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■オープニング本文 禍神の狂える楽譜、というものがあるという。 それは、かつて狂気の冒された1人の音楽家がその命と引き替えに造り上げた楽譜だ。 だが、なんのために? その答えは明白だ。楽譜は、今もなお存在する冥越八禍衆の一体、無有羅が作らせた物だったのである。 無有羅はその視線や、自分が見られることによって他人に狂気を感染する。 抵抗力の高い志体を持つ開拓者ならば、抵抗することが出来るだろうが一般人はそうもいかない。 それに開拓者であっても、不意を突かれてしまえばその力の餌食になってしまうのだ。 話を戻そう。無有羅は何故、楽譜を造り上げたのだろうか。 実は楽譜にはその狂気感染の力を強化する、おぞましい曲が記されているという。 しかし、開拓者達にとって幸運なことに、かつて冥越が存在していた頃に楽譜は散逸したという。 冥越が滅ぶときに、無有羅はその楽譜を演奏する傀儡を従えて、大きな滅びをもたらした。 だが、それ以降、楽譜は歴史の表舞台から消え、その存在すら消えたはずだったのだが……。 近々、武天の片隅でとある盗品市が秘密裏に行われるらしい。 そこに、かつて喪われたはずの『禍神の狂える楽譜』が出品されるというのだ。 好事家にとっては、伝説中に名を残す珍品、としてしか思えないその楽譜。 だが、無有羅とそれと闘う開拓者にとっては、これは非常に危険な代物だ。 なんとしても、それを奪取しなければならない。 楽譜が出品されるのは、素性不明な盗品市だ。そこから品物を奪い去るのは違法ではない。 このことは武天の高官、東郷実将氏の認可も得られた。 盗品市自体は、騒動が収まり次第、東郷氏らが兵を率いて捕縛するとのこと。 つまり、開拓者は秘密裏にこの盗品市から商品を盗み出せば良いのである。 だが、もちろん妨害はあるだろう。盗品の主たちによるもの、そして無有羅も動くだろう。 盗品市は、うち捨てられた粗末な砦跡で行われるとか。 そこに、盗賊やら裏社会の人間やらが集ってこっそりと行われる物のようだ。 警備は盗賊やゴロツキばかりで、あまり手強くはないだろう。 最も警戒すべきは、必ずや潜り込んでいる無有羅だ。 決して無有羅の手に渡ってはいけないこの楽譜、なんとしても奪い去り、そして破壊しなければ……。 さて、どうする? |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
レヴェリー・ルナクロス(ia9985)
20歳・女・騎
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
破軍(ib8103)
19歳・男・サ
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
イデア・シュウ(ib9551)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 狂気の楽譜 リプレイ ● 放置された砦跡で開かれた盗品市。 そこには、天儀の闇の中に棲む悪党達が集っていた。 しかし今日ばかりはさらにおぞましい闇、混沌そのものがその中に潜んでいるようで……。 「もっと余を楽しませるものはないのか! 金に糸目はつけぬぞ!」 大いに目立つ男が一人。陰影のはっきり浮かぶ白皙の美貌。装いは貴族然で豪奢故に悪趣味なほど。 耽美かつ退廃的な雰囲気、そして顔にはこの世の全てが退屈だと言わんばかりの傲然とした笑み。 いつも以上に派手な姿で盗賊市を闊歩するのはKyrie(ib5916)だ。 ジルベリアの悪徳貴族といった様子で、彼は市の屈強な護衛たちを妖艶に誘惑したりとやりたい放題。 そんな中で、キリエはふと懐中時計を取り出して、何かを確認していると…… どん、と小柄な女性が彼にぶつかった。 「あら、失礼」 「いえいえ。ですが、お嬢さん。此処は悪徳の都、よそ見には気を付けた方が宜しいですよ」 にやりと笑って歩き去るキリエ。ぶつかった女性は彼に会釈。 ……彼女は、ぶつかった刹那、手渡された紙片をちらりと見やると、 「市の北側に瘴気の流れ……それじゃ、次はそちらを探しましょうか」 仮面の下で、きりっと表情を引き締めたレヴェリー・ルナクロス(ia9985)。 気品と妖艶さを兼ね備えた妖婦の装いで、彼女はさらに目宛ての物を探して市の奥へと進んでいくのだった。 「……何としても、無有羅より先に手に入れないと」 焦りと盗品市の不快感を静かに押し殺してレヴェリーは進む。 そんな中で見付けたのは楽器を取り扱う露天だ。 ジルベリアから盗み出されたのか、楽器や本の類いが山と積まれている露天を前に彼女は立ち止まった。 うっとりと見上げる壮年の売り手らしき盗賊にレヴェリーは艶然と微笑むと、 「……すこし聞きたいことがあるのですけど、教えて下さるかしら。ね?」 覗き込むように尋ねれば、その艶やかなドレスから胸が零れそうになるのも計算の上。 その色気すら武器にして、レヴェリーは必要な情報を集めていくのだった。 ● 供を連れた仮面の男が市の一角で楽しげに語らっていた。内容は、好事家らしく、自分の収拾物の自慢話。 「それに、これはかのアル=カマルのエルフと言う物だ。値が張るものであるから余り触れてくれるなよ」 さらにはこんな物言いで、自分のお供を示したりする辺りはなかなかの悪党振りなのだが……。 「そういえば、この市に面白い品が出るらしいな。それを探しているのだが、なにか知らないか?」 仮面の好事家は成田 光紀(ib1846)。市をうろうろと彷徨いて情報を集めているようだ。 そんな中、お供の女性がちらりと彼を見上げて、 「くれぐれも危ない事は控えてくださいね『ご主人様』」 淡々と行った。ぼろぼろのローブ姿で奴隷兼護衛役を演じているのはイデア・シュウ(ib9551)だ。 そんなイデアに、自信ありげに成田は笑いかけるとそっと人魂を発動、さらに情報を集めるのだった。 「れてぃしあ様、お気に召すものは御座いましたか?」 「ええ! でもその楽譜は、競りに出されるんですか? ……それならきっと高価になるんでしょうね」 はぁと残念そうに顔を曇らせる少女。貴族らしい可憐なその姿はこの盗賊市には不似合いだ。 だが、お供に小柄な女剣士一人連れているし、おそらくは悪党の娘か何かだろう。 そんなふうに周りの悪党達は納得したようで。 一方、当のレティシア(ib4475)は好事家らしくふらふらと楽器や音楽系の露天の間をうろついて。 護衛役の月雲 左京(ib8108)を従えて、彼女はふと思いついたような老盗賊に声を掛けた。 「流石にお父様にねだるわけにはまいりませんわ。でも一目見るだけ……まだ現物は見れませんよね?」 残念そうに呟きながら、ねだるように見上げるレティシア。 彼女の様子と、握らせた小金……その結果、彼女は楽譜の場所を教えて貰うことに成功して。 「……ああ、妙な島にまで探しに行った念願の楽譜……」 うっとり呟くレティシアと、 「強き、冥越八禍衆……彼のお方は、わたくしを夢中にさせて下さいますでしょうか……?」 強敵との戦いを夢見る左京。二人は、嬉しそうに目的の場所へと向かって進むのだった。 ● 「ぐっ?!」 ばたり、と倒れる護衛の背後、闇の中からふわりと現れたのは秋桜(ia2482)だ。 厳重に管理されている天幕の群れ、どうやら競りに出される荷が補完されているようだ。 そこに一人、また一人と開拓者が集ってきた。 成田とイデア、レヴェリー、レティシアと左京、キリエ、皆十分に情報を集めてきたようだ。 どの天幕に、どんな容器に収められているのか。そこまで分かれば後はそれを奪い去るだけだ。 だが、まだ最大の懸念が一つ残っていた。それは、混沌の闇、無有羅の暗躍だ。 開拓者達は最大の警戒の中、目的の天幕へと向かうのだった。 そして同じ頃、一人砦の北にある古びた門の前に立つ男、破軍(ib8103) 「……今回も何処かに潜んで高みの見物の機会を伺っているに違いねぇ。だが……一勝負打たせて貰う……」 ぎり、と内心の猛りを抑えて静かに彼は門を見上げた。 破軍は、仲間と別に行動し、今まで砦内部の構造把握と、周辺の地形探索に努めていたのだ。 すでに無有羅は動いているはず。ならばと彼は先手を打っていた。 ひとけのない門前で、剛の剣を閃かせればがたんと斬れ落ちる頑丈な閂。 それを確認した破軍は、静かにその場を後にして仲間と合流するのだった。 天幕の一つで、開拓者達はついに探していた大きな箱を発見した。 話に聞いて居たとおりの古びた長持には頑丈そうな鍵。だがそれは秋桜が破錠術で解除。 そして、ゆっくりと開いた箱の中には……。 「……一冊では、無かったのですか?」 秋桜が驚いた通り、長持の中には数冊の本が収められていた。 どれもが同じような装丁で作られた無題の楽譜だ。 「どれかが偽物なのかしら? 苦労して情報を集めたのだもの。本物であってくれないと……」 「いえ、どの文字も黒く変色しているのを見ると噂通り血で描かれています、どれも本物では?」 レヴェリーの疑問に左京が楽譜を手にとりつつ応えたその時。 「何か来るぞ!」 「なにか来ます!」 人魂で警戒していた成田と超越聴覚を発動していたレティシアが声を上げた。 とっさに、楽譜を秋桜とレティシア、キリエがしまい込み、開拓者達は天幕から飛び出した。 周囲を警戒した成田の人魂は何者かに潰された、それは誰の仕業か? それはもちろん……、 「おや? 慌ててどこに行くつもりですか?」 ひたひたと歩いてきた黒衣の青年は、そう言いながらにたりと笑った。 ● 「ふむ、中々趣味の良い曲があるらしいな。さぞ面白い旋律であろう」 挑発するように、傘で顔を隠したまま、楽譜の一冊を手に成田はそう言った。 だが、それは無有羅の逆鱗に触れたようだ。 「……それは、私の物だ!! 返せ!!!!!!!」 黒衣の青年、無有羅の右腕が爆ぜた。 成田を狙う迸る黒い触手の群れ、そこに割り込んだのはイデアだ。 アヘッド・ブレイクで割り込み盾で逸らす。 その刹那に、すぐさま仲間たちも戦闘態勢、無有羅は逸らされた触手で今度はイデアを狙う。 「そうはさせないわよ!」 レヴェリーがブレードファンを投擲し、触手を切り裂いて、オーラドライブを発動して接近。 さらに、風のような速度で無有羅へと肉薄した影がもう一人。 「貴方様は、あぁ……とても、とてもお強そうで御座いますね……!」 切り込んだのは左京、刀を手に陶然と呟きながら彼女は刃を振るった。 袈裟懸けに刃を受けて、肩口からずばりと切り裂かれる無有羅。 だが、その切断面からはぞろりと触手の群れが溢れて傷を塞ぐ。その中で無有羅は左京の目を見つめて。 「おや、なかなかの狂気……強者との戦いに恋い焦がれているようですね……」 にたりと笑う無有羅を前に、同じく左京はくすりと笑って。 「月雲が夜叉……左京。お相手、致します……!」 戦いは刹那だった。 ほとばしり、縦横に振るわれる触手。それをイデアとレヴェリーが盾で受る。 切り込んだ左京は幾たびもその触手を受けそうになるが、それをイデアとレヴェリーが援護する。 楽譜を抱えた後衛は動くに動けず、どうするべきか迷ったその瞬間。 「こっちだ!」 響いたのは破軍の声。積まれた荷物を蹴散らして退路を確保して、破軍も戦線に参加した。 「おや、これはこれは、お久しぶりで」 「はっ、相変わらず血色の悪い野郎だ……」 前衛が2人に増えて、一度ふわりと飛び離れる無有羅。 破軍の挑発を聞いても、にたりと笑うだけで、無有羅は待ち構えていた。 この調子で人が増えれば、狂気を広めても良いだろう。 何が起きてもこの盗賊市は狂乱の場と化すはず……。 だが、そんな無有羅の予想は外れた。 「……今回は別件があるんでな。手前ぇと遊ぶのはまた今度だ」 なんと、最も好戦的と思われた破軍はそう言って、回転切りで周囲の天幕を切り倒し視界を塞いだのだ。 その隙に、イデアは焙烙玉を投擲。方々の武器の火薬が火を上げ始めるのだった。 「ギルドの連中が来た! お縄に付きたくない奴はさっさと逃げろ!」 イデアの声も相まって、炎と混乱で、盗賊市の悪党達は逃げ出したのだ! 無有羅がいかに狂気を感染させたくても、人が居なければどうにもならないわけで…… 「……してやられましたか……」 珍しく笑みを消した無有羅は、炎の中で静かに佇んでいるのだった。 「先程の破軍様は、まるで片思いのよう。貴方様の愛は、彼に伝わっていますでしょうか?」 火のなかを、逃げる開拓者一行。その中で左京は破軍に語りかけた。 だが、破軍はにやりと笑みで応えると、 「ふん、尻尾を巻くのは今回だけだ。あのクソ野郎に一泡吹かせてやれるなら上等さ……」 そういって彼らは門の前に。すでに閂は斬ってある。 破軍は門を、鬼腕の剛力で強引に押し開いて。 こうして一同は、市を脱出。すこし離れた場所に待機させていた馬を駆ってその場を離れるのだった。 開拓者達の助言もあり、実は盗賊市の周囲に兵が控えていた。 率いるのは、武天の高官である東郷実将の縁者・伊住穂澄。 現在、東郷実将が何らかの理由で不在のため、彼女が一軍を率いてここを包囲していたらしい。 逃げ出した悪党達は皆、伊住穂澄嬢の張っていた網に捕まり、文字通り一網打尽。 盗賊市の火はすぐさま消し止められて、ほとんどの盗品は回収されたという。 だが、現場には無有羅の痕跡はなかったという。 開拓者から知らせを聞いて、無有羅を警戒して事態の収拾に当たった伊住穂澄嬢。 その準備は、幸か不幸か杞憂に終わったようであった。 ● 開拓者は人里離れたギルド管理地にて、楽譜を前にその解析を進めていた。 解析を進めているのは、音楽に通じるキリエやレティシア、さらには成田らだ。 それを遠巻きに他の仲間たちは見つめつつ、 「楽譜で人が……かの混沌とした妖が絡んでいるとはいえ、眉唾な……」 思わずぽつりと秋桜が呟いた。確かに、単なる楽譜であれば、そこまでの力を持つものは無いだろう。 「ですが、吟遊詩人の方々のような力がある以上、あり得ぬ事ではありませぬか。聞く際は、覚悟をせねば」 「ええ、関わったからには覚悟しませんと。ですがやはり破壊した方が良いような……」 不快感をあらわにして自身をぎゅっと抱きしめるように身を縮めるレヴェリー。 盗賊市での妖艶な装いではなく、今では凛々しい騎士の出で立ちだ。 鎧になれようとしているのか、部屋の隅で静かに剣を振るうイデア。 黙然と座り込んでいる左京に、その横で短剣をぽんぽん空中に放っている破軍。 彼らに見守られて、3人は楽譜を前にいろいろと意見を交わしていた。 「ふむ、酔狂な物を遺すものだな。実に面白い……これは天儀の様式だが、こちらは様式を問わないな」 成田は幾つもある楽譜のそれぞれは、単なる写しではないと気付いたようだ。 「合奏が出来たということかな? いったいどんな音色だったんだろう……」 レティシアはその旋律を見比べて、果敢に調べを進めていた。 「狂気は、人のうちに潜むもの……私の音楽のテーマの一つでもあります。恐れずに一度演奏してみましょう」 キリエの言葉で、3人はとりあえず、一度演奏をしてみることにしたのだった。 まずは持ちうる技の限りを尽くして精霊の加護やオーラで抵抗力を上げていく。 装備も吟味し、準備は万端。そして演奏が始まった。 響く音色、それはどこかもの悲しく郷愁を誘うような旋律。 複数の楽譜が、微妙に連携し合い織りなす旋律は……信じがたいことに、美しかった。 かつては違う楽器で演奏されたのだろう。 だが、キリエのオルガネットと、レティシアのバイオリン、そして成田の笛の音でもそれは美しく響いた。 ……だがそれは徐々に異質さを帯びてくる。 音楽には、理が存在する。心地の良い和音と美しい旋律、正しい速度。 人の耳に心地よく、美しく響く音色というのは、そうした理屈を備えている物なのだ。 だが、この狂気の楽譜の音色は、明らかなズレをはらみ始める。 どこか不安や恐怖を呼ぶような、微かなズレと不協和音。 美しさのすぐそばにある不快な逸脱。それがじわじわと心に忍び込んでくるのだ。 理路整然とした世界から逸脱した、混沌に魅入られてしまうおうな渇望。 美しくありながら不気味で、整然としながらも混沌。美しい音色ながら、どこかが異常な旋律。 それが幾重にも重なって現れ始めたのだ! そこで演奏はぱたりと止んだ。これ以上聞き続けることは毒だ、誰もが気付いたのだろう。 だが、演奏をしていた3人は何かに気付いたようだ。 (……ここがこの旋律の対旋律になってて……いや、主旋律の和音が……) (この旋律は本来主旋律じゃなくて……ここの和声が……リズムのずれを補正すれば……) (不調和になっているこの場所を補正すれば……ズレを対位法で正しい和音に……) 一つの仮説が立てられた。 楽譜には、異質な部分と整然とした部分が渾然となって含まれていた。 おそらくは、楽譜を記した音楽家が、自身の中の理性と狂気の狭間で揺れていたからなのだろう。 狂気が記した異質な音色が、他人の狂気を膨らませるなら、理性が描いた音色ならどうなるか? そこで開拓者たちは複数の楽譜を見比べて、異質さの含まれない場所を抜き出してつなぎ合わせた。 その結果、美しい一つの楽譜が再編された。 それこそが、喪われていた楽譜。『禍神を律する楽譜』であった。 「……これがあれば、あの野郎に一泡吹かせられるな」 破軍の言葉に、頷く一同。開拓者はついにかの無有羅に対して有効な一つの武器を手に入れたのだ。 |