雨、魔縁、夜陰に上がる
マスター名:東雲ホメル
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/24 03:34



■オープニング本文

 暫く続いている雨は、鬱々と、それ故に人の心を過敏にさせていた。
 時に篠を突く程かと思われたり、時に糠の様な雫が土を濡らしていたり。
 今は、その雫すらも見えぬ程の雨が降っている。霧雨。
 それが、地面、屋根、木々の葉を叩く音が聞こえてくる。
 寂寞たる村の様相は、まるで来訪者を恐れ、拒むかの如く。未だに昼下がりだと言うのに。
 しかし、与えられた感想は然程外れてはいなかったのだ。
 開拓者を呼び寄せた主は、頻りに窓の外を気にして、安堵と不安を混ぜた様な複雑な顔を見せた。
 七日程前、アヤカシが現れたのだと言うのだから、仕方の無い事なのだろう。

 東房との国境に近い、北面の北東に位置する町。
 開拓者達は、其処の長の家に待機する形となってしまった。彼此、三日だろうか。
 木の良い香りのする屋内には、一刀彫と呼ばれる技法で彫られた鷹の置物が幾つも在った。
「あの天狗達は東房の方から来て、町人を殺め、食料を奪っていきました」
 天狗、と聞けば、赤い面に長い鼻。そんな外見が思い浮かぶのだが、これは違った様だ。
 肌は肌色、鼻も長くない。
 辛うじて、山伏の様な法衣を身に付け、鴉の様な黒翼で飛ぶ様子を見て、天狗だと分かったらしい。
「奇怪な術と、躊躇無く人を殺す心、更にあの翼は間違いないでしょう」
 命からがら逃げ出した男は、絶命する寸前に、天狗の術について一言、二言遺したと言う。
 十字の槍。その柄で地面を突けば、土は割れ、その塊が飛び出してくる。
 三叉の杵。それを翳せば、風吹き荒び、その塊が人々を襲う。
 男の腹に空いた風穴はそういう事であったらしく、時既に遅し。手の施し様が無かったのだ。
 その後、この長の屋敷に現れ、食料と生贄を要求すると飛び去ってしまったらしい。
「しかも、その天狗が塒にしているのが近くの森でして」
 町の近くに存在する森。其処に住み着いてしまったらしいのだ。
 脅威が近くに存在するだけではなく、困った事に、その森に群生する木が必要なのだと言う。
 町の工芸品には、その木、漉油が必要なのだと。
 搾取されるだけで、枯渇の道を辿るしかないとは冗談ではない。
「天狗達はまた来るでしょう。ですから、どうか」
 長はそう言うと、頭を深く下げて開拓者達に願った。

 それから一日後の話。朝方に雨が上がった。
 そして、更にもう一日。夜陰に二つの影が落ちた。天狗。
「何事にも限度は在ります。殺し過ぎない様、奪い過ぎない様」
「了解しております」
 無愛想に応えた女天狗に対して、男の方は頷く。分かっていれば宜しい、のだと。
 風で雲が切れ切れになり、間隙からは月光が漏れ出している。
「稲緒、先ずは如何するべきか分かっていますね?」
「敵戦力を削ぎ、町の人間の戦意を完全に喪失させる事です」
 女天狗、稲緒は三鈷杵を懐から取り出して、一つだけ男に尋ねる。
「涼円、一々無駄な確認は取らずとも良いと思われますが、如何でしょう?」
 飛び去っていく稲尾の背中を眺めながら、涼円は肩を竦めるだけであった。
 そうして、一言だけ呟く。保険は賭けておいたが、と。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
利穏(ia9760
14歳・男・陰
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

 白昼の街並みに湿気た空気が充満していた。
 未だに泥濘の残った道を利穏(ia9760)が行く。
 その身体には癒え切っておらぬ傷が有り、彼の表情に痛苦の色を浮かべさせていた。
 しかし、やれる最大限の事をする。それが彼なりの戦いでもあった。
 今回、己の武器となるのは情報。それを収集する為に足を使っていた。
「今回の天狗ってのは、アヤカシになるんだっけ?」
 未知の種の可能性も有る、その存在に海神 江流(ia0800)は頭を掻く。
 しかし、例に漏れず、それらの本質は瘴気である。
 彼の考える様に、ただの形に過ぎなかった。
 加えて、死人が出ている以上は捨て置けないのだ。
「すみません、町長に依頼されて来た者ですが」
 利穏が戸を叩き、声を上げる。その数秒後に「はい」とだけ返ってきた。
 それから、一呼吸置き、戸が恐る恐る開かれる。
「あぁ、えっと、何か御用でしょうか?」
「お尋ねしたい事が有りまして」
 利穏がそう切り出した後ろでは、長谷部 円秀(ib4529)が辺りを見回していた。
 同じ様にしていた、トカキ=ウィンメルト(ib0323)と頷き合うと肩を竦める。
 やはり街中で戦う事は得策では無い様だった。
「そうですか、今回の様にアヤカシが住み着いたのは初めてですか」
 利穏が話を聞き終え、息を吐くと、頭を下げて丁寧にお礼をする。
 そうして、家人がお辞儀を返すのを確認してから踵を返す。
「天儀って、あんなのも在るんだ」
 フィン・ファルスト(ib0979)は、玄関先で見た工芸品に感心している様だった。
 工芸品を作る為の技術は、貧困している北面において重要なもの。
 フィンが感心するのも無理は無い。それ程に完成された技術だったのだから。
 江流はフィンと一緒になって感心しつつ、妹の事を思う。
 どうにも、彼の妹の好みらしい。
 そうして、街中を再び進む。しかし、今度は虱潰しに家の戸は叩かなかった。
 先程から収集した情報には、既に限度が有り、これ以上は徒労だと判断したのだ。
 勿論、そう判断したからには何かしらの有益な情報を得ていたからである。
 町人は天狗を恐れ、昼間ですら出歩く事は少ないらしい。
 そういう事も有って、町人の持っている情報には限りが存在していたのだ。
 隣人とは連絡を取り合っていて、お互いの無事を確認し合っている様なのだが――
「街中から離れた場所に家屋が在るそうです」
 其処とは連絡が取れないままになっていると言う。
「へぇ、やけに早いと思ったら‥‥成る程、そういう事か」
 巴 渓(ia1334)は納得した様な声を上げて、頷いた。
 町外れで待機をしていた所、仲間達が戻ってきたのだ。
 連絡の取れない家で、家人の安否が分からない家が一軒、近くに在るらしい。
 元より、狡猾な奴が居ると聞いていた為か、妙なきな臭さを感じていたらしい。
 そして、高台に居るアルバルク(ib6635)を呼び戻した。
「しかし、テングねぇ‥‥テングってどんなんだ?」
 彼は望遠鏡をしまいながら戻ってくると、あまり縁の無い名前に顎を擦っていた。
 想像出来ないが、ゴロツキの様なものだと納得すれば、後は働くのみ。
 そうして、暫く歩いた後に江流が声を上げ、感じた違和感を告げるのであった。
 其々が其々の得物を取り出し、視線の先に在る建物を睨んだ。


 そして、天狗は闇夜に紛れる。静かに、しかし、迅速に。
 その二つの影を、鴇ノ宮 風葉(ia0799)の張った結界が捉えるのは時間の問題だった。
「あたしをアヤカシ探知や照明代わりに使うなんて‥‥」
 彼女の式が暗がりを照らし出す。
 口では納得していない様な風でも、風葉は常に集中を解く事は無かった。
「カザハ、未だ気配は無いのか?」
「あによ、集中してるんだから話しかけないでよね!」
 江流の言葉に振向いて反応すると、すぐさま視線を前方へと戻す。
 視界はそれ程良い訳ではない。
 ならば、頼る所は風葉の結界の力になるのだ。
 町外れから、中心部、そして其処を通り過ぎた入り口付近へと差し掛かる頃だった。
 風葉が手で後続を制止すると、空気が張り詰め、開拓者の警戒が俄かに強くなる。
「おや、やはり開拓者の皆さんでしたか」
 夜光虫の光に釣られる様に天狗、涼円が呟きながら歩みを進める。
 距離としては、呟きが聞こえる程に近くはないのだが、お互いに姿を確認出来る。
 後ろにつく稲緒には反応は無く、既に殺気立っている。
「こういう時の為に小細工を仕込んでおきましたが‥‥」
 どうやら、忍ばせた配下を使って、町に火を放つつもりだったらしい。
 後は混乱に乗じて敵を討つか、もしくは逃げるか。
 どちらにしろ、その目論見は果たされる事は無い。
 涼円は指を弾いたのだが、特に何かが起こる気配は無かったのだ。
 昼間の内に配下である狐鬼は、残らず掃討されてしまっていたのだ。
 一息付くと、苛立つ素振りも見せずに稲緒に声を掛ける。
 少しでも消耗させられただけマシ、と言った感じであった。
「甘く見ていましたねぇ。まぁ、結局やるのは私達ですからね」
「最初から無駄だったんじゃあないですか」
 稲緒が懐から三鈷杵を取り出し、先手必勝とばかりに間合いを詰めに掛かる。
 その稲緒を追い越して、涼円が飛ぶ様に走る。
 それに呼応するかの様に飛び出したのは、フィンだった。
 涼円の十字槍と、フィンの長槍の穂先が交われば、瞬息に火花が散る。
「はぁぁぁぁっ!」
 気合を吐いて、フィンは涼円を押し返す。
 しかし、涼円は退く事はせず、もう一撃を見舞おうと槍を握り直す。
 その眼前には、穿つ為の長槍ではない、斬る為の白刃が閃いた。
 甲冑師、興里の打った刀剣。円秀の一太刀であった。
 忌々しげに舌打ちをすると、涼円は仕方無しにその刃を柄で受ける。
「退いて下さい」
 淡々とした声色のまま、稲緒は三鈷杵を横へと薙ぎ払う。
 同時に巻き起こったのは一陣の風。それが、円秀とフィンを押し退ける。
 更に間合いを保ちながら、次の一手に出ようとする。
「さてと‥‥本格的に御務めと行きますかね」
 稲緒の様子を窺がいながら、トカキが大鎌を振るい翳す。
 直後、強力な火球が稲緒を目掛けて高速で飛び、爆ぜる。
 地面から上がる黒煙の中から転がり出てきた稲緒は、立ち上がると頬の煤を拭う。
 無駄な消耗をしそうだ、とうんざりしつつも、三鈷杵を口に咥える。
 そして、渓と江流が動く。
「カザハ、ちょっとの間頼むぞ」
 それだけ残して、江流は夜光虫から逃れて暗がりへ。渓は屋根上へと。
 今度は何も言わずに頷くと、風葉はじりと一歩前で出る。
 利穏の事を考えれば、あまり無茶を出来る回数は無い。
 好機は一度きりと考えるべきだろう。隙を窺がい、その時を待つ。

 稲緒は両掌を合わせて、まるで拝む様にして後ろへと飛ぶ。
 飛来する火球が鬱陶しいのは確かだ。トカキを視界に捉えつつ、地面を両掌で叩く。
 すると、地面から滲み出る様にして大量の雨水が浮き出てくる。
 見る内にそれは水鏡を形成し、火球に直撃されて割れる。
 飛び散った火炎の筋が、稲緒を包むが、先程よりも痛くはないらしい。
 その様子を見て、利穏は「しまった」と小さく呟いた。
 昼間の内に、情報収集と一緒に戦場の下見をした訳だが――
 岩や土は己の足元ならば何処でも。水はその足元に染み込んだ雨水が。
 風については言うまでもなく、相手は戦場を選ばずとも良かったのだ。
 迂闊に待ち構えなかったのが、不幸中の幸いと言った所だろう。
 相手に対して有利だと言う思い込みが、余計な油断を生んでいたかもしれないのだ。
 利穏は首を振って、物陰からの観察を続ける。
 そんな利穏を尻目に、アルバルクが短銃の照準を稲緒に合わせる。
 風葉の式の光が届かない場所にまで、橙色の閃光が走れば、引き金が引かれた証拠。
 轟音と共に、鉛の弾丸が稲緒の腿を掠める。
 長い前髪が揺れて、彼女の眉間に深い皺が寄る。
「煩いですね」
 三鈷杵を手に持ち、頭上から振り下ろすと真空の刃がアルバルクを襲う。
 勿論、その間にもトカキの攻撃が止む事は無い。
 彼女にとって、何が不快なのかと言えば、その位置取りに有ったのだろう。
 トカキを正面に、アルバルクを側面に。攻撃する際に、一々無駄な行動を取らざるをえないのだ。
 一度、二人が同時に視界に入る様に距離を取るべきだと判断した稲緒は翼を広げる。
 風でアルバルクを牽制し、宙空に舞う。
 しかし、この行動が完全に裏目に出てしまった。
 稲緒は気が付けば地面に落ち、身体中を貫いた衝撃で、痛みと微かな痺れを覚えていた。
 轟音と青い閃光が広がった後、自身の記憶に空白が存在している事に気付く。
 そして、目の前に立つ女、渓を見上げる。
 本格的な攻撃が無い事に対し、些か無駄な時間を過ごしていると感じていた。
 結局の所、時間と力を浪費したのは己自身で、開拓者は上手く立ち回っていたのだ。
 鼻血を擦ると、稲緒はゆっくりと立ち上がる。
「苛立っていますね」
 稲緒の発する空気を読んだのか、張り付いていたフィンを払い除けて後方へと跳ぶ。
 態勢を立て直しながら、フィンはまたも地面を強く蹴る。
 涼円も無傷ではない。後は押し切れるか、否か。
 走り出したフィンの背中を見て、円秀は刀を寝かせる様にして虚空へと滑らせる。
 蒼白色の電撃が一筋に、涼円の懐を狙って飛ぶ。
 涼円はそれを避けようと明後日の方向へと地面を蹴ろうとするのだが――
「!?」
 腕が何者かに強く引かれ、足が縺れそうになる。その結果、円秀の雷鳴剣は見事に直撃したのだ。
 焼け焦げて破れてしまった白衣。こんな怪我を負う事は無いと思っていた。
 視線の先には江流。己の腕に巻きつけられた流星鐘。
 暗がりからとは言え、不意打ちを食らってしまった。
 その事実が涼円の表情を僅かに曇らせた。
 その刹那には、フィンの槍が涼円の胴体を捉えていた。
 決まった。江流は、流星鐘を引く手に力を込めながらも確信する。
 しかし、そう甘い相手ではないと思っていたのも事実。
 涼円は、未だに倒れていなかった。
 少しばかり踏み込みが足りなかったのか、彼女の攻撃が浅かったのだ。
 良く見れば、彼女の足元、その地面に皹が入り安定していない。
 更に泥濘も激しくなっている。
 そうか、と合点をすると円秀はもう一度己の刀に電撃を纏わせる。
 術の使い方は単純に攻撃するだけでは無い。
 流星鐘を解いた涼円は、肉薄してくる江流の刀を捌きながらも態勢を立て直している。
 其処は既に夜光虫の光から逃れた場所。散る火花を目印に、円秀は電撃を飛ばした。

 トカキは大鎌を振るって空気の層を裂く。赤光が弾け、稲緒を急速に襲う。
 トカキの戦略と稲緒の性格上、激しい打ち合いにはなってはいない。
 しかし、彼女は渓の奇襲を受けた後から、少しずつ攻撃の色を変え始めていた。
 風に小石が混じり始めた。
 アルバルクは、建物の間に身体を滑り込ませて息を吐く。
 読み通り、涼円に跳ね上げられた小石は、稲緒の風が巻き上げている。
 流石にこれ以上の質量の物を飛ばされたら洒落にならない。
 涼円と斬り結んでいた円秀とフィン、離れた位置に居た風葉、利穏すらも思う。
 決着を着けにかかるならば、今。逃せば厄介な事になるのは明白。
 その瞬間、風葉は光源を残し、単身で暗闇へと走り始めた。
 それに反応したのは、涼円だった。
 狡猾であるが故に、猜疑心も強いらしく、無策でないなら潰すべきだと考えたのだ。
 彼の十字槍がフィンを薙ぐと、穂先が地面に突き刺さる。
 今までよりも一際大きな土塊が、かつて道であった場所から飛び出してくる。
 あまり細かい造形は出来ないらしく、見事なまでの無骨。
 それが風葉目掛けて飛来する。
 しかし、それが完全に命中する事は無かった。
 結界呪符。暗闇よりも黒い、つるつるとした質感の壁が土塊の勢いを殺したのだ。
 土塊自体は術式ではないので、思わずその破片を喰らってしまったが問題は無い。
「チャンスは一回。しくじらないで」
 フィンにべったりと張り付かれ、円秀に邪魔され、挑発され、更に風葉の咄嗟の行動。
 涼円の集中力にほんの僅かな綻びが生じた瞬間であった。
 風葉が囮だと気付いた時には、既に遅く桜色の燐光が眼前に散った。
 円秀の「さて」と言う声が静かに響く。
 槍を返し、穂先を其方に向けて気が付く。
 眼前に迫る円秀。その奥。強烈な存在感を放つフィンに。
 それでも、諦めの二文字は無かった。
 フィンの得物を最大限に活かす方法は知っている。己と同じ得物なのだから。
 それは寸分狂わぬ刺突だ。
 ならば、天狗の自身にとって避ける事は難しくはない。
 先ずは円秀の刀。これさえ捌けば。
「余所見だなんて、余裕じゃないか」
 円秀の物ではない冷たい刃。それが涼円の背中を真一文字に斬り裂いた。
 視界に囚われ過ぎていた涼円の隙を衝くのは容易だった。
 絢爛な装飾が施された刀を振るったのは江流。
 完璧な連携だった。
 円秀は袈裟に斬り捨てると、すぐに横に飛ぶ。
 涼円の視界が暗転する直前、フィンが咆哮する。
「ぶち抜けぇ!!」
 今度こそ完全な止めとなった。血飛沫が飛び、地面を濡らす。
 しかし、此処で涼円は渾身の力で地面を槍で突いた。
 地盤が割れ、畳を返す様に引っ繰り返る。
 最後まで気を抜かなかった円秀は兎も角、フィンと江流はその攻撃に巻き込まれる。
 そして、二人は気付く。攻撃にしては、弱い。死に際だからなのか。
 その疑問は案外あっさりと解消された。
 水溜りが逆巻いて、風が吹き荒れる。晴れてはいるものの、まるで嵐。
 そして何より、開拓者を唖然とさせたのが浮いた岩。
 効率良く、圧縮された風が必要最低限の力で岩を浮かしている。
 稲緒は倒れた涼円の援護を最大限に使い、一人で全員を相手にするつもりだった。
 トキカに焦がされた肌に、アルバルクに開けられた風穴、更に左腕は渓に折られてしまったらしい。
 満身創痍。それでも、退く事は無い。手負いの狼は何をするか分からないもの。
 江流は懐からヴォトカの瓶を取り出すと、トキカを呼びながら全力で投擲する。
 風で流されたが、当てるつもりはなかったので問題は無い。
「燃やすくらいなら、呑みたい所‥‥なんてね」
 言葉のそれとは裏腹に、高温の火炎の塊が瓶を砕き、火柱を彼方此方に撒き散らす。
 乱雑な閃光は、夜光虫の光よりも鮮烈で、一時的に目を眩ますには充分な効果を発揮した。
 確実に殺したかった稲緒に、迷いが生じたのだ。
 勝利の確信は、渓、アルバルク共に濃かった。
 蒼い龍脚が舞い、紅い瞳と二連星が刹那の間隙を縫った。


 風葉は夜光虫を呼び寄せると、帽子を被り直し、安堵の息を吐いた利穏と頷き合った。
 瓦解した建物や、ボロボロになった仲間達を眺めて、微かに苦笑したのであった。