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■オープニング本文 恋、それはまるで人生に咲いた一輪の花。 突然花開き、人々を惑わすのだ。 だが、恋をしている当人たちは良くても、周りははた迷惑なんて事は多々あるもので。 ここにも悲しい出来事に遭遇している男が1人いた。 名は多古吉、人の良さそうな青年だが生来引っ込み思案な質だとか。 彼は武天のとある街道筋の町はずれにすんでいた。 あまり人とつきあうことが得意ではない多古吉、彼は絵という才能があったようで。 その町のはずれに居を構え、ほそぼそと絵を描くことで生計を立てていたのである。 そんな彼の住まう家のすぐ近くには、立派な松の木が生えていた。 天を指し、まっすぐに伸びる松の大樹。 その雄々しい姿は、多古吉の励みとなっていたのだが‥‥。 ある時を境に、その松へと珍客が次々に訪れ始めたのであった。 「ね〜、しってる〜? この松の下で〜、ちゅーすると〜、幸せになるんだって〜」 媚びを売ってるのか舌っ足らずな口調の無駄に楽しそうな女と。 「えー、マジで?! それちょースゴクね? ならちゅーしとくしかないっしょ」 てめぇはどこの人間だという口調のこれまた無駄に幸せそうな男が。 「‥‥この木の下で口付けを交わした者は幸せになるという話があるそうだ」 なんだか、訳ありげな笑みを浮かべた壮年の男と。 「そうなの‥‥ふふ、でも私たちは幸せになるべきじゃないのよ‥‥」 無駄に意味深な発言をしている妙齢の色っぽい女性が。 「あ、あの‥‥返事を聞きに来ました!!」 純朴そうな男の子を待っているのは。 「‥‥あのね、この木には伝説があって‥‥」 こちらも初々し女の子だったりと。 とにかく、なんだか恋人たちがわんさかと訪れるようになったのである。 彼らの逢瀬の場所は、立派な松の木の下だ。 多古吉の住まう小屋からは目と鼻の先の距離で、人がやってくれば分かるというもの。 それにも関わらず、恋人たちはやってきて。 そして人目もはばからず、ちゅっちゅちゅっちゅとしていれば。 「‥‥ええ、限界ですとも。もう限界です‥‥」 息を殺して自分の家の中で縮こまる多古吉は、ふと自分は何をしているのだと自問自答。 なぜ、はた迷惑な恋人たちのために、自分が我慢をしなければ行けないのだと悟ったのである。 べきりと手にした絵筆をへし折りつつ、堪忍袋の緒がぶち切れたのであった。 聞けば、なにやら近くの村や町で、とある噂が流行ったようである。 それはこの木の下で口付けを交わすと幸せになるというもので。 どこが発端かは分からないが、この寒い季節にも関わらず、週に数組はくるという盛況ぶりで。 しかし、それに多古吉は堪え忍んでいるのもいよいよ限界で。 ついに、開拓者達の力を借りることにしたのであった。 「開拓者の皆さん、あの木に恋人たちが寄りつかないようにしてください!!」 さて、どうする? |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
臼井 友利子(ia0994)
18歳・女・志
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
柳ヶ瀬 雅(ia9470)
19歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●作戦開始のその前に 「まあ、この時期はカップルがわんさかでるさかいなあ‥‥」 天津疾也(ia0019)は思わず苦笑しながらそう言って。 依頼を受けた開拓者達は、まず多古吉の家に通されていた。 この小さな家が今回の拠点となるのである。 そして、見れば今日も今日とて恋人たちが木の下にやってきているようで。 「‥‥毎日毎日あんなの見せ付けられたら確かに頭にくるわな」 「個人的には、誰かが幸せになっているのを見るのは楽しくて良いのですけどね」 天津の言葉に、八嶋 双伍(ia2195)は木の下の恋人たちを見ながら。 「けれども、人前では控えめに、ですね」 「‥‥ええ、私もよそでやってくれる分にはいくらでもどうぞ、と思うのですよ‥‥」 八嶋の言葉に、依頼人の多古吉は苦々しく応えるのであった。 「依頼の内容についてはわかりました。でも‥‥」 「はぁ、なにか問題あるでしょうか? わがままな依頼だとは分かっていますが‥‥」 多古吉は心配げにそう尋ねるが、それに対してきょとんと臼井 友利子(ia0994)は。 「発想を転換して、依頼人さんが恋人を作れば、素敵な木の効果で、毎日がらぶらぶ曜日ですよ?」 「‥‥‥う、この仕事は出会いが無いものでして‥‥」 多古吉は膝から崩れ落ちたり。そんな様子を見て 「‥‥恋が実る木とあれば、一女子としては大変興味深い話でございますわ」 ふむふむと、頷いてにっこり笑顔を向けたのは柳ヶ瀬 雅(ia9470)。 「どうですか? わたくしと実践してみませんか?」 「へっ!?」 面食らう多古吉、しかし、それに対してにっこりと柳ヶ瀬が応えたのは。 「ふふ、もちろん冗談でございますけど」 悪戯好きの柳ヶ瀬に翻弄されて、そんなぁとしんなりする多古吉であったり。 ともかく、和気藹々(?)と相談は進んだわけであった。 さて、木の周囲に人影も見えなくなった夕刻頃、開拓者の活動開始である。 冒険活劇は今日はお休み、今回ばかりは地味にいろいろと働かねばならないのである。 「よっし、じゃあまずはあの松の木でも見に行ってみっか」 やっぱり、沢山来てたな〜なんて言いつつ、ルオウ(ia2445)はてくてくと家から木の下へ。 そして、見上げれば確かに立派な松の木である。 「恋人達が幸せになれる木かあ‥‥そのわりには力強い松なのね」 そよぎ(ia9210)は、同じように木を見上げつつそう言って。 「そういう伝説の木って、梅とか桜のがふさわしくない?」 たしかにそよぎの疑問ももっともだ。この大きな松は色恋事と関わりがあるにしては地味すぎる。 ふとそう言われて、首をかしげる依頼人の多古吉、しかし、由来は知るよしもなく。 「ともかく、家の近くでああもうるさくされては迷惑極まりないな」 滋藤 柾鷹(ia9130)は、そう依頼人の多古吉に告げて。 「我々に任せるといい。なに、いろいろと手はあるものだ」 「‥‥はー、開拓者の皆さんはやっぱり頼りになりますねぇ‥‥」 この依頼を聞き入れて貰えるとは思っていなかったんです、と照れくさそうに笑う依頼人であった。 ●松の木陰で 策動く 「‥‥あーん? 何見てんだよ」 松の木陰にガラの悪い若者の姿。 彼は着崩した着物姿で、しゃがんだまま睨め付ける視線を周囲に振りまいていたり。 「なんか文句あるか、こら」 朝も早くから、やってくる恋人を威嚇するその男は、天津の変装姿であった。 普段は笑顔の口元も、役に入りきっているようでにやりと獰猛に歪めて、恋人を追っ払う。 恋人たちは、話が違うとばかりに遠巻きにその姿を眺めては、すごすごと退散したり。 といっても、この土地はそもそも誰の物でもないわけでわけで。 恋人たちも強く追い払うことも出来ず。 その様子を見て、なにやらうんうんと嬉しそうな多古吉の姿があったり。 そして時刻は恋人たちが多く集まる昼過ぎになっていた。 その頃、緊張感に身を震わせる2人の姿が。 「あたしは女優、女優なの‥‥」 そよぎは、いかにも普通な町娘といった様子に着替えて、いそいそと準備中であった。 そよぎの相手役はルオウだ。こちらも緊張でかくかくしているようで。 そして、未だに天津が陣取る松の木陰にいざ二人は出陣である。 ちょうど天津は、所用が出来たとばかりに木陰から立ち去った。 そよぎとルオウは見事思惑通りに、天津が居なくなるのを待っていた他の恋人たちに紛れて木陰へ向かって。 天津が陣取っていたため、いつも以上に恋人たちの姿が多いその時に、響き渡ったのはそよぎの声だった、 「‥‥この木の下で結ばれた二人はずっと幸せでいられるって言ったのはあなたじゃない、嘘つき!!」 ぴきっと周囲の恋人たちの雰囲気が凍り付いたり。 そよぎは目に涙を浮かべて、恋人役のルオウを見つめて。 するとルオウは、目を泳がせつつ、 「あ、ああ‥‥確かに、この木の下で、えっと‥‥く‥‥口付けはしたよ‥‥」 口ごもりながら言うルオウ、実は緊張が原因だが、周囲から見れば、修羅場で慌てているとも見て取れて。 「でも‥‥ごめん。俺‥‥他に好きな子ができたんだ」 ぴっきーん! 周囲の恋人たちの雰囲気が壊滅的にひび割れる。 「だから、お前とはもう‥‥つきあえないんだ。‥‥これっきりにしよう」 「‥‥他に好きな子ができたなんて‥‥この木の伝説を信じてたあたしがばかだったわ!!」 ああ、苦しげに呟いたルオウの吐露に、大声を上げるそよぎの名演技。 彼女は、ひどいとばかりに涙を流しながら、一目散に走り去って。 そしてその後に残されたルオウは、戻ってきた柄の悪い演技を続けている天津に。 「あん? どうした兄ちゃん、修羅場か?」 と煽られて、無言で去っていくのであった。 残されたのは壊滅した雰囲気と、柄の悪い天津、そして凍り付いた恋人たち。 恋人たちは、なんだか夢から覚めたように、すごすごとその場所を去っていくのであった。 そんな様子を眺めていた八嶋は思わず、 「いやぁ‥‥熱演ですねぇ」 と呟くのであった。 さて、そんな修羅場劇が繰り広げられていたその頃、開拓者は噂を広めに奔走していた。 「やはり、ただ寄りつかないようにするだけでは芸がありませんし‥‥」 てくてくと柳ヶ瀬が見つけたのは、綺麗な梅の並木道。 「他にもっと良い場所がある‥‥ということを知らしめれば、さらに効果的ですよね」 近くには古い社があるといわれるこの梅並木は、街道の少しはずれで。 地域のご老人は知っているという隠れた名所を、開拓者達は発見したのである。 ということで、次は噂を流すために、彼らは行動を開始するのであった。 「‥‥あら、あなた。ここらでは見ない顔だけど、最近よく聞く開拓者かい?」 「ええ、そうです。実はこの辺りに、とある御利益のある社があると聞きまして‥‥」 街道筋ではならでは、小さな茶店に腰掛けて柳ヶ瀬が語ったのは、その梅の社の話であった。 「へー、あたしゃここに店を構えて長いけど、聞いたことなかったねぇ? 恋が叶うってかい」 店のおばちゃんはそんな話を気に入ったようで、商売に使えるかもねぇと乗り気だったり。 「ええ、かくいう私もその社の御利益か、恋人が出来まして‥‥」 そういって、さらに噂を広め、強めていく柳ヶ瀬。さすがである。 「すいません。この近くで、とある場所を探しているのだけれど‥‥」 井戸端会議中の娘さん(ともうちょっと年上の方々)に、そういって尋ねたのは臼井だ。 もちろん、彼女も梅の社の噂を広げる気で、彼女たちに接近したのである。 社は、臼井や柳ヶ瀬の手によって綺麗に整えられて。 おそらくは、かつては旅の安全を見守るために建てられた社だったのだろう。 その梅並木は少々山間の方にあったかつての街道の筋道の一つだったらしい。 新しい道が通ったことで、人が通わなくなった場所なのだが、少々手を入れればなかなか見事で。 「以前、この近くの梅並木に関して、気になる噂を聞いたので‥‥」 と話を向ければ、社があったのは知らないが、梅並木は聞いたことがと盛り上がる娘さんたち。 そして、彼女たちと共に臼井がその場所に行けば、社が見つかって。 「そうそう、これです。確か恋人と幸せになれるという御利益があるとか‥‥」 そんな話を聞けば、娘さんたちはさらに盛り上がるわけで。 ここまで誘導すれば、あとは話は勝手に広がって行くだろう。 だが、流す噂はこれだけではなかった。 新しい名所が出来たと言っても、それだけでは不十分だ。 松の木にすでに形成されてしまった噂を塗り替える必要もあるわけで。 「‥‥とある松の木の下で告白すると想いが通じるという話を聞いたことありますか?」 「ああ、街道筋の端にある松のことやろ? あの松の噂は有名みたいやな」 街道筋のとある大きな休憩所にて。会話しているのは八嶋と天津であった。 「たしか、あの木で告白して口付けると幸せになるっちゅう話やな。それがどうしたんや?」 「ええ、あの噂には続きがありましてね。最初は良いんですが‥‥」 と周りに聞こえるように、あえて大きな声でしゃべる2人。 「必ずそのあとになって破局してしまうって話なんですよ」 こうして、2人は方々の飯屋や酒場に出入りして、こんな話をばらまけば。 ああ、そういえば喧嘩してる恋人たちを見たって妹がいってたなぁなんて話まで出だして。 野火のようにうわさ話は広まっていくのであった。 ●夜になり 噂話が 怪談に さて、二種の噂話に修羅場劇によって、大分騒ぎも沈静化したようであった。 だが、まだ完全にとは行かないようで‥‥そんな時、こんな話がとどめとばかりに広まった。 あの木のせいで、別れた恋人たちの怨念があの木には宿っているのだと。 人の負の感情から生じるとも言われるアヤカシという存在があるこの世界。 そうした薄ら寒い話は、心底怖いと嫌われるようであった。 ある夜、噂話をまだ知らなかった脳天気な恋人たちがその木へとやってきた。 「この木の下で〜、ちゅーすると幸せになるって友達がいってて〜‥‥」 と、なんだかとても幸せというかあほっぽい2人だったのだが。 日が沈んだ後の月明かりに浮かび上がる松は、どこか不気味で。 しかも、なんだか風の音に混じってびぃん‥‥と小さな音が聞こえるよう。 じつはそれは滋藤が弾いた弓弦の音、だが雰囲気作りにはばっちりで。 ただでさえ寒い冬、その風に混じったのは滋藤の声だった。 「恨めしい‥‥妬ましい‥‥呪ってやる‥‥別れてしまえ‥‥ここから立ち去れ‥‥」 「ひ、ひ‥‥ひぃゃやあああぁぁぁぁぁ!」 走って逃げるアホそうな恋人たち、その後ろ姿を見つつ、滋藤は。 「‥‥少々やり過ぎたかな‥‥」 と呟くのであった。 ということで、最後のオマケはとても強力だったようで。 いつの間にか、あの松は恋に破れ、世を儚んだ人達の怨霊が住んでいると噂されたり。 だが新たな噂が生まれれば、古い噂は消えるもの。 もちろん、怪談話を放置してしまえば、それはそれで問題だったのかも知れないが。 そこは滋藤がぬかりなく、あえて怪談話もただの噂だと打ち消して。 「‥‥人の噂も七五日という。そのうち嘘も誠も自然と消えるだろう」 「本当、今回は助かりました」 滋藤の言葉に、やっと静けさを取り戻した松を見上げながら、多古吉は一同に感謝するのであった。 ●依頼を終えて 「き、緊張したのよ」 依頼を終えて、そよぎはなんだかしょんぼりとしているようであった。その理由は、 「‥‥でも彼ができる前にふられて大ゲンカを体験って、あたし自分がかわいそうになっちゃったの」 「あらあら、それはかわいそうなこと」 と、そよぎは柳ヶ瀬や臼井に励まされていたり。 そんな中で、ふとそよぎの気分を変えようとして臼井は、依頼人の多古吉に向かって口を開いた。 「でも、あの恋人たちがわざわざこんな目立つところに来ていたってことは‥‥」 「ことは?」 「自分たちの幸せを誰かに見て貰いたい! と思っていたのに違いありません!」 びしっと断言したのであった。 「‥‥ふむ、確かに恋人たちの中には、見せびらかしたいという人もいたのかも知れんな」 滋藤がそう言えば、でしょうと臼井は頷いて、 「‥‥ですから、彼らの幸せそうな様子を絵に描いて売りつければ大売れ間違いなし!」 と言い放ったのであった。さすがのこれには多古吉も面食らって、きょとん。 「駄目ですか?」 「‥‥えーと、しばらくは勘弁して下さい‥‥」 引きつった笑顔のまま、恋人を描くなんてしばらくはこりごりですと言う多古吉。 その様子は、一同の笑いを誘ったのであった。 そして、やっと周囲が静かになって。 街道のはずれに悠々とそびえる松の大樹はのびのびと天を指していた。 その木をそっと見上げながら、木肌に手をつくのは八嶋であった。 「‥‥伝説の松‥‥もし本当ならあやかりたいものですね」 今では噂話は他に移ったのだろうが、本来想いというものは強いものだ。 大勢の恋人たちが集った松には静けさが似合うが、もしかすると御利益はあったのかもしれない。 そんなことを考えながら八嶋はほうと溜息をついて、 「‥‥叶えてくれなくて良いので、見守っていて下さいね」 自分の力で振り向かせるのが大切ですから、と心に誓う八嶋。 そんな彼の想いに応えるように、松の大樹はざぁっと風に吹かれて音を立て。 冬の晴れやかな空に向かって、堂々とそびえるのであった。 |