風流奇譚
マスター名:東雲ホメル
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/02 22:44



■オープニング本文

 天下の往来。
 都のど真ん中。
 白髪の男は茶屋の軒下の椅子に腰掛ける。
「御姐さん、茶を一杯」
 頭の白さに反して随分と若い声が飛ぶ。
 呼ばれた女は一瞬足を止めるが、すぐにその白髪の男の下にお茶を持っていく。
「ありがとう」
 茶を受け取り、一口啜る。
 そして、大きく欠伸。
「若、人通りの往来にて欠伸とは」
「おっと、心善。 スマン、スマン」
 心善と呼ばれた男は、いつの間にか白髪の男の横に立っていた。
「で、首尾は?」
 白髪の若が往来を歩く人々に目をやりながら聞く。
「えぇ、どうやら都から西に行った山奥に例のモノが出ると」
 心善の言葉に、そうか、とだけ答え白髪の若は顎を擦る。
「後は京丸が戻ってくるの??d‥おぉ、来ましたね」
 人波を掻き分けて、腰に刀を下げた一見少年にしか見えない男が歩いてくる。
「‥‥此処より西の山奥‥‥」
 京丸は伝えるべき事だけを伝え、それ以上は喋らない。
「そうかそうか‥‥分かった、二人共。 良くやった」
 白髪の若はそう言って、お茶を飲み乾す。
「それじゃあ、行って来る」
「若、やはり私達も御伴します。 幾ら若とは言え、一人でアヤカシを」
「大丈夫だ。 この瀬戸風流、そんなに柔なつもりは無い」
 しかし、と食い下がる心善。
 そんな心善を見て、風流は息を吐く。
「分かった、夕刻までに俺が戻って来なかったら他の開拓者を呼べ」
 その言葉に心善は渋々と言った感じで頷く。
 京丸は無表情のまま明後日の方向を見ている。
「大丈夫だ。 俺と、俺の母上から頂いたこの刀を信じろ」
 そう言って、風流は椅子から立ち上がった。

 しかし、太陽が朱に染まり、鴉が鳴く頃になっても風流は戻って来なかった。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
周十(ia8748
25歳・男・志
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
四方山 揺徳(ib0906
17歳・女・巫
花三札・胡蝶(ib2293
18歳・女・巫


■リプレイ本文

「単身でアヤカシ退治たぁ、剛毅なもんだな」
 最後尾の周十(ia8748)は砂利を踏み締め、坂を上る。
 薄暗く、湿った臭いが開拓者達の身を包む。
「大した事ない理由なら良いんだが‥‥」
 その真逆、最前列を歩く羅喉丸(ia0347)の言う通りではあるが――
「もしも、の可能性も有りますし‥‥」
 急ぎましょう、と朝比奈 空(ia0086)は少々急ぎ足になる。
 微かな光を纏いながら。
 その後ろ、四方山 揺徳(ib0906)は唸る。
「むぅ‥‥瀬戸‥‥瀬戸、瀬戸某は目立つみたいだから‥‥でござる」
「瀬戸風流さん、ですわ」
 花三札・胡蝶(ib2293)が苦笑しつつ答える。
 そして、心善から聞いた風流の特徴を思い出す。
 短髪の白髪、浅黄色の柄巻きの刀。
 更には陣羽織の背中に刺繍された「土」の一文字。
 十分な特徴だった。
「どの様な腕の持ち主であれ、三体に囲まれれば危ういもの‥‥」
 私達も気をつけましょう、とエグム・マキナ(ia9693)。
 心善が言うには、風流の腕前は相当なもの。
 何処彼処の組織の一隊長を担っているほどだと言う。
 土の文字は其処から来ているらしいのだが――
「そうだな、もうちっと気合入れて行くか」
 周十は顎を擦る。
 今は風流を見つけ出し、三体のアヤカシを葬る事が最も重要な事だった。


 しばらく、無言のまま山を登る一行。
 辺りは更に暗くなり、鴉すら鳴かぬ時間帯になってきた。
「瀬戸さーん! 居たら返事をくれー!」
 羅喉丸は大声で、何処に居るかも分からない風流に呼びかける。
 その他の面々も同じ様に声を出す。
 胡蝶はメモに目を落とす。
 京丸が呟いた一言。
 星が好き、と。
 となれば、少し開けた場所に居るのかもしれない。
 この非常時に何だが。
 周囲を確認し、より開けた方へと移動する。
 針葉樹の多い山の中、月の弱々しい光が射し込む方。
「足跡っぽいのは有るんだけれども‥‥でござる」
 揺徳は足元に屈んで松明で照らしてみる。
 この辺ではないか、とエグムは溢し、更に上の方を見やる。
 心善から聞かされたアヤカシの目撃場所はこの辺で間違っては居ないのだが。
「もう少し上に移動してみましょうか」
 エグムはそう言うと、上の方を指差す。
「そうだな、足跡も其方に向かっている様だし」
 羅喉丸はエグムの指す方向を見て、頷く。
 そうして、一歩踏み出し、少し離れた場所でアヤカシの気配を探っている空に声を掛ける。
 周十も気合を入れ直し、獣道の入り口に立つ。
 先ほどと同じ様に羅喉丸を先頭に、周十を最後尾に出発しようとした時だった。
 白い影が斜面を駆け下りてくるのが見えた。
 声も聞こえる。
 あぁ、と空はそれが風流である事を確認する。
「怪我やら何やら有るようですが、走ってる所を見ると、大丈夫な様に思えますわね」
 胡蝶は呆れながらも少し安堵の混じった声で呟く。
「余計なモノも連れてきたでござ‥‥ござるがね」
 揺徳の言葉に周十は目を凝らす。
 更に近付いてきた風流の背後。
 赤く光る点が六つ。
「アヤカシですか」
 エグムはそう言うと、弓の弦を目一杯に引く。
 その軋んだ音に、其々自身の得物を抜く。
「良かった! 此処に来て持病が発作がな! 隠れて休んでたら、見つかって」
 そう叫んで、風流は目の前に横たわった大木を跳ぶ。
 到底、病人には思えない。
 が、口元の血の痕はきっと喀血の痕だろう。
 風流は着地と同時に、一行の後方へと走り抜ける。
 その姿を見届けたエグムは矢を闇に紛れるソレに放つ。


 黒い装束、黒い髪、黒い肌、赤く光る瞳。
 額には二本の小さな角。
 正に、鬼。
 そのアヤカシも風流と同じ様に大木を跳び越える。
 その内の一体の脚にエグムの放った矢が見事に突き刺さる。
 しかし、それで勢いが死ぬ訳でもなく、アヤカシは唸りながら斬りかかって来た。
 碧い燐光が闇に斬線を描く。
 周十はその一撃を受け、笑う。
「アンタにとっちゃ面白くねぇだろうけどな、俺達がやっちまうぜ?」
 アヤカシから視線を外さずに、風流に聞く。
「あぁ、頼む。 走ってきたら、また具合が‥‥」
 胡蝶は周十とエグムから受け取っていた包帯と薬草を取り出しながら、首を傾げる。
「心善さんと京丸さんからは何も伺っておりませんけれども‥‥」
 話してないからな。
 風流はあっけらかんと言い放つ。
「色々有るって事だな。 しかし、助かった。 もう少し遅かったらどうなってたものか‥‥」
 そんな風流を見て、エグムが一言。
「結果の出ない自信は慢心と呼ばれる」
「う‥‥」
 溜息を吐き、エグムは視線をアヤカシに戻す。
(「最も、私達も成功しなければ彼を揶揄する事など出来ませんが」)
 金と銀の弓の吐き出した矢は、羅喉丸の肩越しにアヤカシの肩に深々と突き刺さる。
「よしっ!!」
 それに怯んだアヤカシの隙を衝いて、羅喉丸は短く息を吐く。
 そして鳩尾に拳を叩き込む。
 重く、鈍い音。
 それとは別に甲高い金属音が響く。
「鈍っていないと良いのですが」
 空は蒼い刀身をアヤカシの刀と自分の身体の間に滑り込ませ――
 そうして、アヤカシの斬撃を受けたのだ。
 鍔迫り合いの状態から、何とかアヤカシを押し返す。
 すると、アヤカシの身体の一部が何かに因って捻られる。
 苦痛に顔を歪ませるアヤカシは、揺徳を睨みつける。
 しかし、そのまま突っ込んで行ける程、空も甘くは無かった。


 周十は気を吐くと、刀を握り直し、アヤカシに斬りかかる。
 今度は紅い、紅葉の様な燐光が描かれる。
 アヤカシが反応する前に、それはアヤカシの肩口を大きく裂く。
 青い鮮血が飛び散る中、周十は反撃に備え、刀を構えなおすが――
 腕に鋭い痛みが走る。
 面倒な刀だ、と周十は舌打ちをする。
 刃毀れしていて、普通なら使い物にならない刀。
 アヤカシはそれを人間離れした力で無理矢理使っているのだ。
 その傷口は斬られた、と言うよりも削ぎ落とされた様になっている。
 勿論、前衛で戦って居る者の傷は揺徳や胡蝶のお陰で少ないものだった。
「すまないな」
「いえ、心善さんと京丸さんに頼まれましたもの」
 風流の言葉に胡蝶は答える。
 そして、処置の終わった風流を尻目に仲間の下へ歩き出す。
「この花三札・胡蝶、全力で貴方を連れ帰って見せますわ!」
 そう言って、胡蝶は杖を掲げ、一陣の風を起こす。
(「頼もしい奴らだよ」)
 風流は木に凭れかかって、思う。
 心善や京丸も頼もしい人間だが、彼らは開拓者ではない。
 アヤカシと戦う時はいつも、独りだったが――
「良いもんだな」
「? アヤカシに襲われるのがでござるか?」
 それは不謹慎だな、と笑う風流。
「しかし、君は武家の出なのか?」
「‥‥今、忙しいので邪魔しないでくださいでご‥‥ござるです」
 揺徳は語尾の事だろうと思い、話を逸らす様に前衛の仲間の傷を癒す。


 空は小刀をアヤカシの腕に突き立て、そしてすぐさま離れる。
 元々、前で戦う事はしない巫女だが、それでも後ろが居るからこそ十分に戦える。
 傷は揺徳や胡蝶が癒してくれる。
 エグムの援護射撃も頼もしい限りだった。
 反撃に飛んでくる刀を防ぎながら、空は更に退く。
 隙は逃さない、とアヤカシは前に進もうとするがエグムの放った矢がそうはさせてくれない。
 そして、また空はもう一度前に出てアヤカシと斬り結ぶ。
「来ますわよ!」
 胡蝶が声を上げると羅喉丸は薙がれた刀を上手くかわす。
 それと同時に拳を人中に当て、捻じ込む。
 効果は有った様でアヤカシは足元をふらつかせる。
 連携を取って、堅実にやれば負ける様な相手ではない。
 が、果たしてこの三体だけなのか、という疑問も有る。
 羅喉丸には油断など無かった。
 ならば、出来る限り迅速に始末してしまうのが良いだろう。
 アヤカシが突進してくるのを往なし、背後に回る。
「間合いを制した者が勝負を制す、容易く背後を許した不利を知れ」
 地面を踏み抜く勢いで、羅喉丸は自身の体重を乗せる。
 そして、アヤカシの背骨合わせて体当たりを喰らわせる。
 同時に練力をアヤカシに流し込む。
 それは致命的な一撃だった。
 アヤカシはその場に崩れ落ちる。
 刀を支えにして、立ち上がろうとするが、その行為も空しく。
 エグムがその額に矢を放った。
 周十はそれを横目で確認すると、迫ってくるアヤカシに殺気を放つ。
 右からの剣圧。
 アヤカシは即座にソレに反応する。
 が、しかし、アヤカシの刀には何の手応えも無く――
 その代わりに、自分が斬られたという感覚。
「がっかりさせんじゃねぇよ、化物」
 おまけと言わんばかりに、周十は紅い燐光を散らす。
 脳天から綺麗に一直線に描かれた線。
 それはアヤカシの息の根を止めるのに十分なモノだった。
「それでは此方も終わらせてしまいましょうか」
 小刀をアヤカシの胸から引き抜きながら空は言う。
 横に一閃される刀が鎖骨部分を薄く斬ったが、問題など無い。
 胡蝶が起こした微風の中で空は羅喉丸の動きを見逃さなかった。
 追撃しようと動き出したアヤカシだったが、脚が捻られる様な感覚に膝を衝く。
 扇子をパチンと鳴らし、閉じる揺徳。
 空も自身の得物を仕舞う。
 そして、アヤカシが羅喉丸が背後に立っている事に気付いた時には全ては終わっていた。


「ったく、無茶すんじゃねぇよ」
 周十は呆れた様に風流に言葉を掛ける。
 笑って誤魔化そうとする風流。
「重要なのは、推測を語るよりも実際に行動計画を立てる事なのですよ」
 エグムの言葉が耳に痛い。
 実際、風流は特に何の計画も無しにこの山にやって来た。
 自身の体調の事も考えず。
「まぁ、アレを使う事がなかったのは良い事です」
 苦笑する風流を見て、空は呟く。
 終わりへの階。
 もし、風流が死んでいたら使おうと思っていた。
 使わずに済んだのは確かに良い事だった。
「あぁ、お腹空いたでござるよ」
 揺徳は寝転がりながら、星を見上げる。
「都に帰ったら、全員に何か奢ってやる」
「おぉ、本当でござるか」
 揺徳が跳ね起きるのを見て、風流は笑う。
「取り合えず、今夜は此処で野宿だな」
「えぇ、全員無事に帰りましょう」
 羅喉丸に胡蝶は答え、薪のを火に焼べる。
「あぁ、そうだ」
 星を見上げながら風流は思い出した様に声を上げる。
「心善と京丸には俺の病気の事は内緒にしておいてくれ」
 原因不明の不治の病らしいからな、とからからと笑う。
 そんな様子を見ていると本当に病気なのかどうなのか分からない。
 面々は都に帰ったら、取り合えず白髪頭の青年を医者に連れて行く事にした。