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■オープニング本文 次に理知留を見た人物と言えば、漆原鼎と言う流離人であった。 鼎は己の怪腕のみが長所であり、特別に優れた剣客であった訳ではなかった。 無論、剣客で在る以上は刀を扱うのだが、鼎のそれは「裂く」と言うよりも「潰す」為に存在していた。 言うなれば、それは刃の無い鈍ら。ただただ、重いだけの代物。 しかし、鼎はそれを好んで扱った。 理知留はそんな鼎を見て、興味津々にこう言い放ったのだ。 「いやぁ、変わった姐さんっスね。面白い。ちょいと見せてもらっても良いっスか?」 武器商と聞いていたからか、鼎は特に何と思う事無く理知留に刀を手渡す。 それが運の尽きだったか、理知留は武器「商」であるのだ。次の瞬間には大袈裟に声を上げていた。 「あぁ〜! こりゃ、駄目っス! もっと良い、鈍らが在るっス!」 「そもそも、鈍らに良し悪しが有るのか?」 「姐さん……私は武器商っスよ? 志士、修羅で在る前に武器商。いいや、生物で在る前に武器商」 言い過ぎではないのか、と思いつつも鼎は頷く。 確かに目の前に居るのは、この延石寺に武器を運んできた正真正銘の武器商なのだ。 「拙者には違いが分からぬが……」 「そりゃー、素人っスからね。いえいえ、これなんて如何っスか?」 「む? 此方の方がしっくりくるな」 重さが少し違うだけで、此処までのものか。そう感心して、鼎は刀を振るう。 「お安くしとくっスよ?」 「む?」 「どうっスか? 一万文って所で」 「それは業物と一緒の値段ではないのか?」 「鈍ら中の鈍らとくれば、それは斬れる刀で言う所の業物っスよねぇ? いや、大業物……値無しかもしれないっス」 「む? むぅ?」 鼎、頭の回らぬ女である。 「大丈夫っスよ。そりゃー、そもそも名の有る鍛人が打った物っスから」 「しかし、鈍らなのだろう?」 「見た目だけは良いっスよね? まぁ、そういう事っスよ」 そう言う訳で、鼎はまんまと理知留の口車に乗ってしまったのだ。 理知留にしてみれば、好んで鈍らを使う鼎など鴨同然。財布以外の何物でもなかったのだ。 それが今日から数えて二、三日前の話だった。 さて、此処が何処かと聞かれれば。東房国延石寺の離堂。 流離人であった鼎は延石寺のお偉方に雇われて、此処に居るのだった。 「あ、漆原さん! もうすぐ他の開拓者の方々が着くそうですので、準備しておいて下さいね!」 修繕されたばかりの離堂の縁側に座る鼎を見つけるや否や、一人の少女が声を上げて手を振る。 「これは静波殿……あい、分かった。拙者もすぐに出られる様にしておこう」 小柄な尼僧、静波に小さく笑い掛けると、新たな得物を手にして立ち上がる。 「どうも、魔の森の方で白狼天狗の姿が確認されたみたいですよ」 「ふむ……そうか。となると、拙者達が動けばあちらも動くであろうな」 「気を付けて下さいね。白狼天狗の水緒と言えば、面倒な奴ですから」 静波の言う水緒とは。鼎は雇われた際に受け取った書状の中に、そんな名前が在った事を思い出す。 確か、白狼の仮面を被った女の天狗で、棒術と水の術を操る中級のアヤカシだとされていた。 「まぁ、良かろう。新しい得物も試したい……何より、やらねば後々の事に支障をきたす」 魔の森の前線に蔓延るアヤカシを押し返してやらねば、焼討の際に邪魔になる事は明白。 そうはさせまいと開拓者と鼎が雇われたのだ。 「しかし」 鼎は顎を擦って、唸る。 その視線の先。此処よりも更に高い、斜命山脈の頂上へと向かう道程。濃い霧が在る。 渡された地図を見れば、どうもあの辺りが今回向かう場所らしいが―― 「どうも、白狼天狗は避けては通れぬ様だな」 湿り気を帯びた風が、鼎と静波の間をするりと吹き抜けていった。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 五里霧中とは上手い事言ったものであり、前方の現象は分かり易くその言葉を表していた。 「しかし、悪徳商人ですなぁ。やっぱり剥いどきゃ良かった」 接敵の可能性も高い。そんな中、風鬼(ia5399)は顎を擦って物騒な事を呟いた。 鼎の鈍らの話を聞けば、容易にあの修羅の行商の顔と口調を思い出す事が出来る。 何時ぞや助けた時の彼女に対して、風鬼が思う所はその一点であった。 「しかし、名の有る鍛人の打った物であれば、確かに他の物とは違うはずだ」 「あぁ、行商があえて持ち歩いていたんですから、そうかもしれませんな」 鼎の言う事も分からぬ訳ではない。風鬼は頭を掻いて頷いた。 「旅は道連れ、世はお金ってなぁ……」 そんな鼎を眺めて、アルバルク(ib6635)は苦く笑う。彼も理知留の顔は知っていた。 その顔を思い浮かべながら、若い内の浪費について思う。他人の事は言えないが、どうも恐い事である。 「想定出来る相手は天狗ですか。手強そうですね」 杉野 九寿重(ib3226)はアルバルクと視線を共に霧に向ける。 あの中に、水緒とその配下が潜んでいるのかと思えば、この上なく厄介である。 しかし、ルオウ(ia2445)は一人気を吐いて自身の得物の重さを確かめていた。 「厳しい戦いになりそうだけど、頑張るぜぃ!」 湿り気を帯びた空気の中、ルオウの闘志に点いた火は消えそうにもなかった。 寺の人間に聞いて回った話にも、その要因は有ったのかもしれない。水緒の事と寺の事。 聞けば、水緒は哨戒中の尼僧を幾人も霧に紛れて攫ったとの話だった。 正義感の強いルオウからすれば、その行為は彼自身に火を点けるには充分だったのだ。 それに加えて、寺の財政の苦しい所や人手の不足を考えれば、放って置く事など出来なかった。 「そろそろですね」 利穏(ia9760)は地図で詳細な位置を確認しつつ、顔を上げる。 「漆原さん」 「何だろうか?」 前をふらふらと歩く鼎に声を掛ける。どうも普段の生活を聞くと、協調性の無さそうな女である。 「くれぐれも単独行動中を狙われない様に」 「拙者とて捕まって、アヤカシの餌になりたくはないかな」 ころころと笑う鼎を見て、利穏は鼻の頭を掻いた。余計な釘だったか。 「すみません」 「何の事だ?」 素直に謝る利穏に鼎は笑顔を向ける。 そんな中、利穏は思い出した様に眼鏡を懐から取り出して、鼎に差し出す。 いや、と小さく首を振ると鼎は付け足して言う。 「斬れぬ刀に急所も何も無い」 濡れた葉の匂いに琥珀 蒼羅(ib0214)が刀の柄に手を掛けて言う。 「慎重に行動する必要がある、か」 鼎の言う様に霧の濃さが気になる。その上に斜面での戦いは、非常に足場が悪い。迂闊な行動は避けたい所だった。 ならば、先ずは霧の中に入ってしまう前に咆哮で配下の狼達を誘い出せれば良い。 蒼羅はルオウに向かって頷くと、ルオウも頷き返す。 既にお互いの縄張りの様なものに干渉し合っているに違いない。 「引き摺り出してやんぜぃ!」 後方に待機するアルバルク達の姿を確認して、ルオウは思い切り息を吸い込んだ。 ルオウの雄叫びに合わせて、アルバルクは一つの陣形を組む様に声を上げた。戦陣の一つである。 九寿重、両隣に立つ風鬼と利穏にその恩恵を授けつつ、鈍い輝きを湛えた銃身を前方に向ける。 「ひぃ、ふぅ、みぃ……むぅ、と。六、ですな」 風鬼は霧の中からルオウの咆哮に引っ掛かった敵を数える。どうやら天狗らしき者は居ない様だ。 そばかす、と口ずさみそうな音の鼻歌を歌いながら、バトルアックスを構える風鬼。 次の瞬間には白い影が確かに六つ、霧の中から高速で現れたのだった。 「杉野 九寿重、参ります」 刀身に纏った練力が次第に渦巻く風に変わり、九寿重の全身すらも呑み込んでいく。 ゆっくりと刀を振り上げて、九寿重は数瞬先の機を待つ。 そして、九寿重が刀を振り下ろすと同時に風の刃が音を立てて地面を抉り、狼の群れを切り裂いていく。 何匹か、それを逃れた様だが一瞬でも分断出来れば好都合と言うものだった。 地を蹴って、目にも止まらぬ速さで前に出たのはルオウだった。 恐ろしい程に美しい刀を振るって、狼の身体を跳ね上げるルオウ。よく見れば、狼の傷は一つではない。 落ちた狼は既に虫の息。ルオウの実力も有るのだろうが、やはり所詮は獣である。 此処では魔の森の恩恵を僅かに受けられるらしく、微弱な治癒能力を受けられるようだが―― 「そうなる前に斬り捨てれば良い事だ」 それだけ言うと、蒼羅は刀を抜く。 ただ抜いただけではない。死角とも呼べる位置から飛び込んできた狼を薙いだのだった。 蒼羅は次の攻撃に備えて、向かってくる狼の気の流れを読む。 その狼が飛びかからんとする直前だった。突然、狼が足を止めて呻きだしたのだ。 後ろをちらりと見れば、利穏の手の中で符が温度の無い青白い光と共に燃えていっている。 成る程、と思えば、次にその狼はけたたましい銃声と共に跳ね飛ばされる事となった。 「出迎えご苦労ってな」 赤く輝いた瞳で、狼の額の中心に寸分違わぬ風穴を開けたのはアルバルクだ。 「おっと、まだまだ来ますよ」 風鬼の言う通り、変わらず雄叫びを上げたルオウに向かって何匹もの狼が霧の中から駆けてくる。 九寿重、蒼羅も前線で奮闘しているものの、やはり三人で数を捌くには足場が悪かった。 何匹かが、標的を変えて後衛に向かってきたのだ。 風鬼は焦る事なくその間に割って入り、間合いを計りながら斧を振り上げる。 狼の牙が斧の刃を捉えるが、風鬼は狼ごと斧を振り抜き、地面へと叩き付ける。 斬れなかった分のダメージは与えられなかったものの、ゆらりと立ち上がった狼の反応は鈍いものだ。 アルバルクの銃撃を受けて動きが固まった後、小さな悲鳴にも似た声を上げて、狼は風鬼の斧に両断される羽目となった。 九寿重は態勢を整えると、辺りを見回す。僅かにではあるのだが、霧が濃くなってきている。 その事をルオウや蒼羅に伝えると、少しずつ後退し、前線を霧から遠ざける様に下げる。 こうしているだけでも狼の数を減らし、こちらにとっては有利になる。なるはずだった。 「様子が……」 利穏が予め放っていた人魂が突如として消滅したのだ。 攻勢が変わった。利穏の人魂消滅も、風鬼の耳に届く音も、蒼羅の心眼に映ったものも、全てそう告げていた。 「お前が白狼天狗か!」 狼の面を被った女。その両手には確りと棒が握り締められている。 尋常ではない殺気を漲らせて、霧を引き連れる様にその姿を現したのだった。 「このルオウ様が退治してやるぜぃ!!」 何匹かの狼の姿も確認出来たが、やはりこの天狗、水緒が指揮を執っているに違いない。 開拓者達は勿論、風鬼ですら狼の遠吠えを聞かなかったのはそういう事だったのだ。 甲高い音と共にルオウの刀が弾かれ、水緒の握った棒がルオウの脇腹に入る。 間合いを取りつつ、ルオウは傷の具合を確かめる。痛みは有るが、骨が折れた様子は無い。水緒は意外と非力な様だった。 「拙いですね」 利穏の呟きに、アルバルクは頭を掻いて溜息を吐いた。 どうやら水緒の作り出す霧は彼女自身の周りに発生する様であり、つまりは水緒と接敵すると言う事は霧の中に飛び込まねばならないという事であったのだ。 誘き寄せるも何もあったものではなかった。結局、水緒を倒さんとするならば、霧の中へと飛び込まなければならなかったのだ。 次第に白んでいく視界の中、アルバルクと利穏は少しだけ後方へと下がる事にした。 ルオウの顔には斬り結べば、斬り結ぶ程に苛立ちの色が浮かぶ事となった。 剣速も、体捌きも特に劣っている訳ではなかった。速さは確実に自身の方が上である事は分かっていた。 しかし、決定的な一撃を決める事が出来ない。水緒の攻撃も然程のものではないのだが、やはり苛々とさせるものはあった。 一の太刀で水緒の腕に薄っすらと裂傷が走り、瘴気が漏れる。返した二の太刀は、棒で防がれ、水緒はその勢いのままに棒を回転させて、下からルオウの鳩尾を狙う。 ルオウは上手い事刀の柄でそれを防ぐと、体制を崩しながら一歩半退く。 そうして、ルオウが天狗と火花を散らしている間にも、狼の群れは続々と他の開拓者を襲っていく。 九寿重は飛び付いてきた狼を、寸での所で受け止めると力一杯振り落とす。落ちた狼に後ろから飛び出した風鬼が止めを刺す。 九寿重は額の汗を拭うと、水緒を見やる。腕の傷から立ち上る瘴気は、やはりあれがアヤカシである事を表している。 人や獣人に似て否なる者。それが天狗の類なのだろうか。 「風鬼さん、此処は私に」 またも迫る狼に九寿重はもう一度刀を振り上げる。巻き上げた風を前方に向かって薙ぐと、狼が数匹声を上げて転がる。 それでも風鬼の手を借りなければならない。足元に滑り込んできた狼の亡骸を眺めて思う。 「雑魚は拙者達に任せてルオウ殿の加勢に向かった方が良い」 狼の首を片手で圧し折りながら捨てると、鼎は顎でルオウの方を指す。 周りを一掃した後、蒼羅は鼎の言う通りにすべきだと僅かに眉を顰めた。 水の球だ。霧に紛れていたが、今になってようやっと気が付いた。水緒の周りにはいつの間にか拳大の水の球が複数浮いていたのだ。 「よく気が付きましたね」 「利穏殿が奴の動向を注意深く探っていてくれたお陰だ」 利穏は積極的に攻撃には参加していなかったが、こういう時の為に観察に主軸を置いていたのだ。 「道は開けとくぜ」 アルバルクが引き金を引いて、狼を牽制して、最前線までの道を確保しようとする。 「さて、もう一仕事する時間ですな。ご一緒にどうでさ?」 風鬼の提案に鼎は頷く。九寿重と蒼羅は駆け出していった風鬼と鼎の後に続く。 すると、狼の群れは自然に割れて水緒とルオウまでの道を開ける。それは不自然に。 何か有る、そう思った時には遅かった。利穏は小さく声を上げて、すぐさま苦虫を噛み潰した様な表情になる。 水緒の周りに浮いた水の球が一斉に蒼羅達に向かって飛んだのだ。 地面を抉り、更に足場を悪くする。直撃を受けた鼎は、痛苦に息をするのも辛そうにしている。 風鬼も水蜘蛛で乗り切ろうと考えがあった様だが、それも無理だと判断したのか、蒼羅と同じ様に足を止めてしまった。 そんな中、九寿重は灰色の地場を駆け抜けた。敵の攻撃の威力を減少させて、何とか乗り切ったのだ。 足止めを狙った攻撃ならば、敢えて攻撃を受けても走る。多少の痛みを覚悟して、そういう選択をしたのだ。 二対一ならば、一気に押し切れる。ルオウも気を吐いて、刀を握り締めて連撃を繰り出す。 しかし、後一歩至らなかった。 「ルオウさん!」 競り合った際にルオウの身体は、肥大した水の球の中に呑まれたのだ。 更に遅れて間に入った九寿重も同じ様にその水の球、水牢に囚われてしまった。 水の中でもがく二人。こうなれば、出来る事は一つ。力尽くだ。 水を掻き分ける様にしているルオウと、口を押さえて耐える九寿重。 その姿を見て、風鬼と蒼羅は頷き合い、後方の利穏とアルバルクに目配せする。 すると、即座にアルバルクは引き金を引けるだけ引き、利穏は符を燃やせるだけ燃やした。 風鬼は高く跳び、体重を乗せて水緒に斬り掛かる。小気味良い音と共に水緒が退く。 霧の所為で上手く狙いは付けられないが、今の狙いは水緒に邪魔をさせない事だ。 水緒が態勢を立て直し、顔を上げると、その前に蒼羅が阻む様に立つ。 ルオウとは違って、斬りかかって来る様子は無い。蒼羅と水緒の間に焦げる様な静寂が下りる。 今度は水緒が焦らされる番であった。 利口な方とは言えども、それは獣並の知能を持ったアヤカシの中での事。真の人間の様な順応性は水緒には無かった。 蒼羅は待つ。水緒が焦れて、本能のまま攻撃してくるのを。そうすれば、一刀入れる事が出来るのだから。 「今でさ」 「合点!」 温い声色に、熱く応える声。風鬼と鼎だ。 鼎は歯を食いしばって、抵抗の強い水牢の中に手を突っ込む。 ルオウはその手を視界の端に捉えて、気力を振り絞る。そして、全力でその手を掴む。 直後、ルオウの身体は馬鹿力によって水牢の中から解放されたのであった。 「――った、助かった!」 咳き込みながら立ち上がると、九寿重も同じ様に引き摺り出されている光景を目にする。 水緒の方は―― 蒼羅との読み合いに負けたらしい。脇腹から瘴気を飛び散らせていた。 低く唸る水緒。その様子を見て、利穏は勝機を確信したのか、別の、禍々しい雰囲気の符を取り出す。 此処が好機である。ルオウが飛び出す。 狼はアルバルクと鼎が抑えている。倒すならば、相手の流れが途切れた今しかなかった。 呪声を受けて呻く水緒。それでも、ルオウから目を離さずに両手で棒を構えると一撃に備える。 そして、水の球を発生させようと瘴気を扱おうとした時に気付く。己の挙動がおかしい。 おかしいのは挙動だけではない。己の影もおかしい。嫌に長く伸びた影。その先には、風鬼の姿。 「これで……どうだぁあああ!!」 雄叫びと同時に棒が蹴り上げられる。本能で危機を察知した時には遅かった。 ルオウの刀が左の肩口に滑り込んでいた。 盛大に瘴気を噴出しながら、それでも尚崩れない水緒に駄目押しの一撃が突き刺さる。 紅い燐光を纏った黒い刃が背中から胸を貫いたのだ。 奇声を発し、白狼天狗の水緒は崩れ落ちる。ゆっくりと、ゆっくりと。 暫くの間、開拓者達は警戒態勢のまま辺りを見回していたが、やがて蒼羅が構えを解いて刀から手を離したと同時に息を漏らした。 霧が晴れ、狼達もいつの間にか何処かに逃げ遂せていたのだ。 「いや、しかし」 アルバルクがぽつりと呟く様に言った。 「上手く動いてくれたもんだ。あんな濃い霧の中だってのに」 彼は肩を竦めて、銃を掲げたまましみじみと言い放った。 アヤカシとの決着は意外にも呆気の無いものであった。 樹上で眺める景色には、濃緑の他に炎の朱色が混じっていた。恐らくは人間が火を放ったのだろう。 「万紅様。如何なさいましょう?」 万紅の座る木とはまた別の木の上に、此方も天狗であろう女が佇んでいた。 「あの方にご報告致しましょうか?」 「……いや……私が動こう」 遂に。万紅の部下である天狗、火呼は嬉々として頷いた。 「それでは、私は延石寺に戻ります。いえ、戻るだけでは飽きましょう」 火呼はさも楽しげに笑う。笑って、笑って、腹を抱える。既に狂気染みている。 「焼く、と言うのは如何いう事かあの寺の人間達に教えてやるのですよ」 万紅は特に何の反応も示さなかった。ただただ、無言で焼けていく魔の森を眺めていた。 |