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■オープニング本文 五行。陽天‥‥へと続く、街道。 魔の森を臨みつつ進む、隊商の一行。この道はちょっと危険だが、多少の近道にはなる。 年が明けて、彼らは陽天から離れた町で働き、そしてそれに見合っただけの儲けを得た。そして儲けを出した彼らは、儲けた売上金と仕入れた商品とをどっさり積み込み、陽天へと向かっていたのだ。 陽天にある商店‥‥「蒲生商店」の陽天本店。そこでは、店主の蒲生譲二郎がその帰りを首を長くして待っているに違いない。以前は若干儲け主義に傾いていた店主だが、今は良心的な商いを信条としている。 その信条に答えんと、彼らもまた先を急いでいた。この売り上げと仕入れた商品とを眼にしたら、きっと店主も喜ぶに違いない。 特に薬が入った箱は、是が非にでも届けなければならない。陽天の医師たちからの注文で、すぐにでも治療用の薬が大量に必要だという事を、二人とも聞いていた。 「そういえば、知ってるか? このあたりにはお宝が隠されているんだぜ?」と、隊商の一人が言った。馬に引かれて、陽天へと向かう荷馬車は三台、そしてそれぞれに二人が乗っていた。二人とも、腰に護身用の刀を下げ、傍らには槍や弓を用意している。 「聞いた話だが、昔、とあるドケチで、誰も信用しない金持ちがいたそうだ。そいつは自分の財産を誰にも渡したくないもんだから、アヤカシのいるこの森に隠したんだと。ここなら、アヤカシがいるから誰も近づかねえし、安心できるって理由からな。ところが、それを使うことなく、金持ちはおっ死んじまった」 先頭の荷車で手綱を引いていた、環蜀と言う名の店員が言葉を続ける。大柄で、力強そうな体格をした男だった。 「じゃあ、まだ隠した財産は残ってるんですか?」 その隣に座っていた、細身の青年が尋ねる。彼の方は線が細く、やや若い。 「いや、ところが話には続きがあってな。その話を聞いた盗賊たちが、このあたりに入り込んだわけだが‥‥見つかったのはわずかな金とがらくたばかりだったそうだ。誰かがこっそり見つけて持ち帰ったのか、それとも最初からそんなものは隠されちゃいなかったのか。そのどちらかだろう。ただし‥‥」 「ただし?」 「ただし、警邏のダチから聞いた話なんだが。そいつが捕まえた小悪党が、この噂を利用して盗品をこのあたりに隠すやつがいるって噂はあるらしい。が、せっかく盗んだ金も、ここに隠したらアヤカシのせいで持ち出せねえらしいがな」 「本末転倒ですねー。というか、金を手にしたのに、それをわざわざこんなところに隠すなんて、まぬけもいいとこですよ」 「だな。ま、アヤカシは金なんか必要ねえから、アヤカシに金を守らせるって思いつきは悪くはねえが‥‥」 その言葉が終わるか、終わらないかするうちに。 アヤカシが、襲い掛かってきた。 アヤカシの群れ、怪狼の群れは、隊商に襲い掛かってきた。そして、三台の荷馬車は散り散りになってしまった。 一台目の環蜀と蘭厨が乗った馬車は、そのまま逃げを打った。逃げて逃げて、気がついたら森の中に入っていた。 「‥‥先輩、なんとなく嫌な雰囲気なんですけど」 瘴気が、肌に直接伝わってくる。 とりあえず、獣道を進む。後ろから、怪狼の、あるいはそれらしき存在の咆哮が聞こえるため、それから逃れるべく先へ先へと進んでいた。 薄暗いが、視線の先には光が見える。この道をまっすぐ進めば、怪狼から逃れ、この森からも逃れられるだろう。 が、それでもこの気配の重苦しさが軽減してはこない。周囲には、奇怪にねじくれた木々や植物が茂り、まるで荷馬車そのものを地獄へと誘っているような錯覚を覚えてしまう。人の掌ほどもある葉は、生者を引きずり込もうとつかみかかる死者の手のよう。 木の幹に寄り添うように、巨大な豆の鞘のようなものが見え隠れする。下生えと葉に隠れ、それがいくつあるか、どんな形をしているかは判然としない。 「!」 蛇かと思って、蘭厨はぎくりとした。下生えや木の幹、その根元などに、蔦が見え隠れしていたのだ。 「どうした?」 「‥・・いや、なんでも‥・・」 『ない』とまでは、言葉が続かなかった。それは、確かに蔦であった。動くはずのない、植物であるそれ。しかし、それは動き出したのだ。 そして、動き出した蔦は一つではなかった。次から次へと現れ出でて、荷馬車に、馬に、荷物に、そして二人に巻きつこうとおぞましくのたくり蠢いている。 更に、蔦が何から生えているかを二人は見た。木々とともに生えている豆の鞘状のものは、巨大な袋だった。その袋の口部分を、まるで覆うようにして蔦が生えていたのだ。 蔦は、荷馬車と二人へと巻きつきはじめた。 蔦に襲われて、即座に刀をとった環蜀はそれらを叩き切り、首を絞められていた蘭厨を助け出した。そして、蘭厨も必死に刀を振るった結果、二人は荷馬車ごと触手の群れからの脱出に成功していた。 気がつくと、魔の森の出口近く。馬も無事だし、なんとか脱出できるだろうと考えていた矢先。 いきなり、がくりと荷馬車が傾いた。 「‥‥ちくしょう、馬車の車輪が壊れてる」 調べてみたところ、馬車の車輪一つが壊れていた。ただでさえ過重だというのに、アヤカシに追われて無茶をしたために、軸ごと折れてしまったのだ。 「しかたないな。じゃあ、荷馬車をここに置いて、ひとまず‥‥」 逃げよう、と言おうとしたその時。 一匹の怪狼が、いきなり近くの藪から現れた。そいつは牙をむきだし、飛び掛ってきた! 「なんとか、僕が放った矢を受けて、怪狼は倒れました。けど、先輩が‥‥」 ギルド、応接室。そこに、蘭厨と蒲生譲二郎の姿があった。 二人はなんとか怪狼を倒せたものの、環蜀が切り苛まれ、大怪我を負ってしまった。そして、環蜀は「助けを呼んできてくれ」と、蘭厨だけを一人で森の外へと逃がしたのだ。 「先輩は言ってました。『俺はもう動けないが、お前一人だけなら何とか逃げられるかもしれん。だから早く、助けを読んできてくれ』と。僕はなんとかして、先輩を運ぼうとしたんですが‥‥」 蘭厨は、あまり腕力が無い。そして、環蜀は結構大柄で、体重もある。 馬は怪狼に殺されてしまい、荷馬車も軸が折れて動かせない。そしてこのまま森の中で立ち往生していたら、蘭厨もまた助からなかったろう。 「本当は、見捨てたくなかったんです! そんなつもりはありませんでした!」 「で、この事を相談され、こうやってお願いに上がった次第なんです」 蘭厨を落ち着かせ、蒲生も口を開いた。 「荷馬車には、道中の食料と水が用意してあったはずですが、緊急用ですから長くはもちません。それに、仕入れた薬ですが‥‥これを待っているお客様たちに、早くお渡ししたいのです。荷馬車と馬は、こちらで用意します。どうか、魔の森へと向かい、私の部下を助けて、積荷の商品‥‥特に薬を運んで来てください。お願いします」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
薙塚 冬馬(ia0398)
17歳・男・志
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)
22歳・女・魔
籠月 ささぐ(ib6020)
12歳・男・騎 |
■リプレイ本文 魔の森は、相反する二つの雰囲気が漂っていた。すなわち、人を寄せ付けまいとする雰囲気と、罠にかけるため人を呼び寄せるような雰囲気。 森の入り口から、おぞましき生き物を産み落とすかのように、アヤカシの群れが沸いて出てきた。怪物は、狼の姿で目前の人間達へと襲い掛かっていく。 だが、中にいる蘭厨以外は恐れていない。なぜなら彼らは開拓者、不可能を可能しからめる、運命を切り開く意志の力を持つ者たちだからだ。 大きな荷馬車、そしてその周囲を数頭の馬で囲いつつ、魔の森へと訪れた開拓者達。 その内一人、小柄な少女が、身体の背丈よりも大きな杖を手に、怪狼の群れへと立ちはだかった。手にした杖は魔杖「ドラコアーテム」。 リィムナ・ピサレット(ib5201)はドラコアーテムをかざし、口の中で呪文を唱えはじめた。 迫り来る怪狼の群れ。邪悪な牙が獲物を噛むより先に、聖なる魔法の力が発動し、アヤカシへと放たれた。 「‥‥ブリザーストーム!」 リィムナの杖から吹雪が走る。寒気をもよおす怪物どもが、冷気によりその身体を凍りつかせ、地面に転がった。 その様子を見て、仲間達も武器を手にして、アヤカシどもへと攻撃を開始した! 「へっ、おとといきやがれ!」 刀を手に、怪物どもへと切りつける志士、薙塚 冬馬(ia0398)。手にした刀が振るわれるごとに、怪狼は切り裂かれ、霧散していく。 「行くぞ‥‥!!」 鉄龍(ib3794)、ジルベリアの胸鎧を着け、剣と盾を携えた傷だらけの男は、隻眼の眼差しとともに怪狼どもへと切り込む。 「ボクも、いくよっ」 可憐で華奢な姿が、怪物どもへと向かっていった。 籠月 ささぐ(ib6020)、兎の耳を頭から生やした彼が立ち向かう様は、少々頼りなさげなそれ。 大丈夫なのか? あんな女の子みたいでゆるい子が。蘭厨は心の中でそう考えたが、すぐにそれを改めた。 「えいっ、えいっ、ええいっ」 竜鱗篭手。いささかごついそれを両手にはめて、彼は拳をふるい続ける。 接近し、その拳をめり込ませ、打撃を食らわせ、ささぐは電光石火の一撃を二撃、三撃と怪狼へ叩き込む! 「どうやら、こちらからの援護は必要なさそうですね‥‥」 二人の切りかかる様子を見て、柊沢 霞澄(ia0067)は安堵した。 が、すぐにそれを引っ込める。これはただの露払い、本当の戦いはこれから始まるのだ。 「ふぅ、どうやら邪魔者は排除っと。それじゃあ、行きましょうか。蘭厨さん、案内よろしくね」 ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)の言葉と共に、一行は魔の森へと歩を進めた。 いよいよ、内部へと入り込む。彼らの、開拓者達の実力を目の当たりにして、蘭厨は希望を抱き始めた。 「この先を、このまま進んでいきました。‥‥気をつけてください、そろそろ、蔦が出てくるかも」 蘭厨の言葉に、開拓者達の眼差しが更に強く、鋭くなった。 道は狭いものの、荷馬車がかろうじて進めるだけの幅は確保できていた。おそらくは、何かが通る獣道のようなものなのかもしれない。 馬もまた、落ち着かないように周囲へ頭を振っている。蒲生商店の厩で馬を借りる時の事を、冬馬は思い出していた。 「一年ぶりだな。親父さんの細工物奪還以来か」 「はい、冬馬様もお元気そうでなによりです。今回もまた、よろしくお願いします」 「ああ、最善を尽くす。だから、無事に戻れるように祈っておいてくれ」 元気付けるように、冬馬は蒲生の肩を叩いた。 「あのっ、それで蒲生さん」 そこへ、リィムナも割って入る。 「手短に伝えたいんだけど、変な噂が着く前に、信頼できる役人に頼んで荷物の検分と、ありのままを公表してもらった方がいい。急ぎなのはわかるけど、そうした方が絶対いいよ!」 「リィムナ様? ‥‥ええ、もちろんです。友人に警邏隊の知り合いもいますので、その辺りも手はずを整えておきましょう」 魔術師の少女の提案に、彼は頷きながら請合った。 「商人として、親父さんに近づいているようだな。心配し、信頼してくれているのだから、それに答えないと」 馬の不安とともに、自分の不安も払拭しようと、彼は思った。 「‥‥ん?」 それからしばらく。 心眼を用いて周囲へと目を光らせていた冬馬は、伝わってきた「違和感」を、手を上げて皆に伝えた。 「いますか?」 「‥‥ああ、両脇の木に付いたあれらは、間違いなく植物のアヤカシだろう」 霞澄の問いかけに、冬馬は目線を外す事無く答えた。 二つ三つ、奇妙な形の袋がぶら下がっている。薄暗い森の中、一見木の幹の一部、あるいは奇妙な木の葉か木の実のように見えなくも無い。 「間違いないわね、アヤカシだわ」 ジナイーダもまた、前方を見据えつつ言った。彼女は馬車の横に、蘭厨の横に控えている。 「あ、あの‥‥ここを通らないとならないんですが」 不安そうな蘭厨の顔と言葉。が、それに対し開拓者達はあまり脅威には感じていない様子。 「俺が切り拓くか?」 「ボクも、てつりゅーちゃんといくよっ。だいじょうぶ、あやかしちゃんなんか、こわくないもんっ」 鉄龍とささぐが向かおうとするが、リィムナがそれを制した。 「おおっと、ここはもっかいあたしにお任せ! さっきの怪狼よりも楽勝だってば!」 言うが早いが、再び彼女は杖を手に呪文を唱え始めた。 そして、数刻後。 動き出そうとした夜叉カズラのツタと本体は、再び放たれたブリザーストームを受け、凍りつき‥‥果てた。 更にその数刻後。 「あれです!」 蘭厨が、言葉と共に指差す。その先には、荷馬車があった。 「せんぱいさん、いないねー?」 「商品は無事‥‥けど。確かに姿が見えないわ。どこ行ったのかしら?」 ジナイーダの言うとおり、環蜀の姿は無かった。 馬は既に、物言わぬ死体となって腐り始めている。が、怪我を負った環蜀の姿は無い。幸い、荷馬車に積まれていた荷物は無事であった。多くが厳重に木箱に詰められて、包装紙に厳重に包まれており、見たところ荒らされている様子はない。 「見てください。足跡です‥‥」 霞澄が、地面を指し示した。見たところ、それほど古くはなっていない。それは森の奥へと続き、消えていた。 「足跡からすると、脚を引きずっているみたいね。となると‥‥」 ジナイーダは、足跡が続く森の奥、日光をさえぎる闇へと目を向けた。 「最初に打ち合わせしたとおり、助けに行くわよ」 鉄龍とリィムナ、それに蘭厨が荷馬車に残り、他の開拓者達、冬馬、ジナイーダ、霞澄、ささぐは、背負子を背に足跡をたどり森の奥へと向かう。これは、前から話し合って決めていた事だ。 鉄龍とリィムナに見送られつつ、四人は森の奥へと消えていった。 「それでは、お二方。私は荷物を詰め替えますので、見張りをお願いします」 「わかった。‥‥俺も、手伝うか?」 「あ、あたしも!」 蘭厨と言葉を交わす、鉄龍とリィムナ。 だが、それほど遠くない場所で。その様子を見つめている存在があった。 瘴気が、更に濃くなった気がする。 日の光があまり届かない、魔の森の奥。何か、かすかに歌声が聞こえる気がする‥‥と、ジナイーダは違和感を覚えていた。 「‥‥なんだか、妙に気になるわね」 罠。確実にそれに接近している、そんな気分。危険が何か、そこにある存在が何か。それが分からない。 「しっ! ‥‥いるぜ、あそこに」 冬馬が手で制し、そして指差した。 起伏のある地形に、藪が茂り、そのやぶの中に誰かが倒れている‥‥ように見える。 薄暗くて、よくわからない。さらに近づいてみると‥‥人型をした何かが倒れていた。 それは、白骨化した人間だった。 「うわ、せんぱいさん!?」 ささぐが、大慌てで駆け寄った。それに続き、皆も走って駆け寄ると‥‥安心した。 そこには、白骨死体の下に埋もれるように、環蜀が倒れていた。朦朧とした状態で、足の傷には即席の包帯が巻かれている。手には、包帯にするつもりなのか。ボロ布めいたものを握っていた。 「待っててください、すぐに‥‥」 霞澄が、すぐにその手を傷へと当てた。そして、ほのかだが優しい光を手から放つ。 「‥‥あんたたちは?」 閃癒が効いたかの確認は、しなくてすんだ。環蜀が眼を覚ましたからだ。血色も良い。 「ボクたちは、せんぱいさんをたすけにきましたっ」 「店主の蒲生さんと、蘭厨さんの依頼で、あなたを助けて、積荷の荷物と取り戻しに来たのです。もう、安心ですよ」 ささぐに続き、霞澄が穏やかな声で話しかける。 「空腹じゃない? 非常食だけど、食料を持ってきたよ」 取り出した非常食を差し出しつつ、ジナイーダも声をかけた。 「ありがたい、腹ペコだったんだ」 「それにしても、漢気があるじゃない。後輩を逃がすなんてさ‥‥」 「しっ!」 会話を断ち切ったのは、冬馬。 「‥‥!」 彼の指差した先に、アヤカシの姿があったのだ。 そいつは、例えるなら巨大なクモ。それが、木々の間からぬっと姿を現したのだ。 すぐに全員、藪の中へと隠れる。目前のクモまでの距離は、まだだいぶ離れている。が、それでも下手に動けばすぐに感づかれるだろう。 開拓者達は、藪から顔を覗いた。クモはまだ向こう側を向いているため、こちらには気づいていないようだ。 「‥‥まずい、な」 心の中で、冬馬は呟いた。 それは悠々と、まるで散歩するかのように歩いている。気づかれてはいない。もしも気づいているなら、すぐにこちらへと向かってくるはずだ。 それにここは、魔の森の深部。奴をやっつけたとしても、新たなアヤカシが寄って来る確率はきわめて高い。 ならば、逃げるしかない。皆は目配せすると、無言のまま、その場を後にした。 「‥‥こっち、来るんじゃあないわよ?」 ジナイーダが、言い聞かせるかのように心の中で思う。先頭が背負子に環蜀を載せた冬馬。続き、霞澄、ささぐ。最後にジナイーダ。 やがて、クモのアヤカシ‥‥土蜘蛛が、今まで人間達が潜んでいた藪へと近づいてきた。 「痛っ!」 リィムナが、後ろから怪狼に襲われた。 鉄龍はそいつに近づき、剣で叩き切る。すぐにも、その怪狼は霧散して消えた。 怪狼の群れが、荷馬車の周囲に再び現われたのだ。馬のいななきが無かったら、おそらくは気づかなかったことだろう。 「おい、しっかりしろ!」 鉄龍が叫ぶ。彼は先刻から、ガードを用いて防御に徹してきた。が、それでも限界はある。 再び森の、木々の間から襲ってきた怪狼の群れに対し、鉄龍は数匹を切り捨てた。が、一人ではとてもおっつかない。 数匹へと攻撃し、鉄龍はバルカンソードの刃の口づけを怪狼に与えた。が、怪狼は円形になって周囲を囲み、逃がそうとしない。 獅子奮迅の活躍で、怪狼たちは距離を置いて警戒していた。まだ、十匹くらいはいるだろうか。 「こいつを飲め。呪文での援護、頼むぞ」 そう言って、鉄龍は符水をリィムナへと手渡す。彼女はそれを飲み干すが、苦々しい表情はそのままだ。 「いたた‥‥ちっくしょう、囲まれちゃったわね」 「‥‥蘭厨、あんたは荷馬車の中でじっとしてろ」 鉄龍の言葉に、蘭厨は護身用の剣を抜いているが、荷馬車の中でがたがたと震えている。が、それでもこくこくと必死で頷いていた。 既に、荷物は積み終えた。あとはこのまま、森の外へ荷馬車を走らせれば、なんとか蘭厨だけは逃げられるかもしれない。 が、環蜀がまだだ。仲間達もまだだ。くそっ、どうすれば‥‥。 鉄龍の焦りが、冷や汗と共ににじみ出てきたところ。 「!」 一匹の怪狼が、襲い掛かってきた。 「フローズ!」 が、それと同時に、冷気の呪文がそいつを襲った。 ジナイーダの呪文に続き、仲間の声。 「待たせたな! 助けてきたぞ!」 環蜀を背負った冬馬の声が、その場に響いた。そして、怪狼との戦いが、再び開始された! 受け流しで、冬馬が切り捨てる。ガードで、防御しつつ鉄龍が怪狼を倒す。スタッキングを用い、ささぐが怪狼へと拳をめりこませる。 たちまちのうちに、状況は逆転した。全ての怪狼を倒し、ようやく彼らは一息を付く事ができた。 「先輩、心配しましたよー」 「すまんな、蘭厨。お前こそ、助けを呼んできてくれてありがとうよ‥‥」 荷馬車の中で、抱擁する二人。だが、それをジナイーダは諌めた。 「それは、森の外に出るまでとっといて! また来るよ!」 冬馬たちが逃げてきた方向から、土蜘蛛が迫ってくる。このままだと、すぐにでもここにたどり着くだろう。 「大丈夫! 早く荷馬車を! あたしがなんとかする!」 リィムナがせかし、皆がそれに従い馬を走らせた。 数刻遅れ、荷馬車があった場所へと土蜘蛛が脚を踏み入れると‥‥。 そこから出現した、猛烈な吹雪。それが土蜘蛛を襲った。そして、動けない土蜘蛛を尻目に、荷馬車は安全圏である森の外へと脱出しつつあった。 「フロストマインの味はどうだい? たっぷりと味わうんだな!」 土蜘蛛を嘲るように、リィムナは荷馬車の荷台から声を投げかけた。 「たいへん、だったねー」 「でも、これで解決ですね。一安心です‥‥」 ささぐと霞澄が、ようやく安堵した声を出した途端。 別の土蜘蛛が、姿を現した! 木々の隙間から、そいつは走り寄ってくる。大顎をカチカチと鳴らし、そいつは噛付かんと迫ってきた。 が、 「しつっこい! これ以上近づくな!」 土蜘蛛がかじりついたのは、人間の肉でも馬の肉でもなく、石の壁だった。 ジナイーダの唱えた、ストーンウォールの呪文。それにより出現した石の壁が、土蜘蛛と荷馬車との間に障壁として立ちはだかったのだ。 荷馬車が森の外に脱出するのを邪魔する存在は、それ以上出てこなかった。 「皆様、ありがとうございました」 蒲生が頭を下げる。荷物と環蜀、両方とも無事だったため、めでたしで終わった。 が、リィムナは少々不機嫌ではあったが。 「リィムナ様、申し訳ありません。五里工房の細工物は人気ゆえ品薄でして、在庫はどこの店舗も残ってないのです」 「む〜〜〜」 「リィムナちゃん、ざんねん」 「まあ、そういう時もあるさ。また入荷したら、その時に売ってもらえばいいだろ?」 苦労したのにと不満顔のリィムナを、ささぐとジナイーダが慰める。 「ええ‥‥環蜀さん? どうかなさいました?」 霞澄が、環蜀の様子に気づいた。どうも、何かそわそわしている。ボロ布めいた何かを、懐に入れたようにも見えた。 「あ、いやその。ちょっと疲れてしまいまして。みなさん、本当にありがとうございました」 そう言って、彼はお辞儀した。 しかし、どこか気になる。開拓者達の心の中には、説明できない不安めいた気持ちが渦巻くのを、否定しきれなかった。 |