。開拓者たちは、全員が同じ思いに捕らわれていた。‥‥ここは、死に覆われていると。 いや、近づくにつれ、その考えは改められた。この周辺は、今現在も更なる死に覆われている。新しい死体、ないしはその切れ端が、街道の脇に見つかったのだ。 「『‥‥血がまだ、それほど乾いていませんね。旅人か何かだったのかしら』」 青嵐(ia0508)、長髪の陰陽師が抱える人形が、状況をあらためつつ言った。正確には、腹話術を用いて人形がしゃべっているように見せかけているのだが。 「だったら、早く行こうぜ! とっとと村に行って、アヤカシをやっつけよう!」 小伝良 虎太郎(ia0375)が促すが、その言葉は鬼島貫徹(ia0694)の気に障った。 「ええい、囀るな! そんな事をいちいち口に出す必要は良いわ!」 しかし、彼もまた心は同じ。このような所業を行うアヤカシの存在を、鬼島は腹立たしく思っていた。下級なる化け物が人間を食い殺したのなら、相応の報いを受けさせぬ事には気がすまない。己が槍の刃を、たっぷりと味合わせてくれよう‥‥こしゃくな化け物どもに。 鬼島と対照的に、那木 照日(ia0623)、可憐なるサムライの少女‥‥に見える、美貌の少年は、おどおどと周囲に視線をさまよわせていた。その隣には、虚祁 祀(ia0870)、凛々しき志士の少女が立ち並ぶ。 「あの、そろそろ‥‥」 那木の言葉に、皆が振り向く。 「そろそろ、アヤカシのいる村に近づいてきたわ。奴らと戦う準備をしてはいかがかと」 那木の言葉を、虚祁が補足した。 「んじゃ、それじゃそろそろ用意するか。いいかげん、ただ歩くのも飽きてきた頃だしな」 銀雨(ia2691)、泰拳士の女傑が掌に拳を打ち付けつつ言った。 村の入り口を臨み、開拓者たちは身を引き締め、気を締め付けた。 先陣を切るは、鬼島。鎧に身を包み、長槍・羅漢で武装したその姿は力強く、頼もしきサムライとしての貫禄を漂わせる。凶暴にして凶悪に気を膨らませ、すぐにでもアヤカシを切り刻み、槍の穂先で貫き通したいという欲求を隠しもしない。 珠刀「阿見」を構えた虚祁が、鬼島に続く。黒き瞳は、心の底までもを見通すかのように美しい。手の得物に勝るとも劣らぬ鋭さが、その視線にはあった。 続き、那木と青嵐。那木は両手に抜き身の刀を握っていたが、右のそれは虚祁と同じ得物、珠刀「阿見」。 青嵐は、武器の代わりに人形を大事そうにかかえていた。が、そこから漂う気配は、怪しくも不気味なそれ。少なくとも、子供が手に取りたいと思わせるものではない。 しんがりには、奏拳士の二人、銀雨と小伝良が中堅をつとめる。銀雨の両手には拳布のみであるが、小伝良は両手に三本爪の鉄爪を装着していた。 「行くぞ!」 鬼島が、己の怒気を高め‥‥次の瞬間。 彼の喉から、猛獣の雄叫びがごとき咆哮が上がった。 遠くに見える森から、鳥の類が大慌てで飛び立ち空を駆け回り、彼方へと飛び去っていくのが見えた。それとともに、村の内部へと足を踏み入れていく一行。 やがて、彼らは感じ取った。 自らに接近する、怪しき気配を。 村の建物の配置は、既に手渡された絵図面にて知らされていた。 だが、村のそこかしこには木戸が倒れ、壁が倒され、家が壊されていた。屋根には何者かによる穴が開けられ、内臓をつかみ出された死体のように空虚な影をそこに見せている。 恐れを微塵も感じさせず、一行は廃墟と化した村を進む。虚祁は、見えぬ敵をにらみ返すかのように、視線を放ち続けていた。 「‥‥!?」 鬼島は、そして虚祁は、足を止めた。空気の流れ、「気配」の揺らぎが、肌に伝わってきたのだ。 それにあわせ、全員が足を止める。瞬間、空気の流れが止まった。 刹那、 空気が、再び流れた。 「来るぞ!」 それと同時に、静寂を破る邪悪な獣が、生きとし生けるものに喰らいつき、引き裂かずにはいられない鋭き牙が出現した。 獣めいた邪悪な唸り声。犬または狼のような頭部と、その口内に並ぶ牙からは、悪夢がごとき怖気が漂い出ていた。双眸は爛々と光り、あたかもそれは墓場で燃える鬼火のよう。 胴体と四肢もまた、狼犬のそれに酷似していた。が、それらは決して狼犬のそれとは言えぬもの。身体のいたるところから衝角が突き出て、獰猛な獣性の凶悪さ、凶暴さを、闇の色に染め上げ形としたようにも見える。深遠の奥底から湧き出てきた混沌が、獣を依代として実体となった怪しき獣。 獣は、目前の木の陰と、二階建ての住居の玄関から一体ずつが現れ、威嚇するように唸っている。迫る二匹の獣を見て、全員が同じ単語を連想した。 その単語を口走ったのは、憤怒の表情を浮かべた鬼島。 「おのれ、アヤカシめ!」 アヤカシ‥‥怪狼の気配を、青嵐と那木は側面から感じ取った。そこから、もう一匹が這い出てきたのだ。 「‥‥こっちにも!」 銀雨と小伝良は、後方から敵が迫るのを感じ取った。崩れかけた納屋から、怪狼が出現してきたのをはっきりと確認したのだ。 威嚇し、畏怖させ、恐怖に陥らせるかのように唸る怪狼ども。だが、既に虚祁の心眼により、これらの獣が存在する事は知るところであった。 「‥‥始めましょうか」 腹話術でなく、自らの口で、青嵐は不敵に言い放った。 そう、ここに居るのは開拓者。戦いを生業とし、危険を友とし、絶望を切り裂き希望の道を切り拓く者たち。 絶望を超えた希望の輝きが、開拓者たちの瞳にきらめいた。 先手を打ったのは、一行の前方に立ちはだかった二匹の怪狼。 地面を汚すように蹴って跳躍し、獲物へと牙を沈め爪を突き立てんと襲い掛かる。が、鬼島‥‥長槍「羅漢」を手にした鬼島にとっては煩わしいこけおどしに過ぎない。 「はーっ!」 気合の声とともに、「羅漢」の柄を横に凪いだ。槍の柄が、一匹の怪狼を捕らえ、そのまま近くの小屋にたたきつけられる。 別の方向から襲い掛かったもう一匹は、虚祁が相対した。 「!」 珠刀「阿見」の刃が光り、一閃する。 斬! 刀剣の鋭き一撃が、怪狼をしたたかに切り付け、傷を負わせた。一撃を受けた事に苛立ったのか、怪狼はもんどりうって転がると体勢を建て直し、なおいっそうの唸り声を上げる。 が、それが皮切りになったかのように、側面、そして後方からの怪狼もまた、飛び掛ってきた。 後方からの怪狼には、小伝良が迎え撃つ! 「骨法‥‥起承拳!」 銀髪の少年が放つ、鉄爪の連打。きらめく鋼の爪の連続攻撃が、穢れし獣の身体を切り裂き、突き刺し、打ち込まれる! ずたずたになったアヤカシへと、止めとばかりに銀雨の拳がめり込み、引導を渡した。 「‥‥はうっ!」 側面からの怪狼、ないしはその攻撃を、那木の剣が受け止める。二刀を十字に組んでそれを受け止めた那木だが、アヤカシはひるむ事無く吼え、再び飛び掛った。 それが、最後の攻撃になるとは思いもしなかった事だろう。もしもアヤカシが動揺し、恐怖できたとしたら、最後の瞬間には間違いなく恐れていたに違いない。 「‥‥お出でなさい、炎獣姫」 青嵐の召喚とともに、「式」が姿を現した。燃え盛る、炎で構成された狼のごとき姿の「式」‥‥「炎獣」。 「炎獣姫、たんとお食べ。ただしお行儀良く、ね」 火炎の獣は、怪狼に劣らぬ凄まじい咆哮とともに、怪狼へと襲い掛かった。邪悪な獣へと、炎の獣が襲い掛かり、燃える牙で噛み付き燃える爪を突き立てる。焦げる悪臭を周囲に充満させ、二体目のアヤカシが地獄へと送り返された。 仲間の攻撃に気を良くした鬼島と虚祁は、各々の武装を握り締め、とどめの一撃を放つ。 「下劣なケダモノが! 然るべき場所へと去ね!」 「羅漢」の穂先が、憤怒とともに怪物の身体を貫く。突貫された邪悪は、鬼島の手によりそのまま息の根をとめ、動きをとめた。 「‥‥これで、最後!」 虚祁の「阿見」が、更なる斬撃を怪物へと食らわせた。志士の少女が放った刃の一撃により、怪狼は首を飛ばされ、果てた。 四匹のアヤカシを片付けた一行は、更なるアヤカシを見つけ出さんと、村の別の場所で「咆哮」した。が、怪狼は出てこない。 「‥‥奴らめ、どこに隠れておる。卑怯ものめらが!」 鬼島が憤慨しつつ、屋敷へと目を向けた。 ひょっとしたら、あの中に隠れているのかもしれない。 六人の開拓者、探索者にして戦士たちは、周囲に十分注意を払いつつ‥‥屋敷へと、惨劇の舞台となっている宿屋へと向かった。 「アヤカシたちの残りは、間違いなくあの中に潜んでいると思います。ならば‥‥」 こちらから、仕掛ける。虚祁の言葉に、全員依存はなかった。 二階建ての宿屋。そこは、大きな屋敷を改造したかのようなつくりをしており、重厚な扉と壁で、内部を外界から切り離していた。 「威圧感」があった。かつてはその重厚さが、訪れる者たちに一晩の宿を、安らぎと休息の場を与えた事だろう。 しかし今は、怪物が潜みうごめく、悪魔の巣に他ならない。入り口の前には、折れた槍。そして、大量の血痕。この中に、アヤカシがいる。感覚的にそれがわかり、精神に食い込む威圧感が、痛いくらいに強まる。 扉は、開いていた。そして、その前の地面には足跡が付いている。大きく、邪悪な爪を有しているだろう足跡が。 「‥‥この、におい‥‥」 小さく、つぶやいた。 那木の鼻腔には、臭いが漂ってきたのだ。屋敷内にはふんぷんたる死臭が充満し、吐き気をもよおさせた。 流された鮮血、腐りかけた死肉、そして恐怖と悲しみのうちに死んでいった犠牲者たちの無念。そういうものがない交ぜにされたのなら、心地よい雰囲気が生まれるわけが無い。 那木は、己の両手に握られた刀、ないしはその刃に、重苦しさを増していくのが感じられた。 死臭漂う屋内の空気は、建物の奥へと向かっていくにつれ、次第に濃密さを増していくかのよう。一階には食堂と、事務室がある。入り口付近に、二階へと上る階段があった。 「‥‥」 虚祁が、一歩を踏み出した。それと同時に、鬼島も一歩を踏み出す。 「ふん、まさしく下劣なアヤカシごときの喜びそうな悪臭よ! すぐに消して見せよう、中のアヤカシごとな!」 鬼島の言葉が、皆の武勇を引き立たせた。倒すべきアヤカシが、この中にいる。ならばそいつに、引導を渡してやろう。「羅刹」を一振りし、彼は屋内へと足を踏み入れる。 死地へと挑む鬼島の心意気が伝播したのか、なんとなく入り込むのを躊躇っていた皆も、それに釣られるかのように歩み始めた。 やがて、全員がその屋敷内へと足を踏み入れた。あたかも、巨大な怪物に飲み込まれるかのように。 きしむ階段を、一歩ずつ上る。死臭はいよいよ強烈になり、やがてそこに見えた。地獄であり、悪夢であり、邪悪に浸食された空間が。 日向の、生きて戻ってきた兵士の言ったとおり。そこにはそこかしこに村人のものと思われる死体が積み上げられ、乾いた血痕と腐り干からびた死肉があちこちにこびりついた、屍の部屋と化していた。 「!」 その中心部に、そいつらがいた。三匹の怪狼。そいつらは、何かを囲んでいる。食事の最中である事は、まず疑いの余地は無い。が、開拓者がやってきたのに気づき、アヤカシは頭を上げてじろりと彼らへ視線を向けた。 口を捻じ曲げ、そいつらは威嚇する。 しかし、開拓者たちにとっては、そんな威嚇などなんでもない。 「いざ、参る!」 鬼島が、一番大きめのアヤカシへと、槍を構えて突進した。怪狼もまた、それを迎え撃たんと咆哮し駆け出す。 鬼島に続き、青嵐もまた一歩進み出た。その視線は、首領格である怪狼へと向けられている。 残る二体の怪狼は、左右に展開した。鍵爪を持つ四肢が床板を削り、アヤカシが肉薄する。だが、それぞれを那木と虚祁、銀雨と小伝良とが、それぞれ相対する。 すぐに怪狼どもは知った。自分らが襲い掛かった相手が、自分らの死刑執行人である事を。 那木へと、アヤカシの一匹が飛び掛る。が、十字に組んだ刀でそれを受け止め、彼は攻撃をしのいだ。 「くうっ!」 「照日!? このおっ!」 那木へと襲い掛かった怪狼に、虚祁が逆に襲い掛かる。那木と同じ銘の刀、「阿見」が振るわれ、鋭き切っ先がアヤカシのおぞましい身体を切り裂いた。 「祀、私は大丈夫!」 体勢を立て直し、那木が両手の剣を構えた。 「!!」 斬! 斬!! 両手の刀剣による、那木の「弐連撃」が決まった。彼の双刃が、アヤカシを両断し、その命をも切り裂き切り捨てた。 剣ではなく、拳を武器とする二人にも、アヤカシの一匹は襲い掛かっている。が、二人の連携はアヤカシを動揺させ、隙を作った。 「はーっ!」 銀雨が、拳を怪狼の鼻面へと叩き込む。すかさず、小伝良が飛び掛った。 「食らえっ! 『牙狼拳』ッ!」 狼のようなアヤカシへ、狼のごとき素早さの拳撃が連続で叩き込まれる。手甲の鉄爪が、アヤカシの胴体に突き刺さり、その命を消し去った。 「去ねいっ! この化け物が!」 烈火のごとき気迫とともに「羅漢」を振り回し、鬼島は剛槍で怪狼を薙ぎ払った。槍の刃が怪狼の胴体部を切り裂き、槍の柄が怪狼を打ち据え、後ろの壁へとたたきつけた。 「‥‥お出でなさい、残撃符‥‥風姫」 清水の泉がごとき冷静な口調で、青嵐がまた別の「式」を呼び出した。 「‥‥風姫、この血の民の発する怨嗟の声を刃に込め、災いを滅ぼすまで絶ち斬る事を命じます。我が錬力が続く限り‥‥切り刻め!」 烈風が、青嵐のかざした手から放たれる。それは烈風の刃と化して、怪狼を切り刻む! 疾風怒濤の情け容赦なき攻撃、それは怪狼を完膚なきまでに切り裂き、切り刻み、すり削り、微塵と化した。 怪狼の断末魔とともに、開拓者たちは悟った。自分たちが勝利した事を。 戦い終わり、一行は屋敷内、そして村の内部を可能な限り探索した。その結果、新たなアヤカシの姿は認められず、痕跡を見つけることも無かった。 「どうやら、終わったみたい、ですね‥‥」 「ああ、そうだね。けど‥‥」 那木に対して、小伝良は浮かない顔を浮かべていた。 「だけど‥‥」 だけど、死んだ村人たちは戻ってこない。そして、村人たちの屍は今だ放置されている。その事を思い出し、那木はつぶやいた。 「出来るだけ、弔ってあげたいな‥‥。祀、手伝ってくれる?」 「あ、うん。もちろんだよ、照日‥‥」那木の言葉に、虚祁がうなずいた。 その後、この村には人が住むことは無くなった。 村の入り口には慰霊碑が建てられ、アヤカシそのものも出没することは無くなった。 今もこの村は、無人のままである。 |