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■オープニング本文 石鏡の中心部、三位湖。そこから南下した場所には小さな村があった。 その村、土槌村では春を向かえ、新たな一年の生活に向けて皆それぞれ過ごしている。そんな中で、事件が発生した。 かつて、この村の近くで、事故が起こっていた。 暴風雨の夜。それが止み、晴れた次の日の昼。森にて遊んでいた村の子供たちが、最初にそれを発見した。 それは、数台の牛車。村の南側には森があり、そこには沢がある。昼間はともかく、夜になると道を踏み外し、沢の底へと転倒してしまう事が多かったゆえ、近場の人間は注意していた。 が、牛車に乗っていた数名はそうではなかったようだ。道の端が崩れていることから、昨日の嵐の中を無理に進もうとして、滑って落ちてしまったに違いない。 村の人間達は、注意深く沢の底に下りて調べてみたが、生存者は居なかった。皆、首や全身の骨が折れて、死んでいるのが明らかだったのだ。五行から北上しているところ、ここで転がって運悪く落命したのではなかろうか。 その人相もまた、良いとは言えない。陽天や歴壁にいつも向かう行商人の村人たちは、町中で彼らの似顔絵を見た事があった。 「こいつらは、脱走した盗賊みたいだね。おそらく無理に逃げているうち、悪路だって事を知らずにここに踏み込んじまったんだろうよ」 後で調べたところ、確かに彼らはけちな小悪党たちであった。が、村人に出来る事は、死者を埋葬してやる事くらい。かくして、死体は村の共同墓地に手厚く葬られた。 それから数日後。 戸永は、娘の葦菜とともに村の畑を耕し生活している農夫。飼っている牛とともに、今日もまた一日の仕事を終えていた。 「今年の畑の様子はとてもいい。去年よりも収穫が見込めそうだ」 父親の言葉に、葦菜は微笑み、頷いた。 「そうですね、父様。今年は何か、よいことが起こりそうです」 土は耕され、種も蒔いた。あとは無事に実ってくれれば言う事無し。 やがて、日が傾き。二人はいそいそと帰り支度を始めた。 「そういえば、知っているか? 村はずれに住む短駕のやつが、怪我をしたって話は」 帰り道すがら、戸永が語り始めた。 「いいえ、初耳ですけど」 「なんでもな、一昨日前に村の酒場で酔っ払って、家に帰り着いたら化け物に襲われた、とかいう話だ。昨日になっても畑に出てこないもんだから、仕事仲間が家に行ってみたら、家が吹っ飛ばされていたらしい」 短駕によると、酔って家に戻る道すがら、街道から何か巨大なものが走りこんできたという。近づいてくるそいつを見て酔いが覚めた彼は、家に逃げ帰るが、家に体当たりして破壊。それでも足りないかのように畜舎にも体当たりを食らわせ、内部の牛や馬ごと破壊した‥‥という。 家から這い出して逃げ出すも、別方向から、別の何かが突っ込んできて、体当たりされ‥‥森の木々に叩きつけられてしまった。 「ひどい怪我を負ったが、幸い命には別状はなく、今日は村の医院で手当てしているとの事だ」 「まあ、怖いですね」 「ま、アヤカシか、あるいはどでかい牛か何かかもしれんが。わしらも気をつけんとな」 しかし、彼らは考えもしなかった。 自分たちが、噂していた『そいつ』に襲われるなどとは。 年老いた牛とともに、戸永と葦菜が村にたどり着いた頃には、日が暮れて夕闇が広がっていた。 が、いつもの夕闇とは違っていた。違和感が二人に忍び寄り、強い不安となって二人をと惑わせていたのだ。そしてそれは、具体的な形を伴い、姿を現しつつあった。 最初に『音』。 そして続き『気配』が、彼らに伝わってきた。それらは『そいつ』の存在を、嫌でも感じさせるものだった。 夕闇の中。『そいつ』の存在が、大きく強くなりつつあった。 それは一見すると、朽ちかけた木材の塊のよう。しかし、かろうじて原型を保っていた。牛車という名の原型を。 その朽ち具合から、前面には顔が浮かびあがっているように見えた。そしてそれを見た者は、ほぼ同じ印象を覚えてしまう。この世にある全てのものを、憎み、破壊し、打ち砕かんと吼えているような印象を。 実際のところ、『そいつ』はまさにそれを行わんと徘徊しているのだった。 ガラガラという音を響かせつつ、そいつは体当たりをしかけてくる。巨大な車輪を回転させつつ、地面をえぐり、土ぼこりを立て、そいつは見せ付けていた。己がただの無機質な「牛車」でなく、「牛車」の形をした異様なる異形の存在である事を。 「な、なんだあいつは!」 戸永は、なんとかして家まで逃げようとした。が、引いている牛が中々動いてくれない。もとより年老いた牛で、走る事はもちろん、歩く事すら困難な牛なのだ。今もぜいぜいと息をして、倒れそうなくらい。 「父様!」 「葦菜! お前は早く家の中へ! わしが引き付ける‥‥」 戸永が言えたのは、そこまでだった。 『そいつ』、すなわち、アヤカシ・朧車は、牛ごと戸永に体当たりして弾き飛ばしてしまったのだ。 「‥‥牛は空高く放り出された後、地面に叩きつけられて絶命しました。父様は幸い、そこまでひどくはやられませんでしたが、放り投げられて落ちる時、木の枝に叩きつけられてひどい怪我を負ってしまいまして。今は、立ち上がれず寝たきりになっています。しばらくの間、畑仕事はできない‥‥と、お医者様に言われました」 ギルドに赴いた葦菜は、依頼内容を説明していた。 「そして、あれから数日。あいつらは毎日のように現われては、まるで村人達を苛めるかのように破壊活動を行っています。皆さんにお願いします。どうか、あのアヤカシを退治してください。そして、安心できる生活を取り戻してください!」 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
七里・港(ia0476)
21歳・女・陰
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
志宝(ib1898)
12歳・男・志
浄巌(ib4173)
29歳・男・吟
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ |
■リプレイ本文 村に、暖かい日差しが降り注ぐ。 だが地面には、大地をえぐるような荒々しい轍が付いていた。 村人たちは、住居に補強工事を施している。 「すまん、そこのあんた。ちょっと聞きたい事があるんだが」 通りがかった風雅 哲心(ia0135)が、村人へと声をかけた。彼の後ろには、二人の女性‥‥陰陽師、七里・港(ia0476)と、白銀の髪を持つジプシー、アムルタート(ib6632)がいる。 「例の、朧車を退治しに来ました。何かご存知でしたら教えてはくれませんか?」 「今晩、悪い奴らをぶっ飛ばすからねっ! そのために、ちょこっと協力してよ!」 港が丁寧に訪ね、アムルタートは元気良く勢い良く問いかけた。そのジプシー少女の口調に若干びっくりしつつも、村人は工事の手を休め、三人の開拓者へと向き合った。 「ここが‥‥現場ですか」 見習い志士の少年、志宝(ib1898)が周囲を見回した。 「怪しや、怪しや。壊れし牛車の姿が見えぬ。されど見えるは、轍と我楽多のみ」 被った笠で顔を隠した、僧姿の男‥‥浄巌(ib4173)が、現状を口にする。 「ふーむ、ちょっと降りて調べてみませんかー? ボクは降りてみまーす」 かわいらしい口調と美しき金髪を持つ、ジルベリアからの陰陽師が行動に移った。 カンタータ(ia0489)たちが今居るのは、森の中。そして、その中にある事故現場。周囲には木々が生え、通路はやや狭いその場所。昼なお暗いそこは、牛車や荷馬車で進むには危険な道であった。 道の脇は浅い崖となっており、荷馬車が滑り落ちたら上がるのは非常に困難だと、案内役の村人は説明した。 「このあたりは、道が狭いものですから‥‥滑って落ちてしまう事も少なくは無いんです。夜には近づきません」 崖と言っても切り立っているわけではなく、急斜面の土手に近い。浅いため、徒歩の人間ならばそのまま落ちても這い上がる事は可能だが、荷馬車や牛車の類ならただではすまないだろう。 しかし浄巌が指摘したとおり、そこには轍の跡と、事故の際に散らばったガラクタが散乱するだけ。肝心の牛車自体は消えていた。 「人は、運び出して共同墓地に埋葬しました。牛や馬は重くて大変だったので、遺体は焼却し、近くに埋めています」 村人が説明する。確かに、近くには掘って埋めた跡が見られる。 浄巌と志宝もまた、崖下に降りた。そして、周囲をつぶさに調査し始めた。 「で、何かわかった事は?」 村、その中心部。 一通りの調査を終えた一行は、村中心にある集会場に集まり、中途報告していた。 「んー、現場に行ってみたけど‥‥確かに牛車そのものはなくなってたねー」 哲心の言葉に、カンタータはかぶりをふった。 カンタータたち三名は、事故現場の周辺を捜索したものの‥‥芳しい発見は無かったのだ。 「左様。悪党落ちし事故現場。此度に探して見たものの、牛車の姿は何処かに。されど此れなる書付を、現場に見つけ今ここに」 浄巌が謡うような口調とともに、書付を差し出した。 「これは?」 「土の中になかば埋もれてたのを、発見しました。どうやらこれは、もとの持ち主‥‥牛車に乗っていた小悪党たちの日記か何かみたいです。中身は汚れ破れてて、ほとんど判別はできなかったけど‥‥」 それでも、わずかに読めるところがある。志宝の言葉を聞きつつ、哲心たちは中を改める。 「何て書かれてんの?」 「ええと‥‥盗んだ品物をどうさばくか、とか、次にどこを襲おうか、とか、そんな事が記されていますね」 アムルタートの問いに、中身を改めた港が答える。文面を指先でなぞり、たどっていくうちに‥‥彼女は、指を止めた。 「‥‥もしもこの書付を信じるなら、牛車の数がわかりました」 港の指先には、一文があった。 五台の牛車を奪い、逃げ出したという記述に。 「さて、と」 荷馬車に寝そべっていたアムルタートは、半身を起こした。 森に隣接している、村の出入り口。 その周辺には倉庫や納屋がまばらに建ち、南下すると森へと続く道がある。その道のど真ん中に、あえて目立つように荷馬車が置かれ、その荷馬車にはアムルタートと港が座っていた。 老朽化しているその荷馬車は、村人の一人から譲り受けたものだ。アムルタートは今までそれに寝そべって星空を見上げていた。が、それに飽きると起き上がり、地面に飛び降りた。 「きれいな星空、絶好のステージだねっ」 「あの、アムルタートさん? 一体何を‥‥」 港の問いかけは、アムルタートが踊り始めた事で止まった。 「こんな夜空の下なら、踊りたくなるってものよ。踊ると気分が落ち着くの。それに楽しくて、何があっても大丈夫って思えるんだ」 ジプシーの少女は、自らの手を叩き、地面を踏み、新たな音楽を奏で始めた。腕が空気を凪ぎ、脚が大地を叩く。そして、自らが奏で始めた音楽に身を任せ、彼女は舞い始めた。 夜に騒ぐのはちょっと‥‥と港は思ったが、自分たちは囮。目立つのならなおの事都合がいいと、考えを改めた。 一行が立てた計画は、囮作戦。 港とアムルタートを囮に、朧車を誘き出し、周囲で待ち伏せている他の仲間達が迎え撃つ。 見つけた書付が正しければ、朧車‥‥の素体となった牛車は五台。 村人達には、情報収集に聞き込みする際、今晩は外に出ず、しっかりと戸締りしておくようにと伝えていた。朧車が小屋へと攻撃しない限り、無駄な犠牲者はこれ以上出まい。 後の問題は、この作戦がうまく行くかどうか。港は不安を覚え、哲心らが隠れている周辺へと視線を向けた。 が、いきなり思索は中断した。 アムルタートが、港の手を引き立たせたのだ。 「港も一緒に踊る? 楽しいよ!」 そして、返事を待たずにアムルタートは、港の手をとり共に踊る。 「わ、私は‥‥」 結構ですと言おうとしたが、ジプシーの少女と動き回るうち、港は自分の不安が消えていくのを感じた。 「そうそう、もっと軽やかに‥‥うんっ、いい動きになってきたじゃない!」 「え、ええっと‥‥こ、こんな感じ?」 二人の少女が踊る様は、ちょっとした舞踏会のよう。ぎこちない港の踊りは、やがてアムルタートに引かれるように軽やかなそれへと変化していった。 「二人とも、何をやってるんだ?」 近くの木の陰に隠れていた哲心は、二人が踊り始めたのを見て怪訝そうに呟いた。 「でも、楽しそうですねー。ボクも一緒に踊りたいなー」 待つ事に退屈しかけていたカンタータが、二人の様子を羨ましげに見つめ呟く。 浄巌と志宝の見張っている場所からも、その様子は見えた。 「さてもさても、我らが仲間。朧なアヤカシ釣り出す為に、星と月とを背にして踊る。二人の少女が舞うこの舞台。我らの獲物は食いつくなりや?」 くっくっと喉の奥で笑いつつ、浄巌もまた静かに呟く。 志宝も、浄巌からそう離れていない場所から、踊りに見入っていた。 「二人とも、大丈夫かな‥‥。踊っているうちに出てきたりしたら‥‥」 志宝が見守る中、二人の舞踏は続いた。 やがて、数刻。 「‥‥!?」 アムルタートが、何かを感じた。それを感じ取った港もまた、踊りを休めず周囲に注意を移す。 森の深部より。ガラガラと不快な音が聞こえてきたのだ。それはかすかな音だったのが、次第に大きく、はっきりとしてくる。それは徐々に、接近して来ることを意味する。 「おいでなすったか。絶対に‥‥逃がさねぇぜ!」 哲心がつぶやく。彼のみならず、既に浄巌、カンタータ、志宝も気づいていた。その不快なる音と、その主の存在に。 港の視界に、不快な音を立てる存在が入る。そして、アムルタートもそれに気づきつつ‥‥気づいていないかのように、舞踏を止めない。 接近して、その姿が月下に露わとなった。そこにあるのは、巨大な塊が疾走している情景。 怪物と化した牛車が、地面に轍を刻みつつ、木々にぶつかりつつ、悪意ある存在となりて走りまわっていたのだ。 牛車はところどころが壊れかけ、自らの力で車輪を回転させて移動していた。ガラガラという車輪の回転音は、まるで咆哮しているかのよう。崩れかけた牛車の前面が、醜い人間の顔を思わせた。 「数は‥‥三体。情報が正しければ、後二体がまだ潜んでいるか?」 哲心は周辺を見回すが、それらしい存在は見当たらない。志宝たちもまた同様に周囲を見回すが、やはり朧車らしき存在の姿は見られない。 いや、今集中すべきは目前の敵。そう思い直した開拓者達は、目を閉じ、眼を開いた。 浄巌の口より、歌が奏でられた。 「騎士の魂」。折れぬ心を植えつけるまじないが、皆の心を強くする。 アヤカシを狩る存在となりて、彼らは戦いの場へと踊りだした。 牛車には、それぞれ異なる絵柄が‥‥「猪」「鹿」「蝶」が描かれている。それらは恐ろしげな模様となって、朧車の表面を飾っていた。 三体のうち、先頭から突っ込んでくるのは「猪」の紋章が描かれた朧車。その横に「鹿」が、二体の後ろからは「蝶」が付き従う。 本物の猪よろしく、「猪」の朧車は一番乗りとばかりに、突撃し突進を仕掛けた。その目標は、道のど真ん中に止まる荷馬車、そしてその前で踊っている二人の少女。 が、それにあと少しの距離に接近した、その瞬間。 「猪」は予想外のものに派手にぶつかり、弾かれた。 「結界呪符『白』」‥‥ッ!」 白き壁が、アムルタートと朧車「猪」との間に、いきなり出現したのだ。土蔵の土壁に頭突きした猛牛がごとき、「猪」は派手にぶち当たり、きりきり舞った。 「‥‥誇張した目撃証言かと思ってたけど、そうでもなさそうだねー」 たった今、結界呪符を放ったカンタータが、朧車の群れを見て呟いた。 囮で待ち伏せる事前、皆は目撃証言を集めていた。カンタータは短駕に会い、その証言を得ていたが‥‥彼の言葉に嘘は無かったと実感していた。 呪符によって生じた壁が、「猪」の突進を止めるとともに、打撃を受け霧散していった。が、「猪」の脇を並走していた「鹿」の朧車が、壁を迂回し獲物へと襲い掛かっていた。 凄まじい化け物が、高速で突進してくる。それも、自分に向かって。 普通の人間ならば、恐怖に身体がすくみ動けなくなるもの。だが、開拓者は違う。彼らは恐怖を律し、そして戦いの場へと己を鼓舞し躍り出る力を持つ者たち。彼女も例外ではない。 すっ‥‥と、軽やかな動きとともに、アムルタートが舞った。舞った後、朧車の攻撃は空振りとなった。 シナグ・カルペー。布を翻したような舞が、朧車を幻惑していく。惑わされたアヤカシは、そのまま彼女の後ろに立つ大木の幹へともろにぶつかってしまった。 隙を与えず、アムルタートの二撃めが「鹿」へと放たれる。太股を露にした彼女は、そこに隠していた鞭を取り出し、振るったのだ。 「それ! 絡まれ! 『ラティゴパルマ』!」 解き放たれたニードルウィップが、獲物に襲い掛かる蛇のように宙を躍り出る。それが、「鹿」の車軸に絡まり、動きを止めた。 すかさず、哲心が躍り出た。その手に握るは、名刀「鬼神丸」。 「雷鳴‥‥剣!」 刀の刀身に雷電が帯び、稲妻の刃となりて振り下ろされる。 「鹿」から叫びが響く。片方の車軸を破壊され、朧車は移動能力が減退した。 「止めだ! 秋水!」 澄んだ水面のごとき刃が、朧車「鹿」の邪悪な魂を両断し、止めを差す! 「次は‥‥?」 次なる朧車を迎撃せんと、哲心とアムルタートは敵へと視線を向けた。 が、二人が見たのは、衝撃から立ち直った「猪」、そして後ろに控えていた「蝶」とが、仲間の仇を討たんと追撃する姿。 迫り来るそれらが、新たな破壊をもたらす寸前。 「呪縛符!」 後方に控える港の符が「猪」の動きを鈍らせた。間髪入れず、カンタータが召還した式が、雷を呼ぶ。 「雷閃!」 強烈な雷撃が朧車へと直撃し、新たなる負傷を食らわせた。 雷の援護を受けつつ、哲心とアムルタートは剣と鞭とを振るう。「猪」も討たれ、残る「蝶」もまた車輪を壊されつつあった。二人は、武器を振るう一閃ごとにアヤカシの邪悪なる命が削られ、霧消していくような感覚を覚えていた。 「後の二体、一体どこに‥‥?」 三体の朧車と、それと戦う仲間達をよそに、志宝は周囲を見回していた。 情報が正しければ、朧車の総数は五つ。うち三つは現在交戦中。残り二体は何処? 心眼を駆使して、先刻から周辺を警戒しているものの、それらしい存在は見当たらない。 このまま、見つからないのか。そう思った矢先。 「志宝、後ろに接近するものあり。十分警戒されたし!」 浄巌の鋭い言葉が、耳に突き刺さった。 振り向いたところ、森の中を走る何かの姿が。心眼を用いているため、暗い中でもそいつの姿は見て取れた。 それは、残りの朧車。猪鹿蝶の三体と比べ、元の牛車のつくりが小さめかつ細長い。そのため、森林内でも走り回る事を可能としていた。 それらにはそれぞれ、「鶴」「亀」が表面に描かれている。その片方、「鶴」が二人を認めると、二人に向かい体当たりを仕掛けてきた。 浄巌は、すぐに落ち着き、「闇のエチュード」を口より奏でる。 志宝は落ち着きを取り戻すまで、時間が必要だった。3秒もかかったのだ。 直列して襲い来る二体の朧車。その鼻先へ最初に攻撃したのは浄巌。 「烈風裂斬、これを受けよ。『斬撃符』‥‥!」 カマイタチのごとき式が、手裏剣のように放たれ、斬、斬、斬と朧車に切りつける。 続き志宝が、用意していたそれを取り出した。 「はっ!」 火のついたそれを、「鶴」は鼻先で受け止める。次の瞬間‥‥志宝が放った焙烙玉は大爆発を起こし、アヤカシを吹き飛ばした。 志宝はその様を見て、怪物が絶命した悲鳴が聞こえた‥‥ような気がした。 残る「亀」は、まるで躊躇するかのように動きを止めるが‥‥それは一瞬だけ。再び突進するが、それは別方向からの力強き一撃により阻まれた。 「これで終わりだ。雷撃纏いし豪竜の牙、その身に刻め!」 哲心の剣の一撃が、「亀」を切り裂き‥‥止めの一撃がほとばしる。 「雷光‥‥豪竜斬!」 輝き唸る雷光、竜をも両断する一刀が、最後の朧車を切り捨てた。 「本当に、ありがとうございました」 葦菜が、何度も礼を述べる。 「他にいないか調べてみたが‥‥もう、大丈夫だ」 「ええ、朧車は全部倒しました。皆さんの生活を脅かすものは、もう居ませんよ」 哲心と港が、葦菜へと事の次第を報告する。 「これで、父様も、そして村の皆も安心できます。皆様のおかげです、本当にありがとうございました」 何度も礼を述べる彼女を見て、自らの戦いが人の役に立った事を実感する開拓者達。 だが、事故の現場へ訪れている者が一人、いた。 「死者の魂に、安らぎを‥‥」 バイアオーラ。鎮魂の舞。 死者への哀悼と、魂の安らぎを願いつつ、アムルタートは粛々と舞っていた。 |