虎死眈々
マスター名:東雲ホメル
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/25 23:03



■オープニング本文

 深々と降る白雪の中。
 閃いたのは白刃二振り。
 曇天と言えども、時刻は未だ昼過ぎ。
 十分な程に明るい。
 そんな中で斬り合っている影が一つ、二つ。
 鎬を削りながら、男はふと思う。
 人気が少なかったのは、果たして幸いだったのか。
 もしくはそうでもないのか。
 まさか町外れの神社で、こんな事に巻き込まれるとは思いもしなかっただろう。
 男は転がりながら、目の前の敵の手から逃れる。
 容姿は確かに人間なのだ――
 いや、それは遠目に見て、と言う話になってくるだろう。
 その眼は明らかに人のそれではない。
 獣、それもかなり獰猛な類だ。
「何用かは知らないが、突然斬りかかってくるのは無礼ではないか?」
 男は一応声を掛けてみる事にした。
 反応は無い。
 人語は理解していないのだろう。
 女の形はしているが、低い呻り声を上げている。
 獣人ではない事は、その額の二つの角が表している。
「アヤカシか、何かか」
 足元に積もった雪は大分柔らかい。
 ぎゅっと一歩踏み出す。
 間合いは互いの得物のそれではない。
 しかし、男は開拓者と呼ばれる存在。
 刹那、男の刀の切っ先は敵の懐に強烈な刺突として放たれる。
 手応えは皆無だ。
 男は、刀の先に引っ掛かった襤褸切れの様な着物を眺める。
 そして、すぐさま刀を自身の頭上に掲げる。
 甲高い金属音が耳を劈き、男の身体は弾かれる様にして後退する。
「虎‥‥やはり獣も混じっていたか」
 上半身は人間の女の物だが、下半身は虎の物である。
 四肢の先は鎧で固められていた為に気付かなかったが――
 その尾や、柄は虎である。
 観察も此処まで。
 虎鬼が動いたのだ。
 尋常ではない速度で雪を走り、跳ねる。
 直線的な動きから繰り出される斬撃は、愚かなものだった。
 其処で勝敗は決した。

 崩れたのは男の方だった。
 訳も分からぬまま男は絶命する。
 確かに、虎鬼の斬線は読み切った。
 刀で完璧に受け流す事は勿論、掠りもせずに避ける事も可能だったはずだ。
 しかし、男は白い景色の中に自身の血で作った赤い水溜りに沈む。
 雪は降り続く、深々と、深々と。


■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
光河 神之介(ib5549
17歳・男・サ
獣兵衛(ib5607
15歳・男・シ


■リプレイ本文

 件のアヤカシの所為で人通りは、既に無いのだろう。
 柳生 右京(ia0970)は、柔雪を踏み締めて辻の真ん中に立つ。
 正面には襤褸長屋が続いており――
 右を向けば町中からは大きく外れる道なのか、人気どころか建物すらも少ない。
 左に進めば神社の塀に沿って歩く事になる。
 白い息を吐く右京は一歩、その塀に沿って歩き始める。
 その様子を遠くから確認すると、獣兵衛(ib5607)はゆっくりと通りに出てくる。
「しかし、虎鬼か‥‥相棒に出来ないかの?」
 後ろを歩くオラース・カノーヴァ(ib0141)に問い掛けてみる。
 オラースはそれに肩を竦めて答える。
 そもそもアヤカシは倒してしまったが最後。
 残された道は瘴気になって霧散してしまうだけなのだ。
 だろうなぁ、と獣兵衛は頬を掻く。
 微かな雪の香りの中、後方を確認する。
 恐らく、見えぬ位置を歩いているだろう仲間の様子はどうなのだろうか。
 志藤 久遠(ia0597)は肩の雪を払い、塀の奥の様子を伺う。
 雪がちらついているだけで、虎鬼の姿は未だに無い。
 昼間だと言うのに、尋常ではない静まり。
 自身の呼吸音しか聞こえない様だった。
 自分の様子を伺っているのだろうか。
 一人の開拓者を狙う知恵を持っているのだ、此方の作戦に気付いたのか。
 兎にも角にも、油断すれば自身も雪の上に倒れ伏す事になるのだ。
「油断は出来ませんね」
 久遠はそう独りごちると、ゆっくりと歩き出した。
 そのまた後方。
「寒い‥‥早くぶっ倒して炬燵でぬくぬくしてぇ‥‥」
 腕を組み、身体を縮こまらせる様にして光河 神之介(ib5549)は呟く。
 普段の町の中の喧騒があれば、聞こえなかったであろう呟き。
 それに鳳珠(ib3369)は「それは良いですね」と丁寧に答える。
 しかし、彼女自身の張った結界内には反応は無い。
 反応が有れば、すぐさまにでも神之介に知らせて仲間を呼ぶ準備は出来ている。
 警戒して隠れてしまったのだろうか。
 しかし、開拓者を三人も打ち倒した兵。
 本当に気の抜けない依頼である。
「何で出て来ねぇんだよ‥‥! こっちは寒いんだから早く出て来いよ‥‥!」
 少しだけ苛々している神之介を横目に、鳳珠は自身らに加護結界をかける事にした。

 僅かな風切り音だった。
 右京の視界が暗くなる。
 刹那の接触が、刃を弾き、火花を散らせる。
「開拓者二人を屠った実力、見せて貰おう」
 黒い長髪の女が獰猛な瞳で、右京を射抜く。
 流石に開拓者を二人斬り殺し、一人を医者送りにしただけはある。
 そして刀の切っ先を外さない様に、右京は懐から狼煙銃を取り出した。
 空に上がった色付きの煙を確認するや否や、獣兵衛とオーラスはその方向へと走り出す。
 前方の角を曲がった先、右京の居るであろう方向だ。
 獣兵衛は縄に灯した火を確認すると、曲がった直後に銃を構える。
 視線の先には丁々発止と斬り結ぶ二つの影。
 その一つが高々と飛び上がった所に引き金を引く。
 鉛弾は冷たく乾き切った空を裂き、舞い上がった虎鬼の頬を掠める。
 アヤカシは着地と同時に獣兵衛を敵として認識したのか、右京を背に走り出す。
 それを追おうと右京も走るが――
 中々如何して、早い。
 いや、普段ならば追いついていたであろう速度だが、この雪上では届かない。
 どういう訳か、そういった条件の中でも虎鬼は十分な速度を出せている様だった。
 獣兵衛は、足元に狙いを定めてもう一度引き金を引く。
 鉛弾で雪が弾けると同時に、虎鬼も跳ぶ。
 そして、斬線を一つ獣兵衛の身体に描いた。
 血飛沫は雪に赤い点々を残し、獣兵衛は一歩二歩、後ろに退く。
 幻術によって現れた木の葉ごと斬り裂かれた胸元には痛々しい傷。
 下がる獣兵衛に虎鬼は追撃をかけ様とするも――
 刃は駆けつけた久遠の薙刀に払われる。
 虎鬼は塀と水平になる様にして後退する。
 寒さだけではないのだろう、開拓者達、虎鬼の皮膚にも痛みが有る。
 張り詰めた空気の中、とうとう神之介と鳳珠も駆けつけてきたのだった。
 虎鬼は低く唸ると、先ずは右京の方へと斬り掛かる。
 足は確かに雪に取られてしまうが、手や腕はそうではない。
 右京は静かに刀を振るうと虎鬼の斬撃を受け流す。
「ふん‥‥情報通りの姿だ」
 右京の腕には五本の薄い血線。
 受け流したはずの斬撃が届いたのでは無い。
 虎鬼は転がりながら、右京の横をすり抜け、立ち上がる。
 その左手には鋭い爪が、篭手の指先から突き出している。
 恐らく、雪上でも十分な速度で走れたのも、あの爪のお陰だろう。
 先程よりも一層と獣染みた構えで、虎鬼は開拓者の様子を伺っていた。
 そして、先に動いたのは開拓者、久遠だった。
 その後に続いて神之介も動く。
 激烈な薙刀の打ち込みの後に、豪快な太刀が閃く。
 更に、獣兵衛が遠距離からの攻撃を加える。
 避けたり、受け流したりする事は可能でも、虎鬼もただでは済まない。
 肩口に久遠の二撃目を受けてしまったのだ。
 神之介の太刀は何とか寸ででかわす事は出来たのだが――
 疲れが出てしまえば、どうなるか分かったものじゃなかった。
 虎鬼は反撃の一太刀を久遠に浴びせると、もう一度後ろに後退する。

 鳳珠は虎鬼と鎬を削る仲間達を見て、自身の身体を淡く光らせる。
 その輝きは周囲に溢れて、仲間達の傷を癒していく。
 更に出来る限りの支援として、仲間達の周りに加護の結界を張る。
 相手が何であろうとも全力は尽くすべきなのである。
 虎鬼の動きを観察しつつ、鳳珠は少しずつ移動をしていく。
 その鳳珠の援護を受けつつ、神之介は声を上げる。
「犠牲者のカタキは取らせてもらうぞ‥‥! 覚悟しろアヤカシ‥‥!」
 小さく息を吐いて刀を振るい、虎鬼の脳天を狙う。
 耳を劈く様な金属音が響き、神之介は間合いを開ける。
「くっ‥‥隠すのが上手ぇなアヤカシは‥‥」
 鎧に映った蓮に微かな亀裂が入っている。
 刀ではなく爪に因る物だろう。
 再び虎鬼に目をやれば、久遠が迫っている。
 薙刀に依る連撃は荒々しくはあるが、やはり強烈。
 それを苦しそうに、虎鬼は受ける。
 その表情を見て、神之介は少しの違和感を感じる。
 手練だと思われる、右京や久遠の攻撃に直撃していないのは確かに強い証拠なのだろう。
 しかし、果たして開拓者を二人も死に追いやる程の強さなのだろうか。
 神之介はそんな考えを振り払う様に気合を吐く。
 一気に間合いを詰めて、虎鬼の脳天を狙って得物を振るう。
 寸でで虎鬼はそれを回避するが、少し後退した所で膝を突いてしまう。
 黒い血の様なものが地面に点々と落ちて、煙を上げている。
 その視線の先には獣兵衛がシノビ筒を構えている。
 獣兵衛の放った鉛弾が虎鬼の腿に見事に命中したのであった。

 戦いが始まってから、敵の瘴気を探る結界は張ってはいなかった。
 その事がそれの接近を容易く許してしまったのだろう。
 鳳珠の耳に唸り声が聞える。
 思わず杖を強く握り締めてしまう。
 この声は、前方に居る虎鬼のものではない。
 明らかに自身の背後から聞えたものだ。
 息を呑んで、鳳珠は後ろを振り返る。
 結界はなかったが、後衛に位置していて、虎鬼の動きなどを観察していたのが不幸中の幸い。
 普通ならばそのまま戦闘不能に陥ってしまいそうな一撃を、何とか杖で受け止める。
 それでも傷は大分深い。
「っ!!」
 返り血を浴びながら、虎鬼は一度飛び退く。
 そして、白い息を吐き出し、よろめいた鳳珠を眺める様にして嗤う。
「そういう事か」
 それだけ言うと、右京はその刃で空を斬る。
 不可視の刃は新しく現れた虎鬼を上手く捉え、その肩口を裂く。
 つまり、これが虎鬼が開拓者を倒せた理由。
 隠された爪などではなく、もっと単純な理由。
 囮役とは別に、もう一体居たのだった。
 雪の中でも足を取られず、更に人語は理解できずとも仲間と協力して動ける程度の知能。
 それらが有ったからこそ、という訳だった。
「此方は任せて下さい」
 久遠は薙刀の穂先を立ち上がった虎鬼から外さずに、右京に声を掛ける。
 その言葉に静かに頷いた右京は、神之介にも同じ様に頷いてみせる。
 神之介はそれを確認して、久遠と同じ様に目の前の虎鬼に向き直る。
 鋭さを増した殺気は、手負いの虎そのもの。
 久遠はじりと詰め寄る。
 虎鬼もその動きを見て、構えを変える。
 張り詰めた空気の中、先に動いたのはやはり久遠だった。
 相手の気が並んだ神之介に向いた刹那、一気に飛び出したのだ。
 勢いに任せたその刺突は虎鬼の刀を弾いて、更にもう一撃。
 胸に深々と突き刺さり、虎鬼の動きを確実に鈍らせる。
 震える手で刀を握り直すが――
 薙刀を引き抜き、久遠が後ろに跳んだ後。
 入れ替わる様に神之介が全力で踏み込んで来る。
 大きく反りの入った刀が虎鬼の身体に食い込んでいく。
 虎鬼の防御が一つ遅かったのだ。
「こっちは寒いんだ‥‥! さっさと倒れやがれ、この糞アヤカシが‥‥!」
 その言葉が消え入るや否や、虎鬼は白い雪の上に静かに倒れた。

 シノビ筒が盛大に音を立てると、残った虎鬼の身体を弾丸が射抜く。
 またも上手く太腿を捉えたのだ。
 獣兵衛は顎を擦って、走る右京の後姿を眺める。
 機動力は十分に殺いだ。
 後は仕留めるのみ。
 獣兵衛は、右京に射線が被らない様に移動を開始する。
 その後ろでは、鳳珠が傷を癒し、更に右京に加護の結界を掛ける。
 援護も足りている、未だ隠れているやもしれないアヤカシの存在に警戒もしている。
 何より、自身の後方では既に一匹が瘴気となって霧散してしまっている。
 二度目の遅れは無かった。
 右京は虎鬼に向けて刀を振るう。
 白刃が交差する瞬間に、火花が散り、僅かに右京の刀が虎鬼の肩口を裂く。
 刀の引き際に合わせて、虎鬼が刺突を繰り出すが、結界のお陰かそれに威力は然程無い。
 一度空いた間合いを維持する様に、右京は虎鬼の様子を伺う。
 此方では、先に動いたのが虎鬼だった。
 一体が倒されて焦っていたのだろうか、雄叫びを上げながら接近してくる。
 そこを獣兵衛に狙われたのだ。
 右京に斬りかかる寸前、その身体が痛みと衝撃で硬直する。
 どてっ腹には風穴。
 右京はその隙を逃さなかった。
「この一刀、見切れるか?」
 左手を鞘に見立てて刀の背に沿わせ、その刀を自身の持つ最速で振るう。
 右京の得意とする抜刀と、柳生の秘剣が組み合わさり、虎鬼に対しての絶対的な止めとなる。
 一閃と振りぬかれた刃には斬った痕跡が残っていない。
 しかし、虎鬼の身体からは力が抜け、遂に倒れてしまった。


「やはり、無理だったか」
 煙草の煙を吐き出し、獣兵衛は虎鬼の倒れていた辺りに屈み込む。
 いつの間にか雪は止んでいた。
 鳳珠は、静かに空を見上げる。
 澄んだ空気は、既にアヤカシが其処には居ないという証拠の様であった。
 そうして、鳳珠は犠牲になった開拓者の事を思う。
 名も、顔も知らぬが、その命に対し鎮魂の意を届ける。
「早く帰ろうぜ‥‥炬燵が俺達を待っている‥‥」
 鳳珠が顔を上げると、神之介が誰にともなく投げかける。
 その言葉を受け、普段生真面目な久遠も「そうですね」と疲れた様に呟く。
 神社の周りにはやはり静けさしか残っていなかった。
 その静けさを後に、六人はその場を後にした。