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■オープニング本文 泰国にはあまたの門派がある。 門派とは、泰拳士がそれぞれついて修行している流派のこと。 優れた資質、仙人骨を持つ者でも武の術理を理解せねば武で身を立てるには能わず。 ゆえに、武の道を志す者は日々修行を重ねるのである。 門派の間には多くの差異があり、その術理も様々。 技の構え、身体の運用法、武器の術、果ては呼吸法や日々の生活まで、その差異は多岐にわたる。 それぞれの門派は長い年月をかけてそれぞれの門派にて技を高め、磨いてきているのだ。 そして、ここにもある門派に属し、まだ駆け出しと言える拳士が一人。 「開拓者の皆さんにお願いします。私の修行を手伝って下さい!」 そう切り出したのは、泰国のとある街に住む青年。どうやら依頼のようだ。 あまり多くは支払えませんが、という言葉の通り依頼の報酬は相場よりすこし劣るもので。 そして彼の依頼は、単純明快。 とあるアヤカシをともに退治しようというものであった。 「小さい頃から修行を重ねてきましたが、師父はまだ腕試しを認めてくれませんし‥‥」 青年は年の頃16ぐらいだろうか、たしかに鍛えているようで。 「どうか修行の手伝いをしてくれませんか?」 ‥‥さて、依頼を受けた後、貴方たち開拓者の前には、一人の少女が姿を現した。 聞けば、彼女は依頼人の青年の妹だという。 そして彼女は、こういった。 「もし、よろしければ私に協力して下さいませんか」 話はこうだ。 兄は、確かに修行を一生懸命にこなし、それなりの技と力を手に入れている。 だが、修行を焦り力を求めるあまり、猪突猛進すぎるのだという。 今回もそう、たしかに開拓者達と協力すれば、アヤカシは退治できるはず。 しかし、それではますます兄は増長するだろう、というのだ。 兄には精神修養もかねて一度痛い目を見せる必要がある、と。 仲間としっかり協力し、周りを広く見据えることも拳士としての重要な要素で。 そのためには、一人だけで力を得ても駄目なのだと言うことを学ばせるために協力して欲しいというのである。 さて、どうする? |
■参加者一覧
雪ノ下・悪食丸(ia0074)
16歳・男・サ
水鏡 雪彼(ia1207)
17歳・女・陰
佳乃(ia3103)
22歳・女・巫
慄罹(ia3634)
31歳・男・志
羽貫・周(ia5320)
37歳・女・弓
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
不嶽(ia6170)
22歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●顔合わせ 兄を心配する妹から、兄を懲らしめてくれという依頼。 そんな依頼を聞いた開拓者達は‥‥。 「‥‥なるほど。たしかに、お兄さんの気持ちは分かる。武の道を歩けば誰しも経験することかもね」 じっと、追加で依頼をしてきた令蓉を見つつ、そう言ったのは雪ノ下・悪食丸(ia0074)だ。 令蓉は、見たところ13か14、手足の伸び盛りながらも、まだ少女の粋を抜けから無い年格好で。 悪食丸の好みからするとちょっと細くて若すぎるよう。 「でも、女の子の頼みを断るのは、一族の家訓にも俺の主義にも反するから、いいよ。協力しよう」 と、悪食丸は笑顔で請け負い、他の開拓者達もそれぞれ頷いて。 どうやら令蓉の頼みは開拓者達に聞き入れられたようだ。 となれば、次の日の朝の出発までに作戦会議である。 いろいろと、令蓉から兄の靖風の様子を聞き出したりと、情報収集に余念の無い開拓者達であった。 「で、靖風には志体‥‥ああ、こっちでは仙人骨だったか、彼は仙人骨持ちなんだよね?」 「ええ、兄も私も、祖父から代々仙人骨持ちです」 こう見えても、修行中の泰拳士ですから、と請け負う令蓉。 開拓者達は、令蓉がわざわざこうして開拓者のもとに出向いて、こう頼み事をする意味をちゃんと理解していた。 今ならまだ大丈夫だろうが、これ以上進めば兄は酷い目に遭ってしまうのではないか。 常日頃から、一緒に修行をする兄妹として、兄がその力を試したいのが十二分に分かっているからこそ止められない。 しかし、その思いはきっと良くない結果に結びつく気がして、とても心配なのである。 その思いが分かるからこそ、開拓者はこうした依頼を受けたようで。 「大丈夫、令蓉ちゃん。きっと、靖風ちゃんも分かってくれるから」 にこっと笑って、令蓉を励ましたのは水鏡 雪彼(ia1207)で。 同じ年頃の雪彼からそう言われた令蓉は、あらためて、お願いしますと開拓者達に告げるのであった。 ●靖風と共に 「殿方を苛めさせてもらえるなんて、またとない機会でございますね」 にっこりと笑顔で、なんだか素敵に危険なことを言っているのは佳乃(ia3103)だ。 「どのような声で啼いてくださるか、楽しみにさせていただきましょうか」 と、実際の所は心配してる裏返しらしいのだが、果たしてどこまでが地なのか。 そんな話をしながら、待っていれば合流地点にやってきたのは装備も万全に備えた靖風であった。 依頼を受けた開拓者と合流し、改めて挨拶をすればいよいよ出発。 向かう場所は、合流場所から徒歩で進んだ山野のとある場所とのこと。 場所はすでに靖風が知っているとのことで、一行はぞろぞろと連れだって進むのだった。 そんな靖風に声をかけるのは佳乃だ。 「‥‥私、アヤカシなどと戦うのははじめてでございまして。不安で不安で仕方がございませんの」 先ほどの発言はどこへやら、しなをつくって靖風にそんなことを言えば。 「へぇ、そうなのか。まぁ、私もアヤカシと真っ向から闘うのは初めてだが‥‥これでもそれなりに力はあるつもりだ」 修行を重ねてきた自負とそれに対する自信、そしてこうして協力者を得られたこともあるのだろう。 自信を漲らせてて、そう言う靖風にはどことなく余裕があるように見受けられて。 「靖風様のお力があれば大丈夫かとは思いますが‥‥」 「はは、様だなんて照れくさいが‥‥だが、きっと大丈夫だろう。アヤカシ恐るるに足らずさ」 余裕は油断と慢心を産むのだが、果たして靖風はそれに気付いているのだろうか。 そして、向かう道すがら、開拓者達は靖風と話しながら道を行く。 泰国は、やはり天儀とはいろいろと異なるもので、道行く人々の服装も天儀とは違う。 そう感じれば、やはり異国の地、吹く風も景色も違うように感じられるものである。 そんな中を、徐々に街道から外れて、鬼たちがでるという場所へと近づきつつあった。 「‥‥靖風、一つ聞いておきたいのだが」 道中、ふとそう切り出したのは羽貫・周(ia5320)だ。 なんでしょう、とばかりに周を向いた靖風に向かって、周が聞いたのは、彼の心構えであった。 「腕試しとしてアヤカシを退治したいと言っていたが、アヤカシ退治に対してはどう思っているんだ?」 突然にそう問われた靖風は困った顔をする他なかった。 「あ‥‥アヤカシは人々に害をなすものですし、そういった敵を討ち人々の生活を守るのは力ある我々の務めと‥‥」 いかにもといった教科書的な答えだが、それもそのはず。 彼は腕試しとしての相手としてしか、今回のアヤカシを見ていなかったのである。 もちろん、泰拳士として修行する身であれば、其の力の使い方として、アヤカシを退治することは責任ある仕事である。 そういった責任感が無いわけではないだろう。だが、今は自信の力を試したいという思いが先だっているようだ。 「‥‥なるほど」 と、頷く周、おそらく周からすると気が急いている様子が分かっているのだろう。 「じゃあ、靖風ちゃんはどうして強くなりたいの?」 雪彼は、自己紹介しつつそういって聞いてみる。そうすると、今度は一変、靖風はきらきらと目を輝かせて、 「うーん、そうだな。取り合えず祖父よりは強くなりたいんだが、それ以上に名を上げたいんだ」 泰国は伝承も多く、拳士として名を馳せた者も多いという。幼い頃から泰拳士の修行をしているからには、憧れもあるようだ。 「なるほど‥‥だから、今回のようにアヤカシ退治をしたかったのだな。しかし、祖父殿は止めているのだろう?」 雪彼と靖風の話を聞いていた周がそう聞けば、 「‥‥たぶん、祖父はいつまでも私のことを未熟だと思っているんです。だからいつまでたっても修行だけで‥‥」 対外試合も無ければ、門下は自分と妹だけなので、競う相手もいなくて張り合いが無いのだと靖風は言って。 「‥‥なら、靖風ちゃんはお師匠ちゃんが、腕試しを止めるのが間違ってるって思ってるの?」 「いや、お師匠様の事は尊敬してるから‥‥でも、きっと小さい頃から一緒に居るから、子供扱いしてるだけなんだと思う」 師の方針に反対しているのかと聞かれて、そう応える靖風は、やはりどこかに後ろめたさがあるようで。 今回もこうして、こっそりと腕試しに行くことには抵抗もあったようだ。 「きっと、ちゃんと腕試しを成功させれば、認めてくれると思っているんだ」 そう聞いて、開拓者達の心も決まったようである。 力に溺れているわけではないが、過信したままの靖風。それに対する妹の心配は正しかったようである。 ●遭遇と作戦 「‥‥そろそろじゃないのか?」 今まで寡黙に歩いてきたシノビの不嶽(ia6170)が一行を促す。 見れば、予定していた場所はもうすぐそこ。 靖風が受けたそもそもの依頼は、この辺りに屯する鬼を一掃してくれとの依頼だ。 見れば、ところどころに足跡ものこされた原野の一画で、近くに鬼たちがいるのは間違いないようだ。 「お兄さん、大丈夫?」 道中、靖風の立ち回りを見ていた叢雲・暁(ia5363)、どうやら作戦決行には支障なしと判断したようで。 しかし、暁が周りのみんなとの連携が大事、と言ってみるものの、靖風は緊張が先に立っているようであった。 始めて、アヤカシと闘うとあれば、それもそのはず。ただし、その緊張にも違いがある。 彼のように、力を振るいたくて気が急いているのは良いことではない。 誰かを守るために闘わねばならないという緊張は力になるのかもしれないが、ただ気持ちだけが先行すればそれは焦りだ。 そして、見回ること暫くして、鬼の一群を発見。 通常の鬼が数匹に、それを取り巻く小鬼達の群れであり、こうした開けた場所で正面きって闘えば、恐るるに足らない相手だ。 しかし、それを前にして、目配せしあう開拓者達。 彼らは、乱世を生きる開拓者による少々油断している若者に灸をすえるための作戦を決行するのであった。 「おっ、靖風おまちかねのアヤカシご登場だぜ。腕、試したいんだろ?」 こちらに気付いて距離をとり警戒する様子の鬼たちを前に、靖風をそうけしかけたのは慄罹(ia3634)だ。 「‥‥先行けよ。それとも本物見て怖じけづいたか?」 にやりと挑発するような慄罹の言葉に、むっとしつつも靖風は 「大丈夫ですっ!」 と、言葉もそこそこ、こっちに向かってくる小鬼達に向き合う靖風であった。 本来ならば、作戦を立てて、連携するのが開拓者達の戦い方である。 だが、腕試しがしたい靖風からすれば、依頼を受けた開拓者達が助けてくれるものとの増長があった。 だからこそ、誰がどうするのかと確認するでもなく、まず目の前の敵に向かい合う。 小鬼の振りかぶる棍棒の一撃を、手甲で弾き懐に入り込むと、正中に拳の一撃。流れるように綺麗な攻撃を見舞えば。 小鬼は吹っ飛ばされて地に転がる。 自身が長い時間をかけて修練してきたものが、身についているという実感、そしてそれを遠慮無く振るえるこの瞬間。 戦闘の高揚も相まって、彼には周りが見えなくなっていた。 だが、その時はすでに開拓者達はそれぞれの動きを始めていた。 「妙な依頼もあったものだが‥‥自分はシノビとして動くまでだ」 不嶽はそう呟きながら、地を蹴って走り出していた。 まるで影のような、黒尽くめの不嶽は小鬼達を誘導して行って。 ただ、それは孤立ではなくあくまでも仲間の開拓者達と連携してでの動きである。 幻の木の葉を舞わせて、小鬼の粗雑な一撃を軽々と回避しつつ、一撃離脱で弱らせていって。 そんな不嶽の冷静な瞳は、自分と同じように戦場の端々で鬼たちを誘導する姿を見据えていた。 周は、矢を使って小鬼達を狙撃し、分断して。 そして暁は、同じシノビとして戦場を駆け回って小鬼を引き離すのである。 そして、最初に靖風をたきつけた慄罹も、頭に血が上っているような靖風の視界から離れるようにして移動していた。 鬼のそばにいた小鬼達を分断するようにして、風を切ってうなる七節棍。 小鬼達相手に、縦横に武器を振るえば、誘導組の面々はあっというまに分断した小鬼達を殲滅するのであった。 幸いにして、戦場となった原野は、ごつごつとした岩場や草陰など視界は悪く。 隠れる場所には事欠かなかず、かれら四名はそうして靖風から離れると、まずは様子をうかがって。 一方そのころ、靖風と其の周囲はというと。 「雪彼、危ない!!」 前線にて、白鞘を手に小鬼達と闘っていた雪彼に襲いかかる鬼の一撃、それをかばったのは御神村 茉織(ia5355)だ。 最初から雪彼を守るようにして闘っていた茉織。 靖風にも、雪彼は妹みたいなもので、保護者なんだと、道中話していたのだが。 そんな茉織が雪彼を抱きかかえるようにかばい、鬼の攻撃を受けてしまう。 大きくはじき飛ばされて、地を転がる二人。 実際の所は、茉織は砂による防護幕を作り出す術を使い、さらに一撃を受けながらわざと飛ぶことで衝撃を殺し。 そのまま雪彼を抱きかかえて大きく吹き飛ばされつつ、ほとんど怪我を負っていなかったのだが。 しかし、靖風から見ればそうではない。 突然耳に聞こえた、茉織の声にはっとすると、目に入ってきたのは大きく吹き飛ばされて地を這う仲間の姿。 それは、自分と妹のように、仲の良い兄と妹のようであった茉織と雪彼で。 其の二人が、敵の攻撃を受けて動かなくなってしまうということに、彼は動きを止めてしまった。 見回せば、いつの間にか仲間達の姿は見えず、視界の隅には自分と同じように振るえて動きを止めた佳乃の姿も。 急に、そんな状況に気付いた靖風は、始めてここで恐怖を感じたのだった。 そして、そんな靖風の元に殺到する鬼。今度は、彼の前に悪食丸が飛び出すのだった。 「何、油断してるんだ!」 彼もまた、攻撃を喰らって地に膝をついて。だが、すでに靖風は立ちすくんでしまっていた。 怪我をすることには慣れている。修行のさなかに怪我をすることは少なくない。 だが、共に闘う仲間が傷つくという状況は、どうやら予想以上に衝撃だったようで。 そこに飛び出してきたのは、今まで影で様子をうかがっていた分断組である。 「遊びで戦ってるなら帰れ! ここでは命がかかってんだ! 怖じけずいてる場合じゃね〜んだよっ!」 慄罹から投げかけられる強い言葉に、はっと我に返る靖風。 シノビの暁が打剣で鬼を牽制し、不嶽が鉄爪で一撃すれば、とどめには周の矢が突き刺さり。 残る小鬼達を含め残党達は、仲間の手によって倒されていくのであった。 ●反省 「実はね、雪彼達は令蓉ちゃんからの依頼も一緒に受けたの」 それは、靖風ちゃんを心配してのことだったんだよ、という雪彼の言葉に、うなだれていた靖風ははっと顔を上げて。 戦闘後、怪我をほとんど負っていなかった雪彼と茉織に気付いたり、いつの間にか戦場から姿を消していたことにたいして。 「なんであんなことを!」 と憤った靖風であったが、 「‥‥うふふ、悔しかったですか? でも、ご自身や周囲の力量すら計れないようでは先が思いやられますわね」 そう佳乃に言われて、二の句が継げなくなった靖風に、雪彼はそう依頼の本当の目的を告げたのだった。 「‥‥前にね、雪彼も同じような事をして大好きな人に怒られた事があったの」 そういう雪彼に、力なく視線を向ける靖風。 「アヤカシを討伐することを利用して、自分の力を試すのって、本当の強さに繋がらないってわかったの」 本当の強さ、と言われて、どれだけ自分が増長していたのかを思い出す靖風は、肩を落とし。 「本当の強さってのは、自分だけじゃなく周りにも目を向け、仲間と共に協力し合う余裕を持つ事だ」 似たような経験があるがゆえか、きっちりと告げているのは茉織。 「突っ込むだけで、何も周りが見えなかったろ? ‥‥慢心は死を招くんだ」 その言葉に、言い返せない靖風であった。 そして、一行は依頼を受けた街に戻れば、そこには心配して兄を待っていた令蓉の姿が。 「兄さん! ‥‥無事で良かった」 その言葉に、ばつの悪そうな顔を向ける靖風であるが。 「‥‥うん、良い経験になったでしょ?」 というのは暁、まるで靖風を励ますように、ああ、自分も悪夢が! といって笑いを誘ってみたり。 そして、周は静かに。 「どんなことにでも理由はある。師が修行をさせてくれないのも、今回危ない目に遭ったのもね」 「‥‥はい、その通りですね」 「勢いは大事だけど、動く前に少し考えてみるのも大事だよ‥‥立派になってまた会えるのを楽しみにしてるよ」 その言葉に、開拓者達も笑みを浮かべて、頷いて。 ありがとうございますとしか言えない、若い拳士と別れを惜しむのであった。 |