空からの死蛇
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/08 23:05



■オープニング本文

 その村は、五行でも取るに足らないほどの小さな村。比較的近い闇陣から、徒歩で一日はかかる。
 その村人が、ギルドへとやってきた。
「どうか、助けてください。開拓者様のお力をお借りしたいのです」
 荒い息の村人は、息が整わぬうちに、すがるように懇願していた。

 村人の名は、蒼春。李下村で働く娘であった。
 李下村が位置するのは、五行の北に存在する山脈の麓。そして山の中腹部には、「女子鍛練房」という修行場が存在していた。
 そこは、自然の中で自らを見つめ、自らの精神と肉体とを鍛え、そして成長する事を望む者が修行する場所。創設者が女性のためか、そこは女子限定だった。それも闇陣の中流階級の女子が、数日から数ヶ月くらいの期間をかけて、修行に赴くようになっていた。李下村は、そんな修行場の補佐を受け持つ場所。食料や衣料品、生活雑貨を用意し、「女子鍛練房」へと運んだり、修行場の運営や参加受付などを行っていた。
 だが、ある日。いつもの通り蒼春は鍛練房へと、生活雑貨や食料などを馬車で運んでいた。
 鍛練房は、複数の建物により構成されている。主房が山肌を背にして建ち、その両脇に副房が二つ建っている。正面には門、そして大きな壁により、内部と外とを隔てていた。房の建物と壁により内部には中庭が作られ、そしてそこで運動などの鍛練が行われる。
 かつて、蒼春はここで一年ほど鍛練に宿泊した事があった。その時の体験がもとで、弱虫の自分は強く鍛えられ、自分で自分の人生を切り開けるほどに強くなれた。闇陣に実家があるのに、帰らず李下村で鍛練房のために働いているのもそのため。かつての自分みたく、鍛練して強くなる女子を応援したいと思ったからだ。
 しかし、蒼春は違和感を覚えていた。
 到着したのは夕刻。房の建物から、奇妙な気配が漂うのを感じていたのだ。殺気のような、危険な何かが潜んでいるような、嫌な気配。それが鍛練房全体を包んでいる。
 更に奇妙な事に、夕刻だというのに夕食の支度をしている様子が見られない。厨房からの煙が漂い出ても当然なのに、それが無かった。
 何かあったのか。用心のためにと、蒼春は房の建物から離れた場所に馬車を止め、携えていた刀の柄を握った。
 注意深く鍛練房へと近づき、彼女は正面の門へと手をかける。だが、開かない。
「?」
 奇妙に思い、周囲を歩く。しかし、やはり人の姿はない。
 いや、人の気配すらない。むしろ先刻からの殺気めいた気配がより強くなってくる。
「おかしい‥‥わね」
 つぶやきつつ、蒼春は確信した。何かが内部で起こっている。漂う殺気は、その証に違いあるまい。
 刀の鞘を払いつつ、蒼春は裏口へと回った。
 が、その時。
「‥‥誰!?」
 裏口は、厨房にすぐ通じている。その扉から転がるように出てきたのは、一人の少女。
「!? ‥‥蒼春‥‥姉さま?」
 気配と物音の源は、蒼春の知っている顔。そこにいたのは、青夏‥‥自分の妹分だった。彼女もまた、自分の弱さを克服したいと考え、この鍛練房に参加している女子。
「青夏? どうしたの!? 房で一体なにが起こっているというの?」
「姉さま、ここは危険です。話は後で!」
 青夏は蒼春の手をとり、そのまま走る。困惑したままで、彼女に手を引かれて走り出した蒼春だが、その時‥‥。
 扉の内部から、強烈な気配が肌へと伝わってきた。
 一体、何が‥‥。その理由を聞こうとしたが、蒼春は口をつぐむ。そして、青夏とともに走り出した。
 走り出した蒼春の背中に、何かがぶつかり破壊する音が響き伝わってきた。

 馬車へと走り、たどり着いた二人。
 息を切らせつつ、青夏は蒼春へと向き合った。
「姉‥‥さま、早く逃げて! 房が! あいつらに!」
 その言葉の続きを、聞く必要は無かった。
 蒼春は見たのだ。房から、邪悪な影が飛び上がったのを。
 そして影の数は、一つや二つではなかった。薄暮の中をくねらせつつ飛ぶそれらは、見るからに恐ろしく、そしておぞましい。山の空そのものを汚すかのように、それらは翼を広げ風に舞う。
 そして、それは空中から、二人へと、蒼春と青夏へと牙を向いた!

 降下してくるそのアヤカシ‥‥瘴気の怪物どもは、顎を開き二人に食いつかんと迫る。
 が、蒼春もそのまま手をこまねいていたわけではない。何が起こったのかを察し、馬に二人で飛び乗り、馬車と接続している金具を外したのだ。
「はっ!」
 手綱を打ち、馬を走らせる。
 あとはもう、がむしゃらに。後ろを見ずに馬を走らせ続けた。

 気がつくと、二人は李下村の郊外で倒れていた。くたくたになるまで走ったためか、馬は泡を吹いて倒れ、すでに動かない。
「‥‥姉‥‥さま‥‥‥‥」
 安堵したのか、青夏は蒼春に抱きつくと‥‥そのまま、号泣した。
「怖かった‥‥怖かったよ‥‥姉さま‥‥ねえさまぁ‥‥」
 蒼春の胸に顔をうずめ、青夏は泣いた、ひとしきり泣きじゃくった。

「つまり、こういう事なのです」
 開拓者ギルドにて。
 蒼春と青夏は、君たちを前に事情を説明していた。
「私が房へと向かい、到着したその日の、ちょうど数刻前。あのアヤカシどもが鍛練房へと襲い掛かったとの事です」
 青夏が、蒼春の言葉を継ぐ。
「はい。あの‥‥ワタシたちが夕食の支度をしようとしてたら‥‥空から、あいつらがやってきたんです」
 青夏の説明によると、アヤカシはいきなり群れで空から降ってきたという。不意をつかれた房の生徒たちや教師たちは、なんとか建物内部に逃げ込み、難を逃れた。
「いつもは、女性の番兵たちが対処してます。けどあいにく休暇だったり、病気で寝込んでいたりで、その日は数が少なかったんです」
 無論、教師の中にも戦士や武芸に長けた者はおり、彼女たちもまた勇敢に戦った。
 が、教師の何人かは、深手を負ってしまった。さらにアヤカシは毒牙をもっており、教師や生徒の何人かはかみつかれ、毒に侵されて動けない状態になっているとの事。
 生徒や教師を含め、大体100人ほどが房の中に残っているが、おそらく戦力にはならないだろう‥‥と、青夏は付け加えた。
「負傷者は、鍛練房の治療室で医師が治療してくれました。ですが、薬は底を尽き、水も食料も無い有様なんです」
 そう、蒼春が向かった頃は既に食料も尽きかけており、薬もほとんどが切らしている状態であった。蒼春が引いた馬車の荷物の中には、補充する予定の食料と薬、その他様々なものが積まれていたのだ。
「ともかく、誰か一人が助けを呼んでこようって事になり、唯一足を負傷していないワタシがその役をする事になりました」
 そして、逃げ出したと同時に、青夏は蒼春と鉢合わせしたと。
「一刻を争います。いま持ち合わせはありませんが、事が済んだらお支払いします」
「どうか、鍛練房のみなさんを助けてください!」
 蒼春と青夏、二人の懇願する声が、応接室に響いた。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
燐瀬 葉(ia7653
17歳・女・巫
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ


■リプレイ本文

 冒険を求め危険を友とし、運命と未来とを切り拓く者たち。開拓者たちは、山岳地帯を急ぎ向かっていた。
 向かうは、山腹に建つ女子鍛練房。
 駿龍・疾風にまたがるは、銭と銭の鳴る音を好む商家の三男坊、天津疾也(ia0019)。
「急げ、疾風! 今回の仕事、時間との勝負やで!」
 甲龍・鉄葎の背に乗る、妖艶の陰陽師は葛切 カズラ(ia0725)。
「さて、敵の数はおいくつかしら? ‥‥いくつあろうが、やってやるけどね」
 炎龍・瓏羽に騎乗する、笑顔の志士。滝月 玲(ia1409)。
「命への道。一刻を争うが、皆でその道を切り拓いてみせる!」
 駿龍・陽淵とともに風を切る、熱き魂を宿した冷静なる刃の使い手。琥龍 蒼羅(ib0214)。
「信じるは己、尽くすは全力。いざ、参らん‥‥!」
 龍とともに天空を進む四名の開拓者たちは、前方に石造りの建物を確認し、気を引き締めた。
 そこには、毒が生物の体内を侵食するかのように、アヤカシの群れが建物にまとわりついていたのだ!

 開拓者たちは事前に、作戦を立てていた。
 囮がアヤカシどもの気を引き、女子鍛練房から引き剥がす。
 その隙を突いて、救護を受け持つ者たちが、水や食料、薬を持って房に降り立つ。
 然る後、負傷者や毒に侵された者たちを可能な限り治療。手当てした後に合流し、敵アヤカシの群れと全員で交戦、殲滅する。
 殲滅後、ふもとまで房の人間を運び、改めて手当て。
 ‥‥立案した作戦としては、簡単そうに聞こえる。が、簡単なものなど無く、簡単に事がすむわけが無いのが世の常。今回もおそらくは、簡単にはいくまい。
 房にまとわりついていたアヤカシ‥‥蛇羽。そいつらの姿は、翼ある蛇のそれだった。ぬめりのある鱗上の体表に、瞬きしない冷たい眼差し。まとわり付く様子からして、あたかも建物自体をも瘴気で侵そうとしているかのよう。
 その数を見て、思った以上に多く、そして思った以上に苦戦するだろうと開拓者たちは予想した。
 だからといって、恐れおののくか? 
 否!
 予想以上の困難と強敵、それに対してそれ以上の魂を燃やし、開拓者たちは突撃した。
 仲間の巫女がかけてくれた、『神楽舞「速」』。
 それが授けてくれた高速は、アヤカシどもへと向かう勇気をも加速したようだった。

「‥‥」
 女子鍛練房の房長・冬花は、疲労と空腹、受けた毒により、なかば朦朧とした精神状態だった。
 ひどくのどが渇き、水を飲みたいと思っていたが、既に昨日から一滴も口にしていない。生徒や、もっとひどい怪我をしている教師たちへと、その分を分け与えていたのだ。
 今、彼女たちは立ち上がる気力すらない。房の建物の窓や扉全てを締め切り、地下の倉庫へと避難したまでは良かった。だが、食料も水もなく、そして怪我をした者たちの手当てすらままならない状況に陥ってしまった事は否めない。
 敵アヤカシは、房に陣取り動かない。そして、締め切った扉を破ろうと、先刻から音が響いてくる。
 青夏を、毒に犯されていなかった彼女を逃がし、助けを呼んだが‥‥、まだその助けはこない。やられてしまったか?
 いや、最後まで希望を捨ててはならない。青夏は気弱なところはあったが、決して臆病者などではない。
「‥‥?」
 ふと、冬花はちょっとした違和感を覚えた。
 音が、消えた。
 そして、足音が聞こえてくるような、そんな幻聴が耳に響く。
 信じられない。扉がこじ開けられると、そこには幻覚もまた見えた。
 いや、幻覚ではなく、現実に二人の人間が助けに来てくれたのを、気を失う寸前に冬花は聞いた。
「助けに来ました!」
 聞きたかった言葉を、その二人は口にした。

 玲璃(ia1114)、女性にも間違えられそうな巫女の美少年が、最初に『閃癒』を行なったのは、扉の前に倒れている冬花にだった。
 咬傷を負っているのを見て、玲璃は冬花へと『解毒』をかけるのも忘れない。
「大丈夫か? もう心配ないで。うちらが助けに来たさかい、安心してや」
 もう一人、やはり巫女姿の少女が冬花を介抱する。ようやく状況を理解し、冬花は二人の開拓者へと質問した。
「あなたたちは‥‥青夏が呼んでくれたんですね?」
「はい、開拓者ギルドを通しての依頼で、この房の皆さんを助けに参りました」
「薬も水も、たっぷり持ってきたで。すぐにアヤカシにやられたみんなの、手当てを始めるからな?」
「お願いします。ええと‥‥」
「私は玲璃、と申します」
「燐瀬 葉(ia7653)。見てのとおり巫女や、よろしゅう!」
 その笑顔が、冬花に新たな希望の力を授けてくれた。

 毒牙を持つ、有翼の蛇の群れ。そのまなざしは、冷たくも恐ろしい、感情などいささかも持たぬ邪視。
 まさに、蛇眼‥‥邪悪の力を持つという視線。
『ススススス‥‥』
 蛇の舌が奏でる音が、いやらしい旋律となって開拓者たちの耳へと流れ込む。
 注意を引きはしたものの、アヤカシどもはまだ房を離れようとはしない。房の内部に居る女性たちを食らおうと、食欲のとりこになっているのだろう。周囲を飛び回る、龍に乗った人間など知ったことではないという事だ。
「ふうん‥‥。だったら、嫌でもこちらを見てもらおうじゃない。鉄葎!」
 妖艶な主人の命令を聞いた龍は、一声咆哮し、蛇の群れへと突撃した。
 空を裂き、蛇の塊へと接近したカズラは、取り出した何かに火をともし、思いっきり投げつけた。
「ほらっ、私からのおごりよ! たんとお食べっ!」
 火の付いた焙烙玉を、蛇の一匹がくわっと顎を開きくわえ込んだ。
 次の瞬間。大音響とともに焙烙玉は爆発し、それをくわえこんだ蛇羽、そしてその周囲を舞っていた蛇羽をも巻き込み、消滅させていた。
「おらっ! 俺からもごっつご馳走したるで!」
 そして、さらに追い討ちを食らわせる。駿龍・疾風に乗る疾也が引き絞った弓より、矢が放たれたのだ。
 矢の鏃が、ことごとく蛇羽の頭部を貫いていく。不注意な一匹が矢に貫かれ、後ろを舞っていた別の一匹に釘付けにされるのを、疾也は見た。
「はっ!」
 蒼羅もまた、携えていた刹手裏剣を抜き、一際邪悪そうな蛇羽の一匹へとそれを投げる。
 小気味のいい音とともに、そいつの頭部へと手裏剣は深く突き刺さった。
『スススススス‥‥』
「‥‥?」
 玲は、気がついた。蛇羽の声が、若干鋭いそれに変化していくのを。
 明らかに、怒っていた。少なくとも、玲の目にはそう見える。
 視界内の、蛇羽の群れ。それらがすべて、自分らへ、開拓者と乗っている龍へと向けられる。
 それとともに、それらは飛び掛ってきた!
 恐ろしさと同時に、開拓者たちは計略がうまくいった事による笑みを浮かべる。
 作戦通り、注意を引いた。そのままこちらについてくるがいい!

 岩清水で傷口を洗い、包帯を巻く。『白霊癒』や薬草を用いて、怪我人や病人を助け、葉は忙しく動き回っていた。
 だが、もっとも多いのは、『解毒』。幸いにも死に至った者はいないが、それでもその一歩まで近づいた者は多かった。
「くっ‥‥これはちょっと、あかんわ‥‥」
 練力を使いすぎて、くらくらする。彼女は『解毒』をかけたが、自身が疲労して壁に寄りかかった。
 冬花の助けも借りつつ、彼女は梵露丸を口にして、練力を元に戻した。
「大丈夫ですか?」
 玲璃の声が、倒れた自分のもとに届くも、すぐに大慌てして飛び起きる。
「だ、大丈夫や! さ、はよう他の人も助けるよう気張らんと!」
 そうだ、仲間たちは自分らが救護するためにと、必死であのアヤカシどもと戦っている。
 それに、玲璃の方が自分よりも練力を使っているのだ。この程度で音を上げるなど、したくはない!
 新たなる熱意と決意とともに、葉は治療を再開した。

「鬼さん、こちら、手のなる方へや!」
 ボーンボウからの狙撃を行い、幾匹ものアヤカシを屠ってきた疾也。
 彼のホーンボウからの射撃が、また一匹を殺した。葛流により明中立が増した矢の掃射は、正確にいやらしい蛇のアヤカシを地獄へと叩き落していた。
「はっ! お前達の相手はこっちだ、ついてきな!」
 滝月 玲も助けに入った。両腕に力を込めて、炎魂縛武による一撃を、炎をまとわせた刃による攻撃を繰り返す。
 玲が騎乗している龍、瓏羽もまた、炎を吐き爪を振るう。その攻撃が振るわれるたびに、蛇どもは霧散し消え果ていった。
 鉄葎とカズラもまた、アヤカシどもを屠るのに負けていない。甲龍の鉄葎とともに、彼女もまた接近する蛇どもへと華麗にして容赦のない攻撃を放っていたのだ。
「斬撃符!」
 カズラは迫り来る蛇羽の群れへ、カマイタチがごとき式を飛ばした。
鋭き手裏剣にも似たそれは、蛇をずたずたにして霧散させる。断末魔の悲鳴とともに、また新たなアヤカシが倒され、無に帰していった。
 そして、その戦況を冷静な眼で見て、判断していた男。彼は一人、静かにつぶやいた。
「頃合、だな。行くぞ‥‥陽淵」
 蒼羅の鋭い目が、判断したのだ。鍛錬房からアヤカシどもが離れ、完全にこちらへ、自分たちへと注意を引いたのを。
 そして、房から自分たちへと、距離を稼いだ事を。
 今まで回避と防御に徹していた彼と彼の龍が、攻撃へと転じた!
 駿龍・陽淵の咆哮とともに、彼はその刃を、刀「鋭嘴」の鋭き刃の口付けを、アヤカシどもへと食らわせたのだ。
 一陣の風とともに、刀の刃が更なるアヤカシを地獄へと切り捨て、叩き落していった。

「‥‥ふう」
 玲璃が、さすがにため息をついた。
 多くの生徒や職員を癒し、そして蒼春が残した荷車の水や薬品を用いて、緊急に治療が必要な女子の手当ては完了した。
 が、その分苦労も、そして気力や体力も消費したのは事実。疲労とともに、疲れた神経を休めるため、壁に寄りかかった。
「お、お疲れさんやったな」
 葉が、労いの言葉を口にした。
「お二人とも、本当にありがとうございました。なんとお礼を言えばいいか‥‥」
 冬花も、鍛錬房房長もまた、礼の言葉を口にしてくれた。
「‥‥いえ、当然のことをしたまでですよ」
 冬花へ、彼は微笑みつつも彼女の言葉に答えた。

「ふんっ!」
 鞘に収められていた、蒼羅の刀。それが鞘から抜き放たれ、すれ違いざまに蛇翼を両断した。
 眼に見えて、アヤカシの数は減ってきている。まだ青空を汚すように漂い飛ぶ蛇翼は多く居るも、先刻に比べたらかなり少なくなっていた。
 しかし、それでも油断は出来ない。思ったよりも体力を消耗し、疲労が激しい。アヤカシの一体一体はさほど弱くはないため、戦って倒す事は難しくはなかった。が、それでも一対多数では、やられてしまう事もまた多い。
 いや、やられてしまってもおかしくはない。そいつらのひと噛みには毒があり、毒に犯されてしまうともうあちらに有利なのだから。
 だが、その有利さも、今は逆転したと見て良いだろう。
 あと、もうひとふんばり‥‥!
『ススススス‥‥!』
 しかしそれを汚そうとするかのように、残りのアヤカシの一群からそいつらが迫ってきた。
 開拓者のみならず、龍に対しても噛み付き、痛手をあたえねば気がすまないかのようながむしゃらな突撃を敢行したのだ。
 一番近くにいたのが、そして狙われたのが、カズラ。が、彼女はまったく動じる事無く、逆に術を放った。
「魂喰ッ‥‥!」
 式が、カズラの元に出現した。
 それは、蛇翼に似ているところもあるが、ある意味蛇翼などよりも恐ろしく、猛々しい外見をもっていた。
 そして、それは迫り来る蛇翼を迎え撃つかのように飛び出し‥‥、
 文字通り、アヤカシを喰らった。
 そのアヤカシの一群は、『ススススス』の声も空しく食らわれ、次第にこの世界より消滅していった。
「残りは‥‥これだけか」
 見渡した蒼羅は、目前の敵がもう数えるほどにしか残ってない事を改めて確認した。
 殲滅。
 すべてを滅し、倒さんと、開拓者たちはとどめの攻撃へと赴いた!

「終わりました、ね‥‥」
「うん、せやな‥‥」
 治療が終わり、解毒も、手当ても終わった玲璃と葉。
 しかし、練力はほぼ尽きかけ、薬草や包帯、さらに己の練力回復のための梵露丸も使い切ってしまった。
 二人の全身には、疲労が重くのしかかり、自由をうばっているかのよう。
 だが、二人にとってその疲労は心地よいそれでもあった。
 皆、元気になったのを確認できたのだから。
 手当てを行なっていくうち、死に掛けている者、生死の境をさまよい、死したまま戻らないだろう者も居ることに、二人は気づいた。
 だが、二人の尽力で、そんな死者など一人も出す事無く、治療しきったのだ。こんなにうれしいことはない。
「あとは、みんなが無事に戻ってきてくれれば、言うこと無しなんですけど‥‥」
 玲璃のつぶやきは、数刻後に実現する。
 龍に乗った仲間たちが、凱旋するかのように戻ってきたのだ。

「おかげさまで、生徒も職員も、皆すっかり元気になりました」
 後日。女子鍛錬房の皆は、全員がすっかり回復した。
 そして、代表として冬花、それに依頼人の蒼春に青夏とが、ギルドに礼を述べに訪れていた。
「皆様は、命の恩人です。どれだけ礼を尽くしても、返せるものではありません。皆様のように優れた機知と、何者にも負けぬ強き心を持てるように、わたくし自身もあらためて修行すべしと思った次第です」
「皆さん‥‥本当に、ありがとうございました!」
 三名の女性たちの口から、何度も出る感謝の言葉。
 命を奪うアヤカシから、命を守りきれた事に、満足を覚える開拓者たちであった。