【畳】燕、惨に飛ぶ
マスター名:東雲ホメル
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/08 17:07



■オープニング本文

 子供のお使いじゃあないのだから、と燕子は眉間に皺を寄せて愚痴を吐く。
 そうして暫くの後、舌打ちをして溜息を吐いた。
 神楽の都の茶屋でボーっとしていて、同じ流派の『籠』の人間に捕まってしまった事を思い出す。
「諏訪の話は聞いてたが……何でこっちまで協力しないといけないんだ……」
 金は貰ったので、仕事はする。
 何より、あの里長が金を払って『お願い』をしてきたのだ。
 やらない訳にはいかない。断ったら、アレが直々に出てくるなんて事が有り得る。
 厄介な事間違い無い。
「まぁ、良いか」
 この依頼も諏訪からの提案の一つで、陰殻シノビの戦力向上に繋がるものだ。
 自分の旅も、大分楽になるはずなのだから、悪い事ばかりではない。

 暗器。
 シノビの扱う物の中でも、手裏剣以上に凶悪で卑劣な武器。
 護身用、暗殺用に作られた物であり、軽量で隠匿し易い武器。
 それの製造集団、裏千畳。

 諏訪のシノビから買った情報を下に、燕子は漸くその中の職人の一人を見つける事が出来たのだった。
 充分に骨は折った。後は成果を上げれば、上々である。
「たのもぉ!!」
 とある屋敷の門前で、燕子は声を上げた。
 燕子の同行者はその行動に苦笑いを隠せなかったが、態々忍ぶ必要性も無いのだから、止める事はしなかった。
「はいな……お嬢さん、何様で御座いますか?」
 偶々近くに居たのか、意外にもすぐ人が現れた。白髪頭の初老の男性だ。
「頼み事が有って、神楽の都から来た。屋敷の主……いや、話の分かる人間に会いたいのだが」
 まるで頼む気の無い尊大な態度を取る、燕子。
 初老の男性は、そんな彼女の姿を見て頭を掻く。
 頼み事、話の分かる人間、そして彼女の後ろに控える同行者。
 目の前の少女はただの少女ではない。
「そうですか。それでは此方へどうぞ」
 燕子と同行者は屋敷に中へと通され、母屋とは別の離れの一室にて待たされる事となった。
 飾り気も何も無い、簡素な部屋。
 しかし、それでいて微かに甘い百合の香りのする部屋。
「失礼致します」
 音も無く、障子がスッと開かれた。
 燕子でなくとも、その声の主が裏千畳の職人の一人である事は分かった。
 両目を包帯で隠した妙齢の女。肌も包帯も着物も汚れの無い白。
 白黒の右羽、と呼ばれる女。
「暗器」
「はい」
「是非、我等がシノビの為にその技を、そのお力を貸して頂きたい」
 極力、自分の出来る範囲で燕子は丁寧な態度を取る。借りてきた猫と言うには少々妙である。
 同行者達も燕子の態度の変化に、姿勢を正して包帯の女、右羽の言葉を待った。
「……探して頂きたい物が御座います」
 右羽は燕子の頼みには直接答えず、逆にお願いを返してきた。
「私は御覧の通り目の見えぬ女。その私の世話をしてくれていた者が一人、昨日より行方不明であります」
 目は口ほどに物を語るとは、良く言ったものだと燕子は唸る。
 右羽の話が本当なのか、どうなのかは分からない。
「いえ、何処に居るのかは分かっているのです。この村から少し離れた所にある屋敷に居ます」
「では、何故――」
「私一人では如何しようもないからです」
 目が見えぬから、という訳だけではない。
 燕子は知っていた。裏千畳の職人は自衛程度ではあるが、シノビの技を持っている事を。
 目が見えぬと言えども、外を歩き回る事くらいは造作も無いだろう。
「アヤカシ、ですか」
「はい」
「その討伐を此方に頼みたい、と」
「はい。お察しの通りです」
 右羽は深く、ゆっくりと頷くと黙ったまま燕子達の様子を聞き耳を立てて窺っていた。
「此方のお願いは聞いて頂けるのでしょうか?」
「えぇ、それが今回の報酬となります。勿論、其方の『開拓者』の皆さんにも別途報酬はお支払いしましょう」
 まさか、御守では説明出来まい。それが燕子の同行者達。
「して、アヤカシと行方不明者の事ですが」
「はい。私が知っている限りの事はお話致します」
 右羽の話は、何とも言えない、聞いているだけで吐き気を催す様な、そんなアヤカシの話だった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
羽紫 アラタ(ib7297
17歳・男・陰
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
陽葉 裕一(ib9865
17歳・男・陰


■リプレイ本文

「夏も終わるってのに怪談話? 時期ズレてんじゃないの?」
 帽子を被り直して、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は頭を掻く。
 怪談、という表現は遠からず、当たっている様にも思えた。
 件の館の見取り図は難無く用意する事が出来た。
「何だ、忍者屋敷って訳じゃないんですかい」
 風鬼(ia5399)は図面の隅から隅まで確認し、少し残念そうに肩を竦めた。
 隠し部屋の存在も見込めそうにない、平屋造りの大きな館。
「依頼主の話じゃあ、行方不明者の特徴や証ってのは無いみたいですな」
「死体でも見つけたら背負って帰るのか?」
 眉間に皺を寄せて、溜息を吐く燕子。
 そんな彼女の頭に雁久良 霧依(ib9706)の手が乗る。
 霧依にも幾らかの覚悟は有るのだが、やはり判別可能かどうかは重要だった。
「名前は……一矢。飛脚の一矢、と呼ばれているみたいですね」
 難しいやり取りではなく、今回は間違いなく純粋な荒事。
 そうなれば、自分の出る幕は有るだろうと、杉野 九寿重(ib3226)は自身の得物を確かめる。
「しかし、暗器ですか。良い物が出来ると良いですね」
「そうだな。厄介な依頼なんだ、特別良い物を要求するつもりだ」
 腕を組んで胸を張る燕子を眺めながら、柚乃(ia0638)は『暗器』という言葉に頭を向けた。
 暗器の職人、裏千畳。何の因果か、自身は鈴鹿の一件で既に関わっている。
 燕子の言う話では、諏訪の言い出した事であるらしいのだが……
「それでは、皆さん。準備は良いでしょうか? 燕子さん、宜しくお願いしますね」
 それはそれ。柚乃は薄雲の張った空の下、其々に声を掛ける。
「あぁ、頼むぞ」
 こんな時でも、変わらず尊大な態度の年下の少女に、柚乃は少しだけ肩の力を抜いた。
 軽く笑みが零れたのだった。
「さて、分からない事は多いが……外道というだけで戦うには十分だ」
 行こう。そう言うと、羅喉丸(ia0347)が立ち上がり、隣に控えていた陽葉 祐一(ib9865)の肩に手を掛けた。
 祐一にとって初となるこの依頼は、彼の決心とは裏腹に、予測不能の様相を呈していた。

 羽柴 アラタ(ib7297)は改めて古びた館の外観を眺めて、不安そうに見取り図に目を落とした。
 面倒な相手になりそうだと言うのに、見取り図まで使い物にならなかったら話にならない。
 アラタは式を呼び、その小さな烏を館の壁に開いた穴から侵入させる。
 中は暗く、アラタの肌にも直接伝わってきそうな湿り気の様なものが在った。
 ボロボロだ。が、貰った見取り図が使い物にならない、という事態は避けられたようだ。
 裏口、正面玄関、そこを繋ぐ廊下には何の姿も無い。
 それでは他の部屋は如何だろう、と思い、式を其方に向かわそうとするのだが――
 暗闇の中には2つ、3つの白い影が在る。例の小人の様なアヤカシだろう。
「これ以上奥に式を飛ばすにはアヤカシを如何にかしないといけねぇな」
 開拓者達は二手に分かれて館の中に入る事にした。
「腐臭……人の亡骸が放置されていたり、するのでしょうか……」
 柚乃の頭の中に今回探し出すべき人間の事が過ぎる。
(「まさか既に……? いえ……諦める訳には……」)
 頭を振って、そんな忌まわしい考えを払う。
「蛇が出るか、鬼が出るか、何れにしても砕いて進むのみ、か」
「ま、シンプルで良いじゃないのよ」
 羅喉丸に答えた風葉は風鬼、九寿重、祐一を連れ立って正面玄関の方へと向かう。
「燕子ちゃん」
「おぉ、任せろ」
 そんな四人の背中を眺めていた燕子は霧依に呼ばれて、彼女の方へとついて行く事にしたのだった。

 正面から臨む館は、やはり手の施し様がない程に朽ち、これならアヤカシも、と納得させる様な雰囲気を持っていた。
 あぁ、と呟いて風葉はその結界内部の瘴気塊を感知した事を告げた。
 アラタの前情報では二、三体との事だったが、やはり死角になる様な所にも潜んでいたらしい。
 風葉の分かるだけでも五体は下らなかった。
「私が先陣を切ります」
 そう言って、九寿重は立て付けの悪い引き戸を開けて、館の中へと入る。
 カビと埃の臭いが酷い。しかし、腐臭は未だに無い。
 すれば、それを感じた時こそこの一件の元凶のお出ましという事になる。
 九寿重はすらりと刀を抜いて、ギシギシと鳴る板張りの廊下へと踏み出した。
 そのすぐ後ろには風鬼が続き、祐一と風葉が最後尾に位置していた。
「そう言やぁ、村人からは何の手掛かりも有りませんでしたなぁ」
 念の為に、村人に話を聞いて回ったが館の事に恐怖はすれど、それ以上の反応は無かった。
 風鬼は「生贄でも?」とも考えていた様だが、どうもそうではない事は確かだった。
「新しいアヤカシか、外から来たアヤカシか……」
 祐一は首を傾げて、唸る。
 後者であったのなら、此処に来る前にも人を幾人も喰らっている可能性が高い。
 前者であっても、多数の犠牲が出ているのだから厄介である。
 風鬼が何か答えようとした刹那、風葉の歩みが止まった。
 その気配を察知したのだ。
「来るわよ」
 風葉の言葉通り、天井の開いた穴から、破れた障子の隙間から、白い小人は音も無く現れる。
 その小人は開拓者の存在を認めると、ギチギチと不気味な声を漏らして威嚇を始める。
「特に得物は持ち合わせてないみたいでさぁ」
 薄暗さをものともしない風鬼の目は確りとその小人の姿を捉えていた。
 九寿重も臨戦態勢に入ると同時に、白い小人は次々と床を蹴った。
 祐一は符を握り、すぐさま力を練るのであった。
「此処でくたばる訳にはいかないんだ」

 裏口は戸すら無かった。日の光が差し込んでいるが、やはり奥の方は暗かった。
 アラタの式によって得られた情報によれば、裏口から玄関の方へと続く廊下沿いに在る部屋には人影は無いらしい。
 しかし、柚乃の結界には既にアヤカシの干渉は有ったらしい。
 アラタは念の為に死角になりそうな場所に式を丁寧に仕掛けている。
 ぱたぱたと子供が走る様な足音が聞こえる。
 と、次の瞬間だった。
 前方を進んでいた燕子の足元、床の隙間から白い小人が顔を覗かせたのだった。
 奇襲を仕掛けたつもりらしいが、柚乃の警告を受けていた為か、不意打ちでも難無くそれに対応する事が出来た。
「ちっ」
 燕子は半歩退くと、咄嗟に忍刀を袖口から伸ばし、閃かせる。
 その斬撃に嫌がる様に出てきた小人は一匹、だけではない。
 柚乃は分断されまいと光弾を放って、小人の群れを散らす。
 その内の一匹が奇怪な動きと共に柚乃の顔目掛けて跳ぶが、床板を踏み抜かんと一歩踏み出した羅喉丸がその前に立ち塞がった。
 宙空で爪を尖らせて、小人は腕を振り上げるが――
 頭蓋が砕ける様な音と共に壁に張り付く事となってしまった。
 衝き出された拳に乗った威力は上々、小人程度ならば簡単に片付く様子であった。
「ふっ……掛かったな」
 アラタは不用意に動き回る小人を眺めて、そして吐き捨てる。
 二匹の小人の足元から、影の様な黒い手が伸び、その身体を蝕もうと捕まえている。
 その足の止まった小人に光の矢が突き刺さり、小人は身体を痙攣させて、瘴気へと還る。
 これについては、わらわらと沸く様に出てくる事だけが問題だろう。
「時間は掛けられません。隙有らば進んでしまいましょう」
 柚乃が光弾にて小人を沈黙させると、じりじりと館の中へ、中へと進んでいく。
 その舵を取るのは燕子。そして殿には羅喉丸。
「そこを左に曲がった所は未だ式を飛ばせてねぇ」
 針状の符を炭化させながら、アラタは燕子に伝える。
「そうか……そっちの反応はどうだ?」
「小さな瘴気塊、小人の反応は有りますが――いえ……」
 柚乃が自身の言葉を否定し、押し黙った。
 その場に居た全員が何かが来襲した事を悟った。
 見取り図によれば、それは大広間と記された部屋から聞こえてくる声。
 げらげらと大笑いする様な、胸の中を激しく、不快な程に掻き毟る様な声。
 その中に入った五人は、部屋の真ん中にぽっかりと開いた大穴に目を向ける。
「これは……」
 霧依は眉を顰めて、口と鼻を覆った。
 精神的なものだけではない。嗅覚に直接訴えかけてくる様な不快感。強烈な腐臭。
 ミシリ、と館全体が揺れた様な感覚に襲われ、次の瞬間にそれが気のせいでない事を知った。
 それは細長く、そして赤黒い、筋繊維を束ねた様なものだった。
 腕、である事は間違いないのだが、まるで人間の皮を剥いだ様なもの。
 それが柱の、天井近くを鷲掴みにし、柱は腐っていたのかバキバキと音を立てて砕け散る。
 誰もがその光景に声を上げなかった。上げられなかった。
 腕が二本であったなら、良かったのだろう。
 這いずる様に床に一本。最初の腕と逆の柱を掴む様にもう一本。そして天井に一本。もう一本。
 穴の淵にも何本もの腕が掛かっている。
 そして、穴の中から浮かんできたのは大岩の様な大きさの赤黒い人面。
 無数の腕はその人面から直接伸びていたのだ。
「……っ!?」
 それは羅喉丸程の手練の武人でも感じる事であった。
 強いか、弱いかではない。アレは『拙い』のだ。
 羅喉丸、柚乃、アラタ、燕子は脂汗が滲み、足が竦む感覚に呑まれてしまっていた。
 唯一、霧依のみが状況を飲み込む事が出来たのだった。
「いけない、燕子ちゃん!」

 風葉の光の矢に貫かれて、ふらついた小人の脳天に赤い燐光を纏った刃が食い込む。
 両断され、朽ちる小人を捨て、九寿重は溜息を吐く。
 風鬼は床からバトルアックスを引き抜いて、額の汗を拭って言う。
 足元には瘴気に戻る小人の姿が在る。
「粗方って所ですかね」
「そうですね……しかし、あちらは大丈夫なのでしょうか?」
「おっと、あんまり動かないでくれ」
 掠り傷と言えども、こうも多いと馬鹿には出来ない。
 祐一は仲間の傷を癒す事に専念し、九寿重と風鬼もそれに従っていた。
 その為か、それに気が付いたのは風葉だけだった。
 ぱらぱらと落ちる埃に、微かに聞こえた何かが砕ける音。
 風葉は切れていた結界を張り直すと、声を上げた。
「さっさと行くわよ」
 その様子に結界に引っ掛かったのが小人などではない事は分かった。
 目の利く風鬼を先頭にして、四人は朽ちた館の中を進んだ。
 次第に強くなっていく臭気と、アヤカシの放つ気配。
 そして、廊下の角を曲がる直前、霧依の悲鳴にも似た声を聞く事になった。
「いけない、燕子ちゃん!」
 直後、大広間から廊下まで何かの影が伸び、壁に叩きつけられた。
 細く赤黒いそれ。それの先には燕子と呼ばれる少女の身体が有る。
 風鬼は何事かと一度、足を止める。
 磔。
 それが、燕子の置かれている状況である事を認識すると、もう一度走り出す。
 赤黒いそれが、燕子の身体から引き抜かれると大量の血と共に燕子の身体が廊下の上に落ちる。
 呻いた事から、その命は繋がっている事は分かる。霧依の声に反応して、寸での所で致命傷は避けたのだろう。
「陽葉さん!」
「任せてくれ」
 九寿重が声を上げると、祐一は間も無く答える。
 風鬼の背中を追って、大広間に入ろうとするが、風鬼の咄嗟に出したのであろう右手に一度踏み留まらねばならなかった。
「ちょっと?」
 風葉が風鬼の背中に声を掛ける。
 そして、九寿重も風葉も風鬼の視線の先を見てしまった。
「ありゃ……」
 風鬼はそれの全貌を直視した。
 先に到着していた五人と後ろの三人は薄暗闇であった事を幸運に思うべきだった。
 赤黒い人面は、その肌に多数の皹が入っており、暗視の使える風鬼にはその皹の意味が分かってしまったのだ。
 アレは血が乾いて罅割れたもの。それも腕を含めて全部が全部だ。
(「捜し人は、もう諦めるしかなさそうでさぁ……」)
 文字通り血を浴びる様にしなければ、あんな風にはならないだろう。
「ウオォォォォ……!!」
 身体を震わせたのは畏怖の念だけではなかった。
 何とか己を奮い立たせた羅喉丸が、次の一手を打たせまいと人面に迫り、気を吐いたのだ。
 拳、掌、双掌の三連撃が加えられ、人面は大広間の壁に減り込む。
 そこに光の矢と光弾が加えられ、更に腕の一本が黒いカマイタチによって落とされる。
「ぐ……何よ、アレ……」
 何とか、と言った感じで風葉は杖を構えると、加えられるだけの光の矢を飛ばす。
 壁が崩れ、土煙が上がる中、またも不快な笑い声が響く。
 げらげらげらげら……
 その笑いが木霊すると、開拓者達は自身の中の不安が増幅される様な感覚に陥った。
 指を弾く程の間隔の後、空気の壁の様なものがそんな開拓者の面々を襲った。
 その衝撃で転がり、我に返った九寿重は後方を確認する。
 口元に血を滲ませて、それを拭う祐一。
 それを見て、九寿重は刀の柄を強く握り直して、大広間の中へと侵入していく。
 何とか燕子の一命は取り留めた様だが、これ以上は祐一にも危険な域だ。
 精霊力を浴び、叩き付けられる風の壁に耐える。
 赤黒い腕がびょんと伸びてきて、最前線に出た九寿重を襲う。
「斬撃符!」
 アラタはカマイタチを次々と飛ばし、腕を弾き、人面の動きを制してはいるがそれ以上に成果が上がらない。
「一気に片付けるしかないんじゃないのっ!?」
「だろうな!」
 アラタの答えを聞くや否や、風葉は杖を構え、人面にその先を合わせる。
 機が訪れれば、一気に終わらせるつもりらしい。
「皆さん、気を確り」
 精霊鈴輪を鳴らして、柚乃が静かに歌う。
 それに反応した人面が筋繊維を寄り合わせ、ぶちぶちと音を立てて肉の槍を作り上げると、一気に柚乃の胸元目掛けて伸ばす。
 そこに割って入ったのが九寿重だった。
 刀で切っ先を逸らし、自らの左肩の肉を犠牲に仲間を護る。
 人面は肉の槍を引っ込め様とするのだが、その動きはすぐに止まる。硬直と言った方が良いのだろう。
 その影は風鬼のそれと繋がっており、印を組んだ彼女は何とも涼しい顔だった。
 好機を逃すはずもないのが、この開拓者達が開拓者たる所以。
 羅喉丸は大広間の穴を飛び越えて、先程と同じ様に間合いを一気に詰めると連撃に次ぐ連撃を加える。
 赤黒い肌に皹が大きく入っていく。
 霧依の光の矢が飛び、アラタの符がカマイタチを呼び、そして祐一の式が人面に吸い込まれていく。
「この一撃で、決めるっ!」
 鮮烈な光源が杖の先から一直線に人面の身体まで迸る。
 肌を打つ様な轟音。
 風葉は雷撃の束を人面に直撃させたのだった。
 その後ろ姿を見届ける様に、祐一はその意識を途切れさせた。
 彼もまた、限界だったのだ。


 右羽は閑散とした雰囲気の中で問い掛けた。
「お怪我は?」
「三人程」
 アラタの疲れ切った声を聞いて、右羽はただ頷いただけだった。
 何となく覚悟はしていたのだろうが、攫われた人間は既に死んでいると悟ったのだ。
「この子に、良い物を作ってあげて下さいね」
 霧依は意識の戻らない燕子の頭を撫でて、右羽の答えを待った。
 鈴の音を聞きながら、彼女は静かに頷いたのだった。