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■オープニング本文 夏本番、うだるような熱さの日が続く。 縁側で着物をはだけて、足はたらいにつっこんで。 風鈴がちりんとも鳴らない夏の暑さの中、日陰に隠れても空気は蒸し蒸しと不快で。 ああ、いっそ涼しいところに行ってしまいたい。 そう思うのは、皆同じようであった。 そんな季節のとある遊女屋。 武天の芳野と言う街にあるその遊女屋の名は桜花楼。 数多くの遊女を擁する老舗の大きな店なのだが、そんな店でも暑さには勝てない。 こんな暑い日が続けば、お客はさっぱり来ないようで。 「まったく、商売あがったりですな」 「たしかに困りましたわね、陣右衛門の旦那‥‥いっそ休みにして、みんなで涼みにでも行きません?」 汗を拭き拭き、困った顔の男はこの店の主人陣右衛門。 遊女屋の主人としては温厚で情に厚く仁義を守る男で、遊女たちの評判も良いらしく。 その陣右衛門に話しかけたのは、暇そうにしていた店の遊女の紅山だ。 才能豊かで芸に長けた遊女として有名なこの店の看板女郎の一人である。 この暑さながら、いつもの化粧と着物を着ていても、汗一つかいていないのはさすがで。 そんな彼女の言葉に、そんなことはムリですよと行っていた陣右衛門だが。 「‥‥ああ、でもいっそ休みにするのもいいですな。どうせお客は来ないでしょうし」 小太りの陣右衛門は、全く人影の無い往来を見下ろして、はぁと溜息一つ。 ということで、急遽桜花楼を上げての避暑休暇ということになったわけである。 「ということで、開拓者の方々にも少々協力して貰いたいのですよ」 そういってギルドを訪れた陣右衛門は切り出した。 聞けば、場所の容易や設備の管理なんかは桜花楼の面々で十分こなせるとのこと。 桜花楼は、大きな女郎屋のため、料理番から雑用係まで人の手は足りているらしい。 しかし、その殆どが女性であるため、さすがにそのまま無防備に外出するのは少々危険と考えて。 「開拓者の皆さんには、お手伝いと護衛をお願いしたいのですよ」 聞けば、桜花楼には女郎だけで20名ほどいるらしく。 そんな大所帯で、避暑のためにと桜花楼ゆかりの別荘に赴くお手伝いを募集しているらしい。 さて、どうする? |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
井伊 沙貴恵(ia8425)
24歳・女・サ
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔
小(ib0897)
15歳・男・サ
灰夢(ib3351)
17歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●暑さからの逃避行 「あっちぃ‥‥熱いの苦手なんだよ‥‥」 普段なら、夏の日差しに肌を晒して健康的に日焼けしたいと思いそうなものだが‥‥。 さすがに今年の暑さはきつすぎるのか、小(ib0897)は思わずぐったりと呟いた。 彼らは今、六色の谷の別荘地に向かう道中であった。 護衛役の開拓者は10名、それに追加すること女郎たち20名と少し、大所帯である。 といっても、別段治安の悪いわけではない芳野の街から六色の谷への道は平穏なもので。 唯一の敵は、この尋常ではない暑さだけのようであった。 「‥‥あ‥‥っ‥‥暑ぃ‥‥‥」 自分が全部汗として溶け出してしまうのでは、というような暑さの中、小は傘をさしていた。 武器にもなる鉄傘で辛うじて日よけをしつつも、じっとりと暑いのは収まらず。 そんな中、ふと視線を向ければ隣に同じように暑さでぐったりしつつ進む開拓者が一人。 「‥‥‥‥‥‥暑い」 暑さのせいか普段以上に無表情なのだが、それでもだくだく流れる大量の汗で一目瞭然。 灰夢(ib3351)も、どうやら夏に弱いようであった。 「‥‥‥‥私は、汗っかきさんなのだ‥‥」 そんな2人を見ていて、さすがに女郎さんたちも気の毒に思ったのか、水筒を渡してみたり。 今回、さすがに道中全部を徒歩で行くわけにもいかず、女郎たちは車上にあった。 陣右衛門が特別に用意した粗末な荷車を馬に引かせて、交代で乗っているようで。 護衛の開拓者達の足並みに合わせてゆっくりと馬車は進む。 さすがに、女郎たちにとっては夏の日差しは美貌の敵らしく、みな笠や布で肌を隠していて。 その美貌も人目を引くことなく、開拓者達一行は、ようやく別荘地へとたどり着くのであった。 進んで行けば木陰も増え、川の流れも近いようでせせらぎも聞こえる。 感じるのは夏の野山のじっとりとした湿気ではなく、清流がもたらすさわやかな水気。 そして耳に聞こえる葉擦れの音と、せせらぎはそれだけで涼しさを増すようで。 「やっとついた‥‥‥はぁ、ほんと生き返るぜ‥‥」 思わず呟いた小の言葉の通り、やっと到着した一行はやっと一息つくのだった。 ●避暑の賑わい 「この辺りは、六色の谷でも古くから開かれた場所らしいな」 一行は、別荘地に着くととりあえず荷物を解いて、建物に風を通しはじめた。 何はともあれ一休みしたいところ、そのためには涼しさを確保することが第一なのである。 そんな中、人魂を小鳥の姿にして放って、周囲を調べるのは劉 天藍(ia0293)だ。 開拓者たちがついていれば、なお安心していられるのだろう、女郎たちもみな気楽そうで。 「川遊びも出来るようにと、水辺に作られた別邸が多いらしく‥‥ん?」 周囲の調査をしつつ、このあたりの解説をしていた劉であったが、その袖をちょいちょいと引く姿が。 みれば、禿の子たちが劉の放った小鳥に興味を引かれたらしく寄ってきたようであった。 ちなみに、禿とは女郎屋に引き取られて将来女郎になるために育てられている子達の事だ。 その来歴も様々、外からやってきた子もいれば、女郎の子がそのまま禿になることもあって。 しかし、早くからさまざまな芸や音楽、知識を学ぶとは言っても7つかそこらのお年頃で。 「‥‥鳥が好きなのか?」 そんな劉の言葉にこくこく頷いて目を輝かす禿たち。 思わず劉も苦笑を浮かべて、しばらく彼女たちにつきあってあげるのであった。 「‥‥‥まぁ、あれから特に事なき様子で、なによりだ」 過去を思い出してちょっと沈黙したのは、荷物の整理を手伝う滋藤 柾鷹(ia9130)だ。 彼は過去に依頼でこの桜花楼とは縁があり、女郎たちもそれを覚えていたようで。 「あら、滋藤様。今回もよろしくお願い致しますわね」 ころころと笑いながら、てきぱき準備を進めている女郎の初雪がそう応えて。 急がなくてはね、と言いつつさすがに看板女郎の1人、手伝う新造たちを指揮してぱっぱと片付け。 朝早くに芳野を出発した一行は、なんとか昼過ぎごろには別荘に落ち着くことが出来たようであった。 さて、別荘に風を通せば、一息つけるほどの涼しさを感じるようになって。 「ふむ‥‥やはり女子、それも女郎衆は着飾ってこそとなれば‥‥気苦労もお察しする」 「ええ、確かに夏場は化粧も衣装も大変ですわ。でも、本物の女郎は人前で汗をかかないものなのですよ」 ふふっと優しく笑って、暑そうにしている新造の1人をやんわりとたしなめる初雪。そして、 「さて、それではくつろぐために少々着替えましょうか‥‥滋藤様、手伝って下さいますか?」 「む、拙者は外の見回りに行かねばならない時間ゆえ、ここで失礼しよう」 初雪が悪戯っぽくそういうのに、慌てて滋藤は退散するのであった。 この避暑地において、開拓者達の任務は単純明快である。 それは、女郎たちの安全を確保すること。つまり、基本的な見回りや警戒が仕事である。 では、それ以外はなにもしないのかというと、それは違う。 折角の良い機会、遊女に混じって羽を伸ばすのはむしろ大歓迎で。 結局、開拓者達も仕事が無いときは、のんびりと避暑を楽しむことになるわけだ。 「いやぁ華やかなものよなぁ。実に良いものだ」 「うむ、綺麗所と一緒に納涼って言うのは乙だな」 紬 柳斎(ia1231)の感嘆の声に応えたのは北條 黯羽(ia0072)。 2人は、河に面した縁側で、のんびりとしながらくつろぐ女郎たちを眺めていた。 紬はさっきまで釣りをしていたのだが今は小休止、竿を譲って今は妹である北条と語らい中であった。 ちなみに北条は、暇そうにしていた禿の1人と一緒にお手玉をしていたり。 意外と子供好きなようで、なにやら懐かれているようであった。 そんな2人のもとにやってきたのは看板女郎の1人、朝霧。 「紬様に北條様、お加減はいかがでありんす?」 見上げれば、朝霧はいつもの豪奢な衣装ではなく、他の女郎たちと一緒に浴衣姿で。 それでもなお、色気たっぷりなのはさすがであるが、彼女はすと2人の横に腰を下ろして。 「お二方とも、中々に見栄えが良くておいでなんす‥‥うちで一緒に働きいせん?」 にっこりと笑いながら、一緒に働かないか、なんて問いかける朝霧に思わず目を丸くする2人。 だが、夫が居るからと北條が断ったことで、にわかに話題は夫のことに。 「そうだ。俺は旦那に勝てた例が無いんだが、なにか女郎の技的なものはないかね?」 「ふむ、その技と申すのはいわゆる話や芸の類でありんすか? それとも‥‥閨での話で?」 真っ昼間から、涼しい風の通る縁側でなにやら危険な話題で。 「おや、しかも北條様の旦那様はおなごでありんすか! ならば、たまには‥‥」 ということで、にわかに朝霧による女郎の技講座が開かれたとか。 禿の子は、北條の膝に座ったまま、さっぱり分からないという顔で、河の方を眺めるのであった。 そして丁度その河の方向では、釣り勝負をはじめに水遊びが行われていた。 釣りは小と劉の勝負、手慣れている劉が優勢のようで。 その後ろで、氷をつくってかき氷を提供しているのは弖志峰 直羽(ia1884)だ。 この熱い中、氷は重宝するもので、弖志峰はなにやら大人気。 とくに15、6才ほどの新造と呼ばれる女郎見習たちにかき氷や冷やした甘味が人気なのであった。 しかし、氷を扱い続けていれば手も冷えるもの。 「‥‥ぬ、天ちゃん隙あり‥‥」 新造たちが何ごとだろうと見ている中、弖志峰は釣りに集中している劉の背後に忍び寄って。 「これでもくらえ〜」(ぺたり) と冷え冷えの手を劉の首筋にぺたりとくっつけるのであった。 「‥‥〜〜っっ!!」 速攻逃げ出している弖志峰の背後で、無言の叫びを上げる劉はそのまま足を滑らせて河にざぶん。 折角の釣り勝負に水を差されて、弖志峰がこってり怒られたとか。 そんな中、必死で差を縮めようとする小だが、黄色い声援が新造たちから飛んでくるので。 「‥‥はぁぁ‥‥色々やりにくい‥‥」 と贅沢な悩みを零すのだった。 そんな様子を見つつ、他の女郎たちと楽しげに会話する女性が一人。 「弟が今の私の状況を知れば、きっとうらやましがるね」 くつくつと笑うのは井伊 沙貴恵(ia8425)。そんな彼女の言葉に応えるのは看板女郎の吉備であった。 「おや、弟さんがありんすか?」 「ええ、だから、昔は女郎さんと接する機会も多くて‥‥最近、こちらにお邪魔してたりしないかな?」 「ふむ‥‥残念ながら、そのような御仁にはお会いしたことがありませんえ」 そんな風に応える吉備と笑いあう井伊。 彼女たちは、良い機会だと、化粧や会話の仕方を相談したりと女らしい話に花を咲かせるのであった。 ●めぐる会話 「はァ‥‥都にゃ別嬪さんが多いたァ思っとっただスが、中でも飛びきりなンをこンなに沢山見られるたァ」 惚けっと口を開けつつそう呟くのは赤鈴 大左衛門(ia9854)。 「こンだけで都へ出た甲斐があるっつぅモンだスよ」 時刻は昼過ぎ、そろそろ夕餉の準備が始まる時刻に、外回り担当になったのは赤鈴であった。 すると丁度、1人の新造が玄関先に。 「おンや散歩だスか?」 「‥‥あ、開拓者さん。はい、ちょっと飾る花でも取りに行こうかと思って」 そう応えたのは、まだどこか垢抜けない新造の1人、名を百合という少女であった。 年の頃は14ほどで、まだ店に上がるにはもう少し時間が必要な様子だが。 「お邪魔で申し訳ねェだスけんど、護衛だスからお供させて貰うだスよ」 「はい、お願いしますね」 そういって、にっこりと笑う様子はなかなかに可愛い女の子であった。 「ほー、おンしの名前は百合というだスかぁ。奇遇だスなぁ、山百合ァ今は盛りだスなぁ‥‥」 「ええ、お店に上がったら違う名前を頂戴すると思うんですけどね。折角ですし一輪、飾ってみようかと思って」 そういう百合に赤鈴は付き添って山間の道を進んで。 百合はヤマユリを取りに行きたい様子だったので、巡回がてら手伝うことにしたのである。 「‥‥あ、あそこに‥‥でも、ちょっと急な斜面ですね」 「なァにワシの郷の崖よりゃ大した事ねェだス。そンだら採って来たるだスよ」 と赤鈴はひょいひょいと斜面を登って、一輪山百合を持ってきて。 「ほれ、一番綺麗な花だスよ」 と百合に差し出すのだった。それを貰った百合は嬉しそうに微笑んで。 「ありがとうございます。そうだ、こんどお店に遊びに来て下さいね」 と、少々顔を赤らめながら百合は言うのだが。 「礼なンぞええだスが‥‥したら、ちと教えて欲しいだス。桜花楼っつぅンは何の店なンだス?」 と応える赤鈴。それには思わず百合も、あっけにとられるのだが。 「はァ、おンし等の酌で酒が飲めるンだスか。そりゃええだスなァ」 純朴そうに笑いながら赤鈴は言って。 「帰ったら是非行ってみるだスから、そン時ゃお相手してくれりゃ嬉しいだス」 との言葉に百合も、是非来て下さいねと頷くのであった。 「まったく、酷い目にあった‥‥」 借り物の浴衣に袖を通して、見回りをしているのは滋藤だ。 弖志峰の悪戯で、河に落ちてしまったのがその原因で。 しかし、見回りはしなければならぬと、徐々に日暮れに向かいつつある別荘周辺を見回っていると。 「おや、あれは確か、灰夢殿‥‥」 見れば、木陰ですやすや寝入っている銀髪の女性の姿が。 風通しの良い木陰で蝉時雨を危機ながら、心地よさそうに昼寝中のご様子であった。 しかし、それをみて思わず固まる滋藤。 それもそのはず、寝相が悪い上に暑さのせいか、衣装がはだけてなかなかに危険な姿で。 「‥‥‥‥」 くるりと滋藤はきびすを返すと、誰か他の女性陣に起こして貰おうと撤退するのだった。 ●宴席賑やかに 「さすが異国の方、こちらではそのような見事な赤の髪はお目に掛かりませんな」 夜も更けて、自然と別邸では宴会が行われていたり。 そこでブローディア・F・H(ib0334)と話しているのは陣右衛門だった。 日が落ちればますます涼しく過ごしやすくなってからは、一同会して賑やかな宴会が設けられて。 「では、僭越ながら神楽舞など‥‥紅山嬢の前ではお恥ずかしい腕前かもしれないけどね」 照れつつ、弖志峰がそう言えば。 「あら、そんなことありませんわ。皆様の本当に力ある神楽舞はまた別の趣があるもの」 そういって、にっこりと紅山は微笑んで。 劉は太鼓を叩いて合わせれば、宴会はますます盛り上がる。 もちろん演奏が終われば、新造たちはいろいろと聞きたがるもの。 劉も弖志峰も、新造や女郎に捕まって、いろいろと教えてくれと頼まれたり。 小にもなにか芸をと女郎の一人が求めれば、誰かが小が横笛を吹いていたのを聞いたと言って。 しぶしぶ小が横笛を吹けば、なかなかに見事な腕前。 結果、教えて教えてと新造たちに詰め寄られた小は、 「‥‥っ‥‥だー! う、うっせーー!!」 真っ赤になって吼えてみたり、もちろんそうなれば女郎たちの方が一枚上手。 いけずだのなんだのとからかわれた小は、真っ赤になって固まってしまうのであった。 そして、先ほどの弖志峰や劉もそれぞれ気に入られた新造や女郎たちに囲まれて、なかなかに苦戦中で。 そんな様子を眺めつつ、滋藤は初雪に酌をされつつ、苦笑しながら。 陣右衛門や初雪に対して、また何かあれば協力すると告げるのだった。 そんな中、井伊は仲良くなった女郎の吉備と酒を飲んでいた。 一緒にいるのは灰夢だ。 井伊は木陰で寝ていた灰夢を起こしに行ったついでにと一緒の席に着いているようで。 「こうして、女だけで呑むのも、たまには乙なもんでありんすな」 にっこりと吉備が言えば、井伊も頷くのであった。 だが、同じように女ばかりで酒を飲んでいる北條と紬の方はなにやら様子が違うようで。 「姉上、俺の話ばかりではなく、自分の方はいったいどうなんだ!」 「そうそう、紬様のお話もききとうござんすなぁ」 どうやら紬が妹の北條と女郎の朝霧から問い詰められているようで、しどろもどろになっているようで。 それぞれが自由気ままに羽を伸ばした短い避暑の夜はこうして暮れていくのであった。 夜半、縁側から月を見上げてこういう時間もよいものよなぁと呟く紬。 いつの間にか、彼女にもたれて北條は寝入ってしまったようで。 「‥‥本当によい夜だ。また何時か、こんな時間を過ごしたいものだ」 そう紬は呟いて、楽しげに休んでいる妹や、他の仲間たちをみやるのであった。 |