牡丹雪
マスター名：東雲ホメル
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| ■オープニング本文 仰々しい名前を背負った少女。 その足は、長い階段を一段ずつ踏み締める。 「どうして‥‥こう‥‥辺鄙な所に‥‥」 目的は山中に在る寺院。 水明は、息を上げながら少し先を見る。 閉じた門の小さな姿。 「面倒だねぇ」 「そ〜ですねぇ〜」 細身の杖を突きながら、間延びした声で応える影。 「‥‥‥‥」 水明はこの影を、この女のシノビを護衛として雇ったのだった。 「どうかされましたかぁ〜？」 金は有った、十分有った。 絵師と言う職業柄、年齢はその収入に関係は然程無い。 屈強な奴を雇えば、この旅路も安心だっただろう。 しかし、どうしてこの女を雇ってしまったのか。 「しかし、鶺鴒さん‥‥本当にあたしの絵一枚で十分なのかい？」 たﾁた一枚、水明の絵を一枚。 それだけで良いから、雇ってくれないか。 鶺鴒と呼ばれた女は、そう声を掛けてきた。 「あの、逢島院 水明ですよぉ〜？ 勿体無い位かもしれませんよぉ〜？」 あまりにも熱心に頼んでくるものだから、天狗になってしまった。 それは正直否めない。 水明は溜息を吐きながら、また一段ずつ階段を上り始める。 ケチらずにもう一人、金で雇えば良かった。 何となく、頼りない。 「冷えるねぇ‥‥」 「そうですねぇ〜、尋常ではありませんねぇ〜」 のんびりと頷いた後に、鶺鴒は一つ付け加える。 アヤカシかも知れませんねぇ〜、とだけ。 変に落ち着いている所を見ると、やはり手練なのだろうか。 「まぁ、描きたい物の為に都から東房の知り合いの所に手紙出してまで来たんだ。 今更帰れないよ」 「うふふ、大丈夫ですよぉ〜。 私に任せてくださいなぁ〜」 豊満な胸をぽんと叩く姿は、唯の御姉さんにしか見えない。 今、アヤカシに襲われたら死んでしまうのではないかと不安になる水明だった。 「おーい！ 千矢さーん！ あたしだよー！ 水明だよー！」 どんどんと、閉め切られた門を叩く水明。 一頻り叩いた後に、門に耳を当てる。 中で何か騒いでいるようだったのだが―― 「あ〜、開きましたねぇ〜」 鶺鴒は小さく手を叩いて、からからと笑う。 緊張感など、欠片も無い。 「遅いよ、千矢さん。 こっちは凍えそうだよ」 自身の腕を抱く様にして、水明は小言を飛ばす。 その先には、千矢と呼ばれた男が立っていた。 「申し訳ないです‥‥少し事情が有りまして‥‥」 それだけ言うと、千矢は中へ入る様に促す。 水明に続いて鶺鴒も中に入ろうとするが―― 足を止める。 「どうしたんだい？ 早く暖まろうよ、鶺鴒さん」 「いえいえ〜、その前に御仕事をしませんとぉ〜」 護衛としての仕事。 千矢は鶺鴒の言葉の意味を理解すると、深く頭を下げる。 「お願い致します‥‥」 にっこりと微笑んで、鶺鴒はくるりと振向く。 「とうとう、雪まで降ってきたよ――って、ありゃ‥‥！」 目の前にはらりと舞い落ちる、牡丹雪。 水明は手を出して、それを掬おうとする。 その視界の端。 白い影。 「アヤカシかい！？」 「一昨日より、現れる様になりまして‥‥」 千矢は門を開けるのが遅れた理由が、これだ、と水明に説明する。 「開拓者は呼んだのかい？」 「えぇ‥‥アヤカシの棲家に向かった方々と此処を守る方々を‥‥」 再び閉ざされた門の前には数名の開拓者の姿。 鶺鴒は目の前のアヤカシの首を刎ねて、その位置まで下がる。 「えぇ〜とぉ〜‥‥私は門を守りますのでぇ〜、宜しくお願いしますねぇ〜」 杖から抜かれた刃が、白く染まっていく景色の中で鈍く光る。 |
■参加者一覧
ヘラルディア（ia0397）18歳・女・巫 
からす（ia6525）13歳・女・弓 
天ヶ瀬 焔騎（ia8250）25歳・男・志 
琥龍 蒼羅（ib0214）18歳・男・シ 
シルフィール（ib1886）20歳・女・サ 
フレデリカ（ib2105）14歳・女・陰 
白端（ib3492）26歳・女・陰 
リリア（ib3552）16歳・女・騎 |
| ■リプレイ本文 ひらり、はらり。 落ちる牡丹雪を眺めて、からす（ia6525）は呟く。 「美しい雪だ」 もし、この大粒の牡丹雪がアヤカシの仕業だとしても、それはそれで評価できる。 寒過ぎたり、雪が多かったりするのは面倒なのだが。 琥龍 蒼羅（ib0214）は白い息を静かに吐きながら、階段下を眺める。 白く積もった雪。 既に鶺鴒と水明の足跡は消えている。 蒼羅が考えている様に天候は先程よりも少し悪くなってきていた。 此処を、門の傍から動かないとは言え、足場への注意は必須と言った所だった。 「にしても、雪女ねぇ」 シルフィール（ib1886）は左腕を、刀の柄に預けながら考え込む。 夏の次は、秋。 その秋を通り越して、冬。 少し早過ぎる気もする。 「見てるだけで寒くなりそうな格好だけは止めてほしいわね」 「あぁ〜、薄い着物だけでしたよぉ〜」 シルフィールに鶺鴒が答える。 やはり、という顔をしてシルフィールは溜息を吐く。 定番といえば、定番の様な気もするがやはり、自分まで寒くなるのは勘弁だった。 「風邪とか引かないんでしょうかねぇ〜」 首を傾げて唸る鶺鴒。 そんな鶺鴒を横目で見て、フレデリカ（ib2105）はつくづく思う。 （「何か、気が抜けるなぁ‥‥」） 到底、シノビとは思えない柔らかい雰囲気にはどうしても気が緩んでしまう。 アヤカシの首を刎ねていた所を見ると、戦えない、という訳ではないのだろうけれども。 深々と冷え込む中。 からすはその弓の弦を鳴らす。 張り詰めた、甲高い音が響き渡る。 針葉樹が乱立している上に、山の斜面が中々にきつい。 リリア（ib3552）が出発する前に溢していたが、本当に残念な地形だ。 外界から、寺院を遮断するには適当なのだろうが、戦闘には明らかに不向きである。 特にこういった防衛を主とした戦闘には。 「も、もう少し何とかなりませんの！？」 白端（ib3492）は声を上げて、そのふさふさとした自慢の尻尾を振るう。 わっさわっさ、という表現が似合いそうなボリューム。 ぶつぶつと呟いている内容としては、雪は嫌いではないらしい。 唯、単純に尻尾の手入れが難しいというだけの様だ。 「近場のヤツから仕留めて行くか、囲まれないように気をつけよう」 天ヶ瀬 焔騎（ia8250）は冷えた槍身で自身の肩を軽く叩く。 耐寒にも抜かりなく、更にその片手にはヴォトカ。 身を切る様な寒さの中で、普段よりも一層と体温が高いのではないのかと思われる。 その後方、ぎゅっと雪を踏み締めてヘラルディア（ia0397）は寺院を振り返る。 「こうした騒がしい事が無ければ、趣が深く感じられる風景なのでしょうね」 針葉樹の間から覗く寺院。 それは確かに、絵にするには十分過ぎる風景だった。 本当に残念でならなかった。 「前方、お気をつけ下さいね」 ヘラルディアは、前を歩く焔騎達に声を掛ける。 肌ではなく、身体の芯に突き刺さる冷気。 纏わり付く様な嫌悪感。 殺気と瘴気。 それが、ヘラルディアの張った結界の内に入り込んだのだ。 「じゃ、スグ終わらせよっか」 リリアは青く、美しい片手剣を抜き、前方を睨む。 未だ、アヤカシの姿は見えない。 乱立する木々、その幾つかに陰に何かが居る。 焔騎はランスを構え、一歩大きく踏み出す。 行くぜ、とだけ呟いて該当する木々の内の一本に近付いていく。 その背中を見て、白端は陰陽符を取り出し集中する。 濃密な殺気が微かに動く。 それは、特殊な業を使わずしても感じ取れた。 焔騎のすぐ後ろについていた、リリアがいの一番に走り出す。 木の陰からゆらりと、そのアヤカシが姿を現したのだ。 白、白の中に映える白。 着ている物だけではなく、肌や髪までも白いのだ。 正に雪女と呼ぶに相応しい姿だ。 短く息を吐いて、リリアはその異形の者の身体に刃を食い込ませる。 血は出ないものの、その見開かれた目には痛みの色が滲んでいる。 その柔らかそうな肉が刃を押し返し、リリアを後退させる。 リリアに代わって焔騎が前に出ようとするが、それは叶わない。 大人の男の拳大の氷塊が、目の前に落ちてきたのだ。 しかし、雪に深く沈んだその氷塊を見てもなお、焔騎は前に進もうとする。 「もう二体、来ます」 ヘラルディアが後方から声を掛けると、木々の陰から雪女が尋常ではない速度で迫ってくる。 「符術・狐火！」 その内の一体の眼前で炎の塊が爆ぜて、その動きを止める。 爆ぜたのは白端の放った式。 火炎に苦しむ雪女は、顔を片手で覆いながらもう片方の手を白端に向かって翳す。 が、その視界には紅い燐光が舞い散る。 焔騎の槍が、その翳された掌を貫く。 「ジルベリアで積んだ戦闘経験値は、伊達じゃねぇぜっ！」 電撃の刃が空を切る。 そして、そのまま階段を勢い良く上がってくる雪女の胸元に吸い込まれる。 その雪女は弾ける様に、階段下へと転がっていく。 指に挟んだ符が溶けるのを確認すると、蒼羅は自身の得物に手を掛ける。 数が分からない以上、消耗の激しい技を使うのは得策ではない。 蒼羅はじりじりと階段の直前まで出て、その場に留まる。 その眼前ではシルフィールが、大太刀を構えている。 高低差に拠る優位はそもそもの所だが、確りと役割が分かれている事が功を奏した。 シルフィールは気合を吐き、全力で大太刀をアヤカシの脳天に振り下ろす。 流石に脳天を割る事は出来なかったが、その刃は肩口を派手に裂く。 シルフィールは爪で反撃の一手を受けるが、未だ大した傷ではなかった。 「うようよきますねぇ〜」 「季節を読んでほしいよね！」 フレデリカは鶺鴒の呑気な言葉に、丁寧に答えつつも式を放つ。 「亡者の腕よ、集い来りて縋り付け」 静かな言霊と共に、強力な霊力が込められた符が発火する。 その符の名前の皮肉なのか放たれた式、無数の黒い腕は一体の雪女の足を絡め取る。 そのお返しにと、雪女は氷塊を幾つも飛ばしてくる。 中には捌き切れない物も在る。 からすは門の屋根から落ちない様に矢を射って、雪女の動きを制する様にする。 しかし、それに気付いた他の雪女が一斉にからすに向かって氷塊を飛ばす。 「あぁ〜、危ないぃ〜」 鶺鴒は声を上げながら、屋根に飛び乗ると息を大きく吸い込む。 吐き出されたのは白い息ではなく、紅い炎の奔流。 二、三個、その炎の中を氷塊が通り抜けて、からすに当たってしまったが戦えない程ではない。 助かった、とだけ鶺鴒に言うとからすはもう一度矢を放つ。 式で動きの止まった雪女に深く突き刺さる。 唯の矢ではない事は、その苦しむ様で分かった。 「彼女の叫び、君に耐えられるかな？」 その場にゆっくりと崩れ落ちる雪女。 それを跨いで他の雪女達が攻め上がって来る。 シルフィールは頭上真っ直ぐ、大太刀を構える。 自身の全身全霊を込めて地面に刃を叩きつける。 轟音と共に、段状に詰まれた石が吹き飛ばされる。 その衝撃と石で数体の雪女の動きが止まるが、それでも止まらない雪女が一体。 シルフィールは振向きながら、最上段に立つ蒼羅に目配せをする。 蒼羅は静かに頷き、応える。 左手親指を鍔に当てる。 雪女は凍った階段を蹴り、正面に構える蒼羅に飛び掛る。 刹那の仕事だった。 緩やかな曲線の刀身が、雪女の胴体に一筋の斬線を描く。 「‥‥この距離は、俺の間合いだ」 シルフィールの起した衝撃波で手負いだったとは言え、蒼羅は雪女を一刀の下に伏せたのだった。 白端の式が、雪女の足元を爆ぜさせる。 雪が吹き飛び、雪女の動きも止まる。 そこに詰め寄ってきたリリアの斬撃が一つ、二つと飛ぶ。 十字に切り裂かれた胸を押えながら、崩れる雪女。 その背後、攻めてきたもう一体が爪を薙ぐ。 腕を切り裂かれ、少しの鮮血が白い雪の上にぱたぱたと落ちる。 追って、もう一撃加えようとする雪女だったが―― 「沈め！ 朱雀悠焔、紅蓮椿ッ！」 焔騎のランスの穂先がその胸元に深く、深く突き刺さる。 そして、その身体をあっさりと貫いてしまった。 糸が切れた人形の様に動かなくなった雪女を地面に落とすと、甲高い音が響く。 何処からともなく。 「合図、ですわね」 白端が耳を動かしながら門の方を向く。 寺院の周辺を一通り探索し、隠れていた雪女を出来る限り排除してきた。 ヘラルディアの結界にも反応は無い。 「戻りましょう」 リリアが大きく息を吐いて、呼吸を整える。 焔騎も頷いて、正面の門の方へと向かおうとする。 「少々、お待ち下さいね」 そんな面々を呼び止め、ヘラルディアは杖を地面に突き刺す。 ヘラルディアの身体は淡く光り輝き、その光は徐々に他の三人を照らし、包み込む。 「では、急ぎ参りましょうか」 お互い頷きあって、門に向かう。 斜面の所為もあってか、進み辛い道程。 それでも、門が徐々に近づいてくると金属音や何かが爆ぜる音、風切り音が聞えてくる。 木々に邪魔されて視界は良くないが、焔騎はその気配を感じる。 階段で戦っている者の気配を。 ゆっくりと、ゆっくりと最下に居る気配の、更に下に回る様に進む。 挟み込んでしまえば、それなりに戦い易くなるはずだからだ。 白端は鉄傘の雪を払い、符を取り出す。 何かが転がり落ちていく音。 「一気に出るぞ‥‥」 焔騎は仲間に小さく声を掛ける。 そして、一斉に階段の方へと踊りだす。 残る雪女は三体。 一体がそれに気付き、氷塊を一つ、二つ飛ばしてくる。 先に出ていた焔騎はランスを楯にしながら、その攻撃を凌ぐ。 追い越す様にリリアが階段を駆け上がっていく。 更にそれよりも早く、白端の式が目標に到達する。 からすは門の屋根の上から、その様子を窺う。 片付けるなら今の内だった。 弦をきりきりと音を立てながら引き、矢を放つ。 下には興味を示さず、階段を上ってきた雪女の左肩に刺さる。 更には蒼羅の雷の刃も喉に突き刺さる。 軽い放電の後、完全に勢いを殺された雪女。 止めを刺す為に、フレデリカは符を握り締める。 ごろりと、雪女の頭が落ちていく。 黒い三日月状の刃がその首を捉えたのだった。 転がり落ちていく首を横目にリリアは敵の懐深くに潜り込んだ。 焦げ付いた着物の袖でリリアの攻撃の邪魔をしようとするも、時既に遅し。 邪魔をしようにも出来ない距離で、リリアは笑う。 「伊達に長年傭兵やってきた訳じゃないのよ！」 一刀、二刀。 これで十分だった。 残った一体。 見た限りでは、増援の気配は無い。 ヘラルディアの張った結界にも、反応は無い。 いよいよ追い込まれたのか、氷塊を階下に飛ばして牽制し、一気に門へと向かおうとする―― が、シルフィールがその行く手を阻んだのだった。 全力で横に斬り飛ばされる雪女。 息も絶え絶え、未だ門への執着を見せる。 だが、呆気ない事にもゆっくりと上ってきた焔騎のランスの穂先で背中を突かれるとぴたりと動かなくなった。 そして、鶺鴒がぽつりと呟く。 「おぉ〜、雪が止んだみたいですねぇ〜」 それは、アヤカシの棲家に向かった者達も、その仕事を終えたという事だった。 屋根から飛び降りて来た鶺鴒。 その姿を見て、フレデリカは先程とは違う事を思う。 「あんなに揺れちゃって、まー」 「結局、千糸さんが邪魔してアヤカシが見れなかったか‥‥」 「当然の事です‥‥」 むくれている水明と何処かげっそりとした千糸。 それと苦笑しながら、門を開けてくれた千糸の弟子と思われる僧侶が二人。 彼女達が、仕事を終えた開拓者を迎え入れてくれた。 「ジルベリアからのお土産です。 温まりますからどうぞ召し上がってくださいね」 ヘラルディアが何処からか戻ってくると、人数分の湯飲みを運んで来ていた。 蜂蜜のお湯割らしい。 囲炉裏に火が入っているとは言え、未だに寒さは残っている。 体が温まる飲み物が来たのは随分助かる話だった。 そうして水明はからすの視線を背中に受けながら、一枚の紙に筆を走らせる。 |
