此岸帰花
マスター名:東雲ホメル
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/03 23:45



■オープニング本文

 ドウシテコチラガワニトドマルノカ。
 思考はすれども、既に餓鬼程度。
 餓えは如何しようもないもので、湧き出る欲は頭を塗り潰す。
 しかし、女にその飢餓感を満たす術など無かった。
 餓えだけが彼女に与えられたモノ。
 他のモノは、いつの間にか奪われてしまった。
 身を切る様な寒さだというのに、梅の白い花が咲いている。
 女はその花を見上げる。
 見上げて、そして小さく呻く。
 やはり花を愛でた所で、女の餓えは満たされる事はなかった。


 山の麓に白梅庵という宿が在る。
 その別館が、山中に在るというのだが――
「どうも、数日前から瘴気が濃くなってしまって‥‥」
「はぁ〜」
 宿の女将、水品梅定は大きく溜息を吐いて、肩を落とす。
 鶺鴒はゆっくりと出されたお茶を啜る。
「あ、これ美味しいですねぇ〜」
「え? えぇ、偶々良い物が入ったので‥‥」
 鶺鴒の間延びした声につられて、気の抜けた返事をする梅定。
 開拓者として呼んだのは良かったのだが――
 何処か頼りないし、果たして本当に開拓者なのかも怪しい。
 梅定は思い出した様に口を開く。
「それで、別館に行けなくなってしまいまして困っているのです‥‥」
「あぁ〜、瘴気にアヤカシが集まってきた感じですかぁ〜」
 梅定はもう一度、溜息を吐く。
「あの‥‥それで、依頼の方は‥‥」
「はい〜。 お受けしますねぇ〜」
 鶺鴒はそう言って、立ち上がる。
 そして、丁寧に頭を下げて部屋を出ようとする。
「あっ‥‥私がお受けするのは、アヤカシの調査までですから〜」
「へ?」
「いえ〜、瘴気の濃い場所に行くわけですしぃ〜」
「あの‥‥」
「それにぃ〜、どんなアヤカシが出るか分かってないんですよねぇ〜」
 鶺鴒は何処からともなく取り出した算盤を弾いて、梅定に見せる。
 珠の位置は「三倍以上出せ」と物語っている。
 梅定は唖然としながら、鶺鴒の後姿を見送る。
 騙された、と言えば騙されたのかもしれないが――
 変な話、毒気を抜かれた気分にもなる。
 諦めよう、梅定はもう一度溜息を吐く。
「今度はもっとしっかりと開拓者を紹介してもらおうかしら‥‥」


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
水月(ia2566
10歳・女・吟
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
クラウス・サヴィオラ(ib0261
21歳・男・騎
ルー(ib4431
19歳・女・志


■リプレイ本文

「心当たり、ですか‥‥」
 梅定は水月(ia2566)の問い掛けに手を頬に当てて唸る。
 無言で頷いた彼女に対して、梅定は少し考えた後に溜息を吐く。
 やはり、心当たりは無いらしく、水月は首を横に振って答える。
「申し訳有りません‥‥冬の間は別館に行く事も少なくなりますので」
 頭を下げる梅定に、御凪 祥(ia5285)は御礼を言うと水月を連れて仲間の下へと戻る。
 今回の件に関して、何か手掛かりになる様な事が有れば良かったのだが――
 梅定からは、特に収穫は得られなかった。
 となれば、後は現場に行ってみる他に解決する方法は残っていなかった。
 二人が仲間の下へ戻ると、鈴木 透子(ia5664)が大きな瓶に水を張っている所だった。
「食べ物で誘き寄せられれば、良いのですけども」
 そう行って、大量の砂糖を加えている。
 果たして、それが効果の有る物なのか。
 祥は、透子の用意した水瓶の一つを持ち上げる。
 旅館の近所の住人などに話を聞いて回ったらしいのだが、此方も収穫は無し。
 急ぐ必要も無いのだが、此処でやれる事はやった。
 出発する八人を見送り、梅定はもう一度深々と頭を下げた。
 振り返ったルー(ib4431)は、そんな梅定の姿を眺めてポツリと一つ。
「報酬は人によりけりだから、騙されたとは言い難い状況なんだろうけれど‥‥」
 それでも、自身が何か力になれれば。
 それはそれで、良い事なのではないのだろうか。
 ルーは、そんな事を考えながら山道に分け入って行くのであった。

 別館と言えども、本館の在る山の麓からは大分上に上った所に在った。
 其処に至る道は、近付かなくなったという事も有ってか草木が伸び放題。
 無いよりはマシ、と言える様な状態の道となっていた。
 朝比奈 空(ia0086)の張った結界内には、未だに反応は無い。
 どうやら、本当に別館と呼ばれる建物の周りにしか餓鬼は居ない様であった。
「餓鬼ってのは、いつも腹を空かせてるんだっけ?」
 クラウス・サヴィオラ(ib0261)の言葉は、確かだった。
 餓鬼と言う者は、常に何かしらに飢えている。
 それが食事をする事なのか、贅沢をする事なのか。
 別館の周りより動かないのは、其処に在る瘴気を食い物にしているからであろう。
 鶺鴒の書いた報告書や、梅定の話から推測出来る事であった。
 雲母(ia6295)はそういった推測を立て、紫煙を燻らせながら前方を見上げる。
 開拓者の足では、然程時間が掛からなかったらしい。
 遠くの方に、別館の物と思われる屋根が見えていた。
 天津疾也(ia0019)は「ほな」とだけ言うと、仲間よりも一歩前に出る。
 それに続く様に、全員が早足でその方角へと向かう。
「居ます‥‥」
 空は正面を見据えたまま、立ち止まって呟く。
 透子は、祥と頷き合うと水瓶の準備を始める。
 餓鬼が気付きそうなギリギリの距離に水瓶を置き、軽く音を立てる。
 知能の低い餓鬼ならば、必ず喰い付くであろう。
 草むらに隠れながら、その成否を見守りつつ、八人は自身の得物に手を掛ける。
 音に釣られてやって来た餓鬼の一匹が水瓶を見つけ、猿の様な声を上げる。
 その声に釣られて、何匹かが此方に向かってきたのだが――
 明らかにその視線は、水瓶には向いてなどいなかった。
「俺達の様な餌の方が喰い付き易かったんだろうな」
 クラウスは片手剣を抜き放ち、向かって来る餓鬼の目の前に躍り出る。
「やれやれ、折角梅も満開っちゅう話やのに、無粋な連中やなぁ」
 疾也は肩を叩いていた刃の切っ先を、眼前に迫った餓鬼の喉下に突きつける。
 八人は一気に元の道に戻り、向かって来る餓鬼に相対する。
「やはり、無理ですよね」
 透子の視界には供養にすらならなかった水瓶が映る。
 口には出さなかったが、その期待は実現せず、少しだけ残念な結果となってしまった。

 四本の弦が奏でる音色は、深いまどろみに誘う音色。
 水月の目の前に群がっていた餓鬼は次々と、それに誘われていく。
 崩れた餓鬼に、祥は丁寧に止めを刺していく。
 握られた十字槍にとっては、餓鬼程度を薙ぎ払う事はどうと言う事はない。
 眠っているのならば、尚更に簡単な仕事であった。
 其処から少し離れた位置では、ルーが雄叫びを上げる。
 木の枝が揺れ、葉が落ち、その事に餓鬼は奇妙な声を上げながらルーの方へと向き直る。
 向かって来る餓鬼の群れに、ルーは銃口を向ける。
 ルーが引き金を引くよりも早く、空気の層を裂いて飛んだのは一矢。
 雲母の放った矢が、餓鬼の脳天に突き刺さり、その動きを止める。
 瘴気となって霧散していく、餓鬼を眺めながら、少しばかり退屈な思いでもう一つ。
「手応えのない相手ばっかりだなぁ、最近は」
 その言葉通り餓鬼の力はそれ程でもなく、ばったばったと倒されては霧散していくばかりだった。
 曇天の光が差し込む中、空は雪崩れ込んで来た最後の一匹を捉える。
 霊糸で編まれた装束が白燐を発し、それと同時に餓鬼を呑み込む炎が上がる。
 炎の中、崩れていく餓鬼は近くの木にしがみ付くが――
 炎は餓鬼のみを焼き払い、何も無かったかの様に消えてしまった。
 透子は符を握っていた手の力を緩める。
 先程まで、波状で迫ってきていた餓鬼が一気に引いたのだった。
 姿は見えるが、不用意に近寄っては来ない。
 疾也は刀を納めると、鶺鴒の報告書の事を思い出す。
 どういう訳か、知能の低いはずである餓鬼が統率の取れた動きをするという一文。
 何か問い掛ける様に後ろを振り向くが、誰も首を横に振るばかり。
 特別注意していた、水月もそれを指揮していそうな個体を見つけられなかったのだ。
 となれば、進む以外に道は無い。
 肩を竦めた疾也は、別館の在る方向へと向き直り、仲間を引き連れる形で歩を進めた。

 登りきってみれば、八人は案外開けた場所に出る。
 流石に別館を建てた場所という事もあり、その周辺は切り開かれていた様だ。
 しかし、其処に広がった光景は『旅館の別館』などというものではなく――
 餓鬼の群がる幽霊屋敷、という表現がしっくりくる様なモノだった。
 少々、うんざりしながらも雲母は弦をキリキリと音を立てさせながら引く。
 風切り音がして餓鬼の一匹が倒れた後に、すぐさまもう一匹が倒れる。
 硝煙の香りを全く漂わせていないルーの銃から放たれた鉛弾。
 それが餓鬼の息の根を上手く止めたのだ。
 その攻撃を皮切りに、乱戦へと突入するかと思われた。
 しかし、ある程度の塊が此方に向かってきただけで、全てが向かって来る訳ではなかった。
 餓鬼の様子を注意深く観察していた水月の感想としては、隙を伺う様な動き。
 知能の低い餓鬼が確り役割分担を出来ていると言うのは、疑問が残る。
 それは、やはり指揮を執っている何者かが存在しているという事の表れだったのだ。
「こいつは、そう簡単に避けられないぜ?」
 クラウスは目にも止まらぬ速度で、飛び込んできた餓鬼の真横に動く。
 そして、餓鬼が反応するよりも早く、その刃を叩き込む。
 そうして、周囲を見回すが別館の周りには特別瘴気溜まりは確認出来ない。
 鶺鴒や梅定の話を総合するに、やはり別館内部に何か在るのだろう。
 透子の式が飛び、クラウスの背後に迫ってきていた餓鬼を喰らう。
 それを確かめるには、先ずは餓鬼を掃除しなければならなかった。
 ルーが再び咆哮すると、何匹もの餓鬼が集まってくる。
 仲間がそれと衝突する前に、水月はバイオリンの弦を一つ指で摘む様にして弾く。
 甲高い音がその辺一体に響き渡り、それが空気をも振るわせる。
 飛び付いてくる餓鬼の勢いは一気に落ち、その攻撃力を削ぐ。
 祥の一撃に迷いなど無く、不用意に飛び込む形となってしまった餓鬼の脇腹に刺突が繰り出される。
 流麗とも言える動きに数体の餓鬼が瞬く間に倒されていく。
 更にルーの声に気をとられた餓鬼の背後に迫った疾也が、標的の胴体を一閃する。
 神速とも呼べる速度で振り抜かれた一刀は、その刃を血で曇らせる事も無い。
 瘴気の中で、激しく燃え上がる澄んだ炎の光がその刃に映る。
 仲間の消耗はそれ程でもない、空はその練力を浄化の炎に注ぐ。
 別館と結界が重なる部分には、アヤカシの気配は無い。
 今の所、本当に建物の周りにしかアヤカシは居ない様だった。

 最初の衝突から、時間が経った後。
 餓鬼の群れの見せる統率の取れた動きは、面倒な印象を与えるとは言え、個体自体の強さは然程でも無い。
 開拓者の圧倒的な力の前にじわじわとその数を減らしていった。
 相手の隙を衝いて、ルーは引き金を引く。
 残り僅か、既に自身に注意を惹きつけなくとも十分に戦える状況だった。
 轟く雷鳴を纏った刃が飛び、祥の目の前に立っていた餓鬼が焼け焦げる。
 これで後方に位置した仲間に迫る脅威は無くなった。
 残るは、点々と残っている個体。
 雲母はこれ以上無い威力を纏った薄緑色の矢を放つと、煙を吐き出して弓を下ろした。
 もう十分、と言わんばかりだった。
「さて、瘴気の発生源か。 私はさっぱり分からんから、巫女に任せるかね」
 雲母は口から煙管を離して、空に投げ掛ける。
 そんな雲母に空は静かに頷くと、別館に向かって歩き出す。
 残りの餓鬼を透子の式が喰い尽す前に、八人は別館の内部へと入り込んでいった。
 内部には、何かが腐った様な何とも言えぬ臭いが立ち込めていた。
 果たして鶺鴒の言う通り、梅の花など咲いているのだろうか。
 そもそも、梅の花が咲くには少しばかり時期が早い様にも思える。
 今回は幸いにも雪は降っていなかったが、冬の山である。
 若しくは、その瘴気の所為で梅の花が咲いたのであろうか。
 些細な事かもしれないが、そんな疑問を残したまま、瘴気の発生源を捜し中庭へと出る。

 見事な白梅だった。
 あぁ、と誰とも無く声を上げる。
 確かに素晴らしい光景なのだろうが――
 その木の下には、白い着物を着た女が佇んでいる。
 白い梅には瘴気や邪気を払う効果が有る、と言う事を何処かで聞いた覚えのあったルー。
 その梅に何か有ったのだろうとは思っていた。
「あの女の人が原因、なのかしら‥‥」
 ルーの持っている知識は確証の無い事だったが、見ている事は確かなもの。
 梅の木の下に佇む、女の姿をした幽霊のアヤカシ。
 あれが、餓鬼の指揮を執っていたのだろう。
 瘴気に取り込まれ、アヤカシへと落ちてしまったのだろうか。
 既に言語を理解する知能はなさそうだった。
 事、戦う為だけの、やって来た開拓者を狩り殺す為だけの知能。
 それしか無かったのだろう。
 その女は、身動き一つしない。
 空は一つ息を吐くと、手を女に向けて翳す。
 女の身体はあっという間に炎に包まれる。
「ほれ、折角や、最後に梅の香りで楽しんで逝けや」
 疾也は燃え盛る女の身体に、綺麗な真一文字の線を描く。
 淡い梅の香りは、炎と共にその魂を浄化させる。
 そして、疾也は木の幹の裏にそれを見つける。
 瘴気がじわじわと漏れ出ている亀裂。
 八人は、応急処置としてその亀裂を埋める。
 すると、見事な白い花を付けていた梅はみるみる内に枯れてしまった。
「あの白い花が梅の花か‥‥綺麗なもんだな」
 これからまた咲いてくれれば良い、クラウスはそんな思いで貧相な枝先を眺める。
 何に執着して、如何して執着するのか。
 自身には分からぬ想いは其処には在るのだろう。
 梅の木の根元に転がる骨に其々供養の気持ちを表す仲間。
 祥はそれに背を向ける。
 事情は既に彼岸に在る。
 無理に弔ってやろうとは思わなかったのだ。
 水月の奏でる音色を聴きながら、中庭の入り口に座り込んだ雲母。
 仲間の気の済むまで。
 その間、彼女は煙管を咥え、ゆっくりとその味を確かめる。
 彼岸の時期ではないが、此岸では梅が帰り咲いた。
 餓鬼や女の幽霊。
 その白い花弁が、せめてもの手向けになったのではないのだろうか。