代筆したは良いものの
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/14 22:05



■オープニング本文

 困った。
 何が困ったって、ややこしい人間関係を理解する事ほど、困ったことはない。
 さもなければ、もっと困ったことになるだろう。

 そこは、五行は矛陣から少しばかり離れた、寂れた村。その村の雑貨店兼、万引き受けのなんでも屋。「栗粉雑貨」。
 店主の栗粉は、気は優しく正直者だが、仕事の手は遅く、要領が悪い。金勘定も時間がかかり、動作ものろい。
 そのため、子供のころに陽天に奉公に出されても、店側から「覚えが悪い」と散々な言われようだった。それでも家に戻り、父親がやっていた店を継いだ。
 栗粉雑貨は、人口の少ない村にとっては大事な場所。特に村の住民ほとんどを占める年寄にとっては、なくてはならないものだった。
 相変わらず動作も仕事の処理も遅い栗粉ではあったが、それでも誠実に、彼なりにできる範囲で仕事をこなしていった。そのかいあって、村人たちは栗粉を信頼し、買い物には必ず栗粉の店を使うように。

 さて。そんな栗粉だが、彼の仕事の一つに、村人たちの手紙の代筆も行っていた。
 十年ほど前は、それなりに需要があった。畑仕事が忙しい老人たちにとって、祝い事や法事の手紙を書いたり、相手への返事や礼状を書いたりするのに、栗粉の代筆業は重宝するものだったのだ。
 だが、今は頼む老人たちはいない。ほとんどが亡くなっていたのだ。
 現在のほとんど唯一の客は、馬黒という名の村人。
 莫大ではないが結構な土地と財産を持つ彼は、昔はそれなりに羽振りもよかったらしいが、今ではただの田舎の老人。だが、羽振りの良かったころには数多くの人間と知り合っており、今でも手紙をやり取りしている。
 また、本人も何度か結婚・離婚の経験があるため、子供や孫が義理含めややこしいことになっていた。たとえば、かつて息子を一人もうけた時。相手と離婚して、別の女性と知り合い再婚。しかしその女性には娘がおり、その娘と互いに恋仲になり、再び離婚し娘と再婚‥‥といった具合に。
 ちなみに離婚された女性は、黒馬の息子と恋仲になり、彼女は息子と再婚。二人の間には子供ができた、という。その子供の名は、馬白といった。

「で、ですね。その、馬白さんに、手紙を出さないと、ならないそうなのです」
 ギルドの応接室にて、依頼内容を伝えに栗粉が来訪していた。
「詳しく、話すと、長くなるので、短く、しますが。あ、でも、決して、説明を、したくないとか、そんなつもりは、ないですから。えっと、その、ですから、わかっていただければ、と」
 受付の人間は、通す時に『苛立つ依頼人です』と言っていたが、その気持ちが君たちにも多少わかる気がした。
 もっとも、悪意は伝わってこない。この件もまた、馬黒という老人のためを思ってのことで、彼のために自腹を切って頼みたいとの事だ。

 彼の説明を整理すると、要は先述の『馬白という相手に、残る財産を譲りたい。そのため、その旨を記した手紙を代筆し、本人へと届けてほしい』『そして、手紙を渡したら、すぐに自分のところへと連れてきてほしい』というものだ。
 だが、問題点がいくつかあった。
 一つは、馬黒の親族で「馬白」という名の男は、三人いる事。「義理の息子で弟」と、「義理の弟で孫」と、「義理の兄で孫」。財産を譲りたいのは、そのうち一人。
 前述の「自分(馬黒)の息子が、自分が再婚し離婚した相手の女性と結婚し、できた子供」の馬白で、その他の二人には絶対に金を渡したくないという。なんでも過去に、かなりひどい事をしたらしく、互いに心底憎んでいるとの話。
 二つは、その三人の居所はわかるが、まったく三方の逆方向に、しかも遠くで、なおかつ危険な場所に住んでいる事。早馬で向かっても、ぎりぎり二日かかるという。往復したら最低四日はかかる。
 三つは、早くしないと馬黒は亡くなってしまう事。彼は数日前、代筆を頼んだその日に倒れ、意識を失っていたのだ。今は何とか小康状態になったものの、もう長くはないという。意識もあまりなく、言葉を交わす事も難しい。
 今ギルドを出発して現地について、残りは四日。それ以上の延命は無理だという。しかも、それぞれの住んでいる場所には、少なからずアヤカシが出るという噂。

「寿命が、寿命でして。これ以上は、無理できない、との事で。どうかみなさん、お願いできませんか?」


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔


■リプレイ本文

「義理の息子で弟」「義理の弟で孫」「義理の兄で孫」。
 馬黒の肉親で、馬白という名の者は、上記三名。
そのうちの一名の居住区へと向かう予定の、四人の開拓者。彼らは今、目的地へ赴かんと馬に乗るところだった。
 柚乃(ia0638)、巫女にして、穏やかな顔つきの美少女。彼女は、跨っている馬の和毛を優しく、ねぎらうように撫でている。
「お馬さん。今回は‥‥よろしくね」
 そんな彼女の意図をくみ取ったのか、馬はブルルっと鼻を鳴らした。

「ええと、ややこしくって悩んじゃったんだけど‥‥皆、一致かな?」
 出発前。皆で向かうべき馬白が誰かを確認する時の事。
「はい、俺は『義理の弟で孫』だと思います」
 ‥‥と答えるのは、泰拳士の青年、菊池 志郎(ia5584)。
「私も、菊池さんの結論で間違いないと思いますよ」
 志士の少女、フェンリエッタ(ib0018)が、志郎の言葉を肯定する。
「ええと、その、どういうこと、でしょうか?」
 同席した栗粉が、疑問符を浮かべつつ説明を求めた。
「ううっ、あたしもちょっと、頭がこんがらがっちゃうよ!」
 栗粉同様に説明を求めているのは、ジルべリアからの少女。魔術師、リィムナ・ピサレット(ib5201)。
「馬白さんは、馬黒さんの息子の息子です。なので、『孫』になります」
 志郎は、紙と筆とを取り出し、そこに家系図のようなものを書き始めた。
「また、馬黒さんの、現在の妻の母親が生んだ息子なので、馬黒さんにとっては『妻の弟』、という事になります。つまり、妻の弟=義理の弟になりますね」
 志郎の説明を引き継ぎ、フェンリエッタが説明する。
「『実の息子の子=孫』『妻の異父弟=義理の弟』。したがって、『義理の弟で、孫』というわけですよ」
「うん! あたしも『義理の弟で孫』だと思います!」二人の説明を受けて、リィムナが理解したとばかりに元気よく言った。
 が、肝心の栗粉はまだどういう事なのか、理解できてはいないようだ。
「ええと、馬黒さんの息子が、結婚してできた‥‥子供の、子供? でも、馬黒さんは、娘と結婚してるから、妻の、子供で、息子の、兄弟‥‥?」
 もたもたして悩んでいる栗粉に、リィムナが元気と笑顔で言葉をかけた。
「栗粉さん! ややこしい内容を伝えるときは、図に描くのも一つの手ですよ!」
「あ、ええ、そう、ですね。でも、まだ、よくわかりません‥‥」
 しょんぼりした栗粉に、元気づけんと柚乃が今度は声をかける。
「と、ともかく。私たちは『義理の弟で孫』の馬白さんのところに行ってきます。馬黒さんの望みをかなえるために、私たちも頑張りますから!」

 かくして、次の日。
 四人はギルドから借りた馬を駆り、アヤカシがうろついている森へと向かっていった。そこに、目当ての馬白が住んでいるという。
「調べる時間がなかったけれど‥‥どんなアヤカシなんでしょうか」
 心の中で、相対するだろうアヤカシの事を考える。柚乃が想像するは、おぞましき化け物の群れ。そんなもの相手に、倒すことができるのか。
 いや、悩んでも始まらない。できる事を行うのみ。
「菊池さんは頼りになりそうだし、フェンリエッタさんも強そう。リィムナちゃんは魔法が使えるんだし、これだけそろっていれば、なんとかなるかも‥‥」
 いや、なんとかしなきゃ。依頼人の、馬黒おじいさんの望みをかなえてあげたいから。
 そのお手伝いができたらなって、笑顔を見せてくれたらいいねって、思うから。
 柚乃の思いを受けたように、馬は疲れることなく走った。走り続けた。

「‥‥大丈夫、この辺りにはアヤカシはいないようです」
 一日目の終わり。
 予定が遅れたため、真夜中過ぎまで歩き‥‥普通の森の内部までたどり着いた。そして、大木の根元に赴くと、そこで一夜を過ごすことに。
 馬を近くにつなぎ、二人づつ交代に見張るとなったため、柚乃がそれを受け持った。カンテラの灯とたき火の炎が、周囲に優しい光を灯す。
「それでは、おやすみなさい」
 二人が寝付いたのを確認し、リィムナと柚乃とが見張りに立った。
「瘴策結界『念』‥‥大丈夫のようね」
 瘴策結界が、周囲の瘴気を読み取り、安全という情報を柚乃へともたらす。今のところは、アヤカシとそれに準ずる存在は無いようだ。
「無事に、馬白さんを連れ戻せれば良いわね。リィムナちゃん‥‥リィムナちゃん?」
 返事がない。見ると、リィムナは疲れたのか、そのまま眠ってしまっていた。

 一夜明け、次の日。
 周囲にはあからさまに瘴気が多くなり、柚乃は感じていた。瘴気に侵された木々や草花、大地の様相を。
 馬が走るとともに、景色が変化しつつある。それは、馬白の住まいが瘴気の森に近い場所、ないしは内部にあることを予想させた。
「本当に、このような場所に人が‥‥?」
 と、柚乃は心配していたが‥‥いた。「とりあえず、そこに存在する」というような、自然の摂理を無視するような者が。
「‥‥? どちら様で」
 魔の森、それにほど近い場所に建っている小屋。それを発見した一行は、住民に話を聞こうとすると‥‥発見した。
 彼こそが、馬白、馬黒が探していた人物だったのだと。

「なるほど、そういうことですか」
 馬白は、落ち着いているんだか、冷静なのか、それとも無関心なのか。よくわからない口調と態度とで皆に接していた。
「そういうわけなので、一緒に来ていただけますか?」
「そうですね、祖父‥‥いや、兄の‥‥いや、その両方を兼ねた存在として、やはり放置はできないですし。すぐに行きましょう」
 説得の必要はなかった。すぐに行こうという言葉通り、彼はすぐに用意を整え、すぐに柚乃とともに戻ることを選んだのだ。
「これで、あとはこのまま‥‥」柚乃は安堵しつつ、今度はまたも不安が首をもたげてくるのを感じていた。
 まだ出会ってないアヤカシ、それはいったいなんなのか。

「アヤカシ? ああ、あまり強いやつじゃあないですよ。雑魚敵ってのがあるなら、まさにそれって感じです」
 三日目の夜。キャンプを張り、テントを張る。ごくあたりまえの状況。
 しかし、馬白は落ち着いている。
「そうですか‥‥あ、お茶をどうぞ」
 柚乃が、お茶の入った湯呑を柚乃へと手渡した。
「これはどうも。‥‥ん?」
 お茶を一口飲んだ馬白。とたんに怪訝そうな表情を浮かべる。
「どうしました? こちらは『陽香』って有名なお茶なんですけど」
「あ、いえ。ただどうも、嫌な予感が‥‥」
 それを聞いた、次の瞬間。
「敵です!」
 見張りに立っていた志郎が、叫んでいた。

 周囲が暗くなり、周辺を見張っていたところ。
 志郎は暗視で、フェンリエッタは心眼で、そいつらの姿を見つけた。群れなす狼の姿を。だが、そいつらは狼などではない。狼の姿をしたアヤカシ、怪狼だ。
 まだ遠巻きだが、じょじょに柚乃たちを囲み、逃げ道をふさごうとしている。
 どうする、このまま戦って切り開くか。
柚乃はすぐに悩むのをやめ、するべき行動をとることに。すなわち、戦うために心を切り替えたのだ。

 リィムナが、魔杖ドラコアーテムを構え、呪文を唱える。
「‥‥メテオストライク!」
 呪文は効果を発揮し、目前のアヤカシの群れへと、巨大な火炎の球が降り注いだ。途端に、強烈に熱い熱に覆われ、地面を焼いた。
 それとともに、数多くのアヤカシが焼かれ、霧散した。
 が、まだ多くの怪狼が、遠巻きに襲い掛からんと迫ってくる。狼は辛抱強い狩人、獲物が隙を見せるまで粘り、隙を見せたらいきなり襲い掛かって仕留める殺戮者。
 狼の名を持つこのアヤカシどもも、その点に関しては普通の狼と同様だろう‥‥と、皆は感じていた。
「今のうちに、すぐに逃げよう!」
 リィムナの言葉が終わらぬうちに、柚乃と馬白、リィムナ自身は馬にまたがった。が、志郎とフェンリエッタの準備が終わらぬうち、怪狼どもが駆けつけてきたのだ。
 唸り声をあげてかみつこうとする、そのおぞましき化け物ども。が、二人はそれに気圧されることなく、恐怖におののくことなく、迎撃するために体が動いていた。
 残無の忍び装束に身を包んだ志郎は、忍者刀「風魔」と天狗礫を、フェンリエッタは胸鎧「マーセナリー」で身を固め、光輝の剣を携えている。
 五匹の怪狼が、二人へと襲い掛かる。が、それより早く踏み込んだ志郎が、「風魔」の刃を薙ぎ払った。
「‥‥『影』!」
 とたんに、二匹の怪狼の頭部が切り飛ばされた。残る三匹が、一瞬躊躇するようにたたらを踏む。
「はーっ!」
 気合一閃、今度はフェンリエッタの剣が三匹を切り捨てる。
『白梅香』
 梅の香と、白く澄んだ気をまとった、精霊力を帯びた清浄の刃。それが、黒くおぞましき瘴気を浄化し、消滅させたのだ。
「よし。行きましょう!」
 呼吸を整えた二人が、自分の馬にまたがり手綱を引いた。
「‥‥またくるよっ!」
 が、リィムナが新たな怪狼の群れを発見した。その中の、ひときわ大きな怪狼は威嚇するように吠え、一行の退路を塞ぐようにしてたちはだかる。
 が、考えるより先に、柚乃は動いた。
「白霊弾!」
 彼女の掌より、光弾が放たれる。それは怪狼に当たり、そいつに痛手を食らわせた。
「散華!」
 それに追随し、志郎が天狗礫、ひし形に削られた石礫を投擲する。それは怪狼の眉間を貫通する。
 リィムナがとどめの一撃を、雷の一撃を解き放った。
「アークブラスト!」
 怪狼が霧散するのを見て、安堵のため息を漏らした。そして、すぐに気を引き締める。
「さあ、今のうちに!」
 まだ怪狼は周囲にいる。それらすべてを倒すより、優先すべきことがある。それを行わねば。
 柚乃が馬を走らせると、他の皆もそれに続いた。

 そして、後日。
「ありがとう、ございました」
 栗粉が、何度も礼を述べ、頭を下げる。
 馬黒は満足して、そのまま逝った。皆が選んだ馬白、それこそが馬黒が望んだ相手に相違なかったのだ。
 そして、遺産を受け取った馬白。彼はそのまま栗粉の近くへと、村へと引っ越す事になった。
「あそこも最近、瘴気が濃くなってきましたからね。こちらに引っ越すのも悪くないでしょう」
 それだけでなく、遺産の一部を用いて栗粉の商売を手伝う事に。
「昔、商売をやってたものでね。また復帰するのも、悪くはないですよ」
「ええ、これでまた、がんばれます。これも、みなさんのおかげです。ありがとう、ございました」
 礼を述べる栗粉。その様子を見て、どこか安堵を覚える柚乃たちだった。