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■オープニング本文 「屋敷の護衛を頼みたい」 そうギルドで切り出したのは、理穴にて儀弐王の側近を務める文官、保上明征であった。 依頼の内容は、彼が言うとおり屋敷の護衛。 しかしどうやら単なる護衛任務ではないようだ。 事の発端は、保上明征氏は記憶喪失になった泰国出身の開拓者を助けたことだという。 綾麗(リンリー)という名の女泰拳士は自分の名前すら覚えていない状態で発見されたのである。 名前も開拓者として登録されていたことから判明したようで、何があったのかも謎。 唯一彼女が覚えているのは、何か大切な荷を奪われてしまったという事だけだったのである。 その結果、保上明征は開拓者と共に、彼女が奪われた荷を捜索中なのであった。 だが、これはまた別の物語。 保上明征氏と開拓者が荷の捜索を行っている間、綾麗は彼の屋敷に留め置かれていた。 ちなみに保上氏の屋敷は奏生の外れにある山を背にした広い邸宅だ。 その邸宅を伺うような影が最近現れたのだという。 屋敷を伺い、情報収集をしている者たちの数は少なくはない。 どうやら屋敷を襲わんとする者たちがいるようであった。 では、彼らの目標は記憶喪失の綾麗だろうか? それは判然としなかった。 実は、同じく屋敷にて暮らしているもう1人の少女がいた。 名を陽花というこの少女。泰拳士である兄、淑栄と共にとあるアヤカシに命を狙われているのだ。 彼らの命を狙うアヤカシは、人に化け人間社会に紛れこむ高位のアヤカシだという。 陽花と淑栄も、狙われる対象としては十分考えられる。 そして、狙われる対象の2人は志体があるかないかの違いはあるが両方泰国の女性。 何者に狙われているのか分からない状況は、予断を許さない。 しかし保上明征は綾麗の荷を負うために屋敷を離れねばならないのだ。 頼みの綱は開拓者だけ。 なんとしても、彼の屋敷にて2人の女性を護りきらなければならないのだ。 さて、どうする? |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
御神楽・月(ia0627)
24歳・女・巫
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
燕清(ib7425)
23歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 「やあ、良く来てくれたね! 主に変わって歓迎するよ」 そんな風に開拓者6名を歓迎するのは中務佐平次。保上明征の友人である。 依頼を請け負った開拓者の中には知った顔もあるようで、一同は暖かく迎えられて。 すぐに一行が通されたのは屋敷最奥の離れ。開拓者達は2人の護衛対象と相まみえるのだった。 「淑栄さん、中務さん。精一杯お力になれるように努力します」 丁寧にお辞儀をする陽月(ia0627)。 まずは護衛役の2人に挨拶をしてから、彼女は身構えて居る綾麗と陽花に向き直って。 「‥‥陽月と申します。どうぞお見知りおきを」 やさしく語りかける陽月にほっと2人の少女は警戒を解くのだった。 「ふむ、淑栄とその妹御か‥‥懐かしい名だ」 胸中でそう思うのは落ち着いた物腰の大柄なサムライ、滋藤 柾鷹(ia9130)だ。 彼は兄妹に縁があった開拓者の1人だ。 「久しいな、2人とも。あれからアヤカシに襲われたりはあったのか? 淑栄殿」 「あ、滋藤さん‥‥お久しぶりです。あのときは、ありがとうございました」 深々と頭を下げる兄の淑栄。泰拳士の青年は、その依頼で滋藤に命を救われたのだ。 「今は保上様の助けもあって、何ごとも‥‥ですが聞いた話では、鬼の目撃情報はあるそうです」 「では此度の件も念の為、警戒した方が良いだろうな。ご協力願えるか?」 「はい、もちろん。傷ももう癒えましたし、妹や綾麗さんを守るためにも、お手伝いさせていただきます」 そう言いながら淑栄は頼もしい味方がついたことを安心するように笑顔をみせるのだった。 そこにこちらも淑栄に縁のある開拓者、ゼタル・マグスレード(ia9253)が。 彼は、屋敷の老僕である勘二に手を借りて、使わない入り口を封鎖してきたようで。 符を飛ばし蜥蜴型の人魂を造り出しつつ、 「さて、これで準備はよし‥‥久しぶりだな、淑栄殿」 彼もまた彼ら兄妹の近況を気にしているのであった。 依頼からだいぶ時間が経っているのにもかかわらず、心配りをする開拓者達。 そんな思いに淑栄と陽花は、心底感謝するのだった。 「ありがとうございます。動き‥‥そういえば」 ふと思い出したようにぽんと手を打つ淑栄、 「私たち兄妹を狙っているアヤカシは人の姿を真似ることはご存じだと思いますが‥‥」 「ああ、そうだったな。そうして罠にはめるのを得意とするのだったな」 「はい。それと関わりがあるか分からないのですが、最近この近くで人に化けるアヤカシが出るという話が」 淑栄の言葉に首を傾げる滋藤。 「それは人の姿を真似るのとは違うのか?」 「ええ、真似るのは真似るのですが、どこか不自然というか不完全だとか‥‥」 「では、以前のアヤカシとは違う者なのだろうか? あのアヤカシは完璧に変化していたはずだからね」 ギルドの記録を思い出して言うゼタルの言葉に頷く淑栄。そんな様子にゼタルは、 「‥‥今回の件と関係があるかわからないが‥‥点と点はどこかで繋がるやもしれんな」 まずは、護るべき者を護らねば、そう言うゼタルは言うのであった。 そしてもう1人の護衛対象である綾麗は憔悴しきった様子であった。 怪我はまだ癒えず、記憶も失っていればそれもそのはず。だが、理由はそれだけではないようだった。 「私には、もう失った荷物しか残っていません‥‥ですから他に差し上げれられるようなものは‥‥」 聞けば荷物を追う開拓者から、取り戻したらなにか貰えるのか、等と言われたようで。 もちろん、そうした心ない言葉には保上明征が必要無いし心配には及ばない、と告げたのだが。 綾麗は人に頼るしかない自分の現状に対して心を痛めているためか、思い詰めているようだった。 そんな綾麗に声をかけたのは屋敷の周囲に篝火を用意して戻ってきた音有・兵真(ia0221)だ。 「一切がなくなれば、無くなった悲しみってのは実感できないけど‥‥何も無いという感覚は辛いかもな」 自分もあまり昔のことは覚えていないんだが、と音有は綾麗に告げつつ。 「‥‥そのあたりは俺にはわからないが、災難な話だが、早く解決できればいいな」 そういって、音有は心から解決を願う様子を見せるのだった。 もちろん、彼だけではない。 「これが力になるか分かりませんけれども‥‥」 そういって、彼女のために安らぎの子守歌を歌うのはレティシア(ib4475)だ。 彼女は以前この屋敷に滞在したことがあるらしく、彼女の膝にはその時仲良くなった猫の胥が。 猫を撫でながら、彼女は優しい笑顔と共に春風のような温もりを感じさせる歌声を響かせるのだった。 安らぎの子守歌は、精神への悪影響を回復させるという吟遊詩人の技である。 残念ながら、記憶喪失を回復させることは出来なかったよう。 しかし、優しくも力強い歌声に綾麗はふっと肩の力を緩められたようで。 レティシアの歌が気持ちいいのか膝の上でにゃうーと伸びている猫の胥に思わず笑みを浮かべる綾麗。 そんな綾麗の様子に開拓者達もやっと一安心するのだった。 そして一通りの準備が整えば、時刻は夕刻。まだ襲撃が来る気配は無いようであった。 周辺の気配を伺いつつ、索敵を繰り返す開拓者。そんな中で、 「僕は、泰国の離島出身なんだけど‥‥なにか思い出せるようなことあるかなぁ?」 そう綾麗に自分の故郷の話をしているのは、泰国出身の燕清(ib7425)だ。 後退で開拓者達は見回りに出つつ、やはり記憶喪失の話が話題に上るようで。 「海の綺麗な所なんですね‥‥でも、やっぱり思い出せるようなことは‥‥」 いくつか泰国の話を聞くものの、思い出せるようなことはないようで。 そんな綾麗を見て陽月は、綾麗に 「‥‥お医者様曰く記憶喪失とは失う事ではなく、無数の小箱に仕舞った記憶の場所を忘れてしまう病だとか」 「無数の小箱、ですか?」 「ええ、心に残る景色、忘れられない音、互換に強烈に覚えている何か‥‥ふとした拍子に思い出します」 そして陽月はにっこりと笑顔を向けて、 「修行の末に体得した技術もまた、体が覚えているものです」 と言って。すると綾麗は、泰拳士であったという自分の拳に視線を向けて、 「‥‥体が覚えている‥‥」 そう、小さく呟くのであった。 ● 夕日は暮れて、夜の闇が忍び寄る。 初秋の風は肌寒く感じるほどで、松明や篝火の灯りが屋敷にちらちらと揺れる影を投げかけていて。 そんな中開拓者達は準備万端に用意を固め、敵の襲撃を待ち構えていた。 「手が足りねえな。気を引き締めていこうか」 屋敷周辺を見回る音有と燕清、2人はそれぞれの持ち場を確認し打ち合わせも済ませているようで。 一方、陽月は静かに瘴索結界を張り巡らせていた。 実は彼女は綾麗がもしかすると、アヤカシなのではという懸念があったのである。 だが、それは彼女自身も余り考えたくない可能性だったようだ。 だからこそ、彼女は綾麗の記憶喪失に関して親身になってたわけで。 綾麗と陽花の間に陣取って、離れを包み込むように瘴索結界が発動し、反応は‥‥‥無かった。 まだ完全に気を抜けないとはいえ、ほっと陽月は安堵の溜息をつくのだった。 そして夜半、ゼタルが人魂によってまずはじめに異変に気付いた。 それはもちろん侵入者の姿。屋敷の周囲を伺うようにしばし彷徨いてから、続々と侵入してくるようで。 もちろん開拓者達はそれに気付いていた。ゼタルが呼子笛をならして警戒を示す。 だが煌々と灯りが照らす中、姿が見えているのはほんの数人の開拓者だけだ。 「‥‥へっ! 守りは手薄だ、女を攫えばでかい儲けになる! 野郎共、いくぞ!」 そんな声で、一気呵成に攻め寄せる賊、数は15名ほど。なかなかの大所帯 完全に油断しきった賊共は、余裕綽々で攻め寄せるて‥‥もちろん痛い目を見ることになるのであった。 屋敷の最も広い庭、ここは外から最も侵入しやすい場所であり、そこにはもちろん賊が大勢やってきた。 そこで待っていたのはレティシアだ。 「いらっしゃいませ‥‥ですが、招かれざるお客様には、早々にお引き取りいただきましょう」 悪戯っぽく笑って、ドレスの裾を摘んだレティシアは優雅にお辞儀。 は? とぽかんとする賊たち。そこで初めて、彼らはレティシアの背後に立つ青年に気付く。 両手に焙烙玉を抱えた楽しそうな青年、もちろん爆発大好きな中務佐平次その人だ。 「ではまずは、レティシア殿の歌声をご堪能あれ」 にやりと微笑みつつ佐平次がそう言えば、レティシアの歌声が奏でるのは夜の子守歌。 響く歌声がもたらすのは、強烈な睡魔だ。 志体を持たない下っ端の賊がばたばたと眠り、あっという間に入り込んできた人数は半減。 そして続くのは佐平次の爆弾攻撃だ。小柄なレティシアの頭上から焙烙玉乱舞! ぼがんぼがんと眠り込んだ下っ端を巻き込んで炸裂、下っ端はちりちり焦げ焦げ。 しかし爆弾の雨を避け眠らなかった腕利きの賊がレティシアに襲いかかる。だがそれは狙っていた隙だ。 「今です、中務さん!」 「よしきた! やっぱり爆発はいいねぇ!」 広げた鉄笠の陰でレティシアが中務に投げ渡したのは短銃「白羽」。 それを砲術士の佐平次は即座に装填し発射。賊の胸鎧に炸裂する炸裂はブレイクショットの一撃であった。 見事賊は昏倒、続く攻撃も2人は難なく切り抜けていくのだった。 同時に、裏からも賊たちは回り込んでいた。 篝火はあるものの、手薄な裏からの侵入、と思いきや。 「やっぱりきたね。残念でしたっと」 暗がりから飛び出したのは燕清だ。侵入経路を予測してあらかじめ潜んでいたのである。 飛び出しつつ強烈な棍の一撃で賊をなぎ倒す燕清。 だが、たった1人では護りきれず取り逃す、と思うのもまた罠で。 「侵入者には帰って頂こうか」 瞬脚で飛び出し、金魚掬で足下を痛打するのは音有だ。 音有と燕清、2人とも獲物は棍。狭い場所でも広い場所でも縦横に振るえる武器である。 練達の泰拳士が使えば、棍はまるで手の延長のように縦横に翻り、あっというまに賊を蹴散らして。 「燕清殿、上だ!」 「応! 足場を頼む!」 音有が構えた棍を足場に屋根に飛び上がる燕清、その勢いのまま賊を屋根から弾き落として。 素早さで勝るシノビの賊ですら、連携した熟練の泰拳士の速さには敵わないのであった。 そして屋敷の真正面、人が少ないと見越して堂々と屋敷の中を突っ切ろうとした賊が。 どうやら自信がありそうなこの男、賊の頭目格のようであった。 2人ほど手勢を連れて、悠々と廊下を進んでいれば、前に立ちはだかったのは、 「てめぇ! 開拓者だな‥‥痛い目にあいたくなけりゃ、引っ込んでな!」 「‥‥護ると誓ったからには引けぬ」 そう言いながら刀を抜く滋藤であった。 彼は鳴子の罠や、仲間の笛の合図によって仲間と敵の動きを把握していたのである。 故に、自分は眼前の敵に集中すればいいことを確信して。 「人の弱みにつけ込む賊め、叩き斬ってくれる!」 轟と咆哮で引きつければ、下っ端の賊2人は思わず引き寄せられて。 それを待ち構える滋藤、峰打ちと軍配の殴打で2人を一息に倒し、そのまま剣気で頭目を威圧! 志体を持つ頭目はなんとか対抗しようとするものの、威圧されたまま接近。 滋藤相手に数合切り結んだまでは良かったものの、活躍はそこまで。 返す峰打ちの一撃に叩き付せられるのであった。 残る賊は人数が少ない開拓者の隙を突いて、離れに接近していた。 だが、そこに待ち受けるのはゼタルの罠。 地面に配された地縛霊が賊をとらえ、そこを急襲するののは控えていた淑栄だ。 泰国の剣を抜き放ち、身軽に賊を打ち倒し、陽花と綾麗から決して離れず構えを崩さず。 また、距離が離れれば、ゼタルの斬撃符と陽月の力の歪みが敵を捕らえる鉄壁の布陣。 盤石の備えで、陽花と綾麗にただ一筋の怪我さえさせずに守り通すのだった。 いよいよ不利と見た賊たちが逃走を開始。それを逃がさないのは庭のレティシアと中務佐平次だ。 「ふふふ。わたしの手のひらで愛らしく踊り戯れなさい」 レティシアが今度響かせているのは黒猫白猫、らぶりーに舞い踊り、みうみう歌う和みぬこ時空が。 そんな中で借り物の短銃と焙烙玉でひゃっほいと賊を撃滅する佐平次。 あっという間に賊たちは吹き飛ばされ潰走するのだった。 だが、そんな中、咄嗟に賊が放ったのは苦無の一撃、狙うのは綾麗だ。 身構える淑栄、だがそれよりも早く動いたのは綾麗だった。 泰拳士らしい身のこなしで体を躱すと刃の腹を掌で打って弾く練達の技。 咄嗟の動きに彼女自身も驚きつつも、賊は見事撃退。 2人は怪我一つせず、無事開拓者達は依頼を果たすのだった。 「高位のアヤカシの動きは気になるし、改めてもう一度調べておこうか」 ゼタルは次なる点に向けて、淑栄と話し合っているようで、どうやら依頼は新たな動きを見せるよう。 「過去の依頼記録を調べてみましょうか。記憶を失った経緯が分かるかも知れません」 こちらは陽月、彼女は綾麗に親身になって相談しているようで綾麗も開拓者達への信頼を取り戻したよう。 「‥‥ようやく保上さんにも春がきたんですねぇ」 「‥‥へ? 明征には、そんな話、さっぱりきっぱり無いけれど?」 「‥‥あらっ?」 これはレティシア、胥を膝において撫でくりつつ、佐平次の言葉にかくりと首を傾げてみたり。 兎も角、無事に依頼を終えた一同は、のんびりと秋空の下、一息ついて。 綾麗の荷が無事に帰ってくることを祈りながら、のんびりと過ごすのであった。 ● そして逃げ帰ってきた賊たちは、青息吐息で都の外れの廃屋に戻ってきていた。 「‥‥ちっ、護衛は少ねぇし楽な仕事だなんて、嘘ばっかりじゃねぇか」 逃げ延びた賊たちは毒づきながら一息ついて。 だがそんな彼らの周囲には、いつのまにか音もなく影が集っていた。 「な、なにもんだお前ら!!」 『‥‥あの屋敷を襲ったのはお前たちだな‥‥その経験、我らが活かそう‥‥』 「う、う、うわあぁぁぁぁぁあああぁ!」 がぱりと口を開ける黒い影たち。上がる悲鳴に、肉を貫く鈍い音、そして咀嚼音。 そして数刻後、ゆらりと立ち上がる人影は先ほどの賊たち。 しかし彼らは糸の切れた操り人形のように、どこか不自然で不気味。 そのまま彼らはふらふらと、森の奧へと消えていくのだった。 |