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■オープニング本文 妙に風の強い日だった。 此処で何か呟けば、風がその言葉を拾って持っていくのだろう。 母屋から店へと続く廊下を進みながら、天一は顎を擦った。 一羽、二羽と白黒の鳥が庭先へ降りてきたのが見えた。 珍しいな、と天一は足を止めてその姿を眺める。 「時期的に、見掛けるのはもう少し先かと思っていたが」 迷い込んだのか、もしくは何か用事でも有って来たのか。 天一は黒い眼帯に指を当てて、暫くの間考え込んでいた。 「鳥が何の用かは分からないが……八坂話でも聞いたのだろう?」 天一は本当に鳥に話し掛けるかの様に、独りごちた。 いや、天一は実際にその「鳥」に話し掛けたつもりだった。 その鳥は――「鶺鴒」は綺麗な声で鳴くが、まるで返事をしているかの様だ。 喰えない女だ。 それが返事を聴いた天一の素直な感想だった。 そうして、また暫く黙りこんだ後に溜息を吐き、そしてまたも庭先の鶺鴒に話を切り出す。 「些か困った事が続くのだ。どうもこの辺りで人斬りが出るらしい」 鶺鴒は何度も跳ねて、庭先で遊んでいる。 「とは言え、斬られた者は見つかってはいない。が、間違いなく人斬りが出るとの話だ」 不可思議な話だった。人斬りは出るが、斬られた者は出てこない。 しかし、鶺鴒は首を傾げたりする事はなかった。 納得した様に尾を動かすと、程無くして庭先から空へと飛び立ってしまった。 それでも天一は話を続ける。空白となった庭先に向かって、ゆっくりと。 「黄昏刻、もしかすれば出くわしてしまうかもしれないな。あぁ、いや、鳥には関係の無い話か」 人斬りは人を斬ってこそ人斬りなのだ。鳥を斬るのは迫害者だ。 そして天一は店の方で呼ばれた気がして、はたと顔を上げた。 確かに「旦那様〜!」と声が聞こえる。 「さて、商談が有るのだった……時に鳥よ」 つかつかと進んで、最後にもう一度だけ天一は足を止めて風に言葉を拾わせた。 「上手く隠れても、女の匂いは消せぬものだな」 その言葉に「鶺鴒」は答えた。 声を聴き、それを鼻で笑うと天一は今度こそ店の中へと姿を消したのだった。 「……そんなに匂い、しますかねぇ〜」 鶺鴒は呑気にも屋根の上に座って、自分の装束の匂いや手の甲の匂いを嗅いだ。 勿論、自分には自分の匂いは分からないし、そもそも鶺鴒はシノビであるのだから匂いは無い。 「それにしてもぉ〜、斬られた人間の居ない人斬りの噂ですかぁ〜」 黒い眼帯に鋭い眼光、上手く隠されてはいるが無駄の無い肉体。隙も、足音も無い。 そして、何より諏訪の情報を八坂話などと態々遠回しにする言い方。 鶺鴒はアレが間違いなく、目的である裏千畳の人間、しかも職人の一人である事に気付いた。 「そんな話が有り得るのですかねぇ〜」 小耳に挟んだ事によれば、裏千畳は接触の図ったシノビの氏族に対して何らかの「試練」を与えるらしい。 まぁ、読んで字の如く、裏千畳はシノビを試しているのだ。 裏千畳の作る特殊な武器――所謂、暗器と言うやつなのだが――それを欲しているシノビを。 例に漏れず、鶺鴒も籠から遠路遥々、裏千畳の人間が居るとされている楼港までやってきたクチだ。 その事に先程の眼帯は気が付いていた様であるし、となれば、眼帯の言う事は何かしらの試練なのだろう。 「う〜ん……その人斬りの得体が知れませんしぃ〜」 やはり開拓者の手が必要だ。 そう考え付いた鶺鴒は、のそのそと立ち上がり、風に乱れる髪を押えて呟く。 「しかし、縮緬問屋さんなんてぇ〜……普通に商売しちゃってますよねぇ〜」 儲かるのだろうか、と思いつつ鶺鴒は跳んだ。 |
■参加者一覧
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
草薙 宗司(ib9303)
17歳・男・志
フルール・S・フィーユ(ib9586)
25歳・女・吟
明神 花梨(ib9820)
14歳・女・武 |
■リプレイ本文 未だ日は高く、黄昏刻に至るには十分な時間が有った。 フルール・S・フィーユ(ib9586)は一人、縮緬問屋「てんいつ」の前に立った。 縮緬とは何ぞや。絹の手触りに、見事な色合い。果たして果たして、ただの絹か。 良く通る声と共にフルールはその暖簾を潜った。 「これはこれは、何か御用で御座いますか?」 白髪の番頭がさっと現れ、皺の深い笑みを浮かべる。 フルールの歌声に惹かれたのか、好感の有る笑顔だ。 「物見遊山、と言う訳ではありませんが……私も商人でして」 「縮緬が珍しかった、と」 「えぇ、アルカマルでは見掛けた事は」 番頭はうんうんと頷いて、近くに居た小坊主に良い縮緬を取る様に言う。 「店主さんはいらっしゃいますか?」 「えぇ」 「少しお話を伺いたいのですが」 「ふむ……少々お待ち下さい。ささ、どうぞ自慢の縮緬で御座います」 小坊主と入れ替わりに、番頭は立ち上がって店の奥へと消えていった。 撚りのない縦糸、強い撚りのある右よりの横糸と左よりの横糸、それらを交互に織った代物。 表面の「しぼ」が良い味である。 「アルカマルの商人様、とお聞きしましたが」 これが鶺鴒の言っていた男、天一か。 フルールは表情を努めて崩さぬ様に、頷いた。 「これは見事なものですね」 「それは……大変有り難いお言葉で御座います」 「こういった伝統的な技術は何処に行っても素晴らしいものがありますね」 「そうですね。アルカマルにも大変面白いものが在った覚えが有ります」 「えぇ……しかし、勿体無い」 「と、言いますと?」 「何でも良くない噂が有るとか、無いとか」 フルールは残念そうな顔をしつつ、天一の様子を窺った。 天一も同じ様に残念そうに肩を落とし、溜息を吐いている。 「そうで御座いますね」 「不思議なものですねぇ……被害は出ていないそうではないですか。人の噂には尾ひれが付くものですが」 案外、人斬りなど――そう言い掛けた時だった。 「さて、噂と言えども否定は出来ませぬ」 「……何故、否定は出来ないのでしょうか?」 「噂だからです」 何かを隠している事を隠す気は無い様だ。が、何を隠しているのかは分からない。 もう少し深く探りを入れるかと、フルールは言葉を紡ごうとする。 「おっと、申し訳無い。些か話し込んでしまいましたな」 「…………いえ、お時間を割いて頂きまして」 軽く頭を下げて、天一は立ち上がり、去ろうとして立ち止まる。 「人の噂は四十九日と言います。何れは噂は消えるでしょう。ただ、噂が噂でなくなる可能性も有ります」 「斬られた人間の居ない、人斬りの噂がですか?」 「左様」 フルールは思い出す。 鶺鴒の言っていた「裏千畳」なる集団の試練の事。 風鬼(ia5399)の言っていた「噂自体は作れる」という事。 そして、明神 花梨(ib9820)の言っていた「本人が噂を流している」という事を。 例えば、人が斬られていなくとも「抜身の刀を手にして、尋常ではない殺気」を放っている人物が居るとしよう。 そんな人物を傍から見れば「人を斬った」という証拠が無くとも、それを人斬りと認識出来るであろう。 そうすれば、この噂は成立する。それが誤認であったとしても。 海月弥生(ia5351)はそう当たりを付けていた。 確かに風鬼や花梨の言う事は一理有るのだが、念の為、本当に人斬りが居る線で話を聴いて回っていた。 飲み屋と言えども、昼は飯を出している所が殆どで、弥生はそういった所を中心に出入りした。 「あぁ、あの妙な噂な」 「えぇ、御存知でしたか」 「そら、姐さん……嫌でも耳に入ってくるよ。何てったって、天一さんの店の周りの話だから」 「縮緬問屋の御主人でしたか」 蕎麦を啜っていた男に声を掛けると、案外すんなりと噂に行き当たった。 「それで、その人斬りを見た事は……?」 「無ぇよ。天一さんから、その時間はうろつくなって言われててね」 どうも天一本人からそういう達しが出ているそうだ。 「しかし、姐さん。何で、んな事を?」 「開拓者として、噂とは言えども、何時までも放って置く事は出来ませんので……」 「美人さんなのに、大変だね」 弥生は困った様に笑うと、店の人間を呼び止めて、男に天麩羅を持ってくる様に頼んだ。 「大したお礼ではありませんけれど」 「いや、大したお礼だよ。ありがてぇ!」 さて、と一息吐いた弥生は次の店へと向かう事にした。 その一方、往来では草薙 宗司(ib9303)が道行く人々に声を掛けていた。 「人斬ってない人斬りとか変わってるねぇ」 「そうですなぁ、あっしもこの辺りで人が話してるのを耳に挟んだだけなんで……」 休んでいた籠屋の話によれば、その噂を聞く様になったのはつい先日の話であるとの事だった。 「心当たりは?」 「無いですね」 当然そういった答えが返ってくるのは分かっていた。心当たりがあれば、既に解決されていてもおかしくない。 宗司は頷いて、噂の件とは別の事を聴こうと辺りを見回した。 人に聞かれたら拙いなんて意識が有ったからではない。その逆。 「それじゃ、裏千畳って連中の事は知りません?」 「裏……? 何?」 「裏千畳」 「うーん……いや〜、あっしはちょっと知らないっすね」 「あれ、そうですか」 これで何人目だろうか。宗司は一人唸った。 件の噂に関しては、この辺りの人間は殆ど知っている。しかし、裏千畳に関してはどうだろう。 誰一人として知らぬ存ぜぬと言った感じである。 (「いっその事、裏千畳の人間が出て来てくれれば楽なんだけれど」) 「いや、申し訳ない。休憩中」 「お客さん、どうです?」 籠を勧められたが、宗司は笑って首を横に振る。 そして、その場を離れて次の人間に声を掛けようとした時だった。 「そら、裏千畳の人間が噂を流してる可能性が有りますんでね。本人達は出てこないでしょうなぁ」 宗司は刀の柄に手を掛けたまま、振り向き、そして息を吐く。 風鬼と花梨の姿が其処に在った。 「と言うと?」 「のこのこと出て行けば本人達が関与している事がバレまさぁなぁ」 「鶺鴒さんの言うてた、試験ってやつやったんなら尚更出て来れへんやん?」 「のこのこと出て来なければ良いって事だな……」 「そうなるとー……やっぱり、自分は安全か、それか軽傷で済む場所におるって事か」 「まぁ、そういう事ですな」 そうなれば、宗司が試そうとしていた事も無意味に終わる可能性は高い。 そもそも、裏千畳は陰殻シノビの中でも闇の闇。歴史に消えていた集団だ。 そんな集団なのだから、噂の尾ひれの一つや二つが付いても問題無いのだろう。誰も知らないのだから。 「……俺が声を掛けた中にも裏千畳の人間が居たって話か」 その人間に、知らずの内に上手く誘導されていたかもしれないのだ。 「ところで、お二人さんは何か収穫は有ったのかな?」 「あぁ、その事なんですが――おや」 「鶺鴒さんも戻ってきたみたいやな」 「も?」 鶺鴒がふわふわしたまま寄ってきたのを確認すると、風鬼は腕を組んで結論だけを述べた。 「噂の出所は恐らくてんいつ、もしくは其処の関係者で間違いないでしょう」 「せやな。辿れば辿る程、この辺りに足が向く」 「私もちょいと離れた所かた調べましたけどね、やはりね」 「やはり〜、裏千畳さんの仕組んだ事みたいですね〜」 「しかし、金で買える様なネタは在りませんでしたが……広まっても問題無いんですかいね」 「あぁ〜、それなら〜」 鶺鴒は手を合わせると、胸元から一枚の紙切れを取り出した。 「これは何ですか?」 宗司が怪訝そうな顔で、その紙切れを指差す。 「てんいつさんの儲けに関してですよ〜」 (「相も変わらず、金に関しては目聡いと言うか、煩い人でさ」) 「何てものを……どうやって手に入れたんですか?」 「内緒ですよ〜」 「そこがいっちゃん気になる所やん……」 花梨がその紙切れを受け取り、風鬼と宗司と囲む様にして内容を確認する。 取引先の一覧、流通経路、過去から現在に至るまでの相場などがおおまかに書かれてある。 三人は合点がいった。 「これなら広まっても、そないに痛手にはならへんね」 花梨の言う通り、てんいつの取引はかなり広範囲に渡り、それは楼港の内だけではなかった。 そうなれば噂は別の噂で消せば良い。下手人が捕まった、と。 これで裏千畳の自作自演である事に関しては確かになった。 それでは、その目的は何なのか。 「目的は下手人の捕獲、でしょう。天一さんの口振りからすると間違いないはずです」 四人が振り返ると、フルールの姿が在った。 その背後には弥生も居る。 「しかも、普通の人斬りではないでしょうね」 弥生はフルールに続いて言う。 「普通の人斬りさんではないんですか〜? 人斬りですのに〜?」 「今の所、その様な人物を見たと言った方はいらっしゃいませんでした」 何件か飯所を回って分かった事だが、この辺りは比較的治安も良く、武装している人間は少ないのだと言う。 ただでさえ人斬りなのだから、目撃情報が無いのはおかしい。人を斬る得物が必要なはずだ。 「しかし、試す、その一度きりだけ人斬りが現れれば良いんでないですかね?」 「……いや、それじゃ温いのでは? それなら、俺達が簡単に当たりを付けられる」 風鬼の疑問に対しての、宗司の答えは最もだった。 「各々、警戒は必須、という事ですね」 弥生は話を聴いて回る内に一つの推測に辿り着いた。 人斬りだからと言って、持つ物は刀ではないのではないかと。 宗司も裏千畳の人間を誘き寄せようとしていた訳だから、弥生の言わんとする事は分かっていた。 得物は恐らく裏千畳の作った暗器。 それも「斬る」という行為から掛け離れた物。 糸か、それとも簪の様な小間物か。 「そろそろ夕刻ですね」 フルールはそう言って、少し離れた縮緬問屋の屋根を眺めた。 動きは、未だ無い。 風鬼は誰にも気取られぬ様に、暗がりから屋根の上の死角に身を潜めた。 先程よりまた一刻程。僅かばかりの青みを残して、天幕は夜のそれになっていた。 風鬼が念の為に確認した所、周辺には刀傷などは残っていなかった。 しかし、鶺鴒を試しているのならば、何処かで人斬りとして接触を図るはずだ。 人斬りが出るならば、今。 暗くとも良く見える目で通りを眺めれば、何人かの姿を確認出来た。 鶺鴒を先頭にして、右後ろに宗司、左後ろには弥生が控えている。更に、離れた位置から花梨が歩く。 フルールはてんいつと、その隣の建物の間に身を潜めている様だ。 (「前から酔っ払った火消しが二人、と。それと後ろに一人……? ん、もう一人か。流石に、誰も顔は見えへんな」) 花梨はそう思いつつ、自身の背後を振り返った。 幸い、誰の姿も確認出来ない。 「おう、お姉ちゃん、でっけぇなぁ! まるで陰殻西瓜みてぇだ!」 「馬鹿野郎、お前、何言ってんだ! 酔っ払い過ぎだろ! って、でけぇ!?」 「あらあら〜」 酔っ払い二人に声を掛けられてコロコロと笑う鶺鴒。宗司と弥生の表情は少しも変わらない。 酒のニオイは本物で、どうせ昼から呑んでいたのだろう。火消しも暇なものだと二人は思っていた。 これが裏千畳の人間であったのなら、大胆なものである。 (「後ろの……風呂敷包みを持った男がそうかしら?」) 弥生の意識は既に前方に移っている。 それと同時に、風呂敷包みを持った男の後ろの人影が急に屈む。 宗司は喉を静かに鳴らし、そして眉を顰めた。 どうやら、その人影は町医者らしく、道具を地面に置いて草履を直している。緩かっただけらしい。 風呂敷包みの男はと言うと、鶺鴒とのすれ違いざまにぱさりと何かを落とした。いや、音で分かった。財布だ。 「あの〜、お財布落としまし――」 運が良かった。 鶺鴒は視界の端に迫る何かを察知し、杖に仕込んだ刀を抜いた。 金属と金属がぶつかり合い、火花を散らして、甲高い音を立てる。 首筋には薄っすらと傷が入った事は、ピリッとした痛みで分かった。 「……っ!!」 弥生はすぐさま長巻を目の前に構えた。 が、少し遅かったのか、腕には縦に裂傷が走る。致命傷にならなかったのは、こちらも幸い。 全力で押し返す。 「風鬼さん!!」 声を上げて宗司が走った。鞘尻で打つなど、自身もアレにやられる可能性が高い。 ならば、最速で当てられる攻撃を。 体勢の整っていない男に対し、宗司は大きく一歩踏み出し、左の逆手で刀を抜き放ち、そのまま真っ直ぐに打ち込んだ。 柄は相手の胴体に減り込み、それは開拓者の一撃だ。男の体を後ろへと飛ばした。 そして、男は難無く受身を取ると―― 「これで一旦お終いでさ」 身動き一つせずに固まってしまった。 この闇の中では、気付かなかったのだろう。風鬼から伸びた影の存在には。 「大丈夫? 傷は見た目より浅いみたいやけど」 印を組み、弥生の腕を癒す花梨は、一つ胸を撫で下ろした。 奇襲は失敗に終わった。 あの町医者も「人斬り」であったらしく、何時の間にやら鶺鴒に組み伏せられていた。 「さて、未だ何か有るのでしょうか?」 そう言って、フルールが物陰から出てくる。 「天一さん」 刀を納めた宗司は、フルールの方へと向き直って少々驚いた。 「いや、参った。これ以上は何も無い」 眼帯をした大男が別の物陰から姿を現した。 「よもや、此方の居場所まで割れるとは」 「……わざわざ咳払いをして頂きましたからね」 フルールは肩を竦めて、その男、天一に微笑んだ。 「しかし、これが人斬りの得物ですか」 風鬼は術を解くと、その赤紫の風呂敷を眺めて呆れた。 弥生も「まさか」と小声で漏らしてしまい、はたと口元を押さえて苦笑いをした。 「うちは縮緬問屋ですからね」 「そらそうや」 何とも妙な話であると、花梨は頬を掻いた。縮緬問屋に縮緬在り。 「せやけど、そら普通の縮緬やないですやん」 「えぇ、鋼布と言います……しかし、どうでしたか?」 「軌道を逸らした時に思ったのですが、まるで刀の様でした」 弥生は感触を思い出して、率直に答える事にした。 それに鶺鴒の仕込み刀と弾きあった時の音は、紛れも無く刃と刃が弾きあった音。 「素晴らしい一品だと思いますよ〜」 「あぁ、あんま動かんといて」 「ん〜?」 天一は鼻で笑うと、鶺鴒に向かって言葉を掛ける。 「各地で色良い報告を聞いている。我ら裏千畳、再び貴様等の前に姿を現すのはそう遠くない」 「あら〜? 私にだけ厳しくないですか〜?」 「……それを持っていけ、女。餞別だ。仲間に感謝するのだな」 赤紫の布を受け取って、鶺鴒は満足そうに頬に手を当てている。 幾らで売れるか計算していないだろうか、と一同は不安になる。 「さて、噂消しなる仕事が残っているな」 「あら、それでしたら」 フルールは軽やかな音色で口笛を吹き、そして上品に笑った。 後日、嘘か真かも分からぬ捕物の噂が、てんいつ周辺どころか、楼港全域に広まったと言う。 |