葉山領で園遊会?!
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/24 21:58



■オープニング本文

 5月の始め、晩春の頃。理穴の片隅の葉山領ではそれは見事は藤の花が見られるという。
 戦火に一度は飲まれた葉山領。
 だが、ここ最近は復興もめざましく、代々領主の館に受け継がれてきた藤棚も今年は見事な花盛り。
 葉山領には、温泉もあれば客足の途絶えない宿もある。
 理穴の豊かな自然を産業として、主に薬草の研究を進めているという。
 立派な養生所に、薬草の栽培所。医学薬学を学ぶ学問所に、温泉の熱を利用した温室。
 さらには、觀光にも力を入れているらしく、温泉を始め、山には精霊を奉る祠が。
 周辺も徐々に拓かれて、街道も整備され、人口も増えつつある。
 そんな、復活を遂げつつある葉山領にて、一つの大きな催し物が行われようとしていた。

「さ、次はこちらの着物をお試し下され」
「ぬぬぬぬ、これはちと派手すぎではないか? きんきらきんではないか……」
「なにを仰います! 元服の装束ですぞ? 一世一代の晴れ舞台、着飾るのは当然で御座ります!」
「むぅ、もっと動きやすい服がいいんじゃがのぅ……」

 老僕の孫市に言われて、肩を落とす少年は葉山雪之丞。
 いや、少年はもうそろそろ卒業のようだ。
 まだまだ幼さが残る顔立ちだが、最近は背も伸びて、日々の訓練にも精を出しているよう。
 彼はこの春数えで15になるらしい。
 彼の一族は、数えで15才になった年の春に元服を迎えるのが習わしだったとか。
 そこで、どうやら彼もこの春元服を迎えるらしい。
 といっても、彼の領地であるこの葉山領。あまり堅苦しいことは無いようで。
 過去の歴史やしがらみも一度途絶えてしまったならば新しく始めようとの心意気のようだ。
 そんなわけで、この春、藤の花の咲き乱れる葉山領で、雪之丞少年の元服の宴が行われるようだ。

 戦乱で大半が焼けてしまったものの、生き残った藤を丹念に育てて、復活を遂げた領主館の藤棚。
 そこが宴席の会場のようだ。
 ジルベリアのガーデンパーティや、天儀なんかでの園遊会をもとにして、野外での宴が行われるらしい。
 目的は、雪之丞少年の元服のお披露目。
 だがしかし、問題が一つ。
 雪之丞少年、座学があまり好きでは無いし、ご覧の通り作法や礼儀もまだまだ未熟。
 それに、初めての試み故に園遊会での料理や飾り付けなんかも準備が不十分らしい。

 そこで開拓者の出番だ。
 葉山領を背負って立つこの少年、今回元服と言うことで立派にいろいろ教えてあげなければ。
 それにどうやらこの園遊会、近場の領主たちや、理穴のお偉いさんも来るとか来ないとか。
 恥ずかしい事にならないように、元服披露の園遊会を助けてあげて欲しい。

 さて、どうする?


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 霧咲 水奏(ia9145) / レヴェリー・ルナクロス(ia9985) / 猫宮 京香(ib0927) / エルレーン(ib7455) / 華魄 熾火(ib7959) / 永久(ib9783) / シルヴェストル=カルネ(ic1306) / セレネー(ic1334) / エオス(ic1335) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461


■リプレイ本文


 初夏の葉山領の緑は濃い。良く言えば自然豊か、正直に言えば……とても田舎だ。
 そんな葉山領の奥にある山道を、もふらの八曜丸と玉狐天の伊邪那をお供に、柚乃(ia0638)は登っていた。その山には古くから精霊が奉られていたのだが、この葉山領がひとたび滅ぼされてしまったときに忘れ去られてしまったという歴史があった。だがその忘れかけられた精霊の祠を見つけ出し、再整備したのが柚乃。それ以来、彼女はこの葉山領に来る度に、精霊の祠とその山を訪れるようにしているらしい。
 精霊が再び祀られるようになってから、この葉山領も大分発展した。道も整備され、鎮守の森を整えられて、日々人の手が入っているようだ。今日も祠の周囲も掃き清められているのを見て、柚乃は静かに微笑みを浮べると、どこからか小さなありがとうという声が聞こえたような気がして……。
「……どうしたもふ?」
「ん、なんでもないよ」
 八曜丸に尋ねられ、首を振る柚乃。彼女は、改めて精霊の祠へ赴いて挨拶を済ませて、園遊会が行われるという領主の館へと向かうのであった。

 元服の儀を目前にして、領主の館は大わらわだ。元服を迎える当主の準備に、会場設営。そして何より今回は珍しい園遊会形式ということで、堅苦しい儀式をやるでもなし、お披露目に宴を開かれるわけで、問題となるのが料理なのだ。
「この葉山領の豊かな自然を活かしつつ、それでいて宴席に相応しい料理……難しいですね」
 料理人に囲まれて、礼野 真夢紀(ia1144)は可愛らしく首を傾げていた。幾度かこの葉山領で料理の手伝いをしてきた彼女。今回は温泉宿の料理人達も領主の晴れ舞台とあって手伝いに来ているようで、小さいながらも料理の達人である真夢紀を知る料理人に囲まれて、皆一様にやる気のようだ。
「今回はジルベリア風に立食形式でしたよね?」
「ええ、そのように承っています。料理まで全てジルベリア風にする必要は無いらしいですが……」
「なら、立って食べられる料理を中心にしないといけませんね」
 そして調理が始まるのだが、真夢紀は会場の藤棚が見事だと言うことを聞き及んでいたようであらかじめ山に藤を取りに行かせていたようだ。すでに厨房には見事な藤がずらりと揃っていて、それを真夢紀は手にとって。
「若芽は和え物に、開いた花と蔓ごとおひたしにして、蕾の花は天麩羅に……」
 てきぱきと、無駄なく藤を使った料理を幾つも作り出していく。さらには山に藤を取りに行って貰ったついでに、山菜も採ってきて貰ったらしく。
「ああ、タラの芽もみつかったんですね。これも天麩羅にしましょうか」
 山菜の王様とも呼ばれるタラの芽も、ここ葉山領の豊かな自然の賜だ。宴席を彩るのに相応しいということでお品書きの一つに。そして立食用にと、筍と蕨を炊き込んだ山の香り溢れるおにぎりも用意。他には、筍の磯辺揚げに蓬の新芽の天麩羅に、もちろん甘い物が欲しい人のためによもぎ餅など大量の料理をてんこ盛りで用意していく真夢紀達であった。


「や、今日も頑張ってるね♪ みんなっ、元気だった?」
 ウィンク一つ投げかけて、屋敷の門衛と軽やかに挨拶をする凛々しい女性。彼女は、嬉しそうに応える屋敷の門番達にひらひらと手を振って屋敷の中へとすたすた踏み込んだ。
 警護役として門番や見張りを務めているのは、この葉山の正規兵達である。そんな彼らが喜んで屋敷に通すこの女性はかつて幾度か葉山領の兵士たちの教育係を務めたこともあるエルレーン(ib7455)。期間は短くても指導して貰った兵士たちにとって彼女は師であると同時に、結構な人気者だったようである。
 今回の彼女の役目は兵士の教練ではない。向かうのは館の奥で緊張している園遊会の主役、今回15才を迎える葉山雪之丞の元へ。すると、そこには先客の姿が。
「宴席は立食に御座いまする。着慣れぬ衣装で躓いては格好もつきませぬからな」
 くすりと笑いながら、着飾った雪之丞に所作の指導をしていた先客は霧咲 水奏(ia9145)だ。同じ理穴の武家の生まれであり、同じように魔の森の被害にあったという霧咲の境遇は、この葉山の領地と似通ったところがあるからだろうか。以前は弓兵の教官として手を貸してくれたこともあり、今回も雪之丞に武家の所作と作法を甲斐甲斐しく教えていたところのようだ。
「むむ、やっぱりこう、ぞろっと長いと動きにくいのぅ……」
 長袴ほどではないが、普段の活発的な装束では違って烏帽子に合うような古風な装束を身につけた雪之丞。今ひとつ不安げな彼に霧咲は姿勢や歩き方を優しく手本を示しつつ、エルレーンがやってきたのに気付くと、そろそろ時間かと立ち上がって。
「……ここ数日しっかりと所作の訓練は繰り返してきましたし、きっと大丈夫でありましょう。では、拙者はこれにて。また、後でお目にかかりましょう」
 そう言うとにっこり笑って霧咲はエルレーンと入れ違いに退出していった。代わりにエルレーンが雪之丞のところにやって来ると、不安そうに背中を丸めて佇んでいる雪之丞を前に少し考えてから、にっと意地悪く笑って、びしっと背中に気合いの一撃。
「わっ! な、何をするのじゃ!」
「気合い入れてあげたのよ! 皆にオトナになった、って示すんだから……ほらっ、堂々と胸はって!」
「……む、こ、こうか?」
「そうそう、そんな感じ♪ それでね、挨拶をする時はぺらぺらたくさんしゃべればいいってもんじゃないんだよっ」
「ふむ、そうなのか……しかし孫市も、思った事を話せば良いのですじゃ、としか言うてくれんし……」
「大丈夫! 短くても、心を込めて……だよっ。今日、この日を迎えられて、どう思ってるのか、とかね」
「どう思っている……か。よし、それなら大丈夫じゃ! じゃが……できあがったら一応聞いてくれるか?」
「ん、それぐらいなら任せてっ♪」
 にっと笑ったエルレーンを前に、雪之丞は精一杯胸を張って、挨拶の練習を始めるのだった。


 園遊会の準備も大詰めで外の庭園でも設営と飾り付けが進んでいた。あまり家臣の多くないこの葉山領では、家臣総出で準備をしているようで、この庭園の飾り付けや設営も手が足りないところに、助っ人が2人。
「せっかくですし私たちもお手伝いをしていきましょうか〜」
「ええ、もちろんそのつもりよ! 矢張り、こういうのは見栄えが大事よね、ああ、腕が鳴るわね!」
 猫宮 京香(ib0927)とレヴェリー・ルナクロス(ia9985)の2人は気心の知れた友人同士。張り切るレヴェリーとその手伝いをする猫宮は、テキパキと女官達を助けて庭園の飾り付けの総仕上げに手を貸していくのだった。
 園遊会となれば、ジルベリア式も意識しているようで、そうなると理穴出身の家臣達はあんまり勝手が分からない。そこで出番なのはジルベリア貴族出身のレヴェリーの采配だ。
「自然の見事さが売りなら、もっとお花を飾り付けても良いかもしれないわね!」
 豪奢な場所は豪奢に、だが、新たな門出を祝う場でもあると考えて、くどくなりすぎないように注意して。草花を飾り、見事な藤棚の周囲に、ジルベリア風にテーブルクロスを掛けた机を用意。
 人の動きはこうなるだろうから、ここに飲み物でこっちに料理と慣れた様子でレヴェリーは指示を飛ばす。さらに立食式といっても休憩するための席を用意したりと準備はぬかりなく進んでいけば、大きな傘を立てて日影を造り、緋毛氈を敷いた野点の用意がこちらに、そしてジルベリア風の豪華な立食形式の宴席がこちらにと会場の設営はとうとう完了。
 だが、それで終わりでは無かった。
「それでは私たちも準備をしましょうか〜。私は普段着で……」
 いそいそと控え室に向かおうとする猫宮。その形をがっしと掴んだのは、とっても良い笑顔のレヴェリーだ。
「って、あの、れ、レヴェリーさん〜?」
「京香、普段着だなんて許されないわ?」
 にっこりと笑顔で首を振るレヴェリー。
「ううう、私たちはあくまでもお手伝いですし〜、別に軽装で構わないと仰っていたじゃないですか〜」
「もちろん、目立ちたいから言ってるわけじゃ無いのよ、京香」
 ふるふると首を振って諭すレヴェリー、目が真剣である。
「今日は、あの領主様の晴れ舞台よ? こうして会場を飾り付けたのと同じように、私たちもそれなりの格好をしなくちゃならないの。要人の方々が来るかも知れないのだし、しっかりした格好をして開拓者が参加している、となれば家名もあがると思わない? ね?」
 にこにこと、笑顔のままで言い切るレヴェリー。二の句の継げない京香をレヴェリーは、有無を言わさず引きずって行くと、自分でどっさり用意したドレスの山をひっくり返して、どれを着るかをためつすがめつ選びはじめるのだった。
「あ、あのレヴェリーさん〜……そろそろ、いいんじゃないですか〜?」
「ダメよ京香! 豪華な見た目に大人の色気、どれが一番今日の季節と会場に映えるかを考えて選ばないと! アクセサリーや小物、髪型も考えて……」
 ぶつぶつと呟きつつ衣装選びに没頭するレヴェリーを前に、京香はもうどうにでもしてと、身を任せるのであった。

 そんな場面を見に来たのは小さな管狐だ。柚乃の相棒の1人、玉狐天の伊邪那は主の柚乃が雪之丞の礼儀作法の指導に言っている間に暇になったようで、邸内を散策中だったようだ。そんな伊邪那、着付けに煩いらしく、いつのまにやらレヴェリーと京香の衣装選びにも口を出したくてうずうずしているようで、いつの間にか議論に加わっていたり。
 一方、もう一人の相棒はどこかというと、厨房にいた。
「こ、これは、儀弐家御用達の樹糖もふ!」
 目をきらきらさせて感動しているもふらの八曜丸。こちらは料理の味付けに煩いらしいが、驚くのもそのはずだ。その樹糖は理穴国王の儀弐王のもとへ毎年納められる貴重な逸品らしい。つまりこれはこの葉山領がある理穴の国王である儀弐王が愛用する調味料なのだ。それがなぜここにあるかというと、
「今までのお礼も兼ねて、な。儀弐王の食事会で使われたのと同じものを使っているとなれば家の評判や格式もあがるんじゃないかな?」
 提供したのは儀弐王とも面識のある羅喉丸(ia0347)だ。王達の信望も厚いという開拓者屈指の実力者である羅喉丸だが、彼もこの葉山領で幾度か訓練や教練に協力してくれた人物である。
 というわけで、さらに料理には彩りが加わることとなった。さっそく料理担当の真夢紀をはじめ料理番たちは、その貴重な調味料を使って甘い物を幾つか拵えたのだが、それはきっと園遊会の話題となるだろう。
 それを満足気に見届けた羅喉丸は、そろそろ始まる園遊会に向かうことにするのだった。

 そのころ、そろそろ園遊会がはじまるとあって、緊張しつつ雪之丞は柚乃から作法の手ほどきを受けているところだった。なにやら味見をしたらしく幸せそうな顔の八曜丸と、着付けにあれこれ口出ししてきて満足げな伊邪那も丁度戻ってきたところのようで。
「いいですか? 今日は元服の儀式の場ですけれど、大事なのは、おもてなしの心です」
 柚乃が、雪之丞にそういって、あくまで着て貰った人を持て成す心が大事であり、領主としての心構えと礼儀作法を説くのだが……
「え? 裏だらけもふ?」
 もきゅもきゅと、厨房で貰ってきた焼き菓子か何かを囓りつつ八曜丸。そんな暢気なもふらの頭の上にちょんと乗っかって、ぺしっと突っ込みを入れつつ伊邪那は、
「それは表なし!」
「おモテなしもふ!」
 そんな暢気なやり取りに、緊張気味の雪之丞もぷっと噴き出して、やっと肩の力が抜けたようで。
 というわけでいよいよ本番。園遊会が始まるようである。


 天気は晴朗、遠くに白い入道雲が見える初夏の気持ち良い昼下がり。見事に飾り付けられた領主屋敷の庭園にて、園遊会が始まった。一度は滅んだこの葉山領、それが今一度立ち上がり、ここまで成長したのである。周囲の領主達も、この葉山と取引を始めるようになった商人達も、なかなかに感慨深くその華やかな宴の始まりを祝すのだった。
 招待客の大半は、周辺の小さな領地の主やその家族、そしてこの領地と関わりの深い市井の人々だ。診療所に関わる医師や温泉地を切り盛りするこの地の住人達の姿もちらほらと見える。
 その中で一際身分の高い要人が1人、この理穴の高官である保上明征氏である。彼はこの葉山領の再建を後見する立場にあるようで、元服に際しては雪之丞に烏帽子をかぶせる烏帽子親ともなるようだ。
「保上殿、久しぶり」
「羅喉丸殿もおいでか。今日は大役を仰せつかり光栄の至り。この葉山領のますますの発展、楽しみなものだな」
「然り。一歩一歩と着実に成長しているようで」
 羅喉丸は幾度か依頼で保上氏とも交流があり面識があったようで、親しげに会話をしているようだ。実際の所、開拓者有数の武勇を誇る羅喉丸と、この理穴有数の高官である保上明征が会談している様子は、周囲の小領主からすると、びっくりするような光景なのだが、それだけこの葉山領が開拓者と良い関係を結んでいることの証拠だろう。

 そして園遊会にはそんな開拓者との関係を象徴するように、幾人かの招待客がいるようだ。
「良き色であり、良き香りじゃな……」
 藤棚を見上げて目を細める妙齢の女性は華魄 熾火(ib7959)だ。
 戦火で傷ついたものの、その後の手入れで回復しまたしっかりと花を付けた葉山領主に伝わるこの藤棚。それを上機嫌に眺めていたのだが、ふとその紫天井から視線をはずすと、宴席の中に彼女は見知った姿を見付けた。
 宴席の端の方で、穏やかな笑顔を浮べて料理をつまんでいる大柄な修羅の男。永久(ib9783)は藤棚を見上げながら、藤の花で作った珍しい料理を味わっているようだ。
 その視界に入ったのは、くつくつと笑う華魄だった。
「珍しき縁もあるものじゃな」
「此処で会うとは、奇遇だ」
 ごくりと、藤の花の和え物を呑み込んで、応える永久。そんな彼に華魄は笑いかける。
「此方に来て、共に花でも愛でぬか?」
「花か……ゆっくりと見るのは久し振りだな……」
「見事な藤よのう? しかも、この晴れの舞台に高貴な紫とは、趣味が良い」
 くつりと笑う華魄に、そんなものかと頷く永久。
「おぬし、知っておるか? 先程つまんでいた料理もこの紫天井も藤なのだが、藤の言葉には歓迎の他、恋に酔うと言う意味もある」
「……歓迎と恋に酔う……」
 時折、はらりと落ちてくる紫の花弁の下で、華魄の言葉を反芻する永久を見て、彼女はくすくすと笑った。
 するとそんな華魄をじっと見つめる永久は、おかしそうに目を細めて。
「……それでは、君は酔うほどの恋をした事があるのかな?」
「む……」
 思わず言葉に詰まった華魄。そんな彼女の髪についた藤の一片に手を伸ばし取ってやりながら、
「……なんてね」
 そういって小さく笑うのだった。そんな永久をからかうように華魄はくすくす笑って。
「枯れておらぬで、そなたも酔うほどの恋を探してみれば良い」
「……心配しなくても、俺は幸せだ。失ったものが多くても、今ある幸せは確かに自分の物だから………けれど、少しだけ物足りないというのも、あるけれどね」
「ならば、もう一時、ともに花を愛でようか」
 くつくつと喉の奥で笑う華魄は藤棚の下で永久と並んで、2人静かに初夏の花見を楽しむのだった。

 そんな藤棚を見下ろす場所に腰を下ろして作業に励んでいるのは、絵画を描く職人たちだった。今回は領主の晴れ舞台というわけで特別にやりくりして、雪之丞の晴れ姿を絵にして貰おうというわけだ。
 そこにふらりとやってきたのは柚乃、伊邪那と八曜丸を連れて、絵を描いている職人達を見てふと思い立ったのは。
「藤は母様が好きな花なんです。だから、絵に残して実家に届けようかなって」
 そんなわけで、老僕の孫市に話を付けて貰って、柚乃も絵を描くことに。
 続々と開拓者の訪問客も含めて賑やかさを増していく園遊会と、そこに凛と佇む藤棚を見て、柚乃は。
「園遊会の様子も記念に、一枚残そうかな?」
 そんなことまで考えるのだった。


 かつかつとブーツの足音も可愛らしい、カラクリの二人組がやってきた。どうやら2人も開拓者のようで、お揃いの華やかなブーツ姿で、可愛らしく着飾っていた。
 小柄なお姉さんがセレネー(ic1334)、つんと澄ました様子で弟の手を引いている。弟はエオス(ic1335)。きょろきょろと楽しそうに周りを見回して、園遊会とこの初夏の季節を目一杯楽しんで居るようだ。
 この2人を連れてきたのは、2人の主であるシルヴェストル=カルネ(ic1306)だ。
 貴族社会で育ったシルヴェストルからすると、随分とこじんまりとした園遊会だが、今日は大切にしている2人の思い出作りのため。実はこの園遊会に参加する前に、あらかじめ2人のために衣装を見繕いにいっていたようだ。
 こうした宴席のために、天儀風からジルベリア風の衣装を用意した貸衣装屋を呼びつけていた葉山領。そこで主様が選んだのは、2人に似合いの可愛らしい揃いの衣装だった。
 お揃いのブーツ、雨靴「月光幻」は自前のものだったが、それに合せるように綺麗な衣装を要したシルヴェストル。最後には、セレネーに藤の花を模した可愛らしい花飾りと、エオスには色味を合せた深紫のタイを見繕ってあげて。
「主様、ボク達にこんなに素敵な物を選んでくれてありがとうございます」
「……悪くないわね」
「うん、姉さま、すごくよく似合う。花が銀の髪に映えるしきれいだよ」
 はにかんで礼を言うエオスと、素直になれなくてもセンスは認めているらしくまんざらでも無い様子のセレネー。2人は主の手でそれは見事に着飾って、園遊会にやってきたのであった。
 周りが驚くほどに、華やかな主と可愛らしく美しい少年少女の組み合わせだ。だがその主は、この華やかな園遊会の思い出を2人にプレゼントするのが今日の目的のようで、わざわざエオスに目線を合わせて膝を折って。
「二人は賑やかなところは珍しいかな? 興味のある事なら、遠慮なく行ってみると良い」
「ありがとうございます、主様 ……姉さま、あっちの藤棚を見に行きませんか?」
「ええ♪ そうしましょう。ありがとうエオス」
 そういって、エオスとセレネーは2人で手を取って園遊会を散策することにしたようだ。
 暫く周囲を見回って、花を眺めたり、用意された長椅子に腰を下ろしてお菓子を食べたりしてから、2人は戻ってきて。そしてエオスは、姉のセレネーと主を誘って一つのテーブルへ。
「そろそろ、元服の儀を行うそうですから」
 そういって誘うエオスに、主のシルヴェストルは、
「ありがとう……二人から貰ったものに比べれば…まだまだ返し足りないけど、誕生日のお返しに、思い出をというのは駄目かな?」
 そういって、またこういう賑やかなところがあれば来たいねと笑うシルヴェストル。
「ボク達はいつでもいつまでもご一緒します、主様」
「……エオスと一緒なら構わないわ」
 エオスとセレネーはそんな主に笑顔で応えるのだった。

 園遊会を彩るのはなにも飾りだけではないようだ。シルヴェストルとエオス、セレネーの一団もなかなかに華やかだったが、こんな田舎には珍しいほど着飾った二人組が周囲の耳目を集めていた。その2人はもちろん、ドレス選びに四苦八苦していたレヴェリーと京香である。
「うう、ちょっとこれは大胆過ぎないでしょうか〜……流石に恥ずかしい物があるのですよ〜」
「あら京香。女としては、此れ位は当然よ?」
 ジルベリア風の色気溢れるドレス姿の2人。周囲の女官達や若い兵士たちにとってはこれはなかなかの評判のようである。いつになく乗り気で気合いの入った様子のレヴェリーも、兵士の訓練教官ではなく、今日ばかりは宴席の花の1人というわけだ。
 そしていよいよ元服を迎える雪之丞は、理穴高官の保上明征を烏帽子親として、元服の儀を迎えることとなった。難しい儀式というわけでは無くて、単に烏帽子を被らせて貰いこれより彼は一人前の大人、正式な領主として扱うこととなったのを表明することだ。
 だが、雪之丞にとってはもう守って貰う子供では無くて、一人前として世に出ると言うこと。不安げにずっと一緒だったら老僕の孫市をみれば、感動の余り声を上げて泣いていたり。
 烏帽子を被らせて貰い、後見人にして烏帽子親の保上明征から、征の一字もらって、雪之丞は名前を葉山頼征と改めることが告げられて、さあいよいよ挨拶だ。
 エルレーンから告げられたことやいろいろと教えて貰ったことが頭を渦巻くが、さすがに緊張も最高潮に達して、壇上に登る前に逃げ出したくなってしまう頼征。
 そんな彼の肩をぽんと叩いたのは、ここ数日、手伝いをしてくれていた開拓者の1人三郷 幸久(ic1442)だった。
「っ? ……み、三郷殿。緊張が収まらぬのだが、いったいどうすれば!」
 そんな雪之丞少年、いや頼征ににっと笑いかけた三郷。
「大丈夫ですよ若君。貴方の姿が復興の証そのものです。自信を持って下さい」
「じ、自信か……それが困りものなのじゃ! 自信などさっぱり湧いてこないのじゃ!」
「じゃあ、それっぽく見えれば良いんです。人形になったつもりで、視線は泳がさない。そして深く静かに呼吸しながら、緩やかに所作を行う……弓を番えるのに少し似ているかな?」
「弓を番える……」
「この理穴ならば慣れたものでしょう。そうすればそれなりに見えると思いますよ」
 そういって励ます三郷の言葉に、やっと落ち着いたようで。
 霧咲に言われたように所作を心がけて、エルレーンに言われたように胸を張り、三郷の言葉通りに心を落ち着かせて、そして彼は壇上にたって、あくまで短く彼の気持ちを告げるのだった。
 まだまだ自分の力は幼くて未熟だということ。領地をアヤカシの手から開放することも開拓者に手伝って貰い、それを心の底から感謝していること。その後の復興も、周りの力に助けられてきたこと。そして、まだまだ協力が必要かも知れないが、それでも自分は精一杯やるつもりだということ。
 それだけを、緊張した面持ちで語った頼征。まだまだ見た目は少年なのだが、信頼する開拓者たちに見つめられて、彼は最後まで胸を張って挨拶を述べたのだった。
「いよいよ領主様もオトナだね……みんなで支えたげてねっ(`・ω・)!」
 そんな頼征を見て、エルレーンがぽつりと言えば、警備のための兵士たちも、頼征を頼もしそうに眺めてしっかり頷いて。
 そして霧咲は、挨拶を終えて、周辺の領主達や土地の要人たちに祝い文句を言われている頼征の元へ赴いた。
「む、霧咲殿! ……どうじゃったかな、さっきの挨拶? お、おかしくなかったか?」
「大丈夫でしたよ」
 くすりと笑って応える霧咲は、きりっと表情を引き締めると、
「ですが、葉山の地を取り戻し、ここまで復興、発展させたのは頼征殿が道を示したからに他ありませぬ。これからも微力ながらお力添えさせて頂きまする」
 そう言って、しっかりと包まれた一振りの刀を霧咲は頼征へと贈るのだった。瘴気を祓うという銘刀を頼征は受け取ると、本当に1人の大人として、武家の一員として認められた気がしたのか、おもわずうるっと目を潤ませるのだが、それをぐっとこらえると、
「うむ、これからもよろしく頼むぞ! いや、頼みまする!!」
 笑いながら、貰った刀に嬉しそうに眺めるのだった。

 園遊会はまだまだ続く。
 料理担当として忙しく働いていたのは実は真夢紀だけではなかった。山菜類を天麩羅にして、揚げたてを出したらと提案した葛 香里(ic1461)。彼女はぎりぎりまで料理を手伝っていたらしい。香草入りの塩で食べる揚げたての天麩羅はそれは人気を博したようであった。
 そして園遊会も一段落して、今度は彼女が用意した長椅子や、大きな傘を使って用意した日影での一休みも人気のようだ。葛は、その傘の柄一つ一つに、小さな花活けを吊してそこに季節の花や藤を飾っていた。
 そんな風に忙しくしていた彼女の元へ、駆けつけたのは先程頼征を励ましていた三郷である。遠くから葛を見付けて、駆け寄ってくる三郷。彼は、この園遊会の前に、あらかじめ彼女にこんな着物を着せてあげたいとわざわざ選んだ着物を彼女に渡していたのである。
 そして今、葛は三郷が選んだ牡丹の柄が描かれた華やかな着物を身につけていて。
「香里さん、選んでおいた着物を着てくれたんだな!」
「幸久さま! ……ええ、汚したりしたらとんでもないとは思ったのですが、そ、その……幸久様がああまで仰って下さったので、少し、だけと……」
 はにかむ葛をみて笑顔の三郷。彼は華やかな姿の彼女を幸せそうにみつめると、
「藤も見事だが人の華も必要だ……俺が見たいだけだが」
 と笑って言って、ますます葛は赤くなってしまう。そんな彼女は小さい声で、
「その、仕事も一段落ついたので……幸久様お茶を一服如何ですか?」
 そう誘ってお茶を淹れる葛。頑張って準備した宴が無事に成功したことに2人は満足して。
「……お代わり如何ですか?」
 ごふっと薄茶の苦さにむせるのをこらえつつ、三郷は首をふるふる振ってから、綺麗だよとこっそり彼女に告げてみたり

 こうして園遊会は大成功のうちに終わった。
 藤棚の影で、並んで佇む華魄と永久。藤棚が織りなす光と影の下で、2人はただ一時の幸せを噛みしめていた。客の皆に挨拶をしてい回る頼征は、レヴェリーと京香に粛々とお辞儀をされて真っ赤になっていたり。大人っぽいドレスはまだちょっと早かったようで、そんな様子すらシルヴェストリとセレネー、エオスたちは興味深そうに見つめていて。一方、エルレーンは兵士たちと供に賑やかに飲み食いする一方、霧咲も同じく会場を警護する兵士たちに交じって、
「……冥越のことも片付けば、この地に住むのも良いかも知れませぬなぁ」
 その賑やかな様子に思わずそんな言葉を零したり。
 羅喉丸は、この葉山領が刻んできた歴史と、新たな門出を静かに見守り、柚乃は2人の相棒とともに園遊会を描くのに一生懸命のようだ。そして平らげられた料理の数々を見て、真夢紀はほっと一安心。次はどんな料理を作ろうかしらと思案し始めたようだ。
 こうして葉山の領はまた一歩新しい歴史を踏み出しすのだった。