【希儀】二匹の神獣
マスター名:東雲ホメル
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/11 15:31



■オープニング本文

【黒狐と猟犬】
 事実、テウメッサの人食いは散発的ではあるが報告書として挙がってきていた。
 大伴定家は白髭を擦り、如何したものかと頭を悩ませた。
 もし、希儀に進出するとすれば、このままではテウメッサの存在が邪魔になるのだ。
 どうやら、目撃情報や過去の資料からの推測では、現状テウメッサの縄張りは儀の北部に在る。
 しかし、それが不動のものであると、如何して保証が出来ようか。変遷の機が、今来るかもしれないのだから。
 そうなれば、テウメッサに対する策を立てねばならない。神格化し始めた霊獣に対する策を、だ。
 定家は報告書を読み耽り、猟犬ライラプスの存在、その猟犬を有る程度御する事の出来る笛の存在を知った。
 更に――
「大伴殿、北部宿営地より新たな報告書が」
「おぉ、丁度良かった。それを見せてくれ」
 上から下へと視線を滑らせると、定家は「ふむ」と唸って、再び思考の海へと沈んだ。
 希儀北部の中心から少し西に行った所に黄金の丘なる場所が存在しているとの事。
 その黄金の丘に存在する遺跡。中には強力な封印施設が眠っており、関連した資料として黒狐と猟犬について書かれた物が発見されたのだった。
 テウメッサに困らされて、手を焼いていたのは何も自分達だけではない。だからこそ、猟犬の存在があるのだ。
「これを利用しない手は無い、のぉ」
「はぁ……」
 定家は机の上の報告書や資料を纏めると、現状、最も有効な策と思えるものを頭の中に描くのであった。
「テウメッサにライラプス。そして、黄金の丘の遺跡、封印施設……」
 そうして、老兵の頭の中で練りに練られた策が決行されたのであった。

【黄金の丘の攻防】
 鶺鴒は少数の部下を連れて、その丘の裾に待機していた。
 下された命令は至極簡単なもので、テウメッサを遺跡に封印しろとの事だった。
 簡単に言ってくれるものだと、鶺鴒は天を仰ぎつつ報酬の増加を求める算段をつけ始めた。
 そもそも、他の開拓者達が手に入れた資料の内では、テウメッサは霊獣か、それ以上の神獣に近い存在とされている。
 そんなものに歴戦とは言えども、開拓者が向かっていって勝負になるのか如何かも疑わしい。
 姿を実際に確認した者によれば、特別凶悪なものではなく、黒い毛並みの狐であるとの話なのだが。
「まぁ〜、一応……味方? みたいなものは居るみたいなんですけれどもねぇ〜」
 作戦書にはライラプスなる存在の記述も存在している。これも、他の開拓者がその姿を確認している。
 猟犬とも呼ばれていた様で、その通り、狼の様な姿をしているらしい。
「本当に上の方の言う通りぃ〜、そのらいらぷすさんが確り協力してくれれば良いんですけどねぇ〜」
 新調した得物をを振るって、その具合を確かめる様に手を振る。
 すると空気の層が裂け、樹木には深い傷が奔る。鋼線だ。
「あの笛を吹けばライラプスを御する可能性が有る、ですか〜」
 鶺鴒は静波が笛を握っていたのを、偶然見掛けていた。
 別に彼女が幼かったからではない。神獣を御するには、些か簡素な造型であるのが気になるのだ。
「ま〜、駄目元なんて言葉も有りますしぃ〜……その分、お給料もた〜くさん頂かないとぉ〜」


■参加者一覧
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

 今回の作戦において、何よりも先ず幸運だったのは、テウメッサの動向についてだろう。
 あの黒い狐の神獣は、知ってか知らずか、自身を閉じ込める「永劫の檻」の在る区域を縄張りとしていたのだ。
 そんな中に追憶の彼方に追いやられてしまう程、久方振りに人間、いや、開拓者が其処に進入してきた。
 もしかすれば、テウメッサはそれを喜んだのかもしれない。
 何と言っても、アレは人を喰らう。アヤカシでもない。ただの獣として人を喰らうのだ。
 古人の残した物から推測しただけではない。実際に屈強な開拓者が喰われている。
 だからこそ、仇敵との永遠の追いかけっこの舞台に突如として上がった開拓者の存在は、アレにとっては恰好なモノのはずだった。
 大地、草を踏み荒らしながら進む狐の一団がその証拠だろう。
 遺跡の上から、その光景を眺めて竜哉(ia8037)がうんと唸った。
「全く大伴の旦那も無茶を言う……やる他ねーけどな」
 しかし、竜哉の目にはテウメッサの姿は映っていなかった。いいや、映ってはいたのかもしれない。
 単純に認識出来なかった可能性が有るのだ。そういう芸当はテウメッサの十八番。
 其処に居るのか、居ないのか。
 はっきりはしないが、その内にこの辺り一帯は戦場となるはずだ。
 ならば、その存在如何の前に得物を抜かなければならなかった。
 杉野 九寿重(ib3226)は身の丈よりも大きな剛刀を鞘から抜くと、その一団との衝突に備えたのだった。

 切り札を最も有効に切る為に必要な事と言えば、それは我慢である。
 鈴木 透子(ia5664)は師のそんな言葉を思い出し、砂利を踏み、遺跡の中へと進入していた。
 図面は事前に渡されていたが、随分と古い物なので、果たして何処まで通用するのかは分からない。
 事実、小部屋へと続く最短の道筋は、その中程で崩れた岩で塞がってしまっており、それ以上の進行を諦める他無かったのだ。
 来た道を戻りながら、新たに近い道を探す透子の少し後ろには鶺鴒が無言で従っていた。
 今回の敵の事を考えれば、神経質にもなろうものだ。
 透子は「右へ」と鶺鴒に促すと、自身もまたテウメッサについて考えを巡らせる事にした。
 姿を消す事が出来て、幻術を使い、更に比較的小さな体躯であるとすれば、この上無く厄介な相手である。
 しかも、知能は普通の狐の何倍も、何十倍も、もしかすれば人間と同等かそれ以上に当たる可能性も秘めている。
 自分を含めた誰かが傷付く事になる覚悟をしなければならない。
「もしかすれば……誰かがテウメッサに襲われるまで、来ているか如何かも分からないかもしれませんね」
「そうかもしれませんねぇ〜」
 透子は開いた天井の穴から差し込む微かな光を頼りに、その薄暗い廊下を進むばかりだった。

 開戦はあっという間であった。
 火蓋なんて物は開拓者が此処、黄金の丘の遺跡に到着した時から既に切られていたのかもしれない。
「先ずは、どいつか炙り出さねぇとな!」
 加賀の最上大業物とも呼べる白刃を閃かせて、ルオウ(ia2445)は目の前の黒い小狐を斬り飛ばした。
 成る程。ルオウはそういう感想を抱いた。
 確かに駆け出しの開拓者では相手にならない獣だ。流石、神格化したケモノの配下。
 転がった小狐は未だに動けそうな気配を見せ、身体を跳ねさせる。
 が、間合いを詰めていた影に止めの刺突を繰り出されて、今度こそ動かなくなってしまう。
 秋桜(ia2482)は深く息を吐いて、長巻直しを躯から引き抜くと、周囲を見渡す。
 特攻隊の様な群れが散発的に此方を襲ってきている。
 出方を見ているのか、それとも、これで十分だと判断されているのかは分からないが、相手の頭に作戦を練る能力が有る事は間違いない。
 そんな存在ではあるものの、アヤカシとは違い、土足でその縄張りに踏み込んできたのは自分達。
 少々の心苦しさは有った。
 しかし、小狐とは比べものにならないであろう、テウメッサの実力を考えれば油断は出来なかった。
 戦いながらも忍眼で辺りを警戒しているものの、未だにテウメッサが仕掛けてくる様子は無い。
 そこはかとない不気味さが介在していた。
 秋桜の頬を一陣の風が撫で付ける。それも、地を裂く力強い音と共にだ。
 その一撃を放ったのは皇 りょう(ia1673)。彼女は既に放った場所には居らず、離れた瓦礫の陰へと隠れていた。
 前情報では小狐も妖術の類を使うと聞いたからだ。
 無駄に避けるよりも、瓦礫などを楯にした方が幾分かマシであるもの。その証拠に、りょうは壁を挟んだ向こう側に着弾した火炎の熱波を感じていた。
「むぅ……!」
 しかし、言う程に簡単な事ではない。相手の数が数だからだ。此方が六に対して、あちらは多数としか表現出来ない数だ。
 火炎弾が頭上を飛び交う中、りょうは再び刀を振るって風刃を放つと、走り、転がる様に次の物陰へと身を隠した。
「よう」
「済まぬ、援護を頼む」
 アルバルク(ib6635)は即座に装填を済ませると、りょうの呼び掛けに応じるべく、銃口を向かってくる小狐の群れへと向ける。
「良いか、俺が群れを散らす。散ったら、他の仲間と合流しつつ後退するからな。次の楯は――」
 そう続けながら、アルバルクはトリガーを引き、群れの中心に居た小狐の足を止める。鉛弾は運良く小狐の眉間に命中し、一撃で絶命させた。
 そんな攻勢を仕掛けられたからか、小狐達はアルバルクの言う通り左右に散り、足並みを乱し始めた。
「殿は引き受けます」
 九寿重の横を仲間がすり抜けていく。
 彼女は紅色の燐光を散らして、食い掛ってくる小狐を叩き落とし、頬に薄い裂傷を作る。
 無理は出来ない。孤立してしまっては、一気に食い散らかされる可能性は常に有るのだ。
 心眼では捉えきれない輩が、その辺りに潜んでいる可能性が高いのだから。
「ほら、次は俺が相手だ!」
 十分に後退すると、九寿重の少し後ろで待機していたルオウが一気に表へと転がり出てくる。
 彼女が退き、態勢が整うまでは。そんな覚悟を持って、ルオウは腰を落として正面を見据える。
 しかし、飛び交う火炎、氷塊、雷撃は容赦無くルオウを襲い、如何に身軽な兵と言えども限界が有る。
 其処に割って入ったのは竜哉だった。
 電撃を直撃を受けて、金色の五芒星をあしらった楯が跳ねる。
「瘴気、じゃあねーな」
 やはり。そう考えると、竜哉は舌打ちをしたい気分になった。面倒である事を改めて確認したのだ。
 瘴気ではないと言う事は、自身の扱う聖なる加護を受けた騎士の技は有効ではないと言う事。
 片眼鏡のズレを直すと、ルオウと共に物陰へと走り込む。他の仲間も近くの物陰に潜んでいた。
「小狐同士の仲間意識は高いのか。 そうじゃなきゃ、指示が有ったとしても、ここまで連携は取れないはずだしな」
「親玉は高見の見物って訳でもないよな?」
 ルオウは顔をそっと出すと、辺り一帯を見渡せる様な高所の存在を確認する。が、そんな場所は確認出来ない。
「そうだな」
 竜哉は頷き、考える様に顎を擦った。
「わたくし達の『眼』では未だにテウメッサの存在痕跡は捉えられていませんが……」
「近くで見ている事は確かでしょうね」
 秋桜と九寿重が、滑り込む様に物陰に入ってくる。
「となると、このまま素直に後ろに退いたとして、勘付かれない保障は無いって事だな」
 竜哉のそんな呟きに、ルオウは大きく頷く。
「途方も無い間、猟犬や人間から逃げていた程の存在ですからね……」
 秋桜は得物を握り直して、進むべき道――遺跡へと目を向けた。
 目を向けて、そして、静かに息を呑む事になったのだ。

 透子の仕事は素早いものだった。
 小狐の出現にすかさず印を組むと、火炎に耐え、じりじりと後ろへと退いたのだった。
 直後、きゅう、と言う甲高い悲鳴と共に、火炎を吐いていた小狐は身体を宙に浮かせたまま動かなくなった。
 目を凝らしても見えないが、鶺鴒の操る鋼糸がその首を締め上げていたのだ。
「有難う御座います」
「いえいえ〜」
 やはり、小狐の侵入は防げなかったらしい。転がった数匹は既に事切れているが、突如として透子達を襲ってきたのだ。
「テウメッサは此処の機能を知っているのでしょうか?」
 そうであれば、テウメッサが態々鬼門に赴いてくる事に疑問が残る。そう透子は考えた。
「単純に『ご馳走』が縄張り内に入ってきた〜、という事ではないでしょうか〜」
 鶺鴒の見立てでは、テウメッサがこの遺跡の機能を知っているならば、此処をこのまま残しておく事はないだろうとの事だった。
 勿論、資料に有った封印機能が生きているかは、実際に行って、それを起動しなければ分からないのだが。
「それを確かめる為には〜……あとどの程度でしょうか〜?」
「……心配要りませんよ。何せ、この通路の先が目的地なのですから」
 あら、と鶺鴒が両手を合わせて喜ぶと、透子は何度目かの撒き菱を仕掛ける作業に入る。
「しかし、これでは合図が聞こえるか如何か……」
 遺跡の中。それも中心部だ。
 大声、それに代わる大きな音等で、果たして聞こえるものなのだろうか。一抹の不安が過ぎる。
 が、そんな透子の心配を他所に、鶺鴒はころころと笑うのだった。
「それこそ心配要りませんよ〜。だから、私が此処に居るのですから〜」
 耳に手を当てたその姿を見て、透子は成程と頷いたのであった。

 足元で膨れ上がる熱量に、りょうは「しまった」と小さく漏らした。
 そして、直後には巻き上がる粉塵と共に地面を転がる事となった。
 来た。その場に居た誰しもがそう思った。テウメッサの存在を確りと認識したのだ。
 確かに、テウメッサはこの場に居るのだ。
「大丈夫ですか!?」
 秋桜が忍眼で足元を注視しながら、りょうの転がっていった方へと駆け出す。
「う……何とか、と言った所だな」
 不幸中の幸いとでも言うべきだろう。テウメッサの仕掛けた地雷を踏んだ瞬間、身体が上手く反応してくれた。
 更に、直前に使っておいたスキルが有効であったのだ。
 衣服の裾に小さな焦げを作りながらも、りょうは何とか立ち上がれたのだった。
 しかし、踏むまでに気が付けなかった事は、非常に拙い事ではないのかと気付いた。
 秋桜の忍眼はある程度見えているらしいが、それでも完璧に見えない。本体に至っては、足の音も跡すらも視認出来ないのだ。
「私の心眼でも捉えられません……」
 九寿重の声には僅かに、しかし、確実に不安の色が混じっていた。
「厄介なもんだねぇ」
「だが、接触が有ったんだ……遺跡の中まで誘い込める可能性は有るって事だろ」
 アルバルクは竜哉の言葉に肩を竦めると、余計に追加の報酬の有無が気になってしまった。
 竜哉も同じ様な事を考えていたらしく、アルバルクと静かに頷き合った。溜息交じりに、ゆっくりと。
「遺跡に誘い込めれば良いんだろ?」
 爆風で転がっていたルオウが服に付いた埃を払って、立ち上がる。
「てうめっさがそれに気付いたら?」
「そりゃ……気が付かねぇって祈るだけだな」
 アルバルクの言葉にりょうは何とも言えない表情を見せて、握り締めた太刀の背を肩に預けた。
 そんな一瞬の間隙だった。
 秋桜がルオウの腕から滴り落ちる鮮血に気が付いたのは。
「ルオウさん、腕が……」
「ん? おぉ?」
 爆風で吹き飛ばされた際にでも、擦ってしまったのだろうか。ルオウはその痛みにようやっと気が付いた様な反応を見せて、腕に目をやった。
 しかし、ルオウはその怪我が明らかに『獣の歯で噛み付かれた様な痕』である事にも気が付く。
 彼の記憶には、そんな怪我をさせられた覚えは無い。戦いが始まってから今の今まで『無い』のだ。しかし、腕に開けられた無数の穴は擦り傷ではない。
 幸いな事に傷は比較的浅い。
「今、処置を」
 秋桜は予め支給されていた応急処置用の傷薬と包帯を使うと、視界の端に妙な感覚を覚える。
「これは……」
 これも幸運だった。陽炎の様に立ち上る透明な煙は、微かな殺意を含んでいる。そんな気がしたのだ。
「…………」
 秋桜の視線を流して、足元に落ちていた拳大の瓦礫をその辺りに投げる。
 次の瞬間にはその瓦礫は破砕され、再び開拓者達に熱風と轟音が浴びせられる形となった。
「まぁ、つまり……そういう事、なんだな」
 りょうは面倒そうに頬を掻いた。
「私が地雷を解除しながら、遺跡まで行く事は可能ですが……少々時間が掛かりますね……」
 恐らく周辺には無作為に地雷が仕掛けてあるに違いない。しかも、開拓者が後退する方向――遺跡への道程を中心に。
「一応、遺跡に逃げ込めば追ってきそうな気配は有りますが」
 一筋縄ではいかない事を思い知って、九寿重は頭痛のする思いになった。
 そんな時、彼女は耳をぴくりと動かして、ルオウの処置を終えた秋桜に向かって駆け出す。
 紅色の燐光が散り、その身体に突き刺さる。九寿重の刀には流れる血が滴り、刃の腹を濡らしていく。
 突然の出来事に、その場に居た面々は驚き、そして、九寿重が幻術に掛かってしまったと思い、一気に警戒を強めた。
「助かりました」
 秋桜はそう言った。
「いえ」
 何かが崩れる音がした。したのだが、秋桜は両の足で確りと立っている。それ所か傷一つ増えていない。
 九寿重が刺し穿ったのは何か。答えは秋桜のすぐ横に落ちている、小狐の骸に有った。
「小狐程度ならば、私の心眼でも十分追い切れます」
「ちっ……何時の間にか奴さんの術中って事か?」
 竜哉は舌打ちを一つすると、ぐるりと辺りを見回す。小狐が姿を隠したのではない。テウメッサが開拓者達の視覚を惑わしているのだ。
 九寿重は心眼で気配を探れる為、ある程度は対応出来るらしい。
 りょうや秋桜の斜陽、苦心石灰の効果は有るのだが、それは幻術に対してではなく、地雷や火炎等の攻撃に対してのみで、流石に幻術には効果は無かったらしい。
 他の者に関して言えば、幻術に対しては己の精神くらいしか抵抗する術は無い。
 そんな状況下の中、開拓者達はテウメッサの地雷をかわし、小狐の追撃を一旦振り切って遺跡に辿り着かなければならないのだ。
「そんなに悲観する事ぁ無いぜ? つまりは、俺達が遺跡に辿り着いちまえば良いだけなんだからよ」
 最もな意見を吐くと、アルバルクは「ほれ、行くぞ」と声に出して、幻術の効果範囲外で唸り声を上げている小狐に照準を定める。
 そして、続けてこう言った。
「それに『ラッキー』が来たみたいだぜ?」
 何の事だ、と問おうとした竜哉だったが、その遠吠えを聞いて、言葉を飲み込む。

「あらあら〜」
「如何しました?」
「来ましたよ〜」
「……猟犬、ですか」
 幾何学的な術式陣が所狭しと配列された小部屋の中、鶺鴒はそれの存在に気が付いた。
「何はともあれ、後は信じて待つのみですね」
「そうですね〜」
 透子は目の前に在る、人の頭蓋大の大きな宝珠を眺めて、その機を待つ事にした。

 開拓者達の眼前に広がる景色が大きく歪むと、まるで生き物の皮を食い破る様に一匹の狼がその姿を現した。
 鋭い牙に幻影の残滓を残し、それを咀嚼している姿は、正に獰猛な猟犬である。
 念の為、竜哉は片眼鏡でその存在を確かめた。
「間違いない。ありゃ、ライラプスだ」
 こいつが此処に居ると言う事は、仲間が作戦に成功した、という事だ。無駄には出来ない。
 テウメッサも小狐も仕掛けてくる様子は無い。
 暫しの静寂の後、ライラプスは唸りもせず開拓者の間をあっという間にすり抜ける。そして、少し行った所で振り返ったのだった。
 ついて来い、との意思表示だ。六人はそれを如何いう訳か一瞬で理解していた。
 何かを避ける様に進むライラプスの後姿を追って、秋桜は感心した様に声を上げていた。
「凄い……明らかに意識して避けて通った所、全て地雷が有ります……」
 そうしている内に、目指すべき遺跡の入り口が見えてきた。
「後は、敵のボスが逃げてないと良いよな」
 そう言うルオウの不安を解消する為か、ライラプスは急に身体を反転させると、虚空を見つめたまま、今度こそ低く唸って何かを威嚇し始める。
 まさか。そんな思いの通り、ライラプスが形容し難い声で鳴くと、うっすらと浮かび上がる様に黒い狐がその姿を現したのだった。
 それは今までルオウが斬り飛ばした小狐とは似て非なるもの。
 何より存在感が圧倒的に希薄だ。ある意味で目立つ存在だったのだ。
 そんな邂逅は瞬き。先に動いたのは、ライラプスだった。
 開拓者の中で、その動きを追えたのはりょう、ルオウ、秋桜だけだった。
 地面を蹴り、全身をバネの様にして跳ねたライラプスはテウメッサの眼前に瞬息の間に迫ると牙を立てようとする。
 しかし、噛み千切ったテウメッサは靄の様に歪むと消えていく。
 振り返りつつ、ライラプスは吼える。その声に、九寿重は反応する事が出来た。
 あからさまな殺気が降って来る。
「アルバルクさん!」
 装甲を抉って、胸に鋭く刻まれたのはテウメッサの爪の痕。掠っただけだと言うのに。
 アルバルクはその傷を知覚する前に引き金を引いていた。正しく、開拓者としての技だ。
 弾丸は吸い込まれる様にテウメッサの背中に命中し、その衝撃でテウメッサは弾かれる様に彼の下から離れていく。
 追い討ちは仕掛けられない。其々の足元が爆散したからだ。全員が全員、その爆風にまともに巻き込まれ、吹き飛ばされる。
 そして、テウメッサは姿と存在を徐々に薄くして、その配下の小狐はどんどん侵攻してきている。
「敵の首魁が逃げたぞ! 今が好機! 配下を殲滅する!」
 りょうは素早く体勢を整えて、声を荒げ、太刀を全力で振り下ろす。
 巻き込まれた空気が奇怪な破裂音を立てて次々と小狐を切り裂いていく。
 それに交差させる様に同じ技を当てたのが、九寿重だった。
 小狐の足は止まり、その先頭集団には秋桜が切り込んできていた。
 いや、秋桜だけではない。何時の間にか小さな狼の群れも介入してきている。
 一閃。すっと抜ける様な白梅の香りを残して、狼を上と下に切り分けて、秋桜はその援軍に地雷を踏まぬ様に一旦後退していく。
 テウメッサに退路を見つけさせない様にライラプスが睨みを利かせているが、それではあまり意味が無い。
 開拓者がそれ以上の働きを見せる時が来たのだった。
「さぁ、来い!! 俺と勝負だ!!」
 ルオウが腹の底から吐き出した雄叫びはその耳を、剣気はその心を揺さぶったのだ。
 テウメッサはライラプスに集中していた為か、ルオウの存在を煩がった。そして、喰ってしまおうと考えた。
 その能力が神の領域とは言えども、その知能が幾ら高いと言えども、獣としての本能には抗えなかったらしい。
 ライラプスをいとも簡単にかわすと、テウメッサは最高速でルオウを噛み殺しに向かった。
 しかし、その足を止める様に銃弾が飛ぶ。
 他の者よりも傷の具合が良くないアルバルクではあるが、戦えない程ではないし、何と言っても得物は銃だ。狙いを定めて引き金を引くだけで良い。
 一射、二射とテウメッサは余裕を持ってかわし、ルオウに迫る。が、その回避行動の分、軌道が膨らんでしまった。
 その隙を逃すライラプスではなかった。テウメッサに何とか喰らい付いたのだ。
 そこに続いたのは竜哉だった。
 黄金色の穂先で一直線にテウメッサを捉えて、光の残滓を残しながら突撃を敢行したのだ。
 そして、竜哉は改めて思い知る事になる。テウメッサが人間に対しては絶対的な強者である事を。
 槍を全力で付きたてたはずなのにも関わらず、その皮膚を『押した』だけなのだ。破った訳ではない。
 竜哉は怯みそうになる寸前で堪える。今はその神獣に匹敵する存在が協力してくれているのだ。
 押して、押して、押して、押して、押す。遺跡の中へと。
 そうして、竜哉の意識は暗転する事となった。至近距離で幻術を仕掛けられ、精神を一時的に食われたのだった。

 外に出なければ。
 言い様の無い感覚に駆られたテウメッサは、ライラプスを全力で撥ね退けた。
 鬱陶しい奴だ。邪魔ばかりしやがって。

 砂利を踏んで、その前に秋桜が立ちはだかった。可憐な姿には似合わない豪快な造りの大太刀を振るい、走った。
 しかし、白梅の香りを残した斬線は途切れ、簡単に転がされてしまう。そして、秋桜は顔を上げて戦慄する事となる。
 アレは人喰いなのだ。今、正に自分は喰われ様としているのだ。
「……ぁっ……」
 汗が噴出し、喉が絞まるのが分かった。剥き出しの『食欲』を向けられて声が出せない。
 秋桜には自身がゆっくりと嬲られ、喰われていく凄惨な光景が見えていた。
「今だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 本人も驚く程に声が出た。ルオウは先程よりも力を込めて咆哮したのだ。
「進め、進め! 後ろは俺に任せろ!」
 りょう、九寿重が倒れた秋桜を追い越し、テウメッサの前に躍り出て、ルオウとアルバルクが入り口でテウメッサの配下の注意を引いている。

 何が『今』なのだ。
 そこに倒れている女や、後ろに倒れている男と同じ様な人間が、束になった所で――
 ライラプスはそこまで考えて、しゃらしゃらと言う『鎖の擦れる音』に気が付いたのだった。
 遺跡の奥の奥から聞こえてくる、その音に。
 とりあえず、目の前の邪魔で、柔らかそうな餌を二つ喰ってから。
 そう思ったのが運の尽きだったのだろう。

 鶺鴒が小さく「出番ですよ〜」と、透子の肩を叩いた。
 彼女はそれからすぐに練力を、技を使う様に宝珠へと流し込んだ。どんどん、どんどんと。
 その力の奔流は光となり、その輝きで透子の視界を奪っていく。
 そして、透子は練力を注ぎ込んでいたつもりだったのだが、途中から『搾取』されていく様な感覚に変わった事に気が付いた。
 あっという間だった。
 部屋中にびっしりと描かれていた術式陣が、奇妙に歪み、部屋の出入り口から外へ、外へと伸びていくのだ。
 長い長い一秒。刹那にも近い流れの中で、透子はその鎖が確実にテウメッサを捕まえる確信を得た。
 目を閉じていても分かる。
 鎖は伸び、一気にテウメッサの下まで辿り着くと、その尾を掴んだ。
 鎖の先は人の手の様に変化し、尾にどんどんと食い込んでいく。
 そして、黒い狐の身体を完全に捕まえたと思った瞬間、鎖は一気に収縮する。
 透子が鶺鴒に支えられてやっと立っている事に気が付いた時には、全てが終わっていた。
「テウメッサは?」
「其処にばっちりですよ〜」
 鶺鴒が指差す方には、壁が在る。壁に、びっしりと書き込まれた術式陣が在る。
 居るのだろうか?
 そんな思いで、透子は壁に向かって言葉を投げたのだった。
「其処に、居るのでしょうか? もし、居るのなら話を……恨み言でも良いです」
 しんと静まり返った空間に、透子の声は溶ける様に消えていってしまった。
 鶺鴒が首を振ると、透子は小さく頷いて鶺鴒と共に部屋を出て行こうとする。
 ――貴様等は食料と話をするなんて発想が浮かぶのか?
「……野菜に話し掛けると美味しくなるそうですよ」
 ――根拠が無い。
 声の主はそれ以上は何も言わなかった。
 それもそうだ。透子はそう思い、鶺鴒に意識を預ける事にしたのだった。

 それから数日後、定家は遺跡に赴き、その姿を確認した。
 ライラプスと呼ばれる猟犬が遺跡の入り口付近で眠っていたのだ。
 此方の存在に気が付いては居る様だが、何をする訳でもなく、素知らぬ振りを決め込んでいる。
「いや、しかし、良くやってくれた。ご苦労」
「賃上げを要求しますぅ〜」
 藪から棒に鶺鴒が手を上げて抗議をし始めた。
「旦那。追加報酬、出ませんかね?」
「そうだぜ。ホントに骨の折れる様な思いしたんだからな」
 竜哉もアルバルクもそれに乗っかっている。
 定家はそんな様子に大いに笑い、二人の肩を叩いて問う。
「傷の具合は如何だ? いや、そういう話はの……酒でも呑んだ後にしたら如何だろうかの?」
 そんなやり取りを聞きながら、りょうは秋桜に酌をして笑う。
「永劫……そんな長い間、このお酒の味を楽しめないなんて、私にはとても耐えられませんね」
「ん、そうだな。美味い物が食えない。それは不幸だ。だが、あの狐に喰われてやる道理も無かったな」
 日の光が遺跡に降り注いでいる。
 元々黄味を帯びていた土壁が更に黄色に、そして日の光を反射して光り輝いて見える。
 その光景は、正に黄金の丘であった。昔も今も、これからも。変わらずに存在していくのだろう。
 囚われた狐とそれを見張る狼と共に。