彼岸の燐明
マスター名:東雲ホメル
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/18 02:13



■オープニング本文

 童塚には病気、飢餓、怪我などで死んだ「身寄りの無い子供」が葬られる。
 彼岸の燐明と言えば、時折、其処に姿を現す女の僧侶として知られていた。
 燐明が彼岸と呼ばれる理由は、彼女の住み着いた無名の寺に有った。
 時期には彼岸花がその寺を囲む様に咲き乱れ、寺へと続く道がまるで死出の道の様に見えていたのだ。
 燐明が来るまでは寺の主が居なかった事も、そうした噂に拍車を掛けたのかもしれない。
 彼女自身も、僧侶とは思えない程の陰鬱な見掛けと雰囲気を持ち、念仏以外に声を発さないのだから――
 ある種の畏怖の念を込めて「彼岸」と呼ばれるには充分過ぎる程に理由は有ったのだ。
 しかし、不思議な事に近くの町に住む子供は彼女によく懐いた。
 彼女は貧乏である為に、菓子を与えたりする事は無いし、あまり一緒に遊ぶ事も無い。
 だが、燐明が何処かに出掛けて、その帰りに町の店に寄った時には必ず子供に囲まれているのだ。
 そんな時でも燐明は一言も発さず、ただ子供に目配せをするだけ。
 それでも子供達は楽しそうに、嬉しそうに、彼女に話し掛けるのだった。
 大人達は、それを何かしらの術でそうしているのではないのかと気味悪がったが証拠は無い。
 今まで害も無かったので放っておいたのだった。
 しかし、それも今朝までの話であった。
 彼岸花は既に枯れて、何も無い空間にぽつりと古びた寺が在った。
 町の大人達は数人で、その寺の堂の中へと入った。勢いが尋常ではなかった為に、戸が外れそうになる。
 燐明は写経をしていたのだが、それに気が付くと、ゆっくりと其方の方へと向き直った。
 其処に立っていた大人達の顔には憤怒が張り付いていた。
「前々から思ってたんだがよぉ……テメェ、子供に取り入って何しようとしてたんだ?」
 燐明は首を横に振って答える。
「じゃあよぉ……どうして、俺達の子供が死ななきゃあならなかったんだ?」
「あの町には物凄く腕の立つ志士の用心棒さんが居てね。アヤカシの類なんか近づけないんだよ」
「何でも北面国では少し名の通った方らしい」
「皮肉なもんだな……此処らで、僧侶より志士の方が信用出来るとはね」
 それでも燐明は、何も言わずに首を横に振った。
 それが障ったのだろう。一人の男が、燐明を力一杯殴ったのだった。
「今は証拠が無ぇ!! けどよ、テメェが子供を殺したのは分かってんだよ!!」
 転がった燐明の腹を蹴り上げると、その男は舌打ちをしてこう吐き捨てた。
「ネタが挙がったら……テメェは殺す……絶対に、殺す……」
 畏怖が憎悪に変わった。そう実感させる一言だった。


「ふむ……」
 延石寺の本堂には、珍しく最奥の堂を出た水稲院が佇んでいた。
「やはり体調が優れませんか?」
 一人の僧侶が心配そうに声を掛けると、水稲院は優しく微笑んで首を振った。
「いえ……ふと、弟子の事を思い出したのですよ」
「弟子、ですか」
 水稲院は頷くと、懐かしむ様にその弟子の名前を呟いた。
「燐明、と言う娘なんですけれども……あぁ、いえ、もう娘と言う年齢ではありませんか」
「燐明……まさか、彼岸の燐明ですか?」
「そう呼ばれている様ですね。彼女が出て行ってから、もう十五年にもなりますか……」
「水稲様、その燐明とやら……如何して此処を?」
 水稲院は僧侶のその表情の変化を見逃さなかった。そして、燐明に何か有った事を悟ったのだった。
「燐明の名に聞き覚えが有る様ですが、あまり良くない噂かしら?」
 流石は水稲院とでも言うべきなのだろうかと、その僧侶は思った。
 良くない噂。それは燐明がとある町の牢獄に捕らえられとの噂だった。
 天儀天輪宗の念仏を唱えていたという噂も有り、その僧侶の耳に入ったのだ。
「実は、その燐明が町の子供を数人殺した、と。未だ証拠は挙がっていない様ですが……」
 僧侶は挙がれば死罪であるとの事を告げて、水稲院の様子を窺った。
 何かを思案している様な、珍しく険しい顔をしている。
「そうですか」
「……しかし、燐明が犯人であるとするには不審な点も有るとの事で」
「不審な点、ですか」
 一つは、子供が殺される瞬間は誰も見ておらず、悲鳴だけが聞こえたとされている事。
 もう一つは、子供の身体の損傷具合が、まるで獣やアヤカシに食い散らかされた様であるとされている事。
 そして、何より不審である点は、燐明が開拓者ギルドからの依頼で遠方に出ていた事に有る。
「アヤカシの仕業である可能性は?」
「えぇ、しかし、燐明がアヤカシと結託した可能性も否定出来ないとの事で」
 それを聞くと水稲院は暫く黙り、そして静かに微笑んでこう言うのであった。
「少し、お節介を焼きましょうか」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
鶯実(ia6377
17歳・男・シ
乃木 聡之丞(ib9634
35歳・男・砂
弥十花緑(ib9750
18歳・男・武
風見 星光(ic0033
22歳・女・泰


■リプレイ本文

 弥十花緑(ib9750)は冷やりとする岩壁を頼りに暗い下り階段を進んでいた。
 思う所は色々と有れど、水稲院の惻隠之心を感心せずにはいられない。それと同時に、人々の持つ感情も理解出来る。
 羅喉丸(ia0347)も同じ様な事を言っていたが、彼は「これはやり過ぎだ」とも付け足していた。
 だからこそ、解決すべき問題として彼ら開拓者は此処へとやってきたのだ。
 花緑は燐明を子殺しの下手人とは思っていなかったが、その考えはあまり口にすべきではないと考えていた。
 そうでなければ、こうして燐明の下を訪れる事など叶わなかったのかもしれないのだ。
 もし、件の用心棒集団の志士が二人がついてきていなかったら、独りごちる事が出来たかもしれないのだが。
 最下段。花緑は足を其処に落ち着けると、幽かな光の奥の牢を、そしてその白髪の女の姿を認めた。
 正に消え入りそうなちびちびとした蝋燭の炎と同じ、儚い雰囲気の尼。
 それが、彼岸の燐明だった。

「女性を牢に繋ぐなど、許しておける話ではないな」
 そう言いながら、路地裏の積荷に座った乃木 聡之丞(ib9634)は眉間に皺を寄せていた。
 彼の頭の中には、二つの疑いの図が描かれていた。
 先ず、そもそもの用心棒の仕業ではないのかというもの。
疑うべき余地が有るのは確か。
 それは聡之丞だけではなく、他の面々も考え至っていた様で、別れる前に少し話した時には異論は出なかった。
 次に、更に身近な存在である親。彼は親同士の間に何かしらの因縁が有るのでは、とも考えていたのだ。
「しかし、それではすぐに足がついてしまうんじゃないですか?」
「それを確かめにいくのさ、と言いたい所だが……君の言う通りだ。結局の所、黒に近いのは用心棒って事だ」
 鶯実(ia6377)は聡之丞の答えを聞いて、肩を竦める。
 確かな意見だ。だが、鶯実は燐明への疑念を捨てた訳では無かった。
 非情ではあるかもしれないが、彼にとっては彼女の人となりも何も分かったものではないので、疑いを完全に捨て去る理由は持ち合わせていなかったのだ。
「俺は例の廃寺にでも行ってみますよ」
「ん? そうかい。そんなら、いっちょあたしと行くかい?」
 風見 星光(ic0033)は鶯実の肩を豪快に叩くと、親指で街中の方を指す。
「ならば、俺達は先に用心棒の、特に志士達の集団に探りを入れてみようか」
「そうですね……」
「如何した?」
「いや、この町は比較的裕福だと言う事を踏まえて、猛獣を飼う様な物好きも居る可能性を考えても損は無いかと」
 羅喉丸の意図は、アヤカシの線を消せるか如何かに掛かっている。
 顎に手を当てて聡之丞と羅喉丸は一頻り唸った後、両手を叩く乾いた音に我に返った。
「ま、そういうのは動いてみなきゃあ分からないだろ? ほらほら」
 星光の言う通りだ。
 先ずは調査の為に行動を起こさねばならなかった。
「それでは、また後程」
 鶯実と星光の遠ざかっていく背中を眺めて、羅喉丸と聡之丞は振り返り、歩き出したのだった。

 子殺しの件について、花緑は静かに問い掛けた。
 燐明は花緑の方を向く様な事はなく、静かに答えるだけだった。
「子供が死んだ事に関しては、親達が私の所に来た時に知りました……」
 抑揚が極端に無い声と、無表情な燐明の言う事が真実なのかは分からなかった。
「それでは、最後に町に立ち寄ったのは……何時の事やったでしょうかね?」
「もう、一月も前になります……」
 さいですか、と答えると花緑はそれ以上、何を聞く事は無かった。いや、聞く事が出来なかった。
 二人の志士が質問を遮ったのだった。
「お坊様。この女は端から嘘しか言っておりませんよ。でなければ、子供が死ぬなんて事は無かったのですからね」
 疑いではない。確信だ。いや、はたまた――
「もう良いでしょう? 幾ら開拓者ギルドから派遣された方とは言えども、これ以上の罪人との面会は認められません」
 花緑は「確たる証拠は出ていないでしょう」と言いかかったが、それを飲み込む事にした。
 そんな事を言って癇癪を起こされては、後の調査に支障が出かねないのだ。
 面倒な事に、現状で町の人達の支持を集めているのは用心棒達なのだから。
 花緑は志士達の言う事に素直に頷いて、燐明の居る牢を後にするのだった。
「そやった。あの、お二人さん」
 牢に続く階段を上り切り、日の光を眩しいと思っていた頃。花緑が思い出した様に二人の志士に呼び掛けるのだった。

「おーい! 其処のガキんちょ達! ちょっといいかーい!」
 そう言って、頭上高くに手を上げて、遠くからでも分かり易いくらいに手を振ったのは星光だった。
「子供の相手は得意そうですよねぇ」
「そりゃそうだ」
 しかし、子殺しが有った為か、遊び場所が往来の真ん中に移動した事を考えれば迂闊だったのかもしれない。
 少しだけ通り過ぎる町人の視線が厳しくなったのは、後ろについてきた鶯実にもはっきりと分かったのだから。
「お姉さん達にちょいと、事件について話聞かせてもらって良いかい?」
 そんな星光の言葉に、遊んでいた三人の子供達は一様に黙りこくってしまった。
「無論、タダとは言わねぇ。ここに有る菓子、全部やるからよ」
 星光が持ち合わせていたお菓子をチラつかせると、子供達の強張った表情は少し柔らかくなり、その報酬を眺め始めた。
「んで、どうだい?」
「うーん……実は、僕、あんまり知らないんだ……旅行に行ってて、昨日、こっちに帰って来たばっかりだから……」
「私も。その日はお勉強の日だったから」
「俺は姉ちゃんの手伝いしてた!」
 と、言う事はだ。子供達も、あまり事件に関しては詳しくないらしい。
「あの、あまりそういう話は子供達にしないで下さいませんか?」
「あ、姉ちゃん」
 険しい顔で星光、鶯実と子供達の間に割って入ってきたのは、やんちゃそうな子供の姉らしい。
「用心棒さんが居るとは言え、貴方達が開拓者ギルドから派遣されてきた人達とは言え、未だ不安は有るんですから」
「なら、少し宜しいですか? お話をお聞きしたいのですが」
 鶯実は少年の姉を相手にして、煙管を咥え直す。
「……私もあまり多くを知っている訳ではないですよ」
「充分ですよ」
「何が、聞きたいのでしょうか?」
 星光も目を細めて、腕を組んだ。この様子であれば、子供から有益な情報を引き出す事は出来そうにないと踏んだからだ。
「事件については何処まで知っているのでしょうか?」
「皆が知っているくらいの事です。私も人伝に聞いたものですから」
「成程。なら、殺された子供達に何か共通点が有った、なんて話は聞いておりませんか?」
「いえ……ただ、遊び場所がいつも同じだった気もします」
 鶯実と星光は目を合わせて、その関連性に思考を巡らせた。
「燐明さんと志士の用心棒について、何か知っている事は?」
 燐明。その名に、少年の姉は複雑そうな顔をして、答えあぐねていた。
「何か?」
「燐明さんは弟も良く懐いていましたし、寡黙な方でしたが、良い人だと思っていました……」
 星光はその発言を受けて、いつの間にか遊びを再会し始めていた三人の子供を見やった。
 あまり落ち込んだ様子が見受けられないのは、大人達が配慮した結果なのであろう。
「志士の用心棒さん達は、北面と東房には色々有りましたが、良くしてくれていると思います」
「……そうですか。いや、有難う御座います」
 鶯実は丁寧に頭を下げて礼を言うと、左目を瞑って視線を地面に落とした。
「うん? 何だ?」
 腕を引かれて、星光はその方を向いた。
「僕達、助けにならなかったけど……お菓子……」
「ん、好きなの持ってきな」
 はしゃぐ子供達に手を振って、星光、鶯実はその場を後にする事にしたのだった。

 羅喉丸と聡之丞は物陰に立って、これまで回った経路を地図に書き込んでいた。
 町の全景が描かれた地図。そこから割り出される広がった網の目を探してはみたが、特にそれらしい所は無かった。
 警備は確かに万全だった。
 羅喉丸は「ならば」と大型の動物の存在を確認して回ったのだが、それらしい存在は噂ですら確認出来なかった。
「と言う事は、だ。何か企ての有る者が居る可能性は高い」
「確かに。大型の動物の存在が認められない以上は、何かしらの意図が其処に在ってもおかしくはない」
 二人の意見は一致し、その結果、こうして物陰に身を潜ませる事になったのだった。
「先ず、誰より先に燐明を犯人だとしたのは親だと聞いたが……その後になって、断定したのはやはり志士……」
「志士達は他の用心棒よりも評判が良いからか、発言力も強く、羽振りも良い」
 聡之丞はそう言うと、羅喉丸と頷き合った。
 もし、企てを用いる必要が有るとすれば、企てを用いったとして何か裏が見える輩と言えば。
「住人ではなく……用心棒の方である可能性が高い、と言う事ですか」
「そういう事になるな。目的は」
「名誉、そして金」
 目を瞑って、聡之丞は羅喉丸の返答を肯定した。もし、燐明や住人が犯人ではないとすれば、考え得るのはこの一点のみだ。
「動いたか。さぁ、行きましょう」
「応」
 推測でしかないものを確たるものとするには、こうして後をつけて、現場を押さえねばならなかった。
 しかし、志士達はと言うと、あちらこちらと警邏をし、その都度町の人間に声を掛けられている。
 一向に尻尾を見せる気配は無かったのだ。
 すると、町の中でも人気の少ない場所に差し掛かった時だった。大人の男が二人、声を荒げて取っ組み合っていた。
「喧嘩、か」
 羅喉丸は志士達の動向を見守りつつ、溜息を吐いた。
「ん? ……ちょっと、待っててくれ」
 そんな羅喉丸を置いて、聡之丞は道の反対側の路地へと入っていく。幸い、志士達は喧嘩の仲裁に入って、此方には気が付かなかった様だ。
「おい、君。どうした、そんな所に隠れて」
「え、いやぁ……こりゃ、すいませんね……」
 少々鬱屈とした雰囲気を持った青年は、聡之丞に捕まると、頭を掻いてバツの悪そうな顔をしていた。
「いえいえ、何、喧嘩が怖かったってのも有ります。ほら、俺って、こう、貧弱でしょ?」
「も?」
「あぁ、はい。実は……あ、アンタ、開拓者ギルドから派遣されて来たって人でしょう?」
 良く知っている、と聡之丞は腕を組んで、眉を顰めた。
「いやいやいや、別に疚しい事が有るって訳じゃないんだ! ちょっとした情報通ってやつさ!」
「そうか。なら、何を知ってるんだ?」
「……いえね、子殺しが有った当日の事なんですが――」
 羅喉丸は聡之丞と青年を横目で見ながらも、志士達の動きに注目していた。
 そして、気が付いた事が有った。
 普通の人間と開拓者との間には身体能力において大きな差が存在している。
 だからこそ、今目の前の光景の様に力尽くで押さえ込む事は簡単な事なのだ。
「志士の集団は、雇われてからは数多くアヤカシを跳ね除けてきた猛者と聞いていたが……」
 ならばもっと上手く、事態を収拾するはずだ。
「どうやら、喧嘩の方も終わった様だな」
「えぇ、何か成果は?」
「有ったさ」

 花緑が「現場」に着いた頃には、他の面々も其処に集まってきていた。
「どうも、志士の用心棒さん方が胡散臭いようで」
「俺は燐明君だって疑っていたんですけれど……廃寺でこんな物が見つかりまして」
 鶯実は花緑に答えながら、一本の巻物を差し出した。
「花子に翔、雅孝、都子……それに名前の後のこれは……享年、と言うやつやないですか?」
「えぇ、彼女と一緒に聞いて回った結果なんですが、燐明君は童塚なる場所に度々足を運んでいたそうです」
 塚と言えば、無縁塚の様なものなのだろうと花緑は思い至った。
「童ってーと、子供の事さ。一人で供養してたみたいだね……そんな人間が……」
 星光の言わんとする事は分かった。果たして今回の殺しに関わっているのだろうかと言う事だ。
「それで、志士の方だが……子供が殺された時の警邏当番は彼らだったらしい。が、何故か定刻通りに回ってない場所が有るようなんだ」
 聡之丞が得た成果とは、この事だった。
「場所は何処ですか?」
「町の北東部に人気の少ない区画が有るんだが、其処だな」
「事件当日だけってのも出来過ぎた話だねぇ」
 花緑はその会話を聞きながら、自身が二人の志士から聞いた話を思い出していた。
「お前等、そもそもアヤカシがやっただなんて、誰が言い出したのかってのは調べたのか?」
 塀の上にいつの間にか座っていたのは、小さなシノビ。燕子だった。
「誰なんだ?」
 突然ではあったが、羅喉丸は落ち着いた様子で燕子に問いを投げ掛けた。
「英雄様方。志士の皆様が言い出した事らしい」
「俺が尋ねた時もそう言うてはりましたね」
「でも、犯行時刻の前後には警邏に現れなかったんだろう? 一番に駆けつけたってのに」
 星光が言った様に、出来過ぎた話なのだ。
 聡之丞が話を聞いた青年も、現場を覗いた時には既に志士が数人居たと言っていた。
「その時間に燐明さんを見掛けた方も居なかった様ですし……まぁ、それはそうなんやけれども」
 何せ、燐明は仁生に居たのだから。
「志士達は燐明が警邏の時間を調べて、その隙をアヤカシに衝かせたと言ってはいるが」
「ここまで来ると、その言い分よりも……って事か、お嬢さん」
「そう言う事だな」
 聡之丞は燕子の返答を聞くと、後は決定的な証拠でも、と頭を悩ませたが――

「おやおや、これは開拓者ギルドから派遣された皆様方」

 志士の一団がその場に現れたのだった。
「事実確認の為……とは聞いていたのですけれどもね。まさか、我々が疑われていただなんて」
「この有事にあって貴殿らは真、志士の鑑よな、と言ってやりたかったが……その必要は無さそうだな」
 気が付いた時には、既に囲まれていた。
「一応、お聞きしますが……燐明君が犯人だと言う証拠は? 未だ出ていなかったと思いますが」
「証拠? 証拠ねぇ……声が大きい方が正義になる場合も有ると言う事ですよ」
 つまり、でっち上げ。
 志士達は次々と白刃を抜き、じりと間合いを詰め始めている。
「状況を分かってやっとります?」
「貴方達は偶々現れたアヤカシに倒され、行方不明になる」
「アタシ達がそんなに邪魔かね? 良いさ、喧嘩なら買ってやるさ!」
 数は開拓者が六人。それに対して、志士は十人。
 だが、羅喉丸には分かっていた。退く必要は、人としても、実力的にも無いと。


 事の真相は何とも簡単なものだと聞いた。志士達はアヤカシと取引をしていたのだと言う。
 定期的に生贄を捧げる代わりに、町を襲わない、襲うふりをするだけ。そんな取引を。
 それで志士達の得たものは名声と金。即物的なものだった。
 今回、その犠牲となったのが子供達だったという訳なのだ。
 燐明は童塚の帰りに、紫色の空を見上げて、今一度だけ祈る様に手を合わせる事にした。