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■オープニング本文 冬が過ぎれば必ず春はやってくるものだ。 時折寒さは感じる日があるものの、もうすっかり春という気分である。 さて、春はいろいろな物事が始まる季節でもある。 それは、商店も同じ。新たな客を得るために、いろいろと知恵を絞ってその始まりを飾るのだ。 武天の芳野という街には、酒の醸造主でもあり販売も行う芳池酒店という大店がある。 じつはこの芳池酒店、多角的な経営を行っている住倉月孤というご老人が始めたお店。 運送業から手を広げ、人材斡旋業である手配師として名を馳せた住倉月孤翁が十数年前に開いた店なのだ。 酒というものは、作るにも売るにも非常に手がかかる。 長い年月を必要とするし、人手もかかる。となれば、商売が軌道に乗ったからこそ開けたわけで。 住倉月孤はそれなりの資産家であるようで、その酒屋もなかなか繁盛している様子。 だが酒には年月によって高められた名声というものがついて回る。 つまり、芳池酒店の酒は長い歴史を重ねていないというのが唯一の悩みというわけだ。 ということで本題である。 やはり手っ取り早く名を高めるには、その酒を広く知らしめることが大事である。 ということで、今回その芳野と言う街で、大々的に試飲大会が行われることとなった。 今回の目玉は、芳池酒店が新たに売り出す高級酒である。 米も水も吟味を重ね、時間をかけて作り上げたその酒は、得も言われぬ甘い香りを放つとか。 そんな新商品のお披露目もかねて、今回の試飲大会では、とある余興が行われるとか。 それは、その酒に新たな名を付けるというものだ。 そしてさらに折角の春で酒の祭ということで、様々に芸術を披露して貰おうという趣向だとか。 大勢の参加を、芳野の街と芳池酒店は期待しているとか。 さて、どうする? |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 佐上 久野都(ia0826) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 秋桜(ia2482) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 雪切・透夜(ib0135) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 琉宇(ib1119) / ティエル・セシル(ib5921) / コトハ(ib6081) / 黒木 桜(ib6086) / 泡雪(ib6239) / 九音(ib6318) |
■リプレイ本文 ●冬が終われば春が来る うららかな昼下がり、芳野の芳池酒店の前には大きな人だかりが出来ていた。 店の前の大通りから、すぐ近くの広場までお祭りのような人出。 どうやら、芳池酒店の新酒お披露目はなかなか盛況なようである。 では、どんな賑わいがあるのか一つ見てみよう。 広場では祭さながらの人出を見込んで方々から出店が出てきているようだ。 今回は酒が肝心要の主役となれば、出店の数々もどうやら酒のつまみが多いよう。 串に刺した揚げ物に、熱々の汁物、そしてイカ焼きやらが大人気のようだ。 そして、開拓者にも店を出している者が。 「おかきにかき餅は如何です? お酒が飲めない方には桜餅なんかもどうぞ〜♪」 礼野 真夢紀(ia1144)の出す店には、桜餅をはじめ甘味までそろっているようであった。 これは中々に成功しているよう。 それもそのはず、酒を呑む催しとはいえ、人が集まれば子どもも集う。 酒好きのお父さんが子どもを連れてやってきていれば、賑わいに誘われて遊びに来る子もいるわけで。 「おねーちゃん、三色団子ひとつー!」 見た目は子どもとあんまり変わらない礼野だが、商売勘はあるようで。 看板商品の三色団子は子どもや甘い物もいける両刀使いにはなかなかに好評なのであった。 だが今回の主役はやはり酒だ。 「‥‥うん。 これは良いですね するりと染み入るようで。果実にも似た甘い香り‥‥」 新酒を口に運び、ほうと味わう美丈夫が1人。 佐上 久野都(ia0826)は、春の陽気の中で新酒をゆっくりと味わっているようで。 「折角ですし、新酒と他の酒との違いを知りたいので飲み比べを希望します」 といってにっこり微笑むのであった。どうやらなかなかに酒豪のようで。 と、そんな佐上を目に止めて、店からふらりと出てきたご老人が1人。 「‥‥おや。あなたは確かこの店のご主人の住倉月孤さんでしたね」 「うむ、いかにもその通りじゃ。ところで新酒の味は如何かね? 飲み比べ、ぜひしていっておくれ」 にやりと微笑む月孤老人。その分は払いますよという佐上を止めて。 「なんの。こういう場で金が払って貰えば、かならず文句を付ける阿呆がいるもんじゃ」 そして、店の従業員が持ってきたいくつかの酒を佐上に差し出して、 「お前さんたちが、正直に感じた味を広めてくれるのが一番じゃて。さあさ、もう一杯どうじゃ?」 佐上は、礼を言うと出店で買い求めてきた木の芽の味噌和えなんかと肴に呑み進めるのだった。 次に月孤老人が向かった先は店の前だ。 店の前ではどうやら試飲以外に街頭販売もしているよう。 普段より安いと言うことでこちらも盛況のようだが、そこにやってきたのはもふら連れの少女だ。 「おや、お嬢ちゃん。大きなお友達を連れて買い物かえ? うちの酒を買いに来たんなら歓迎だがね」 そういってにっこり笑う月孤老人に応えるのは柚乃(ia0638)だ。 「えっとね、武天の銘酒を幾つか欲しいなって。勿論、柚乃はまだ飲めないけど‥‥お土産にと」 「ほう、誰に買っていくんだい?」 「え? 誰にかは内緒☆」 そういってにっこり笑う柚乃になるほど、内緒ならしかたあるめぇと笑う月孤老人であった。 「でも、値段が分からないから‥‥んー、手持ちでたりるかな?」 「ふむ、さすがにこのでっかい友達に積むほどは今日は売れねぇんだ。すまんねぇお嬢ちゃん」 実はすでに結構商品がはけているようで、残るのはあと僅かとか。 「なんで、代わりに新酒を少々持って帰って味見しておくれ。もちろん、お題はいらんさ」 ということで、どうやら柚乃は新酒を持って帰ることになったようで。 目的を果たした柚乃は、それじゃあお祭りを回ってから行こう、と決めて雑踏に紛れていくのだった。 ●賑わう楽と踊り 「新酒と聞いて、飲まない訳にはいかないのさ‥‥‥うん、良い味だ」 持参した朱盃で酒を呷る小さな姿はからす(ia6525)だ。 今日の出で立ちは黒に紫の蝶が飛ぶ落ち着いた振袖。 彼女の手元には試飲の新酒とおかきやら味噌和えやらおつまみが並んで。 のんびりと彼女は酒を楽しんでいるようであった。 ここは、店の近くに設けられた試飲会場だ。 普段はガランとした広場なのだが、今は大きな舞台が設けられ、その周囲は毛氈を敷いた長いす。 舞台で奏でられる楽や舞を見ながら一献、といった風情のこの広場には多くの人があつまっていた。 「春のお花見にもだいぶんなれてきましたし」 そういってクイッと新酒を呷る和奏(ia8807)は、かなりの量を飲んでいるようで。 しかし、ちっともよった様子は無く、おつまみも一緒に美味しそうに呑み進めていたり。 「杜氏さんが気持ちを込めて作られたお酒ならどれも美味しいと思います」 そういう和奏が眺める先は、賑やかになった舞台の上であった。 「飲んでもいいのね? 奏でちゃっていいのね?」 楽しげにそういって楽器を演奏しているのはティエル・セシル(ib5921)だ。 伴奏者には琉宇(ib1119)が、三味線をじゃんじゃか奏でるのであった。 「ちんどん屋さんとか、呼び込みとかそんなかんじかな?」 どがちゃかどがちゃか陽気な音楽? と首をかしげるルウだが、ティエルは首を振って。 「うーん、軽快なのより陽気だけど落ち着いた曲の方がいいとおもうな」 そういってティエルは春の陽気に良くあった落ち着いた風情の曲を演奏するのであった。 そんな様子を横目にふらりと会場にやってきたのは琥龍 蒼羅(ib0214)だ。 飲み過ぎて倒れたおっちゃんを運んでいった帰り道。 さあ、飲み直そうと一杯酒もらって、会場にやってくれば若い2人の吟遊詩人が演奏中。 「ふむ、歌以外ならば協力出来そうだな」 奇しくも琥龍の手にはリュートが、実は彼の腕前は本職並だとかで、ますます演奏は盛り上がるのだった。 そして、そこで真打ち登場。 見事な演奏を奏でる楽士がそろえば、後足りないのは華を添える舞手だ。 「精一杯、心を込めて舞を務めさせていただきますので、宜しくお願いします」 ぺこりと丁寧にお辞儀をして舞台にあらわれたのはまだ若い巫女の黒木 桜(ib6086)だ。 静まる会場に、彼女が扇をぱらりと広げる音が響けばゆっくり始まる春らしい楽の音。 折しも早咲きのしだれ桜の花びらが舞う中で、黒木の踊りは優雅に始まり、応えるのは観客の歓声。 桜吹雪は、黒木の起こした風に乗って会場をひらりと華やかに彩って。 大いに盛り上がり、春の風情をますます高めるのであった。 ●給仕4人と酒の名 さて、楽の音も高らかに会場を彩るその頃、同じく会場では別の盛り上がりが。 それに気付いた月孤老人、ふらりと誘われて足を向ければ、そこには驚くべき光景があった。 「はぅ。良いですなぁ。古酒も良き趣がございまするが‥‥」 こくりと新酒で喉を潤せば、頬に朱がさしてのほほんと楽しげで。 「新しいお酒が陽の目を浴びるというのは、誠に嬉しい限り‥‥存分に舌鼓を‥‥」 そういって、周囲の仲間たちに酒をついでいるのは秋桜(ia2482)だ。 彼女は珍しいメイド服姿、最近ジルベリアから伝わってきた給仕用の服らしい。 月孤老人は、おそらく開拓者の仲間と呑んでいるのだろうとその一団を一発で見抜いた。 理由は単純明快。なぜか全員メイド服姿なのである。 「あらあら、そんなに呑んだら酔いつぶれてしまいますよ? 仕方のない寮長様ですね」 そんな秋桜に笑顔を向けて、木葉隠で桜を舞わせたりと彩りを添えるのは泡雪(ib6239)だ。 こちらもメイド服姿で、にっこりと微笑めば妙に男性陣の人気も高そうで。 そんな中、ふらりとやってきた月孤老人に1人が気付いたようであった。 「これは住倉様、こちらへは会場の視察ですか? いまお酒をお持ちいたしましょう」 コトハ(ib6081)は完全無欠の対応で月孤老人の機先を制すとあっという間に新酒をもってきて。 「おやおや、長生きはしてみるもんじゃな。珍しい格好の娘さん4人に囲まれるとは!」 そういってからから笑う月孤老人であった。 「ふむ、そこな狐耳のお嬢さんも皆酒をたのしんでおるようじゃよ? おぬしは呑まんのか?」 「そうそう、折角だし頂いたら?」 月孤老人の言葉に、泡雪がそういえば、コトハは頷いて、 「では、1杯だけお付き合いさせて頂きます」 といって一気に酒を呷るのだった。なかなか豪快である。 そんな様子を見て、思わず秋桜が、もっと楽しんだら? と言うのだが。 「‥‥お気遣い有難うございます。私はこれで十分楽しんでおりますよ」 そういって、小さく微笑みを見せるのだった。 それを見逃す月孤老人ではない。笑った方が美人じゃといえば、恐れ入りますときっぱり返されたり。 そして、そんな賑わいの輪の中で、真っ赤になっている最後のメイドさんに月孤老人は目を向けて。 そこではたと気付く月孤翁、雪切・透夜(ib0135)に向かって一言、 「‥‥む。おぬし、男か! コリャ驚いた」 その言葉に、周りからもどよどよと動揺が。どうやら完全に女性だと思われていたようで。 「‥‥どうしてこうなった‥‥うー‥‥恥ずかしいだけですよ、これ‥‥」 身動きする野すら恥ずかしい雪切は、抵抗するのを諦めて仲間たちの絵姿を残すことに専念する様子で。 やがて見事な3人のメイド姿の絵が完成するのだった。 そして、いよいよ催し物も終わりの時間だ。 メイドさんたちとしばらく賑やかにしていた住倉月孤老人はついに酒の名を決めるようで。 「お酒の名前‥‥美味しいお酒、じゃ、だめですよね‥‥」 頭から煙がでそうな様子で悩んでいるのはティエルだ。 「美味しい水の溜まり場という意味で美泉、とか酔いと宵を掛けて宵月、とか」 「ふむ、なかなか風流が分かる御仁じゃ。しかし新酒の華やかさにはちょいと足りぬか」 良いところまで残ったティエルの候補は残念ながら採用ならず。 「あと、そこの笑顔の綺麗なメイドさんがだしておった乙女桜に雪心もなかなか」 コトハを示して言う月孤、だがどうやらあまりに柔らかい印象すぎるとこちらも残念。 「刻桜香‥‥読んで字の如く、香りを刻むという意味と、春で思い浮かんだ桜、だ」 「うむ、悪くない‥‥だが、酒に刻むの字はちと強すぎるかもしれんな」 琥龍の案も惜しくも不採用。どんどんと候補は絞り込まれるようだが、なかなかに難しいようだ。 「そうそう、そこなメイド服の少年。おぬしが先ほど書いておった絵、あれを使わせてもらえんだろうか」 「へっ? 3人のメイドさんの絵ですか?」 「む、そっちも気になるが、今回はちと違うな。盃に浮かぶ桜の花弁の絵を使わせて貰おうかとおもってな」 ということで、雪切の示した名前、彩風は採用されなかったが彼は絵が採用されたようで。 柚乃の示した倉月は、ちょっと固すぎると不採用。 泡雪の睡龍桜も龍の字が重すぎではないかと、考えた末に不採用。 そして、からすの考えた胡蝶も趣が違うと、やっぱり不採用。 こうして、今回採用されたのは佐上が考えた『春氷』と相成ったわけである。 春を想起させる甘い香りに酒の流麗な味わいを思わせる氷。 単純ながら、味を思い起こさせるには十分な名であり風情もあるとして採用されたようで。 無事名前が決まったことで、新酒もとい銘酒『春氷』の試飲会は朝まで続くのであった。 |